ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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コンバットゲーム (LEO)

 コンバットゾーンに、明日はないのだろう。

 暗い気持ちでトミーは事務所の机で会計帳簿をつけていた。

 売り上げは――ああ、もういい。口に出したら、ショックのあまり酒をかっくらって寝たほうがマシだと叫ぶしかない。それでは仕事にならない。

 

 ここら一帯をコンバットゾーンと呼ばせるまでに成長させたことは、自分にとって誇れることだが。その栄光はもう何年も前から低飛行を続けていることを認めないわけにはいかなかった。

 旧時代の照明と舞台装置を復活させ。ショーアップされたファイター同士の戦いに、客は飲んで食べて、騒ぎまくっていた。

 あの時はリングから降りて傷だらけのファイターたちも、渡されたキャップの十分な量に痛みも忘れて皆が幸せそうににっこりと笑っていたものだった。

 

 この斜陽の時代にあってもショーファイティングは、十分なビジネスとして通用する。

 愛想を振りまき、客が帰った後は。ファイターたちが掃除する場内を眺めて高笑いが出来た。

 

 だが、それはもう過去の話だ。

 

 数年前から売り上げが急に落ちてきた。

 ここを訪れる客の質が変わったのだと気がつくのにも、それほどの時間はかからなかった。

 それまでファイトをおとなしく楽しんでいた客がいきなりこのあたりから姿を消してしまったのだ。理由はわからない、噂ではどこかに移動してしまったということだったが――わかっているのはそいつらはもうここに戻ってくることはないだろうという確信。

 

 この変化への対策をとろうにも、その間にトラブルが続々と発生してあっという間に興行はめちゃくちゃにされていく。

 気がつけば、わずかなキャップを手にするためにコンバットゾーンでは処刑ショーまがいの試合が平然と行われるようになってしまった。

 

 そして、そうなれば当然のこと――。

 

「トミー」

「何だ!?何なんだ!ノックくらいはしたらどうだ」

「話があるんだよ」

「お前が!?お前と話すことなんて、こっちにはないぞ。ケイト」

「あたしもない、でもトラブルは聞くでしょ?」

「トラブルだと?もうこっちは手一杯で――まぁ、いい。なんだ?なにがあった?」

「クリスとラングが消えたよ。とんずらしたみたい」

「……そうか」

「――それだけ?ファイターがここからチャンプのあたし以外全員いなくなったというのに。しわしわのあんたから出てくる言葉が『そうか』なの?」

「ああ、そうだ。それと話は聞いたぞ、ここから出て行け!」

 

 ケイトは鼻を鳴らし、姿を消すとトミーは再び机に向かって帳簿を見た。

 しかし考えていたのは別のことだった。

 

 ファイターがついに一人を残して消えたのは大事件ではあるが。一方で消えた2人には気の毒にも思っていた。

 怪我をしてもがんばってくれた2人だったが。先日、馬鹿な客に煽られ引っ込みがつかなくなり。ラングは片腕を失うほどの大怪我を負っていた。あれでは逃げても仕方ない、責めはしない。この場所にとどまるなんて、そっちのほうが糞だと自分だって彼の立場なら断言する。

 正直に言うと、いっそケイトも連れて消えてくれればよかった――そうすれば、そうすればきっと。

 

 

 腹の立つ女の声がして、仕方なくトミーは事務室から出て行く。

 そこにはイラついている表情のケイトと、場内にはいつの間にかレイダーたちが勝手に入ってきていた。

 

「おい、あんたたち。次回の興行はまだ決まっていない。すぐにここから出て行ってくれ」

「はぁ?俺たち客だぜ?試合見せてくれよ、キャップで賭けてやるからさ」

「あんた耳が聞こえないのか?興行はしない、次回まで試合はない。今は出て行ってくれといっている」

 

 馬鹿共はただヘラヘラ笑って、勝手に取り出してきた酒を喉に落とし込むことしかしない。こちらの要望など、どうでもいいと思っているのだ。

 

「いいからやれよ、暇だから見てやるっていってるだろ?」

「あのな――こっちは興行の準備がまだ……」

「やれよ!」

 

 レイダーの中の一人がいきなり手にした飲みかけのビールを手近な壁にたたきつけてみせた。

 トミーはため息しかない。こいつらレイダー(無法者)はいつだってそうだ。自分の都合ばかり、こちらの話をまったく聞こうともしない。

 

「よし、わかった!やってもいいさ。だがな、それならあんたらに興行の面倒を見てもらわにゃならん」

「あ?なにいってんだよ、この腐れグール」

「いいか?今、うちで用意できるファイターはそこに突っ立っている馬鹿女のケイトだけだ」

「ちょっと!トミー、チャンプを馬鹿女ってどういうつもり!?」

「お前は黙ってろ、リトルバード!……戦いが見たいか?それならお前さんたちでこのケイトの相手を――」

 

 トミーはそこまで話して、目の前の馬鹿達がなぜか一斉に楽しそうに目を輝かせていることに不安になり。口を閉じてしまう、自分は何かまずいことを口にしてしまったのだろうか?

 

「チャンプがそのネーちゃんだって言うなら、俺たちが相手するぜ」「ひゅーひゅー」

「なに!?」

「そのかわり1試合だけだからよ、ルールは生きるか死ぬか(Dead or Alive)でいいよな?いいだろ?」

 

 歓声が次々と上がる、こいつらは本当の阿呆ばかりだ。

 どうやめさせようか必死に考えているのに、ケイトは煽られたのか「それでいい」などと口走ってしまった。

 

 もう止められない。

 あとはこのこっちの気も知らないどうしようもない馬鹿女が、無事に勝利することだけを願うしかない――。

 

 

==========

 

 

 コンバットゾーンは熱に包まれていた。

 現チャンプであるケイトは、間抜けなレイダーを相手にちゃんと試合を成立させて見せた。舐めた相手が序盤、さんざんにカラかったが、彼女はずっと沈黙を守った。

 そして一気に襲ってこようとするところを狙って、逆に攻勢に打って出る。

 いつものように頭に血を上らせているのだろう、そこからトミーにいわせれば見れたものではなかったが。倒れた相手のうなじにむけて振り下ろされるバットにはためらいはなく。

 血と暴力と、そして死を見たがっていた観客はその様子を見て理解しがたいが満足してるようだった。

 

 こんな糞試合もようやく終わると、内心でちょっぴり喜びながら実況していたトミーが高らかに勝者の名前を告げた、まさにその瞬間であった。

 

 コンバットゾーンの扉が破られその向こうから血だるまになったベヒモスが悲鳴ともうなり声ともわからぬそれを響かせ、中へと転がり込んできた。

 コンバットゾーンにいたレイダーたちだけでなく、全員があっけにとられて身動きが取れなかった。

 しかし目は見えていて、頭も動いていたからすぐにわかる。

 

 このベヒモスは間違いない、あの――スワンだ、と。

 

「獲物ハ 逃ガサナイ!」

 

 勇ましい声を上げ、新しく姿を現した緑の大男が手にスーパースレッジを持って飛び込んでくると。

 ステージに向けて這い寄ろうとしているスワンの背中の上に登り大上段からそいつを振り下ろす。

 

 恐怖と苦痛にゆがんだ醜い顔が最後にレイダーたちに向けられていたが、声を発することなく突っ伏すと、もう動くことはなかった。

 なのに、そのスーパーミュータントは大喜びで、まだスワンの首元に凶悪な武器を何度も叩きつけることをやめようとしない。。

 

「おいおい、まだやってるぜ。アイツ」

「あー、ブルー。ここがそのコンバットゾーンだと思うよ」

「そうか、丁度よかったな」

 

 同じく開け放たれた扉の向こうから3人の男女が新たに姿を見せると、ようやくレイダーたちも状況の変化に対応できるようになる。

 

「おい――ちょっと待てよ?あれって、あいつだ!おいっ、皆。あそこにいるのはダイアモンドシティの糞ったれ賞金稼ぎと女記者……」

 

 ステージ前のレイダーがそれを最後まで口にすることはなかった。

 レオの手にしたレーザーライフルからのびる赤い火線がそいつを貫くと、高熱によってからだの脂肪が蒸発し、沸騰したそれによって骨も綺麗に解け始める。

 一瞬前まで人間だったそれは、今では床の上にできた灰の山でしかない。

 

「思わず撃ってしまったが、あれはレイダーだよな?」

「うん、ブルー。私が太鼓判押します。あれってレイダーです」

「だから、俺の話を聞いてなかったのかよ。ここに最近出入りしているのはレイダーだって、さっき教えてやったばっかだろう?」

「ストロング、コノ人間モ 殺シテイイノカ?」

 

 レイダー達は自分が獲物に認定されたと理解すると、一斉に怒りの声を上げつつ武器に手を伸ばす。トミーは慌てて自ら檻の中へと入ると、ケイトがレイダーと一緒になって暴れださないようにその腕をつかんで檻の隅で小さくなるように指示を出す。

 

 コンバットゾーンの歴史の中で、これほど大量の血が流れることは過去にはなかったと知ることになるだろう。

 

 

==========

 

 

 トミーにとって最悪の一日は悪夢であり、悪夢のまま終わったが。不思議なことに妙に心は軽く、すっきりもしていて穏やかなものであった。

 

 皮肉だが、破壊の限りが尽くされたことでコンバットゾーンは今日が最後の日となった。

 場内では巨大なベヒモスとムカついていたレイダー達の死体が残され、自分はこの場所で築いたもののすべてを失ってしまった。

 いや、まだここに一つ残っている。

 

「落ち着いたなら、冷静に話をしないか?」

「ああ、あなた達はここの人?」

「そういうあんたは――Vault居住者だな。あんたがリーダーかい?」

「私は、ちょっと違う。彼らは私の友人達だ」

「……アイツもか?」

 

 トミーは興味を引かれて、戦いが終わってしまったことに納得できずに死体に「立チ上ガレ」と要求しているストロングを顎でさす。レオは苦笑いしながらそれをうなづいて肯定する。

 

「ここで暴れて滅茶苦茶にしてすまない、外でちょっと戦闘に巻き込まれてね。私はここに、尋ねたいことがあって来たんだ」

「なんだ?」

「探偵のニック・バレンタインを知っているか?しばらく姿を消していて、証言によるとここにも来たと聞いてきたんだ」

「それなら保障しよう、そいつは確かに来た。だが、理由はもう知ることは出来ない」

「なぜ?」

「探偵が話した相手が、試合中に喧嘩を始めた馬鹿の流れ弾に当たって死んだからだよ」

 

 思い出すと、いまだにはらわたが煮えくり返る事件だった。

 

「それじゃ――ここで終わり?手がかりは終了?」

「そのようだ、パイパー」

「いや、ちょっと待て。あきらめる必要はない。俺はここの責任者だ、あんたらの力になれるかもしれない」

 

 諦めかけていた3人が一斉にトミーのほうへ顔を向ける。

 成功だ、食いついた!

 

「だがその話をする前に、ちょっとしたビジネスの話をしないか?なぁ、ここにいるケイト――彼女の戦いぶりを見て、あんた。どう思ったかね?」

 

 コンバットゾーンは死んだ、興行も死んだ。

 だが最後に自分の役目も終わらすために、やらなくてはいけないことが残っている。忌々しい癖に、最後の最後まで手元に残ってしまった一枚のワイルドカード――いや、違う。不良債権の処理だ!

 

 

 

 ボストンコモンの公園で始まったちょっとした戦争が始まった頃。

 公園脇に聳え立つ、かつてはマサチューセッツ州議事堂とよばれたその建物の屋上からその一部始終を観察する目が見つめていた。

 この人物がここで見張るのは理由がある。

 もうすぐグッドネイバーで始まる会談の相手が、この公園近くに本拠地を置いているからだ。

 

――情報が真実なら、取引相手にトラブルが迫っているはず

 

 それが真実かどうかを確かめるために、ここにじっと張り付いていたのだ。

 

 

 戦争は奇妙な決着を迎えた。

 一番最後の加わった小さな勢力は、破竹の勢いを見せつけ。あっという間に先に戦闘に入って消耗していた勢力を撃滅させてしまったのだ。

 それでも一番タフだったから残ることが出来たベヒモスは、足を引きずりながら公園から逃げ出したものの。彼等の中にいるスーパーミュータントがそれを許さずに追っかけていってしまったので、残りもそれについていってしまった。

 

(これで、終わりか。トラブルは起きない)

 

 道や公園の中に転がる死体の数々だが、これらが1週間後もここに残っているとは思えない。

 公園内は放射能によって土地自体が被爆している。そしてあそこの倒れている奴らの中には実はまだ死に切れていない奴も結構いるはずなのだ。

 そいつらは身近な放射能の影響を受け、グールになるのを一足で飛び越えて一気にフェラルまで悪化する。

 

 その頃にはお仲間のフェラルも死臭を嗅ぎ取ったかのようにここに現れているはずなので、残された腐りかけの肉の山を仲良くわけあうと、こういう流れになるはずだ。

 

 

 日が暮れると、このあたりは本当に静かになる。

 数日はこれが続くと思っていたのに、それが間違いであると闇の中に動く一団を捕らえて知った。

 あの連中だった。

 ここでの戦闘に勝利したのに、あの連中はなぜかここへ再び戻ってきたのだ。

 

 いや、そうではない。

 恐れていたことがついに目の前で起こってしまったのだ。

 明るいときには見なかった、案内役らしい赤髪の女が指差したことで確信に至った。

 

 その場所はパーク・ストリート駅。

 今夜の取引の相手、スキニー・マローン氏の隠れ家にあの連中は向かうつもりなのだ!

 

 

 観察者は一度目を細めると、あの連中が本当に駅の中に入っていくかを見定めようとした。

 視線の先ではレオが周囲に何事かを口にし、続けて手にするレーザーライフルを確認すると中へと入っていく。

 そのときにはもう、観察者は議事堂の屋上からは姿を消していた――。

 

 

 私は興奮を抑え、勤めて冷静になろうと思いながら静かに前進を開始した。

 もう動くことはないエスカレーターを降りていくと、先のほうから声が聞こえてくる。 

 

「ここに加わってみたが、スキニー・マローンはやっぱり凄い奴だったと見直さなかったか?」

「マローンは甘い奴だと思ったね。あの探偵、こそこそ嗅ぎまわりやがって、せっかく俺たちで捕らえたのにアイツは探偵を拘束すればいいとのたまいやがった。

 あれじゃ、探偵を殺すのにビビッていないって、誰がわかるっていうんだ?」

「おい、そいつはボスの前で言うんじゃないぞ。新しいボスの女、あれがキレたらどうなるか。お前だってあの探偵みたいな目にはあいたくはないだろう?」

 

 私は口元に笑みが浮かぶのを感じた。

 ようやくだ、ようやく探していた相手に近づくことが出来た。

 

 私は指で後ろに続く仲間たちにサインを送ると、笑顔のまま構えたライフルの引き金を引く。


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