ダイアモンドシティのニックの事務所の2階から屋根の上に出ることができた。
私はそこから屋根の減りに腰を下ろしグインネット・ビールを並べて片端から飲み干していた。
後ろの扉が開くと、そこにパイパーが顔をのぞかせた。
「あ、ブルー。ここにいたんだ」
「やぁ、パイパー。飲むかい?」
「ビール?いいね」
隣に座る彼女に一本渡すと、自分のビンの残りを一気にあおった。
うまみの後に残る苦味が、やけに強く私には感じた。
人造人間にして探偵のニック・バレンタイン。彼の評判は想像以上のものだった。
私がただの無力な男としてなにもできなかったあの事件を聞くと、瞬く間にこの連邦の情報と結び付けて見せてくれた。ただし、それは苦痛と不快がつきまとうものではあったが――。
冷酷にして危険な傭兵、ケロッグ。
仕事の仕方から容貌まで、そのどれもが本人のものに近いと語り。彼がつい先日までこのダイアモンドシティに家を借りていたところまでわかった。
私は早速ニックとともに、ケロッグが元住んでいた部屋へ向かう。部屋はすでに町の管理下におかれ、厳重な鍵でもって封印されていたが。ニックがお手上げだったそれを私はヘアピンであっさりと開けて見せた。
「器用なんだな」
「軍にいると、こういう経験は色々と役に立つことが多かった」
「物資の横流しに、なんていわないでくれよ?」
「まさか、探偵さん。女性のブラのホックをはずすのが得意になるんだ」
「ふむ、奥さんはどうもあんたの前にあらわれた最初から、裸も同然だったというわけか」
「ニック」
「すまない。老人のやっかみだよ、許してくれ」
部屋の中に入った私とニックは、そこにケロッグという男を知るための証拠を目にした――。
あそこから持ち帰ったビールはまだ多く残っている。
敵の残した所持品を残らず片付けてやるつもりだが、それでこの燻る想いが消えることはない。
「なんだかんだあったけど、いつだって正義の味方だったよね」
「そうか?考えても見なかった」
「うまくやってるよ。誰も迷惑とか、思ってもいない。でも、経験から言わせてもらうと。本当の善人でいたいなら、善良な振る舞いをするしかないんだし――」
「アキラの言葉を思い出したよ」
「それって、あなたと同じVaultから出てきた若い子のことだよね」
「ああ――『僕達は人殺しで、これからも多くをそうするはずだ』とね。私は否定できないんだ、パイパー。あの男、ケロッグは。妻の仇だ、息子もさらった」
「だから殺す――それは善良なことではないって?」
「違うかい?」
「ブルー、こう考えてみたらどうかな?
もし今ここに、あなたの息子さんがいたとして。それでケロッグって奴のことを知ったら。奥さんの敵の行方を聞いたらあなたはやっぱり殺しにいくと思う?」
「どうかな……」
「私はね、あなたはそんなことは考えない人だと思う。奥さんはちゃんと愛していただろうし、復讐を忘れたりはしないだろうけど――息子さんを一人にするなんてことはしないと思う。あなたそういう、いい父親だったと思うんだ」
「そうだろうか?」
「実際に現実はそうじゃないから、そう感じるだけ。でも真実は変わらない、そうでしょう?」
パイパーに見つめられ、私は思わず視線をはずした。
彼女のまっすぐな目をすぐには受け止めることができなかったのだ。実際の私は、ケロッグを八つ裂きにすることを喜んで実行できる男なのだから。
「真実は――私は息子を取り戻す、絶対に」
「そうだね。でも、今はケロッグの情報しかわからない。だから、会いに行くしかない」
「それが、ダイアモンドシティの戦う敏腕新聞記者からみた、私かい?」
「違う、それが今のあなたよ」
私はパイパーの言葉に、おかしな話だが涙ぐみそうになってしまった。
「ブルー、あなたはいい人だよ。強いけど、ただ暴力的なだけじゃない。この時代ではもう消えてしまったと思える高い――モラル(?)をもっていて、他人のためでも平気な顔で危険な場所に入っていく。
プレストン・ガービーって人があなたをミニッツメンに招いた理由が私にもわかる。あなたの力は暴力自慢をするだけのレイダーや傭兵なんかとは違う。
あなたの行動が、姿が。あなたについていけば真実があると私たちに見せてくれている」
「驚いたな。君の言葉に感動しているよ、パイパー」
「いつもはこっちの勝手なおしゃべりにつき合わせてばかりだったからね。たまには――あなたのためになることを熱く語って見せないと、バランスが悪いから」
「確かに」
私はふと、アキラのことを考えた。
あの若者もまた、私とは違うが。自分の問題の答えをこの連邦から得ようとしている同じ身の上がある。
レールロードへの接触はその足がかりとするためのものだと、聞いていた。
その一方で、プレストンなどはアキラがみせる冷酷な姿勢を連邦の暴力に感化されていると見ていて、危険視している。私を将軍職につかせながら、彼も引き込んだのは彼の暴走を許すつもりがないと考えてのことだろう。
だがアキラ本人はすでにそれがわかっていて、プレストンの招きに応じたのだと私は確信していた。
不安を覚えるこの2人は、信じられないことに私というものを通して。どうにかうまくやっていこうとしているらしい。私には特別なものなど何もない、哀れな元兵士、若く見える老人というだけなのに――。
ああ……ようやくわかった気がした。
私は、私自身を今。ルーレット台の上へと差出して、次のゲームに全てを賭けたいのだという欲求をもっているということを。
「パイパー」
「なに、ブルー?」
「君にぜひ、引き受けてもらいたいことがあるんだ」
「いいよ、言ってみて――」
笑顔でそう答える彼女に、私は甘えることになる。
しばらくすると、屋根の上に3人目の客が顔を出した。探偵のニック、この家の家主本人であった。
屋根の上に座るパイパーの背中を見ると、彼も外に出てきた。
「彼は、行ったんだな?」
「ニック――うん、行っちゃった」
「ケロッグは危険な相手だ。対決するつもりなら1人では無謀だと、忠告はしたんだがな」
「奪われたものを取り返したいから――そう言ってた。でも、この下で寝てた犬もついていったみたいだし。大丈夫じゃないかな」
「やれやれ、相手はそんなに甘い相手じゃないぞ」
「ブルーも強いよ。だから大丈夫」
人造人間の探偵はパイパーの自信にあふれた顔を見て、首を横に振った。
「彼にはファンが多そうだ、ケロッグはその分だけ不利になるかもしれないな」
「そうなるよ、きっと――」
そう言いながらパイパーも立ち上がる。
ビールはまだまだ残っているが、ここで飲み続けるのには味気ない。
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酒場のステージに次に登ったのは奇妙な姿の人物であった。
黄色の帽子、黄色のマスク、黄色のスーツとネクタイの下のシャツと靴だけは黒いという。本当におかしな人間だった。
彼はマイクに向かって口を開く。
「こんばんは、今夜の僕は。ここに友人のピートの助言を得て、来ました。
皆さんに話を聞いてもらうためです。
僕の話――それは僕の”小さな宝物”たち、つまり家族についてお話します」
客席は静かなもので、それまでと同様。この舞台の上にのこのこと昇った奇人の言葉に不満の声を上げるやつは一人もいない。
そして黄色の男はまだ自分が自己紹介をしていないことに気がついた。
「忘れてました、大切なことを。僕のことを。
僕は――こんな格好だからよく、イエローマンとか呼ばれもしますが、違います。
僕は今、自分をマッドハッターと呼ばせています。それが僕の、ぴったりの名前だと思うので」
目の周りだけ穴の開いたマスクのせいでわからないが、それがなにやら笑われていると感じたのだろうか。
もぞもぞと顔を上げたり下げたりしながら、照れているようなしぐさをみせて言葉を続ける。
「あ、でも。僕は帽子屋はやってません。
それに帽子。
みてもらえばわかりますが、これはフェドーラ帽といいます。マッドハッターなのにシルクハットじゃないんですよ。ハハッハ、ハハハ……ああ、今の、面白く、なかったです、よね」
店の中は静かで、舞台の上の哀れな男の言葉を聞くことをやめようとしない。
「僕は臆病者といわれています。イエロー、ですから。
黄色は臆病者の色なのだそうですから。卑怯で、嫉妬深く、裏切り者だからなのだそうです。
同じ黄色の太陽はあんなに暖かく、明るいというのに。
人は黄色を常に夏の、特定の時期に感じる暑さとか、厳しさを連想するからそういうのでしょう。
だから僕も臆病なのです、きっと。
殺し屋で、破壊者で、災厄みたいな奴って言われることもあるけれど。そうなのです」
イエローマンはなかなか本題に入ろうとしない。
「僕には妻がいます、いえ、もう死んでいますけど。僕が殺しました、殺し屋だから。
とにかく妻がある日、言ったのです。『あなたの子供がほしい』って。
でも、僕は子供は要りませんでした。たぶん、つくれないのだとおもうのだけれど。とにかく必要なかったのでした。
だから彼女を殺しました。
僕の”小さな宝物”達のために。
僕の家族のために。家族はたくさんいます。弟がいて、妹がいて、兄がいて、姉もいます。父もいます、でも母は存在しません」
なにかがバランスを失い始めていた。
不協和音にも思えるなにかを、静かにマッドハッターの言葉の中にあらわしはじめていた。
「彼女は家族ではありませんでした、他人です。結婚はしてましたけど。
他人の癖に、僕と家族になりたいと要求します、そんなこと不可能なのに。本当に、困った話でした。他人とは家族に慣れません。そうでしょう?
でも、もう悩んではいません。僕はこのことはもう解決しています、だって妻は殺しましたから」
ステージで語る奴らの言葉を黙って聴く、それがこの酒場でのルールだ。
退屈でも、胸糞悪くても、殺したくなったとしても。
とりあえずそいつが話している間は殺さないようにしなければならない。
「でも彼女は最後に言ったのです。『あなたはそれで幸福なのですか?』って。
僕は、僕は彼女の言葉の意味がわかりませんでした。
幸福はわからなくても、僕には家族がいます。家族がいることは、僕にとって幸福ではないのでしょうか?」
ここで言葉を止め、周囲の反応を確かめた。
客席からはなにもない。なにもないが、マッドハッターの言葉はちゃんと聞いていた。多くの視線が、舞台の上の彼に向けられている。
「僕は妻を愛していたのです。だから――たぶん自分の手で殺してしまって、孤独になってしまったような気になって。だから悲しいとか、さびしいとか思っていたんじゃないかと思います。
だって僕は幸福がわからないので。
邪魔な妻が死んで、家族は喜んでいるはずだから。家族は皆、幸福だったはずなので。
僕だけは別の感情を抱いて、孤独だったのです。
弟達に僕はこの自分の気持ちを話しました。彼らは死んだ妻を笑って、笑うだけで答えてはくれませんでした。
妹達にも話しました。彼女らは死んだならどうでもいいと言って、逆に自分たちの悩みを聞いてくれと怒っていました。
仕方なく僕は、上の兄姉や親に話さざるを得なくなりました。
それはなぜかとても悲しくて、僕は涙を流してまた自分の気持ちを話すことにしました。
僕の話を聞いた姉は、何も答えてはくれませんでした。無言なのが、答えだというように。
僕の話を聞かせたい兄は、まだ帰ってきてくれません。そこにいないのが、答えだというように。
僕の感情だけが宙釣りになってフラフラしているようで、とても不安定で、ますます安心できません」
僕の目の前を、扇情的な姿の女性のウェイターが通り過ぎていく。
僕の話を聞いても、まるで僕のようになんの感情もわかないというように、美しい無表情のまま。そして客たちはそんな彼女の胸や尻に欲情するではなく、とりつかれたような様子で舞台の上から目を離さない。
「僕の妻を僕が殺し、きっと幸福な僕の家族は、僕に答えてくれなかった。
だから僕は最後に残った人……僕の父に、話しました。
涙ながらに思いを口にする僕を、父は最初無言で聞いていましたが。
そのうち同じように涙を流して泣いてくれました。肩もたたいたり。僕の話を聞いて、そうしてくれたんです。それからお互い、抱き合いながら無言の時間が過ぎます。
幸福はわからないといった僕でしたが、その時だけはなにか安心のようなものが。たしかにここ――この胸の奥でしっかりと、はっきりと感じることができました。
しばらくするとようやく抱擁を解いた父が口を開きました。『お前には失望した。なんでこんなクズができあがってしまったのか』って。
僕は家族のために、愛した妻を殺したのに。
そのことを家族に聞いてもらおうとした僕は、失望にあたいするとんでもない奴だったのだと父はいうのです。
僕はショックでした。
家族に失望させたことは、本当に申し訳ないと思いました。だから父にどうしたらこの失敗をやりなおせるのか、やり直すチャンスがもらえるのかを聞きました。
父はまだ涙を流していましたが『その言葉はうれしいよ』と言ってくれました。
そして僕のこの――この顔に、額にキスをしてくれました。『その方法は皆で考えてみようじゃないか』って、そう言って」
黄色のフェドーラ帽子の影になる、黄色のマスクを自信なさげに指差しながらマッドハッターは語ると、なにかを思い出しているかのような様子であった。
そして視線を上げると、いきなり黄色のマスクを乱暴に手をかけ。剥ぎ取ってしまう。
最初、それはグール特有のパリパリした素肌のように見えた。
だが違うのだ。
皮膚ははがされ、筋組織には醜い切り傷によって埋め尽くされ、不自然に醜く修理されていた。人の顔が不気味にライトで照らされていた。
「家族は僕のために――いろいろ考えて、いろいろやってくれました。
僕は家族のために、すべてを受け入れました。
家族が僕の体をどうにかしている時。僕の心はいつだってパラダイスで、クレイジーなほど平和と喜びに浸っていられました。
僕はにとって楽しい時間。きっとそれが幸福な時間って奴だったのだと思います。
でも、それも終わりました。
父は『終わりだ』と言ったので、そうなのです。
家族も僕のために考えることや実行することをやめました。その時からです。
僕は失敗を取り返し、許されはしましたが。その結果が、これです。僕は僕ではなくなってしまいました。
そして家族にとっての僕も、以前とは違うものになりました。彼らは僕がいないものとして、振舞うようになったのです。ぼくはいなかったんだ最初から。すべては無意味で、だから存在はしなかったんだ。
僕は再びパラダイスを訪れました。家族はもうそんな僕に興味はないので、放っておかれました。だから僕は連邦を出て、この町に来て、この舞台の上にいるんです」
マッドハッターが両手を広げると、足がリズムを取ってステップを踏み始める。
同時にピアノが同じ音階で、そのリズムをなぞるように刻みだす。
客席に座る観客達はそれを耳にすると、それぞれの武器を取り出して机の上におく。オーラスは目前だ。
「そんな僕ですが、今ひとつ計画を立てています。
あれほど愛した妻、よき友人だった彼女はいないけど。
あれほど信じた家族、幸福な皆から忘れ去られてしまったけれど。
あれほど泣いてくれた父。僕を失望して、すべてを作り変えてなかったことにした人だけれど。
僕にはもう家族しかいないんです。
だから兄を探そうと思うのです。帰ってこない兄を、いたのかどうかよくわからないけど。僕には兄弟がいるのだから、きっと兄だっているのです。
最後の家族、兄にこの僕の思いを伝えたい。僕の言葉から、僕の本心を感じ取ってほしいのです。
それはおかしいことでしょうか?
これは狂った計画で、僕にとって愛すべき狂った計画なのが気に入っています。そして今夜が僕の最後のステージでした。いつもいつも、僕はここで皆さんの前に立ち。僕の話を聞いては、短剣で体を貫かれていました。
でも、それは終わりです。
ラストステージ、それがついに訪れたのです。
今、僕は兄が恋しいのです。僕の最後の希望。
兄ならきっと、マッドハッターになってしまった僕に声をかけてくれるはずです。だって僕が思うように、兄だって僕を想ってくれるはずなんです。だって僕らは兄弟だし、家族ですから」
音を刻むピアノの音が激しく、大地を踏む靴の底も必死にそれに合わせてパタパタと音を立てる。足が動かず、ズレが生まれ、それでも必死に動く姿は滑稽でどこか悲しい。
マッドハッターのショウは彼の希望に沿って、今夜が最後。せめてそこで皆で彼を送り出してやりたい。
観客達はついに机の上に置いた自分の武器を手にすると銃口を舞台の上へと向ける。
両手を大きく開き、滑稽なビートを刻むステップを続ける哀れな道化師には。別れを惜しんで257発もの鉛の弾丸が贈られた。
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ボストンから西側へと向かうのは、難しいとは聞いていた。
私が知っていた北部と違い、レイダー、スーパーミュータント、人造人間などが平然とあちこちで姿を見せていて、野生動物をはじめとして環境も厳しいと知らされていた。
なかでもラッドストームと呼ばれる悪天候については警告を受けていた。
空が黄土色に染まり、強風に巻き上げられた放射能を含む砂嵐と激しい雷が降り注ぐ。この天候の恐ろしいところは範囲内はこの瞬間、汚染地域と同じ状態におちいり。しかも落ち着くまでは最短でも一日を必要とするということだろう。
大量のRAD-Xと防疫スーツを用意し、私の準備は万全であった。
ダイアモンドシティを出て、しばらく歩いていると気がついた。
いつの間にか背後にカールがついてきていた。どうやらこの相棒は、ニックの家の屋根の下で眠っていたが。上から飛び降りた私の後をつけてきていたらしい。
「カール――しょうがないな、ついてきてしまったのなら。一緒に行くかい?」
近寄ってきて首を傾げる彼の首元を強めになでると、気持ちよさそうにして目を細めている。
ケロッグはダイアモンドシティを立ち去る時、西に向かうと言い残していったらしい。手がかりはそれしかないが、今ならまだ追いつけるかもしれない。
「俺は先回りしたけど、ついていくから俺のこともしょうがないよなぁ?」
「マクレディ!?」
道の先に姿を現した傭兵の姿に、さすがに私も今度ばかりは驚いてしまった。
「申し出はありがたいが、しかし――」
「レオ、これに関しちゃあんたの意見は俺にとっちゃどうでもいいんだ。俺を雇っているのはボスだ。彼は、俺があんたについていくことを望んでいた。大事な一戦なんだろう?邪魔はしないさ」
「わかったよ……よろしく頼む」
私の次の旅は、こうしてまた始まる。
決着をつける、復讐を果たす、報復する。そして私は、ようやく自分の時間を取り戻すことができる。
(設定)
・マッドハッター
ご存知アリスの物語り出てくるお茶会のあの人のことである。