ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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Vault81解決編です。
次回投稿は2日後を予定。


憤怒の罪

 レオの目に映る彼――コズワースが最後に発した言葉はなんだったか?

 

 あの器用に使い分けていたマニュピレーターがすべて切断され、床に落ちていく。買った時に、説明書に『噴射口は大変危険ですので、手や顔を近づけないでください』とあったそれも、バラバラになって空中で分解されてしまった。

 あの愛らしい丸い頭とそこについている目が、地面に落ちるとボールのように跳ねてから火花を散らしていた。

 

 吹き上がる怒りは、冷凍装置の中で無力だった己を連想させ、さらに激しく燃え上がると理性は簡単に吹き飛んだ。

 同時に軍人として仕込まれたあらゆることが作動する。

 怒りを憎悪に、憎悪を殺意に恐ろしい速さで変換すると。顔は驚いた表情をまだ張り付かせたまま、体から殺意を放出させつつ背中のライフルを取り出し、構え、周囲にまだ逃げていないVault居住者が周囲にいるのもかまわずに引き金を引いた。

 もちろんレオの射線に邪魔だったマクナマラン監督官の魅惑の後姿を突き飛ばし、セキュリティを押しのけるのも忘れてはいない。

 

 相手は何かののしると、マニュピレーターの先にあるミニガンをレオに向けるも。今度は別の方角から始まった攻撃に邪魔される。

 マニュピレーターの根元にスパイクが貫き、レーザーとライフル弾がミニガンの横合いからの一斉攻撃で破壊した。

 そうなるともう、一方的だった。

 激しい攻撃にはさまれ、姿勢制御も怪しくなった相手は反撃することもできず。最後はレオが正面に立ち、無表情でそのサイコロのような頭に向けてライフルの背を何度も振り下ろすと、ついに動くのを止めた。

 

「……忘れたか、自分の持ち主の名前!」

 

 背後でアキラが声を上げているのが聞こえた。

 彼はそれに答えようと私の名を口にして――しかし最後まで言う前に、沈黙する。

 

 

 

 Vault81の中は騒然となっていた。

 僕はドクターが奮発して渡してくれたスティムを一本ずつ両腕に突き立てると、忙しく声を上げて呼んだ。

 

「マクレディ、いるな?」

「ボス!あんたおかしいぞっ、暴れてるロボットなんかの前に飛び出して背中を見せるなんて――」

「怪我はないな?」

「あんたと違ってな、聞いてんのかよ?」

「狂ってるんだろ?レールロードでも、エイダを引き受けたときも、それは聞いた。お前はここで待機だ」

「なに!?ボスは?」

「これからここの知られざるエリアに行ってくる。急ぐように言われててね」

「あんた――自分が自殺しようとしてるって、ちゃんとわかっておいたほうがいいぞ」

「そうだな。そういうわけで留守番よろしく」

 

 続いてその横に立つエイダを見る。

 

「お前は――」

「私もご一緒しますね」

「いや、駄目だ。理由はいろいろあるが、説明が面倒なので強引でも納得しろ」

「――わかりました、指示に従います」

「代わりに2つ、頼みがある」

「なんでしょう?」

「コズワースから回収したパーツはどうだ?お前から見て、意見を聞かせてくれ」

「あの状況ではほかにも方法はありましたが、コズワースを形成する人格ユニットと、記憶を記録するパーツを確保できたことは大成功であったと思います。乱暴な方法ではありましたが、あなたは最高の結果をもたらせたことは間違いありません」

「ああ――だが、記憶の確保を後回しにしたせいで。あの中に何も残ってはいないかもしれない」

「その可能性はあります。残念なことですが」

「そうだ、だからお前ができる限り調べておいてくれ。それともうひとつ――」

「はい」

「お前の封印されていたアサルトロンの機能をこの瞬間から開放する」

「それは構わないのですが――本当に?」

 

 戦闘ロボット、アサルトロンの頭部にはもともと高出力のレーザーが搭載されているのだが、エイダはこれを長らく封印していた。

 思うに純正のアサルトロンのパーツで作成できないことで、製作者は内部のプログラムに問題が発生することを恐れていたようだ。

 

「お前が突撃バカになる可能性があるけど、なんとか使いこなしていこう」

「了解です」

「エイダ、封印を解除。プログラムを再構成しろ、パスワードは”ジャクソンが笑った”。繰り返せ」

「了解、封印された機能を回復。パスワードは”ジャクソンが笑った”。プログラムを実行、融合は果たされました。システムチェックを始めますか?」

「簡易チェックもやれ。終わったら、3度。それを繰り返せ」

「同時に簡易チェックも開始……終了、問題はありません。システムチェック終了まで3分」

 

 僕は立ち上がると、トランクの前で頭を抱えているレオさんに近づいていく。

 トランクの中にはかき集められたコズワースだった部品が残らず入っている。

 

「アキラか――」

「倒れた少年に時間がありません。レオさん、やれますか?僕がひとりでも――」

「それは駄目だ。私が、私が言い出したことだ。大丈夫……だが、その前にコズワースの。彼のことを教えてくれ、ちゃんと状況を把握していたい」

 

 以前、エイダを彼女と呼んだ僕をからかったレオさんだったが。この人もコズワースを、ただのロボットを彼と呼んだ。だが今のこの状況で僕はからかったりはしない。

 

「致命傷を受けたことで、自壊したのです。それは止められませんでした。

 ですが、間一髪で重要なコアユニットの回収には成功しました。完全には失わずにすみました」

「よかった。それで、この後はどうなる?」

「自壊したことで回収する余裕がありましたが、今度はそれが問題になります。パーツにどの程度のダメージが残っているのか、こればかりは最終的に動かしてみないとはっきりしません。

 特に問題なのが、コズワースの記憶です」

「記憶――」

「単純に200年以上あります、どのようにそれを処理していたのかわからないので。場合によっては、なにも残っていないかもしれません」

「……わかった、ありがとう。いいんだ、君のおかげで、コズワースは助かった」

「いえ、はっきり言えなくて申し訳ないです」

「――気持ちを切り替えないと。私の準備ができれば、いけるかい?」

「はい、僕は大丈夫です」

 

 レオさんは最後に目を閉じてうなづくと、一拍をおいてから立ち上がった。その目には力強さがもどってきているのがわかった。

 

「あの中はモールラットの巣で、噛まれたら我々も無事ではすまない。病人を増やさぬようにしないとな」

 

 凶暴なネズミ退治の時間だ。

 

 

=========

 

 

 Vault81の秘密のエリアの中は、想像以上にカオスだった。

 警備システムはなぜかすべて侵入者にだけ向けられ、モールラットがこの場所の支配者だとばかりに平然と生活しているのだ。

 僕はリボルバーから弾をはじき落とし、ため息をつきながら新しい44口径の弾をそこに入れ替えていく。

 

「アキラ、集中しろ。ため息をつけるような状況じゃ、まだないぞ」

「ええ――そうですね、わかってます。でも、地上じゃずっと地面の中にもぐってるやつらが、ここじゃ我が物顔でこっちに走ってくるなんて。フェラルみたいだ」

「似たようなものだよ。どうやら凶暴さも普通とは違うようだ。おかげで――ん、待て?」

 

 いきなりいくつもの歯軋りが聞こえなくなり、静かになったのが合図だった。

 僕たちの周囲の土が盛り上がり、地面の中から飛び上がる芋のようにネズミたちが飛びついてきた。

 どうやらここからが本気、ということらしい。僕は蹴飛ばし、レオさんは殴りつけ。そしてひたすら撃ちまくった。だが、今度は攻撃は途絶えることはなく。飛び出してくるネズミは減ることなく、さらに突撃してくるやつまでがそれに加わって――。

 

 

 隠されたエリアを歩き回り、信じられない光景と体験を交互に繰り返し。僕たちはついに答えにたどり着く。

 なかなかショッキングな真実であったが――。

 

 当初、このVault81では住人達をモルモットにして、疫病の広域治療法開発がおこなわれるはずだったようだ。

 監督官が”普通の生活”を演出する傍らで、裏ではこのエリアに住まわせた開発者達にえんえんと病の散布と治療の開発とを交互に続けさせようとしていたようだ。

 

 ところが200年前、実験は開始される前に失敗に終わる。

 罪の意識に耐えられなかったのだろうか。就任したばかりの初代監督官が役目を放棄するばかりか、住人たちの側につき、この場所を封印してしまう。

 この地下で隔離され、どこにもなにもできなくなってしまった開発者達は激怒したが。監督官は非情を貫き、封印を2度と開くことはなかった。

 

「あのMr.ガッツィーの疑問もこれで解けました」

 

 ターミナルを前に半ばあきれた声で、あの事件の謎を僕は口にした。

 

「わざわざ人の少ない場所までは静かにして、人の多い場所に出るなり暴れだした。

 200年前に閉じ込められた開発者たちの居住者への憎しみが、ここにいたロボットたちにも刻み込まれていたんでしょう」

「――彼らは居住者を殺すつもりだった?」

「それは……なんともいえません。脅かすだけだったかもしれないし、本当に皆殺しにしてやろうとしたのか」

「そうだな――」

 

 あの騒ぎでは、結局コズワースをのぞけば怪我人が出ただけだった。

 軍用ロボットの中身が見れれば、はっきりとその目的もわかったはずだが。怒ったレオたちがそれを完全に破壊してしまっていたので、それができない。

 

「彼のしたことが、無意味だったとは考えたくない」

「――モールラットもわかりました。やはり、ウイルスの増殖に使っていたようです」

「治療薬はどうだ?」

「研究室にあります。でも、200年前ですから。どうだろう?」

 

 ターミナルを操作して、研究室までのルートを開放する。

 目的のものが手に入りそうだが、戻っても結果が出るのかどうか。通路に転がるネズミの死体の山をよけて進む、こんな苦労をして戻っても。少年が助からなかったとか、まさかならないとは信じたいが――。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンドシティ・マーケットでは、ひとりパイパーが麺をすすっている。

 いつものように「イラッシャイマセ」しか答えられないロボットの店長タカハシにからみつづけ、麺が隠れるくらい肉を増量させたそれを、食べている。

 

 彼女は少しだけ、落ち込んでいた。

 

 行方不明の探偵の足取りを追う。

 自分はこれでも鼻のきく優秀な新聞記者だというプロ意識でやっている。相手がいくら探偵とはいえ、その行動を探し当てるくらいは余裕だと考えていたのに、半月ばかり走り回っても手がかりはなく、噂しかわからないなんてさすがにショックだった。

 

 さらに新聞は例のインタビュー記事が大ヒットになっていて、増刷を重ねてはいるものの。そのせいで次号が出せない。妹が許さない。

 

 そうしてモタモタしていたせいで、別の同業者みたいな奴等にネタをとりあげられて『敏腕女記者と話題のVault居住者の事件』の数々は、記者の存在が抹消されて『話題のVault居住者の活躍』となって好き勝手に報じられてしまっている。

 商売敵とはいえ自分をいなかったことにするそのやり方も悔しいが、なによりそのせいで自分がその記事を書く時期を逃してしまったという思いが、パイパーのテンションを降下させ、さらに大きく悔しがらせていた。

 

 

 どんぶりを空にしてカウンターに置き、ほかにもすする客がいるのも構わずに容赦なくタバコを取り出し、火をつけ、煙を鼻息荒くブハーと音を立てて吐く。

 

(やってらんねーわ、実際)

 

 バンカーヒルで取材が空振りした後、メッセージをサンクチュアリにむかうという商人に渡したが。ブルーの手にちゃんと渡ってくれたのだろうか?

 

 まぁ、よしんばこっちに来たとしても。彼が喜ぶような情報はなにひとつ手元にはないし、仕事もまったくやる気にならない。

 

 活気に満ちて、行動する女であるはずの自分が。

 昼間から麺を音を立ててすすり、タバコをふかし、まるで商売女のようなありさまをマーケットで平然とおこなっている。

 妙齢の女性でありながら、仕事ばかりで異性との噂が何年もまったくあがらない原因のひとつがそこにある……のかもしれない。

 

「よぉ、パイパー」

「……フィッツ、まだ生きてるんだ」

「あんたひでぇこと言うんだな。ヌードル、うまかったか?」

「あんたは食べたことないんだ。ダイアモンドシティのソウルフード」

「あるよ!なんだよ、今日は――」

「こっちだって、ムカついてる日だってあるんだよ」

「ああ、アノ日なのか」

「フィッツ、どっちの目を抉り出してほしいか言ってごらん」

 

 近づいてきた男のあごを掴むと、反対の手のタバコを見せつつ脅す。

 

「やめろよ、俺は情報をあんたに買ってほしいんだよ。腹も減ったから、ヌードルもおごってくれ」

「いくら?」「へへ、60キャップだ」

「アホ言ってるんじゃないの。出せるのは30キャップだよ」

「なら、それで。あと、ヌードルな」

「最大で、って意味。あんたじゃせいぜい15キャップだよ」

「あんた悪魔だな、今回はあんたも興味があるやつだ。25!」「無理、20」

「本気で言ってるのか?あんた、敏腕記者なのに情報の価値を知らないなんて噂はなかったぜ?」

「20で手をうちな。そのかわりヌードルとあんたの片目は許してやる」

 

 男の話を聞き終えるのと同時にパイパーは走り出していた。残した男がヌードルの注文をするのも聞かずに、ダイアモンドシティを飛び出していく。

 駄目男が口にした情報は本当にとんでもないものだった。

 

 北に進出していたレイダーのジャレドを解散したとばかり思っていたミニッツメンがこれを倒し、再建を発表していたが。

 なんとそれにあのブルーが関わっていたのだという。

 さらにこの瞬間にもダイアモンドシティにむかっていて、というよりもすぐそばで姿が確認されたのだとか。

 

 入り口を飛び出したパイパーは壁沿いに走り続け、途中ですれ違うセキュリティ達に不思議そうな顔をされたが。それに構わずに突き進むと、さすがに息が切れてきて足が止まってしまう。

 腰を折ってハアハアと荒く息をつき、体を上げると息を呑む。

 

「ウソッ、本当に来た!」

 

 キャラバンのようにぞろぞろと歩くその集団には、彼女が見覚えのあるVault111と書かれた青いジャンプスーツを身に着けた男が――2人もいる。

 

 なぜか一瞬、息子か!?などと考えたが。

 よく考えたら0歳児が、いきなり身長175センチを超えて自分の足で歩いているわけがないと気がつき、冷静になれていない自分に気がついた。

 しかし本当に戻ってきたのだ。人も増えたが、かわったのもいる。あのコズワースなんて、以前と違って真っ白に塗られていて何があったのだろう?なんだか動きも少し違っているみたいだ――。




(設定)
・アサルトロンの頭部
ゲームではロボットの頭部は、レーザーのある無しで別に存在し。エイダは最初、無いバージョンの頭部をつかっている。
この話ではあえてレーザー搭載している方が最初から搭載されていた、という設定に変更している。

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