サンクチュアリは混乱と崩壊の一歩手前でこらえていた。
逃亡してきた入植者と、呼びかけに応じて集まってきた入植者。どちらも平和な穏やかな生活だけを求めてここにいるはずなのに、諍いが日増しに強くなっていく。
物事はすでに最初からいたか、途中で加わったかの違いだけではなかった。
いくつもの小競り合いが積み重なりあい、解決は次の揉め事への種火にしかなっていないのだ。
(なんで、なんでこうなってしまうんだよ)
スタージェスは互いにののしりあう町の住人たちからはなれると、真っ暗な外に出ると腰を下ろし、静かに頭を抱え込む。”涙が流せるなら”このまま大泣きしてやりたいほど悲しかった。
「大丈夫かい、スタージェス?」
「ママ・マーフィ?」
「あそこじゃ居眠りもできなくてね。わたしもそっちに行かせてもらうよ」
老婆が隣に座っても、スタージェスは頭を抱えたまま顔をあげることはなかった。
「本当に大丈夫かい?」
「どうしたらいいんだ、ママ・マーフィ?
せっかくみんな、普通の生活がおくれると思っていたのに。きっとよくなるって、そう思っていたのに」
「そうだねぇ」
「レオとアキラは出て行った。プレストンも、もうすぐここから立ち去る。
それなのにここでは、つまらないことで2つに別れて互いを怒鳴りあっている。憎んでさえいる。せっかくあなたがここへ皆を導いてくれたって言うのに、これからどうしたらいい?」
「心配は要らないよ、この婆さんにはわかる」
「えっ!?それはまさか――」
「違う、違う。そういう意味じゃないさ、年寄りにはわかるんだよ」
そう口にすると、顎で入り口にある橋の方角を示す。
「あの向こうにアキラが戻ってきているようだよ。レオのロボットをこっちに寄越していたからね。あの子は今のこちらの様子を探ってきているのさ。きっとなにか考えてくれるよ、優しい子だからね」
「アキラが?彼は、僕らをきっと嫌ってる。憎んでいるかもしれないのに」
「それは違う。あの子は怒っているだけ、本人もちゃんとそれはわかってる。でも嫌ってはいないし、憎んでもいない」
「そ、そうかな?」
「もうすぐ何かを言ってくるよ。それで、ここも少しは静かになるはずさ」
「何もしなくていいってことかい?」
「それまでは、ね。その時が来たら、少しは頑張らないと。そうすれば、あの子もきっと許してくれるはずさ」
サイトで目にしたあの氷漬けの入れ物が並ぶ場所から来た2人の男。
だが、この老婆はそれぞれに別の悲しい映像を見て未来を口にし、あの2人はそれにすがるように、ここでの生活を捨ててさっさと旅立っていってしまった。
あの日から幻覚は見ていないが、きっと何かをすでに手にして戻れぬ道の先に向かって歩き出してしまっている。
これまでも自分の言葉を聞いた皆がそうだった、彼らもきっと――。
彼らがプレストンをここから連れて行ったのは、プレストンと同じく彼ら自身もこのサンクチュアリから解放されようとしての行為に違いないのだ。
すでに彼らの個々の勢いは凄まじく、小さな揉め事で揺れているここにも近づけば、あっという間になにもかもを吹き飛ばしてしまうことだろう。
(嵐が戻ってくるね。だが、それはここに留まることはない)
いつの間にか隣のスタージェスは顔を上げて、空を見上げていた。
老婆も自然と、それにならう――。
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不吉な預言者の言葉は、常に的中するものらしい。
レオとプレストンと共に、不機嫌で不満げな若者がサンクチュアリに姿を現したのはそれから数日後のことであった。
彼の爆弾はいきなり住人達に向けられて投げつけられた。
「なんですって?いま、なんといったの?」
絶句している周囲と違い、いつものごとくヒステリーを起こしかけたマーシーが。それでもあの日の恐怖が忘れられないのか、恐怖と怒りが混ざり合って混乱しつつ震えながらも再び尋ねる。
それに答えるアキラはもはや、悪人のそれであった。
「あんたたちはサンクチュアリで俺の財産を不当に奪い、扱い、迷惑ばかりをかけている。それを今すぐ正してもらう。それが嫌なら、俺の資産はすべて破壊し、収集してここを立ち去る。そう要求しているんですけど?」
「馬鹿いってるんじゃないわよ!あんたの財産って、どれのことよ」
「全てだ!」
胸をそらし、いきなり大声を上げると今度は皆の体が大きく震えた。
「発電システムも、わずかに配られているランプも。ここにある全て、俺のものだ。
さらにいうなら俺の浄水システムで得た水を飲み。それをやはり俺がバンカーヒルで宣伝してここに来させている商人たちに売り、キャップを勝手に自分たちで分け合っているよなっ!
これが事実だ。何か間違っていたかな?」
若者は明らかに、目の前の自分よりも目上の大人たちをはっきりと脅し、威圧していた。
「残念なことにこの居住地は生まれたばかりで、法やモラルはまったく期待できない。皆さんは居直ってしまえば、こっちが引き下がるとでも思っているのだろうが。そんな甘い話はないぞ!」
「プ、プレストン。なんでこうなっているんだい?」
「ここにいる2人に助けを求めようと考えているなら、やめたほうがいい。
最初だから警告しておく。
俺がレキシントンでレイダーを狩った後、君たち恥知らずな簒奪者共を駆逐してやろうと戻って準備していると、ここにいるプレストンが――最後のミニッツメンが言うんだ。『アキラ、彼らは仲間だ。もう一度話しをしてみてくれ』
尊敬する大人にそういわれたら、ちゃんと耳を貸すさ。
だからここに来た。
あんた達が俺から奪ったものを取り返すためにね。わかったかな?」
ここでこの場に居辛そうに体を縮めていたプレストンが咳払いすると、ようやく口を開く。
「皆にも言い分はあると思うが、アキラの訴えにも一理ある。俺たちは彼に借りがある。それにこれを機会に、あの日の争いも解決したい。
レオの口ぞえもあって、アキラが和解案を出してくれた。俺はそれに目を通して、問題ないと思った。今は皆にもそれで手を打たないか、ということだ」
マーシーやジュンはプレストンの言葉に信じられないという顔をし、ほかの住人たちは不安そうに互いの顔を見合わせている。
スタージェスも不安を感じながらも内心では(これがアキラの考える、俺たちのうまくいく方法ってわけなのか?)と首をかしげていた。
「なによ、プレストン!そいつこそ私たちに恩を仇で返した奴じゃない。生意気言ってるんじゃないわよ!話し合いといっても、すでにロボットたちに命じて何か作らせているじゃない。あれは何よ!?説明しなさいよっ」
「あーいかわらず自分たち夫婦の面倒も見れない癖に、いつだって文句ばかり口にする女だっ」
「そっ!?なっ!?」
「またヒステリー!?叫ばないと泣いちゃうかなぁ?」
「つ、妻を。マーシーをいじめないでくれっ」
「それは違うねっ。しつけてやってるんだ、よく吠える娼婦の尻はもっと激しくたたくものだろ?お互いが興奮して、さらに気持ちが高ぶってしまう。でもそれはベットの中の話だ。
同じように、一月とちょっと前。ここで俺が中止させて出て行った後のこの場所はどうなっていたか?さぁ、ちょっと周りを見回してもらおうか」
立ち上がると腰に手を置き、無表情のまま顔を左右に揺らす。
「何も変わってない。なーんにも、だ。
人が増え、食料が足り、商売をし、キャップが入り、なのにそれで終わり。なにもしていない。
なぜわかるかって?
もう見ただけでわかる。夜はどこもいつだって真っ暗、焚き火の火がちょろちょろあるだけで人が眠る家の中は墓場みたいだ。灯りはどうした?自分達ではランプも用意できないのか?ろうそくは残りが厳しい?
どうせ商人から得たキャップを何にも考えなく全員で分けてしまって、おかげでそれぞれが必要なものを商人に売りつけられてキャップを失い。互いが優劣生まれたとつまらない揉め事おこし、そんなだからなにも他にできることがなかった」
芝居の最後にはいつだって笑ってない目と笑顔が欠かせない。
「それが今のあんた達だ。違うかな?」
アキラに言い返す人間は一人もいなかった。
Vaultスーツの上に着たメタルアーマーの陰から見えるのは、禍々しい改造を施した拳銃がいくつものぞかせていた。
彼は怒鳴り、叫び、大きく切れのある動きを続けたのはわざとであった。彼らが平日、飽きもせず非難と怒鳴り声をここでやろうとするならば。この若者は激高して武器に手を伸ばすと、銃口を自分たちに向けてくるかもしれないという恐怖。
長い間、逃げ続けた者達の目の前でちらつかされる暴力装置の威力は絶対であった。彼らは自然と目が床へと下がっていた。
こうしてこの連邦ではどこでも見られることがこのサンクチュアリでも起こる。
傲慢で居丈高な、暴力的な若者が目上の大人たちを支配した――。
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プレストンは激怒した。
「あんなこと!あんなことに俺を使うなんて!それにレオも!」
「……」
「大人を脅して満足か!?
彼らを恐怖させて、お前はそれで満足か?なぁ、レオも何か言ってくれないのか?
アキラは、彼はまったく。サンクチュアリの人々に信じられないことをしてくれたんたぞ!」
アキラの顔は涼しいものだった。(ふてぶてしいんだな、こうしてみると)新しい発見をしてレオはそれを少し面白く感じていた。
話し合いはそのまま一方的な要求で終わり、アキラの要求を彼らサンクチュアリの住人たちは飲み込むしかなかった。それを見ていることしか出来なかったプレストンはレッドロケットに戻ると、こうしてさっそく爆発したのである。
「いい仕事したと思いますけど?これで彼らは明日から何も考えず、楽しく毎日を静かに暮らすことができる」
「まだそんなことを言うのか!?レオ、何か言ってくれ」
ずっと沈黙を守っていたレオは、ここでようやく口を開いた。
「私はアキラを支持する。彼はいい仕事をした、それは間違いない」
「なんだって!?」
「プレストン、冷静になるんだ。私の目から見ても、あそこはひどい。いまだに責任者は決められず、武器はパイプ銃ばかり、見張り台もひとつだけで町の防衛に必要なことが他に何もなされていない。あるのは全部アキラに頼って作られたものばかりだ」
「それはっ――」
「確かにアキラがしたことは感心しないし、理解に苦しむ部分はあるが。結果的には大成功といっていい。アキラが介入することで彼らはようやく同じ町の隣人になれる。
あの土地を守れなければ再び放り出されてしまう。浄水施設で手に入る水を使って楽にキャップは手に入らない、それで働く意味も見出せるだろう」
「だが――」
「彼があそこの住人たちをまとめた。それは間違いない、君はそこを認めるべきだ」
アキラはサンクチュアリの住人全員と契約した。
代表者が空席とのことなのでそこに当分彼(もしくはその代理人)が入る。そして町を引き続き開発し、彼の資産がもたらす町の利益は、彼の取り決めによって正しく分配される。
さらに健全で体力に自信のある男性の何人かは仕事がないので、しばらくはミニッツメンの活動に参加してもらう。ちょっとした徴兵と考えてくれていい。
代表者の交代は、アキラが後継者と認める人物が出てきたときになされる。
このことを現在の住人と、これから入ってくる住人は了承し。未来にあってアキラ本人が終了を認めるまではこの契約は守られることを約束する。
「間違っていないわけがない。これはアキラが、彼による支配じゃないか!」
プレストンの怒りは収まらない。
「支配はする、だけど長くはしないよ。明日からは横暴な代表者としてまず、税金を設定したと発表してくるけどね。役に立たないパイプ銃も回収して、レイダーたちから回収した武器を持たせる。
本当は見張り台も増やしたいけど――ターレットはちょっとまだ無理だからね」
命令書と題された紙が差し出されると、アキラの手からプレストンはひったくるようにして奪い。全文を何度も読み返した。
「ちょっとまて!この税金の内訳は何だ?
商人に売って手に入れたキャップの6割は町に。4割のうち半分は住人に、残りの半分は、責任者にして施設管理者にして名誉技術者のアキラへ個人的に贈られる、だと!?
これでは町の住人たちにはほとんどキャップはいき渡らないぞ!」
「銃は弾丸がないと無意味だし、旅する商人のセールストークに引っかかってつまらないものを、居住地の中ではやらせてもらっても困るからね。彼らにキャップは少しあればいい。
その分だけ生活環境が良くなるよう、責任者として頑張るつもりだよ?」
「そんな言葉だけを信じろというのか!?」
今度ばかりはレオもプレストンの側についた。
「アキラ、さすがにそれは悪ノリしすぎだ」
「――そうでもないですよ?」
「君の取り分だってそれほど必要ということではないはずだ。そうだろう?」
しばらく2人は見つめあったが、根負けしたのかアキラはため息をつくと、自分の取り分を2割から1割に減らして書きなおした。
「プレストンのために、説明も」
「まぁ、金額はどうだっていいんですよ。自分たちがしっかりしていないから、頭の上に面倒な奴が居座っている。彼らにその自覚を持たせる必要があるんです」
「だが、それでは君は彼らに信頼されないぞ?」
「いいんですよ、当面の僕は責任者で冷酷な決断する存在だ。お友達じゃなくていい。
でも彼らは違う。足りないものは互いに補い合う、その精神と。嘘のない健全な町の運営、それを徹底させます。
プレストン、俺はね。ミニッツメンの再建とあわせて、サンクチュアリも再び面倒見てやろうと、そういうことです。邪気はありませんよ」
「納得は、していないぞ――」
「お好きにどうぞ。
実際は、僕はあそこで彼らを奴隷のように扱ったり、生活や働く姿を監督したりはしません。時機を見て、新しく作ったロボットに――マーヴィンに指示を出しておくのでそれをあとは坦々と達成させるだけのことですから」
じっと聞いていたレオは、ここで気になることを思い出し、質問する。
「アキラ、私は君がコズワースにやらせているものについて知りたいんだ。君のロボットと私のロボットで、何をさせようとしている?」
「倉庫を作ってもらってます。資材は以前の巨大集合住宅施設のために用意したものを利用して使ってます。
彼ら、あれもそのまま放り出していたんで。助かりました」
「倉庫?なにをするつもりだ?」
アキラは体を乗り出してきた。
「実はロブコ工場のターミナルの中に、他の系列会社で使っている製品の情報が残っていたんです。
で、僕はそいつを復元して、あのサンクチュアリの倉庫でそれを動かそうかと考えているんです」
「復元だって?」
「大量生産を可能にする、製造機を並べます。とりあえず実用的なところで、服と銃弾を生産できるように」
「――なるほど、商人から買い入れるだけではなく。新しい服や銃弾は自前で用意できるようになるわけだ」
「どちらも居住地で余った分は水と同じように商売ができる、いいことでしょ?」
アキラはそう口にすると、レオに笑いかけた。
プレストンはついに押し黙ってしまう。
それは突然のことだった。暗い話題が次第に明るいものとなってきたあたりで、いきなり深刻な頼みがVaultスーツの2人にぶつけられてきた。
黙っていたプレストンはいきなり顔を紅潮させ、唐突に話を切り出してきたのだ。
「ああ、その――いきなりのことだとは思うが、俺は2人に聞いてほしいことがある!」
「?」
「どうにもまだもやもやしているが、サンクチュアリと。ミニッツメンを再建できた。君たちには本当に、このことですっかり世話になってしまった。深く感謝している」
「ああ、プレストン」「いいんですよ、別に。気にしないで」
「そういうわけにはいかない。それで考えたんだ……2人には、このままミニッツメンとして活動に参加してもらうわけにはいかないだろうかって」
今度こそ驚き、2人は大きく口を開けていた。
「アキラ、君の発想と技術力には本当に驚かされっぱなしだ。その力は貴重だ。どうかミニッツメンでは兵士だけではなく、技術者としても力を貸してほしい」
続いてレオの方へと向く。
「レオ、君は素晴らしい兵士というだけじゃない。これまで俺の見たところ、君の人を見る目は確かで、君の言葉にはとても強くひきつけられ、厳しい局面では何度も励まされてきた。
どうだろう?俺はあんたにミニッツメンのこれからの未来を託したいと本気で思っている」
「プレストン!?」
「レオ、アキラ。ミニッツメンには君達がまだ必要なんだ。
どうか俺と、これからの連邦を守るミニッツメンを導いてくれないか?頼む!!」
不器用な男の目は、怖いくらい真剣であった。