ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回投稿は明後日を予定。


行雲流水 (Akira)

 オーガスタの隠れ家には人造人間はいなかったが、代わりにレイダーたちによって占拠され。彼らのちょっとした遊び場として使われているようだった。

 

「なんてことを……これは、あんまりです」

 

 腐臭漂う死者達をぞんざいに積み上げた山の前で声もない男たちとエイダに変わってキュリーがつぶやく。

 キャリントンが見てきてほしかったというのは、これのことだったのか。

 

 見知ったレールロードの仲間達の無残なその姿にディーコンは表情はいつものように変わらなかったが、心は暗く沈んでいた。

 アキラは冷静に周囲を確認しながら、自分の考えを口にした。

 

「どうやら病院自体はインスティチュートの攻撃から、崩れているところが多いようだ」

「もともと過去の戦争の影響で、ここはあちこちがボロボロだったのさ」

「でも人造人間の姿がない。スイッチボードと違って、攻撃後にすぐに撤収したのかも。そのあと――」

「レイダーのお引越しか。まったく、趣味が悪い連中だ」

「まだ生きている端末があれば、当時の状況が残っているかもしれないけれど――」

 

 虚しさがあった。

 それを探すのを理由に、ここにいるレイダー達を引き裂く。本部はそれを望んでいるのだろう。

 だが、それがどんな意味がある?

 

「アキラ、ここを出よう」

「――いいのかディーコン?デズデモーナはきっとここにいるレイダーを叩き潰すことを望んでいるはず」

「そうだな。だが、そんなことの意味があるのか?復讐する相手はレイダーじゃない。俺たちが戦っているのはインスティチュート、そして人造人間だ。人助けでもないし、必要のないトラブルは避けていこう」

 

 それでもなにかしら割り切れない思いがあったのかもしれない。

 ディーコンはその日、太陽が沈むまで、ずっとおしゃべりを封印したのかずっと口を閉じていた。

 

 

 警察署で噂のB.O.S.偵察部隊に改めて礼を言われた。

 キャプテン・ダンスはレオさんのことがどうにも気になっているようで、ここでも再び話題が出たが。残念ながら僕のほうにあの人の最新の情報はなかった。

 

(上手くいっていればいいな)

 

 それは思っている。

 あの人の家族への愛は本物だ、それを知っているから。だからこそ、連れ去られた息子さんとの再会がかなうことを僕も祈らずにはいられない。

 

 話は正直、そこで終わってもおかしくなかったのだが。こちらが立ち去ろうとすると引き止めるようで、どうやらなにか切り出したいが。上手くそれが出来ずにいるという、面倒な相手の意思が感じられた。

 

 僕はそれに気がつかないフリをすることも出来るのだろうが、この連中もレオさんをこれほど気にしてくれるくらいには善い人のような気もしたので、珍しいことに僕はそれに付き合ってやることにする。

 ちなみにハゲはこちらの合図を見て(ご自由に)などと呆れているようだった。

 

「……そういえばキャピタル・ウェストランドに通信は送ることが出来たのですか?」

「ん?ああ、それか。上手くいったよ、おかげでこちらの状況を伝えることが出来た。レオには感謝している」

「会ったら伝えます――それで?」

「あ?」

「いえ、それでどうなったんです?」

「……どうなった、とは?」

 

 なんでこちらの疑問に、探りを入れてくるんだよ!

 会話がしにくい連中だった。

 

「いや、ですから……思っただけです。皆さんのような傭兵(ここで助けてやった男がムカつく表情を見せた)、というか武装組織に所属していると、なにかと大変なんじゃないかって。

 だって――部隊には死者が出て、連絡もつかないって、相当厳しい状況でしょ?」

「ああ、そうだな」

「でも安全な場所で報告を受ける上司たちは、前線の困難を理解していない。そういうズレ、みたいなのがあるんじゃないかって。ほら、”組織に属する”ことへの不満みたいなの。ありませんか?」

 

 満面の笑みを浮かべて言ってやったが、隣のハゲはなぜか窓の外を見つめて聞いていないフリをしていた。

 本部の話はしたくないのか、相手の言葉の歯切れが悪くなったが。ここから言葉をいくつか交わすことで、ようやくのこと僕は相手の真意に気がつくことが出来た。

 

 この人達、ようするにこちらにまた助けてほしいといっていたのだ。

 なんだよそれは!もっと早く、素直な気持ちになって言ってくれよ!

 

「助けるといっても、なにをすれば?」

「心苦しい話だが。物資の不足が気になっている、援助してもらえないだろうか」

「――商売、ということなら」

 

 するとナイト・リースとやらが、口を尖らせて不満の声を上げた。

 

「ちょっとまて!お前達にはあそこで回収した武器や弾薬があるだろう。あれで……」

「――ちょっといいか?悪いが、俺と相棒はあんたを善意で助けたんだ。そしてだからこそ、あの場所で見つけたものは基本、俺達に権利がある。少なくともこの連邦では、そういうルールみたいなものがある」

 

 ディーコンが隣から口を出してきた。

 これは僕も同意だったから、黙っておく。

 

「ゴミ拾い連中のルールを、俺達も守れっていうのか」

「そうだ。それでこちらも無償の善意って奴で、あんたたちにそれ以上の尊敬を求めないですむ。これは誰にとってもいい話なんだ。それをおかしくしたいというなら、よく考えてから発言したほうがいい」

「わかった!リースやめるんだ、これは彼らが正しい」

 

 よかった、隊長は理解があって。パワーアーマーを相手に屋内でその装甲を剥ぎ取る、そんな修羅場はできれば現実に起きてもらいたくはない。

 

「缶詰にシュガーボム、アルコールが何種か。ソールズベリーステーキはお好き?」

「好物だ」

「エイダ、君の中に残っているものも出してくれ」

「わかりました」

「――医薬品は、無理だろうか?」

「スティムを少し出せる。ジェットやサイコも」

「……そんなものまであるのか」

「まぁね――こんな風に商売をする時のために。いくつかあるだけで、欲しがる相手は満足するからね」

 

 という理屈だ。

 初対面のB.O.S.相手に、僕の悪い真実を話す必要はない。

 

「こちらは銃と弾薬をだせる。どうだろう?」

「うーん……」

 

 ディーコンの顔をちらと見る。今度はむこうは、はっきりと首を横に振った。

 

「これでは足りないかな。俺達はライフル弾は使わないから」

「むむむっ」

「これだと食料を半分も――」

「マズイな。尋ねるが、ほかに何かないか?」

「情報?それも確実なものなら、高額をつけることが出来る」

 

 パラディン・ダンスはしばらく呻っていたようだが、次にチラリと後ろの女性。スクライブ・ヘイレンに視線をやると「頼めるか?」と言い。彼女は「仕方ないですよね」と言って前に進み出てきた。

 

「情報をひとつ渡します。それに値をつけて頂戴」

「ダンス!?」

「いいんだ、リース――すまない、ヘイレン。話を続けてくれ」

 

 施設の情報か……。

 

「ワット・エレクトロニクスよ。我々もそこを調査する予定だった。戦前にあったエレクトロニクス会社の資産だったものよ」

「それだけ?」

「――彼らは、ロボットや武器を独自に開発、販売していたことはわかっているわ」

 

 ま、それなら十分か。

 

 

==========

 

 

 ケンダル病院を出て、しばらくすると今日は早めにキャンプにすることにした。

 妙に美しい、焼けた空を前に火をおこして囲むように座ると、ようやくディーコンは重い口を開いてくれた。

 

「死体が多かったとか、少なかったとかは関係ない。ああいうものは、な」

「――でも仲間だったんだろ。一緒に仕事をした」

「レールロードという組織で顔を合わせた、同じところにいた。それだけだ。

 俺は、俺にはパートナーはいない。長い間、ずっとそうだった」

「知らなかった」

 

 ようやく口を開く彼は、珍しく感傷的になっているようだった。

 

「レールロードでは、パートナーを組むと付け込まれやすくなるんだ。インスティチュートにエージェントの正体を教えられる人間が増えるわけだしな。それを、歓迎できる奴なんていない」

「気にしすぎ、とは考えないんだ」

「ああ、そうだ。お前も、いつでも完全に警戒を解くなんて考えはやめろ。

 俺達はインスティチュートと戦ってはいるが、この連邦は時にそれと同じくらい恐ろしく残酷な敵に簡単になりうる存在なんだ」

 

 病院のレイダーたちのことを言っているのだろうか?

 

「ならディーコン、なんで俺と組んでいる?俺はあんたも言ったとおり、トラブル体質だ。

 目の前を変なものが横切れば、それが何かと簡単に付いていってしまうような。そんなトラブルを避けようとしないような奴だ。言ってみたら、あんたの天敵だぜ?」

「お前を愛しているから、といったら信じるか?」

「この人造人間め、と叫んで。あんたにもらったリコールコードを繰り返し唱えたい衝動に駆られるね」

「フッフフフ……俺はみんなに嘘をつく。そんな嘘をつく俺を憎んでいる奴もいる。だが今日は、信じて欲しい。俺は、お前の味方だ」

「その後はわかるよ『だからお前も俺の味方になれ』でしょ?」

「オイオイ、笑わせないでくれよ。これは俺にしては珍しく真面目な話なんだ。

 

 そう、真面目な話。

 俺はお前のやっている、馬鹿なことが好きだ。俺が一人でいれば、そんなことは絶対しないが。お前と一緒なら馬鹿なことだと思っても出来てしまう。それは別に、悪い気はしない」

「……んん」

「お前にもそう思ってもらえるといいんだが」

「ここでお互い、ハグがいるところ?」

「それはいい。お互い慣れてないんだ、そういうのは」

 

 今日はなにか、これまでにない雰囲気になっていた。

 

「これまであんたの知っているB.O.S.の話にいいものはなかったよね。確か『昔は彼らのファンだったが――』と、言っていた」

「ああ、そうだ。

 お前が助けた、あのミニッツメンにも言える事だが。ああいう手合いは規模が大きくなると、途端にその地域の厄介者になることが多い。彼らの理屈ではそれが正しいことだとしても」

「レールロードは違う?」

「俺達は世界を救おうとか思っちゃいない。うちは今だって少ない人数でなんとかやっているんだ、大きな仕事は出来ないさ。

 それでもよい世界にしたいと考えている。人、そして人造人間」

「レールロードは人も考えている?本当か?」

「正直に言えば、今は人造人間に手を貸している。助けようとしている。

 他の多くの人がやろうとは考えないことを、俺達はしている。それは少しかもしれないが、この連邦にとって役立っていると考えている」

「噂でそこまでレールロードが評価されているのは、まだ聞いたことはないな」

「わかるよ。こいつは教訓ってことにもなるかな。

 この連邦を歩く限り、おまえは俺達やミニッツメン以外にも組織と出会うことになるだろう。

 彼らは俺達と同様、その組織独自のタワゴトをお前の耳元で囁き続ける。それが時に巧妙なもので、お前の心に入り込もうとすることもあるかもしれない。

 

 だが、だまされるなよ。

 

 組織が聞かせる言葉に真実なんてものはない。そこには常に嘘がついて回る、この俺のように。

 だからお前はただ、彼らの行動だけを見ればいい。お前という稀有な才能を持つ男に、なにをさせようとしているのかを見抜けばいい」

「それが重要なこと?」

「ああ、そうだ。お前のような奴が、そういう奴らの下で力を貸すと。世界は驚くほど簡単に変わってしまうことがある。そうなれば支払う代償も大きく、そしてそれは組織が肩代わりするものでもない」

「……」

「そうだ、お前がミニッツメンにさせたことがまさしくこれだった。

 お前は自分と友人を守るために、あのミニッツメンがいてもいい連邦と、プレストン・ガービーという伝説を作り出した。お前はわかっていてこの男に道化役を押し付けようとした。

 

 だが、その計画は失敗した。そこから学んだんだろ?

 結局は、お前自身も逃げ切れずに、ミニッツメンに縛り付けられ。今は俺達のレールロードに関わっている」

「卑怯者、って言ってる?」

「誉められた態度ではないな。それは確かだ。

 だがらこそ、お前は考える必要があるのさ。時が来れば、お前はついに多くの人たちから問われるだろう。『お前はいったい、誰の味方なのか?』とな。

 その時、答えることが出来ないなら――それはお前のすぐそばに死が迫っている。それだけは間違いないだろうな」

 

 僕は驚くほど長い間、真面目な話をディーコンとしてしまった。

 その反動だろうか?僕と彼は、結局その日はそれが最後の会話となった。

 

 

==========

 

 

 その晩、ひさしぶりに悪夢を見た。

 窓も扉もない、ただ真っ白に清潔で輝く一本道の廊下の上を、なぜかギーギーとタイヤが回るたびに悲鳴を上げるようなカビ臭い車椅子に僕はただ座って押されるにまかせているというものだった。

 

 顔には覆面なのだろうか?

 布だかラバーかわからないが、目元だけをくりぬいたもので隠されている。そして僕はなぜかそれが嫌なのに、取り払おうという気力はまったくわいてこない。

 視線を落とせば、病院服から飛び出している自分の手足は驚くほどに、細い。これで自分の足で、立ち上がることはできるのだろうかと思うほどだ。

 

(過去なのか?この光景が)

 

 メモリー・デンで掘り起こそうとしたときに見た悪夢の光景に通じるものが、そこにはあるようだった。

 体をわずかにでも動かせれば、背後からこの車椅子を押す人物の姿を見る事だってできるだろう。

 

 僕には情報が必要で、俺には情報が必要で、私には情報が必要で、自分には情報が必要……。

 思考がループを始める中、自分の首はまったく動こうとはしてくれない。

 

 

 ――深夜、僕はそこで目を覚ます。

 

 

 火は消えていたが、携帯式迷彩寝袋の中でいびきをかいているディーコンが正面にいる。

 重い体でゆっくり起きると、闇の中で漂っていたキュリーが静かに近づいてきた。

 

「大丈夫ですか?うなされていたようですが――」

「ああ、ひどい夢だったよ……もう、眠るのはごめんかな」

「睡眠は必要なことです」

「夜明けまでは?」

「まだまだです。寒いでしょうから、火をおこしましょう」

 

 僕らは今、ケンブリッチを出て。あのエイダと出会ったチャールズタウンを見下ろす緩やかな丘の中腹で休んでいる。

 隠れ家の惨状は確認したし、本部に戻る前にB.O.S.から聞き出した情報を確認しよう。そう考えて、明日の朝には噂のワット・エレクトロニクス工場へと侵入することになっていた。

 

 今まで寝ていて言うことではないが、この計画もだいぶおかしいことは自覚している。

 なにせ北西にはあの巨大なロブコ工場とレキシントンがあり、南はボストンの危険地帯。いつぞやのごみ山の醜いねずみの群れや、デスクローに出くわしたって不思議はない場所だ。

 

 エイダはこの夜を、僕らを中心に円状に巡回していて。キュリーがこうしてそばで見ていてくれるので、なんとか休めるといった具合になっている。

 

「……私が話を聞いたほうがいいのでしょうか?」

「ん?どういうこと?」

「悪夢のことです。私は夢についてあまり多くを知りませんが――話したほうが楽になるのでしたら」

「いや、いい」

「そうですか――」

「……」

 

 正直にいうと、悪夢のせいでどうしようもない不快感に囚われていた。

 今すぐ裸になって、シャワーなり、熱い風呂なりに飛び込みたいと真剣に思うが。そんなものはここにはない。

 口の中も吐いた後のように酸っぱく感じられ、そのせいで口が重くなり。無言が続く。

 

「あの、なにか必要でしょうか?」

 

 しつこく聞いてくるキュリーに僕は無言のまま首を振る。

 彼女がおこしてくれた小さな火をじっと見つめている。それだけでなにか、癒されているような気がするのか心は本当にゆっくりと軽くなるのを感じるが。反対のあの悪夢の光景はイメージとして焼きついてしまったらしく、はっきりと思い出せるようになってきた。

 

「あなたには、私の要請を聞き入れてくださり、たくさんお世話になっていて、恩知らずとは思われたくないのです。こうして広い連邦を旅していることに感謝していると、ちゃんと伝えたことはこれまでありませんでした」

「――復活してないだけだよ。ちょっと、まだキツイだけ、別に怒ってない」

「よかったです。えっと、私の話は余計でしたか?黙っていたほうが――」

「君の話なら歓迎するよ。僕は口を動かしたくないだけ」

「わかりました、それでは」

 

 僕は胡坐をかくと、両手で顔を覆ってから拭う。

 完全ではないがまた少し、マシになってきたようだ。

 

「危険な道でしたが、科学のためという私の言葉をあなたは信じてくださいました。今ではエイダがあなたに忠誠のようなものを感じているのも、理解できます。私の中にも、それに近いものがあるとここで伝えておきます」

「告白タイム?だいぶ気分もよくなってきたな」

「本当のことです。真実なのです」

「わかった、ちゃんと聞いてるよ」

「ドクター・アマリと会って話したことで、不可能を追求しているとばかり思っていたことが実現することを知りました。それと同時に、私がそうすることで副次的に発生する問題があることもわかりました」

「ああ、そうだね」

「それは簡単なことではありませんでした。私のこの問題が、一人では解決しないということを改めて理解させる発見でもありました。あれからずっと、どうすればいいのかを考えています」

 

 これが彼女の言う、ロボット的という奴なのだろうか?

 人間ならこうはならない。嘘をつき、誤魔化し、すべてを推し進めて戻れないところまでいってから。そして文句を口にする、そうしてもいいのだ。彼女も。

 

「やはり今も、私の願いはかなわないものだとあなたは考えていますか?」

「ん?何でそんなに悲観的なんだ、キュリー」

「ですが……」

 

 キュリーのこの純粋さを前にすれば、僕はディーコンの嘘をちっとも責められないとわかってしまう。

 そしてそれが人間なのだろう。狡猾に、卑怯に、そしてそれが僕だ。

 

「終わってみれば、すべては時間が必要なだけであった」

「え?」

「これが答えだよ。キュリー、君の未来は明るい。絶望はない、夢が現実になるのをただ待っていればいい」

「どういうことですか、アキラ?」

 

 あの日、僕は失敗できない計画を遂行した。

 生命の禁忌を犯すという大罪を犯す、共犯関係を作り上げて見せたのだ。

 あのアマリという科学者は、キュリーの夢に興味を持った瞬間に僕達の共犯者となった。深刻な顔をして、共にこの先に待つ難しさに悩むだけで、それはかなった。

 

 もはやキュリーの夢に立ちふさがる障害は存在しない。

 彼女の中に芽生えた好奇心は毒であり、時間がたつだけで勝手に成長していく。それが十二分に育ったあたりで、僕とキュリーは彼女の前に再び立ち。

 ただ一言、口にするだけでいいのだ。

 

――腹をくくったよ

 

 彼女のモラルは育ちきった好奇心の若く太い幹によって簡単に押さえつけられ、止める者がいない計画はあっという間に最後の段階まで進んでいく。

 そうだ、この世界に人造人間を生み出してしまったインスティチュートの連中と同じに。

 

 冒涜的であり、彼女の存在がいつかは災厄として人々に記憶される日も来るかもしれない。

 だが僕とアマリがそれを後悔することはないだろう。「後悔している」と口では言うかもしれないが、実際の僕らは好奇心が単純に満たされたという感覚が残るだけで、その他のことの一切はたいした問題とは感じられないのだから。

 

「そろそろエイダが、メカニストに近いロボブレインの洗い出しが終わるらしい。その後なら完璧だろう。

 グッドネイバーに行って、アマリにレールロードが保護している人造人間の体をひとつ用意させる」

「ドクター・アマリは、やってくれるでしょうか?」

「彼女はもうやる気だよ。あの話し合いで、それがもうバレバレだったじゃないか。

 失敗をする可能性もあるけれど、あとは実際にやってみるしかない。成功か、失敗か。君はただ、どちらの目が出るのかを楽しみにしていたらいいさ」

「そう、なのですか――」

 

 意外なことに、キュリーはなぜか落ち込んでいる様子だった。

 

「あれ?嬉しくないの」

「いえ、それは喜んでいます。感謝もしています。

 でもこれは別のことなのです」

「よくわからないな。説明してくれる?」

「おかしいことはわかっています。これは、私の問題なのです。私の感情のようなものの、問題です」

「?」

「ああ、難しいのです。あなたやドクターが、多くの問題に悩まなくてもよいと聞いて喜んでいます。でも、それなら私が悩んでいたことは何だったのでしょう。無駄だったということですよね。

 いえ、そう言うなら。なぜもっと早く教えてくれなかったのですか?」

「……恥をかかされた、屈辱だ。この度しがたい人間め、って言ってる?」

「そこまではっ――まぁ、もしかしたら言っているかもしれません」

「なるほど」

 

 同じく200才をこえているキュリーは、こういうところが面白い。

 

「怒ってもいいよ。願いがかなえば、君はもう人造人間、誰が見ても人間として扱われることになる。

 そうなったら自由さ。僕みたいな悪い奴と、一緒にいなくてもよくなる」

「私たちは、別れるということですか?」

「君には目標があるじゃないか。これからの連邦の医療に貢献するっていう。

 だけどこっちはそうじゃない。あるのかないのかわからない記憶を探しているし、レールロードやミニッツメン、レオさんなんかも助けたりしている。どれも安全はないから、基本ドンパチ暴れることになる。

 

 そんなのに関わったら、研究なんてやる暇なんてないよ」

 

 とりあえずは、そうなったらサンクチュアリに行くようキュリーに薦めるつもりだ。

 あそこには専門の医師はいないし、ミニッツメンにだって必要だろう。彼女は十分に大事にされるはずだ。

 

「それで、いいのですか?」

「それが一番、君のためになるってだけ。何か問題が?」

「……話が変わりますが、質問があります」

「なに?」

「エイダも、私と同じように目的があると聞いています。あなたは彼女が目的を果たした後、手放そうと考えているのでしょうか?」

「エイダは君とは違う、アサルトロンという戦闘ロボットだ。人造人間となって人の中に入る君と違い、エイダはずっとロボットだ。そして所有者が必要なんだ」

「手放さない、と?」

「今のところそうする理由はないね。僕が死ぬまで、彼女は僕に付き合ってもらうさ。エイダとの約束は、そういう契約ともつながっているんだ」

 

 キュリーが何を言いたいのか、よくわからない。

 

「なぁ、どうしたんだ?さっきからへんな事ばかり聞かれて、ちょっと頭も動かないからイライラしそうだ」

「ごめんなさい。混乱してしまいましたか?」

「謝罪じゃなくて、説明してくれ。キュリー」

 

 片手でもう一度顔を拭う。

 今度は不快感に変化は生まれなかった。会話がおっくうに感じられてきた。

 

「すいません――いえ、これは説明するのに。謝罪が必要なのです」

「わかった。じゃ、続けて」

「私の夢が、まさかそんな状況にあるとは思わず。私はずっと皆さんに何ができるのかと、考えてきたのです」

「そうか」

「そして私なりに、答えを出したと思うのです。それを聞いてもらえませんか?」

「へぇ、そりゃ興味深い。聞かせてもらおうかな」

 

 顔をしかめれば、ただそれだけで頭痛が走りそうな気がしてあまり深く考えずにそれを口にしてしまった。

 思えばこの日の僕たちは、あまりにも無防備に語り合いすぎたという一日だったのは間違いない。

 キュリーは僕の言葉を聞くと、なにかホッとしたかのようにとんでもないことを口にする。

 

「アキラ、あなたに私の所有者になるという考えはありませんか?」

「ナニ?」

「そうすれば、私の研究の成果はあなたに帰することになり。あなたの利益となります。つまりあなたのリスクを補う利益を。医学的な新しい成果を、私はあなたにお約束することができます」

「いや、待て。ちょっと待ってほしい」

「はい。どうでしょう?」

「どうでしょうじゃない。いいかい、キュリー。

 君は人造人間になる、つまり人間の社会に溶け込めるわけだ。人間となって生きていける、立派に自分の夢も追える」

「ああ、その点でしたら大丈夫です。

 私が求めているのは、人間のひらめきを手にすることこそが目的であり。ロボットであることのすべての制限から開放されたいというわけではありません。つまりは現状を考えますと、私自身が自由であることにこだわる理由もありません」

 

 楽しい会話で朝が来るのを待つはずであったが。その目論見は――純粋な悪意のない申し出によってぶち壊されてしまう。僕は悩みと本格的に始まった頭痛に耐える気力もなく、僕は「うーん、寝る」と告げると再び寝袋へとモゾモゾと入っていく。

 

 硬い地面に横になり、冷たさに熱を持った頬を置く。

 僕が演出した『考えなくてはならない時間』は現実のものとなってしまったようだ。グッドネイバーへいく、そういえば彼女は今日の申し出の答えを聞きたがるだろう。

 

 つまり僕は、間違いなく”腹をくくる”ことができて、ようやく彼女の夢はかなうのである。

 クソッ、こんな皮肉。誰が演出したんだ――。

 

 

==========

 

 

 翌朝、ワット・エレクトロニクスの前に立つ。

 あんな危険な場所で眠ったというのに、今日のディーコンは絶好調らしい。

 

「そういえば今日は30日だったな」

「……それが?」

 

 2度寝の影響からか、アキラのテンションはこの日は低かった。

 

「昔の人は、年末には新年を祝ってパーティを開いていたそうじゃないか。お前もそうだったのかな」

「さぁね。陰気なキャラだから、居ても居なくても誰も問題にしなかったのかも」

「傷つきやすい青春時代だったと?」

「記憶がないけど、それについては断言してもいいはず」

「――なんだ、機嫌が悪そうだな。もっと別の可能性は考えられないか?例えば自信に満ちていて、大勢の友人に囲まれてはしゃいでいた、なんてのはどうだ?」

「彼らを偲んで流す涙と泣く時間が惜しい。それしかないね」

「クールな男は、冷酷ってわけじゃないぞ」

 

 無駄話はこれで十分だ、と思った。

 

「B.O.S.の話だと、戦前ではロボットを売っていた場所らしい。なにかあるといいけれど」

「あいつらにはレイダー共の食料庫の中身を全部渡してしまったからな。お宝とはいかなくとも、なにかあってもらわないと」

「――キャップが好きだとは思わなかった」

「キャップを嫌う奴なんて居ないさ。それに困るのは俺じゃない、お前だ」

「ナニ?」

「B.O.S.の連中が言うことを鵜呑みにして、ホイホイ情報に高額をつけたのはお前だ。場合によってはこの一件。善き人、アキラの優しさが本物だと俺たちは知ることになるかもしれない」

「――大丈夫、だろ」

「そうなったらパーティだ。ロボットのお嬢さんたち、絞りたてのエネルギーを奢らせてくれ。俺とはウィスキーで乾杯をしよう」

「もういいよ。さっさと行こう」

 

 なごやかな空気の中、彼等は建物の中へと入っていく。




(設定)
・ゴミ拾い連中のルール
暗黙の了解、生活の規範、物事のスジ道。


・情報をひとつ渡します
物語の流れとして、B.O.S.らしからぬ態度をここではやらせている。
推敲の結果消されてしまったが、ここでは怒りを見せるリースに対し。ダンスが「地下にもぐってネズミとローチで飢えをしのぐのは、あまりしたくない」とこぼすシーンがあった。

想像だが、彼らが本隊に戻ったとしても。このことが報告されることはないだろう。
補給も補充もなく、困窮する状況の中でなんとか状況を少しでもよくしようと行動した結果なのだから。


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