Vault81をあとにして、見慣れたグリーンジュエルの高い壁が見えてきた時だった。
私達は驚いたことにそこにひょっこりとあらわれたパイパーと鉢合わせする。なんでもちょうど、私たちが近くまで来ているという噂を聞いたらしい。
ダイアモンドシティについた私は、パイパーにこれまでの話をきかせた。
彼女は興奮していて「凄いじゃない、ブルー。ちょっと会わない間に、ミニッツメンを立て直しちゃうなんて」と彼らのリーダー、将軍と呼ばれるようになった私に喜んでくれた。
悪い気分ではないよ、そう軽口で返したが。彼女の反応を見て、自分の肩に託されたものがどれだけ重要な任務なのか、思い知らされた。
新たに加わったキュリーと、破壊されたコズワースの話には彼女は顔をしかめていた。
まぁ、無理はないだろう。
Yault81の誕生にはじまった歪みが、ウイルスを繁殖させたモールラットとキュリーのようなロボットを生み出してしまったのだ。私とアキラはそれに巻き込まれただけに過ぎない。
少年の命は救ったし、彼らからも感謝はされたが。あの事件がハッピーエンドだと素直には喜べないものがあった。
「コズワースについてだけど、アキラがいうにはまだ諦めなくても大丈夫だといってくれている。そこで、ひとつ聞きたいのだけれど。例のハングズマン・アリー、あそこは今どうなっている?」
「え?あれ?」
「ああ、そうだ。レイダーを一掃した後は、この町に管理を頼んでいたはずだがーー」
するとパイパーは思い出したくなさそうに顔をゆがめるとなぜか不満そうに答えた。
「こっちがあいつらが出来なかった事をしてやって、あの場所の管理を譲ってやったのにさっ。セキュリティーも、あのマクドナウ(市長)も、余計なことをしてくれたって陰で言ってるらしいんだよ!
それって信じられないことだよね!?」
「――そうか」
「一応は何日か置きにセキュリティが顔を出してるらしいけど、予算がどうとかで何も手をつけてはいないみたいね。管理といっても、その程度のことしかしてないし」
丁度いい。ミニッツメンのリーダーとして、あの場所を再度こちらに引き渡してもらう。そのために、パイパーに市長との面会に協力してもらうことになった。
私にはわからないが、コズワースについてはアキラはまだ自信があるようだ。確かに、あの時だって破壊され、火に包まれて、床の上で機能を停止した彼に飛びついて必死に助けようとしてくれた。
私がそこまでしてくれたアキラを信じない理由もない。
コズワースの新しい体を用意するなら、広く安全な空間、新しい体を組み立てるだけの資材、ちょうどミニッツメンが探し当てたサンクチュアリのような場所があるならそれが一番だ、と。
それには心当たりがある、私は答えた。
レイダー達がいたハングマンズ・アリー。あそこに入居者を迎えたいといって、譲ってもらえればいい。
だが、欲深いのかなんなのか。ダイアモンドシティの市長、マクドナウは受け取ったときと同様にこの話には難色を示してきた。今のままがいい、それが彼の考えらしい。
パイパーは怒鳴り散らしたが、相手にしないという彼の姿勢に私もついに最後の手段に訴えることにする。
「市長、あなたとは私がこの美しい町を訪れたときからの縁がある。少なくともそれからはしばらく、この町の周辺にある脅威に対して、わずかにだが貢献させてもらった。もちろん、今回の場所もそのひとつだ」
まぁ、確かに。柔らかな物言いに反して、尊大な態度の市長に続けて私は言葉をたたきつけてやる。
「そんな私も気がつくとミニッツメンのリーダーとなった。責任者というのはどれも同じです、あなたの苦労や考えについても私は同意できる部分がある。だが決定的に違うこともある、わかりますか?
それはあなたは市長としてここにいる住人達に愛と感謝を口にするが、私はミニッツメンだ。より確固とした、強力な防衛体制にこそ訴えたい。
ここにいるパブリック・オカレンシアの過去の取材を聞くと、あなたとあなたのセキュリティはどうも頼りないようだ。愛情深いあなたが正しい決断ができないとなると、こちらはあなたの出来ないことが出来ると。住人たちに理解を求めるしかない。そう、あなたが訴えたあの日の演説のように」
私がこの町を訪れたその日、パイパーを締め出せないとわかるとこの男は広場で彼女の新聞記事を非難し、反論の声を上げた。それと同じことをしてやる、そう言ったのだ。
彼は自分が座る椅子を誰かに蹴飛ばされることが嫌いらしい。市長がどうしても応じないなら、アキラにも協力を頼んで最悪ここを占拠するかとまで考えたが、向こうはあっさりと態度を翻した。
パイパーの話だと、私はずいぶんと怖い顔をしていたらしい。
『グリーンジュエルの安全はうちが引き受けてもいい』と言っている様で、脅していたよというのだ。
まぁ、私はそれ以上のことも考えてはいたけれど。
パイパーが嫌う市長が、その前に考えを変えてくれたのは。とにかく両方にとってよかったということだろう。
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左右にそびえる建物によって作られた空間、ハングマンズ・アリー。
初めてここを訪れたアキラと、再びこの中から見回した私の表情は明るいものではなかった。
「どう思う、アキラ?」
「――人は暮らせるでしょうが、近くに大きな町がある。その上、ここだと戦闘が避けられない。
人が住んで心を休める場所ではないように見えます」
「そうだよな」
しばらくはここは私たちで寝泊りに使い、後はミニッツメンをここに置くのがいいだろう。
アキラはさっそくレイダー達が残した居住空間をロボットたちに命じて徹底的に取り除くようにし。パイパーとマクレディにはダイアモンドシティから食糧を買ってくるようにと言って追い出した。
そうして彼は、私の元にやってくると話があるという。
どうやらこれを狙っていたのだろう。
「なんだい、アキラ?」
「――これからのことです、レオさん」
言われて私は思わず彼から視線をそらしてしまった。
ああ、わかっていたことだ。
私は息子を探し、彼は多分だが自分の記憶を探している。
当初は他人から聞かされるアキラの恐ろしい暴力性は、私の知る彼の姿とはまったく似ても似つかないものであると思っていた。
だがそれは違うのだと、もう知っている。
彼も私と同じように心の中で怒りを飼いならしている。
私と違うのはそれが他人ではなく、大部分が彼自身に向けられていることだろう。彼がその怒りを憎悪の炎に変えてしまい、ついには理性を失えばどうなるか?
私はその答えをすでに知っていた。
アンカレッジから戻り、あの地獄を生き延びてもそれを否定され。ありもしないストーリーで沸く世間も、身を捨てるほどの忠誠心を捧げた軍も憎むことが出来ない兵士たち。私の友人であり、部下だった。
彼らは皆、銃口を口にくわえて自分への怒りを解放してしまった。
アキラもバランスを失えばそうなる可能性がある。だが、私は彼を仲間と同じく常に助けてやることが出来ないのも事実だ。私達は別々の旅の途中で、わずかに一緒にいるというだけなのだ。
「パイパーがずっと調べてくれたらしい。だが、探偵の行方はつかめないでいる」
「――はい」
「ひとつ、可能性があるといっていた。最近、ここらで救援信号が流れているんだそうだ。どうやら長いこと誰かがスーパーミュータントに捕らえられているらしい」
「えっ……その人、生きているんですか?」
「わからない。だが、パイパーひとりではいけない場所だ。私が行くしかない」
「はい」
自分のことを話して、ようやく私は彼の顔を見れるようになった。
「君は?」
「レールロードにもう一度接触します。あのハゲ――」
「ディーコンと名乗っていた、怪しいのだね」
「ええ。あれにもなにか考えがあるようで、潜り込めそうなんです」
「危険ではないのか?心配になる」
「なんとかやるしかないです。他に当てもないので」
「そうか。そうだよな」
やるしかない――それはお互いの共通の想いだった。
「レオさん、コズワースは復活させてもすぐには連れまわせません」
「そうだなぁ」
「スーパーミュータントの集まる場所にいくなら、犬のカールとパイパーだけでは不安でしょう。僕が雇ったマクレディを連れて行ってください」
「アキラ?君はどうするんだ」
「キュリーとエイダがいます。どちらもここで再改造を予定しますから、戦力はそれほど低下しないはずです」
正直、嬉しい申し出であった。
私はかまわないが、巻き込むことになるからと同行を拒否しようとしたパイパーはそれをさらに拒否していた。きっとそれを彼は聞いていたのかもしれない。
威勢のいい女性とはいえ、人を食べるとまで言われる危険な脅威の中に連れて行くことに不安があった。一緒にマクレディが来てくれるというなら、少しは安心できる。
「ここでお別れか。だが、また一緒に旅がしたいな。出来れば、だが」
「そうですね。ここ、利用しましょうよ。しばらくは人も入れられませんし。メッセージを残せるようにします」
「ああ、そうだな……アキラ、気をつけるんだぞ。君とはまた会いたい。ショーンとも会ってほしいしね」
「レオさんも。お互い、進む先で幸運が転がっていることを願ってます」
「埋まっていても、なんとしても見つけて掘り返すさ。君と私ならそれが出来る……」
私も都合のいいことを口にしてしまった。
こんな場面では、感傷的になってつい父親面をしてしまう。彼はそれを許してくれた、本当にいいやつだ。
ロボットたちが作業を続ける姿を、私とアキラは並んでしばらくその様子を見守っていた。
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真っ暗な感覚は、海の中のそれだからだったのだろうか?
引き上げられように、まとわりつく闇がぽろぽろと零れ落ちるのにあわせて。自分の五感が急速に回復していくのを感じる。流れるエネルギーが、電子装置の中をやさしく触れて回り。意識が回復してくる。
「あっ……ワタシッ……負けませんっ。そっ……あれっ?」
「コズワース、どうだ?」
「ワタシ、私は――これはどうなっているんですか?ここはどこです?なにがありました?」
見たこともない景色の中で、自分がロボット作業台の上にすえつけられていることを理解した。
「ちゃんとこれから状況の説明をしてやるから。冷静に、落ち着け。それと自分のチェックを開始しろ、ほら今すぐだよ」
「わ、わかりました、アキラ。プログラムのチェックを開始します」
ペンを持ったアキラはそれをコズワースの目の前で上下左右に動かしてみせ、それを追うようにと要求した。
「そのくらい、ちゃんと見えていますよ。これになんの意味が―ーヒッ!?なんですかこれはっ」
「……」
「ワタシ、私は裸じゃないですか!?どうしてこんな姿に」
「ああ、それな。鎧、じゃなくてカバーは外してあるんだ。当分は着せる予定はないから」
「なんですって!?」
そうしてようやく事情が説明された。Vault81でのMr.ガッツィーとの対決の結末。
騒ぎを収め、ダイアモンドシティーへ向かい。新しい居住地の候補地で、こうしてようやくコズワースを復活させることが出来たこと。
「それはわかりましたが――旦那様はどうされましたか?ここに姿が見えないことが、とても不安なのですが」
「コズワース、それだけどレオさんはここにはいない。君の新しいからだが出来てくるのを確認したところで、一足早くここから立ち去ってもらった」
「なんですって!?」
「ああ、そうだ。はっきり言っておくよ。君はむこう半年の間は、この場所にいてもらいたいと考えてる」
「ここに!?誰もいませんよ!」
「だからいいんだよ。君と君の新しい体がちゃんとリンクできていると確信できるまでは、ここで孤独に生活していてもらう」
「そんなっ、そんなっ!そんなこと納得できません、抗議します!」
だがアキラの決定はその声だけでは、くつがえされることはなかった……。
==========
いつもそばにいてくれるカールの首筋をなでると、気持ちよさそうに目を細める。
ダイアモンドシティで手に入れたドッグアーマーをつけて勇ましいが、動きづらくもなっているかもしれない。アキラはもちろんだが、コズワースもいないとなるとやはり私にもどこか不安があるのかもしれない。
「レオ、でいいんだよな?」
「そうだ。君はあくまでもアキラがやとった傭兵だからね、その方がいい」
「そんじゃ。なんでわざわざあんなヤバそうなところに突っ込むのか、それを教えてもらえるか?」
私が頷くとパイパーが丁寧に説明を始める。
探偵のニック・バレンタインの居所は今もわからない。
だが、わずかだが手がかりがある。
ここ数週間ほどダイアモンドシティで噂になっていることがある。
そこからひっきりなしに救援放送が流されているのだ、と。実はパイパーもそれを聞いたそうだが、驚いたことにこの放送の中で救援を求めるそいつは自分のことを話していたのだそうだ。
WRVR局の偉大な俳優、レックス――これはまぁ、本人の言葉だ。
パイパーは早速WRVR局に確認を取りにいったらしい。
すると中では大騒ぎになっていて、あんな場所にいくなら兵隊が50人くらいいると頭を抱えていたそうだ。
そのレックスがここを飛び出す前後に、ここに探偵が別の件で訪れていたらしい。困ったことに話したのがレックスだけだったので、何の用件なのかはわからなかったが。
「しょうがないことなんだけど、さ。こうなると本人に聞くしかないんだけど、その本人はスーパーミュータントがウロウロしているトリニティ教会近くのタワーの上に囚われているって言うのよ」
「マジかよ、狂ってるな」
「ブルーなら、パワーアーマー持ってたし。もしかしたらって思っていたんだけどなぁ――」
今度は私が苦笑いを浮かべる。
私とアキラのパワーアーマーはミニッツメンに預けてきていた。戦場に飛び込むならいいが、あいにくあれを着てまた旅をするのだけは御免だったのだから仕方がない。
私の感情の変化を察したのか、カールは私の顔をなめてきた。私はそれをかわして立ち上がる。
「救出作戦だ。素早く、容赦なく、必要なことだけ済ませて終わらせてしまおう」
口ではこうは言ったが、簡単なことではないことはわかっていた。
それでも、私はやらねばならないのだ――。
タワーの一階はこちらが驚くほどアッサリと制圧できてしまった。
緑の大男は3人程度しかいなかったからだ。だが、やはり安心はできないのだとすぐに悟る。
『ハッ!ベツノニンゲン ガ レックスヲ タスケニヤッテキタゾ!』
動かなくなった大男の腕に噛み付いているカールに合図してやめさせる。銃を構えて階段を上り、常会への進入口を探す。
『オレタチ ハ オマエタチヲコロス。
ダガ オマエタチハ ヨワイヤツシカ コロセナイ。オレタチハ ツヨイヤツラダケガ イキノコル。ダカラ オマエタチヲ コロス!』
「頭悪いくせに、妙に理論的なんだな」
「何!?納得してるんだよ。馬鹿じゃないの。ブルー、この傭兵になんか言ってやって」
「2人とも落ち着け、まだ始まったばかりだ」
足元でカールがワンと吼える。どうやら落ち着かないのは人間だけらしい。
「スーパーミュータントは銃の扱いについては乱暴だ。接近されることだけは許すな、力比べは無謀すぎる」
「ああ――ビルを登って、また降りるだけだろ?楽勝さ」
「不安なのは私だけぇ?もう、いいよ。なんで来ちゃったんだろう」
私は笑うとエレベーターのボタンを押す。上階への道はこれ以外はつぶされていた。確かによく考えられているとは思う。進入方法をひとつに絞ることで、入り込んだ敵を簡単に脱出させないという理屈なのだ。
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「モノオト?」
スーパーミュータントが異変に感づくと、それにあわせて私が口笛をヒューと吹く。
振り向く相手に3人の銃がいっせいに火を噴くと、あっという間に相手は崩れ落ちる。
「ナンダ?ドウシタ!?」
フロアからそんな声が上がる。わたしはそれであと3人いるとわかり、みなに指で3を見せるとそれぞれのいる位置を指してから移動を開始した。
気配がある以上は動き続けることをやめはしない。私は壁沿いに次のフロアを覗き見て、すぐに後ろに続く皆をそこへと導く。
ガガガン!と銃声が鳴り響いて2人目が崩れ落ちる。
空になったマガジンを抜き「リロード」と呟く、自分が終わるのにあわせたように他の2人もそれに続く。
ここで一気に決着をつけるつもりだ。目の前に影が横切り、カールが勢いよく飛び出すと階段を駆け上がっていくのをみて、私も飛び出していく。
「カマレタッ。カマレテルッ!」
カールが早速噛み付いている、そいつに狙いを定めた瞬間であった。
上階の窓ガラスが破られ。スーパーミュータントの一体が歓喜の声を上げて落ちてきた。
「コロスゾ、ニンゲン!」
受身も取らず、ハンマーを胸に抱いて転がり落ちてきたそれは。のんきに私の前で立ち上がってそいつを振りかぶるつもりでいるらしい。
だが、今回はいい不意打ちであった。私はカールの噛み付いている相手から、この襲撃者に狙いをかえる。
そいつの首から上が吹き飛ぶが、同時にカールが引き剥がされるとタワーの壁に叩きつけられてしまう。
「畜生、やりやがったな!」
「マクレディ、乱れるな!パイパー、頭を狙え!」
「こけおどしで、頭のないやつばっかりだね!」
見事にそろって一斉射でそいつも蜂の巣にしてやることができたが、困ったことに私が気がつかなかったちょうどこのフロアの入り口に殺到しようとしていた――。
タワーの最上階では、この場所のリーダーを勤めるスーパーミュータントが。自分が認めた仲間達と共に下の様子を見ていた。だが――。
「オレダ、フィストダ!ドウナッテイル?ニンゲンハ シンダカ!?」
数分前からどこからも連絡が入らなくなっている。
まったくもって腹立たしいが、仕方がないので町の中にはなっているヒヨッ子達に対して帰還するように命じなくてはいけなくなった。あいつら、たいした強さもないのにこの場所に戻ってこれると喜んで飛んでくるに違いないし、それがわかるから返事を返さない奴等に対しても腹が立つ。
「連邦ハ オレタチ スーパーミュータント ノ モノダ!ニンゲン ノ 時代ハ 終ワッタ!!」
このタワーの頂上からは連邦の――ボストンの四方が見渡すことができた。
フィストはずっとここから見下ろしてきた。力もないくせに集まって、つまらない退屈な生活を続けているグリーンジュエルの人間達を。
少しは骨のあるグッドネイバーやレキシントンの馬鹿共も、実際は腰抜けばかりだが。あいつらは楽しみのために少しだけ後回しにしてやってもいい。
「オマエタチ――」
銃声が。いや、銃撃戦がすぐそばで唐突にはじまった。
ここからのぞけば見える階下から怒号が聞こえ、無様にも虚空へと吹っ飛ばされて落ちていく同胞が見えた。
フィストは不快感にウウッとうなり声を上げると、この場にいた仲間にも行くようにあごで示す。
信じられないが、最強のスーパーミュータントが押されている。
これまでならばあっという間に叩き潰されるような人数なのに、まるで大軍に攻められている様な勢いと脅威を感じている。
「ダガ 俺ハ負ケナイ。俺ハ フィスト ダ!」
人間が使う武器作業台の上に投げ出してあったそれに手を伸ばした。
人間が人間を殺すために作り出した最悪の一品、ミニガン。フィストはこれを人間から奪い、人間に対して使ってきた。そして未来には奴等のすべてが連邦からフィストとこいつによって駆逐されるはずだ。
「クソッ、また一丁やってきたよ!」
「マジかよ、入れ食いはキツイぜ」
「まかせろ」
私はコンバットライフルをショットガンに変えて飛び出していくと、それまで3人の後ろでじっとおとなしく伏せていたカールも再び元気に吼えながらそれについてくる。
「ニンゲン ミナゴロシュ!?」
水平2連と違い、このタイプは連射がきく。弾丸の中をつっきてきた相手の前に立った私は平然とそれを相手の頭部に向けて撃ち続ける。
カールがひざに噛み付き、引きずろうとしたせいでバランスを崩した相手は綺麗に後頭部を私にさらしてしまう――。
マクレディはフゥと声をはきながら、ライフルに弾丸をこめていく。
「思えばボスも頭のおかしい奴だったけど、あんたもあいつも、その同類だってこと忘れてたよ」
「なーに?泣き言なんて」
「あんたもイカレてるよな、こんなところで銃振り回してよ。どこが普通の新聞記者なんだ?」
「どうした、マクレディ」
「別に――ああ、ボスに言われたとおり。こいつにたっぷりの弾倉つけてもらうんだったぜ。指がおかしくなっちまうよ」
彼の気持ちはわかる。私もここまで緑の巨人の上を踏み越えてくると状況のおかしさに投げやりにもなりたくなってしまうのだろう。
「2人とも余裕があるな、私はそんな元気も――」
私は最後まで言わなかった。かわりに2人の手をとると階段まで飛ぶようにして戻っていく。
その様子に2人は驚いているようだったが、すぐに気がつくだろう。金属が激しく擦り付けあう回転音に続き、凄まじい数の弾丸が自分たちがいた場所に着弾する音の洪水が迫ってくる。
階段の壁際に立って一息つくと、パイパーがパニックを起こした。
「ちょっと、ちょっと!なによあれ、死んじゃうよ。あんなの当たったら、どうなるの!?」
「スーパーミュータントにミニガンかよ。最悪の『死のケース』に出会っちまったな――」
「死の―ー?なんだ、それは」
「傭兵の格言みたいなものさ。スーパーミュータントに会うのは最悪だが。奴等の中にミニガンを持ってるのがいないなら、まだ助かる希望はあるってやつ」
「動クナ!ジットシテイロ。フィスト ガ 引キ千切ル、ズタズタ 二!ブッツブス!!」
「あんな事いってる!」
私は2人に撃ちかえしてくれ、とだけ伝えると行動を開始する。
崩れかけた階段まで垂れ下がった渡り廊下に飛びつくと、そこからフロア2階までするするとよじ登る。冷静に見渡せばその様子はしっかりと見れたはずだが、スーパーミュータントは階段の影に隠れている人間達に注意がいっていてこちらには気がつかない。
そのまま匍匐前進で蛇のように静かに移動を続けると、1階下のフロアでほえている相手の頭上に来た。
ガトリング砲の咆哮の中で、私は短く口笛を吹く。
打ち合わせはしていなかったが、期待と信頼は十二分に果たされた。それまで階段下でじっと伏せていたカールが飛び起きると走り出し、フロアの中に飛び出していった。
スーパーミュータントはそれに反応するが、それこそ私が欲しかったチャンスであった。
右手のマシンライフル、左手にレーザーを抱えて立ち上がると相手の後頭部と背中に向けて引き金を引いた。
相手は苦しげな声を上げよろめくが、それだけだった。
どちらも残弾がゼロとなるが、それらをすばやく背中に回しつつ階下へと飛び降りつつ背中にドロップキックを浴びせてやった。
これはさすがにキいたようで、片膝をつくと吊り下げていたミニ・ガンが床に落ち。バランスの悪いでこぼこの上を転がって部屋の隅までいってようやく止まった。
「人間!?スーパーミュータント ハ 負ケナイ!」
立ち上がって振り向こうとする相手の足をカールが何度も噛み付くが、相手にしない。どうやら私に気がいっているらしい。
それで構わない、こっちもそれを待っていた。
力強く拳を握りこむ、全ての筋肉を使って右の拳を弓を引くかのごとく大きなモーションで振りかぶると、相手のアゴ先めがけてそいつを3度続けて叩き込んだ。
全盛時であればこれだけで相手を一発で殺害したと確信できるパンチであったが、さすがにスーパーミュータントである。顔もアゴもサイズがでかいが、タフさも尋常ではなかった。
それでも口の形が変形し、言葉が発せなくなっていたのだからまったく無傷でもなかっただろう。
「オウ、オウフッツ!!」
丸太のような腕を振り回したが、怒りに任せたせいで奴もモーションが大きかった。私はそれを余裕のステップを刻むことでかわすと、階段に向かって再び走り出した。ここは撤退したほうがいい。
ワンワンとカールが吠えながら私に続き、階段の陰に隠れていた2人には手で戻るように指示を出す。
思ったとおり、逃げる相手に激怒したのだろう。すごい声が上がると、地面を揺らして迫ってくるのがわかる。
私は仲間が踊り場を通ってさらに階下に向かったのを確認しながら、懐から何かを取り出し。小さな踊り場の上にぶちまけた。
撒かれたそれは地雷である。
ただし、通常のそれでは筋肉が驚異的に発達した相手に対して効果が薄いので。私が用意したのは冷凍地雷とよばれる爆発と同時に吹き飛ばされる対象を瞬時に凍らせるというものだった。
階段を最後まで駆け下りる暇はないと判断した私は、そこからフロアに向かって体を投げ出す。
同時に背後ではpipipiと不穏な電子音がして、爆発がおこった。
床の上と背後からの衝撃でたたきつけられた私は息ができず、顔を歪めながら体を曲げる。それがたまたま、その瞬間を目で捉える奇跡となった。
煙の中で真っ白に凍らされたスーパーミュータント――このタワーの主を名乗ったフィストが踊り場の上を滑りながら、角に続いていた部屋の中へと消えていく。
そこから先は直接は見ていないが、何が起こったのかは良くわかっている。
このタワーの壁はそこかしこで中身が丸見えになるくらいに剥がれてしまっており。フィストの体が転がっていったそこもまた。壁がさえぎることなく地上を良く見下ろせるように大きな穴がぽっかりと開いていたと記憶している。
あんな状態で勢い良く転がっていけば、止める壁もないわけだから空中に投げ出されたはず。パワースーツを着ていたとしても、このビルの高さからのブレーキなしの着地は命にかかわると思われるから――まぁ、そういうことだ。
「ブルー、今。あれがそこを――」
「マジかよ。本当に来れちまったのか、俺達」
「落ちたよね?あそこから、外へ」
ここまでついてきたくせに、どうも口ぶりは信じられないといった様子の2人だが。まだ起き上がれないでいる私を気遣ってくれるのは、カールだけらしい。
私の横に体を寄せると、祝福のキスの変わりに激しく顔をなめようとした。
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救助者を前にして言うことではないが、さすがにこれはないと3人の思いはひとつであった。
「おお!救助者よ!私はここだ、偉大な吟遊詩人はここだ」
扉の向こうではスーツ姿のひどくこっけいな口をきく老人が騒いでいる。これが……レックスなのだろう。
「ここまで辿りついたのはあなた方が最初だ。他の人々は――どうも、スーパーミュータントに食われてしまったようだ」
(そりゃ当然だろう)マクレディでなくてもそう思うが、彼はそうではないのだろうか?
「早く、早くここから私を開放して欲しい!逃がしてくれ!」
「フィスト ノ 弱イ手下、スグニココニ集マル。急ゲ」
レックスに続き、彼の後ろに立って私たちを唖然とさせているソレが口を開いた。
パイパーの声は震えていた。
「えっと、あー。これってさ、どういうことなのかな?ちょっと――いえ、凄く混乱してるんだけど」
「マクレディ」
「ああ、レオ」
「この袋の中の残った地雷を下にばら撒いてきてくれ、すぐに」
「ああ、わかった……助かったよ」
私は一歩前に出ると、必要なことだけ質問することにした。
「あんたの後ろにいるの、大丈夫なんだな?」
「後ろ?ああ、ストロングのことか。彼は大丈夫だ」
「必要なことだけさっさと答えるんだ。時間がない――」
「ああ、わかっている」
「安全にここから脱出する方法はあるのか?」
「ああ、そこの――」
「あるならいい。よく聞け、この扉を開けたらすぐに脱出する。下につくまでは、指示にちゃんと従え。
できないというならここから地上へ放り出す。まだだ!それからな――下に下りたら全部、ちゃんと話を聞かせてもらうぞ」
「ああ、ああ!それでいい、なんでもいいからここから私を出してくれ!」
私が思い切り鍵を鍵穴に強く差し込むと、後ろのパイパーの体が小さく震え。さらに小さな祈りの言葉が聞こえてきた。まったく、どいつもこいつも……勘弁してくれ。