次回投稿は、明日を予定。
ワット・エレクトロニクス――。
外側から見ると、それは窓のない倉庫のように見える建物だが。
内側を見るとそうではないことがはっきりとわかる。
旧世界では珍しくもないが――いや、そうでもないかも。窓がひとつもないとは――ここはいわゆる大型店舗とよばれたそれである。
そこかしこに見える小さな小部屋は従業員が使い、崩落してしまっているフロアの半分から見える地下は倉庫として使っていたのだろう。そして――。
「なるほど、B.O.S.が興味を持つのもわかる。ここに並んでいるロボットのほとんど、手がつけられていない」
「だとしたら、あれはいい商いだったみたいだね。ここのガラクタを売れば情報料は軽くこえるはず」
ディーコンの言葉にそういって反応するが、当然だがそんなつもりはない。
広告用らしいアイボットやMR.ハンディ、プロテクトロンが並んでいるのを軽く選定するつもりで確認しようとした。僕はその中の一台の前に立ち、ピップボーイと繋いでみる。
「しかし、窓がないってのによくここを店にしようと考えたもんだな。不気味じゃないか」
「文明の光ってのが昔はあったんだよ。まだ生きているかも、探してみようかな」
言いながらも、僕は眉をひそめる。
(気のせい……かな?)
プラグを引っこ抜き、さらに隣のロボットともつなげてみる。
「どうした、なんだか深刻そうな顔をしている」
「……ふむ、そうかもしれないし。そうじゃないのかもしれない」
「なんだって?」
「ロボットだよ。ここにいるロボット――何かを行動するように指示が出されているのに。なぜか強制的にシャットダウンしている。いや、させているのか」
「つまり、こいつらは命令を受けながら、わざと停止されているということか。どういうことだ?」
「わからない――調べたほうがいいかもね」
言いながら、僕は念のため覗き見た2台のロボットにはシステムリセットを新たに命じ、仕込まれた指示を無効化させておくことにする。
「アキラ、こちらへ来てもらえますか」
「キュリー?」
「エイダがよいものを見つけた、そう言っています」
「わかった」
エイダはどうやったのか、地下の倉庫に降りていた。
「エイダ、なにを――」
「これです。これを見つけました」
「……こりゃ、驚いた」
完成されたアサルトロン、そこにはなぜかそれがあった。
人型の戦闘用ロボットが民間の店舗にいるのも驚きだが。どうやらよりにもよってこいつで広告をさせようとしたようで。体には黄色とオレンジのド派手なペイントが施され、間接部には店員がつけたらしいフリルらしいものがつけられていた。
「俺の想像をはるかにこえているが、相棒――こりゃ、なにをしようとしてたんだ?」
「広告用に、道化師でもさせようとしていたのかも……よくわからないよ、自分も」
言いながらも僕は早速、ピップボーイの発する光で、その四肢をじっくりと観察する。
間違いない、本物のアサルトロンだ。驚いたことに純正品だった。
「やったぞ、エイダ。これでついに、君も本物のアサルトロンとして完成できる」
「はい。ですが、私が望むのは、あなたにセントリーボットにして生まれ変わることです」
「ヘッ、どうやらロボットも人間に似てくるらしいな。物騒なことを言い始めたぞ」
ディーコンはからかうが、僕はそれどころではなかった。
光量が足りず、舌打ちして立ち上がった。
「よし、とりあえず電力をなんとかしてみようか。エイダ、建物内になにかいるか?」
「センサーに、これといった反応は見られません」
「なら、大丈夫だろう。ディーコン、このままエイダと地下倉庫の事務室を。キュリーは1階、俺は2階を見てくるよ。手分けして、手早く終わらせよう」
「そうだな、そうしよう」
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この場所の配電盤は、どうやら1階にあったらしい。
キュリーの声がすると、次に店内のわずかに生き残った光源に力が注ぎ込まれていく。
壁の上のほうをまさぐっていた僕は、自分の背後で電子音がしたのを聞いた。振り返ると、この部屋に唯一置いてあった端末に、文字が表示されていた――。
ディーコンとエイダも、地下で同じく動く端末を見つけた。
さっそく座ると、ディーコンは中に何が入っているのかを確かめようとした。
「なにか、ありましたか?」
「どうかな。輸送と品物のリストがほとんどみたいだな。あとは――スタッフ内での連絡事項?」
「たいしたものではありませんでしたね。では、戻りましょう」
「いやいや、こりゃちょっとしたネタ集めの役に立つかも」
「え?」
「誰にでも信じられるような嘘をつくには、本当のことを知らないといけない。俺の、哲学だ」
「……嘘をつかないという選択は選ばないのでしょうね」
「ロボットが皮肉か?本当にお前たちは面白い――」
画面にはいくつかの項目があったが、ディーコンは深く考えないで一番上にあった「デモンストレーション用プログラムの実行」を選んだ。
――選ぶべきではなかった。
画面には続いて「シークエンス、実行中」と表示される中。店内のロボットたちが次々と電源が回復していく。
「イラッシャイマセ!イラッシャイマセ!」
そういって騒ぎ立てつつ、周囲の詮索をはじめる。
その中の数台が、この場所で別々に存在する異物を感知すると。周囲のロボットたちにもその情報を回してしまった。
「イラッシャイマセ!侵入者、オマエタチヲ監視シテイルゾ!」
動き出したそれらは、まるで水が高いところから低いところへと流れるように。”2つ”に別れて、侵入者たちの下へと殺到しようとしていた。
キュリーにとっては何もかもが信じられなかった。
電源が入ったのを確認して、何気なく部屋を出ようとしたところ。フロアにいたロボット達が一斉に彼女を注目するとてっきり解除されていると思っていた武装をキュリーに向けようとしてきたのだから。
運良く部屋の中へと戻ったが、わずかに遅れて部屋の扉が砕かれ。入り口が徐々にいびつな形へと変化していくのを見た。
「大変です!ロボット達が、彼らは私たちを攻撃しようとしています!」
それはロボットらしい、大変素直な反応であった。
自分がしでかした失敗に気がつき。「畜生」とうなりながらディーコンが立ち上がった時。
エイダはすでに行動を開始して、キャタピラを全開にしてドアの向こう側でまさに動き出したばかりのプロテクトロンを圧倒的な火力でさっそく吹き飛ばしていた。
「エイダ!」
「ディーコン、今は合流するのが先です。アキラやキュリーはそれぞれ上にいます。押し込まれては、危険です」
「わかってる」
とんでもないトラップに自分が軽口を叩いて引っかかってしまったという後悔を、歯を食いしばるように押し殺し。ディーコンも武器の引き金を引いた。
静寂に包まれていた店内は、一変してまさに大騒ぎへとなろうとしていた――。
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画面には誰か――たぶんだが、上司が部下に送ったのであろうメッセージが書かれていて、それに返答する分が添えられて表示されていた。
――あんたも この会社も クソだ。
――俺の方から辞めてやるよ。これが欲しいか?
とあり、その下には「プロトコルの緊急停止」なるものが表示されていた。
(上司の嫌味に部下が耐え切れず、ってことなのか。だが、停止とはなにを?)
ちょうどこの瞬間、ドアの向こう。すぐ下の階から、ロボットの声と同時に攻撃する騒ぎが始まる。
僕にためらいはなかった。何も考えずに、画面の緊急停止を実行しようとした。
激痛が走り、信じられないものを見た。
僕の前腕がいきなり何の前触れもなくポッキリと折れ。直前までキーボードに置かれていた左手は、宙に歪に浮かんで指がそれでも必死にボタンを押そうともがいている。
「……っ……っは!?」
不意をついた激痛に僕は何もできないまま、無音の悲鳴を上げていた。
そして迷ってしまった、この僕が。
折れた前腕を確かめるか、それとも端末の停止を実行するのかを。
座った姿勢のまま、顔をしかめ。硬直する僕の横に、静かにそれは姿を現してきた。
見たことのない塗装が施された、T-51 パワーアーマーだった。
「それっ――ステルス・モードか」
こちらの反応も、言葉にも答えなかったから、それで理解した。
敵だ、と。
僕の唯一、自由な右手は新しい選択肢を選ぶ。
コートの下、脇に吊るしたデリバラーを抜いて反撃しようとしたのだ。
だが、引き金を引く前に僕の体は宙を舞う。相手は座っていた僕を、簡単に放り投げてみせたのだ。壁に叩きつけられ、天地を逆さまにしてそのまま崩れ落ちていった僕は再び走る激痛にまたもや声にならない悲鳴をあげた。
(何者だ?いつからいた?B.O.S.にはめられた?なんで?)
痛みを忘れたくて、次々と疑問をあげるが。答えはほとんどないため、すべての疑問は空欄提出することになりそうだ。
折られた左腕が使えないというだけで、もうずいぶんと僕の動きは鈍くなっていた。
あの不愉快な口の中の渇きも感じ始めているが、今はまずい。
これまでの人間と違い、今回の相手はあんなパワーアーマーなのだ。
意識を失ったとしても状況が変わるとは思えない。あれの厚い装甲に阻まれてしまうのは間違いない。噛み付いて、歯が欠けたとか、しゃれにならない。
僕は壁際にひっくり返ったまま右腕を伸ばすと、握ったデリバラーをめちゃくちゃにして撃った。
援護は期待できそうになかった。
ロボット達が次々と「侵入者ダ!」を繰り返しているのが聞こえるし、レーザーや銃声も聞こえる。
そしてこちらの弾倉が空になる前に、ひっくり返ったままの僕の胸倉を太い鋼の腕が伸びてきてつかむと、強引につるし上げる。
(このっ、目ならどうだ!?)
相手に吊り上げられ、ようやく形の上ではお互いが向かいあうことができたが、僕の視野は恐ろしく狭くなっていく。
デリバラーの銃口を相手のヘルメットに突きつけたところまでは想像通りだったが、そこでむこうの空いている手がこちらを軽く払いのけ。ただそれだけで僕の手の中の小さな大砲はどこかへ飛んでいってしまった。
左手はもう使い物にはならない。
宙に浮く両足もできることはない。
右手の一本だけで、僕はこの状態を切り抜けなくてはならない。首の骨を折られるか、ねじ切られるなんてのは御免である。
――弱点はないんですか?
――そうだな。強いて言えば、関節部分くらいかな。
これが人のひらめきというものなのか。
いきなり脳裏に、レオさんからパワーアーマーの操縦を習った際に思わず質問したときのことがよぎった。
腕の痛みに加え、左の脇にも重い痛覚を感じていた。
口の中の渇きもますます悪くなってきている。
銃でもっとも扱いやすかったデリバラーを失ったことで、僕の選択肢はもう一つしか残されていなかった。
払われたばかりの右手の中を、相手は見ていなかったはずだ。そこにはピックマンの鋭い刀身が光っている。
僕はそれをこちらの首に伸ばしている太い鋼に覆われた左肘に何度も刺して行く。
それはあまりんもあっさりと、ポキリと音を立てて折れてしまった。
反撃の手段はこれで尽きた。
僕はただ、右手に残された刃の柄を両目を大きく広げて驚くだけしかやれることはなかった。
こちらの首にかかる相手の力が、増し始め――僕はそこで意識を失う。
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不意打ち的に始まった戦闘だが、情勢は一気に覆った。
店頭に置かれたばかりのロボット達に比べ、やはりエイダの戦闘経験値とアキラの改造は性能にはっきりと現れていた。
レーザーと鉄のスパイクが相手のロボットを素早くスクラップに変え、排除していく。
地下の倉庫からディーコン達がフロアのロボット達の背後を取ると、キュリーもチャンスと見たのか。今度こそ部屋を飛び出し、レーザーやカッターを振り回していく。
(アキラの奴、なにをしている!?)
ディーコンは焦った。
2階に行ったアキラが、この状況でも静かにしているというのはどう考えてもおかしい。トラブルに巻き込まれたら、自分からそこに突っ込んでいくような奴だ。そこに他人のトラブルかどうかなんて、考えはない。
「援護をくれ、あいつらと合流する!」
エイダにそういい残し、ディーコンはフロアの階段を駆け上ると部屋の中に駆け込みながら文句を言った。
「アキラ!大騒ぎなのが聞こえ――っ!?」
部屋の中には誰もいなかった。
無人――しかし、明らかに誰かが何者かと争った形跡がそこにあった。
「アサルトロンです!」
エイダの声だった。
そういえば地下に置いてあったあれと、ここまで来るときに見なかったような気がする。
部屋の外へ、顔だけ出すと嫌なものを見た。
エイダとキュリーの攻撃を軽々と蜘蛛のようにフロアを移動するド派手なペイントのアサルトロンだが。頭部のレーザーを用意していて、不気味に真っ赤な輝きを発していた。そしてどうやらエイダもそれに対抗するつもりか、見慣れたあの顔の中央がオレンジ色に輝いていた。
「おいおい、こんな場所で大砲撃ち合うつもりかよ」
ディーコンはそこからレーザーを3発ほど撃ったが、あまり効果があるようには見えない。
そして時間切れだった。
動かなくなったキッチンユニットの上に四つん這いとなったアサルトロンが先にレーザーを放つ。
ディーコンはあわてて首を引っ込めると、扉の近くを縦に一文字の赤い光が走る。キュリーは自分の姿勢制御を停止させ、1階のフロアから重力に任せて地下に落下していく。
その姿を捉えようと光が追うが、床に転がったキュリーを捕らえる前にエネルギーが尽きる。
エイダはその瞬間を待っていた。
相手がフロアから地下倉庫を見下ろして動きを止めていたところに、オレンジ色の輝きから放たれた少し明るい朱の色をした強力なレーザーが、同じ型のロボットに直撃させた。
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ワット・エレクトロニクスから転がり出てきたディーコンは半狂乱であった。
「畜生、畜生!どこだ、どこにいった!」
周囲を見回すが、離れに見えるチャールズタウンがあるだけで。
いつもはこの周辺に隠れているとされるレイダーもスーパーミュータントも。その影どころか、まったく人の気配が感じられない。
「エイダ、レーダーは!?あいつはどこだ、見つけてくれ!」
「――反応、ありません。申し訳ありません」
なんてこった、なんでこうなった!
「彼は消えました、彼は消えました。ありえません、そんなことがおこるはずがありません」
「キュリー、何か見なかったか?なんでもいいんだ」
「わかりません、わからないんです……」
混乱の中に彼等は居た。
彼らをつなぎとめる男が居た。その男が、消えてしまったのだ。
アキラは消えた、同じ場所にいたにもかかわらず何があったのかわからない。そんな突然の出来事だった。
時はそれでも刻み続ける。
それはディーコン達の前から青年が消えて9時間後のことである。
連邦の中部。ボストンからは北に、レキシントンからは東に、メッドフォードからは西にと位置する場所に奇妙な理由で開放されている居住地があった。
そこは居住地の四方を壁でさえぎり、さらにターレットで油断なく、接近しようとする不審者に目を光らせているというのに。この場所に訪れる客人を歓迎する、などと周囲に噂を流している場所であった。
すでに空には太陽はなく、すっかり夜である。
居住地の門に居座るスワンソンは、その場所の責任者であるジェイコブ・オルデンと並んで訪問する重要な客人を待っていた。
「今日は、待たせますね」
「まぁ、そういう日もあるさ。もう少し待ってみようじゃないか」
待ち人は、そこからさらに1時間遅れでコベナントに到着した。
塗装にシャークの絵を入れたT-51パワーアーマーの2人は、なぜか商人でもないのにバラモンを引いていた。
「あんたらが、時間に遅れるなんてな。少しあせってしまったよ」
「……」
「ん?――ああ、心配は要らない。この時期になると、旅人も商人も誰もいない。君たちの姿を見て、驚くことはないだろう。大丈夫だ」
「……いつものやつは、どれだ?」
ジェイコブはすぐにポケットの中のホロテープを差し出した。
こちらから出せるゴミのリストと、こちらが不足しているゴミのリストがそこに入っている。
パワーアーマーは無言でそれを受け取ると、中身も改めることなく自分のポケットにそれを放り込む。
「――他には?あるか?」
「ある、実はあんたらにまた仕事を頼みたいという、要望が出ている。相手は決まっているから、あとはそちらの都合しだいなんだが」
「仕事は、それはいつだ?」
「出来るだけ早く、そういう話だ。相手はキャラバン、すでにこちらで選んでおいた」
「数日でも戻ってくる。また話そう」
「そうだな、そうしよう」
相手はジェイコブの話を最後まで聞かなかった。
バラモンをつれたパワーアーマー達は、再びのっしのっしとあの独特の足音を響かせて、コベナントから去っていった。
ジェイコブの隣に、スワンソンが戻ってくる。
「素直に帰りましたね。あいつら」
「当然だ。彼らはプロだからな。必要じゃないことはしないさ。こっちも楽でいい」
「――あの連中、どうやらよそで仕事をやってきた帰りのようですね」
スワンソンの思わぬ言葉に、ジェイコブは驚く。
「お前っ!?……彼らの荷物を、バラモンを見たって言うのか?」
「ええ、まぁ」
「なんて、なんて危ないことをっ」
「あなたが彼らと話してくれていたんで、ちょっとだけ。何を運んでいるのか、興味があって」
「――しょうがないやつだ。それで?」
「え?」
「バラモンだよ!彼らは何を運んでいたんだい」
スワンソンはおかしな表情を浮かべる。
「ええ、それなんですけどね――」
バラモンに近づいていく。
荷物の陰から出ている黒髪を見て、人を運んでいるのだと知った。
さらに覗き込むと、それがみえてしまった。
あのVault居住者たちが着るジャンプスーツ。Vault111と書かれたそれを着た東洋人が、目を閉じて眠っているようだった。
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それはアキラ本人であった。
ワット・エレクトロニクスで抵抗むなしくさらわれた彼は、今は深い眠りの中で夢も見ていなかった。
バラモンの揺れるからだが、その眠りから覚める力を幾分か弱めてもいた。
時折、ボウとした頭をあげることがあったが。簀巻きにされた自分が、バラモンの歩く地面を空の代わりに見つめるだけであった。
体のそこかしこに痛みはまだ残ってはいるが、なぜかあの餓えや渇きのようなものは感じなかった。
そしてそれが彼の記憶するこの年の最後の記憶になった。
12月30日、連邦の誰よりも早く。
アキラの2287年は闇の中で終わりを迎えた。