ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

44 / 136
ここから数回、ラッドストームの影響について友人達を中心に話が展開します。ということで、主人公は当分は行方不明・・・・大丈夫なのか?

次回更新は明々後日を予定。


法なき世界の番人

 新年を迎えたばかりの深夜、ケンブリッジ警察署の屋上では珍しく3人が外に出て、暗い町の空を見上げていた。

 待っているのである。

 

「本当ですかね?本当なんでしょうね?」

「落ち着きなさいよ、オジサン」

「――そうだ、冷静になれ。こちらもそのために、今日は一日準備にかかりっきりになった」

 

 苦笑いするパラディン・ダンスだが、その心の中はやはり複雑なままであった。

 年末の最後の一日が始まるのに合わせたように。再び本隊からの連絡を受け取ったダンスの班は喜びと驚きの中で、本当に久しぶりに高揚感に包まれた時を味わっていた。

 

『我等、連邦ニテ合流ス』

 

 短いが、その言葉の意味するところは一つであった。

 数年をかけてこの連邦へと偵察を繰り返していたエルダー・マクソンが、ついにダンスたちの帰還を待たずして連邦への進攻を決意したと言うことに違いなかった。

 

(だが、少し急ぎすぎてやしないか?)

 

 わずかに心の底で思わないわけではないが、本隊がここに駆けつけてくれると聞いては喜ばないわけにはいかなかった。

 

 ダンスたちは一日をかけて警察署の屋上を簡易のヘリポートへと機能するように仕上げた。

 そして待っている――深夜が近づく中、目は冴えてしまい、気持ちは踊りっぱなしのまま。

 

 西の空をずっと見つめていた彼らは、ある瞬間に同じものを目にすると一斉に歓喜の声を上げた。ケンブリッジの夜にそれは、あまりにもやかましく。それまで静かな夜に彷徨っていたフェラル達は反応を示したが、彼等が声の元をたどる前にそれは収まってしまった。

 

 美しい星空の下を、山の間を抜けた飛行船が輝きを振りまきながら進むのを見ていた。

 懐かしい声も聞こえた。彼等が戻るべき場所が、むこうからこの連邦へとやってきてくれた――。

 

 

 

 最高速で接近してきた一機のベルチバードは、警察署の上でピタリと止まると静かにそこに着陸する。乗っていたのは、ダンスと同じパラディンのレーンと言う女性である。

 

「連邦へようこそ、パラディン」

「ハハハ、かわらないんだなパラディン・ダンス。こちらこそ君と君の部隊に言わないとね、アド・ヴィクトリアム。おめでとう、とね」

 

 敬礼を交わすと、彼女は同じく乗ってきた2人の兵士に「降ろせ、時間がないぞ」と告げる。

 ダンスはリースたちにも彼らを手伝うように目で指示を出した。喜びから多少緩んでいた空気は、すでにピンと緊張したものへと戻ってきている。これこそが、自分達の普段の姿だと自信を持って言える。

 

「どうやら、兵士は乗せてこなかったようだな」

「とりあえず補給物資で一杯でね。いや、実際の話。君らが飢えているんじゃないかって、そういう意見もあったんだよ。報告を聞いた限りでは、そうとう追い詰められていると思っていたからね」

「ああ……」

「ところがどうだい、来てみたらさ。丸々とした連中が顔をそろえていた、どうしてだ?」

「なに、連邦の地下にいるネズミとローチは丸々と太っていただけのことさ」

「――何だって?」

「冗談だよ、レーン。君にまた会えるとは、嬉しいよ」

「同期で一番美しい戦士といえば、私だろ?そりゃ、君が嬉しく思うのも当然に決まってる――あんた変わった?再会して冗談を聞かされるとは思わなかった」

 

 そんな話をしている間にも、屋上の片隅――下へと降りる階段へと続く扉の前に物資の詰まった箱が次々と積み上げられていくのがわかる。

 

「こりゃ、早く終わりそう。10分程度はかかると思っていたけれど」

「そのようだ……それで、ここで我々の後を引き継ぐ部隊は、いつ来ることになる?」

「このすぐ後に。正確には、我々が戻って20分以内に2小隊が来る予定だ」

「そうか――」

「現在進行中の作戦が終了すれば、さらにもうひとつ小隊が配属される。この場所の守りについて心配は要らないと思う」

 

 確かにそれだけいれば、ケンブリッジにあふれるフェラルの群れに怯えなくても大丈夫だろう。

 ダンスはようやく浮かんだ笑顔を引っ込めると、再び口を開いた。

 

「パラディン・レーン、実は作戦の細かい部分について我々は知らされていないんだ。君がここに来たということは、それについても?」

「そうだ。まずはこのホロテープを渡す」

「これは?」

「本隊が現在、進行中の作戦。そのすべてがここに」

「わかった、あとで見ておこう」

「で、これからの君達の処遇だが、君の部隊にはこのあとで到着する小隊との引きつぎを終えた時点で任務は正式に完了したということになる。そして君にはプリドゥエンまで来てもらい、エルダーに直接任務の報告をしてもらいたい」

「そうか」

「どうしたんだ、いきなり暗い顔になって?」

「いや――それは」

「心配は要らない、ダンス。

 本部は君達の任務は成功したと考えている。私がここに来たのも、本部が君へ配慮した結果さ。連邦で半分まで失った小隊での活動という厳しい状況を乗り越えて、君は立派にやり遂げた。

 それをちゃんとエルダーに自分の口から伝えて、褒めてもらったらいい」

 

 仲間への気遣いとなぐさめの言葉がかけられているが。それでもダンスの顔色はまだすぐれないままだった。

 

「レーン、私の部下たちの扱いについて他にはないのか?」

「ん?」

「どうやら話を聞くと、プリドゥエンへの帰還は私ひとりだけのようだが――」

「そうか、ああ――」

 

 レーンが言いよどむと、タイミングの悪いことに作業が終わったと部下達が伝えてきた。

 ダンスとレーンは目配せで意志の疎通をはかると、荷物を中に持っていってくれと新しく注文をつけた。そして彼らからは少しばかり距離をとる。

 

「大きな声では言えないが――君の部隊」

「ああ」

「書類の上では、君達の部隊は引継ぎを終えた時点で解散扱いになっていると思う」

「解散か……」

「残念だけど、部隊としては君達をそのままでは使えない。戦力にはできない――気の毒だとは思う」

「そうだろうな。ちゃんと理解しているよ。それで?」

「実は私もそれについて、はっきりと言われていない。決まっていないんじゃないかな。

 多分だけど、君の報告を聞いて。そのときエルダーが君と君の部下たちの今後については考えてくださるのだろうと、思う」

「なるほどな」

「これも想像だけど、それまでは彼等は補充兵として扱われるんじゃないかな」

「わかった。教えてくれてありがとう」

「では、戻るよ。こっちも、自分の部隊を率いての仕事が残っているんでね」

 

 再び笑顔が戻ると、互いに敬礼を返す。

 ダンスが見送る中を、ベルチバードは来たときと変わらぬ速さで、再び飛び去っていってしまった。

 

 パラディン・ダンス――。

 その名前をすんなりと呼んでもらえたことに、なぜか今になってホッとしていた。

 思えば彼は、自分たちが生きては戻れないかもしれないと。ここではそんな覚悟をしていたからかもしれない。

 

 

==========

 

 

 ディーコンはバンカーヒルから、ようやっとの思いでレールロード本部へ戻ってくることができた。それは霧が連邦を覆った2日目のことである。さらにワット・エレクトロニクスの事件から数えるとすでに4日……。

 

 いつもならひとりでも鼻歌交じりに歩きなれた道は、ラッドストームのもたらす霧のせいで、さながら地獄の釜底を進む気分である。どこからともなく聞こえてくるのは悲鳴であり、狂気じみた叫び声であり、武器の発射音と破壊音。

 たとえレールロードのエージェントであったとしても、これを恐怖をみじんも感じることなく通り過ぎるのは無理というものだった。

 

 そうやってようやく仲間の下へたどり着けたと、不遜な男はため息をつく。この男にしては珍しい姿があった。

 

 アキラがあの日、消えた後。

 消えた痕跡が、理由が何もつかめないという状況の中。ロボット達が出した最終結論が「誘拐」であった。

 そしてディーコンは迷うことなく、レールロード本部への帰還を決める。

 

 追跡する情報が何もない以上、彼らだけではどうにもならない。

 ならばできるだけはやく組織に頼るのがいいという判断であった。

 

 

 驚いたことに、一目見て違和感を覚える。新年を迎えたばかりのレールロード本部には人がいつもよりも少ない気がした。やはり霧の影響が、ここにもあったのかもしれない。。

 なによりリーダー達の姿が見えないのが気になる。何か、あったのだろうか?

 

「なぁ、いいか?」

「ディーコン、戻ったのですね。お帰りなさい」

「ああ……皆の姿が見えないみたいだ」

「え?」

 

 こちらの違和感になぜか向こうが驚いている。新人でもあるまいに、戻って結果の報告は当たり前なのだから、こちらが上司が居ないと困っているとわからないのだろうか?

 やはり冷静ではいられないようで、ディーコンは表情こそ変わらないが。すでに雰囲気が悪く、不機嫌になっていた。

 

「別にそんなことはないと思いますけど――」

「デズデモーナとキャリントンはどうした?そんなことも、わからないのか?」

「す、すいません」

「俺は別に謝罪がほしいわけじゃなくて――」

 

 再びディーコンは、なにかあったのか?それを問いただそうとすると、なんと入り口が騒がしくなる。目の前をあの何でも屋のトムが通り過ぎようとした。目の前の人物が役に立たないので、ディーコンは新たに彼にむかって声をかける。

 

「なんだ?どうした?」

「ディーコン、デズが外から戻ってきたのさ」

「外だって?」

 

 こんな視界も何もない、霧の連邦の中に彼女達は外出していたということか。それは珍しい。

 入り口にはレールロードの指導者達は部隊の兵士を引き連れ、物々しい姿でズカズカと本部へと戻ってきていた。どうやらあっちも、こちらに負けず不機嫌を全開にしているらしく、荒れているようだ。

 

「……こっちは空に浮かんでいる。あいつらのせいで、すっかりパニックよ!!」

 

 リーダーのデズデモーナは、これまた珍しく感情をむき出しに叫ぶようにいきなり吐き捨てた。

 本部にたちまち緊張が走り、ディーコンも自分の中の熱くにごっていたものが静まっていくのを感じていた。なにやら状況を見極めないといけないと、本能が告げていたからだ。

 

「何でも屋のトムが、あれはエイリアンのマザーシップだって――」

「エイリアンは存在するさ!その脅威は、今もこの地上に間違いなく手を伸ばしているからね!それは今の科学でも十分に証明できるはずだよ」

 

 誰かが余計なことを口にしたせいで、いつものようにトムが空気を読まずに脊髄反射的に妄想を爆発させてしまう。当然、そのせいでリーダーの怒りを買ってしまった。

 

「馬鹿いわないで、やめて頂戴!あれはプリドゥエンっていう、飛行船よ。キャピタル・ウェイストランドのB.O.S.が作り上げた兵器よ。間違いない」

 

 どうやらリーダーは例の放送を聞いて居てもたってもいられなかったらしい――。

 自分の目で実際に確かめて来たようだ。

 

「いいこと?ここにはあいつらのことを知らない人も居るでしょうから、教えてあげるわ。

 あいつらはね。この世界に残された優れたテクノロジーを奪い取るように集め、自分たちのものにする。そして自らを厳しい規則をもった軍隊だと宣伝しているわ」

「なんで、そんなのが連邦へ?」

「決まっているじゃない!あいつらは連邦のテクノロジーが生み出した人造人間。彼らがこの世界に存在していることが許せないと、ずっと公言していた。

 それがここにやって来たということは、自分たちの手で直接に人造人間達を皆殺しにするつもりに違いないわ」

 

 人造人間の殲滅――レールロードでは、それは一番許されない。あってはならない脅威であった。

 そしてこのリーダーはそんなことを許すつもりはなかった。

 

「とりあえず、しっかりとこのことを広めてほしい。レールロード以外の人々にもね。

 

 あのB.O.S.という連中は私達の新しい敵よ。

 

 あいつらに交渉による妥協や、譲歩、和平なんてことは絶対にありえない。これからは私たちも、もっと気をつけて動かないと――」

「ど、どうするんだい。リーダー?」

「心配は要らないわよ。さしあたっては何をしようとしているのか、彼らの動きをしばらくは観察する。絶対に目を離したりはしない。

 そしてなにかあるにしても、こちらの任務にあいつらを近づけないように皆にはもっと努力してもらう。こちらが特に目立つ動きを見せなければ、彼らもすぐには私たちの存在に気がつくこともないはずよ」

「新しい敵……」

「そうよ。でも人造人間にとってインスティチュートが最大の脅威であることに変わりはないわ。私たちが戦う相手はそっち、勘違いはしないで――それじゃ、皆。仕事に戻って頂戴」

 

 不安の余韻が残ったものの、それでもレールロードは再び活動を開始した。

 ディーコンは無言でその様子のすべてを見つめていた――これこそがレールロードだ。万人に理解はされず、それでもなお自分たちに正義があると信じる者たちの姿だ。

 

(ぶっ飛んだ、狂人達のサークル活動の間違いじゃない?)

 

 自分が冗談でも相棒と呼んだ。生意気な小僧の皮肉が、どこからか聞こえてきた気がした。

 アキラ――ディーコンは口の中に広がる苦味に耐える。

 

 

==========

 

 

 不気味な霧に覆われて3日目。

 ケンブリッジ警察署には、補給と補充兵が入り。計画は予定通りに進められ、パラディン・ダンスが率いた連邦への偵察部隊は、ここで一応の任務終了となり。同時に解散することとなった。

 

「君たちに特に希望がないなら、ここに残ってもらおうと考えている」

 

 部下達にはまず、ダンスはそう切り出した。

 

「ここは前哨基地となるわけだが、残念ながらここには連邦を知っている兵士は居ない。何かがあったとき、我々が乗り越えてきた経験が。ここに来たばかりの連中の役に立つかもしれない」

 

 ヘイレンもリースも、ダンスのその意見に同意を示した。

 

「そうですね」

「連邦を知らないヒヨッ子共の”おもり”ですか――楽しい仕事ではありませんが。

 確かに、いつぞやかのゴミ拾い共にでかい顔をされて『助けてやった』などといわれる経験を、彼等も味わうのは気分がいいものではありませんからね」

 

 リースはレオに続き、アキラという若者にも自分が助けられたことに一層の強いわだかまりを持ってしまったらしい。それでも彼らが気分を落ち込ませることなく、思った以上にすんなり同意がもらえたことに、ダンスは内心ホッとする。

 

「真面目な話をすれば、我々にはこの先も。なにか特別に理由がない限りは、この連邦で展開される作戦に戦力として組み込まれることはないと思う。つまり、選択肢はあまり用意されることはないということだ」

「ここには来れなかったキャピタルの留守番として送り返されるか。本隊に戻っても、やらされるのは荷物運び。確かに、それは楽しい未来ではありませんね」

「そういうことなら、ここに残ることに俺たちに文句はありませんよ。ですが、ダンス。あなたは?」

 

 リースに問われ、ダンスは苦笑いを浮かべた。

 

「アーサーは『パラディンを遊ばせるわけにはいかない』とは言ってくれるだろうが、それほど状況は君らと大きな違いはないだろうな。帰還して、チームを解散させたばかりの隊長さんだ。すぐに新チームをまかせるとは、いかないだろう」

「……あなたはするべきことをして、私たちを本隊に帰してくださいました」

「そうですよ!それはないんじゃないかなぁ」

「ハハハ、ありがとう。だが、これはそういうものだからな。

 とりあえず私はエルダーに報告書を持って、直接顔を見せに会いに来いと言われている。報告にもどれば、私がここに再び配属されることはないだろう――なに、心配は要らない。

 パラディンに倉庫整理はさせないだろうから、私は君たちよりも恵まれている。

 あそこでなにか適当な新しい仕事を見つければいいだけさ」

 

 まぁ、そんなことを口にするダンス自身が。それについてまだ何も考えていないわけだが――。

 

「とにかく部隊はこれで解散するが、君たちの意思を確認したかったんだ――。部下であり、仲間だった君たちの。

 さすがにこれまでのようにお互いの陰気な顔をいつも見ることはないだろうが。それでなにかが変わるだろうということもないだろう?」

「ですね」

「たまには顔を出してくださいよ。ここで俺達がしっかりやってるって見てもらわないと――」

 

 この友情はこれからも変わることはないだろう。

 だが人は、兵士は生きている限り前進を続けなくてはならない――それは仕方がないことなのだ。

 

 

 

 ところが状況はさっそく計画通りにはいかなかった。

 プリドゥエンと警察署を行き来する最初の連絡便が、ダンスの帰還するそれであったはずなのだが。

 連邦を突如として襲う、ラッドストームの影響から運行の停止が決まってしまった。

 

 ダンスと彼の元部下達はそれを聞いて苦笑いしてお互いの顔を見合わせる。

 連邦がこちらの不都合を引き起こすのは、もっとも普通の出来事だったな、と。

 

 とはいえ、早速自分たちで仕事を始めるヘイレンやリースと違い。

 提出する報告書の見直し以外にやることのなくなったダンスには、困った話であった。

 

(仕事、新しい私の仕事か――)

 

 忙しく歩き回る兵士たちの横を通り過ぎ、ダンスはいつしか屋上へと出ていた。

 不気味な色の霧の世界の中、発着するベルチバードの邪魔にならぬようにとすみに追いやられた装置が、そこにひとつ。霧の中、ダンスは顔を近づけて苦労してそれをいじりはじめる。

 

『こちらはパラディン・ダンス、全てのチャンネルで呼びかけている。B.O.S.部隊は、新たな作戦の発動を前に配置転換をおこなう。兵士は至急、ケンブリッジ警察署に帰還せよ。このメッセージは……』

 

 それは繰り返されるメッセージ。

 パラディン・ダンスのいかなる考えによるものなのか。

 

 

==========

 

 

「新人が?」

「そうだ、デズ。これは緊急事態だ。それもとびっきり最悪のな」

「――そのようね」

 

 ディーコンの話を聞くと、レールロードのリーダーは不快感にわずかに眉を持ち上げたが――それでこの話は終わってしまった。

 

「ディーコン、彼のことは残念だったわね。ところで、次の任務についてだけど……」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。まだ話は終わっちゃいない。時間はたっているが、まだ何が起きたのかはっきりしていない。頼む、戦闘チームをひとつでいいんだ。俺に貸してほしい」

「駄目よ」

「無期限でというわけじゃない。7日、いや5日でいいんだ」

「無理ね、ディーコン」

 

 リーダーの声は冷たく、情のかけらもなかった。

 鉄面皮を自認するディーコンも、その冷酷さに思わず呆気にとられ。それから抗議の声を上げる。

 

「なぜだ?これが俺達への、新しい攻撃だとはあんたは思わないのか?」

「思わないわね」

「……」

「どうしたの?いつもみたいに、似合わない台詞でも吐いて。私を冷酷な女だと嫌味でも言ったら?」

「しないさ。無駄なようだからな。でも――なぜだ?理由は知りたいね」

 

 希望は最初から絶たれていた。ディーコンはエージェントとして、組織にそれ以上の要求はできない。

 ただ、理由だけは知りたいと思った。珍しいことに、リーダーは「それなら沢山あるわ」といって、ディーコンのサングラスの向こうにあるであろう瞳をはっきりと見返してきて言った。

 

「オーガスタの隠れ家があなたと彼の任務だった、そうよね?」

「ああ、そこは見てきたよ。レイダー共が楽しそうに俺たちの仲間の死体を積み上げて焼いていたさ」

「そう、それで?」

「それで?帰ったさ、他にどうしろと?」

「あなたはエージェントよ。あそこに残されたかもしれない情報は、全て消し去らなくてはいけない。ディーコン、当然でしょ!」

「俺たちにレイダー退治は必要ないはずだ、デズ。ミニッツメンにでもやらせたらいい」

「ふざけないで!そんなことできるわけがないでしょう。それにもういいのよ、あなた達が放り出した仕事はグローリーに片付けてもらうから」

「……」

「不満?それならこっちも同じ。

 だいたい新人が消えたのは、あなた達が小遣い稼ぎにあのB.O.S.の部隊とやらと取引した情報でゴミ拾いをした結果でしょう?注意をおこたって、誰かの罠の中に飛び込んだだけ。レールロードの任務とは関係ない」

 

 それは考えられる可能性ではあった。

 あそこに仕組まれたプログラムといい、窓ひとつない建物とやらは巨大なネズミ捕りであったとしても不思議ではない。

 

「それが理由なのか?任務じゃないから、それだけ?」

「――ディーコン、よほどあの少年のことを気に入っていたようね。

 でも、しっかりしなさい。私たちには任務がある。連邦の状況が変化した。ここはますます危険な場所へと変わっていこうとしているのよ。あのB.O.S.が来たの、あなただってあいつらがどんな奴か。直接その目で見てきたはず」

「ああ」

「それなら――」

「俺が素直になれないのはな。オーガスタの隠れ家について話を受ける前。あんたはやけにあいつのことを気にしていた。それは今のあんたの判断に、まったく影響はないと断言してくれれば。俺だって納得するしかない……どうなんだ?」

 

 一瞬、騒音の中で張り詰めた緊張感が生まれるが。

 ため息をつくと、デズデモーナは答えた。

 

「あれは別よ――でもそれじゃ、あなたは納得しないのでしょうね。

 私はね、あの時はあなたとあの少年に危機感を抱いていたの。ディーコン、確かにあなたはうちの優秀なエージェントよ。でも、そんなあなたが。あの少年と行動を共にする時、みせたことのない仕事の仕方をやるようになった。

 リスクを恐れ、正体を明かさず、静かに任務を終えるあなたは消えた。かわりに、酔っ払ったみたいにして破壊の限りをつくし、存在感をさらすようになっていた。

 

 あなたはグローリーを野蛮だと非難するけど、私に言わせればあれこそが本当の野蛮そのものよ。

 しかもそれをやってのける原因は、まったくといっていいほど戦闘スキルを持っていないというじゃない。あんなのは絶対、おかしいわ。獰猛なボストンコモンに居座る獣達を八つ裂きにする素人なんて、まともじゃない。

 

 あれは呪われた人間よ。

 組織にとっては有害にしかならない、そんな危険な存在」

「……わかった、邪魔をしたな」

 

 ディーコンはそうやって会話を無理やりにでも打ち切った。

 そうでもしなければ――彼はもう、ここでは戦うことができなくなりそうな気がしたから。

 

 

 それからディーコンは己の感情を封じ込め、本部でしばらくは雑事に忙しくしていた。

 レールロードはいきなり新人を見捨てる決定を下してしまった。ここで感情的に自分も外に飛び出してみせようものなら、自分の立場も良くないものにしてしまう。

 

 そんな彼の冷静さと冷酷さを責めるように。キャリントンをはじめ、アキラを知っていた本部の人間はディーコンの新しい相棒だった彼のためにお悔やみを告げてくる。そのたびに心は休まらないと、叫びたくなる衝動を押さえ込まなくてはいけなかった。

 

 

 だが――その中でも希望が残されていた。

 何でも屋のトムは、彼にしては珍しく落ち込んでいたのだ。

 

「ディーコン、やっぱりデズは。アキラの捜索には許可を出してくれなかったんだね」

「ああ――待て、何で知っている?」

「え?そりゃ、当然だよ。僕は――」

「トム、俺は重要なことだけを知りたい。なんだ?」

「僕が開発した装置、MILLAを知ってる?これは、インスティチュートが連邦をテラフォーミングしていると考えた僕が、それを証明するために生み出した装置なんだ」

「ああ。それで?」

「アキラは前回戻ったときに、こいつをいくつか持っていってくれてね。ボストンのいくつかの場所に配置してくれと頼んでいるんだけど、彼はあんまり熱心ではないようだ」

「よくわからない。それが、なんだ?」

「――実はこの数日、MILLAが弱々しく何度か情報を送ってきていた。彼は連邦を変なルートで歩いていることがわかってる。そして君が戻ってきた、それで僕も納得できたってわけ」

「それはつまり――あいつは生きているのか?」

「そこまではなんとも……でも、今も時々だけど反応はあるよ。どうやら今はメッドフォードの辺りに居るようだね」

 

 脳裏にすぐに地図が思い浮かべた。

 メッドフォードは、例の消えた場所からは遠く北東に位置していたはず。バンカーヒルにも、長くは居なかったが噂はなかったことを考えると、それほど間違った情報とは思えない。

 

「トム、そのデータはどうなる?」

「あー……まとめたらデズに提出する。なんで?」

「俺が思うに彼女はそのデータを重視したりはしないだろう。だが――わかるだろ?俺なら、お前のデータをきちんと生かすこともできるかもしれない」

「ふむ、確かに」

「証明しようじゃないか。お前の――ミラが、多くのことで役に立つと。俺とも組んでみないか?」

「……ふむ……そうだな……………わかった。情報はあんたに渡すよ、こいつを是非あんたの力に生かしてほしい」

「――ありがとう」

「いいさ、それにアキラには貸しもあるんでね」

「ん?」

「実は僕が手塩をかけて作り上げたパワーアーマーだけどさ、彼がそれをばらばらに市場に出されるのはもったいないと同意してくれてね。なんとその場で買ってくれたんだ。そいつについても、あんたから彼に渡してもらえるとありがたい」

「ああ、まかせてくれ」

 

 凍りつきかけていた心に、わずかな光が当たるのを感じる。

 まさに首の皮一枚――それでも、まったく何もないよりかはマシであった。




(設定)
・パラディン・レーン
オリジナルキャラクター。
FO3をやっていると、FO4のB.O.S.に物足りなさを感じるのもわかろうというもの。部隊を率いる隊長に女性はぴったりだとは思いませんか?

ちなみにレーンさんは角刈りではなく、20代後半で乱れ髪の白人女性という設定。

・MILLA
レールロードのお使いクエストにでてくる装置。
アキラがこれを受け取ったのは、多分どんな技術が使われているのか調べたかっただけのような気がする。
なので目的地に置かれることもなく、トムの願いはかなうことはないだろう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。