ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回、12日を予定。


Kill is Good  (Akira)

 グッドネイバーで宿泊といえば、それはレクスフォードホテル。

 受付に立つ老齢の黒人女性。クレールに片手を上げて挨拶すると、ハンコックはホテルのある部屋の前へと向かう。

 グールであり、普段からどこか人を煙に巻くようなこの人物であるが。この時は面白いことに、ちょっとばかり困惑しているようで、彼を知る人物がいたらきっと映像を記録に残したいなどの感想を口にしたかもしれない。

 

 部屋の前に立つと、すぐにノックをしてから襟元を正す。

 すぐに扉が開かれるが、中にいたのは、寝起きらしい素っ裸の女性が前を隠すことなく堂々と立っていた。ハンコックはうろたえるでも、あやまるでもなく。ため息をつくふりをしながら、なぜか抗議の声を上げる。

 

「おい、ファブ。確かにおまえの護衛は必要だとも言ったし。お前の視線は時々は俺の邪魔だともこの口が言ったことは認める。だがな、お前は俺の護衛なんだ。

 いいか?雇用主との間の契約にはな。こういう時、ちゃんと前もって休暇届を提出するものだと――」

「用件は、ハンコック?」

「先週話しただろう、今日だ。お前が必要だ」

「わかった。服を着てくるわ、待ってて」

 

 会話の最中から、部屋の中から鼻につくあの特有の匂いが感じられた。

 彼女が奥に引き込むと、シャワーでも浴びるのだろうと思い。ハンコックは部屋に入って、ベットの前に立った。

 ダブルサイズの寝具は乱れ、同時に動いていないが、人が一人はいるくらいの山が築かれていた。

 ハンコックはそれを見ても好奇心は沸かないらしく姿を覆い隠しているシーツに手を出す様子はなかったが、ポケットの中からジェットを取り出すと自分に使う。

 

 フウー、吐息を吐き。思考がはっきりしてくるのを感じた。

 

(ファーレンハイトの新しい男、か)

 

 自分の護衛を勤める彼女が、これまでこのホテルに男を引きずり込んだのは何回かはあったが。それがこう何日も閉じこもって快楽をむさぼるようなことは、今回が初めてである。

 それはつまり――。

 

「ハンコック、行きましょう」

「ん、もういいのか?」

「ええ」「――なら、俺は外で待っていても」

「その必要はない」

 

 まるで彼女はこの部屋に、ベットの上に誰もいないというようにさっさと先頭に立って部屋を出て行ってしまう。ハンコックはそれを見てこの時、彼女をこうさせる男の顔を見ようかとダブルベットを横目で見て――やはり気分を変えるべきではないと考えて、彼女の後を追った。

 

 

 ホテルの部屋は、再び静寂に包まれる。

 しばらくするとようやくにだが、もぞもぞとシーツが動き、そして――裸のアキラの頭が出てきた。

 

「――マジかよ」

 

 ああ、そうだ。

 マジだぜ。恐ろしく甘い味しかしない、この悪夢。

 

 

==========

 

 

 この5日間、ベットから出ることも服を着ることも許さない。

 そんなおっかなくて最高にいい女から解放されたので、アキラは久しぶりにグッドネイバーの通りに出てみることにした。

 

 この町は高い構造物の谷間と空間をふさぐ高い壁でがっちりと守られ、太陽が出ていても光がこの町のすべてを照らし出すなんてことはなかった。

 アキラは数日に渡るアルコールと薬物を容赦なく体にぶち込んだ後とあって、空腹と寝不足。そして後遺症の影響らしい疲労感によって、体は光にあたることを拒否したかったので、悪い気はしなかった。

 

 サードレールに行くと、バーテンでロボットのホワイトチャペル・チャーリーはアキラの顔を見て、いやらしい低い笑い声を上げて話しかけてきた。

 

「これはこれは、グッドネイバーの若き英雄のご帰還かい」

「英雄?ぼ――俺が?」

「ああ、そうだぜ。

 忘れもしないね、はっきりと覚えている。ここに自殺じみた大量のヤクを体にぶち込んで降りてきた馬鹿な若造が。俺の前に来てワインを注文すると一気飲みしやがった。

 何だこいつはと思ったが、訳のわからないことしゃべりだすから。俺は仕事をしないかと水を向けたら飛びついてきやがった。

 

 そいつは1時間後には死体になってる、そう確信していたよ。

 

 だがそんなことは俺の知ったことじゃない。この町に入ってきちまってるアホ共、そいつらのところに行ってちょっと殺してくれ。俺の要求はシンプルで、お前の返事もまたそうだった。

 

 そして数時間後、お前は血まみれになって戻ってきた。怪我ひとつなく帰ってきた、そして服についているこれはあいつらの血だと言う。

 俺はしびれたね。お前みたいな新人はこれまで見たことがない」

「なにソレ、どっかの狂人の話?」

「ああ、ソレは間違いない。お前は狂ってる、俺が保障する。

 ここまでだって十分におかしい話だが、お前はここからさらに伝説を作りやがった。

 

 ここで飲んでたあの恐ろしくておっかない女を『美しい』とかなんとか口説きやがって。お前を抱かないと眠れない、なんてキモい台詞を口にしたときは俺の神経回路が吹っ飛ばされるような衝撃を感じたね」

「……」

「ま、ここだけの話になるが。俺はあの時、お前は死んだと思ったよ。

 市長の護衛をするだけあって、あの女は恐ろしく強いからな。あんな口叩いて、無事ですむとは思わなかった――。

 ソレがお前、2人でレクスフォードホテルに入っていって。部屋に閉じこもってずっと大声あげてヤリまくってるなんて聞いたから何度目かの驚きだ。俺はただのバーテンだが、あんたを男として尊敬するよ」

「男?ロボットだろ?」

「ああ。だが、声でわかるだろう?俺は、男の、ロボットさ」

 

 ヌカ・コーラを一本注文すると、それを一気に飲み干してしまう。

 それで落ち着いたのだろうか。僕の腹は記憶にない大きさでグウと鳴る。

 

「数日分のエサを求めて這い出してきたようだな」

「食い物はあるよね?」

「ああ、とっておきのを出してやる。ラッドスコルピオンのステーキだ」

「スカルピオン?それって、虫じゃないか?食えるの?」

「スーパーミュータントのアーマーすら引き裂く奴らだけあって、信じられないほど肉厚だぜ。その上、疲労回復と精力回復にも抜群よ。これを超えるのはデスクローの肉くらいじゃないか?」

 

 いやなバーテンだ。前の記憶がほとんどないから、これからはそう覚えておこう。

 

「なんで精力?」

「俺はな、ロボットだから自分じゃ経験ないが。

 ここで大勢の男と女を見てきたんだ。お前とあのおかしな女のようなのは、この程度じゃお互い満足してないさ。

 向こうだって確か今は市長と一緒にブツの引渡しで留守にしているんだろう?

 あの女から本気で離れたいなら、今すぐ町を出な。でないと逃げ切れないぜ」

「――そのつもりは、ない」

「ほらな。こっちはお前もそう言うだろうと思っていた」

 

 そう、僕はまだこの町を離れることは出来ない。

 あの時の問題の発端となったメモリー・デンだが、自分は出入り禁止を言い渡されてしまった。オーナーのイルマは、自分たちの商売をしているだけで、それ以上の医療サービスはしていない。再び訪れた僕は、そうはっきりと断られてしまった。

 

 自分についての情報がほしくて、どうやら僕は先走りすぎて手を貸してくれそうな人たちに警戒心を持たせてしまったようだ。これは大きなミスだった。

 

「なにか、新しい情報はない?」

「情報?それならあるぜ」

「?」

「ダイアモンドシティだ。そこが少し騒がしい、なんでも凄腕の賞金稼ぎが現れたようだな。レイダー共の噂になっている」

「賞金稼ぎ?」

「ああ、そうだ。そいつがたった一人で、あちこちのレイダーやスーパーミュータントを殺しまくっているという話だな――興味があるのか?」

「ない。なんでそんなことを?」

「んん――そいつな。着ているものがちょっとかわっているらしくてな」

「へぇ」

「ジャンプスーツだってよ。Vault居住者が着るやつだ――数字によると、Vault111」

 

 レオさん。

 ぐったりとカウンターに突っ伏していた僕は、ホワイト・チャペル・チャーリーの言葉に背筋を伸ばして顔を上げる。

 表情は消していたが、人を観察するのに長けているというの真実なら、これはもうバレバレだったろう。

 

「若いの、お前の着ているのも同じ111とあるが。知り合いかい?」

「――どうかな。どう思う?」

「へっ、そうかよ」

 

 バーテンはグラスを取り上げて、わざとらしく布切れで磨き始める。

 

 Vault111のジャンプスーツを着た賞金稼ぎ――レオさんだ。

 あの人は息子を探しに行ったはずだが、ダイアモンドシティで暴れているということは上手くいっていないのか?それとも――。

 

「チャーリー、そいつか?そいつが俺の町の新しいプレイヤー?」

「ええ、そうですよ。ハンコック市長、お早いお帰りで」

 

 歌姫の声に誘われて弛緩していた体が反応し、僕は体を起こすとカウンターから後ろに振り向いた。

 ジョン・ハンコック市長、グッドネイバーの支配者。そして、多分、今の僕と寝ている相手の雇い主にして相棒。

 

「登場から派手に暴れまわってるらしいな、若いの。ここで何をしている?」

「自分の人生を」

「そんなことか――悩めば答えは出てくるか?」

「悩んじゃいない。”人生は計画するためではなく、行動するために作られた”」

「ふむ、ルソーだったか?東洋人なのに古典に物知りだな」

 

 知らなかった。なにかが頭の中で回転を始め、スパークするような感覚がして、気がついたら口に出していた。

 

「ということは、ここで酒も薬も必要としていないというわけか」

「そうでもないんだ。冷えたヌカ・コーラを切実に必要としてる」

「チャーリー、行動する若者に俺からも一本贈ってくれ」

「はいよ」

「どうも、市長」

 

 例を言うとハンコックはカウンターの上に乗せられたチャーリーが出す一本をとってから僕に向き直った。

 

「送ろう、ついでに少し歩かないか?」

 

 なにか危害を受けるいわれはないよな、と考えてから少し遅れて僕も立ち上がった。

 

 

 ハンコックの気まぐれは今に始まったことではないが、今回の取引を前にそれを口に出しても別にファーレンハイトは気にしなかった。

 そもそもいつもはいない人だ。ただ、”今回が最後”だから礼儀として顔を見てやるという意味で来ると言っていたにすぎない。正直、だからこの展開はむしろありがたいものだったと言ってもいい。

 

 現場ではすでに相手が待っていて、グッドネイバー組は5人に対し。向こうは”生き残っている全員”の11人が落ち着かなくしている。

 

「おい!市長はどうした?確か、ここに来ると――」

「ハンコックは来ない」

「なに?」

 

 なぜかファーレンハイトの言葉に、相手は全員で動揺をみせる。

 

「ど、どうして?」

「別にかまわないでしょ。いつもいなかったのだし」

「だけどよ――」

「市長は遊んでいるわけではないわ。出かけに急用が入ったの、それだけ」

 

 妙な動揺の仕方をしたせいで、場の空気が張り詰めると。取引を行うはずの両者の間で、にわかに緊張感を高まらせていた。しかし、そんな中でこのファーレンハイトだけは変わらず落ち着いており、先ほどと同じく穏やかな美しい声で淡々と返答を返している。。

 

 彼らの最後の取引は、こうして始まるまでがグダグだになった――。

 

 

 

 グッドネイバーの通りを、ハンコックと僕はならんで歩く。

 行き交う人々はこちらをマジマジと見つめるやつは一人もいないが、どこからともなく送られてくる。刺すような視線はしっかりと背中に感じることができた。

 

「この町はどうだ、若いの?」

「悪い印象はないよ。それは間違いない」

「ふふ、そうだな。そりゃ当然だ、市長がいいからな」

 

 僕が理性的に会話するグ―ルという存在を肩を並べるくらいに身近に見たのは、彼が初めてだった。

 

「お前のことは、特にここに来てからのことは全部知っている。俺の町で起こったことだしな」

 

 それはそうだろう。

 まるでこの町を飾るかのように配置されたスーツ姿の男たち。これは全部この市長の部下なのだ。

 あの日の僕の暴走の一部始終は、彼らにも全部見られていたはず。

 

「チャーリーの依頼、あれは俺の出したものだった。お前がそいつを見事にやってくれて、感謝している」

「あー」

「だから、俺も”お前の事”には踏み込むつもりはない。それを伝えておきたかった」

 

 なにやら空気が変わったか?

 

「意味が、わからないん――」

「あの日、自分がつくった死体の山を確認しようと思っていたろ?この町では俺の部下の目があるから、まだ行ってないようだがな。

 そんな必要ない。すでに俺が死体を片付けさせた。町の美化に必要なことなんでね」

「……」

「若いの。いくらこんな世界でも、自分が殺した奴の状態をわざわざ確かめようとする奴はまともじゃない。そんなことを必要とするのは、腐った死体で慰めを得る変態か、面倒な事情を抱えた奴のどちらかだ」

 

 そういうとようやく手にしたヌカ・コーラを僕の体に押し付けてきた。

 

「気になるだろうが、変なことは考えないほうがいい。忠告だ」

「――そのようだね、気をつけないと」

「そうだ、そうした方がいい。俺の邪魔者をフェラルのように引き裂いていないか、とか。スーパーミュータントのまねをやっていないか、とかな」

 

 やはりそうだったんだ。この2本の腕を振り回して人間に襲い掛かり、傷ついた体を癒そうとして肉に歯を立てる。

 いくら薬でぶっ飛んでいたとはいえ、僕はレオさんではないから無法者達を相手に戦いで圧倒できたとは思わないし、考えられなかった。そして市長の言葉で、それは正しいと証明された。

 

 他人の目がある町の中で、こんなことを続けるわけにはいかなかった。

 

「俺に言わせるなら、世界はちょっぴり壊れていて、おかしくもあるが。まだ狂っちゃいない。

 だが秩序を守らせるには力が必要で、銃がいるし。安全はただではないからキャップが必要だ。そして皮肉なことに、そのどちらもあるとそれを目当てに多くの馬鹿共が足元に擦り寄ってくる――。

 ファーレンハイトと寝ても、俺は気にしないが。お前のメモリー・デンでおきた騒ぎは、俺の興味を引くのに十分な出来事だった」

 

 彼はこの町の市長だ。当然、噂は耳にするだろうし。この通り、噂の真実だって知ることができる。

 

「教えてくれ。イルマの話ではお前は人造人間ではないそうだ。だが、それだけでは足りない」

「足りない?何が?」

「俺がお前を殺さないですむ理由だ。だから今だけは正直に教えてくれ。

 お前はインスティチュートが生み出した、化け物のひとつなのか?やつらが送り込んできた、それか?」

 

 その問いに答える言葉を僕はまだ持っていない。

 あんな状態に、あんなことをやる自分が普通の人間であるはずがない。それは理解できる。

 だが、それで自分はナントカいう奴らの作品である、などと断言できるだろうか?

 

「ハンコック市長、俺もそれが知りたい。わかっていることがあるなら教えてほしい」

「素直だな、そして馬鹿なのか。俺が知っているわけがないだろう?

 人造人間に間違われるような変なウェイストランド人、俺が教えるお前のことならそれが全部だ。後は自分で、本当の自分とやらでも探してみればいい」

「――できるだろうか?」

「知らないね!だが、人造人間に興味があるというならひとつ心当たりがある――レールロードを知っているか?」

「!?」

「奇妙でおかしな連中さ。だが、お前の役に立つかもしれないな」

 

 どうやらハンコック市長の手は、想像以上に大きいものだったようだ。

 彼の耳はこの町だけではなく、この連邦の外にある居留地にも届く高性能なものでもあるらしい。

 

 自分探し、たどり着くことのない幻想への道。

 だが、自分が次にとるべき行動を考えたとき、まず頭にあったのはバンカーヒルで別れた人造人間の彼のことであった。

 だが、それは僕が彼のように助けを求めるというわけではない。

 

 噂で耳にしていたことがある。このグッドネイバーと同じように、レールロードもまたインスティチュートと敵対している組織である、と。

 つまり今のように、むこうもこっちを怪しまない理由はないのだ。接触するには、単純ではない方法が必要になる――。

 

 

 

 取引はようやくにして再開された。

 だが、ファーレンハイトにはどうでもいいことだった。

 

「よし、いつもどおりやろう。ブツを見せてくれ」

「嫌よ」

「なに?」

「断る、聞こえなかった?」

「――おい、どういうことだ?気分を害したのならこっちも謝るさ。別に……」

「今日はずいぶんと多くつれてきたのね」

 

 ファーレンハイトは感情のない美しい声で、相手の調子よい言葉をさえぎってみせる。

 

「そりゃ……念のためだ。気にしていたとは思わなかった」

「気にしてないわよ。そう、ダイアモンドシティの賞金稼ぎに八つ裂きにされたばかりのあなたたちなんて」

「――!?」

 

 笑ってしまうというのはこういうことだろう。

 口に出された途端、相手は全員がいっせいにその仮面が剥がれ落ちていくのがわかる。取引相手におきたトラブルを、こちらが知らないわけがないのに。

 

「住処を根こそぎにやられたそうじゃない。でも、そんなこと口にしないでここに来たのね。今日の取引のために」

「そ、そうだ」

「良いことよ。市長も気にしていたわ」

 

 キャップだけのつながり、それもレイダーなんてこんなものだ。

 情報もキャップも、グッドネイバーが存在する限りハンコックへ流れ込んでいく。彼らが今日の取引の支払い能力がないことなど、とっくにわかっていたことだ。

 

「信頼してもらいたい。市長に、逆らうなんて。そんな間抜けはここにはいないさ」

「ならいいの。こちらも取引できるなら」

 

 仲間にファーレンハイトはあごで指示を出すと、背後の部下が”いつもとは違う”布で隠された箱を持ってくると、彼女はその布を取り払う。

 レイダーたちは血走り始めた目で、その中を覗き込むと顔を引きつらせた。

 

 そこには彼らの望む物資はなかった。

 かわりにあったのはミニガン――アッシュメイカーと名づけられた、ファーレンハイトの振り回すそれが入っていた。

 

「いいわよ、始めましょう」

 

 ハンコックの護衛は変わらぬ調子でそういうが、同時に軽々と手にしたミニガンの銃身がモーター音を立てて回転を始める。

 

 レイダーたちの反応はそれぞれ違った。

 早々に背中を向けて逃げ出そうとする賢いやつ、物陰に隠れようと走り出すやつ。すでにその判断もできなくなって、銃口をファーレンハイトに向けようとする奴。

 

――違う、そうじゃないのよ

 

 発砲音に続き、空間が火線で埋め尽くされていく。

 前に立つ存在が全て灰になるまで、彼女はいつだって止まれない。

 

「姐さん、アネサン!!」

 

 アッシュメイカーによって体を何度も貫かれ、傷口から火を噴いてついにその体を焼き尽くしても。まだ引き金から指を離さぬ彼女の尋常ではない様子にあわてて周囲が止めに入る。

 

 グッドネイバーを出る前、あんな話題の中心だった彼女にしては意外なことだが。

 その後姿から感じるのは驚いたことに、不満――何かに対して次第に高まっていくそれをここで憂さを晴らしているように見えた。

 

 

==========

 

 

 2日後のグッドネイバー、そしてレクスフォードホテルの一室。

 

 今度は訪れるものはいなかったが、ファーレンハイトは身支度を整えると部屋を出て行った。別れの言葉短く、なかなか衝撃的なものだったが。なぜかそれは予想できたものだったような気もする。

 

(とんでもない女に引っかかっていたのかも)

 

 今だベットの中で未練たらしく僕は残り香を楽しみながらも、視線は彼女が出て行ったドアではなく。脇の机に山と詰まれ、そこから床へと崩れ落ちてもいる薬物の山を見ていた。

 2日前、町に戻るなりファーレンハイトはアキラを見つけ出し。無言のまま問答無用とまたこの部屋に引きずり込んだ。

 

 この明らかに尋常ではない量の薬物の山を用意して――。

 

 興味深い最高の体験をさせてもらったとは思うが、あきらかにこれは良くない。というか不味い事態になっている。

 口の中は渇き、後頭部には虫が這い回るようなかゆみを感じる。気分は落ち込み、それでいて妙にクリアに現実を認識している感じだ。

 

 狂った甘い夜の記憶と、立派な中毒者の誕生だ。

 

 だが――ああ、なんて皮肉なんだろうか。

 なにもかも自棄になりそうで、ギリギリに追い詰められたような焦燥感の中で生きている。そんなちょっと前の自分はもうこの中にはいない。

 

 グッドネイバー、なるほど確かに噂のとおり平和とは程遠い町だ。

 だけど僕は結構――ここのことが気に入っていた。

 

 

 

 部屋を出た僕は、心に決めていたことがある。

 ひとつはまずレールロードに接触すること。これはまぁ、問題はないと思う。

 変人の集まる組織は、この悪人達の憩いの場でも有名であったが。あのバンカーヒルという商人の町でもそうだった。

 

 彼らの中にレールロードにつながるものが、間違いなくある。あとはそれをたどればいいだけだ。

 

 そしてもうひとつはサンクチュアリへと帰還することだ。

 ダイアモンドシティでのレオさんの活躍を耳にしたが、考えてみればあの人もサンクチュアリを離れて一ヶ月近い。

 僕がこうして”遊びまわっている”ことは知らないはずなので、そろそろ戻ろうと考えるのではないだろうか?

 

 ブレストン達には別に思うところはないが、レオさんとの関係を断ち切ること――それはちょっと僕には考えられないことだった。

 僕の過去はVault111から始まり、そこでレオさんには良くしてもらった。あの人と別れる運命だとしても、それはまだ先のものだと信じたい。

 

 

 町の住人たちも言っていたし、確か彼女もベットの中でそう言っていた。

 でも実際に自分で確かめてみないことには、やっぱりそれが本当だとは思えないのは真理というやつだと思う。

 

「おやおや、新顔さんかな」

「本当にこれた。話していたとおり」

「何を聞いたのか当ててやろう。ここに市長に会いに来た。そして会えた。違うか?」

「町でみんながそういってた。てっきり冗談かと――」

「驚きに満ちた毎日で楽しそうだ。ここは『人民による、人民のための』グッドネイバーだ。市長に話があるというなら、俺はそれをちゃんと聞くさ。それでどうした?」

 

 市長室――開かれた扉のむこうにある部屋の中には市長本人と、先ほど別れを告げられたばかりのおっかない護衛がいる。彼女はこっちにはもう興味がないようで視線は手元の本から動かない。

 僕は僕で、市長の前で彼女のひざにすがり付いて愁嘆場をやるつもりではなかったから、彼のほうを向き続ける。

 

「実はちょっと困ってる。ここに来てからずっとトラブルばかりだったんだけど、気がついたら自分はこの町の新しいプレイヤーって、呼ばれているらしいんだ」

「ああ、その通りだ新人のボウヤ」

「でもそれはちょっと買いかぶられすぎていると思ってる。なんで、この町を離れる前にそれにふさわしい仕事を市長に世話してもらえないか、お願いしようと思って――」

 

 どんな理屈だ?と思ったが、ここに女の尻を追っかけてきたといわない若者がおかしくて、つい希望をかなえてやりたくなった。

 

「なるほど……いいぜ、ひとつある。

 偵察を送ろうと思っていた場所がある。ピックマン・ギャラリーと呼ばれているそこは妙なことがおこっているらしい。それはレイダーの縄張りのはずなんだが、奴等はどうしてか沈黙している。

 まるでそれがばつの悪い情事の後であるかのように。俺はそいつの内容について情報がほしい、だから偵察が必要というわけだ。わかったか?」

「わかった、やってくるよ」

「人の手がほしいなら、サードレールにいってみるといい。確かしけた傭兵が昨日あたりから戻ってきていると聞いた。話は終わりだ」

 

 僕の用も終わった。

 

 

 

 ハンコックはアキラが出て行くのを目で追った。

 あの若者は、結局ファーレンハイトにはなにもしようとはしなかった。1週間近くを寝る間も惜しんでヤリまくっていた女に対する態度としては、それはあまりにも冷酷に思えた。

 

「なぁ、あの若いの。お前は気に入っていたんじゃないのか?」

「そうよ、好きだったわ」

「――これ以上聞くと、後悔しそうだ。悪い癖が、また出たんじゃないと祈ってるぜ、相棒」

 

 自分の護衛は――相棒はなにも言い返さなかった。

 だが代わりに笑みを浮かべる。それは肉食獣を思わせる、凶暴で美しいものだった。




(設定)
・ファーレンハイト
ゲーム内でも上位にはいるくらいの美人、ハンコック市長のボディーガードらしい。
面白い髪型と、ユニーク武器のミニガンをぶん回し、けだるい語りが印象に残る人も多い。黒い軍服があれば是非にも着てほしかった。


・ホワイトチャペル・チャーリー
酒場のロボット、バーテンダー。Mr.ハンディの愛らしい姿に反し。糞親父っぽいしゃべり方をする。
おしゃべりが嫌いではないようだが、ずっと話しかけていると不機嫌になって「酒を飲めよ、酒場だぞ」などと怒ってしまう。



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