ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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今回を含めて、あと3回でようやく第一章が終了する。
本当に連邦はおっかない所だわー。
次回投稿は明後日を予定。


残酷なリアル (LEO)

 年末を目前に控え、ガンナーは知らせを聞いて激震した。

 

 混迷する連邦の西側に存在していた彼等の重要な拠点が襲撃を受け、全滅していたというのである。

 知らせに戻った部隊の報告では。それは一方的に引き裂かれ、ガンナーは高架橋から逃げることもできずになぎ倒されていたのだそうだ。

 

 不気味なのは、そんな攻撃側の形跡も現場にはほとんど残されていなかったらしい。

 あそこの連中の動きをあらかじめ知り尽くした上で、地上と高架橋の2ヶ所を電撃戦で決めたというわけだ。

 

 それほどの錬度の兵士がいて、それを率いる優秀な兵士がいる。

 自分達こそこの連邦では最高で最大の傭兵組織を吹聴している身としては、顔が青くもなるし、屈辱だって感じている。誰がこんなことをしでかしたのだろう。

 

――これは、あのミニッツメンの攻撃ではないのか?

 

 一部にはそう指摘する声もあったが、ガンナーの上層部は――リーダーのキャプテン・ウェスは、そうは考えなかった。

 襲撃者は攻撃を終了させた後、拠点のめぼしい物をあさって回収していったという報告があったからだ。ミニッツメンは、今も昔も”いい子ちゃん”ばかりの退屈な連中だ。こんなことをやらかせば、金目のものを漁るよりも何を自分たちがやったのかを吹聴するはずだと、そう考えたのである。

 

 そしてそんなミニッツメンは、いまだ連邦の北西部でレイダーを相手に必死に存在をアピールしてる。とても相手になどしていられない。

 

 そこでとりあえず近辺のレイダー、もしくは小さな傭兵集団の仕業であるということにした。

 ガンナーにとって報復は重要なことではあったが、それよりも先に自分達の西側への足がかりを失ったと見なされることをまずは恐れた。

 

 そうして、死んだウィンロックとバーンズに代わるリーダーを選出すると。急いで人員を西側に送り込む。

 残念ながらこれが終わりではない。

 これからしばらくはあの近辺は騒がしくなる。様子を見にのぞきに来る奴、この件であなどって攻め込んでくる奴、そうした奴らを的確に追い払わないと、本当にまずいことになる。

 

 

 ガンナーは不幸な知らせに対して怒りで歯噛みしつつも――この事件のことは、しばらくは忘れることにした。

 

 

===========

 

 

 依頼主からの定時の報告を受けると「そうか、好きにやってくれ」それだけ言ってケロッグは連絡を切った。

 

 ヘーゲン砦は、もうとっくに制圧を終えていた。

 彼と、彼が率いた完全武装の人造人間の兵士達。まぁ、苦労なんてするはずもない。それはずっと変わらないことだった。

 

 今は退屈そのもので、部屋の中に持ち込んだターミナルの前に座り、闇の中に静寂と共に溶け込んでいる。

 いや、そうじゃない。それは正しい表現じゃない。

 

 ケロッグはいつもと変わらぬ任務を、今回だけは自分の流儀を捻じ曲げ、変えた。

 すでに――依頼主からは次の目的を知らされていて、そのためにここを出発しなくてはならないが。この男にそんなつもりはまるでなかった。

 

 

 ケロッグは待っていた。

 あの男が――自分と因縁があると、きっとそう思い込んでいる男がここにやって来るのを。

 とはいえ、ただ待つだけでは暇なので、部下には砦の防衛装置を復活させるように指示を出している。ノロノロと時間をかければかけるほど、奴はここで俺達の派手な歓迎を受けることになるだろう。

 

 200歳を超えた爺さんにそれは、さぞかし驚いてくれるだろうと期待している。

 だが――。

 

 ケロッグは、自分を長く戦場の中で生き延びさせてきた勘が、珍しくはっきりと警戒信号を点滅させている。

 奴は近い、もうすぐそこまでやってきている。間違っても、こちらが待ちくたびれて、退屈のあまりここを出て行くのを待つなんてことにはならない、そう確信している。

 

「過去からの復讐か――要するに俺は、ハメられたってことなんだろうな」

 

 寂しさ――まだ自分が”真っ当な人間”だった頃には残っていただろうそんな感情も、今はもうほとんど感じなくなった。

 むしろ、それこそが今の自分――恐れられるケロッグではなかったか。そうした世間のしがらみが自分の足元に絡みつき。追いつき、追いすがろうとする者達を殴り倒す。

 さまざまな感情を抱えて自分の前に立つ相手をただ破壊する。そんなことはこの仕事なら避けられない、いつもの事だと納得して、これまで仕事を淡々と処理してきた。

 

 そして今回もそうなる。

 自分が負ける可能性、それは限りなくゼロだ。このケロッグという存在は、連邦のおかげでまさしく冷酷な殺人機械として完成しているのだから。

 

「俺はここだぜ。あんたを待ってるよ……優しい、ショーンの、パパ」

 

 その言葉がなぜか可笑しかったらしい。

 ケロッグは闇の中で、ゆがんだ笑みを浮かべた。泣くことも叫ぶこともできなくなったが、今の彼には笑うことだけならいくらでもできる。

 

 

===========

 

 

 マクレディを置いてきた私は、カールと合流するとまっすぐにへーゲン砦へと向かう。

 あの若者は怒るかもしれないが、わたしはそれでもケロッグとの決着を自分ひとりの力でつけたいと願っていたから、このやり方に迷いはなかった。

 

 

 砦の敷地は話に聞いたとおり。確かに大きかったが、私はすぐに怪しい場所を見つけることが出来た。

 そこは露骨に、屋根の上にターレットが置かれ。近づくものを許さぬと、厳重な防衛体制を続けていたのだ。

 カールの様子にも変化が生まれた。

 建物に近づくと、盛んに壁に足をつけては鼻をこすり付けつつ2本の後ろ足だけで立とうとする。

 私が求めている匂いをもつ相手が、ここにいるのだと知らせようとしている。カールの姿を見て、私はそう確信した。

 

 

 建物の中に入るのは難しくはなかったが、入ってみると今度は逆にここから出て行くことが困難であるということがわかった。

 人間のように動き、攻撃してくるむき出しの機械と白い肌の人造人間達。

 そいつらはまるで私がここに来るのを知っていたかのように、巡回を続け。そこかしこに罠やターレットなどを設置していたのだ。

 

――私を狩るために用意していた!?

 

 信じたくはなかったが、なぜか直感がそうつげると確信が後から追いかけてきた。

 だが、そうなると大きな疑問がわいてくる。

 ケロッグは、あいつはいつの間に私が彼を追っているということに気がついていたのだろう?

 

 私が地上に出てきたことを奴が知ったとは考えられない――嫌、考えたくはなかった。

 それとも連邦で誰もがあこがれるダイアモンドシティに、危険な傭兵が少年を連れて同居し。

 突然一人で旅だったなどと――あれがこうなることへのブラフだというならば、いつの間に自分は奴の手の中に入り込んでいたのか、それがわからない。

 

(不安におびえるな!奴はいる、ここにいるんだ――予想と違ったが、奴と対決は間違いなく近い)

 

 振り向くと、かがんだ私のそばに同じように伏せているカールがこちらを見上げている。

 その目は純粋で、そしてこの厳しい戦いを前にしても恐怖はなかった。この犬に、私は感謝しかなかった。この旅にお前は関係ないとこの犬もコズワースか、サンクチュアリに預けるという考えがなかったわけではない。

 

 だが、私のこの旅の始まりは老婆の幻視であり。

 そこにあった私の姿は、この犬との繋がりを口にしていた。実際に私が行ったほとんどすべてについてきて、一緒に戦場を潜り抜けた親友のような存在に今ではなっていた。

 

「一緒に行こう、これからも。この旅のすべてを、お前には見ていてほしい」

 

 言葉がわかったのだろうか。カールはフンと音を立てて鼻で笑い、それはまるで「弱気だな、大丈夫か?」と心配されているように感じた。

 人の言葉を話さないが、賢く、生意気な相棒である。

 

(控えめで、生意気で、賢いか……まるで、もう一人のアキラって感じだな)

 

 私はサングラスをはずし、ポケットに放り込む。

 敵が巡回するフロアを目指して、片手にコンバットライフル、もう片方にショットガンを抱えて静かに足を踏み出した。

 十数秒後。近くで人造人間の侵入者発見の声にあわせレーザーの発射音が砦の中の静寂をやぶる、ついに戦闘が始まってしまったのだ。

 

 

===========

 

 

 彼らを率いる将軍は私用ということで、レオの顔を知っているものは少なかったが。今のミニッツメンに大きな問題は生まれていなかった。正直、彼らの前に立つガービーだけでも彼らには十分だったのだ。

 

 そんな彼らだが、年末を前にして新しい計画をまたひとつ。進めている。

 勢力はいまだ連邦の北部の一部地域に限った影響力しかもってはいないが、人々を通じて様々な居住地から助けの声が入ってきていた。とはいえ、さすがにその全てに応える力をまだ自分たちが持っていないことは、ガービーにもわかっていた。

 

 そんな状況に変化を生み出すため、ミニッツメンはようやくのこと設立以来の懸案事項であった。ハングマンズ・アリーの支部化に今回着手する。

 ここ(レッドロケット)から10名の新人を入れたミニッツメンを送り出し、かの地にて人々を助けるために危険な任務に携わってもらう。

 

 この決断を下すには大いに悩んだ。

 本音を言えば、もう少し状況が自分たちに有利になってからはじめたかった案件だった――。

 

 

 だが、サンクチュアリとミニッツメンには、今も週単位で入植を希望する人々が次々と訪れてくる。

 それは子供だったり、老人だったり、家族だったり。おかげでミニッツメンは、訓練の必要な新人を入れれば50人近く数を増やすことができた。

 

 だが、それはすべてがまだ兵士では――ミニッツメンでは、ない。

 

 とはいえ、プレストン・ガービーは早速、連邦の東と南への進出について考えた。

 サンクチュアリは崖の上の居住地との関係のおかげで、連邦の北部中央部に今は手を伸ばしているが。それ以上先に進むというなら、まだ時間が必要だった。

 そこで南に目が向けられた。

 

 ボストン――。

 

 あの厳しいサバイバル空間に生まれたばかりのミニッツメンを送り込むことに不安がないではなかったが。あそこに支部を置くというだけで、ミニッツメンの影響力は格段に増すことができる。

 これまでは北からレキシントンにトラブルを押し込んできたが、支部を増やすことであのロブコ工場のある南側からも封じ込めることができるし。さらにケンブリッジ周辺にまで、ミニッツメンは手を伸ばせるようになる。

 

 そしてすでに将軍が自ら用意した支部のための予定地もある。あとはそこに誰を派遣するべきか、それが問題だったわけだが――。

 

 

==========

 

 

 レッドロケットにあるガレージの前には、7人からのミニッツメンが並び。旅立つ前の最後の言葉を、プレストンからもらおうと直立の姿勢でじっと待っている。

 そんな彼らを遠巻きに囲むように見守るのは、サンクチュアリの住人達――兵士の家族や恋人、そして子供達の好奇の目であった。

 

 プレストンは3階の会議室から降りてくると、彼らの前に立ち。「休んでよし」と口にする。

 目の前にはまだ幼い表情が残る14歳の少年、ジェイコブ・ファウラーことジミーと呼ばれた少年が硬い表情で緊張しているようである。

 支部には10人を送るが、3人はすでに先遣隊として出発しており。彼等がその残りであった。

 

「君たち7人を、ここから送り出せることは本当にうれしく。そして誇らしく思っている」

 

 プレストンの声にも熱がこもっていた。

 

「君らを送り込む、ハングマンズ・アリーは私が将軍と共に。このミニッツメン再建の最初の大きな一歩となると信じて、しかしそれはいつになるのか。ずっと不安材料として棚上げにされてきた」

 

 残念だがプレストン・ガービーはここから動けない。

 鍛えるべき新兵が、指揮する部隊が、彼の指示を必要としている人々がここにはまだいるからだ。

 

 それは送り出された彼等が苦境に陥った時。

 このガービーはすぐ隣には立てないかもしれないという、現実。

 彼らには、この任務の難しさと。そしてそれを乗り越えるために、十分以上の力を発揮してもらわねばならないことを理解してもらわねばならない。

 

「君達が向かう場所はここと比べても簡単では決してない。ボストンコモンを中心にあふれ出る災厄に近く。同時に、すぐそばにはあの連邦のグリーンジュエル。ダイアモンドシティが存在している。

 

 ただそれだけで君達はさまざまな困難と、難しい任務の数々を覚悟せねばならないだろう。この言葉の意味を、それぞれが深く噛み締めてもらいたい。

 簡単ではないのだ、決して」

 

 どれだけ脅かしても、言葉の表現だけで足りることはないだろう。

 

「そして思い出してほしい。

 ミニッツメンは再建から時を立てずに、ついに新たな支部をここに誕生させることができたことを。

 この知らせに希望を感じてくれる人々もいるだろうが、不快に思う敵のほうが多いことも想像がつくだろう。彼らが牙をむくのは君達であり、我々なのだ。

 

 そうだ、我々がミニッツメンなのだ。

 

 苦しいときはこの言葉を思い出してほしい。

 そしてこの乱れた連邦に正義の光を当てるべく、君達は握った拳で、容赦なく奴らの顎先を叩きのめしてほしい」

 

 プレストンの背後にいた若い女性のミニッツメンが、布の束をプレストンに渡すと。プレストンは列から2名を呼んだ。

 布は1枚はミニッツメンのシンボルが、もう片方はかつて存在したこの国の象徴たる国旗が描かれてある。

 おおっぴらには口にはしなかったが、ミニッツメンの旗にはプレストンを、かつてあった国の旗はレオを意味していると彼は考えていた。

 自分たちがいなくても、この10人には背後を自分たちが常に見守っているぞという親心である。

 

 プレストンはそれを手渡すと、さらにその上から手を差し出した。

 相手は片手で受け取り、ガービーの手を硬く握り締めてきた。

 

「それではミッキー支部長――健闘を祈ります」

「あなたの期待に、必ず応えよう。プレストン・ガービー。ミニッツメンに栄光を」

 

 ミッキー支部長は――本名をノア・マクナマスという先住民とメキシコの熱い血を受け継いだ47歳の元・ミニッツメンである。

 ブレストン・ガービーがルーキーだった時、大先輩であった彼は。家庭を重視し、一度はそこから離れた。

 

 だが、ミニッツメンの復活を知るとこうして再び旗の下へと駆けつけてきてくれた。

 一度はリタイヤしたとは言っても、貴重なかつてのミニッツメンを知る人物である。ガービーは彼を重宝し、こうして今回も重要な役を彼にまかせることにしたのだ。

 

(彼ならやってくれるはずだ。きっと)

 

 とは言っても、到着後の彼等がすぐに何かを始めるというわけではない。

 この場所と同じように、彼らの手で居住地は再度改築され。それが終われば周辺の情報を収集し、それからさてどうしよう?となるわけで。

 プレストンもその頃までには、ここから南側への影響力をさらに強めておかなくてはならない。

 

 プレストンとミッキーは無言で互いに敬礼を交わすと、ミッキーの合図で7人は静かに歩き出した。

 レッドロケットに集まる、見送りにきた住人達はその後姿に歓声を上げ、見守るプレストンもそれが見えなくなるまでその場を離れようとはしなかった。

 

(将軍、アキラ。あんたたちは今、どうしている?俺の、俺達のミニッツメンは順調そのものだ。旅の空の下であっても、どうかそれが届きますように)

 

 

 次第に小さくなっていく7人の後姿を、連邦の太陽が彼らを見下ろしている。

 あのいつもと同じ――毒々しく朱に輝く、太陽が。

 

 

==========

 

 

 青い光線が前方から何本ものびてきて、自分の横を過ぎると後方の壁に当たって光がはねる。

 へーゲン砦を占拠した人造人間たちはレオがこれまで戦ったどの人造人間たちとも違っていた。レーザーはこれまでになく高出力で、装備は人造人間のくせにアーマーを身につけていて、さらにタフになっていた。

 

 いつものように裸で武器を手にしたタイプの人造人間なら、このライフルの2.3発で決着がついた。

 しかしアーマーを身につけた彼らは、あまりにも強靭で。攻撃しても、撃っているというよりも削っているような感覚を覚える。

 

 そして自分はただの人間、その肉体はあまりにも弱かった。

 入り口から進入して、何体かと交戦を終えると。そこにはすでに酷い姿のレオとカールがいた。

 

 

 壁に寄りかかるようにひざから崩れる中、レオは必死でスティムパックを3本ばかり空にした。

 人造人間、1体がこれまでになく強すぎる。

 スティムパックの反動でのどが渇き、新しい浄化水を一本まるごと飲み干した。

 

「カール、お前もな」

 

 私はそう言うと、やはりスティムを打ってから、新しい浄化水を取り出して半分までを自分の手のひらにためてから犬の口元に持っていく。

 黒とブラウンの美しい毛並みをした犬も、目元にはレーザーによる火傷がついており、右側の背中の毛が燃えながら出血していた。

 

(勝てるのか、この様で?届くのか、あの男まで?)

 

 正確な射撃によってレーザーに貫かれた痛みの残る左わき腹を気にしながら、私は弾倉の交換をおこなった。

 そして正直な話、一人でここにきて正解だと思った。これなら友人たちに自分のことであの世への道連れになるのも、申し訳ないとは思うが、カールだけですむからだ。

 アキラや、パイパー、プレストンらが来ていたらと思うと、おかしなことだが安堵している自分がいた。

 

「カール、いけるか?それとも、一人で帰るか?」

 

 笑いかけながらそう口にすると、向こうは「馬鹿を言うな」というように、まだ震えの収まらない足で立ち上がって見せた。

 座り込んでいた私もそれに負けていられないと腰を上げる。

 

(前進だ)

 

 まだ生きている、死ぬつもりはない。

 ケロッグのところへ行って、きっと必ずショーンを助けてみせる――。

 

 

 そう思っていたのに、私はミスをした。

 

 

 階段を上り、右手の部屋の奥になにかが動く気配を感じた。

 しかし、私の脳はそんな私に「馬鹿野郎!」と大声で叱り付けていた。私は遠くの危険を察して、近くにある凶器の存在に気がつけなかった。

 

 すぐ近くからウィィンと機械音がして、あせって振り向く私の目に飛び込んできたのはこちらに狙いを定めているターレットの姿があった。

 何かをする力が、この時の私にはなかった。

 代わりにカールが動いた。力強くコンクリートを蹴り上げ、私の体めがけて頭突きを入れたのだ。

 

 ターレットが火を噴くと、それは私ではなく逃げ遅れたカールの体に直撃した。悲痛な声を上げ、鉛弾によって翻弄された犬の巨体は床の上をふっとんでいって派手に転がっていた。

 

「カール!」

 

 あれはまずいやられかただとわかった。

 人ならば致命傷で即死していたっておかしくないはずだ。私はなすすべなく、パニックになる。

 

 無様にも両手を床について、あわてて立ち上がろうとしたその途中で、自分の体が持ち上げられていることに気がつき。続いて、苦痛に顔をゆがめた。

 いつの間にか背後に人造人間が立っていて、ちょうど目の前でひざをついていた私の首に手を伸ばすと。それでもって吊り上げながら、首を締め上げてきたのだ。

 

(マズイ、これは本当にマズイことになった)

 

 後ろから吊るされながら首を絞められるなんて最悪だった。

 どう抵抗しても、この体制から逃れる手があるとは思えなかった。

 

 私はそれでも本能的に、両手に握ったライフルとショットガンを放り出し。首に自分の手を持っていきたいという衝動に必死に抗らっていた。

 相手の姿が見えない絶望の中で、私は運を天に任せて両手の武器の引き金に指をかける。発射する弾丸が両腕に衝撃を加わるのを感じることができるが、どれほどの効果があるのかは見えないからわからない。

 

 これまで私は自分が運の良いほうだと信じて疑わなかったが、どうやら思い上がっていたようだ。

 状況は変わらないまま、撃ちだす弾丸が空になる頃には。私の表情にチアノーゼ(酸素欠乏症)と呼ばれる症状から真っ青なものへとなっていた。

 

 もはや希望はなく、私は欲求に従い。両手の銃を放り出すと、必死で首を掴む機械の手を引き剥がさんと抵抗を始める。もちろんそんなことに意味はない。

 もはや運命はここで終わるのだと告げているように思えたが、私はまだ諦めることはできなかった。

 

――わずかに一瞬だったが、床の上に地雷を見たと思った。

 

 そこにこの人造人間と倒れこむことで、脱出できるかもしれない。

 冷静に考えれば、あまりにも運任せで計画とも呼べないものであったが。それを自殺行為とは考えずに、私は深く悩むことなく即座に実行しようとした。

 

 なにがどうなったのかはわからないが――目論見どおり、私は人造人間の腕の中で窒息しかけながらも奴を下にして地雷の上へと倒れこむことに成功した。

 

 ただ――問題があった。

 

 私はそれをただの”ひとつの地雷”と考えていたが。実際は床一面にそれがしきつめられており――つまりそこは地雷原となっていたのだ。

 そんな所に、いくら人造人間を挟んでいるからとて、ただの人間が倒れこんで生きていられるだろうか?

 

 そんなわけがない。

 地雷の炸裂する衝撃が両者の体を襲うと、人造人間は破壊された。

 そして奴の腕の中にあった私もまた破壊され、心臓は簡単に停止してしまった――。

 

 

 この爆発によって、へーゲン砦の全体が揺れた。

 ケロッグはその音の意味するところをなんとなく理解すると、静かにフハハハと悪党らしく笑い始めた。

 目の前のターミナルには、ケロッグに向けた次の指令が表示されていた。

 笑うことをやめないまま、しかしなぜか乱暴にケロッグはキーボードに何かを打ち込むと、最後に実行キーを押す。

 

 DELITE(消去)

 

 彼の前にある端末の画面にはその文字だけが表示され、文字の最後にあった下線だけが明滅を繰り返していた――。




(設定)
・完全武装の人造人間
ここでは、主にシンスアーマーのことを指す。
軽装から重装まで、ケロッグの部隊の人造人間は必ずこれを身に着けているという設定。


・ミニッツメンでは、ない。
ここではカッコつけているが、所詮は民兵なのである。
兵士と比べると錬度は大きく劣っているし、意識も残念ながら統一されてはいない。実際、旧ミニッツメン崩壊はそんなかれらの中で生まれた派閥争いが原因であった。


・ミッキーとジミー
ボストンでのミニッツメンの活動では、今後彼らが活躍することになる予定。


・心臓は簡単に停止してしまった
即死です、ナムアミダブツ。

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