ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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今回はいつもの2人以外のお話になります。
次回、15日の予定。


眠る連邦

 男は顔を上げると、自分がターミナルの前に座っていたことを知る。

 寝ていたのか?それとも――意識を失っていた?

 

 どっちでもいい。どっちでも構わない。

 とにかくまた失敗した。

 

 これまでにもそうしてきたように、今回の試みの一部始終と結果を記録。改善して次に……次に生かさないと、また目も当てられないことになる。

 それはわかっている、これは実験なのだから。失敗しても、成功するまで繰り返す。

 

 だが、なぜなのだろう?

 指が動かない。手をピクリとでも動かしたくない。上腕は針で穴だらけになって、うっ血しているそれが不快だから?きっとそうだろう。そうじゃないなら、なぜ動かない?

 

 

 男は左を見て、右を見て。最後に下を見てターミナルをもう一度確認した。

 画面には何も映っていない。ただ、入力待ちのそれが点滅を繰り返しているだけだ。だから、自分は何かを書き込まないといけない。男は再び、失敗に思いをはせた。

 

 思考がループしている。

 だが、問題はそれじゃない。そうじゃないんだ。

 

 男はターミナルの前に座る。だが、何も書くことができないままだ――。

 

 

===========

 

 

 レオがダイアモンドシティを去るのに合わせるように、パイパーも町を離れる。

 彼女が目指すのはバンカーヒルだが、さすがに女一人で歩きまわれるような場所ではないから、旅する商人を探して一緒に連れて行ってもらうことになる。

 

 だが、今回はハズレを引いてしまったようだ。

 

 商人の予定が、バンカーヒルへはグッドネイバー経由だと言ったから。

 妹のナットではないが「目からウロコのパブリック」を体現するライト姉妹にとって、あの町はなんとも居心地の悪い場所であることは間違いない。

 無法者、殺し屋に詐欺師と悪党には困らない、そんな町だ。それでも心のそこから憎めないのは、あの町でなければ生きられない。そんなかつてこのダイアモンドシティに住んでいたグールたちの多くがそこに住み移ったという事情を知っているからに過ぎない。

 

 だが、まぁ。

 今回はそれでもいいのかもしれない。

 パイパーの今回の目的、それはダイアモンドシティから消えた探偵を見つけることである。

 

 

 扉をくぐると、この退廃の町は今日も変わってはいないように見えた。

 商人はこちらの様子を見て察してくれたようで、「明日には出発する」とだけ言い残すとさっさと商談の席へいってしまった。

 

(さて、どうしようかね)

 

 ここは確かに安全だが、安心できるというほどじゃない。

 自分でもある程度自覚するくらいには”いい女”にとって、ホテルに泊まる方が危険だったりするものだ。

 ということで、むかうのは酒場。そこのカウンター席にへばりつき、タバコとビール一本でじっと明日の朝まで時間をつぶすだけだ。

 危険な町の酒場で、これほど色気も面白みもない時間のつぶし方をする女なんて。きっとたぶんだが、自分くらいのものだろう。

 

 

 酒場サードレールで、いつもいつもどこか不満そうなロボットバーテンダー・チャーリーは。目の前で灰皿の上に数本のタバコと、たった一本だけ頼んだヌカコーラでカウンターに突っ伏していびきをかく客に苛立っていた。

 その客の名は――パイパーという。

 

「信じられないね、バーに来て。酒も飲まず、男もひっかけない」

「ゴッ……グォッッ……ウフ♪」

「よだれたらすわ、いびきを平然とかくわ。まったくなんて客だ。商売上がったりだ」

 

 そもそもここで寝るという神経がどうかしているといえる。

 この町を訪れた悪党は必ず顔を出すといえばこの酒場。荒くれ者が出入りする中で、綺麗な顔の女一人が無防備をさらして無事だとなぜ思えるのか?

 

(ま、この女相手にはそれもないか――)

 

 ダイアモンドシティで新聞社をやっている姉妹の姉。

 連邦で月に何度か騒ぎを起こしていると、この町でもそれはそれは有名な話だ。トラブルを探し、トラブルに自分からかかわっていく女。この時代、そんな狂った奴とかかわりあいになりたいと考える人間はほとんどいない。

 

 だが、今日は男にも馬鹿がいたらしい。

 雄々しく大いびきをかくこの女の隣の席に座ったそいつは、なれなれしくもチャーリーに話しかけてくる。

 

「俺はビールね。それと――彼女、どれくらい飲んだ?」

「一本も」

「は?」

「だから、一本も頼んじゃいない。肺を真っ黒にするだけの煙をスパスパやって、ヌカコーラがぬるいと文句をつけて、この通りホテルでもないのに気持ちよく寝てやがる。

 おかげでマグノリアもやる気をそがれちまって、今日は部屋に戻っちまったよ」

「それはそれは、珍しいことで」

「色気のないその女、起こすんだろ?別にかまわないが、騒ぐなよ?この店でトラブルはごめんだ」

「ああ、わかってる」

 

 男はビールを受け取るとそれに口をつけ、チャーリーはその場から離れた。

 

「可愛い寝顔だな、おっぱい揉んでも今なら気がつかないか?」

「……」

「へっ、いびきが止まってるぜ。お嬢さん」

 

 男がそう口にすると、それまで突っ伏していたパイパーは顔を上げ――口元のよだれを拳で拭き、目元の目やにを指ですばやくこすり落とすと――まるでそれまでが演技でしたといわんばかりに、男の横顔をにらみつけた。

 

「眠る美人を前に、男の願望を口に出しただけ――」

「何の用?この恥知らず」

「ヒデェな、同業者にそれかよ。もっと仲良くしようぜ、なぁ?」

「面白いこというね。『仲良く』だって?このパイパー・ライトさんと?本気でいってるの?」

「おててを繋いで、にっこり微笑むくらいってことだよ。それ以上はこっちからお断りだ」

 

 新聞記者の同業者。まぁ、間違ってはいない。

 男の名前はアントニー・コロンボ。

 他人にはソニーと呼ばれ、グッドネイバーでは人気のDPT(デスパレート・タッチダウン)誌のことである。彼はそこの唯一の敏腕記者だ。

 

「なに?情報でもあるの?」

「お互いの恋人の悩みについて、でもいいぜ。酒場で男女がいきなり仕事の話ばかりじゃ、いくらなんでも色気がなさ過ぎるだろ?」

「あんたが恋人?どうせどっかの売春婦にまたいいように振り回されてるんでしょ」

「そっちは長いことクモの巣が――」

「ソニー、喧嘩売ってる?話があるなら、さっさとしたら?」

「……わかった。怒らせたかったわけじゃない」

 

 ソニーが軽く両手を挙げて降参を示すと、パイパーはひとまず落ち着く。

 

「それでなんなのよ?あんたのところ、どうせ毎年やってるアレ。また今年もやるんでしょ?」

「ああ、まぁな。発行人にして給料を払ってくれる、お偉い編集長様はそう言ってる」

「ホント飽きないし、好きだよね。あのアホなランキング」

「輝ける『今年の殺しランキング』な。ああ、マジで糞だぜ」

 

 グッドネイバーで好まれるのは悪党の確定した情報と、巷で自分が話題になれているかどうか。

 DPT誌は彼らのために、日夜新鮮な武勇伝を求めてあちこちの悪党に取材を申し込んでいた。

 

「アホなレイダーなんかにホイホイ話しを聞こうとか馬鹿をやってるから。あんたの後輩、いつもすぐに死んでいるじゃない」

「ああ!去年は2人。大物からコメントをもらってみせるとか吹いて、いつものように帰ってこなかった。だが今年はゼロ、新人もゼロだったけどな」

「おめでと、葬式代もゼロでよかったネ」

「ああ、ありがとよ」

 

 ここまでまったく理由を口にしない相手に苛立ちを感じ、パイパーは睨み付ける。

 

「それで!なによ?」

「――あんたの町に賞金稼ぎがあらわれたそうだな?」

「ダイアモンドシティ?ああ、そうね。どうせ聞いているんでしょ?」

「ここの市長がそれで取引相手をいくつか潰されたってな。その原因が、そいつだと」

 

(ブルー、ちょっとまずい奴を怒らせちゃった?まさかね)

 

「心配はいらない。市長は怒ってないってさ。元々、いつ切ろうか考えていたから丁度よかったと」

「そ、そうなんだ」

「俺が知りたいのはさ、そいつ。Vault居住者だって話の方だ。どうなんだ?」

 

 パイパーの脳内が激しく動く。

 ソニーは馬鹿じゃないから、どうせブルーと自分が組んで動いたと知っていて聞いているに違いない。とぼけてもいいが、そうなると向こうは興味を失って立ち去ってしまうだろうし。

 逆になぜそんなことが知りたいのか、わからなくなってしまう。

 

「ジャンプスーツは着てたな、ウン」

「パブリックの最新号、もう読ませてもらったよ。こっちでもちょっとした話題になってる」

「――もう?早いのね」

「当然さ。『Vault111から来た男』ってのは、今この町でもちょっとした騒ぎになってる」

「?」

「少し前だ、このグッドネイバーに新しいプレイヤーが登場した。黒髪の、Vaultのジャンプスーツを着た男。かなり話題になってる」

「本当?名前は?」

「わからない。だがそいつ、この町に現れるなり市長の依頼を受けて町の中に死体を積み上げ。市長の女をモノにしちまった」

「なんだって!?」

「――とにかくそいつの情報が知りたいんだ。興味がある」

「そう、言われてもねェ」

 

 パイパーは顔をしかめる。

 てっきりレオの話が聞きたいのかと思ったが、どうやらソニーは別の誰かを知りたがっている。だが、それはパイパーも変わらない。ブルーは自分の他にも外に出てきた居住者については一言も話したことはなかった。

 そういえば、よく考えてみたら自分もインタビューでは「他に一緒だった居住者は?」とは一度もたずねていなかった。マズイ、これは自分の手落ちであったかもしれない。

 

「その――その彼、今はどこに?」

「わからない。だから……いや、これも忘れてくれ。邪魔したな」

 

 深刻そうな顔のソニーは立ち上がると、あっというまにサードレールから立ち去ってしまった。パイパーは鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆けてしまったが、すぐに気を取り直すと時計を確認した。

 日にちは変わっていたが、まだ深夜をすぎたばかりだった――。

 

 

 グッドネイバーの瀟洒な家具の並ぶ部屋の一室。

 深夜にもかかわらず、外のネオンサインが部屋の中を照らし、人の姿がないことがわかる。唐突に部屋の奥から濁声があがると「ソニー!俺の糞ったれの部下はまだ生きてるか!?」と叫んだ。

 

 もちろん問いに答えはない。

 だが、声の主は何か気に入らないのか。ドタドタと音を立てると、扉を開けて入ってくると。ネオンサインの明かりに照らされた立派な机のひとつへ近づいていく。

 伸びる手は、机の上の書きかけの記事をとりあげた。

 

『このグッドネイバーで2287年も終わりが見える今。

 我々は――本誌『デスパレート・タッチダウン』は恒例の年間マーダーランキングを発表を前に、確信を持って発表せねばならないことがある。いや、知らせたい事実があるのだ。

 

 連邦は、ついに新たな波に飲みこまれた。

 これこそがレイダー・ウエイブ。無法者達の革命、暴力による黄金時代の到来だ!

 

 かつてにおいてレイダーとは狼のように放浪し、腹をすかせた小集団を指すものであった。

 だがこの連邦では、どうだ?南部にはガンナーがいる、東にはフォージが、西はまだ混沌としているが。北にはついにあのジャレドが君臨し、大物(ビッグネーム)の無法者たちの組織が、ほぼ全域で幅を利かせるまでになっている。

 

 この流れを変えることが、果たして誰にできるというのだろう――』

 

 それは彼が部下であるソニーに、数日前に没と告げたくだらない妄想文であった。

 

『ミニッツメン崩壊に導いたガンナーの活躍から、ついに連邦はレイダーという存在に精神から犯されてしまい。人の持つ良心やモラルといった自浄作用はついに働くのをやめてしまった。これだ、この真実だ。

 人の歴史を正義と悪で考えるなら、つねに勝者には正義があり。敗者には攻められるべき悪があるものだった。

 

 だが連邦はそれをついに失ってしまったのではないか?

 レイダーはいつからか正義となった。人々の信じる悪は、その意味を変えてしまったのか?

 

 レイダーという傷の痛みを治療するのではなく。さらに多くの別のレイダーを立たせることで。連邦は麻酔という快楽作用で苦痛をごまかし、癒すようになってしまってはいないか――』

 

 男はため息をついた。

 

「――あの糞野郎め、まだこんな寝言を」

 

 見せられたときはまず鼻で笑い。大いに嘲笑ってやってからつき返したというのに。

 あの可愛げのない野郎は、あきらめきれないらしく。わざわざ一部を書き直して残していやがったのだ。

 

 男は闇の中、椅子の上に古女房よりもでかい自分の尻を下ろすと、シガレットケースに指を伸ばした。火をつけ、煙を吐き出すと、苛立ちや怒りが静まるのがわかる。

 

 彼の自慢の部下は浮かれているのだ。

 あのミニッツメンの最後を、まるで旧世界からわずかに残された良心の死だと勘違いしている。

 糞のような殺し屋だのレイダーだの相手にしているくせに、妙なところでメルヘンというか。おセンチというか、変な奴だ。

 

(正義が死んだ、だ?まったく餓鬼じゃねェか)

 

 ミニッツメンの崩壊なんて、ほとんど時間の問題だったことはこの町にいれば予想できたことだ。

 かつては強い正義感と目的意識を持つリーダーに率いられ、一大勢力をなした彼らだったが。自ら率いるリーダーを互いに憎み、妬み、足を引っ張るようになれば組織は腐敗し、終わりはあっというまに迫ってくる。

 

 結局は、骨があっても善人面が大好きで何もできない奴と。密かにキャップと力に飢えた馬鹿が次第に離れていって、クインシーの虐殺で自分達に止めを刺したに過ぎない。

 だがそれだけだ。別にこの連邦の人々の価値観が、変化したわけじゃない。

 

 それに所詮、レイダーはレイダーでしかないのだ。

 ならず者で、我慢ができなくて、やりたいようにやろうとして、そのせいで無意味に死ぬ。

 そいつらがたまたま今はうまくやっているというだけで、それこそ嵐がやってくれば――そう、あの時。伝え聞くキャピタル・ウエストランドや。モハビ・ウェイストランドの『ザ・ディバイドの戦い』のようなそれがここでもあれば、すぐにすべてが逆転する。

 

 連邦は今、その時が来るのをじっと待っているだけなのだ。

 そしてそれが来たら――うっかり自分だけは巻き込まれないよう、首を縮めて嵐が通り過ぎるのを待つしかないのだ。

 

 

=============

 

 

 サンクチュアリに約束を守り、ブレストンは留まっている。

 だが彼の日々は次第に彼自身の手をはみ出しつつ、困難なものへと成長していた。

 

 サンクチュアリを飛び出していったアキラはいいものばかりをただ置いていったわけではなかった。

 風力発電装置の中に、巧妙に隠された発信装置が組み込まれていた。これは、この場所に新たな居留地が誕生し。新しい住人を求めているという、レオのメッセージを繰り返すものだった。

 

 電波はそれほど強くはないようだが、それでもメッセージを耳にしたと口にする入植を希望する者たちがあれからここに姿をあらわすようになった。

 当然だが、心の準備ができていなかったマーシーは発狂し、夫のジュンはそれをなだめようとしてまたもや失敗していた。だが、今回ばかりは彼女の意志など気にしてはいられない。

 

 アキラの置き土産はむしろ歓迎するものであり、それを耳にして実際に訪れた人がいるというのは喜ぶべきことなのだ。この場所がこれからも町としてやっていくには、どうしたって人が足りない。

 だが、それがこれだけ大変な仕事のように感じるということは、あの青年が言い残したように自分が満足に仕事をしていないということの証明ではないか――。

 

 プレストンは正直な話、責任を感じて落ち込んでいた。

 だが、泣き言は口にできないと必死で表面上ではそれを隠し通そうとする。

 

 すでに10人近い新たな居住希望者がここにはいる。

 だがプレストンたちが彼らに提供できるものはほとんどない。結局、アキラが設計した仮設住宅は破壊され放置されたままだったので、隙間風がはいる旧時代から残った建物をわりあてていくしかなかった。

 

(俺はこの立ち上がりかけた町をひとつ、満足に機能させることすらできないのか!?)

 

 再びあのクインシーから逃げ続けた惨めな逃走の日々が思い起こされる。

 守るべき人々は倒れて次々と減り続け、仲間ともはぐれ、彼らの生存も期待できない。これがあのミニッツメンの成れの果てと、信じたくない現実。

 

 そんな揺れるサンクチュアリを好奇の目で見回しながら訪れた商人がいた。

 

「まさか、本当にできたとは思わなかったね」

 

 カーラと名乗る彼女は、ここに来る旅の途中でVaultジャンプスーツを身に着けた傭兵風の男とロボットに出会ったと口にした。

 レオのことだとすぐにわかり、彼の無事を知ってプレストンは喜んだ。

 そして同時に暗い気持ちにもなる。彼の旅がこのまま順調に進み、一段落してこの町へ帰ってきたとき。彼には自分たちがアキラにしてしまったこともちゃんと説明しなくてはならない。

 

 彼はそれをどんな顔をして聞くのだろうか? 

 

 

===============

 

 

 スラブはレイダーとして今、この瞬間に完全なる勝利を確信していた。

 あの呪わしきピックマン・ギャラリー。そこをついに自分と自分が率いたレイダーが制圧してやったのだ。これはメインデッシュ、きっと忘れられない記憶になるだろう。

 

「こんな地下道の果てまで追いかける羽目になったが、ついに捕まえたぞ。ピックマン」

 

 目の前に立つ、顔色のよくないスーツ姿の男は。恐れるべき無法者3人を前にしても、その顔に恐怖の色がない。それがなんとも憎らしい。

 

「俺の仲間たちをさんざ追いかけ回して、好き勝手に拷問し続ける権利が自分にあると本気で思っていたのか?今は俺たちが、楽しんでお前を殺してやる」

 

 3人の持つサブマシンガンが構えられる中、スラブは背後の通路の置くから苦しげな男の声が上がるのを聞いた気がしたが、今はそんなことに気をとられる場合ではない。

 絶頂の瞬間を迎える直前のように、満面の笑みを浮かべ。カウントダウンは開始され、最後の一押しとばかりに指に力をこめていく――そしてそんなスラブの後頭部に45口径仕様の弾丸が次々と叩き込まれ、栄誉をとり損ねたレイダーは頭を粉々に粉砕される。

 

 惨劇は始まると瞬時に終了した。

 

 薬物の作用で瞳孔が開いたままのアキラは通路の暗がりから飛び出すなり、レイダー達を問答無用で襲撃した。手にしたサブマシンガンは火を噴き続け、スラブともう一人の部下をあっというまになぎ倒して見せた。

 残った一人はピックマンか、アキラかで迷い。そこをつかみかかって来るピックマンに襲われ、あっというまに引きずり倒されると動かなくなるまで滅茶苦茶に殴られ続けた。

 

 レイダーが死ぬと、2人は向かい合う。

 

「どうやら助けてもらったようだ、礼を言う。こいつらは万死に値した」

「別に――なぜあんたを?」

「意見の相違というやつだよ。私が彼らの首を切り落とし、飾り付けるため集めることに異議を唱えていた。まぁ、ここまでそれを主張しに来るとは思わなかったが。なに、次は私が彼らのところにまた話しに行くとしよう」

「少しでも利口なら、そいつらはすでに自分達の家から逃げ出しているかもしれない」

「私からは逃げられないさ……君には、大きな借りができたな」

「ちょっと、助けただけだよ」

「いや、謙遜はいらない。スラブは大勢の部下を連れていた。君がここにいるということは、つまり彼らがどうなったのか。考えるまでもないことだ、本当に感謝している」

「手榴弾の使い方を学ぶついでだった」

「是非、私の感謝を受け取ってほしい」

 

 そういうとピックマンは鍵を差し出し、半ば強引にアキラの手に握らせてきた。

 

「それならあんたの絵を一枚くれないかな?強烈で、印象的なものばかりだった。今はないけど、いつか自分の家を持ったらそこに飾りたい」

「よいセンスも持っているようだね。

 ふむ、いいだろう。私のギャラリーにある『スタンレーのピクニック』を見て、好きにしてくれ。あれなら君にもぴったりだと思う」

「わかった――アドバイスをひとついいかな?」

「なにかな、友よ」

「グッドネイバーの話だと、ここはレイダー達の話題になっているようだ。第2、第3のスラブ?そんな奴等がここに押しかけるのも、時間の問題かもしれないよ」

「わかってる。これまでは緑の巨人、商人にスカベンジャー、奇妙な隣人とレイダー。どれもが見分けがつきやすいとあって満足しきってしまった。

 今後はしばらく、画材は別に集めるつもりだ」

「そのほうがいいだろうね――奇妙な隣人って?」

「ああ、すまない。死の恐怖を逃れ、生の喜びにあふれ、口がすべってしまったようだ。隣人というのは、あのレールロードの奇人達のことだよ。彼らのヤサが近くにある」

「――そうか、やっぱりあったんだな」

 

 アキラは小さな声でつぶやいた。

 

「友よ、どうやら君は彼らにも興味があるようだ」

「バンカーヒルまで彼らの仲間と一緒に旅をしたんだ。その彼の口ぶりから、グッドネイバーとの間になにかあると踏んでいただけだよ。探すのはこれからだった」

「なら、私が答えを教えてしまったわけか。『レールロードをたどれ』これは彼らがそこかしこで広めている言葉だ。聞かれて困ったら、口にするといい」

「なるほど」

「後は私からもアドバイスをひとつ。君のような目立つジャンプスーツ姿で一人で歩き回るのは感心しない。ここは危険な町だ。決して大通りを一人で鼻歌交じりに歩き回るような場所ではない」

「どうしろと?」

「そうだな、グッドネイバーから来たといっていたな?なら、そこで傭兵でも雇ったらいい。

 奇人連中は自分達の存在を隠し、嘘を好む。彼らに近づくなら、彼らが理解できるように君も努力が必要になるだろう」

「わかった、そうしよう」

「ではさらばだ、若き友よ」

 

 スラブをはじめとしたレイダーの死体を打ち捨てたままアキラは一人で地上に出ると、再びギャラリーへと戻った。ギャラリーの入り口脇に並ぶ絵の中には、確かに彼が口にした『スタンレーのピクニック』なる壮絶な嫌悪の情を抱かせる絵がそこに飾られていた。

 

 これをどうやって安全に運び出そうか?

 考えながら絵を取り外すと、裏側に隠し金庫があった。

 なるほど、無理に渡された鍵はこいつに使えということか。中をあけてみると、そこには礼状とギャラリーの主からの贈り物が用意されていた。

 

『芸術家は、一目見ればその存在の本質を見抜く。また会おう、殺人鬼よ』

 

 ひどいものだ。だが、贈り物も絵も気に入った。

 アキラは死体が横たわるマットの前に立つと、それを蹴とばし。マットレスの表面の布を切り裂くとそれで絵をくるんだ。

 

 グッドネイバーには、この美しい真っ赤な絵とグッドニュースを届けることになるだろう。

 

 

===============

 

 

 穏やかな睡眠の最中であっても、それは突然始まることがある。

 どんな老人でもするように、うつらうつらする。浅い眠りは夢の変わりに、突如としてサイトの発動で別のものになってしまう。

 

「ママ・マーフィ!あんたのサイトは、もうすぐ俺のものだ!」

 

 狂ったように叫ぶ少年の顔が見えた。

 幼くとも、その表情は凶悪に過ぎて、まるで獣のようで恐ろしいとしか感想が出てこない。

 

「あんたは俺のものだ。あんたの力も俺のものだ!」

 

 激しい感情を向けてくる相手を前にして、しかし老婆はあわてるそぶりはなかった。

 サイトに真実は存在しない。それは過去であり、未来であり、現在であっても。神の視点では決してないことが、それを視るママ・マーフィの認識を歪ませている。

 

 だが、この少年の顔には見覚えがあった。

 

 クインシーで見た顔――まだ幼く、罪も知らず、暴力も知らなかった。ただの子供。

 だが自分はそんな子供につい、うっかりサイトで知った未来を告げてしまった。それで彼はこの麻薬中毒の老婆の予言を信じてしまったようだ。

 

(ジャレドかい?本当にモンスターになってしまったんだね……)

 

 場面が変わる。

 少年は老婆がよく知っている吸入器を目前に山と積んで、必死に自分にそれをうち続けている。危険な行為だった、オーバードーズをおこしたとしても不思議はない。それなのに、少年はそれをまったく気にする風でもなく、一心に自分の血流にそれを流し込む作業をやめようとしない。

 

 身体の底に振動を感じた。

 ズンズンと音を立て大地を揺らすそれはすぐに複数の足音だとわかるが、足音の主の姿だけが見えない。

 そのうち誰かの悲鳴や、銃声も聞こえはじめるが。少年はそんなものに構うことなく、自分の作業にまだ必死になっている。

 

(これが、運命なんだねぇ)

 

 老婆は諦めていた。目の前に広がる光景に変化はないが、空気が変わったことがわかった。

 これは死の足音だ、それを告げるものだ。足音が止まると、悲鳴と銃声も止んだ。少年の背後の闇の中に、うっすらと2人の男の姿が浮かび上がる。

 

 顔は見えない。

 だが、その身に着けているVault居住者のジャンプスーツにはナンバーがはっきりと書かれていた。

 

 Vault111、と。

 

 老婆は――ママ・マーフィはついに目を閉じた。

 

 

 サンクチュアリで土いじりをすると疲れるらしく、作業を終えて夕日など眺めていると。椅子に座ったままで、ついウトウトしてしまう。

 

「ママ・マーフィ。今日は疲れたみたいね」

「ちょっと眠ってしまったね。だけど、大丈夫だよマーシー。老人は睡眠が短いのさ」

 

 サンクチュアリはようやく変わろうとしている。

 これからもっと、ここはよくなるはずだ。プレストンは恐れているが、もうすぐ彼らも帰還する。

 それ同時にプレストンもようやく彼の任務から解放されることを意味する。サンクチュアリは自分たちだけでこれからを強く生きていかなくてはならない。

 

 かつての少年は長くないだろう。サイトがまた、自分に教えてくれた。

 それはもう目の前まで来ているのだ、と――。




(設定)
・ソニー
オリジナルキャラクター。
グッドネイバーで特定の業界で生きる連中のための雑誌記者。Vault111から来た男、に興味があるらしい……。


・ピックマン
クエスト「Pickman's Gift」に出てくる。ゲームでは恒例のクトゥルフネタ。
ヤバイ絵を描く画家という設定はそのままに、レイダー達をさらっては切り刻んでいる。ちなみに彼の作業中、どんな会話がなされているのか。
ゲームではホロテープで知ることができる。

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