ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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もう一人の主人公、アキラ登場。
こんな感じで、交互に進んでいきます。


Sweet Dreams

「天地不仁、以萬物爲芻狗。聖人不仁、以百姓爲芻狗。」

 

『大自然(天地)に仁愛はなく、そこにある全てをわらの犬として扱う。

聖人のおこないにも仁愛はなく、人々をわらの犬として扱う』

(老子「語録」第五章より)

 

 

 世界から色が抜け落ちていた。

 いや、違うのだろう。僕の見る夢の中だけ、色だけが抜け落ちているのだ。

 白と黒で描かれる世界は、建物の中で。それは電子機器の終わらない明滅だったり、こちらに語りかけているらしき人の口の動きだったり。

 そしてそれだけを僕はずっと見つめている。

 

 まるで――そうだ、僕はもう狂っているのだろうか?

 

 

 次に覚えているのは何かから投げ出され、寒さに震えている自分の体のことだけ。

 僕は床の上に広がる透明な水溜りの中で目を覚ました。

 周囲は何かの異常事態を告げているらしい、ブザー音に怯え。必死にはいずって”死体が収められている”装置の間を抜けて部屋を出る。

 

 なぜ自分があんな水たまりの中で目を覚ましたのかわからない。なにより裸でこの場所に放り出されている理由がわからない。

 

 僕は晃、五十嵐 アキラが名前だ。

 そのことはきっと間違いじゃない。だって、自分の名前だ。それだけはちゃんと覚えている。

 あと年齢、19歳。

 それもわかる。

 

 だが、ほかの事は一切。僕は思い出すことができない。

 あの色が抜け落ちた映像以外、僕の頭の中にはアキラとして生きたはずの19年の生活と家族の記憶。それはきれいさっぱり、抜け落ちてしまっている。

 

 

 震えながら通路を進むと体温が上がってきて、足を引きずるが中腰になれるまでに回復してきた。

 気がつくと、通路の行き止まりにある「監督官室」と名札のはられた部屋の前に立っていた。なぜか僕は、本能的のその扉が開くような気がした。

 

 部屋の中に入ると、そこに人の姿はなかった。

 すぐに目に付くターミナルの向こう側には、転がった椅子とそこから転がり落ちたと思われるVaultスーツを着た骸骨が転がっていた。

 

(頭を撃たれている?人が死に、その肉が腐り落ちるまで約半月ほど。部屋の中の匂い――埃くさいが、それだけか。ということは――)

 

 気がつくと僕は白骨のそばに座り込み、その頭部に指を伸ばそうとしながら。そんなことを自然に考えていて、そんな自分に驚きを覚えた。

 その瞬間だった――部屋の扉が開き、そこにVaultスーツを着た大人が立っていた。その人も僕がここにいたとは思っていなかったらしく、その目は驚きでぱっちりと見開いている。

 

 

========

 

 

 Vault111の中の警告音を停止させ、僕達は無事にこの施設の出口にまでやってきた。

 この建物の中には何もいない。2人を除いて、誰もいなかった。

 

「アキラ、大丈夫かい?」

「あ、はい。えっと――大丈夫そうです」

 

 僕は着たばかりのVaultスーツの肘やら襟をひっぱりながら返事を返した。裸のままは、やはりちょっと気まずい。元はここの居住者のものだと思うが、箪笥に入っていた、比較的新しそうなものを選んでおいた。

 パターソンさん――レオさんはそんな僕を見て、ひとつうなずくとターミナルに向かった。

 

 レオさんは優しそうで、頼れる大人。そんな印象があった。

 東洋人の僕に似て顔つきがアメリカ人らしからぬ、不思議な濃さ(?)があって。どうやらそれは母方にペルシャ人の血が入っていたらしいけど。

 体は日本人にしては大きい方の178センチある僕よりもさらに一回り以上、大きくて。そうなったのは元軍人だったから、なのだそうだ。

 

 エレベーターが下りてきて、シャッターが上がると僕達は2人ともそこに立つ。

 この場所に残る理由はどちらもなかった。だが、外はどうなっているのか。この時の僕らにはまったく想像がつかなかった。

 

 

==========

 

 

「200年だって?そんな、そんな――嘘だろう?」

 

 僕もまた、パターソン――レオさんと同じく。脳の動きがその瞬間には完全に停止した。そんな僕らを前に、コズワースと呼ばれたレオさんのロボットは平然と話しを続けていく。

 

「ええ、そうです。実際は210年とちょっとです。地球の自転と古いクロノメーターのせいで多少のずれはあります、旦那様」

 

 ということはどうなる?

 今は、今年は―ー2287年!?

 

「ということはお腹がすいてますね?なにせ2世紀ぶりの食事が必要というわけですから。いかがいたしますか?おふたり揃って?すぐに用意が必要ですか?」

 

 僕らはこの燃え尽きた世界で210年以上を過ごした、どこか調子のおかしいロボットを前にして呆然とするしかなかった。

 

 

 話を、戻そう。

 

 

 Vaultの底からせりあがっていくエレベーターが止まる。地上は、世界はまだそこに存在していた。

 だけど確かにそこは見たこともない場所だった。

 いや、それも当然か。だって僕はレオさんとは違う。ここに来た時、Vaultまで逃げてきたというあるべき”自分の記憶”がないのだから――。

 

 そしてエレベーターから見下ろす場所にあったのは、サンクチュアリ。

 かつては高級住宅街で、人々が暮らし、穏やかで幸せがあった場所。

 

 だが、ここから見下ろすだけでわかる。

 今のあそこには人の気配を感じない。感じないどころか、目覚めた場所と同じような静寂がそこからは感られていた。

 そう、まるで墓場のように――。

 

 恐る恐る、そこへ進む僕らにはさらなる衝撃が待っていた。

 そう、それがさっきの会話だ。僕らはあの場所で――Vaultでずっと眠らされていたのだ。200年以上も、誰にも起こされることはなく――。

 

 

=======

 

 

 あれから2日がすぎた。

 僕らが生きていた時代から遠く未来が現実となったが、実感はまだわかない。

 それが現実だと教えるゴーストタウンとなっていたサンクチュアリに帰還した僕たちだが、状況がわかってもよいものはひとつも残されてはいなかった。

 

 僕の家(標識によるとそうらしい。覚えはなかった)は見事にペチャンコになって潰れていた。

 記憶のほうはまだまったくといっていいほど、何も思い出せてはいなかったけれど。その家の前に何度も足が向き、残骸の前に立つたびにため息をついてしまう。

 

 だからわかったのだ、この家が。この場所こそが自分のホームなのだ、と。

 そしてそこはもう、何も残されてはいないのだ。

 ゼロ、ただのゼロだ。

 

 

 レオさんのほうは僕とは違った。

 彼が暮らしていた自宅は、彼のロボットであったコズワースがずっと手をいれていたこともあってか。当時の様子をだいぶ残していたらしい。

 レオさんは家の中を歩き回りながらあの日、あの朝に、と繰り返し。無残なガラクタとなったそれぞれに触れつつ、それを僕に語って聞かせる――というよりそうやって必死に思い出そうとしているように見えた。

 

 そして足を止めた。

 赤ん坊のためのベットの前で。

 

(奥さんと息子――家族、か)

 

 記憶を失い、家族もわからず、家もつぶれていた僕と。

 家族を失い、かろうじて残っていた家とロボットが待っていたレオさん。

 どちらがマシだといえるのだろうか?僕にはその答えがわからない――。

 

 

==========

 

 

 夜、明かりの前で倉庫から見つけてきた缶詰をちょうど食べ終えたときだった。

 

「アキラ、ちょっといいかな?」

「――はい?」

「明日の朝、私はここを出るつもりだ」

「っ!?」

「コンコードに行ってみようと思う。コズワースも、そうするべきだろうと言ってくれてね」

 

 レオさんは強い人だった。

 ショックを受けて、何もできないでいる僕と違い。すでにこの先にどうすべきか、同じ時間をすごしていたのにそのことについてずっと考えていたようだ。

 

 まさに大人と、子供だった。

 

 名前と年齢しかわからないような、そんな無力なばかりの自分に恥じながら。とりつくろうようにして「それがいいかもしれません」などといまさら同意したが、僕ができたのはそれだけだった。

 

「そうだ、これを――」

 

 そういうとレオさんは腕に取り付けていたピップボーイという端末を僕の手に装着しようとした。

 

「これを預けておくよ。だから――あれ?」

「あ……」

 

 装着者の変更を察知したのだろう。

 端末のディスプレイが初期化を始めたと伝えたが、すぐにエラーが表示された。

 

「壊れた?まずいな」

「いや、でも動いてますよ。レオさん、もう一度」

 

 僕がそういって端末を返す。

 ピップボーイはレオさんの腕に戻ると、再び起動し、正常に作動していた。

 

「参ったな、私しか認識しなくなったのかな?」

「――どうでしょう」

 

 なぜか僕はこのとき、内心でこの機械は壊れていないという確信を持っていた。なぜ、そう感じたのかはわからないが、とにかくそうはっきりとわかったのだ。

 だが、説明もできないから今は黙っていることにした。

 

「だけど参ったな。私は除隊したのは半年前――といっても、200年以上前での半年だが。それでも前線帰りがこれではなぁ」

「?」

「ここにある、Vault社のSPECIALとかいう数値だよ。私のは、ひどいものでね」

 

 そういうと情けなさそうに笑うレオさんは画面を見せてきた。

 並んでいる個人の能力数値が、全て数字の4で埋め尽くされている。どうやらこの数値が低くて、ショックを受けているようだ。確かに言われてみると、元軍人というには肉体の性能評価は低すぎるとは思う。

 

 僕はなぜか少し興味が出てきた。

 

「前線から引き上げても、除隊までは拘束されたし。それでも体は動かしていたが。太った?いや、しぼんだのかな?」

「原因は別かもしれませんよ」

「別?」

「僕たちがいたVaultは人体を冷凍実験するためのものでした」

「ああ」

「長時間の冷凍とそこからの再生処置。そこになにか問題がなかったとは、いいきれません。実際、僕も――」

 

 記憶はない。

 これまで生きてきた記憶、足跡は真っ白にかき消されていて。それでも19年という長さだけは、はっきりとしているという矛盾。不安で、大人に頼りたくて仕方なくて、なのに自分は大人であっておかしくない年齢なのに。

 なんて自分は滑稽な存在になってしまったのだろう。

 

「人間を未来に生きれるように冷凍する、か。なんてことを考えるんだか」

「そうですね……」

「Vault-Tecか。コズワースの話だと、今も残ってるとはとても思えないが。大馬鹿野郎と罵ることもできないとは残念だ」

「罵る、だけでいいんですか」

「ん?アキラ?」

「僕は許しません。殺します、そいつら全員。社員なら皆殺しにしてやります」

「――もう寝ようか。やることもないしな」

 

 お笑い種だと、笑ってくれてもよかった。

 自分のことだけじゃない、恐怖もコントロールできない無力な子供が。そんな物騒なことを口にして、と――。

 でも、僕のこの言葉は本心だった。

 

 翌朝、目を覚ますとサンクチュアリには僕とコズワースと名づけられたレオさんのロボットだけがいた。レオさんはまだ暗い時間に起きだして、出発したのだそうだ。

 

「私と一緒に、ここで留守番です。大丈夫、きっと楽しいことがありますから」

「そうだね。ありがとう、コズワース」

 

 弱々しい笑みを浮かべつつ、朝食を捜してくるよと言い残し近くのボロ家に僕は駆け込んでいく。

 

(僕はあのロボットとここにレオさんに捨てられたのだろうか?)

 

 なぜかそんなことを考えてしまい。すると不安が騒ぎ出して、僕のゆるくなっていた涙腺はあっというまに限界を迎えた。

 

 

 悲しいと感じた。すると僕は顔を覆うと、まるで少女のように声を殺して泣いた。

 なんて自分は無力なのだろうと、自己嫌悪を感じながら。




(設定)
・Vault-TEC
戦前に存在した巨大企業。
ゲームでは核シェルターを作り、そこで様々な実験を居住者におこなっていた。


・コズワース
戦前のパターソン家の執事ロボット。
Mr.ハンディと呼ばれるタイプでは、かなりお高いものだったらしいことがゲームでは触れられている。(ただし、戦闘用ではない)

序盤のコンパニオンとしてもトップレベルの優秀さを誇るが。主人に対して、お行儀のよさを要求する面倒なところがある。

・サンクチュアリ
ボストンから距離が離れてはいるものの、すぐそばにVault111が用意されていたことから、戦前の高級住宅地であったと思われる。

ゲームではそんな場所に住む住人であっても、選ばれなかったばかりにVaultの外に追い出されている人々の姿を横目に、進んでいくことになる。

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