ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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この問題、意外とまとめるのが大変だった。
次回は明後日、更新予定。


映し鏡

 昼間のボストンコモンの一角から、爆発がおこった。

 巻き上がる埃や煙の中から転がり出てきたレイダーは、すぐに体制を整えようと道の両脇、建物の角に身を潜ませて反撃の意思をみせる。だが、そんな彼らの後ろから追いかけて転がり出てきたのは、新たな2つのちゃんとピンが抜かれている手榴弾である。

 

 息を呑む暇も、「ひっ」と声を出すこともできなかった。

 再び破裂音がすると、次に現れたのはアキラを先頭にした侵入者達。

 

 足元には直前までレイダーだったものが道や壁に散らばっており、ひどい惨状であったが。彼はそれを見下ろすと、フンと鼻で笑ってすぐに興味をなくし、周囲の警戒に入る。

 遅れてキュリー、そしてキャタピラで移動するエイダの腕にしがみついて楽をしていたディーコンがいた。

 

「あんたの戦い方には品がない。それもここまでひどいと感心するしかない」

「それ、褒めてないぞ」

「そうだ。まったく褒めてない。爆発物をいったいどれだけ持っているんだ?俺はいつも歩く武器庫の隣で、タバコを吸ったり。焚き火にあたってたりしたわけか」

「タバコ吸うの?知らなかった」

「吸わないさ。吸うわけがないだろう、俺は自分の血管を破壊する趣味はない」

「それって血栓のことを言ってる?」

「――あんたの頭の中に、医学についての知識があるとは知らなかったよ。他には何がある?

 株式相場の見通しなんてどうだ?将来性のある、確実な銘柄をひとつ頼むよ。俺の引退後の生活のために、そろそろ老後を見据えて投資を始めようと思っているところなんだ」

「よくもまぁ、そんなペラペラと嘘が飛び出すね」

「俺があんたの背中を守る時間はまだ先のようだしな。今はこれで、退屈しないようにしている」

 

 人間の男たちがくだらない会話を続ける中、キュリーはせっせとレイダーの破片の間にこびりついたキャップを見つけ出しては拾いあげている。

 

「ずっと疑問に思っていました。聞いてもいいですか、エイダ?」

「なんでしょう?」

「外に出て知ったのです。こういうレイダーと呼ばれる人間たちの生活は安定することはないので、キャップはそれほど持っていないことが多い。

 ですが、アキラは戦闘を経験するたびに多くのキャップを回収しています。それは、私が飛び散った臓物や汚物にまみれてもきちんと回収したキャップの量と考えても、多いくらいです」

「そうですか?考えたこともありませんでした」

「そうなんです。驚くべき確立です、こんなこと信じられますか?」

「……それが、なにか?」

「不思議です。これは彼の才能なのでしょうか?それともただの運なのでしょうか?

 それは彼の肉体を調べればわかることなのでしょうか?ああ、研究のために血液と細胞を私に提出してくれないか。私が彼にかけ合ってみても大丈夫だと思いますか?」

「――それはあきらめた方がいいと思います」

 

 ロボットはロボットで、危険な会話をしているようである。

 

 

 アキラは半ばうんざりもしていた。

 レールロードのエージェントの仕事は、基本はこういったドンパチが常にある。

 交渉やトリック、策略でそれらを回避したいと思っても。任務の性質が「どこそこに行け、そこでなにかをやれ」というものばかりとあって、時間がかけられないから自然とこういうことになる。

 

(レールロードって、馬鹿じゃないのか?)

 

 同じエージェントでも、戦闘要員といわれているグローリーという女がいたが。話によると彼女はミニガンを振り回して物事に対処しているらしい。

 その姿を思い浮かべると、グッドネイバーの怖い人を思い出して嫌な気持ちになる。連邦の怖い女は、みんなスーパーミュータントのようにミニガンを振り回したがるものなのだろうか?

 

 

 建物に入るとようやく自分のインスティチュート製のレーザーピストルを取り出したディーコンと並んでアキラは一緒に前進する。

 

「そいつを十分に使いこなしているようだ」

「デリバラー?まぁね、良い銃だし」

「構えるとしっくり見えるようになってきた。上手になってきている証拠さ」

「――ありがとう」

 

 礼は口にしたが、素直に誉められたとは思っていなかった。

 自分はいまだに素人と大差のない撃ちかたしかできていない、それがわかっているから。

 

 では誰かに習えばいい、そうなるが簡単なことではない。

 残念ながらレオもプレストンも、マクレディもライフルが専門だった。レールロードで探すというのも手だが、どうもこの組織はエージェントを酷使する傾向があるので、訓練してくれなどと言ったらいい顔をしないように思えた。

 当然だが、それはこのハゲにたいしても言えることだが――。

 その足りないものを、僕は薬物で補っている。

 

 

 長い廊下からフロアに出て、一歩。

 そこでなぜか僕は自分の中で全力で危険信号が発せられるのを感じた。

 

「マズイ、下がれ!」

 

 ディーコンの言葉に反応し、僕は昔の西部映画に出てくるガンマンのように。後方に飛んだ、空中で自分の股の間にむけて10ミリ弾を数発通しながら。

 床に転がった後は、横回転であわてて壁となる廊下のほうへ隠れたが。すでにいくつもの鉛弾が、僕がいた床や壁にあたって跳ねている。

 

「アキラ!?」「無事ですか?」

「エイダ、突撃準備。援護する」

 

 ロボットたちの声を聞かなかったことにして、僕は指示を出すと腕にあけられた穴をみてキュリーを手招きして呼び寄せる。

 

「キュリー、弾丸は貫通しているか見てくれ」

「はい――大丈夫のようです。中に残っていません」

 

 返事を聞くと僕は無表情のまま、すぐに腕にスティムを打ち込む。あの変異からの暴走という異常体験への嫌悪は、いつしか僕から傷の痛みを忘れさせるようになっていた。

 ディーコンはフロアを覗き込みながら、そんな僕に気味が悪そうに言う。

 

「あんたはサイコなんかも使うからかな。気になるよ、そのスティムの使い方を――まるでスティム中毒だな」

「ふん、そんなのが本当にあるなら。このキュリーにそいつを証明してもらおう」

 

 痛みへの耐性を得た代償として、僕は怪我をして血を流す状態にいることを神経質に恐れるようになった。

 スティムパックは50本以上常備し、血が流れて唇が干上がり、のどが渇くことを嫌がって浄化された水も手放せない。今回はその渇きはまだ感じない、このまま出血が止まれば大丈夫だろう。

 

「敵、フロアに4。これから突入します」

「援護する」

 

 ディーコンの立つ壁際に自分も近づくと、新しくレーザー銃を抜いた。

 派手に打ちまくりながら突入するエイダに火線が集中している間に、背後から撃つディーコンと僕のレーザーが敵を次々と打ち倒していく――。

 

 

 フロアを抜けた先の廊下の突き当たりにディーコンは立つと、壁に拳を一度だけ殴りつけた。

 それが合図であったとも思えないが、隠し扉が開いて中のものがあらわになる。

 

「これが、今回の――?」

「そうだ。戦前の政府組織DIAの貴重な装備技術だよ」

「でも……ブラックスーツにタキシードだよ!?」

「それだけじゃないさ。ほら、この赤いドレスなんてどうだ?美人に着てもらってポーズをとってもらえば。ぐっ、とくるんじゃないか?」

 

 ドレス、か――あ、まずい人でイメージしてしまった。

 僕は首を振って、妄想を頭の中から追い散らす。

 

「任務は完了した。情報は確認され、回収部隊があとで派遣される。俺たちの役目はここまでだ」

「――置いてある武器や弾薬。それに服も、何着かもらっていいかな?タキシードとか、ドレスとか」

「まぁ、全部持っていかないならいいんじゃないか?」

 

 返事を聞くと、僕は調子よくそこにならんだ物に適当に手を伸ばしてはエイダやキュリーに回収を指示した。

 旧世界の組織の技術、それは間違いなく僕の好物に違いなかった。

 

 

==========

 

 

 僕はグッドネイバーに久しぶりに訪れていた。

 レールロードに戻る前に、ここで済ましておきたい――問題の解決を始めようと腹が決まったからだ。

 

 エイダやディーコンと別れた僕は、キュリーをお供になぜか薬物の調合に今は熱を上げている。

 

「これは、人体にはよくないものです。それは当然、ご存知なのでしょう?」

「……理解はしている。でもね、それが僕には必要なのさ」

「それはまるで、中毒者の言葉そのものです」

「それも認める――僕は正直、レイダーは殺しても殺しても、さらに殺したとしても。まったく楽しいと感じる殺人鬼だけど……それでも彼らの思考には時々、魅力に感じてしまうときがある。

 『暴力と銃を使った、強気の交渉』ってやつだよ。なんでもかんでも、それで決着がつくならねぇ」

 

 慰めになるかわからないが、効果(戦闘中に引き起こす症状が、という意味で)だけが重要なので、品質にこだわっていない。つまり、自分の持つおぞましい特性、まるで物語の主人公のようにぽっかりと都合よく抹消されている記憶。そんな自らへの絶望から、救いを求めているわけではないってところが――。

 

 嫌、言い訳になってもいないな。これは。

 

「アップ系のメンタスを作っておられるようですね。私が作った分のメンタスも、同じものを?」

「いや、そっちは集中力が上がるやつにする」

「わかりました――それにしても、あなたは本当に多くのことを知っておられるのですね」

 

 肩にいきなり重い鎖の束が覆いかぶさってきた気がした。振っていたフラスコの勢いがなくなり、顔はゲンナリとして目から力が消えてしまう。

 人体に悪影響を与えるドラッグ――この知識は、寝物語で彼女に与えられたものだった。

 

「それはね。その理由は――この悪徳の町を、舐めてかかった無知な僕の散々な活躍で。それはもう、おっかない美人とお知り合いになったばっかりに……。

 あの頃は旅の空の下、ベットで眠るのは天国だと思っていたよ」

 

 来たばかりでも、華麗に危険を回避して『危険な町でも、僕なら対応できる』とか余裕を持ってた自分の姿が、今はとても腹立たしい。

 

「そういえば私だけ連れてきてよかったのですか?エイダは――」

「ディーコンが面倒を見てくれている。そういう約束だ」

 

 あの男に預けるのに不安がないわけではないが、今回は諦めるしかなかった。

 

「それにキュリー。それは君のためでもある」

「え?」

 

 メモリーデン、それがここに来た理由である。

 

 

==========

 

 

 言葉に「敷居が高い」とあるが、それはまさしく自分のことだとちゃんと理解している。

 だから、入り口に扉から平然と入り、「ドクター・アマリと話したいだけだ」と「俺じゃなくて、このロボットの用事なのだ」を何度も送り返すつもりで――動揺せずにそれをするための準備をしてから、突撃した。

 

 正直、叩き出される寸前まではがんばろうと思っていたが。

 メモリー・デンの主、イルマは少し怒った顔ではあったが僕の話を聞いてくれた。どうやら、先日からの裏工作が大きな効果をもたらせてくれたようである。あれくらいなら地味なものだと、思っていたのだが。

 

「わかったわ、あまりこういうことはしたくないけど」

「もちろん!でも、今回は騒がないし。俺のことは関係ないから」

「――アマリは下にいるわ。それとケントのこと、相手をしてくれて嬉しいのだけれど。彼は可愛そうな人なの、あまりトラブルになるようなこと、しないで頂戴」

「わかったよ。もう、しない」

 

 自分のキャラではないとわかってはいたことだ。

 ヒーローがこの町の平和を守らなくても、別に誰も不満には思わないはずだ。ここではミニッツメンは必要ないのと一緒で。

 

 

 嬉しかったが、しかし本番はここからなのである。

 地下に降りていき、やはりどことなく身構えているアマリ博士に事情を話す。正直、予想よりはだいぶうまくいったのだと思う。最悪、キュリーの悩みは聞いただけでも激怒してたたき出されても不思議はなかった。

 

「ごめんなさい、そのロボット。今なんと言ったのかしら?私の聞き間違い?」

「私は――」

「いや、ドクター。聞き間違えじゃない。彼女は確かに言ったよ、そのとおりにね」

「そうです。私は、ロボットですが研究者として。人間のひらめきを必要としているのです、ドクター。それを獲得する方法として、私は私自身を人間。もしくは人間に近い脳にダウンロードする方法を探しています」

「――やだわ、どうしましょう」

 

 まぁ、最初の反応がこれなら大丈夫そうだ。

 

「そんなわけで、あなたの助けが必要なんだドクター」

「私はメカニックではないのだけれど。その……あなたのロボットは本気なの?いえ、正気なのかって意味」

「本気です。私はひらめきを手にするために、その方法を模索しました。それしかなかったのです」

「駄目、これは。正直に言うけれど、悪夢としか思えない」

 

 まずい、どうも混乱しすぎて拒否反応が出ているのか?

 しかしそれはそれで、こちらも困ったことになる。逃げられないよう、僕は必死に話を続けようとする。

 

「わかりますよ、僕も最初はそうでしたから」

「……」

「でも決断する前に、順序だてて今度は説明しますから。まだ”何か”を決めないでほしいのです」

「ええ、まぁ。いいわ」

 

 時間は稼げたか?

 

「このキュリーは戦前の貴重な医療データを持っているだけでなく。その時にいた、優秀な医療研究者たちについて助手をしていました。彼らが寿命でこの世を去ってからは、キュリーは彼らの研究を引きついだだけではなく。立派にそれを完成させるという結果まで出した」

「そ、そうなの」

「でも、問題が発生した。少なくとも彼女はそう考えています。

 200年ぶりに地上に出て、新たな研究をはじめようとしましたが。自分がかつての偉大な研究者たちにいたらないせいで、前に進めないというのです」

「――なるほど、それでその。滅茶苦茶な話が始まるわけね」

「ドクター、お願いします。あなたの協力が私には必要なのです」

 

 以前の自分のときと同様に、それなりの納得できる理屈があれば。このドクターもまた、うずきだした自分の好奇心を抑えられなくなる性質らしく。態度がだいぶ軟化したのを感じた。

 もう一押しが必要だ。

 

「なぜ進めないのか、それを説明して」

「キュリー」

「はい、私の今のロボットとしてのシステムでは。ソフト面では、どうしても制限を受けてしまうのです。それが私の行動の選択肢を、大きく阻害してしまいます」

「制限って?」

「ロボットには、そもそも主体的に行動する権利自体が与えられていない。彼女の場合だと、常にそばに専門の高度な知識を学んだ人間の技術者がいないといけない。だけど、それはもう――」

「亡くなっている――わかったわ。この時代に適応する必要があるということね」

 

 事実上、僕がキュリーと約束したことはここで果たされた。少なくとも僕はそう考えていた。

 そしてだからこそ――この先では、僕はキュリーの味方になることができなくなる。

 

「提案されたことについてだけれど、これまで考えたこともなかった。言われてみると、確かに興味深いわ」

「ありがとうございます、ドクター」

 

 キュリーは嬉しそうだ。

 僕は心が痛む。表情にはそれが出ていないと信じたい。

 

「記憶についての問題はそれほど難しくはなさそうよ。それは――あなたもよく知っているわよね?」

「まぁね。痛いほどに」

「ここにある装置は、人間達の脳から信号を受信し、変換してコンピューターで処理をする。そういうシステムなのよ、それはロボットでも可能なはず」

「……でしょうね」

「いえ、待って!問題がないわけじゃないかもしれない。

 記憶については大丈夫でしょうけど。彼女、ロボットとしての性格はどう?体を人間にするとしても、そこに人格が適切に与えられないなら。選択の制限を受けない有機体として、問題にうまく対処できるかしら?」

「それは――それは、未知数です。誰にもわかりません」

「いえ、そんなことはない。だってそれは……」

 

 そこで言葉を切ると、しばし思考に沈黙したドクター・アマリは。

 僕の顔を見て、何かに気がついたようだった。

 

「どうやら、そのお嬢さんを私のところに連れてくる前に。あなたの中ではすでに答えが出ていたようね」

「気のせいじゃないですか、ドクター。多分、あなたを言いくるめようとここに来る前に飲み込んだメンタスの効果が切れただけでしょう」

 

 もとが無愛想なだけに、表情がはっきりと出てしまうらしい。

 可能性の向こう側にはキュリーの言うように確かに広大な麦畑は広がっている。だが、その中央には直上へ打ち上げられるミサイルの発射装置があり。それがいつ、どんな理由で発射されるのかは誰にもわからない。

 そのことに気がつくことになる。

 

「アキラ?あなたは私の計画に、本当は反対しているのですか?」

「どうかな。そこまでじゃないよ」

「やっぱりなにかあるのね?教えて頂戴」

 

 これは僕の結論だ。

 彼女は――新しい世界を望むべきではないのだ。

 

「キュリー、これは君のせいじゃない。

 ドクター、これは俺やあんたにとっての――パラドックスそのものなんだ」

「それはなぜ?」

「キュリーの要求は、実はそれほど難しくない。皮肉にもこの、200年後の世界では。その答えは、ドクターも内心ではたどり着いているはずだ。

 

 そう、人造人間だ。

 人間に近い有機物でありながら無機物でもある存在。それを生み出したインスティチュートからは人ではなく”ロボットのように扱われ”ている存在」

 

 忌々しい話だ。

 

「ドクターの記憶の問題がないというのは、彼ら自身ですでに実証されていることだ。

 連邦に現れる人造人間は、実際にここで暮らしている人々の姿になって表れてはオリジナルを殺してそれに成り代わる。つまり、人造人間なら他人であってもどちらも手に入れられるわけだ。

 記憶や人格で深刻にならなくていいという答えを、すでに現実が俺達も目にしている」

「確かにそうね。でも、それでは人格の問題の答えには弱すぎるわ」

 

 タイコンデロガ、レールロードがそう呼ぶ砦の中で生活している”人間らしい生活”を手に入れる前のプリミティブな状態にある人造人間達。

 彼らはレールロードから放流される前に記憶を与えられ、それにすがってその先をひとりで生きていかなくてはならない。組織はその後については、人として生きているということで管理はしていない。

 

「そうでもないんだ。記憶には、人格を形成させる要素がある。ドクター、その例は――」

「わかった。それ以上は言わないで」

 

 材料だけ見れば、問題は解決する。

 少なくともそう考えるに足りる可能性は確かにある。だが――。

 

「キュリーの願いは、今のこの世界では何の問題もない。それでも――」

「わかったわ、ロボットではなく。彼女に手を貸す私達にはそうではないのね。レールロードの活動に手を貸している立場上、その行動にはモラルが必要となる」

「え?えっ?」

「キュリー、君には本当は謝罪しなくちゃならない。君の願いは、実際のところ簡単ではないが可能だ。

 だけど問題はあって――君の願いをかなえるのに手を貸す人間たちに、責任が残ってしまう。そしてそれは簡単なことじゃないんだ」

 

 これは言葉の足りない謝罪だった。

 僕はもっと彼女に責められてもいいことをしていた。今の彼女自身に、制限以上の思考が可能であるのかどうかを暗に探り続けてきた。彼女はそれに――目を向けることができなかった。

 

「多くのリスクには逃げ道を用意することはできる。でも、そうね。確かに私たちにとって、この行動には大きな責任を負うことになる。

 人造人間については、私よりも少年。あんたの方が深刻ね、レールロードに知られると面倒なことになる」

「そ、そうなのですか?アキラ」

 

 僕は答えない。

 レールロードは”支配的”なインスティチュートが自ら開発した人造人間を、人として扱わせようとしている。

 それはつまり、彼らを無機物と認めず。無条件に人権を与え、生み出した存在の考え方を否定すること。

 

 それに同意した僕は、その誓いを破って己の手から新しい人造人間を生み出そうとしているのだ。

 

「ちょっと整理しましょう。

 このロボット――キュリーだったわね、あなたのために人造人間を用意することは、出来ると思う。

 レールロードがつれてくる人造人間の中に、時々だけれど記憶の移植に問題が起きてしまうことがあるの。そうなると脳死状態となるから、生きてはいても意識はない。

 キュリーの記憶を定着させるのには、理想的だと思う」

 

 それは間違いない。

 

「準備が必要ね。でも、それだけじゃ駄目。腹をくくる必要もあるわ」

「――私の提案が、皆様にそれほど負担をかけるとは。思ってもいませんでした」

「他には?少年、なにかあるの?」

 

 19とはいえ、少年と呼ばれると抵抗があるが。それについてはどうでもいい。

 僕はもうひとつの……その先にある光景についての警告を、今度はキュリーに伝えねばならなかった。ここでしか、それを口にしたくなかったから。

 

「いきなり話が変わるんだけど――聞いてほしい。

 レールロードに来て、まだ間もないけれど。彼らの理想も目的も、理解はしても。

 この問いに答えはなかった。それは『なぜインスティチュートは人造人間を、まさしく人体に似せて作ってしまったのだろう』ってこと」

「?」

「人は自分の体を鏡で見て、美醜を決める。でも、それは人間の価値観に過ぎない。

 人は――人はひどく醜く進化を続けてきた。

 

 獣はその力を自然に適応させ、変化を続けたが。人間は別の可能性を求めた。

 

 それが脳だ。

 人間の脳は必要以上の思考力を備えることが出来たが、皮肉にも人間はそれを持て余してしまうようになった。3大欲求と、それを満たすために必要な行動するというシンプルな判断力。それだけでは満足しなかった。

 肥大化した脳は、無意識に凶暴さを発揮し。思考力がそれを抑えようとすると、それ以上の力でなにもかもを突破していってしまった。それが好奇心だ。

 

 だが、所詮は人も生物さ。

 臓物を除けば、人体は水分が大量に必要で、さらに思考することがどうしようもなくやめられないから空腹と飢えには簡単に屈服してしまう。

 

 2本の足は、地面からより高い位置に視線を置き。外敵をいち早く発見するためだったが。

 実際はそのせいで弱ったすべての筋肉をごまかすために、致命傷となる脳を一番安全な場所に置きたい。不自然に成長した脳を収める頭蓋を支えたいと、立ち上がることで余った2本の足を手と呼ぶようになった」

「ちょ、ちょっと。ねぇ、ちょっと何を言い出すの?」

「原初においては、人類はライオンだったことは一度もない。常に前には狼がいて、ジャッカルがいて。彼らが獲物を食い散らかした残り物を漁っていたのが人類だ。

 皮肉にも――」

「ちょっと!あなた!!」

 

 ドクターの声で、僕は自分が異様な語りを彼女達に聞かせていたことにようやく気がついた。

 なぜだろう?どうしてこんなことを口にしてしまったのだ?

 

「ごめん、ちょっと――焦点がずれてしまったね」

「……」

「仕切りなおさせてくれ、えっと――」

 

 そういうと僕は新しく心に思い浮かべた言葉をそのまま口にする。

 

『童のときは

 語ることも童のごとく

 思うことも童のごとく

 論ずることも童のごとくなりしが

 人となりては童のことを捨てたり』

 

「今度は何?」

「大昔の宗教家が書いた手紙の一節だよ。

 人類はその社会を広げていく中で、常に暴力、武力を持つ存在は自身を神の領域まで届かせたい欲求に苦しんでいた。

 だから彼らの中には実際に自分を神と呼ばせた奴もいたが、大半はすでにある宗教家達が振り回す神の威光を手元に引き寄せてみせることで満足した。

 宗教は脆弱な自我を補強する、そのために生み出された最高の社会装置だ」

「アトム信者が聞いたら、きっと発狂する台詞ね」

「だが、それだけに人が学べる思考の道しるべがそこにはある。

 さっきの言葉が、まさしくキュリー。君にこそぴったり当てはまると俺は考えた」

「すいません、よくわかりません。もっと明確にしてもらえますか?」

「すべての生物は、その一生を姿を変化させてから死を迎える。

 乱暴な言い方だけどね。

 

 人間に限ると、生まれてから20年近くもの時間をかけて。変化の限界にたどり着く、成長期が終わるんだ。

 するとそこで――ついに自分のことを理解できるようにもなってくる」

 

 ドクター・アマリが頷く。

 

「なるほど、わかったわ。

 キュリー自身の願いがかなっても、彼女の考えた通りのものが手に入るとは限らない。変化の先には、常に思いもよらないものが待っているのね」

「その変化は、今の君の想像をこえたものだ。そして君はその魅力を無視することはできないはずだ。

 人間に近づく君は、人がもつ思考力の暴走に逆らうことはおそらく不可能だろう。だから君の今考えている理想が完璧に実現することはない。それが――僕の結論だった」

「――そこまで重要なことだとは、確かに私も考えてはいませんでした。私の要求には、多くのそれ以上の問題があったのですね。

 今ではそれを、認めないわけにはいきません」

 

 キュリーは衝撃を受けているように見える。

 だから、最後はわざと明るい声になるようにつとめた。

 

「道はあるんだ。だから進むことは出来る、少なくとも技術的には不可能はない」

 

 

 結局、結論は先送りされることになった。

 リスクは高くそれぞれにあり、挑戦するには準備に時間も必要だという点で合意にいたったからだ。

 それでも、僕はなんとなくは感じていた。近い未来で、キュリーは再びここに来るのだろうと。そしてもう、それをとめることは出来ないということも。

 

 

 グッドネイバーを離れたのは翌日であったが、僕は少し疲れを感じていた。

 出来るだけ意識はしないつもりであったが、薬物の副作用か。メモリーデン、あの場所で体験した記憶が波のように押し寄せては引き。その度に別のものがあふれ出てきて、余計な記憶をも引きずり出してこようとする。

 

 欠損した空白の時間が多いせいなのだろうか、わずか3ヶ月にも満たない僕の記憶は余りにも鮮明にして強烈で。だからこそ抗いがたい飢えに似た渇望を暴力的に掻き立てようとする。

 この思いを僕は今日も飲み込んで生きている。

 

 僕が自分自身のことをすべてを吐き出せる、そんな日は本当に来るのだろうか?




(設定)
・戦前の政府組織DIA
たぶんだが、CIAのことだろうと言われている。
FO4では屈指の人気クエスト。だれでもこれだけはやっておくと言っていた。


・『童のときは~』
コリントの信徒への手紙から、抜粋。ハリウッド版が近日公開のGHOST~で使われたので見てれば印象に残っているのでは。
ここでも似たような意味でわざと言わせてます。

実際には、「肉体に精神が引っ張られる」可能性ってのをアキラに説明させたかったのデス。ちなみに初期稿では、ドクターにグチャグチャいわれてデリバラーでバーンって机にして。また出入り禁止になるというものでした。

その片鱗があちこちにちらほら残ってる。

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