こちらの主人公はゲーム本編の方の人になります。これより先は愛称である
200~Two Hundred~
(語り手)
夜の風をきり馬でかけるのは誰だ?
それは父親と子供
父親は子供を腕に抱え
しっかりと抱いて温める
息子よ、何を恐れて顔を隠す?
(シューベルト作、魔王より)
凍る世界にも、夜の星は美しく輝いていた。
地上を雪と死体でうめつくしているせいだろうか、星はとても強くその輝きを頭上に見せている。
私は冷たい大地に横になり、白い息を吐き、苦痛にあえいでいた。
――人は、過ちを繰り返す。
これは私の言葉ではない。
祖父から伝え聞いた言葉の意味を、私はただ味わっている最中というだけだ。そしていつか、それを誰かに――息子に語って聞かせる日が来るのだろう。そうでありたい。
2077年1月9日未明。
かつてカナダと呼ばれていた国が消え、アラスカは戦場になっていた。
そして私、フランク・J・パターソン・Jrは部隊をひきいて半ば強引な――いや、はっきり言ったほうがいいだろう。この難攻不落の敵要塞に対し、超高高度からのパラシュート降下などという自殺作戦を決行した。
その結果が、このザマである。
昨年末、クリスマスを前にして妻の出産に一時帰国が許されたのは、要するにこの作戦で心置きなく死んでもらってかまわない、そういうことだったのだと今ならわかる。
それを理解しないまま、一時帰国を懇願した上官たちに感謝を伝えて回ったあの時の自分の愚かさ、馬鹿さ加減に、思い出すと恥ずかしくなってこの場で自殺したくもなる。
クリスマス前に無事に出産した妻のノーラと、生まれたばかりのショーンと、実家で共にクリスマスを楽しく過ごして前線に戻ってくると。自分よりも前にそうした儀式を終わらせていた前任者たちは全員、見事に戦死していた。
そうだ、彼らの目論見どおり。そして私の順番が来た。
「こんな幸運、めったにないことだぞ。奥さんと息子さんをつれて、家で楽しく過ごして来い」などとあの時は笑顔で送り出した上官たち。
あいつらは私に生前での2階級特進まで用意し、司令部でずっと待ち構えていたわけだ。
まったく――。
足音がした。
痛みと、自分のついてないここ数日の呪わしい展開に思いをはせ。うっかり気がつかなかった。
降りてきたときのパラシュートを見られたのか?それとも着地に失敗し、倒れてうめき声を上げ、もがいているところを見つかった?
とにかくどうすればいい?
その場で今から飛び起きれば、それで目出度く相手に撃ち殺され。無事に任務は失敗するかもしれない。
私は死んだフリをすることにした。わかってる、馬鹿みたいだと思うよ。飛び起きなくとも、うめいている相手を中国軍は止めを刺すかもしれない。でもこのときはそれが名案に思えて、これしかなかった。
「無様だったな、大佐。もう死んだか?」
どうやら運は私を見放してはいなかったようだ。
「ハロルド、無事だったか」
「こんなことで死んだら、俺がもう一度殺してやったのに、大佐。あんたのせいでこの
「黙って腕を貸してくれ、このカナダ野郎」
「ああ」
差し出された手が握られ、力強く引っ張り上げられる。
体の節々だけでなく、頭部にも痛みがあるが。出血はない。
世界を冷たく見下ろす星空が消え、凍る世界が視界に入ってくる。強い風と、白銀に覆いつくされた夜の山岳地帯は、不気味に蒼く輝いているように感じられ、不思議と明るい。
「大佐、あんたの装備は駄目だった」
「谷底に落ちたか?」
「似たようなものだ、向こうでばらばらになっていた。これを」
副官――長く相棒として付き合っているハロルドが、彼の双眼鏡を渡してくる。
私はそれを使って山の岩肌をなめるように確認しながら、これからの行動を脳内で確認する。
アンカレッジの戦い。
これは11年続く戦争だ。
誕生したばかりの息子と、妻の泣きそうな笑顔に見送られ、幸せな家庭に背を向けて戻ってきた私に上官どもはそれを突きつけてきた。
中国軍、敵司令部への直接攻撃作戦。
「よし、一度しか言わないからよく聞け。あの日、敵は上陸するとあっという間にこの場所に設備を構築してしまった。そうだ、敵は素人じゃない。訓練を受けた大勢の殺人機械だ」
「このアンカレッジ解放のため、幾度も作戦は立てられたものの。やつらは今も好き放題に暴れ、我々の仲間は傷つき、この場所で命を奪われている。そのような横暴を、これ以上許すわけにはいかない」
「おめでとう、君はこの作戦をもって大佐に昇進だ」
そしてわかった。
自分と共にこれまで戦った戦友たちが、自分が休暇を楽しんでいる間にこれと同じ言葉をおしつけられたということを。
そして、自分も彼らと同じことをこいつらは望んでいるのだということを。
あえて口には出さなかったが、あいつらには一つだけ疑問を投げかけたいと思っていた。
だが、聞かなくてもわかる。もし口にすれば、きっとこう答えたはずだ。
「なに?もし大佐の部隊が失敗したら、だと?心配するな、ちゃんと考えがある。予備プランというやつだ。
その時は別の誰かが大佐の後をついで――この任務を引き受けてもらうことになる。そして倒れた君たちのために立派に活躍してくれるはずだ。
だが、当面はパターソン大佐……彼と彼の部隊の奮闘を期待し。我々は全力で彼らを援護してやろうじゃないか」
まったく、冗談じゃない。
任務の成功にはまったく興味はないが、私は妻と息子を残してこの戦場で死ぬつもりはない。
「いこう、相棒」
「大佐、本当に生きて帰れると思ってるのか?正気じゃないぜ、この作戦」
「そうだ、わかってる。敵前線司令部とそれを囲む複数の砲台の破壊。それをただでさえ少ない人員の部隊を分けて潜入し、武器は現地調達する。ひどい自殺作戦だ」
「それでもやるんだな。祖国のためか?」
「ああ、そうかもな。お互いのため、
そうだ、そのとおりだ。
私は死なない、彼女と息子の元へ。家族の待つ家に戻るため。
この任務に失敗はありえない。
==========
冷たい建造物の床にはいつくばると、私はきしむように体が感じる苦痛から逃れようとして悲鳴を上げた。
ここはVault111。
私はつい先ほど、後ろにある忌々しい冷凍装置から転がり出たばかりだった。
戦場を生き抜いた私は、父親となるべくあるべき場所に戻ってきた。無事を喜ぶ笑顔の妻と、元気に泣く息子の下へ帰ってきた。
私は死ななかったのだ、それなのに――。
体がまだいうことをきかない。
それでも必死に体を動かそうとし、必死になって自分の正面にある冷凍装置にしがみつく。装置の表面には霜が張り付き、そのあまりの冷たさに皮膚がやけどを起こしたようで私はもう一度、声を上げる。
悪夢はあの戦場にすべておいてきたはずだった。
軍の要求に答え、くだらない軍の戦意高揚をかねたシュミレーターとやらの開発にも嫌々ながらも協力してやった。
そうやって全てにケリをつけ、私は家族の元へようやく戻った。なにもかもすべてはこれからだと話し合っていた、それがどうしてこうなった。
新しい悪夢が、開かれた冷凍装置の中から姿を現した。
そこに眠っているはずの、自分の息子の姿はなかった。
そしてそこにいた愛した妻は、無残にも頭を撃ち抜かれていた。脳が破壊されたのだ、きっと苦しむ暇はなかったとは思う。でも、それが慰めになるか!?
低温で火傷した震える指先で、私は彼女のほほに触れた。
私の中の何かが崩れ落ちるのを感じ、目から涙があふれると。今度こそ私は湧き上がる怒りを抑えることをやめて絶叫した。
凍る世界はあの戦場で私を殺せなかったが。
かわりにこの瞬間にも、私の心を完全に殺してみせた。
夢か
ショーンは、息子は怪しげな一団に連れ去られ。
それに抵抗をみせた愛する妻は、問答無用で殺された、その全て。
装置の中でその一部始終を見ていることしかできなかった。
私はなんとしても守らねばならないものを前にして、無力でしかいられなかった。
その事実がさらに私を苦しめる。怒らせる。
そうだ、あの日のようにすべてを炎に沈めてしまえ、と抗らえない誘惑が胸の奥底に生まれ、育てようと決めた――
==========
「――こ、こんなことをした奴を許さない。ノーラ、愛している」
私は悲しいことに、退役してもまだ兵士だった。
気が狂うかと思うほどの怒りと、悲しみの激流は、私の中で竜巻となってはいるが。その方向はすでにはっきりときめられていた。
妻の手から息子を奪い、連れ去ったあいつら。
可愛そうな妻に、あろうことか銃を突きつけ、命を奪ったあいつら。
兵士として戦場に戻る私を、人権派の弁護士で知られていた妻は、複雑な思いを押し殺して支えてくれた。国にも、軍にも愛想を尽かした私の再出発で、家族はきっと幸せになれるわ。
争いを嫌っていた彼女はそう言って喜んでいたというのに――。
「ショーンは必ず取り返す。必ず、だから――」
暖かさが戻るはずのない彼女の指をとると、彼女の手から指輪をそっとはずした。
もうここに魂はない。逝ってしまった、あの多くの戦場で消えて言った友人たちと同じ場所へ。ならばせめて、彼女が思い残さぬように神の世界に旅立ち。私が送るであろう吉報を、そこでも笑顔で聞いていてほしかった。
だから彼女を――遺体をここから動かすつもりはなかった。Vaultは、この場所はもう墓場だ。
そして自分はそこから這い出た、死にそこなった男になってしまった。こんなことにならなければ、彼女のそばで共に永遠に眠りにつけたかもしれないのに――。
「ノーラ、さようなら。せめてここで、君は安らかに――」
悲しみが再び全てを圧倒し、涙があふれるのをとめられなかった。
戦場で戦い、恐ろしい数の敵を殺した自分は生き残り。優しかった彼女は去ってしまった。だが、自分は絶望に動けなくなるわけには行かない。
ショーンが、息子がいる。
装置のレバーを動かし、彼女を再び装置の中へと封印する。
やけどで赤く膨れ上がった手のひらで涙をぬぐいながら、私は一歩一歩進み始めた。
目指す敵と、自分に残された最後の家族を求めて。
――だが、話は簡単ではなかった。
この場所のシステムは半停止状態であるらしく。私の力では、息子を連れ去った連中がここでなにをしにきたのか。なぜ、ショーンを連れ去ったのか。さっぱりわからない。
そのかわりVault111と呼ばれたこの場所について情報を手に入れることができた。
この場所は最初から近隣の住人を集め、冷凍装置にかけるために用意されていたのだ。
ぼんやりと思い出したが。そういえばあの日、緊急の用事だと口にして新居を訪れたVault-TEC従業員は契約の確認をしているのだと言っていたような気がする。
当初の予定では180日間。それ以降は実験体として、住人の同意なしに冷凍保存後の人体研究に使うつもりだったようだ。
しかし予定は変更され、施設は内部崩壊、従業員は互いを殺し合う羽目になった……。
机に腰掛け、あまりに下らないこの場所についての邪悪な真相の数々に目を通すことに眩暈を感じる。
痛む手のひらの火傷のために、引き出しの中で見つけたスティムパックをさっそく自分に使う。
(外を目指そう)
シャワーなどはまだ使えそうではあったが、ここからとにかく離れたいと思った。
施設に並ぶ装置の中で今、”生きている人間は皆無”であるという、それがわかると、ここで暮らすことなど私には考えられなくなった。
Vault111は終わったのだ。
やはりここは死者の場所だ、ただの墓場だ。それで十分だ。
私は工具箱の横に置かれたレンチを手にすると出口を探すために部屋を出る。
どうやらこのVaultは通常のそれよりも小型に作られているらしい。Vaultスーツとレンチだけで、外に飛び出す前に。ほかに何か持ちだせるものはないか、この場所をすべて見ておきたかった。
そして私は自分の考えが間違ったていたことを再び知る。Vaultを管理、運営するという責任者の監督官とやらの部屋に入った、その時であった。
私はこの世界で運命的な出会いを果たす。
部屋には私よりも先に訪れた人がいた。
東洋人で、まだ若く。そしてなぜか裸のまま、震えている。そんな彼は部屋に入っていく私を見て、はっきりと怯えた目をこちらに向けてきた。
(設定)
・アンカレッジ解放
Fallout3DLCにあったエピソード。
2066年にアラスカに対して中国軍が侵攻。2077年1月まで戦争が続いた。
軍はこの戦闘を訓練シュミレーターとして開発し、遠い未来で前作主人公がこれに挑戦することとなった。
・ハロルド
オリジナルキャラクター。
軍に所属していたフランクの友人であり、部下であった。