いやー、長かったな(遠い目)
投稿再開は5月を予定。
それは時間を大きく巻き戻す上、夜の話になる。”観察者”は独り。周囲がまだ燃える木々の間に立ち、その中をなんでもないかのように進んでいた。
やせ細った木々は、それぞれが燃えてはいたものの。大火災というほどのものではなく、勢いは明らかに収まっているようだが。とはいえ、やはりその中を歩くなどと正気を失う行為である。
(あった)
それは木々の間に、突如としてあらわれた。
見たことのない技術によって作られた、一隻のスペースシップ。
先日(アキラが奇妙な教団に勧誘された頃)、大地に落ちてきたこの機体をようやくにしてこの”観察者”は発見したのである。
(操縦者は不明。だが、遠くにはいっていないな)
墜落現場の様子からそう結論を出した”観察者”は、球状のものを取り出し。そこについたスイッチを押して、宇宙船の隣に放り出した。
これで待機していた回収班が動き出し、この宇宙船から使えそうな部品を取り出しにくることになっている。
だが”観察者”の仕事は別にまだ残っている。
宇宙船から離れていこうとする、人間とは明らかに違う。緑の血痕の先には小さな洞窟があった。
目当ての存在はそこに居る。”観察者”は確信を持つと、そのまま静かに中へと入っていった……。
時間は再び、舞台をヘーゲン砦へと戻す。
フランク・J・パターソン Jrことレオが、武装してさらに危険な存在となった人造人間の分厚い守りを前にまさに膝を屈した瞬間。
その階下、後方数メートルにまさかこの”観察者”がいたなどと、誰が予想しただろうか?
話は一匹と一人が、決死の覚悟で突入しようとするところまでもう一度戻らないといけない。
ボストンコモンで育てたギャングが、Vault111のこの男に破壊された後。”観察者”は新たな任務として、大気圏を貫き落ちてきた宇宙船の捜索に当たっていた。
その帰り道、まさか目の前をその男と犬が再び現れた時、”観察者”は自分の中に湧き上がる好奇心にあがらうことができず。つい、そのうしろをついてきてしまったのである。
そしてそんな調子だから、当然のことこの時のレオの事情などというものはさっぱりわからない。
だがそれ以上に、相手がいきなり目の前で倒れるなどという展開もまた考えてもいなかったのである。
(ま、まずいな。どうしたらいい?どうしよう?)
思わず自問してしまう”観察者”だが、これはそもそも、おかしな話である。
見捨てればいいのだ。立ち去ればいいのだ。
ただ黙って、それだけでいい。
しかしその発想を、なぜかこの時の”観察者”は考えられなかったのである。
それどころかまさしくその正反対の行動を開始する。
何もない壁際から、ぬるりと出てくるその姿。
顔はガスマスク。髪まで覆われていて、性別は相変わらずわからない。
少年のような薄くスリムな体系に、ぴったりの黒が強い灰色のプロテクトスーツは間違いなく戦闘を意識したものである。
さらにその上に、はじく光をまぶしいばかりの銀色にする不思議な黒のショートマントを身に着けていた。
行動をおこす”観察者”の動きは尋常の人のそれとは比べられない速さがあった。
床をけり、ひと呼吸する間に階段を上りきると。新たな侵入者にわずかに反応が遅れたターレットを攻撃。
そのまま部屋へと突入すると、残る敵の姿を探す。
その手に握られた武器は、今回の狩りの成果ともいえる不気味に輝くエイリアンブラスターである。
自分以外に動く存在が近くにいないのを確認すると、”観察者”は迷うことなく人造人間に抱きつかれたままのレオに近づき。いきなり手にしたスティムパックを彼の体に投与する。
そして血だるまのレオの反応を見る。
(ショック死、だな。地雷原に突入、爆発による衝撃からの圧迫死。意識はなく、出血が激しい)
手遅れだと、単純にそう思った。
「聞こえるか?いや、そんなわけはないか。お前はあの時、マローンと彼のトリガーマン達を狩った。本来であれば、お前は敵だが――そうともいえない別の事情というのがある。わかるか?」
返答はない。当然だろう。
「お前にはすでに、貸しがある。我々の小さな宝物を、あのボストンコモンへと導いてくれた。そんな日が来るのを、奇跡が訪れることを我々は待っていた。
あれはもうすぐ我々の家族の下へ、帰ってくる。お前のおかげだ、これは事実だ」
そういうと懐から5本のアンプルが収められたシルバーケースを取り出してきた。
あの時、宇宙船のそばの穴倉の中で傷ついていた存在。それから回収し、生み出した貴重な血清がそこに並んでいる。このアンプルを一本でも欠けさせるということは”観察者”の任務は失敗したとみなされるに等しかった。
それでも、そんな貴重なアンプルを”観察者”はここで使うことを決めていた。
レオの死体から一旦は離れると、”観察者”は廊下へと出る。
そこには、レオと同じようにターレットの攻撃をもろに受け。それでも運悪く死ねずにいた、傷ついて虫の息となったカールが横になっていた。
(哀れではあるが――)
いきなりアンプルの一本を取り出すと、針のない注射器にセットしてまだ息のある獣の皮膚に押し当てた。
不気味は緑の液体はシュッと音を立てて消えると、それまで荒い息を吐いていたカールの呼吸が止まり。かわりにがくがくと激しい痙攣を始めた。
――これなら大丈夫だろう
それを確認した”観察者”は再びレオの元へと戻ると、やはり彼にも同じようにアンプルを一本。死んだ肉体の中へ投薬した。
「ここでお前が何をしたいのかは知らないが、手を貸すのはこれっきりだ」
そう口にしながら、さらにもう一本。
アンプルを3本も空にして立ち上がる”観察者”だったが、次の瞬間にはこの後を見届けることなく、その場から走り去っていってしまった。
包丁でリズミカルに千切りをしているかのような軽い足音は、ある瞬間から完全な無音へと変化する。もはやあれがどれほど遠くに離れていったのか、わからない。
風のようにあらわれ、そして消えてから数分。再び、死を感じさせる静寂があたりに広がっていた。
だが人の気配が消えた砦の中から、むくりと立ち上がる存在が2つ――。
==========
――やはりこんなものか
追跡者への嘲笑と、そしてそれ以上の失望はケロッグの力を驚くほど奪っていた。
わずかな苛立ちと怒りが、あの戦前からここまで追ってきた、あの男にとっては手がかりとも言うべきデータを抹消した。後はここに置いておいた武装した人造人間たちを集め。次の任務へと立ち去ればいい。
「つまらんな……」
こうなることはわかっていた。
だが、想像通りに終われば。それは退屈とかわらない。
任務への情熱。嫌、生きることすら退屈し始めている男にとって、驚きのない己の人生に飽きていた。
――褒められたことではないね、キミ
インスティチュートでの”メンテナンス”では、そう言われていた。
仕事、組織、そして人生。この順番で「飽きた」と言う様になれば、死人と同じくなるだろう。まさにそれが正しいと、自分でもわかっている。
そうなる前に誰かの撃った弾丸で死ぬか、自分で自分の頭を撃ち抜くか。違いはそれだけになってしまう。
そしてどうやら後者が、結局はこのケロッグの未来であるらしかった。
「お前達、ショウは始まったとたんに終わっちまったよ。撤収する、すでに次の仕事が入ってな」
無線にそう呼びかけるが、ケロッグはまだ椅子から立ち上がろうとはしなかった。
空になった端末の画面を眺め、そこになにか書いてないのか読み込むかのように目を離さない――。
人造人間が3体、一列になって廊下を進んでいた。
ケロッグから撤収の指令が下り、今は回収できるものをこうやって探して回っているのだ。ターレットは分解し、他にも使えそうな部品があればそれを持ち帰るつもりだった。
だがその先頭に立つ人造人間は歩調を緩めないまま、いきなり警告を発した。
「誰か、あるいはなにか。わからないが、そこにいるのはわかっている」
文脈がおかしいが、とにかくそれは存在を感知しているということであった。
相手は進行する先のほうから、低いが力強いうなり声と、リズミカルに発射するライフルで返答する。
完全武装の人造人間達がたいした抵抗もできずに破壊されると、通路の反対側から破壊者達が姿を現す。
ああ、なんてことだろうか。
先ほど抱えられたまま黄泉路へと悲痛の声を上げて堕ちていったはずのあの男が。
200年の時をこえて、この壊れた世界へと召喚されたあの男が。
おぞましくも異形なる存在の力で現世へと猛スピードで帰ってきた、あのVault111からの生還者が。
フランク・J・パターソン Jrは――レオは。
真っ赤な己の血で上半身を汚し、抑えることを忘れたらしい燃え上がる報復心をあらわに、らんらんと輝く目は目指す標的を捜し求めている。
そしてその隣には、同じく自分の血と。いまだに治りきらぬ銃によってつけられた醜い傷口をさらすカールが、歯をむき出しにして興奮を隠そうともしていない。
機械が占拠するこの砦を、2匹の獣と化した狩人が彷徨いはじめていた――。
==========
暗闇の中、最初に気がついたのは砦の復活させた機能のいくつかに故障のランプ表示が新たについていることに気がついたからだ。
オンボロめ、と最初は毒づいたが。すぐにそれが間違いだとわかった。
砦の入り口に配置した人造人間達からの反応がいつの間にか消えていたからだ。
まさかと思うと、次にエレベーターが起動したと表示される。
わずかに復活したエレベーターの中にあるカメラをなんとか動かしたが、ぼんやりとした画面がはっきりした時には。そこから何かが外へでていく影が、一瞬だけ捉えることができただけだった。
ケロッグの中の失望が、希望へと変化していく。
同時に気力がわきあがり、久しぶりの戦いを思うと血が沸き立つ感覚に喜びを覚える。
館内のマイクをオンにする。
もはや人造人間などという、自分が率いなくてはならないオモチャなど、どうでもよかった。
ケロッグの第一声は、奇妙にもまるでよく知った相手にでも語り掛けるような。そんな馴れ馴れしくも、思いやりのある言葉からだった。
『古い友人でないなら、冷凍食品だったとは。
最後にあった時は、お互いあまり愉快なことにはならなかったよな』
一方的な好意に満ちたアナウンスは続く。
『家が200年ものあいだにボロボロになったのは気の毒だった。しかし、ここではルームメイトは必要ないんだ。出て行ってもらう』
反応して動き出すターレットにカールが飛び掛かると歯を立てながらそれを押し倒す。
レオはこちらの姿を探す銃口の反対に回ると、駆動部分に指をねじ込む。コードの束を握り締めると、力任せに引っ張るだけで、それは煙を吹いて動きを止めた。
『なぁ、いいか?俺にムカついているんだろ?それはわかる』
扉を蹴る。
あっさりとそこに穴が開き、カールをつれてそこをくぐる。
『だが冷静になったほうがいい。ここでなにかやり遂げたいと考えても、それであんたが手にするものはなにもないだろうよ』
遠くに人造人間の放つ特有の間接の駆動音を聞いた気がした。
カールの低いうなり声がそれが正しいと伝えてくる。
ライフルを持ち替え、スコープを覗くとそこに歩いて巡回している人造人間達を確認した。
引き金を引いた。
撃った弾丸は、スコープの中の人造人間の足を吹き飛ばし。たまらずそいつは床に倒れこんだ。
『根性って奴か。意志の強さは認めるよ、立派なもんだ。だがそれだけさ』
さらに進むと、今度は砦の復活させられたレーザー装置が起動した。
幾条もの光の弾丸が、自分のそばを飛んでいく。いくつかは当たったのだろうか?恐怖はない。
あれが自分に当たる気がしない。
『ピエロなんだよ。まるでわかっちゃいない――あんたは今、そういう状態なんだ。頭が怒りとか憎悪とかで、一杯になっている。冷静になれ』
自分の背後から走ってくる存在が居る。
隠れていたのか?それとも背後に回ってきたのか?
どちらでもかまわない。
Vault-TECのランチボックスを利用して作られたボトルキャップ地雷をひとつ。巧妙に曲がり角に置いていく。
約20秒後、ここで起こることが楽しみだ。
『今ならまだ間に合う。戦うのをやめて、来た道を戻るんだ。このまま出て行くなら、俺は何もしない』
立ちふさがる新たな人造人間は「ケロッグの命令だ。お前を破壊する」とだけ告げてきた。
カールが跳ねる。
そいつの頭部はそれで消えた。残った体を爆散させるのは、私の仕事だ。
『選択肢はまだある。こんなことをいえる奴は多くはないが』
私とカールにむけて青いレーザーが飛び、空気に独特の匂いが漂う。
何の問題もない。
倒すべき敵、報復する敵はすぐそこにいる。
私たちを止められる者はいない。
『頑固者め』
シンスアーマーごと両腕を吹き飛ばされ、人造人間は片足をつく。レーザーは激しく壁を叩き、焼く。
私はその背後にみえる扉を確認すると、手榴弾を複数放り込んでから物陰に引っ込む。
すべてが吹き飛んだ。
『ほう、やったな。探していた相手はそこの隣の部屋にいる。
部下に、とあてがわれた人造人間達はむなしく全員が非番でな。仕方ない、こっちに来て話をしようじゃないか』
そうだ、話をしよう。
私もケロッグ、お前の話が今は聞きたい――。
==========
必要とは思わなかった照明がつき、部屋の中が一変する。
同時に、人造人間2体がステルスモードを発動し、その場から気配ごと消える。せっかく仏心を出して忠告してやったのに、ここまで来てしまったのだ。手厚くもてなしてやろうと思えば、このくらいの演出は用意する。
階段を上り、部屋へとはいってきた獣たちの姿を見てケロッグの口元がほころんだ。
「来たな、この壊れた世界でへこむことを知らない犬共か」
ここに来たときはレザー装備であったはずのレオだったが。
例の爆発で鎧が破壊されたせいだろう。彼が叩き潰してきた人造人間が身につけていたシンスアーマーを代わりに着込んであらわれた。
長く使っていたVaultスーツは焦げ付き、引き裂かれ、ボロボロの部分ができていて。上半身を裸にしないように何とかへばりついていると、表現するしかないような状態だ。
それでも――背中に狙撃銃を、手にはコンバットマシンガンを握って今すぐにでも戦闘を始めておかしくない雰囲気を漂わせていた。
「すごい格好だな。自慢のジャンプスーツも役に立ちそうにないな」
「――殺し屋で誘拐犯、この狂人め。ショーンを返せ、私の息子を返せ。今、すぐだ!」
「父親としての権利ってやつか。そうだな、そうだった」
両手を挙げて笑みまで浮かべて余裕を見せていたケロッグは、そこで真面目な顔に戻る。
「いいだろう、教えてやる。
お前の息子――ショーンはいい子だった。想像しているよりも大きくなっている、年をくっていると思うだろうな。ああ、それはもう知っているんだろう?」
ニックのおかげで知った。ダイアモンドシティにいたケロッグは少年を連れていたという。これはその少年が、息子のショーンだと言っているのだろうか?
「だが感動的な再会はない。おこらない。
なぜならまず――あの子はここには居ないからだ」
「どこだ。あの子はどこに居る?」
「それじゃまるで、ハハハ。場所がわかれば、簡単にあんたが会いにいけるといってるように聞こえるな」
「……」
「言っているだろう?俺の話を聞いていないのか?
お前はあの子には会えない。そこは存在しても、誰も到達できない場所が、この連邦にはある。お前も聞いているだろう、インスティチュートさ」
私の目に、初めて怒り以外の感情が生まれた。
まさかとは思っていたが、それでも――やはり驚いた。
「ショーンは無事だ。そこで安全に、安心して暮らしている。今もな」
「そうか、インスティチュートに」
「ああ、そうだ」
「ならどこであろうとも見つけてやる。連邦のすべてをひっくり返す必要があるとしても、私を誰にも止めさせたりはしない」
「はぁ、まったくしつこいな。嫌、それでこそ父親ということか。
俺だって同じ立場なら、つらい現実を知ることになったとしても、同じように考えるのだろうよ。でも、保証しただろ。無駄だ、何をしようとも無駄」
私は認めない。
ショーンは、息子はきっと見つけてみせる。
だが今日は、今日だけは別にやらなくてはならないことが目の前にある。
「これ以上、話すのも無駄か――そうだろうな。
あんたの苦痛に満ちた復讐の物語はここが最終章さ。どうなるのか、わかっているのだろう?さて……もう一度、死ぬ準備はいいかな?慣れたものだろ?」
準備はできている、すでに。
「容赦はしない。家族を、ノーラを、ショーンを。奪ったその報いを受けさせてやる。私の憎悪を、たっぷりと味わってから逝くといいだろう」
カールの怒りの吼え声が。合図となった。
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ケロッグの指示は短く「焼け」と、それだけであった。
ステルス装置で部屋の中で隠れていた人造人間は装置を切ると、レーザーライフルを構える前にレオに向かってなにかを投げつけた。
火炎瓶であった。
レオはたちまち火に包まれ、後ろに下がる体がグラリと揺らいだ。
(口ほどにもないな)
ケロッグはリボルバーを取り出し、燃える男に狙いをつける。
だが指に力がくわえられ、レオに追撃が叩きこまれることはなかった。
いつの間にか移動していたカールが、ケロッグの横合いから伸ばした右手の手首にがっしり噛み付いたからだ。
「このっ、糞犬がっ」
引きずり倒される寸前で踏みとどまり、罵るケロッグ。
だが、信じられないことにそこからさらに噛み付く力が一段と強く加えられると、大地に根を張った植物を引っこ抜くようにケロッグは無様にも床に引き摺り下ろされ。床の上へと転がった。
(なんだこの力は!?)
まるでスーパーミュータント化した犬に襲われたかのような状況にケロッグは慌てる。顔色もはっきりと焦りが浮かぶ。
腕に何度も振動が加わると、そのたびに右に左にとケロッグは翻弄され、転がされてまわる。本当に信じられない力だった。
「こいつを撃て!このクソッタレを狙え!」
2体の人造人間に新たに指示を出し。
自分も何とかしようと折りたたみ警棒を取り出した。こいつでひっぱたけば一瞬、電気が流れて相手はしびれるはず。
だがその間にも、ケロッグの右腕はひどいことになっていく。
リボルバーはまだ落としていないが、指に力を入れようとしても苦痛しかなく。なにもできなかった。
これは信じたくないが、犬が噛み付く手首の神経をすでに破壊されてしまった可能性を示唆していた。
頭にくることに人造人間からのアプローチはない。
かわりにケロッグは警棒をカールの鼻面に叩きつけようとする、はずれた。
(コンパクトに、触れるだけでいいんだ!)
2度目は成功だ。
触れると、正しく電気が流され。カールはキャンと悲鳴を上げて、ケロッグの手首をようやく解放する。
痛む右腕に顔をしかめつつ、中腰になって部屋を見回すとケロッグは信じられないものを見る。
まだ燃えている男が、火を気にするでもなく人造人間の前に立ち。銃床を暴力的に振り下ろしては、あいつらを強引に破壊している姿だった。
「マジか、化け物だな」
相手は2、こちらは1。仕切りなおす必要があった。
警棒を口に咥えたケロッグは奥の手である、ステルス装置に指を伸ばす。装置は正しく起動すると、ケロッグの姿をみるみるうちにかき消してしまう。
よほど痛かったのだろうか、カールは人間のように電気を流された鼻のあたりを両足で押さえて苦しんでいたが。何かに反応したのか ピクン、と体を大きく震わすとしっかりと4本足で立ち上がる。
火傷で火ぶくれになりかけている顔に表情はなかったが、目の光は冷酷な輝きを増していた。
ついに破壊され、その足にすがるように崩れ落ちた人造人間に興味を失うと、レオは部屋の中を見回した。
「ケロッグ」
炎の影響だろうか、その声は聞いたことがない濁声だった。
「隠れても無駄だぞ。お前の血の匂いが――姿を隠すことを許さない」
カールの首が伸び、鼻が動く。
レオはライフルの残弾に一瞥すると、次の一歩を踏み出した――。
==========
へーゲン砦が騒がしくなるこの日、連邦では多くの新しい足音があちこちから始まっていた。
太陽が地平線に静かに顔をのぞかせていた。
世界に新しい一日がはじまる。それを知らせる光がもたらされる瞬間は、連邦のどこで見るよりもここから見る景色が一番よいと断言することができる。
そんな夜の終わりの余韻の中を、貴重で重要な会談がそこでは行われていた。
「……これは、ちっとも愉快な笑い話ってわけじゃないんだよ。ミスター」
気だるげで、冷酷な声がそういって話を切り出した。
「あんたの力があったからこそ、状況は最悪から随分とマシになった。だが、それだけのことさ。
また悪くなっていく。問題が解決されない限り、状況は改善されない。たぶんだが、この俺でも次のチャンスはさすがに用意されてはいないと考えてほしい」
「――これがラストチャンスだと?」
「ああ、そうだ。
あいつらの間ではそういうことで決着がついた。わかっているだろうが、そうなるように俺自身が仕向けた。
もちろん、あんたの助けがあって初めて出来たことだがな」
「彼らは今度こそ、お前を許さない。そういうことだな?」
「ああ」
「それは確かに、困ったな」
2人の会話に熱のようなものはなかった。
それは多分、これが会談ではなく。すでに互いに探り当てた情報から、お互いに確認するためだけの作業をしているということなのかもしれない。
「私にしても。彼らの誰か、ではなく。彼らの上に君がナンバー2となって君臨し、制御してもらうことにこそ重要だと考える。
そこは――君と最初に同意したことだ。それは今も変わらない」
「それを聞けて安心したよ」
「君も困っているのだろうが、私も実際に困っているんだよ――ポーター・ゲイジ」
部屋の中に光がさすと、アイパッチのモヒカン男が。生気のない目を、もう一人へと向けている。
「わかっている。もう一年も身動きが取れていない。おかげでこの場所も、そこからずっとお預けをくらっている。ここにいる誰にとっても、不満しか出てこない」
「――最後に確認したい。本当に奴では駄目なのか?」
「……」
無言の後は、ため息が出る。
「今更それかよ。駄目だ、それだけはわかってる。
もうずっと言い続けてきた。だが奴は問題を真剣には受け取ろうとしない。あの――オモチャをいじり倒すことにしか興味を持っていない。
クビだと伝えて、放り出してしまいたいがそうもいかない。生憎とここは事業ではないんで、組織より個人の自主性が重んじられている」
「そうなると、別の頭が必要ということになる」
「――見え透いた腹の探りあいは止めてもらいたいね。この時間は後わずかで、一致しないままで『今日はもう、お帰りください』なんて言ってられる状況ではないんでね。
そう、俺たちには新しい頭が必要だ。それはあいつらの誰かじゃない、それとは関係のない。そんな誰かが、ここには必要なんだ」
「とはいえ、それをこちらが用意しろといわれて、すぐに出来ることはない。
君は簡単にうちの子をよこせといいたいのだろうが。それが簡単な話なら、そもそも君とこのような場を設けて機会を待ち続ける必要もなかった。
そうしないための、ビジネスだ」
「状況が変化したのさ、ミスター。それは俺のせいじゃない」
「どうだろうね……」
光が徐々に部屋の中に進入する中で、会話は不穏な響きを見せていた。
「なぁ、頼むから助けてくれよ。俺はあんたの役に立つ男だし、そのための努力もずっと続けてきた。
ビジネスは今、難しいことになっているが。まだ踏ん張っているし、わずかな問題が解決するだけで、すべてがきれいに水車のように勢いよく回るようになっている。あと一息なんだ」
「……」
「時間はないが、まだやれるさ。あんたもそれは、わかっているはずだ」
無言が続く。
そして残り時間はさらに少なくなった。
このまま合意しないまま終われば、彼らのビジネスに重大な影響が出るのは明らかであった。
「――いいだろう、ポーター・ゲイジ」
「やるんだな?やってくれるんだな?」
「時間は必要だ。それに、やはり簡単なことではない」
「ああ、もちろんだとも」
「本当は今日、貴様とのビジネス解消を見据えた交渉を、と思ったのだが――こちらにひとつ、当てがある」
「ほう」
「それが使えるよう、手はずを整えてみよう。確実な約束ではないが」
「――ここまでだな」
太陽がその姿を完全にすると、部屋の中は見事に光で満たされていた。
そしてポーター・ゲイジはそこに一人でいる。
訪問者はすでに帰宅の途中にいるのだろう。
――そこは訪れれば誰しも笑顔になる、地上の楽園。
――広大で危険なエンターテインメントはそこにある。訪れれば誰しも笑顔のテーマパーク。
――ヌカ・ワールドへ ようこそ
==========
ダイアモンドシティ、バレンタイン探偵事務所の扉を激しくたたく男がいた。
探偵のアシスタント、エリーは内心では「またか」とつぶやいたが、仕事の手を休めると。立ち上がって「どうぞ」と扉を開いた。
彼女の思ったとおり、この世界の新しい困った人が。ニックの助けを求めて必死の形相で入ってきた。
「頼む、助けてくれ。ニックを、探偵に合わせてくれ」
「わかりました。ええ、わかりましたとも」
「ラジオで聞いた。帰ったって。探偵のニック・バレンタインが、この町に戻ったって。だから、だから―ー」
そうだ、探偵は町に戻ってきた。
あの時だって、いつものように家族が行方をくらませて困っている人のため。ニックはいつものように飛び出していって、連絡が途絶えてしまった。
それから数ヶ月、なんの証拠もないのに死亡説が巷に流れている中。彼は事件の不幸な解決を携えて、この場所へと帰ってきていた。
だが、この困った人は運がなかった。
留守の間にも次々と事務所に舞い込んで来ていた依頼のせいで、探偵は再び連邦に飛び出していってしまった。
「落ち着いて、まず座って。とにかく少し話しましょうよ」
「ニックは?ニックはどこだ?あわせてくれ、大至急だ」
「ほら、ここです。座って、お茶を用意しますから、落ち着いてくれないとこちらも何もいえませんよ」
このようなタイプの依頼人には、残酷だが冷たく対応する必要があった。
下手に慰めたりすると、ますます興奮してしまい。縋り付いて、騒ぐだけ騒ぐと。結局は何時間も助けてくれと繰り返すだけで終わってしまう、なんてことも本当にあるのだ。
東洋の茶色のお茶を出し、席に戻ってエリーがにっこり微笑む頃。
ようやくこの依頼人も落ち着いて、冷静に話せる状態にまでなっていた。
「まず、はっきりとお断りしないといけません。ニックは確かに戻りました。ですが今は、ここにはいません」
「なんだって!?どういうことだっ」
「本当にラジオを聞いたのなら、ご存知でしょう?
ニックは長くこの事務所を留守にしていました。しかしその間にも、新たな依頼は次々と来ていたのです。今、彼は必死でそれらの依頼を解決しようと、再び連邦の空の下に飛び出していってしまいました」
「私も彼の依頼人だ。ニックと、連絡はつかないものか?」
「大丈夫、連絡はできます。ですが、依頼を彼が引き受けるような案件なのかどうか、アシスタントである自分にまず依頼内容を聞かせてください。大丈夫、情報はよそには洩らしたりはしません」
エリーの言葉を聞いて、相手は明らかに戸惑いの表情を見せた。
不安なのだろう。断られてしまうかもしれないと、考えているのかもしれない。
「私に話してもらうのは、情報を整理して。その上でニックに伝えるためです。本当です」
「……わかったよ、彼の仕事ぶりは知っている。私は以前、彼に力を貸したことがある。貸しがあるんだ、このことで借りを返してほしい。ニックにはそう伝えてくれ」
「わかりました。それでは、依頼人であるあなたの名前と、依頼内容を教えてください」
彼はエリーがいれたお茶をつかむと、一気に飲み干す。
それから口を開いた。
「私は、私の名前はケンジ・ナカノ。探してほしいのは私の娘、カスミのことだ」
呪われた北の島からの招待状が、新年にあわせたように一緒になって連邦へと迷い込んできた――。
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グッドネイバーはこの年、最後の1日を迎え――。
「……そう、もうすぐサヨナラってやつだ。良いことも悪いことも、それも今日が最後だ」
テラスから見下ろすハンコックは、市長としての言葉を町の住人たちに語りかける。
ここを見上げる彼らの名前を、この男はすべて覚えている。皆、この愛する町のどうしようもない住人たちだ。
「そして俺達は新しい年を迎える!
まさかこんなめでたい日に、まだズルズルと仕事を真面目にやっているなんて退屈な野郎はいないだろうな?
もちろんこの市長様も、同じく今日は存分に酔っ払い。楽しむつもりだ、そしてお前たちにもそうあってほしい。そう願っている――嫌、願うだけじゃ足りないだろう!?
サードレールは今夜、酒蔵を開放するぜ!
お前らどうせ日頃はキャップの数をちまちま数えたりはしないと信じているが、もしもそんな恥ずかしいことをしていたとしても。今日だけはやめろ!
忘れちまえ!騒げ!喜べ!
喧嘩は好きなだけやってくれていいが、殺しはやめろ。野暮はなにごともつまらなくするからな。
俺たちの未来は明日の朝、2日酔いに苦しむところから始まる!殺しもいいさ、商売もいいさ。だが、それは明日からにしろ。諸君、これから朝までお祭り騒ぎだ!」
歓声が上がる。
さっそく地下のサードレールにむかう集団が、入り口に殺到する。
演説を終え、満足げなハンコックは部屋に戻り、宣言どおり自身もウィスキーの入ったグラスを手に取る。
そこで気がついた――。
「ファーレンハイト、どうした」
彼の護衛は、一見するといつものように気だるげに見えたが。
長い付き合いのあるハンコックには、それがいつもと違うことに気がついた。
「別に――」
「何だよ、こんな日に。ご機嫌斜めだな」
「あなたはいつだって楽しそうじゃない」
「まぁな……どうした?俺は自分の護衛が不機嫌じゃ、今夜はうまく酔えなくなる」
驚いたことにこの時、この危険な女性は――なんとハンコックから顔を背けたのだ。
それを見てしまったハンコックは驚きで目を丸くする、パニックもおこしかけたかもしれない。その横顔は、これまでほとんど見たことがなかったこいつの”女”のそれだったからだ。
「お、おいおい」
「なんでもないのよ――口紅よ」
「なに?」
「声が大きい。使っている口紅を失くしたの。それだけ」
「お前……化粧なんてしていたのか」
「少しはね。それは」
(男の趣味?まさかな――)
今年の終わりは毎日が賑やかなものだったが。
最後の最後で、貴重なものを自分は目にしたのかもしれない。
同時刻、ハングマンズ・アリー。
ここには今、人間の女性、ロボット、スーパーミュータントがいる。
そして――その誰もが、不満を持っていた。当然だが、新年とかまったくどうでもいい話として扱われている。
「ミズ・ケイト。今夜のお食事の希望はありますか?」
「食べられるもの」
「ストロング、肉ガイイ」
「――ええ、ですから食事のメニューについて、こうして聞いているのです」
「知らないよ!腐ってるとか、ヤバそうな缶詰じゃないなら。なんだっていいよ」
「ケイト!肉 腐ッテモ美味シイ。知ラナイノカ?」
「そうなるとお肉が必要ですね。では缶詰の残りがありますので、それをソテーにしましょう。お野菜も必要ですね。お野菜は重要です」
「それはいらない、肉だけでいい」
「ケイト、ストロング モ ソウオモウ。肉デ イイ」
「それはいけません。栄養のバランスというものがあります。いいですか私は――」
ケイトはそれまで一心になって焚き火を火かき棒でもってかき回す行為をやめると顔を上げる。ついに我慢の限界が来た。”今日も”、来てしまったのだ。
思えば短い護衛生活だった。
それも終わり。このやかましいロボットをぶっ壊して、この狭い居住空間を少しでも過ごしやすいものに変えないといけない。
ハンマーに手を伸ばしながら、心の中でののしる。そう、自分をこんなところに放り出していったあの男のことに決まっている!
自分にこの苦しみを与えた、あの爽やかな野郎に呪いあれ!
そしていつもの喜劇が始まる。
半狂乱のケイトにコズワースは追い回されるのだろう。それを見て、なぜかケイトを応援するスーパーミュータントは少なくとも退屈なここの生活のことを、ちょっとだけ忘れることができる。
そしてコズワースは、自分の存在を理解しようとしない野蛮人に悲鳴を上げ。何で自分が、と逃げ回る。
彼らは平和という退屈の中で、飽きていた――。
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PM11:51
深夜。連邦の西、へーゲン砦から見上げる空は不気味な泥の混ざったねずみ色の雲に覆われていた。時折、雲の向こう側から恐ろしげな雷音が響く。
これは南側から流れてきたラッドストームと呼ばれる怪気象現象である。
夜の暗闇の中にあって、はっきりとわかる黄土色の黄砂のようなそれには、高い放射性物質が含まれていた。
この場所が、これほどはっきりとこの異常気象に襲われることは、めったにないはずだった。
砦の建物の屋上にある扉の向こう側からビープ音が聞こえた。
続いて鍵がガチャリと音を立てて開けられると、中から男が一人。倒れこむようにして外に出てきた。
レオである。
彼はついに念願の復讐を果たし、ケロッグを打ち破ることができたのだ。
だが、共に戦ったカールは?その姿はここにはない。
倒れた彼は、仰向けになって不気味な空を見上げる。
この場所でどれだけ厳しい戦いを潜り抜けたのか、その姿が答えていた。
地上に出てきてから何があっても、彼が身につけていたVault111のジャンプスーツはボロボロであった。火に焼かれ、衝撃をくらい、レーザーに貫かれ。半裸をみせてしまうような今では、さすがにもう服として役に立つことはないだろう。
だが、そんなことよりも重要なことがある。
そうだ、こんな思いをしてまでここにきた理由。それがこの男にはあったはずなのだ。
しかし――。
絶命した男が使っていた端末の画面に残されていたのは、無常な一言。『NO DATA』の文字。手がかりは消されていた、あいつの手によって――ケロッグによって。
「ノーラ……ショーン……ショーン。息子よ、ショーン!」
傷ついた男の体を、放射性物質は犯し。遠雷は嘆く男の姿をあざけ笑っているかのようだった。
復讐は果たされた。だが、希望は?
答えはない――。
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そしてAM00:00を迎える。
予兆の2287年は終わり、2288年が訪れた。
世界は変化する、連邦も変化する。時が、年が、次の段階へと進む。
変化はいきなり、そしてはっきりと姿をあらわす。
ラッドストームの空を悠然と飛ぶ、巨大な飛行船。そしてそこから次々と飛び出していく、小さな飛行艇達。
この瞬間、飛行船のブリッジに立ち連邦の地を睥睨する男の元に船長が近づいた。
「エルダー、ついに我々は第1到達点をこえ。連邦へと進入しました。おめでとうございます」
「よし、それでは船長。さっそく市民へ、我々の意思を伝えるべく放送を開始するように」
「了解、エルダー」
彼らはブラザーフッド・オブ・スティール。
あのケンブリッジ警察署に偵察隊を送り込んだ、キャピタル・ウェイストランドのB.O.S.その本隊である。
そしてこの組織を束ねる男の名はアーサー。
アーサー・マクソンは20歳。
その重責を担うために必要なことだったのだろう。声こそ若者のそれだが、表情は常に険しく、厳しい。
16歳にしてエルダーと呼ばれるにいたった彼は、それからの4年。この日が来るのをじっと待ちわびてきた。
この狂った世界に諸悪の根源であるアポミネーションを生み出し続けている、連邦。
そこにこれから彼らが絶対の正義の一撃を加え、その呪われた技術を回収し、封印し。そして苦しみ続けた連邦を正しく統治してやろうというのである。
エルダー・マクソンの指示に従い。
飛行船艦長はマイクを手に取った。
『連邦の市民たちよ!』
最初の呼びかけから、彼らの意思を伝えていく。
『どうか我々の進路の妨げとなるのはやめてもらいたい。こちらには、君達に危害を加える意図はない』
その姿を見るものを圧倒する、大兵力とテクノロジーがそこに浮かんでいた。飛行船は連邦を横切るように飛び、まるでその航路に続くようにラッドストームも連邦の中央へと移動を開始する。
厳しい時代が訪れようとしていた。
連邦にとって。
そこに住む人々にとって。
そしてこの時代に地上へと召喚され、投げ出されてしまった2人にとって――。
(設定)
・それは時間を大きく巻き戻す
宇宙船の墜落は主人公がピラー襲撃の夜に、それを追ったのは主人公がニック救出後のこと。
・中へと入っていった……。
このあたりは省略した。実際は”なにかをやって””特性お鍋をもちこんで””それでグツグツ煮込んで”といった描写をネチネチやろうとしたが。
「不快だ」との指摘を受け、やめた。
・アンプル
原作では「謎の血清」と呼ばれていたもの、に近いもの。