ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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死の爪(Leo)

 口汚い言葉が発せられ、それと同時に壁に当たった銃弾が床の上でも跳ねた。

 

「チクショウ、こっちは――」

「黙って手を動かせ、スタージェス!プレストン、撃ち返せ!」

「わかってる!!」

 

 そういうとプレストンのレーザーマスケットが火を噴く。だが、その返礼とばかりにあちこちからまた銃声が上がる。その攻撃は建物の厚い壁が防いでくれているが、数からくる恐怖を感じないほど揺るがないものではない。

 

「もうすぐだ。もうすぐこのユルユルな――足が完成だ」

「よし、それでもいい。それでいいっ」

 

 背後の扉の向こう側で、ひゃあという男の情けない声が上がるのが聞こえた。

 私は何があった?などとわざわざ大声を上げて聞いたりはしなかった。そのかわり自分から動き出すと、夫婦が扉を押さえて敵が侵入しているところまで戻り。

 彼らをそこから弾き飛ばすと、わずかに扉を自由にさせる。

 

 思ったとおりだ。

 力が抜け、チャンスと思った敵は乱暴に押し入ろうとした。

 当然、私はそんなことは許さない。

 絶妙のタイミングで再び、今度は私が全力で扉を押さえにかかると隙間から水平2連のショットガンの銃口を覗かせはしたが、相手の侵入を防ぐことができた。

 

「いやぁ!なにやってんのよ、アンタ!」

「痛ぇ、とっととあきらめちまえよ。この豚ど――」

 

 前後から上がる、悲鳴と罵り声。

 そして自分の中に蘇る感覚は、半年前――いや、200年以上前のそれではなかった。

 今も確かに息づくそれは、この体の中にしっかりと残って湧きだしてきている。なにかを破壊したいという衝動。アドレナリンが噴出し、だが脳内はおかしな位に冷静で。

 敵を容赦なく破壊し、殲滅する――それを可能とする殺人機械は、まだここに十分に残っていた。

 

 私はタイミングを計ってドアをまたも全開し、扉からのぞかせていた銃身を片方の腕でしっかりと握り締めて固定する。扉のむこうでは、銃身を握られてあせりと驚きから動けないでいた。

 

「こ、コイツ。俺のを()離しやがれっ」

「……」

 

 相手は特別な訓練を受けていない無法者であるとすぐにわかった。私は無言のまま、必死に両手でショットガンを取り戻そうとする相手の顔に向けて空いた方のコブシを叩き込んだ。

 

 1発、2発、3発――やはりこの体は冷凍されたことで弱っているというのは本当のことのようだ。

 昔ならこの時点で相手は意識を飛ばして白目をむかせたものだが、まだ元気にフラフラと武器を手放すことをしないまま抵抗を続けている。

 

 作戦は変更だ。

 私はつかんでいたショットガンを相手から取り上げると、その銃座の尻で相手の体を――胸の辺りを思いっきり突いてやった。

 

 それには無法者は声も上げられず。

 3階から穴の開いた地下の底まで落ちていく――。

 

 

==========

 

 

 これがコンコードだ。

 日が沈むころ、町に入った私は銃撃戦らしき騒ぎを耳にして駆け出していた。

 場所は目立つ教会前で、どうみてもまともとは思えない男女の集団が。奇声や罵声を上げ、そこにむかって攻撃を加えていた。

 どうやら建物に立てこもっている集団がいて、それに向けて攻撃しているらしいとこの時点でわかった。

 

 私は一瞬だが、迷った。

 

 ここに来たのはこの世界のことを理解するための情報か何かが得られないかと思ったからだ。

 状況がよくわからない争いに巻き込まれ、命を危険にさらすためではない。

 サンクチュアリにはアキラやコズワースを残していたし。なによりも私は妻や子供のことだってある。

 その目的も果たさないうちに危険はおかせない。なら、ここは――。

 

 窓から一条の赤い火線が地上に向けて走り、無法者(レイダー)の体を貫いた。

 

「あの野郎!またヤリやがった、早く殺しちまえっ」

 

 私の思考はそこでガラリと変化した。

 今の一発を見て、この争いに参加してもよいと思えるようになっていた。

 

 大騒ぎしながら無軌道に攻撃しているレイダーと違い。彼らに反撃する一人の男の腕に、兵士の持つ魂をはっきりと感じたからだろう。

 戦争で国に愛想を尽かし。軍から身を引いた私だったが、このなにもない未来にあっては、それらはたまらない故郷への哀愁じみた匂いと認識させるらしい。任務を忠実に、友を見捨てるな、市民を守れ、これらは全部軍隊で学び、前線にたった私の人生だった。

 

 Vault111から持ち出した10ミリ拳銃を取り出すと、静かに攻撃側の背後から接近を開始する――。

 

 

 そうして状況は今に至る。

 ここにはプレストンという兵士に守られたわずかな市民がいて、彼らに合流した私は無法者達を相手に一緒になって今は戦っている。

 それまでもかなりの数の敵を倒したと思っていたが、それがかえって向こうを怒らせてしまったらしい。町の周辺に隠されていたらしき新たな集団が現れると攻撃に参加してきた。まるでこちらを全滅させねば、自分たちが破滅してもかまわない――それくらい、相手の執念には恐怖を感じさせるしつこさがあった。

 

「ちょっと、アンタ!さっきは危ないじゃないのよ、あいつらがあれで進入したら――」

「よくやった。また来たら知らせろ、気を抜くな」

「なによ!アンタが邪魔したんじゃない!!」

 

 先ほど突き飛ばされたことでヒステリーをおこしかけている女性の相手をせず。私は再び屋上への扉を抜け、そこで準備を続けているスタージェスに様子を聞いた。

 

「あっちは終わった、しばらくは大丈夫だろう。どうだ?」

「ガムテープで無理やり補強するしかなかったが、これでなんとかなるはずさ。

 でも、しっかりと固定されているわけじゃないから、攻撃され続けたら真っ先にはがれるだろうね」

「プレストン!?」

「こっちは手一杯だ。そろそろ役割を交代しようと言ってくれないか」

 

 私はジャンプスーツのポケットから取り出したフュージョン・コアをスタージェスが面倒を見ていたパワーアーマーの背後に乱暴に押し込んでみせる。あの戦争でもう慣れてしまった感触だ、忘れるようなものでもない。

 

「出るぞ、反撃の時間だ!」

 

 鋼の肉体に自分を潜り込ませる。装甲の下にコアからあふれ出たエネルギーが血液のように鋼の骨格全身にめぐり始め、視界にこの体の状態が次々と更新されていく。

 やはり右足の状態は不完全な状態だと表示されていたが、気にはしていられない。

 

「ミニガン、いつでもいけるぞ!」

『スタージェスは中へ戻れ。プレストン、援護を頼む』

 

 T-45パワーアーマー、戦前でも中古品などと陰口をたたかれていたこの兵器は。あらゆるパワーアーマーの基礎でもあった。

 戦場を離れ、200年の眠りから目覚めたこの骨董品と共に。今、このコンコードに私と共に古参兵として。横暴な略奪者たちを八つ裂きにしようと参戦は目前に迫っていた。

 

 

 

=========

 

 

 日が暮れた夜のコンコードでならされる反撃のラッパは全てを変えたが。その流れにさらなる変化が生まれるとは。

 演出過多にすぎて、さすがに私も思いもしなかった現実だった。

 

 パワーアーマーとミニガンに恐れをなして建物の前の大通りを転がるようにして逃げ出し始めたレイダーを追撃して蹴散らそうとした私は、前方に異変がおきるのを思わず足を止めて眺めてしまった。

 

 本当にそれはいきなりのことだった。

 地面のコンクリートの一部が凄まじい力によって宙にはじけ飛ぶと、地下から巨大なトカゲの化け物が現れたのである。

 

「まずいぞ!そいつはデスクローだ、気をつけろっ」

 

 背後から警告が来るが、そのときすでに私のガトリング砲はレイダーではなく化け物に対して火を噴いていた。

 そして愕然とする。

 

 ガトリングの猛烈な回転音で発射される弾丸は、この悪魔のような獣の皮膚をつき破ることができなかったのだ。穴を穿ち、血は流れてはいるが、肉を裂くことまでには至らない。

 

 デスクローとかいう化け物は、それでこちらに標的を変更したらしい。半狂乱になっているレイダーたちを引き裂きつつ、それでもこちらにむかって突っ込んできた!

 

(まずい!回避を)

 

 判断はすばやくおこなったはずだが、体のキレはやはり昔よりも反応が悪く。行動にわずかに遅れが生まれた。

 腹を貫く衝撃が走り、化け物の顔がモニターの視界いっぱいに広がると。いきなり体が重力から開放されるのを感じて、次の瞬間に私は通りから店の中にソフトボールのように叩きこまれた。

 

 世界が――意識が真っ白に塗り替えられていき、聴覚が死んだ。

 

 

 奇妙な、感覚だった。

 それが気が遠くなりかけたものの、ブラックアウトの手前から徐々に自分が回復に向かっているからだと理解した。

 そばでは部下の誰かの畜生、畜生と繰り返す叫び声が銃声の中であってもよく聞こえていた。

 アンカレッジ前線指令本部襲撃は、それまでとは違って地獄と化した。

 

 敵の司令官は、次々と私の部隊によって沈黙していく砲台を確認すると、正気とは思えない反撃を実行した。司令部を空にする勢いで、兵士たちを前線に送り出してしまったのだ。

 

 それを確認した私と副官のハロルドは困惑した。

 いよいよこの自殺作戦も最後、敵司令官暗殺にかかれると思った矢先。相手のほうからこちらの仕事をやりやすいように状況を整えてくれたのだ。

 

 罠の可能性を考えないわけにはいかなかったが、困ったことにこちらは任務終了までは本部との交信を禁止されている。強引に連絡しようとすれば、こちらから呼びかけはできるが。どうせむこうは返答しないのだろうから行動に意味がない。

 私の部隊には攻撃以外の選択肢はなかった。

 

 

 異変に気がついたのは、敵司令官から投降が申し入れられ。

 だだ広い中央広場に一人で出てきた彼の体を改めた時だった。ハロルドが気がついた。

 

「おい、大佐!こいつジンウェイ将軍じゃないぞ」

「なんだと!?」

 

 仕官を意味する帽子を弾き飛ばし、その顔を覗き込んでまじまじと見た。

 東洋人の見分け方が得意というわけではないが、そいつがハロルドの言うとおり偽者だということはわかった。髪の白髪は染めたもので、よくみると本物よりも明らかに若い男だった。

 

「チェン主席●×!」

 

 それこそが合図だったのだ。

 広場で展開し、これまで勝利を重ねていた私の部隊の真上から、無数の火球が降り注ぐ。不意の攻撃にさらされると包囲され、私の部隊がこれでピンチにならないわけがなかった。

 

「部隊の被害は?」

「わからない大佐。実際、そんなこといってられないぜ?」

 

 周囲のあちこちから発砲音が響き、こちらは物陰で縮こまらないとひどいことになる。状況は一変し、攻撃は失敗しつつあり、私たちは動けなくなっていた。

 

「攻撃しないと、まずいんだよ。副官殿っ」

「――ゲイリー!コルト!ミック!生きてるかっ!?」

 

 ハロルドの声に反応はなかった。

 いや、返事があったとしてもここまで聞こえない。凄まじい銃声と、砲撃と爆撃と情けない悲鳴の音が邪魔をしていた。

 

「ここまでか、大佐?」

「ふざけるなっ、ゴールは目の前で死ねるか。なにかないか、ハロルド!?」

「……ああ」

 

 ハロルドは無茶をして、一瞬だけ物陰から顔を出すと、すぐに引っ込めた。その顔にはいたずらする前の、意地の悪い少年の笑みが浮かんでいた。希望はまだあるようだ。

 

「あったぜ、大佐」

「なんだ?」

「あれはたぶん、俺たちの頼れるT-51bパワーアーマーだ。さっきは見間違いかと思ったが、ちょっと先の物陰で俺たちを誘っているようだぜ」

 

 私は驚きで両目を見開いた。

 このアンカレッジには最新の冬用T-51bパワーアーマーが配備されていたが。どうやらそれを敵が拿捕したものが、この司令部に運び込まれていたらしい。

 

「また罠じゃないのか?」

「確かめる方法はひとつだ」

「そうだな――援護しろ、相棒!」

「大佐!?クソッ、あんたおかしいぞっ!!」

 

 私は無謀にもいきなり物陰から飛び出すと走り出していた。

 背後で相棒の罵声を聞き、体に力がさらに満ちるのを感じる。それはすぐに見つけられた。

 広場の端、廃材の中に真っ白に塗られた丸太のようなビール腹のパワーアーマーがそれだった。

 私はその中に向かって力いっぱい飛び込む。衝突の痛みに目が火花を散らすが、全身の苦痛が騒ぐのにあわせ。パワーアーマーはゆっくりと起動した。

 最新のモデルだけあって、暴れるための準備もすぐに終わった。

 

(これで逆転だ!)

 

 私は一歩一歩、力強く歩き出した。

 視界には、こちらを援護しようと必死に物陰から反撃しようとする部隊の仲間たちがいた。

 ハロルドも声を上げ、物陰から顔を出してこちらを援護しようとフルオートで弾をばら撒いていた。

 

 指揮官として味方を鼓舞しようと声を上げる直前だった。

 相棒の――部下の、副官のハロルドの顔にむかって正面から青白い火線が走り。次の瞬間、私の友人の頭部は壁にたたきつけたスイカのように、音を立てて四散した――。

 

 私の全身の血が、理解より先に沸騰する。

 

 

==========

 

 

 プレストンは絶望的な状況を前に、ついにマスケットの引金を引けなくなっていた。

 レイダーたちは、次々と肉片になってコンコードの通りにばら撒かれている。賢しくここから逃げようとしていたやつもいるようだったが、あのデスクローはそれを許さなかった。

 手足を使ってあっというまに逃げる相手の後ろに体当たりを決めると、爪でその肉体を掻き回してしまう。

 

(やつらが終われば当然、次はこっちだ)

 

 わざわざ助太刀してくれたVault居住者には悪いことをした。

 死んだかどうかはわからないが、パワーアーマーを装着してたとはいえ。通りから店の中にあんな風に叩き込まれたのだ。無傷ではいられなかっただろう。

 

 血に飢え、猛るデスクローは夜空に吼えた。

 

 この町にあれほど押し寄せた無法者に生き残りはいなくなっていた。

 それはつまり――。

 

 デスクローの視線はコンコードの建物へと向けられる。

 この場所を探している、狙いを定まっていることは間違いなかった。

 

(これまでだってやれることをしてきた。あきらめるな。そうだろう、プレストン)

 

 なえる気力を叱咤し。プレストンはレーザーマスケットにエネルギーを送り込み。スコープを覗いて狙いを定める。

 すでに恐怖が心を支配しようとして、指と唇が震えてしょうがない――。

 

 

 

 ゆっくりと、そして嬲るかのように通りの中央を歩き出したデスクローの脇の店がいきなり”中から爆発”すると、飛び出してきた塊にデスクローの巨体は反対側の店の中へと弾き飛ばされた。

 それは先ほど見た状況によく似ていて、奇妙に思えるほどだった。

 

 大通りに飛び出してきた塊は、あのVault居住者が動かすパワーアーマーであった。

 何をやったのかはわからないが、両手に青白いエネルギーが迸っており。ミニガンは持っていなかった。どうやらこれで、先ほどのお返しをしてみせたようだ。

 

『どうした!?かかってこい!』

 

 そして操縦者のレオの戦意は衰えるどころか、ますます盛んであるようだった。

 アーマーの頭部にあるライトは、夜の暗い店の中で巻き上がるホコリと瓦礫のなかに、巨獣の姿を探す。

 

 

 気を失っていたのはわずかの間と思うが、目覚めは最悪だったのは間違いない。

 体は節々が痛み、衝撃で鼻血と歯で噛み切ってしまった口の中のそれを喉を鳴らして飲み込む。

 

 生臭い鉄の味――それだけで憎悪と怒りが湧き上がってくる。

 それでも頭は冷静に、目の前に集中する。やるべきことはたったひとつのことだけ。

 

 言ってみればこれは予行演習のようなものだ。妻を殺し、息子を奪ったやつらにしてやりたいことがあった。それをまずこの化け物にしてやるのだ。

 

 瓦礫の山の中に、うねる皮膚と鋭い爪がライトが照らし出した。

 

『第2ラウンド開始だ!』

 

 アドレナリンが吹き上がる。

 今の私が、何の恐れることはない。




(設定)
・コンコード
レキシントンの北西に位置する住宅街。


・スタージェス
ハッキングはできないのに物づくりはまかせろ、という良くわからん便利な人。
レイダーに町を追い出されるまでは便利屋のようなことをしていたらしい。先の話になるが、インスティチュートに対して、強い憎悪を抱いている。


・プレストン
市民を守る、ミニッツメンの兵士。

とはいえクインシーから散々の敗走につぐ敗走で、ここでも命運つきかけていた。
連邦でも絶滅危惧種ともいえる善人だが、プレーヤーからみると腹黒い悪魔にしか見えないという矛盾の人。

自身を「前線で兵を率いる」などと口にするが、実際は後方で色々忙しくしている。だが、その頑張りが見事すぎるのが。先の評価をもってしまう理由でもあり・・・。


・デスクロー
もとは軍が開発した兵器にして珍味。
野生化し、凶悪化し、強くてタフで素早く動く最強の存在。ゲームではこいつ2匹にかこまれると、たいてい悪夢を見る羽目になる。

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