予定通りにはいかない、私にとってそれは200年前の最後の日からずっとそうだった気がする。
そして今回も――。
ダイアモンドシティを出て、ボストンを出ようという直前のことだった。
たまたま道ですれ違った旅人の何気ない一言が、私の興味を引いた。
「おや、こんにちは」
「こんにちは」
「こんなところでお仲間に会えるとは嬉しいねぇ、里帰りかい?」
「え?」
「ん?だってあんたはVault居住者なんだろ?」
まったく知らなかったが、このボストンのそばにはかなり名の知れたVaultがあるのだという。
しかもそこは今も普通に稼動しているらしい。
「少し――寄り道をしていこうか、コズワース」
「ああっ、旦那様!実を申しますと、私はずっとVaultというものに一度でいいから行ってみたいと、そう思っていたのでございます」
「ふっ、なら決定だな」
私たちが楽しそうなことが重要らしい。カールは元気に何度か吠えただけで、あとは黙ってついてきた。
旅人に聞いた道のいくつかは何度か通った場所もあって、思わずうめき声を上げそうになったが。とにかく無事にVault81とやらにたどり着くことはできた。
入り口に立つとここで困ったことになった。
てっきり開かれていると思われたその扉がぴったりと閉じられていてそのままになっていた。外から中と、どのように交信するのか。私はあの男からうっかりその方法を聞き忘れていた。
「参ったな……」
「旦那様、如何いたしましょう?ノックをすれば、いいのでしょうか?声をかければ、中から返事が返ってくるのでしょうか?」
本当はもう少しターミナルの前で冷静に悩むべきであったが、私の腕にはVault社のピップボーイがあった。だからそんなに深くも考えず、あの日のようにそれで扉が開けられないだろうかと考え。即、実行してしまった。
『おいお前!今、いったい何をしようとした!?』
後で考えれば私のこのときの行動はあまりにもうかつだった。
ターミナルのインターフォン――つまり中の住人らしき声がして、自分が彼らの脅威として認識されてしまったのだと私はようやく理解した。
まぁ、そりゃそうだろう。いきなり鍵をかけた家の扉をガチャガチャいじる奴がいたら、住人はショットガンを構えて警告のひとつもするものだ。
言い訳と、自らの行動のうかつさへの謝罪、そして交渉をへて私たちはようやく合意することができた。
「ようこそ、Vault81へ」
グウェンと呼ばれていたVault81の監督官は意外にもふくよかな優しそうな女性であった。
「ごめんなさい。今、すこしここは忙しくしてて。もうすぐわかると思うけど、ここではいくつかのメンテナンスが進行中――」
そんなところに自分は強引に押しかけようとしたのだ。
そりゃ、警戒もされる。
「私はグウェン・マクナマラ。ここ、Vault81の監督官よ」
「Vault111の居住者だった。フランク・J・パターソン、ジュニア、レオと呼んでほしい監督官」
「わかったわ。本当にVault居住者だったのね。傭兵のような姿だけれど、ちゃんとジャンプスーツを着ている」
「汗とにおいを抑えて、洗濯も簡単。外で暮らしても、なかなか手放せない」
「なるほど、Vaultの技術の成果ね。ここみたいに他にもVaultが?まだ稼働中?」
別に驚きも困惑もなかったが、屈託なく聞いてくる質問に私は衝撃を受け。思わず口を閉じる。
「――いや、ああ。知っているのはここだけなんだ。私のいたVault111は、今は墓場も同然になっている」
「えっ!?墓場って、なにがあったの?」
「はっきりとした原因は特定できなかった。とにかくなにか――誤作動のようなことがあって、住人のほとんど大半が死亡してしまった」
「なんてことなの、そんなことで多くの命が失われてしまったなんて信じられない。本当に許せないことだけど、残念だわ。それとあなたにもお悔やみを」
「ああ、ありがとう」
皮肉にもこの現実で、彼らには同情してもらえたらしい。
硬化していた態度もひとつだけ、ダウンしたようだ。
「どうやら私たちはまだ恵まれているのね。2世紀以上、この場所を守り続けてこれたことを誇りに思ってる。完全な自給自足の実現はまだ果たされてはいないけれど」
「完全な自給自足?ここに閉じこもるつもりか?」
「それが悪いこと?ここなら安全で、暖かいベットがある。清潔な服と、雨風にさらされてもびくともしない屋根がある。放射能や食べ物に困ることもない」
「ふむ」
「自然災害や襲撃者におびえなくていいということに価値がある。ここにはそう考える人もいるの」
「しかしそれでは家の中は平和でも、外が火の海になって手がつけられなくなっていた。となっては意味がない。
Vaultはシェルターであっても、城じゃない。武器や兵士にも限りがあるだろう?」
「まぁ、そう考える人もいるわね」
「逆に外の連邦も良くなるかもしれない。平和な時代が訪れても、地下でそれを知らないというのも悲しい話じゃないか?」
「そんな時代が来ればいいけど。聞く限りは、まだまだ遠い道のりの途中」
「確かに、まだ先の話ではあるかも」
その日は、私達はこの200年をこえる遺物の中を見学して回った。
コズワースは想像とはずいぶん違ったようでガッカリしたなどと失礼な感想を口にしていたが、私が知っているあの冷たい棺おけの並ぶ小さな施設と違い。そこに暮らす人々の息吹を感じるこの場所にはわずかではあったが暖かさを感じた。
(あそこが冷凍施設でなかったら。ショーンの孫やその子供たちも、こんな風に生きていられたのだろうか)
なかった現実を想像するが、よじれた記憶と心が悲鳴を上げるだけで。私は平和なその場所では、うまくそれについて考えることが出来なかった。
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寄り道はしたが、私のサンクチュアリへの帰還の旅路は順調そのものである。
T-45パワーアーマーを長時間身に着けて歩き続けるのはストレスがたまるが、日中に大きく距離を稼ぎ、夜を迎える前に一晩をすごせる安全そうな場所を見つけ、翌朝も日が出てからゆっくりと出発する。
パワーアーマーのおかげであろうか、襲撃者にわずらわされるストレスなしというのはやはり良い。
そういえばダイアモンドシティには最初、このパワーアーマーを私は着てはいかなかった。
あの時、このアーマーはどうしていたか?
実を言えばたいした答えではない。ボストン郊外でみかけた人のとおりのない無人のダイナーの中にこいつを普通に放り出しておいただけだ。
B.O.Sのダンスはこのアーマーが動けばいいと、それ以上に手を入れなかったのでアーマーの表面には年月の経過がはりついている。これが普通に動くなど知識がなければわからない。
それに盗もうと考えても、装甲をちゃんとはがすにも知識が要るし。回収してもそれはかなりの重量となるから、それを抱えて危険なボストンに入っていこうとは考えない。
ということで、フュージョンコアさえ抜いて建物の中の暗がりに置けばそれで安心というわけだ。
サンクチュアリへの帰り道の半ば、約束どおり再び私達はトルーディの店にも顔を出した。
「おやおや、放浪者の帰還かい?」
「久しぶりだ」
「どうやらお目当ての犬は見つかったようだね。その様子だと」
「ああ――商人には会えなかったが、それでよかったのかも。この子もこちらを探していたようだ」
「可愛いとそういう親馬鹿を口にしてしまうものさ。よくわかるよ」
私は彼女のおかげでダイアモンドシティまでたどり着き、戻るときに自分達以外のVaultにも顔を出したと語って聞かせた。
彼女はなかなか楽しげに聞いてくれたが、話が一段落して一転この辺りの話をふると顔を曇らせた。
「まぁ、自業自得ってやつなんだろう」
揉めていたウルフギャングを排除はしたが、そのせいで今度はレキシントンに近づくレイダーたちに最近は悩まされているのだそうだ。
「すでにいくつか、ギャングを名乗るレイダーどもから『うちが面倒を見てやる』だのなんだの、ぐちゃぐちゃと言い寄ってきているんだよ」
「誰だ?どんな連中だ?」
「ありがたいけど、これはあんたに頼めない。あんたも気にしていた工場、あそこに居座っている大物が。どうやらここに来れば薬と食料があるとか何とか噂を流しているらしいんだよ。
それを信じた馬鹿共がすりよってきているのさ。一つ二つ叩き潰しても、またすぐにローチみたいに沸いて出てきやがる」
悔しそうに唇をかむ彼女を見て、気の毒に思うが。しかし確かに彼女の言うとおり、口を出してくる小物を何とかしてもそれは対処療法にすぎない。
「どうする?」
「どうするって?また繰り返すしかないだろうね。まだ人の心ってやつを少しばかり持っていて、仁義ってやつを守れる程度にお互いの立場を尊重できそうなやつを、あのレイダーの中から探し当てないといけない」
「……大変そうだな」
「くたばる瞬間まで自分が世の中の中心だと考える連中ばかりだからね。まったく、こんな時はあのミニッツメンでもないよりはマシなんだって考えさせられるよ」
「なにか、私にできることはないか?」
プレストンの顔を思い出し、私は再びトルーディに協力を申し出てみた。顔をゆがめた彼女は、申し訳なそうにして口を開く。
「実を言うと一つだけ、頼めるならお願いしたいことはあるんだよ」
「なんだ?」
「あんたが眺めてた工場とは別に、あの町には大きなスーパーマーケットがあるんだ」
「どこにあるのかは知っている。大きな駐車場のそばにあった」
「じつはさっきのレイダー連中のおかげで、最近はここらを通る人が絶えちまったんだ。たぶんここにたどり着く前に奴等が襲ったんだろうね、それがあっという間に噂になってる」
「私は別になにもなかったが――」
「あんたのロボットに犬、走るでっかい鉄の塊に襲いかかるほどの馬鹿はいなかっただけさ。
とにかく人が来ないから、こっちも商売ができないんだよ。特に店に出す商品の数が減る一方で、増やすことができないんだ」
「だから新しいガラクタが必要――そういうことか」
「できるだけ多く持ち帰ってきて欲しいんだ、キャップがあるだけ買うからさ。このままだと売り物がなくなっちまって、店が開けなくなっちまう」
トルーディの苦しい立場に私は同情した。
息子を中毒にしたギャングと手を切ったが、そのせいで別のレイダーたちを引き寄せてしまったのだろう。その間も彼女は中毒から立ち直ろうとする息子を抱え、ここで店を構えて必死に生活を守ろうとしている。
危険を冒す理由はなかったが、私はもう一度彼女を助けることにした。
スーパーウルトラ・マーケット。
大きな町ならかならず一つ二つはあると思う、かつての時代の寵児であった。
トルーディの話では、ここにはグールがレキシントンに流れ込む直前に少数のミニッツメンらしき人影があったのだそうだ。その後、彼らがどうなったのかは知らないらしいが。プレストンの話を思い出すと、この店の中にはグールに襲われたときのまま残っているだろうと想像はついた。
「旦那様、ここは本当に静かです」
「グールは群れで襲うから、こちらも静かにしよう。10ミリのピストル弾なら音も静かなほうだし、私が先頭で敵に対処する。コズワースとカールは倒しきれずにこちらに接近しようとした敵に対処してくれ」
「わかりました。ご主人様には怪我一つ負わせはいたしません」
「頼むぞ」
カールは無言であったが、じっと私の顔を見上げていた。こちらが言いたいことはわかってくれていると思う。
店の中にはあちこちにグールが床に横たわっているが、これが全部立ち上がってくるわけじゃない。
死んでいる仲間の中で、横になって眠っているらしい。
トルーディはその判別が難しいのだと顔をしかめていたが、私にはその心配はない。
この腕のピップボーイには戦闘支援システムがある。こいつを使いこなすことの特典はいくつでもあげられるが、このような状況でもすばらしい力を発揮する。
装着者の生体情報を計測するように、付近の生体反応を自動的に感知してくれるのだ。つまり床に倒れているグールが生きているのか死んでいるのか、近づくだけでピップボーイが判別してくれるのである。
ロボットと犬を引き連れ、腰を落として静かに移動する私がマーケットの中をぐるりと一周回るのに4時間近くかかってしまった。
こちらの思惑通り、ハンドガンの発砲音は決して小さくはなかったが。必要最低限の発射音と、最大の攻撃でもってほとんど騒ぐことがなかったので。神経はすり減らされたが、怪我もなく、大きな騒ぎも起こすことなく無事に見て回ることができた。
コズワースもカールも。私を守るために飛び出すよりも、ここで拾うごみを持つほうが主流となり。なんだかそれがかえって本人達も不服であるかのようではあった。
そんな中、私達はついに元はミニッツメンだったと思われる複数の死体を発見した。
レーザーマスケット銃をしっかりと握り締め、襲いかかるグールの群れに飲み込まれたのだろうか。私は兵士の手から銃をとり上げ、彼らの頭にかぶっていた帽子で苦痛に歪む顔をそっと隠した。
楽しい話ではないが、またひとつプレストンに聞かせてやるものができた。
太陽が地平線から消えると、スーパーウルトラ・マーケットの内部は真っ暗となり。長居できるような場所ではなくなってしまった。
あの日、裏通りでグールの群れに襲われたレイダーと同じような経験はしたくはない。
外に出るとすでに夜の闇の中にレキシントンは沈んでおり、遠くにそびえるロブコ工場だけが輝く人工の光で町の中の動くものを照らし出そうとしていた。
(やはりあそこは叩き潰さないといけない)
私の状況に大きな変化はおこらなかったが。ダイアモンドシティへのこの旅は、多くの今の世界について学ぶことがあり、私にも多くの可能性がまだ残されていることを知った。
私はサンクチュアリに戻って、これをどう生かすか決断しなくてはいけないかもしれない。
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スーパーウルトラ・マーケットから戻った私をトルーディは喜ぶと、約束どおり店にあるキャップすべてを空にする勢いでコズワース達が持ち帰ってくれたガラクタや品物を買い上げてくれた。
あのミニッツメンのレーザーマスケット銃も買い上げてもいいと彼女は言ってくれたが、それはこちらで断わった。
死人が生前に使っていた彼らの武器は、彼らの意思を継ぐ者達の手に渡してやりたいと考えたのだ。
「これでしばらくは息ができるよ」そう喜ぶ彼女であったが、その言葉通り。
彼女の問題はこれで解決されることはないだろう。
翌日、私はここでゆっくりと休むことなくコンコードを目指して旅立った。
パワーアーマーとロボットと犬の奇妙な一団はやはりレイダーの目にはうつらないらしく。何の障害のないまま、私達は無事にコンコードに到着し、そこを通り抜けることができた。
残るは橋が見えるまでの一本道、そしてサンクチュアリへ。
だが――実際はそうはならなかった。
「おい、止まれ!そんな格好で何しに来た!?」
道の先、坂の上のほうからそんな怒鳴り声がして顔を上げると。来たときにはなかった木造の見張り台の上にたつ傭兵らしい男が。こちらに向けてライフルを構えてすごんでいた。
私にはその顔に見覚えはなかった。
「驚かせてすまない。別に危害を加えるつもりはない」
「へぇ、そうかい?そうは思えないね」
「旅に出ていたんだ。サンクチュアリに知り合いもいる。フランクが戻ってきたと――」
「あんた、レオか?」
「ああ、そうだ。ロボットはコズワース、犬は――って、君は?悪いが私は君を知らないようだ」
兵士はこちらの問いには答えず。銃をおろして見張り台から降りてきた。
ひげを蓄えているが、まだ若者だと近くで確認してわかった。
「俺の名前はマクレディ、傭兵だ。ボスがあんたをここで待つといって聞かなくてね。おかげで参っていた」
「ボス?」
彼はそれが誰とは答えず。サンクチュアリの目前にあるレッドロケット・トラックストップの店の中に「ボス、ボス!お客がようやく来たぜ」と叫んだ。
ここは確か遺棄されていて、もっと荒れていたように思えたが。
こうして近くで見ると今はだいぶ片付いているのがわかる。
扉が開くと、傭兵がボスと呼んだVaultスーツに似合わぬシェフハットをかぶる人物が出てきて私を驚かせる。
「アキラ!?」
「レオさん、お帰りなさい。待ってましたよ」
東洋には『若者は3日会わないと~』という言葉があると聞いたことがある。私はそれをかつては戦場で多く見ていたはずであったが、永い眠りはそれを遠い過去にしてしまったようだ。
私は約1ヶ月ぶりに見る若者を見て、衝撃に震えていた。
あの少し頼りなく、弱々しかった少年の面影はすっかり消えている。
そのかわりに精悍さと、アウトローの毒々しさが見え隠れしていた。私が出て行った後、この青年には何かがあって、ここまでの変化がおこってしまったのだ。
私の知る若者は、もう消えてしまったのであろうか?
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名前がつきました、カールです。