年明けのグッドネイバーは、まるでウブな若者がここに来て、最初のジェットを試したかのようなそれで。
喧騒を激しく上昇と下降を交互にくりかえしてみせていた。
そんな時、町の入り口に真っ青になって飛び込んできたひとりのトリガーマンは、重大な知らせを抱えて市長の元へと急いでいる。
なのにここにはその市長にそそのかされたからと、酒に薬にと酩酊状態の住人たちがいて、彼らは等しく楽しい天国での散歩をこの瞬間に楽しんでいるのだ。
トリガーマンは人込みを掻き分けるだけでは足らず、なにやら妙に馴れ馴れしい住人達に絡まれては、足を止めなくてはいけなかった。
「急いでるんだよっ、離れろ。こっち来るな!」
その内、苛立って突き飛ばすのに飽きると。
殺しこそしないが、殴るわ蹴るわの大暴れするようになるが。
相手は鼻血をだそうが、骨を折ろうか。楽しい気分はその程度ではやめられぬと、ヘラヘラと笑顔のままでうめき声を混ぜながら……やっぱり笑い続けた。
そんなだからハンコック自身も気がつくのに遅れた。
誰かが空を見上げ、指をさし。
続けてあのふざけた放送をかけながら進む飛行船が――あのB.O.S.がいきなり姿を現したと理解すると、ハンコックの”いい気分”は一気に怒りに吹き飛ばされ、かき消されてしまう。
運が悪いことに、件のトリガーマンは不機嫌になった彼が急いで指示を出しているところで到着し。いまさらながらの報告を聞かせてしまったものだから、さすがのハンコックもつい感情が激してしまい。「この大馬鹿野郎!」と叫ぶと、不運な部下をその場で殴り倒してしまった。
こういう時、ついてないことは立て続ける起こるものらしい。
にわかに騒がしくなったグッドネイバーを、今度は連邦が封じ込めにかかる。ねずみ色の嵐の5日間――市長はひたすら町の中で霧が晴れるのを待ち続けねばならなかった。
店から持ち出してきたアルコールのビンを黙々と空にし続ける不機嫌な市長に。
さすがに気心の知れたファーレンハイトも、ただ黙ってこの時間が過ぎるのを待つしかなかった。
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階段に飛び出してくるなり相手の10ミリ拳銃は火を噴くが、狙いがまるでなっちゃいない。
こちらも一発、ただそれだけで額に穴を開けられた相手は驚くほど器用にエビ反りしながら崩れ落ちていく。ここが笑いどころか。
「ケンドラはお前か?」
「それで?シュラウドが来たとこちらが震えているとでも思ったの?頭は大丈夫?」
「……」
「デランシー達を殺って、しばらく静かにしていたと思ったけど。誰を相手にしているのか、本当にわかってる?」
「……」
「小さな虫が望んで蜘蛛の巣にからめられ、あがくのを見るのは大好きさ」
「そうかい。貴様は終わりだ、悪党」
適当に思いついた言葉で十分だった。
さすがにそれなりに名の知れた殺し屋だ。アイツが鼻歌まじりで組みなおしたシルバーサブマシンガンだけじゃ、どうにもならなかっただろう。
得意のライフルとサブマシンガンの2丁撃ち。コミックでないとやらないことをやってしまった。多分、こんなアホな撃ち方、もう2度とすることはないだろう。
立ち去り際に、ケンドラの死体からメモを取り上げた。
どうやらこいつ、よそで別に仕事を引き受けていたらしい。
「……臨時収入か、それもいいな」
やっぱり俺は正義のミカタって柄じゃない。
ただの糞ったれのしょうもない殺し屋ってことだ。この依頼は死人のかわりにもらってやることにした。
空想の世界から飛び出したヒーローは、帽子を目深にかぶりなおすと。
コートの襟を立てて、物言わぬ殺し屋に別れを告げた。
この正義が、誰の手によって行われたのかを知らせる。シュラウドのカードをその場に残すのを忘れてしまい、ポケットの中にそれを収めたまま。
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霧に閉ざされた連邦は、思った以上にハンコックと彼のグッドネイバーを苦しめていた。
彼の情報網は寸断されるのは仕方ないとしても、ビジネスまで麻痺すると。やはり落ち着いて余裕を見せるなんてことはできなくなる。
ハンコック自身はそれほどキャップに執着はしていないものの。彼に従う部下の中には女やジェット、それに仕事を同量にこなしていないとハイになれない、そういう奴もいるので人間関係に気を配らないといけなくなる。
冷静に諭し、笑い飛ばし、時には怒ったフリをして怒鳴りつける。
ボスとしての役割はわかっているが、自分の中にもどうしようもない怒りが燻っていると。どうしても間違った対応をしでかさないかと、気にするようになる。
(まったくこの霧と同じだな――袋小路に迷って、回り続けている感じだ)
ハンコックは結局、我慢しきれずに町に入り浸っているゴミ拾い達を集めると、「あの飛行船の情報をもってこい」とだけ告げて霧の連邦へ、町から放り出していた。
小汚い顔はほとんど覚えてもいないが、あの中の何人が与えた仕事をこなして戻ってくるのか。
「俺は失敗したと思うか?」
「なに?」
「俺のあの判断だ。ゴミ拾いの連中」
「ああ……」
弱気になったわけではない。
誰かの素直な意見が必要だった。そしてそれに答えるのは、いつも彼女。護衛のファーレンハイトの役目である。
「別に。どっちでもよかったと思うけど?」
「そう思うか?」
「こんなおかしな霧に悩まされるなんて思わなかった。でも情報は必要でしょ」
「フン」
鼻で笑うように返事をする。
あせっているわけではない。まだおびえているわけじゃない。
だが、自分を見て他人がそれを弱気になっているとか。自信がないと思われるのは、耐えられない――。
「イラつかされているんだ。どうしようもないとわかっていても」
「霧は晴れるわ。少なくともこれまではそうだった」
「ああ、そうだったな」
連邦のパワーバランスが崩されるかもしれない――。
あのB.O.S.はキャピタル・ウェイストランドでの”前科”がある。
10年前、奴らは自分達と変わらぬ危険なハイテク集団を襲い、これを武力で制圧し、その全てを奪ったといわれている。
そして強大な存在になっていったあいつらは、たびたび連邦に送り込み。偵察隊が持ち帰る情報は、いつの日かこうするための野心の表れではなかったのか。
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霧の中を苦労してグッドネイバーへと戻った男は、シュラウドの衣装を依頼主に返しに行く。メモリー・デンでは、その人物。グールのケント・コノリーが、戻ってきた彼のヒーローを笑顔で迎える。
「仕事、やってくれたんだね。嬉しいなぁ」
「キャップを出すって言うしな。変な格好をさせられたが、殺しの依頼なら引き受けない理由はないさ」
「ありがとう。これでまたひとつ、この世界はよくなったはずさ」
「そうだといいな……」
おかしな話だ。
ちょっと前までなら、こんな依頼でもキャップのためなんて言い訳のようにして引き受けることはなかった。
知らないうちに、自分もあの連中の影響を受けていたってことなのかもな……。
「あ、そういえばラジオは聞いてくれた?」
「いや」
「なんだ、それじゃ知らないんだね?実は我らの英雄シュラウドに会いたいって、ハンコック市長から言ってきたんだ」
「っ!?」
「行ってもらえるよね?」
「っ!?俺が行く訳がないだろう!ただの傭兵で殺し屋なんだぞ。シュラウドなんてのは格好だけだ」
「そんなぁ、駄目なのかい?」
「駄目だ。また誰か殺したくなったら、キャップを用意して話を持ってきてくれ」
「皆は君の、シュラウドの味方なんだよ!?」
「駄目だ!」
大悪党のハンコックに会いにいくだって?冗談じゃない。
やっぱりやめだ。あいつらの真似をしたら、あいつらみたいにトラブルがむこうからやってきちまう。俺も学んだよ、本当に。
レオに置いていかれたマクレディはグッドネイバーへと戻っていた。結局のところ、マクレディはへーゲン砦には向かわなかった。
いや、一度は追いつけるかもと考えて悩んだ瞬間はあったけれど。それも一瞬のことでしかなかった。
はっきりとは口にできないが、自分はきっとレオへの怒りと、アキラへの引け目を感じているのだと思うのだ。それになにより自分自身に失望を感じていた。
何が何でもついていく、そう宣言したとのに。
私情が絡むと、それを利用され。上手くいったと浮かれている隙を突かれてまんまと逃げられてしまったのだ。仕事をさせてもらえず、後に残された自分の間抜けさには、声も上げられない。
それでも、ここにくればまた最初から出直しができるはず。
そう無理にでも考え、行動したというのに。脅迫者がいなくなっても、まるでなにかが進んでいるという感覚はなく。
むしろ後退しているのでは、と不安に取り付かれている。
そのせいで――。
つまらないことをしでかしてしまった。俺はやるべきじゃなかったんだ。
マクレディはメモリー・デンを出ると、まっすぐサードレールへと向かう。
今度こそ、そこでまっとうな依頼ってやつを待ち。その時が来るまでは決して出歩くまいと心に誓って。
彼は知らないが、運命のいたずらは確かにあった。
酒場へと向かうマクレディの姿を、建物の上階にある窓の影から光る目が見つめていた。冷たい輝きはあっても、そこに感情はない。
暗い部屋の中、窓際に立つファーレンハイトは、それを見て何を考える?
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霧が晴れると、町の住人達はようやくビジネスができるとホッとしていたが。
ハンコック市長が彼らと同調することはなく、その前から続く彼の怒りと不満が取り払われることにはまったくならなかった。
不毛の大地を汚す嵐が連邦を覆うと、この大地の生態系を引っ掻き回して見せたことはすでに触れていたが。
ボストン・コモンでもそれはおこっていて、活気を取り戻そうと動き出したグッドネイバーの入り口にスーパーミュータントの集団が迫る。
それはこの町のちょっとしたエンターテインメントみたいなもので、ハンコックも町も。これまでも何の対策も打っていないわけがなかった。
「戦エ ニンゲン!」
そう叫んで入り口から飛び込んできた奴らに対し。
トリガーマン達と住人は手馴れたものだった。
「ああ、いいぜ」
そう余裕を見せて返すと、あちこちの路地はもちろん。店先や建物の窓から銃口が飛び出し、一斉に火を噴く。
どれほど強靭を誇るスーパーミュータントであったとしても、この攻撃に耐えることはできなかった。
ファーレンハイトが援軍を引き連れてここに現れたときには、すでに決着がついて。住人達は肉片を前にして勝利の雄たけびを上げていたものだった。
しかしハンコック市長の仕事は、それで終わりというわけではない。
飛行船の情報のことに気が散らされてはいるものの。この目先の事件をなんでもないことと、知らんふりをするつもりはなかった。
自室の長椅子に座り、しばし熟考すると口を開いた。
「あの緑の大男達だが、少しお仕置きが必要だとは思わないか?
ボストンコモンで生きるには、気軽な散歩はあまり良い考えではないと奴らにもわかるように。こちらからも散歩に出すってのはどうだろう?」
この頃になると、昨年末にボストンコモンのスーパーミュータントをまとめていたといわれるフィストの死が知れ渡っていたが。それがあの元Vault居住者と友人達がやったことだとまでは知られていなかった。
しかしそのせいで、フィストの地位を狙った奴らの仲間内のためのパフォーマンスに悩まされることに、ハンコックはさっそく危機感を持つべきではないかと考えたのである。
だが、その意見にファーレンハイトは否定する。
「今回はフィン達が頑張ってくれたから、騒ぐほどのことではないわ。あなたが怒る必要はない、ハンコック」
「まぁな。あのフィンの野郎にあれほどの気骨があるとは思わなかった。見直したよ」
「ええ、そうね」
「期待するほどではまだないが、これで一皮むけて悪党として――」
市長は言葉を切った。つい護衛の話術に引っかかり、余計なことを口にするところだったと気がついたのだ。
なんでもないよう、そして当然のように話を強引に戻す。
「俺はこの一件で、町の連中に『俺らしくない』なんて言われたくない。特にあの霧のせいで、我慢を強いられた直後ならなおさらだ」
「あなたらしくない、というなら正にこの事でしょう。あなたは勝利する必要がある」
「ああ、確かにな」
「なら敵にメッセージを送るなんて考えてはダメ。むしろ黙って必要なことだけをすればいい。
あいつらが群れたりできないように、レイダーをあいつらのそばに配置すればいい。お互いが攻撃を始めたら、どちらも次第に消耗していくわ」
「そして俺は、そんな奴らのゲームの動きを見守り。必要なら盤上の駒を勝手に増やして、傷つき、弱っていくようにしむけたらいい――確かに、その方が面白そうだ」
「ハンコックと市長の町に勝利を」
「勝利を」
完全ではなかったが、助言を聞いて市長の気持ちは随分と救われた。
少なくとも、あおるグラスの中の液体の味を感じるくらいの余裕を生み出すくらいには――。
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「……のさ。そう!もうね、終わった。俺の場所は消えて、なくなっちまったんだ」
無駄にキャップは減らせない。
サードレールのマクレディは、今夜はもう飲むのはやめようと思ったときに限って、カウンターから気になる言葉が耳に入ってきた。
見ると、バーテンのチャーリーに相手にされないのもかまわずにグールがひとり。ヤケ酒で絡んでいるようであった。
マクレディはそいつの顔を見ると「あれは……」と思い出した。
ケイトがいた、あのコンバットゾーンのオーナーだったグールだと思ったからだ。名前は……トニーだか、トミーだったか。
レオに付き合って、ストロングとかいうスーパーミュータントと一緒にあそこに突撃した時は。後は自分でそこを立て直すとか何とか言って残っていたっけ。
あれからなにかあったのだろうか?
マクレディはよぉ、と言って声をかけ。あれからどうしていたんだい、などとなれなれしく聞きながら相手の隣の席へと移動する。
トミーはマクレディが誰なのか最初はわからず、声をかけられたことに驚いてポカンと口を開けていたが。
すぐにそれがあの日、殴りこんできた連中の中にいたひとりだと気がつくと、一転して「このクソ馬鹿野郎」と声を荒げて罵倒してきた。
まぁ、こうなることは想像はしていたから。逆らわずに相手をなだめてやる。
トミーはそれで冷静になれたようだった。
騒ぐのをやめると、今度は一転して静かになり。2人でしんみりとした酒を飲み始めた。
「結局、コンバットゾーンのショー・ビジネスはとっくの昔に終わっていたんだ。わかってるんだよ、あんな事なくたって。遅かれ早かれ、潮時だったんだ」
「……そうなのか?」
「ああ。グールなんて死ねない人生やってるとな。人の変わり方の残酷さには慣れちまうもんさ。
コンバットゾーンと名づけたのは理由があったんだ。そこはボストンコモンでも唯一の娯楽施設。それを知らしめたかったからつけた」
「それ、意味あったのか?」
「あったんだよ。最初は、それなりに、な――。
飲んで騒いで喰って、ファイトを楽しむ。あそこではそれが許されたはずの場所だったんだ。
レイダーだって最初から面倒な客ってわけじゃなかった。コンバットゾーンを尊重してくれてな。そこを訪れる客や敵対する奴等には、臨時の休戦条約みたいなものだってあった」
「あの無法者が?」
「ああ、そうだ。今の連中にはわからんのだろうな――そうするだけの魅力があった。だいたいな、ショー・ビジネスってのは、あの世界をぶっこわしてくれた戦争の前からもあったんだ。知っていたか?」
「へぇ」
「レスリングって言ってな。あの頃は屈強な男たちが、力と体をリングの上でぶつけ合って戦っていたんだ。
子供達はもちろんのこと、その子の親もリング上を見ては熱くさせられて声を出して応援していたものさ。俺も親父に連れられて、大騒ぎしていた口でね」
「あんたがまだ人間だった時か」
「そうだ……ヒヒヒ、そういえばあの頃は変な試合が時々組まれることがあったんだ。
なんと、人と熊を戦わせていた」
「なんだって?」
「そう、熊だよ。あのヤオ・グアイと同じくらい大きくて危険そうなやつをリングに上げてな。人と戦う」
「……それ、勝負にならないだろう?」
「いや、それがそうでもないんだよ。だいたいは人が勝つんだ。これには仕掛けがあってな。役者を使う」
「役者?熊は人が中に入っているのか?」
「違う違う、熊の役者を使うんだよ」
「――なんだって?」
「ハハハ、やっぱり信じられねーか。そうだよな、そういうもんだ。
でも、これは本当だ。あの頃は動物に役を演じさせることができたんだ。で、男と対峙して。リング上でちょっとジャレてやるんだ。
大騒ぎだったな。殺されるんじゃないかって、熊も役者だから。相手にガオーってそれらしく吠えるしな」
「死人は出なかったのか?」
「大抵はふつうにじゃれて、適当なところで勝負がつく。ひっくりかえった熊の上でポーズ決めたり、吠えられてあわててリングから逃げ出したり。あとはそれらしくスタッフが両者を引き離したりしてな」
「へぇ、そりゃ面白いな」
グラスの中の汚れた氷がカランと音を立てる。
「そういえばトラブルもあったよ。俺も実際に見たのはそれだけだが」
「なにがあった?」
「あれは――確か、イワン。共産主義者のイワンとか名乗っていた奴がいたんだ。本当に大きな体で2メートルは軽々とこえていた。力が強くて、いつも不機嫌で怖い顔をしていて、凄い奴だったよ。
ところがこいつ、頭が弱いことでも有名で。たびたび力の加減を忘れて試合をぶち壊すことでも有名だった」
「ああ」
「そいつが大熊と戦うことになった。
噂じゃ、その前に戦ったチャンピオンをうっかり大怪我させたことで目玉カードに穴を開けたせいだっていわれてたっけ」
「話を進めてくれよ」
「ああ、そうだったな――で、いつもの熊がやってきて試合が始まった。
適当に熊とじゃれたら、ぶっ飛ばされて気絶して終わる。その試合じゃ、そういう筋書きだったらしい」
「勝敗は決まってたのか?」
「話を聞いてなかったのか?
熊は役者だぞ、本当に戦ったら人なんて簡単に殺しちまう。
だから当然、勝敗は決まっていたさ。周りはイワンに、適当にじゃれて客を盛り上げたら。そこで殴られたふりをしてひっくり返っていろと言われていた」
「イワンはどうしたんだ?」
「ヒヒヒヒ、そっ、それがな。あの馬鹿野郎。
試合が始まると頭に血を上らせて、いつもみたいに馬鹿力で熊を殴り始めたんだよ。熊は驚いて逃げ回るし、リングの周りじゃスタッフが全員真っ青になっていた」
「ひどいな、そりゃ」
「ああ、まったくひどい話だよ。会場は大喜びしているが、オーナーは気の毒なくらいに真っ青な顔で激怒していたな。どんな終わり方をするのか、誰もわからなくなっていたと思う」
「どうなった?」
「……熊を育てていた連中が怒ってな。リングに入って試合を止めようとした。
イワンは馬鹿だから、そいつらも殴り倒してしまった。客は大爆笑だったが、熊はそれで怒ったんだ」
「……」
「100キロを乞える男が、熊に軽々と人形みたいにされて振り回されるのを見たのはあれが最初で最後だった――。
イワンはオーナーの怒りを買って葬式代もだしてもらえなかったし。熊は人を殺したからという理由で射殺されちまったんだ。こうして思い返すと、やっぱり救えない話だと思うよな――」
「そうかもな」
空になったグラスを見つめると、またアルコールが必要になる。
チャーリーに合図を出して、ウィスキーを持ってこさせた。
「俺も連邦をビジネスで飛び回り、夜はサイコとジェットで辛さを忘れる。そんな生活だったんだ。
それでもいい事はあった。グールが店を出しても、火をつけて燃やされたり、殺されない世の中が来たんだ。
俺も経営者になるつもりだったが、ゴミを売る店だけはしたくなかった。誰もやらないこと、考え付かないこと。それがやりたかった」
「それが、あれか?」
「そう、コンバットゾーンさ。だがそれも、結局はこの熊とイワンと同じになったように感じるのさ。
あそこが始まった時は、ここのハンコックに負けないことを始められたと、うぬぼれていた。小狡いだけのレイダーが、コンバットゾーンへの敬意を踏みにじって自慢の獲物をあそこでぶっ放した時に、俺の夢も終わったんだ」
「……そうか」
「ああ」
「立て直すとか、言ってなかったか?」
「格好つけただけだ――いや、少しは本気だったな。それもすぐに駄目になった」
「なにがあった?」
「あいつらだよ。B.O.S.とかいう連中。
なんて言ったかな……『危険を避けるため、ここは我々が徴発する』とかなんとか。それで俺は、道もわからない霧の中に……あそこから追い出されてしまった」
「――ひどいな」
「そうだな。今はあいつらの戦争ゴッコに使われているんだろうよ。仲間の助けが来るまでは動かないそうだ」
「マジかよ。馬鹿じゃないのか?」
「ああ、そうだ。あいつらも馬鹿だ。
それでもあいつらはコンバットゾーンを今もめちゃくちゃにしているし。そこにあの辺の暴れたい奴らはすぐに殺到するだろう。つまりは――」
俺の夢は終わったんだ、トミーは繰り返しかけた言葉をアルコールと一緒にして飲み込んだ。
その表情はグールでもわかる。ただ、悔しさだけが焼けつくようにへばりついてはなれてくれないのだ。
(設定)
・シルバーサブマシンガン
ヒーローのシュラウドが使うメインウェポン。
撮影用のはずなのに、なぜか実銃という恐怖を感じる。
・ハイテク集団
ここでいってるのは過去作品に登場したエンクレイヴのこと。
壊滅されたことにされているが。どうも亜種として、細々と残っているものもあるようだ。
・フィン
原作だと、主人公が初めてグッドネイバーを訪れたときに出迎えてくれる人。
・コンバットゾーンのB.O.S.
次回以降の話にかかわるが、一応説明する。
本体から出撃し、制圧に失敗した部隊のひとつがボストンコモンに紛れ込んだとここでは言っているのである。