たった4時間の睡眠だったが、安心して落ち着いて眠れるというのはやっぱり違うものらしい。
誰かに揺り動かされるのを感じて、目を覚ますと。目の前には、やや不安そうな表情の年頃の女性がいて驚いた。
「えっと……なに?」
「あの、起きてください。朝食が用意できたので、それで――」
「はい、どうもありがとう」
自分を老成円熟した人物などと考えたことはないが、若者特有の思考なのか。目覚めたばかりでも、無防備そうな異性が目の前にいると――まぁ、申し訳ないけど自然と妄想が爆発しムラムラしてしまった。
体を起こし、年寄り臭くぽりぽりと頭をかくことで冷静さを取り戻そうとしていると。任務を果たしたと考えたのか。彼女はどこかは去っていってしまった。
(あれが人造人間、の女性か。なるほど似ているもんだね)
以前、バンカーヒルまで同道した男も。なにやらオドオドしていて自信なさげであったが、どうやらレールロードが保護する彼らはあんなものであるようだ。
――人造人間のために命をかけることができる?
地下でデズデモーナに聞かれたときは、思わず噴出さないように笑いをこらえるのが大変だったことを思い出していた。状況による、と煙に巻こうとしたらはっきり答えろと詰め寄られたっけ。
人を喰う化け物でも嘘くらいはつける、レールロードもそれを学ぶいいチャンスになるだろう。
裸で眠っていた僕は服を着ると、そのまま食堂に向かって歩き出した。夕べ、久しぶりにシャワーが使えたのでほっこりしてしまってのことだった。少しどころではなく、気が抜けていたように思う。今後は気をつけよう。
途中、なにやら乙女チックに窓の外をじっと見つめて動かないエイダを見つけて足を止める。
「エイダ?」
「――はい」
「おはよう」「おはようございます」
「どうかした?」
相手の反応がなにかおかしい気がした。
だが、すぐに答えがないのでためしに話題を変えてみた。
「キューリーは?」
「医務室です。怪我人や病人の様子を見ていたいそうです」
そうか、と答えつつ納得もする。
診断ロボットというだけあって、ふだんの彼女は非常に控えめで。戦闘でもそれほど目立った活躍を見たことはない。だが、つれて行くときに「足を引っ張らなければいい」と言ったので、そのことで僕は別に気にはしていない。
本人(?)とも何度か話したが、外の世界で新たな研究となるものを探したいとは毎度口にするので。やはり根っこは名前のように医学者なのだろうと思う。
旅がしたいとは言うが、僕はミニッツメンに言って、どこか平和な居住地で研究をさせてやるのが、彼女にとっては一番いいのかもしれないと割と本気で考えている。
「それで、エイダはどうした?」
「この窓から、外を見ています」
「そう、何が見える?」
「外の景色を――」
「連邦?ボストン?」
「いいえ。あれです」
僕は彼女の隣に立つと、彼女の赤いモノアイを見て、窓の外を。地上を見下ろした。
自然と、視線はひとつにむけられる。
「あれか?」「そうです、あれです」
「そうか……あれか。あの船、動くかな?」
地上では、それも機能は夜中だからわからなかった。
チャールズ川に浮かぶ、数艘のボート。そのなかのいくつかは、ここから見下ろすとまだちゃんと動きそうに見えていた。
「私はあなたとの約束に、メカニストとの対決のための協力を願いました。覚えていますか?」
「契約は覚えているよ。タダ働きは僕も嫌いだ」
「私がメカニストに繋がるであろう情報はタダひとつ、それがゼネラル・アトミックス工場でした」
「そうだったな」
だが、そこは位置が悪い。
ボストン南西部――サウスボストン。ここからそこを目指すならボストンの海沿いに南下しなければたどり着けない。レイダー、スーパーミュータント、他にもいるだろう。そんな陸路を考えると非常に危険な道程となるが、しかしあのボートが使えて海の上を進めるというなら話は変わる。
川を下って海へ、そこから沖に出たら、サウスボストンまで半日もかからずに直行できる。
工場が海沿いにあることも幸運といえる。
「ハイランズとディーコンは食堂?」
「はい」
「エイダ、ここにいろ。話をつけてくる」
エイダは再び無言となり。僕はその場から離れた。
==========
楽しい人造人間たちとの食事を終えると、僕は立ち去ろうとするディーコンとハイランズの肘をつかんで再び席に座らせる。
ディーコンの勧めどおり、素直に協力したことで心を許してくれたのか。ハイランズはあっさりとここに使える船があることを認めた。係留している何隻かは偽装されているだけで、ちゃんと動くらしい。
僕はエイダとの約束を果たしたいと、さっそくそれを貸してもらえるように交渉に入る。
「――うーん、話はわかったが。どうだろうな」
「わかった。レンタルってことで。キャップを払う、それでどうだ?」
「いや、そういうことじゃないんだ。フィクサー、君はこの連邦の海というものを正しく理解していると、自分に対して断言できるかい?」
「?」
なにかあるのだろうか?
「君に貸す船は、当然だが貴重なものだ。だが、それ以上に今の海は、陸地と変わらず危険な場所だ」
「……そう、なのか」
「ミニッツメンは知っているだろう?彼らがまだ勢いがあった時代、彼等の本部は海中から現れた生物によって壊滅させられたという。海の中は地上以上に危険だ。
それに陸地の水際が安全ではないことは、君だって知っているだろう?」
「気をつける、できる限り、ちゃんとする」
「行きたい場所があるということだが、上陸についてはどう考えているんだ?サウスボストンはこの辺以上にレイダーやスーパーミュータントが幅をきかせている。
もし船を岸に接舷などしようものなら、攻撃を受けてたちまち沈められてしまうよ。君が無事で往復できると確信がないと、悪いがあれは簡単には貸せないな」
なるほど、計画が必要というわけか。
そういうことなら僕はかなり、得意だったりする――。
==========
「エイダ!」
「はい、どうなりましたか?」
「船は借りれる。だが、準備が必要だ。それもすぐに」
「わかりました……どうすればいいのでしょう?」
「まずはキュリーだ」
ハイランズに見せた僕の計画は、それほどたいしたものではない。
今朝は妙に押し黙って話の聞き役に回っているディーコンを断りなく船長に指名し、荷物として僕とエイダだけが上陸する。
僕は海上で防護スーツに着替えて岸まで泳ぎ、エイダは海上を”飛んで行く”ことで解決する。
工場内には一人と一台で侵入、作戦終了後。また同じようにして沖の船まで戻っていく。
「ということで、お前の足が最初の問題だ」
「はい」
「ここで留守番するキュリーと足を交換する。エイダ、お前のプロテクトロンの足をキュリーに。キュリーの足をお前に」
「……了解です」
戦闘用ロボットのアサルトロンが、よりにもよって万能型のMr.ハンディタイプのパーツに交換するわけだが。不安がないわけではない。
起動中は常に宙に浮かび続けるせいで、エイダの照準機能と姿勢制御が狂って使い物にならなくなる可能性は確かにあった。
だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
作業台も必要だが、ここから居住地を往復するのは時間と労力の無駄、ということで。タイコンデロガの屋上を開放してもらい、レールロードの資材を借りてそこに急造でロボット作業台を作成することにした。
その作業と平行して、キュリーも口説く必要がある。
医療器具の中を、フワフワと楽しげに浮かんでいる彼女に僕はいきなり要求をぶつけていった。
「体を、交換するのですか?」
「そうだ、足だけ。短い間の話だ。是非、協力してほしい」
「……」
ロボットなら、人間の方から強引に「こうするから命令を聞け」とやってもいいはずだった。
だが、おかしな話だとはわかっているが。自分にはそれができない。
誰にとってもWin-Winであれ、とは言わないが。
話し合いが苦手であっても、理解を求めることを放棄したくない気持ちがあるのだ。認めたくないことだけど。
「お前にも負担を強いることは十分に理解している。
なんなら、なにか希望はあるか?おまえにもなにかあるというなら、この際だ。この耳に入れてくれて構わないよ、エイダと同じく実現できるように努力するつもりだ」
「私の?」
「ああ――Vault81で、お前は『この連邦で自分は新しい研究を探したい』と言った。まだそれほど時間はたっていないが、お前はロボットだ。少なくとも、現状での自分の考えはまとまっているのだろう?」
「――はい」
「それを聞かせてくれ。エイダのために協力してくれるなら、お前の問題も俺が聞く――必ず解決してやる、とは約束できないけど」
キュリーはしばし無言だったが、再び口を開くと驚く言葉を次々と発していく。
「あなたの仰るとおり、現在までの私は連邦の情報収集に力を入れてきました。そして新しい情報が追加されるたびに自己診断を繰り返してきましたが。結果は――」
「結果は?」
「その結果は大変厳しいものが続いています。今のこの状態が続く限り、私は私に必要なものを手にすることはないだろう、と」
嫌な気配は、しかしこの時点ではそれほど感じることはなかった。
「えっと――そんなに言うほど良くないの?驚いているのだけど」
「はい。この問題を解決するために、何が必要なのか。私は同時に考え続けてきました」
「それで、その……なんとかする方法は見つかった?」
「もっとも確実な方法がひとつ。
私が今、一番必要とするものは人間の持つ創造性。限定しますと、”ひらめき”というものが必要なのです」
「ひ、ひらめき?ロボットが?」
僕は驚きと同時に困惑を感じていた。
この会話の行き着く先が見えない、大変なことを告白されているのだとしか思えなかった。
なのにキュリーの会話は容赦なく続いていく。
「そう、それです!私は自分の新たな仕事のために。人間のもつ創造性を手に入れなければなりません」
「それって……直感、とか。じゃないの?」
「違います。私の中のローデータをランダムに取得して導かれる結論だけでは、ひらめきとは呼べません。
ひらめき、というのは正しい知識と効率よく完成された方法が得られる究極の創造力なのです。多くの知識や経験の上で、突然姿を現す奇跡なのです」
「む、難しいことになってきた。それは実現不可能としか、思えない……」
多少の無理はなんとかしてやろう、やりたいなどと考えてはいたが。まさかそれがロボットに人間の創造力を機能として搭載してくれ、そんな無茶ぶりとはわからなかった。
「この世界で更なる知識を求めるには、大冒険が必要なのです」
「そうはいってもなぁ。俺にはどうしたらいいのかまったく想像もつかないよ」
「いえ、必ずしも人間でなくてはいけないということではないです。
人間に近い何か、少なくとも私の記憶すべてをダウンロードできる新しい環境状態が必要なのです」
(人間に近い?人の脳にロボットのデータは入力できるものなのか?)
途方もない要求だった。
そしてさすがにこの難問に対する解答は、この奇妙な自分の脳みその中にも入っていないらしい――。脳味噌、頭の中か、それならどうにかなるか?
自分の苦い経験から、余計なことを口走らせてしまった。
「お前のその問題をどうにかできそうな人を知っている。グッドネイバーまで戻らないといけないが」
「本当ですか!?」
「うーん、こうしよう。まず、エイダのために力を貸してくれ。その間、もう一度考えてほしい。正直に言わせてもらうけれど、ちょっと途方もない要求だとしか思えない」
「わかりました。私自身の考えは変わることはないと思われますが、もうしばらくは状況を観察しつつ、具体的な方法を自分でもさらに考えてみたいと思います」
「とにかく――すぐには無理だ。何とかしてやりたいが、もう少し時間がほしい」
なんだかひどく面倒な問題をまたひとつ飲み込む羽目になった気がするが、とにかく――合意はとりつけた!
悪ノリしているのだろう。
ディーコンは船長の帽子をかぶると「それじゃ、お客様。クルーズに出発しますぜ」と言った。静かにエンジンが始動するが、冷たい風は力強く叫び続けてくれているおかげで船の存在が知られることはない。
半日をかけて僕はエイダとキュリーの足を取り替え。考え付く限りの準備をしていたら夜になっていた。
さらに翌日の午前3時過ぎ、再び夜の闇の中でタイコンデロガから這い出た僕達1台と2人は、チャールズ川に浮かぶレールロードの船を1隻に乗り込むと静かに岸から離れていく。
予定通りにいけば、明日の夜明けまでには無事にここまで戻ってこれるはずだった。
==========
ミニッツメンに休む暇はない。
だが、その甲斐あってすでに3人の4チームのミニッツメンが誕生し。活発に活動を始めていた。
見回り、防衛、監視。この3つを徹底させ、彼らは日々経験をつんでいる。
しかし、これで満足はしない。
さらに新たに加わった9人の新人を、引き続きプレストンが目を光らせ、厳しく訓練し。次のミニッツメンを名乗るにふさわしい兵士へと鍛え続けている。
ああ、それでも認めないといけない。
悪くない、あの逃亡者としての日々には考えられなかった未来を順調にすごせていることが楽しい。
プレストンは現在、ミニッツメンの将軍の下につく副官であり、同僚のいない幹部という存在だ。わずらわしい組織の政治とは無縁でいられるおかげで、目の回る忙しさではあるもののストレスはそれほど感じてはいない。
サンクチュアリでは、アキラが残していったマーヴィンと名づけられたロボットが村長を演じており。その存在への不満と滑稽さを嘆きに村人がたびたびプレストンを訪れるものの、「深刻に考えるな」とだけ諭してから帰らせるよう徹底している。
レオはまるでわかっていたかのように最初からあの青年を信じていたが、今ならプレストンもわかる。
気に入らないことではあるが、あの騒ぎでサンクチュアリはようやく落ち着きと平和を手にすることができたのだろう、と。
入植者同士の不満は、あの青年への不満に置き換えられ。彼らは共同体として、隣人として互いを認識しあい、協力する姿勢を見せている。
とはいえ、サンクチュアリに限らずミニッツメンも常に問題は増え続け。プレストンだけでその全てを解決はできない。
Vault111の2人の意思や事情については、できる限りプレストンも尊重はしたいところではあるが。出来ることなら彼らには定期的にここへ戻ってきてもらわないと、いつかは困ったことになりそう。そんな予感がある。
そんなミニッツメンとプレストンだが、今日は3人の新人を連れてパトロールを兼ねた実地訓練することになっていた。自分達の支配域のコンコードの先、レキシントンより前の緊張感のあるルートを歩く。
少人数でのこうしたパトロールは、プレストンは自分の未熟な若者だった昔を思い出させた。
当時の彼の教官は、引退間近の老人であったが。足腰はしっかりしていて、緊張と不安でビクビクしながら歩く自分を豪快に笑いとばし。小さな体でも勇気をみなぎらせ、列の先頭に立っていたものだった。
そして、その教官に今は自分がなり、あの老いた教官と同じようにして新人たちの先頭に立って歩く。自分がそうすることで、この組織の未来にも同じような若者が誕生してくれるだろう――。
そしてすぐにわかった。道の先、400メートルほど。プレストンは無言で指を頭の上まで持ち上げると、未来のミニッツメンたちに敵の位置と、散開を命じた――。
旅商人のカーラはいつものように恐ろしく曲がった肩で前のめりに歩き続けていた。この辺は最近、危険だということで自分以外の旅人はほとんど寄り付くことはない。
だが彼女は何か理由があるとばかりに、この道を歩いている――サンクチュアリへ。
そんな彼女と彼女の荷物の前をさえぎるように立ちふさがる複数の影があった。
「よォッ!婆さん、ご苦労」
「――強盗?レイダーか、やれやれだね」
奴等の独特のお手製のアーマーと粗末なパイプ銃が、ずらりと6つ仲良し兄弟のように並んでいる。どいつもこいつも性格が捻じ曲がり、学はなさそうで、浮かべている笑みはいっちょうまえに残酷なものだった。
「あんたの荷物と、ポケットの中のキャップを渡しな」
「それで?命まではとらないって?」
「俺たち婆ちゃんっ子だったからよ。裸にひん剥いて、ブチ殺すのだけは勘弁してやるよ」
「そうかい。あんたらは婆ちゃんから、しつけされなかったようだね――」
中の一人は調子に乗ったか、カーラのバラモンに近づくとその背中に自分の尻を乗せる。
「しつけ?されたぜ?『お前の親父とおふくろが死んだのは、ション便漏らして泣くことしかできなかったお前のせいだ』ってよ。ひでぇだろ?俺達、当時はまだ1歳にもなっていなかった」
「殺したのかい?」
「婆ちゃんを?まさかっ!俺たちはこうして独り立ちしただけよ。今度は自分がション便漏らすしかできなくなって、誰も面倒見てくれない居住地のなかに置いてさ。なんだっけか?」
「これだ、覚えてる――『ォヴァエラー』って」
ギャハハと笑う奴等の中にあって、カーラは無言となり、その目も変わらず暗いままだ。
虫唾が走る、とはこのことだ。
スコープ越しに眺めるプレストンの連邦にはいつも奴等の姿が写る。正義を忘れ、暴力で欲を満たそうとする不愉快なレイダー。奴等をこの土地から追放するためならなんだってやろうと思える――。
プレストンは息を止め、わずかに待ってから躊躇することなく引き金を引く。
レーザーマスケット内に充填させたエネルギーが解放され、突き進む真っ赤なそれはバラモンの上で馬鹿笑いを続けているそいつの首から上を焼き、地上から消滅させた。
新人達もプレストンに続き発砲を始めた。命中させた者もはずした者もいた。後で反省会をしなければな、と考えが頭をよぎる。そうする事で彼らはまた一歩、成長するだろう。本物のミニッツメンに近づくのだ。
プレストンは慣れた手つきで自分のマスケットのクランクをまわし、すばやく2発目の発射体勢に入る。
だが、その必要はなかった。
浮き足立ったレイダーたちの中にいたカーラが、おもむろに伸縮警棒を抜き放つと傍にいたレイダーに蹴り倒す。そして、躊躇いなく無慈悲な一撃を顔面へと叩きこむと顎が砕けたであろう鈍い音があたりに響き渡った。
(――手馴れているな)
スコープ越しにその動きを捉えたプレストンの感嘆だった。
女性でありながら一人で連邦を歩く彼女は、そうやってこの連邦を生きてきたのだ。強く、美しく、そしてどこか悲しい姿だが認めなくてはならない、あの姿から目をそらしてはいけない。
プレストンはカーラが最後の一人を蹴飛ばし続けた後で背後に回り、羽根折り顔面締め│《チキンウィングフェイスロック》で相手の片腕をはずし、首の骨を折る姿をじっと見守っていたー―。
==========
ゼネラル・アトミックス工場。
戦前ではロブコ社と並ぶロボットや兵器を開発していた会社だと、レオさんも言っていた。付け加えると、コズワースやキュリーなどのMr.ハンディ型のロボットを生み出した会社でもある。
「静かですね――」
エイダの言うとおり、工場の中は廃墟が広がっていたが。
僕は黙って背中から武器を取り出した。
銃は基本、軽い上に振り回せる10ミリ弾やレーザー兵器が自分が良く使う武器である。
だが、そんな僕でもマクレディのように遠くの敵を叩きたいと考えると、別の選択肢が必要になる。
僕が新たに選んだのはプレストンも使うレーザーマスケットであった。正直にいうとこれは重いし、使い方も面倒くさいとあって最初は良い印象を持っていなかった。
だが使ってみると、それほど馬鹿にしたものではないことがわかった。通常のレーザー兵器と違い、エネルギーを充填させて解き放つ機能によって高い火力が期待できるというところを評価するようになったのだ。
今回使うのはレオさんから譲ってもらったインスティチュートのレーザーピストルとマスケット。
軽さと火力を考えたら、これしか選べなかった。
「エイダ、この工場の電気は生きている」
「はい」
工場の中は荒らされてはいたものの、室内は人工の光で煌々と照らされている。そして耳はもうとらえていた。小さいが一定のリズムを刻む複数のロボット達の駆動音を。
「っ!?レーダーが複数の敵の動きを感知しました。こちらにむかってきます!」
警告を聞きながら、入り口そばの古い事務机を乱暴に僕はひっくり返し。その後ろに姿を隠す。マスケットについたクランクを手で回し、数発分のエネルギーをさっそくそこに蓄積させて準備をする。
「エイダ。悪いがライフルは得意じゃない。1発ごとに最短でも4秒はかかる。大型で重装甲のロボットでなければその一発で倒せるだろうが、お前には粘ってもらわないと」
「了解です!」
壁と窓の向こうに動く黒い影が、階段の上から降りてくる影が、奥の廊下から急速に近づいてくるせいで大きくなる侵入者への警告アナウンス。
敵が一斉に僕たちのいるフロアに殺到してきた!
突入しながらめちゃくちゃに発砲するアイボットを僕が一発で沈めると、エイダはまだ階段途中にいる改造されたプロテクトロンとの交戦に入った。
今のエイダはキュリーから取った推進剤でフワフワと浮いているので、なんだか上半身だけが見える幽霊のようにも見える。これには利点として素早い移動が可能だが、反対にバランスを崩すとわずかな時間、無防備な姿をさらすことになる。
だが僕は、彼女と彼女が僕に贈ってくれたロボット作業台の力をここで知る。
不安定に近い状態であるのに、彼女の射撃能力はそれほど低下していなかったのだ。
拡散するレーザーが相手を焼き、連続して発射される鉄の杭がその圧倒的貫通力でもって相手の鋼鉄の肉体を貫いていく。
圧倒的な物量が敵にあったが、その流れに逆らうだけの力が僕とエイダにはあるはずだ。
迎え撃つ僕らの前に敵は次々とフロアに姿をあらわした。
ああ、あれはヤバイのがきた。
「エイダ!接近型が混ざってる、近づけるなっ」
「了解」
ひどい改造だった。ハンディタイプのボディにタコを思わせる足はなく、胴体に2本の腕をとりつけ、宙を飛びながら腕のブレードを回転させて接近戦で相手を圧倒する。そんなの暗殺ロボット4台が姿を見せたのだ。
僕のマスケットの2発目が、先頭のやつを吹っ飛ばした。派手に決まった一撃のせいでそれに続く列が乱れ。エイダではなく、この僕が危険な2台を引き受ける羽目になってしまう。
乱戦にあっては目立つ行動は危険を引き寄せてしまう。
そのことは十分体験してきたと思ったが、僕はまた同じ状況に放り込まれて追われる立場にある。
壁にしていた机はブレードの一振りだけで、見事に真っ二つになった。そこから必死で転がり出た僕は、クランクを適当に回すとすぐにライフルの引き金を引く。
ハズレた。
まるで関係ない方向にとんだ赤い光は天井に炸裂すると赤い火花を散らし、焦げ後を作った。
ライフルを持って接近戦に追い込まれている最中に、無駄弾とか、死にたいのか僕は!?
「私がっ!」
「そっちを見てろっ」
エイダには彼女自身の面倒を見てもらいたかった。
そしてここで早く自分を助けろ、などとみっともない台詞をはかなかった自分を素直に褒めてやりたい。
次のプロテクトロン達がフロアに侵入しようとしていた。
僕はその前を横切りながら床にすべりこみ、後ろをついてきた2台の暗殺ロボットをプロテクトロンの前方に入るように誘導させて愉快な交通事故を起こさせた。
プロテクトロンはよろめいただけだったが、衝撃にバランスを崩し、2台はフラフラと頼りなく宙を泳いで回った。
その瞬間をこそ僕は待っていた。
クランクを最高までまわしきると、柱の影から構え。ちょうど衝突から復活しようとした一台をまたもや吹き飛ばす。追いすがるのが減ったが、今度はプロテクトロンが追加された。プラスとマイナスでゼロ。
まったく、ロボットってやつは!!
追いつかれそうになって柱の反対側から飛び出すと、今度はプロテクトロンのレーザーが僕を的確に狙ってくる。足に、腕に、顔にレーザーで焼かれて激痛が走り、血がにじむんだのか視界が真っ赤に染まる。
僕は乱暴にスティムパックを取り出すとそれを膝につきたてた、何本も。
――戦いの中で自分を制御し続けなくてはならない
意識はまだしゃんとしている。
これまでのように、撃ち合いをして互いの体に穴をあけ。流れる血とダメージの中であんな異形な自分が出現するのを都合よく「これは殺し合いだから」と肯定しては、駄目なのだ。
自分の戦いは自分が最後まで決める。
僕は戦場で自分が戦える方法を、あれからずっと考えていた。
入り口に続く壁沿いに寄りかかって相手の位置から姿を隠すと、僕は首に下げたロケットの中からそいつを取り出した。
サイコやジェットといった薬物では得られない高濃縮された合成薬物。僕はそのひとつに指を伸ばすと躊躇することなくそれをスティムの効果で治療が続く自分の体の中にぶち込んだ。
時が止まった。
目に涙があふれ、廃工場の明るいフロアは極彩色の輝きを放ち始める。
心臓から体の中をめぐる血がロケット水流の激しさに変わるのをはっきりと感じ、喉の奥が勝手に震えて怪鳥音がほとばしる。
ライフルを壊さんばかりに乱暴に扱った僕は、遅れて飛び込んできた暗殺ロボットに当然のように接近戦を仕掛け。ライフルのストックで、大きな胴体を思いっきりついた。
再び空中でバランスを崩す道化を無視し、その向こう側に立っているプロテクトロンを充電した一発で見事に吹き飛ばす。
時間の感覚を失った効果なのだろうか、自分はこの時。ようやくレーザーピストルを持っていることを思い出すと、それに手を伸ばしつつ舞い続けている暗殺ロボットを見た。
効果時間30秒の世界で、僕はまるでこの世界の王であるかのように振舞い続けた――。
サウスボストンの工場裏からボーっと目の前に広がる海を眺めつつ、僕はヌカ・コーラ・クアンタムをようやく半分まで空にした。
これまでのように、恐れていた異形の姿になることなく厳しい戦いを生き抜いて勝利を収めることができた。
結果には満足してるが、なんだかひどく疲れて。今から船までまた泳いで戻るのが少し億劫だと感じていた。
「工場の中の探索、終了しました。旦那様」
「――なんだ、コズワースみたいだな」
「間違ってはいないはずです。あなたは私のマスターですから」
微笑みながらビンを傾ける。
「さて、では戻る前に話しておきたいことがあります」
「例の変な装置のことか?」
「はい。あれはメカニストがロボットに使う、特殊なレーダービーコンでした。計画を次に進めるために、この装置を私に搭載することを進言します」
「――それでどうする?」
「予想ですが、メカニストはロボットたちをチームとして動かし。その中心にはロボブレインと呼ばれるタイプのロボットがいます。彼らに指示を出すことで、メカニストは軍団を動かしているのでしょう」
「なるほど。こっちは逆に送られてくる指示をたどってメカニストやらの本拠地を割り出す、か」
「その通りです」
確かにうまくいきそうな感じはある。
「向こうもこの方法への対策を考えているんじゃないかな?」
「その可能性はあります。解析には十分な時間をかける必要があるでしょう」
「――戦闘についても、もっと考えないと。相手の数が想像以上にいて、大変だった」
「そうですね。まさか工場を動かして、あれほど多くのロボットを増産していたとは思いませんでした」
ゼネラル・アトミックス工場は今、正しく廃工場となった。
フロアにはおびただしい数のガラクタが転がっていて、それはこの一人と一台がやったことだ。
夕焼けの中のサウスボストンから見る海は、変な話だが平和な世界を思わせた。
ふと、僕は海の上に作られている建物のひとつに興味を引かれた。
「エイダ」
「はい」
「あれは――あそこにあるのは何だ?随分大きいけど、なぜか建物の名前が浮かんでこないんだ」
「……あれは、わかります。キャッスルとよばれているものです」
「城だって?」
「はい、正式名称はインディペンデンス砦。かつてミニッツメンが正しく精強な軍隊であった時。あの場所は、彼らの本拠地でした」
「――プレストンも言ってた奴か」
「情報では、海中からの巨大生物の襲撃を受けた、とのことでした」
僕は傍らにあるライフルを構えて建築物の方向に向けると、スコープの中をのぞく。
はっきりと見たわけではないけれど、砦の上で動いているなにものかの影が確かにちらほら見える。
(プレストンが譲ったレッドロケットを仮の本拠地と言い張ったのも、こいつが原因なのかな)
ずっと不快に思っていたが、なるほど。確かにこんな立派な砦を持っていれば、ガレージ程度の大きさでは満足できないのだろう。
突然、背後の町の中から爆発音が響くと。戦闘音がはじまった。
「旦那様っ」
「大丈夫だ、エイダ。レーダーに反応はないだろ?
どうやらスーパーミュータントかレイダーが戦闘を開始したようだな」
「――はい」
「ここから遠そうだ、心配はいらないよ」
とはいえ、いつまでもここで黄昏てばかりもいられない。
ディーコンが裏切って帰ってしまったら。自分はスーツを着て泳いで帰るか。ここからタイコンデロガまで歩いて帰ることになる。
僕は来たときと同じく、メタルアーマーとVaultスーツを脱いで裸になると。エイダの中に預けていた防護スーツへ静かに着替えた。
「実はひとつ、気になっていることがあります。旦那様」
「なんだ?」
「あなたは本当に泳げるのですか?来たときの様子を見ると。あれは、まるで――」
「エイダ。いい言葉を教えよう。『知恵は経験の娘である』だ」
「――なんです?」
「僕は泳ぐという理論は知ってる。あとは経験を通して実践している真っ最中なのさ」
そういうと僕は空中に体を躍らせ、海中へと飛び込んでいく。
(あ、出典はレオナルド・ダヴィンチね)
スーツの中の空気のおかげですぐに浮力で海面に出ると、腕と足を動かして必死に平泳ぎとやらを実行した。
おしてはかえす波の間に、バシャバシャと音を立てて無様にも漂う僕は、沖の船を目指してすでに必死になっている。
エイダは少し送れて陸地を離れると、海上をフラフラと海風に苦戦しつつ――それでもあっというまに泳いでいる僕を抜いて先に沖に止まっている船へと戻っていく。
ディーコンは船の上で待機しながら、その様子をニヤニヤと悪い笑みを浮かべて眺めていた。
いつもは訳知り顔でなにかと傲慢な物言いをする若造が、必死に沈むまいと波間でもがいている姿を楽しめないはずがないではないか。これがあるから、運転手も留守番も喜んで引き受けたのだ。
(設定)
・今の海は、陸地と変わらず危険な場所だ
原作では海の脅威はほとんど実装されておらず、平気でホイホイ泳げるようにはなっている。とはいえ、現実に考えればそんなわけがない。
・泳げるのですか?
ええ、今回の話。ようするにこれがやりたかったんだ。