濃霧
『すべてを失って初めて、やりたいことをやる自由を手にすることができる』
『俺たちは消費者だ。ライフスタイルの妄想が生んだ副産物なんだ。殺人、犯罪、飢餓なんてものは俺を悩ませない。(以下省略)』
『痛みがなく、犠牲もなければ、何も得られない。』
(映画『ファイトクラブ』から タイラー・ダーデンの言葉)
いつになく強く、冷たい風の吹く深夜。
現在、ボストン目指して連邦を南下中のマクナマス率いる部隊は、奇妙な噂の真相を確認するべく。散開しつつ、ゆっくりと前進を続けていた。
マクナマスは暗視装置がついた双眼鏡で自分達の前方を確認していたが、暗闇の中で思わず小さな唸り声をあげてしまう。
前方の焼け落ちた林だったそこには、不気味に今も大火がおさまった直後のように木も地面も燻っており。
その中でライトで地面に埋まりかけたなにかを煌々と照らし、作業を続けているロボットたちがいた。あれが噂の連邦の旅人を見つけては襲うというロボット軍団なのかどうかまではわからない。
(さて、困ったぞ。どうしたものか――)
任地に向かう途中で、未知の敵と戦闘をする危険を冒すべきかどうか。
さっそく新しい司令官は最初の判断をこの時迫られていた……。
そもそもの始まりは、彼等がチャールズ川を無事に渡ったあとのこと。
プレストン・ガービーの勧めで、鉄道沿いに南下してきた彼らは無事に旧オーバーランド駅跡地にあったという居住地を訪れた。
そこはガービーをして「もしかしたら、もう存在していないかもしれない」と、ため息交じりに不安を匂わせていた場所だったが。驚くことにまだ人がかろうじて残っていた。
といっても、それは2人の女性――より正確な表現をするなら、一組の夫婦がいた。
「怯えない日はないよ、出て行った皆はそれに耐えられなかったんだ」
ミニッツメンを迎え、ついにこの近くにも来てくれたとひとしきり喜んだあと。彼女の一人が寂しそうにそう口にした。それがあまりに気の毒で、ミニッツメン達は顔をまともには見られない。
これまで北部のサンクチュアリから、レキシントンへとレイダー達を押し戻したことに彼等は少しばかりの達成感を味わい、そのわずかな勝利に満足していたことを思い知らされていた。
そういえばプレストン・ガービーに喜びは、笑顔はなかった。浮かれる新人達に怒鳴り散らしたり、不満を口にしたことはないが、胸のうちではこんな苦しんでいる人々を思い悩んでいたのかもしれない。
「実は、最近この近くで気になることがあって。よかったら少し、力を貸してもらえないかな?」
彼女達が言うにはどうやら数日前から、山火事の跡地に入ってなにかの作業をしている存在がいるらしい。近づいてくる様子もないので、こちらは知らないふりをしているが。気になっているのだという。
ミニッツメンとしてその要望に断る理由はなかったのだが――。
マクナマスが見る限り、そこにいるロボット達は武装はしているものの。様子をのぞき見る限りでは、この場所で何かの作業をしているだけのようで。このまま放置しても構わない気がしないではない。
とはいえ、こんな燃えカスの中で何をやっているのか、確認するとこちらも余計に気になってきて――ああ、まったくどうしろというのか。
戦うか、ここで引き返すか。
ループする悩みの中にいるマクナマスだったが、後ろから緊張した表情の仲間が近づいてくると後方に戻ってきてくれと言われた。
騒がしい現場から距離をとると、マクナマスは一転して今度はポカンと呆けた顔で夜空を見上げることになる。
星が輝く美しい冬の空に。見たことのない浮遊物がなにやら騒ぎながら頭の上を横切っていこうとしていた。
「あれは――?」
「よくわからないんですが……あれは自分たちのことを、B.O.S.と呼んでいるみたいなんですよ」
「なんだと!?」
そいつらの話は、噂では聞いたことがある。本部はキャピタルにあるとかなんとか。
だが、それがなんで連邦に?
急に自分達は一刻の猶予もなく、任務地に入らなくてはいけないのでは。そんな焦燥感を覚えた。
なぜそう思ったのか、何がそう思わせるのかはわからないが。何かに対し、自分達は手遅れになりかけてはいないだろうか――?
結局、マクナマスは居住地への撤退を決めた。
自分達が見たもの、聞いたもの。それを早く北に――ガービーの耳に届けなくてはいけない気がする。
だが、そんなミニッツメンを嘲笑うかのように、連邦は彼らの動きを封じにかかる。
巨大な飛行船が横切った後の空に、西からすごい速さで広がるねずみ色の恐ろしい雲がやってきたせいだ。ラッドストームと呼ばれている悪天候に連邦は飲み込まれていく。
それは後に”恐怖の霧”とも呼ばれる、新年最初の5日間の始まりでもあった。
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DAY2
崖の上の居住地の人々はこの日、不気味な霧の中でレキシントンの方角から久しぶりに鳴り止まない争いの咆哮があがるのを聞いていた。
代表はそれには何も言わなかったが、居住地の老人が代わりに口を開いた。
「恐怖に耐えられないやつが出たんだろう。それで――」
殺し合いを始めているのさ、と。
深い霧は時間の感覚を狂わせ、わずかに残されていた平穏すら消失させてみせた。
太陽が昇っても、沈んでも。周りの光景はいこうに変わらない。雲と霧、そして雷鳴が太陽と青い空をさえぎっているからだ。
そしてその間、ガイガーカウンターは常にピーガーとやかましく音を立て続け、危険を知らせている。
人が恐怖に押しつぶされておかしくなるのに、十分な理由があった。
それぞれが違う無法者たちの組織とフェラル・グール。
恐怖が蔓延すると、霧の中でそれらは奇妙に溶け合うようにしてひとつになろうとし。そうしてから反発した。レキシントンは狂気の中に飲み込まれてしまったのだ。
連邦のすべてがそうなるのに、後どれほどの時間が必要だと言うのだろう――。
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DAY3
嵐はいまだやむことなく、霧はさらに濃くなっていく……。
サンクチュアリの住人は現在37人。
彼らを全員、室内の一箇所に集め終わるとそれだけでもう大仕事である。部屋の中なのに、笑えないことだが黄色の霧がタバコの煙のようにすでに室内を満たしてしまっている。
だが、息を整え休んでいる時間はない。ここからが重要なのだ――。
言葉を話せない機械の代表にかわり、スタージェスが声を上げる。
「……ですから皆さん、落ち着いて。
今、我々は危険な状況にあります。誰もが知っていますが、このラッドストームと呼ばれる現象は。多量の放射性物質がふくまれているということを。
そして我々は、すでに一日をしてこれにさらされ続けているということを。
まず、残念なお知らせがあります。
倉庫にはすでに放射能除去剤――つまり、RAD-Xは残っていません。これは、前回の取引でまとめて売ってしまったからです。本当に、本当に間の悪いことでした」
不安そうな人々の間から、すすり泣きや悲鳴が上がる。パニックを起こされたくはなかった。
「ですが、いいですか!?聞いてください!
そういう状況ではありますが、不安に怯える必要は――ないんです!
我々の代表代理――そこにいるマーヴィンは言葉は話しませんけど、こうなる状況に備えて事前の準備は怠ってはいませんでした。
このサンクチュアリには、放射能除去装置が用意されています――」
数時間後、集会を無事に終えたスタージェスとマーヴィン代表代理は、レッドロケット・トラックストップへと移動していた。
顔をしかめたプレストンが彼らを迎えた。
「それで?どうだった?」
「なんとかパニックは抑えられたとは思うよ。ヒヤリとはさせられたけどね」
「それはよかった。こういう時は、なによりも人々の間に伝染するパニックが怖い」
そしてわずかに覚える罪悪感は、その味をさらに苦いものにする。
サンクチュアリの倉庫にあったRAD-Xは、実際のところ大量に保管されていたのだ。それをマーヴィンが数字を操作して、品はプレストンが命じて新たに立て直されたばかりの居住地にむけて送り出し、配布させていた。
それもこれも、スタージェスが事前にここに放射能除去装置を完成させておいてくれたからだ。
「助かったよ、とにかく……まだ到着したばかりで。はじまったばかりの場所もある。そこでひどいことが起こる可能性は、これでだいぶ抑えられたはずだ」
「ここにアレを運び込んだときは、何でこんなものが必要なんだろうと思ったけどね。さすがだ」
サンクチュアリの住人達に説明した装置は、実際はこのレッドロケットに作られた新しい地下室に設置されているものであった。
「この天気はいつまで続くんだろうか?」
「わからない。何日も続くとは考えたくはないが――」
「巡回に出ているミニッツメンは大丈夫なのかい?」
「それぞれに渡しているアイボットを通じて、近くの居住地から動かないように指示を出してある。おそらくだが、大丈夫だろう」
この脅威の自然現象を前にすると、やはり人はどうしたって無力である。
環境が、状況が、次第に悪化し、その中でさえ変化を生み。最後には自分達の目の前に思わぬ形となって現れたりもする。気が抜けないし、楽観はできない。
「……レオやアキラは、無事だろうか?」
「わからない――あれから、一度も連絡はない」
ボストンに向かった2人が、それからも大暴れしているらしいことはなんとなくプレストンは風の噂で耳にしてはいた。
どちらがやったかまではわからないが、少なくともあの2人はギャング団とレイダー、スーパーミュータントはボストンコモンでひととおりを軽く料理してしまったようだ。
「まったく、腰を落ち着けて。静かに暮らすと言うのも贅沢なのかね。なかなかその時が、いまも来たって実感がないよ」
「もうすぐさ。もうすぐ、そうなる。スタージェス」
逃亡生活はもうとっくの昔に終わったのだ。状況はよくなっている、前に進んでいる。
だが、平和な生活にはまだ遠く――。
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DAY5
パイパーはパブリックオカレンシアの1階でようやく穏やかに眠り始めた妹を確認すると、記事の続きを書こうとして端末の前に戻った。
新年を迎えてから霧に包まれて4日が過ぎた。これはただの自然現象で、たぶん永遠には続かないのだと心の底では皆は理解しているはずなのだ。
それなのに昨日、ついにダイアモンドシティでも騒ぎが起こった。
前日、ついにマーケットからRAD-Xが消えると、恐れていたパニックが始まったのだ。
「隠しているんだろ!?だせっ」
商人達にすがりついた後、振り払われた客達――彼らは総じて同じ言葉を口にすると銃口を商人達にむける。当然だが、そんな横暴はダイアモンドシティでは認められない。
やはり殺気立ったセキュリティがあつまってくれば――悲惨な結果が待っているのも当然だった。冷静でいられなかった哀れな数人の死体が積み上げられ、さらに牢屋にはそれでも運よかった連中が大勢、今は押し込められている。
霧は5日目を迎えても、連邦に残り続けていた。
ちょうどあのB.O.S.が真夜中杉に派手に自分達の存在をアピールしながらの直後だったこともあり、人々の不安と恐怖は暴走気味だった。。
いつもは元気なナットも、調子を崩したのか今日は寝込んでしまった。
(ブルー、あなたは無事なのかしら――)
彼が連邦の西に答えを求めに出て、すでに10日以上過ぎていた。
ケロッグという危険な傭兵に会うことができたのだろうか?そしてその戦いの勝敗は?
約束どおり、彼が戻ってくればいいが――。
パイパーの指が、想いとは別に端末のキーボードをリズミカルに押していく。
『ダイアモンドシティを、深い霧が襲った。それは皮肉にも人々が新たな年を迎える喜びの声をあげている、そんなさなかに起きた出来事であった――』
次号のためにと早速記事におこそうとしているのだが、自分も気分が重いせいだろう。なにやら滅入ってきてしまい、何も考えないまま扉を開けて部屋の外に出た。
「あっ――あれれっ?」
そこはいつも見慣れた、静かな深夜のダイアモンドシティが戻っていた。
空を見上げても、あの憂鬱な霧も雲も、いつの間にかどこにもなく。やけに近くに見える夜の空には綺麗に輝く星たちがあるだけ。
こうして連邦を襲った5日間の恐怖は、あまりにもあっさりと終わりを告げる。
喉元過ぎれば~とは昔の人がよく言ったもので。それまでは沈うつな表情で、いつ爆発してもおかしくないような怯えた目で他人を見つめていた人々は。
霧が去ると、一旦はお互いを安堵の笑みで見やり。「しょせんは天気のことだから」と言って、深刻だった時間が終わったことを確認しあった。
だが、人々がこの霧の恐怖が去ってすべてが終わったと考えるのは早計である。
霧とともに連邦に姿をあらわしたB.O.S.のことだ。
彼らの目的、彼らの理由、それは完全にはまだ明かされてはいないのだから――。
(設定)
・ロボット軍団
ミニッツメンは勘違いをしているが、これはメカニストの部隊ではない。”観察者”の墜落船回収部隊である。