ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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これが今年最後の投稿となります。
良いお年をお迎えください。

次回投稿は来年1月中のどこか。


アイスブレイカー(LEO)

 キングスポート灯台の光に導かれ、ディーコンは船着き場に降り立つ。

 ここの居住者たちも船に気が付いたのだろう。近寄ってくると、船長は船底から運んできた荷物を彼らに渡していく。同時に入れ替わるようにジャケット姿の男女が入れ違いに船の中へと入っていったのを見逃さなかった。

 

「――船長」

「あ?」

「船はこのまま島に戻るのかい?」

「なんであんた、そんなことを知りたがるんだ」

 

 ディーコンは警戒されないよう、笑顔を浮かべつつ。あくまでも軽い感じで質問を続けようとする。

 

「いや、今若い2人が入っていったからさ。あんたの帰りの荷物かと思ってね」

「そんなところだ」

「はっ、そんな警戒するなって。ちょっと不思議に思っただけさ。それとも秘密を守らなきゃいけない。そんなワケありの2人なのかな?」

「そんなんじゃない。ああ、わかったよ。お前に教えても別にいいだろ。

 確かにあの2人は荷物だが行き先は島じゃない」

「他の場所?」

「ああ――南に行くことになってる」

 

 とっさにディーコンはある農園の名前を口に出した。

 

「ほう、ワーウィック家の農園?いや、あそこには港が残ってた気がする」

「あんたあっちの方に知り合いがいるのか」

「3年ほど前にね。商売をまとめたことがあった」

「そうか。だが、この船が行くのはそこじゃない。ナントカ猫とか名乗る変わったギャングの一団に会いに行きたいんだとさ。その近くまで運ぶ約束だ」

「海岸だとマイアラーク共が隠れているからな、気を付けて」

「ああ、ありがとよ」

 

 それだけ聞ければディーコンには十分だった。

 行き先はアトムキャッツ。あいつ(アキラ)がお気に入りのジャケットに入ってるロゴのアレだ。ということはあの男女のボスはアキラだ。何を画策しているのかわからないが、小さな島での暴れっぷりを思うと、そろそろ帰還の準備でも始めようとしているのかもしれない。

 

 会話を切り上げると、そのまま誰にも何も言わずにディーコンは居住地を出る。

 すでにしばらく留守にしていたボストンコモンの現在の方が気になっていた。

 

 数日をかけて南下すると、すぐにはレールロード本部には戻らず。近辺の様子を探る――。

 さっそくおかしなものを見つけた。驚くほどあっさりと、だ。

 

 旧世界では税関タワーとしてしられた建物の前は、ボストンコモンの騒ぎでつねにスーパーミュータントの人肉パーティ会場になってるか。もしくはレイダーどもの馬鹿騒ぎが出す”生ごみ”や”クズ鉄”が散らばっていた。

 だが今日はちょっと違う――レイダーの死体、それもあまりこのあたりでは見られない装備をした連中だ。ディーコンにはそれが誰かはわからなかったが、死んでいた彼らはヌカ・ワールドからきたオペレーターズ。それがこんなところまで入り込んできている。ここから何ブロックか奥に行けばグッドネイバーがある。

 

(交戦して全滅。正面からぶつかるこのやり方はいかにもここの連中らしい、って感じだが)

 

 何かおかしい。そう、死人の武器だけが奇麗に持ち去られている。

 この辺で騒いでいる連中なら、いくら敵がいい武器を持っていたとしてもそれだけを奪い。死体に何の興味も示さずに放っていくというのは考えにくい行動だ。

 

 ディーコンの背筋に冷たいものが流れた。

 ボストンコモンにはミニッツメンは入ってこない。ということはこれは――B.O.S.だろうか?至急探る必要があるだろう。もはや小さな変化は見逃すことはできなくなってきている。

 

――はぁ

 

 珍しくこの男から悩ましい色のため息が出た。

 

 

――――――――――

 

 

 こと切れたシスター・グウィネスの傍らで私は彼女の残したホロテープを椅子に座りじっと聞き入っていた。

 外はこの島特有の霧を伴う嵐の状態だが。同行者の話ではすぐにやむだろうと言っている。なら耐えて待つのが一番安全だろう。そう思うとその場で見つけたものを調べて時間を潰すしかない。

 

――これは私の。いいえ、私たち全員が知っておかなくてはならないことだった

――つらいことだけど真実は受け入れないといけない

――戦前の書物に全てが記載されていた

 

 アトム教の中から見る彼らの姿は、意外なことにアカディアや港の人々から聞いていたこととは違い別の顔が見えてきた。

 実際の彼らはひどく消極的でありながら、彼らなりに教義に従うことで。外界から自分たちを守ることにとにかく神経を使っていることが分かったのだ。

 

 彼らが今まで手に入れられなかった装備を欲しがるのも。また、裏切り者として綱紀粛正に血眼になるのも。

 極端に自分たちを外からの脅威から守るために必要と考えた結果の判断だった。

 

 私は彼らをついに理解することはできたが。だからといって私の彼らへの印象が大きく変わることも、同情することもなかった。

 その理由は彼らが裏切り者、異端者と呼ぶ人々の血で私の手は汚れていくせいだろう。

 

――嘘だったのよ!そう、アトムの嘘、テクタス上級贖罪司祭はずっとそれを隠してた

――聖なる霧の世界なんてものはなかった。それは死、何も無いもの

――輝ける光による支配なんてのもない!

――この嘘を正すため。嘘を吹き込まれている兄弟たちを救うため。私はここで立ち上がる

――私は理解した。ええ、ついにわかったの

――これこそが私が受けた啓示。嘘のない、新たな光の誕生。これで私は皆を救うのよ

 

 残念ながら彼女の言葉はもう、誰かの耳に届くことはない。

 

「雨はやんだぞ。もうここもいいだろう?」

「わかった。これを持ち帰ってやれば、きっと彼らも安心して満足するだろう」

 

 私はクロダにそう答えると、立ち上がった。

 

 ここ数日、私はパイパーとカールをニュークリアスにとどめ。このクロダと組んで動いている。

 テクタス上級贖罪司祭たちからの要求は次第に危険なものとなっていて、彼女(パイパー)をそんなところに連れ歩きたくはなかったのだ。

 

 これは――よくないことだろう。明らかに自分に弱点を作ってしまっている。

 お互いが新しい関係へ進もうと意識したことが大きく。正直に言えばここに連れてきたことすら後悔もしていた。

 

 そんなこともあって、私は冗談のようだがクロダを相棒のように扱った。

 信頼はない。何より相手は私を少し前まで暗殺しようとしていた大きな体の怪人なのだ。今だって考えを変えた、とか言い出して襲ってきても不思議はない。

 

 だが、それでも私は恐れたりはしなかった。

 

 ニュークリアスで、私は彼を通して私を殺すはずだった彼女――ノラ()の姿を盗んだ人造人間とも話した。

 彼女は私と話すことで何か違和感を感じた様子を見せたが。それだけだった。

 それよりもクロダという男を見つめる目から私は別の事を察した。彼女は、この人造人間は恋をしているのだ。とても皮肉な状況ができている、だが私はそれに対して嫉妬も何も、心が動かされることはなかった。

 

 当面、問題はないように見えた。

 

 テクタス上級贖罪司祭は帰還した私たちの報告に「我らの中から異端者が生まれることはなかった」と気分を良くし。ついにニュークリアスの危険地帯にして、禁止区域である指令センターへの出入りを「特別に」許してくれた。

 そこに、私の目的であるディーマの失われた記憶が残されている。

 

「やはりここを目指していたか」

「さっさとすませてしまおう」

 

 許可をもらえればもう気に入られる必要はない。

 その足で私とクロダは指令センターへ向かい、入口をまもる守衛の前を笑顔を浮かべて当然のように中へと入っていく。

 

「電源を入れないと」

「そうなると防衛システムが作動するぞ」

「強引に押しとおる。アトム教も気にしたりはしないだろう」

「そうか。そうだな」

 

 アカディアの真実がもうすぐこの手が届こうとしていた。 

 

 

――――――――

 

 

 グッドネイバーはハンコック市長の意向から誰でも迎える。その約束(ルール)があるとはいっても、だ。

 その日の客人たちにトリガーマン達はさすがに身構えないわけにはいかなかった。

 

 扉が開いてまず姿を現したのがロボ・ブレイン。それに続いて宙を浮く武装がほどこされたミスター・ハンディ達。

 巷の噂では最近では狂ったロボット集団が人間たちに襲撃を繰り返しているとも聞いている。町に侵入してきた連中にトリガーマン達がすぐさま銃を構えて囲もうとしたのは当然の事だった。

 

『冷静にしろ。こちらは客だ』

「ロボットの客か。そりゃ珍しい」

『こちらからお前たちに危害を加えるつもりはない。銃を向けるな』

「どうだろうな。お前らを気分よくスクラップにした方が、後で悔やまずに済みそうな気がするぜ」

『好き勝手なことを言う。よし、いいだろう』

 

 ついに本性が現れたか――トリガーマン達に緊張が走る。

 だがロボ・ブレインの次の行動は彼らの予想、期待とは全く違うものだった。

 

 チャリンチャリン

 

 ロボブレインの周りで浮遊する2体のロボットが何かをばらまいたのだ。

 それがキャップだとわかった瞬間に、それまで後ろで様子を見ていた住人たち――ジャンキー、スカベンジャーらが目の色を変えて前進してくる。

 

『これはお前たちの歓迎への感謝と思っていい。早い者勝ちだ』

 

 ロボ・ブレインは――いや、ジェゼペルはこうやって無意味な衝突を華麗に回避して見せる。

 ロボットにしては実に個性的なその性格にふさわしい、ひねくれた人間たちへの対処の仕方であった。

 

 ファーハーバー島へアキラたちが向かった後。

 ジェゼペルらロボット部隊”ローグス”とエイダは、元メカニストのイザベルと連携し。ローグスはイザベルが連邦に解き放ってしまった狂ったロボットたちの破壊、回収を担当し。エイダは時折それを手伝いながら、空港にとどまっているB.O.S.への監視の目を光らせていた。

 

 ジェゼペルらローグスたちはそのままクレオの武器屋(KILL OR BE KILLED)へと入っていく。

 

「あら、これは驚いた」

『我々は客だ』

「ならこっちも別に問題はないよ。同じような体をしているからね。それじゃ、キャップと品があるのか確かめても?」

『もちろんだ、どちらもある。付け加えると買い物の仕方もわかってる』

「ではいかがしましょう、お客様」

『フュージョン・セル、コア。レーザーとプラズマ銃も、あるだけ全部』

「そうなるとかなりのキャップが必要になるんだけどね?うちの在庫に大量に揃ってる」

『ではリストを見せてもらう。こちらからは引き取ってもらいたい銃と弾薬がある』

「見てみよう。こちらの用意できるものも確かめてみて頂戴」

『了解だ』

 

 奇妙なロボット同士の売買は会話も少なく、スムーズに進んでいく。

 

「これは――珍しいライフル。この連邦の外で使われているタイプだね、こんなに大量にどうやって手に入れたのか聞いても?」

『殺して奪った。なにか問題が?』

「うちは別に盗品でも構わないよ。ただ、このタイプのものはバンカーヒルの同業者たちが目の色を変えて持っていっちまうもんだからなかなかこっちに入ってくることはないんでね。ただの興味さ」

『襲ってきた間抜けなレイダーたちが持っていた』

「ああ、最近噂になっている外から来ている連中だね。この町の市長が留守なのをいいことに好きにボストンコモンに入ってきてるわけか」

『知らないな。どうでもいい奴らだった』

 

 ディーコンが見つけたオペレーターズを倒したのはローグス達だったのだ。

 珍しくボストンコモンに入り込んでいた標的を壊滅した直後に出くわしてしまったのだ。すさまじい火力の応酬が始まり、ローグスは連戦を強いられたが勝利した。

 とはいえダメージを負い、弾薬も失い。無視できない物資を大量に抱え込むことになってしまったため、ジェゼペルはこのグッドネイバーで補給と処分をすることを提案したのだ。

 

「かなりの重かっただろうに、よくここまで運んで来てくれたね」

『……リストのチェックは終わった。チェックしたものを貰おう』

「こちらも買取とれるものは全部見たよ。お望みなら全部を引き取れるけど、この店のキャップが足りないねェ」

『ほう』

「そっちがうちに寄付してくれるなら喜んで――」

『リストを修正する。あとライフルは2丁持っていく、返してもらおう』

「わかった。でも、残念」

 

 取引は終わった。

 ジェゼペルたちが店を出ると、再びトリガーマン達がいた。店の入り口から距離をおいて囲むようにして待ち構えている。

 

『こちらの用事は終わった。今から町を出ていく、邪魔をしないでもらおう』

「……見送るぜ」

『必要ないが。お前たちがそれで安心できるというなら構わない』

 

 クレオの店でかさばる武器と弾薬を軽量のレーザー武器へのトレードすることができた。

 ローグスはまだ戦えるだけの余力はあるが、出来ることならば戦闘は避け。|秘密基地《ロブコ・セールス&サービスセンターの地下施設》に戻らなくては。

 

(安全な土地ではなかったが。危険レベルがまたもや上昇した。全てはあの男の予想した通りに進んでいる)

 

 ジェゼペルは今、アキラがこの連邦から離れていることを知っている。

 個人的な興味でその理由をいくつか考えてみたのだが――おそらくだが状況が悪くなるよう。あえて留守にした、という可能性が一番高いと結論が出た。

 

 あいつは混乱を好むのだ。

 ミニッツメンは身動きが取れず。巷を騒がすメカニストのロボット部隊は次第にその数を減らすが。レイダーを始めとした武装勢力たちが緊張を高めていっている。

 

『まぁ、いいだろう。どうせ人間たちが勝手にやることなのだ』

 

 ジェゼペルはまだしばらくはこの任務を楽しむことにしている。

 おかしな話だが、仲間と呼ぶしかないロボットたちとの行動を彼は驚くほど楽しむようになっていた。

 

 

――――――――――

 

 

 補助電源のスイッチを入れると同時に全てが動き出す。

 

『侵入者がいます』

 

 タイミングがぴったり合ったロボットの音声が、この場所のセキュリティシステムの復活を教えてくれる。

 クロダと私にとっては待ちに待った瞬間だ。

 

 通路に姿を見せた2体のアサルトロンは遮蔽装置を起動させてこちらに近づいてきた。

 だがその性能を知る私にこの戦法は通用しない。空間に生まれる歪みを目ざとく見つけると銃口を向ける。

 

 装甲が火花を散らし、撃たれながらもかまわずに前進してくる相手の前に、今度はクロダが立ちふさがった――。

 かつて彼らの仲間と思われるコンドウという青年は異様な能力を見せ私を追い詰めようとしてきたが。このクロダにも同じような能力がある。

 

 クロダは独立戦争で使われていた片手剣を手に、アサルトロン相手に近接戦を仕掛けていく。

 その肌はゆっくりとではあるが浅黒い肌から、暗い灰色のものに変色していっている。

 

――そこにいるクロダにも常人にはない能力を持っているはずです

――貫くことのできない強靭な皮膚

――これに変化されると銃弾やレーザーの効果は大きく落ちてしまうようです

――でも、対処する方法はあります……

 

 私は通路まで下がって壁際に立ち、撃ち尽くしたマガジンを交換する。

 

 大きくもない空間の中でアサルトロン達は人外の動きから攻撃と防御をおこない、クロダは両者に剣と拳で応戦している。なるほど聞いていた通りだ。アサルトロン達の刃が何度もクロダに叩きつけられても皮膚を切れず、血も噴き出す様子もない。あれなら確かに私の銃弾をもらっても耐えられるだろう。

 

 おっと、感心してばかりはいられない。

 

 アサルトロンには強烈なレーザーアイがある。

 それを発射されるわけにはいかない。普段ならば絶対にやらないことではあるが。

 撃たれても死なない男であることを利用し、私は構わず乱戦中の彼らの背後からロボットたちの脚部を狙って撃っていく。

 ロボットたちの関節部から火花が散り、よろけることでバランスが取れず、機動力は大きく落ちていく。クロダはそんな相手にこぶしを振り下ろして叩き潰し。剣をその背中に突き立て念入りに傷口をえぐっていく。

 

 私は次の弾倉にかえると足ではなく、今度は残る片方の頭部を狙って弾丸を叩き込む。

 細かく震える頭部は震え、輝くひとつ目(モノアイ)が砕けちる。それでもあきらめない、聞いたことのあるあの不気味なエネルギーチャージ音が始まった。

 

――それは使われては困る

 

 アキラが手を入れたライフルはいつもそうだが素晴らしい性能を見せてくれる。

 リコイルはわずか、威力は高い。発射した弾丸のほとんど全部が再び頭部に叩き込まれ、ついにアサルトロンの首が胴体から吹っ飛んで転がり落ちた。

 

「終わりだ」

「ああ――いい腕をしている。わかっていたことだが」

「そりゃ、ありがとう」

「モデルはわずかに違うが、これはアサルトロン・ドミネーターの亜種だ。俺がもう片方を相手していたとはいえ、これほど見事に破壊する奴は珍しい」

 

 彼とはそれほど話したわけではないので、これほどはっきりと賛辞を送ってくるとは思わなかった。

 私はどう返していいかわからず。無言で彼の横を通り過ぎ、奥を目指す。

 

 防衛システムは他にも何台かのプロテクトロンが残っていただけ。

 それらを排除するとターミナルの並ぶ部屋への侵入に成功する。ようやくここまで来れたんだ、しかし感動はない。

 

 クロダは一通りターミナルを見てまわると「それでどうする」と聞いてくる。

 私はそれには答えず、ターミナルにつながれたホロテープ用のディスケットを探しだし。持ってきたホロテープをそこに放り込んだ。

 

 あとは外部装置(ピップボーイ)からの命令でこれを再生。その後、システムに侵入する――。

 

「ターミナルにこれから入る。ここのシステムはVR式とかいうので、ここにアクセスしている間は私の5感は外界から切り離されてしまう」

「ほう。ということは、お前を殺すには絶好の機会というわけだな」

「……問題は侵入すると中のおもちゃ箱を派手にひっくり返すことになるから、システムが警報を発する可能性が高いということだ。つまり新しいロボットがここにやってくる」

「俺に無防備になっているお前を守れというわけか。本気か?」

「何が言いたい?」

「このチャンスを逃すと思っているのか?お前を簡単に殺せる、このチャンスを」

 

 まるで今、思い出したかのような言い草だな。

 私がそれを聞いて不安そうな顔をすればこの大男は満足なのか?それともここで”決着”をつけたいと?

 

「ここにきていきなり絡みだしたな」

「思い出してみろ。俺がここにいるのはお前を殺すという任務のためだ」

「ならどうして私の妻の墓を暴いてまで、その姿と声に似せた人造人間を用意した?」

「……」

「悪いがここで遊びに付き合うつもりはない。

 アキラはどうか知らないが。私は君にもあの人形(人造人間)にも興味はない。相棒のふりをするのが飽きたのなら、ここからすぐにでも立ち去ってくれていい」

 

 言い捨てると私はさっさとターミナルのボタンを押す。

 頭部を覆うコネクターヘルメットがおりてくる中、画面には「アイスブレイカー、活性化OK」の文字が映っていた。

 

 

――――――――――

 

 

 それは輝く光の迷路か。

 それとも死の記録が詰まった巨大な倉庫か。

 

 電子の世界に広がるソレはどこか味気なく、広いのに息が詰まりそうに感じた。

 

「……この私の声を聞いているということは、私のメモリーバンク内に侵入できたということですね?

 ありがとう。でもここからが本番です。

 

 このVRシステムであなたの感覚のすべてを使い。このデータの山から目的のものを探し出さなくてはなりません。周りを見ればわかることですが、選んで見つけることも。ここから抜き出すことも簡単ではありません。

 ですが、大丈夫。我々が用意したプログラムがあなたをお手伝いできるはずです。床を這う虫が見えましたら、それが私たちが用意したワームです。彼らを使ってデータのサルベージをお願いします」

 

 ディーマの声だ。

 ここまで来れると信じている、そんな言い方に聞こえるが。それがディーマがこの島で人間たちとの付き合いで学んだことなのだろう。それゆえそれをそのまま信じることは――危険だと今はわかる。

 どうやらディーマのメッセージは終わったらしい。

 

 さてとりあえずどこから始めたらいい?

 

 ふと、生物のいるはずのない世界にオレンジ色の蝶が背後から飛んできたのを見た。

 これか?私は黙ってそれを見つめてる。蝶はこちらのそばを通り過ぎるとデータブロックの角におりて、羽をやすめだした。

 

「レオさん、聞こえていますか?アキラです。

 お願いしていたホロテープが正常に動いていれば、この蝶の姿見えているはず。

 

 VRシステムはレオさんの感覚を支配し、ディーマはそこから情報を見つけ出そうとします。

 とりあえず今は(ディーマ)の指示に従い。記憶を探してください。僕の方は勝手に進めています。作業時間に応じて必要な情報の選別まで行うので、装置を出た後は。忘れずにホロテープの回収をお願いします」

 

 音声が終わると蝶は再び動き出し、幻想の世界の中へとひらひらと飛び立っていった。

 

(さて、何時間で終わるかな)

 

 目的の記憶は間違いなく見つけて見せる。だがここでは時間の感覚まで失ってしまうようなので、それだけが心配だった。

 

 

――――――――――

 

 

 キュリーはニックと共に港を訪れ、スモール・バーサと面談した。

 これより数日のうちに彼女が望んだ居住地、エコーレイク製材所の攻略が始まることを伝えるため。そしてその前ではあるが、アキラと約束したバーサの弟がかぶっていた奇妙なヘルメットを引き渡してもらうためだ。

 

 実はキュリーはこのためにわざわざニックにも動向をお願いしていた。

 誰にも言えずに黙っていたことだが、実を言うとキュリーはこのバーサという娘にいい感情を持っていない。

 

 この島での計画に必要なキャップの大半はアキラが用意したものだった。

 居住地攻略には資源に武器、弾薬に食料と必要なものは多く。時間をかけて回収するとはいえ、大赤字だったことは間違いない。なのに――である。

 

 このバーサという娘は、子供だから仕方がないとはいえアキラにさらなる居住地攻略の依頼――それが以来と呼べるか疑問だが――を要求し、わずか15キャップと弟のヘルメットと引き換えに与えろと言ってきた。

 そして港で生きる子供達なら仕方のない事なのかもしれないが。そんな大仕事を背負合わせた相手に、警戒と不信の目を向け。キュリーに言わせればくだらないヘルメットの引き渡しに渋って見せている。

 

 どういう頭をしているのだろう。

 アキラはこのために、アメリア・ストックトンにさらなる物資の調達を命じ。マクレディたちは失った場所を命をかけて取り戻そうとしているというのに。

 

 こうした思いをキュリーもまた捨てることはできなかった。

 とはいえ、冷静な分だけキュリーは状況を理解していた。交渉事にはすぐれた能力持っている探偵が付いていてくれるなら、自分もきっと冷静にこの傲慢な子供たちと話すことができるはず。そう考えた。

 

 この目論見は大成功だった。

 キュリーは感情を殺し、ニックが冷静な意見でバーサを説得することができた。

 

 だが思わぬ悪魔がそこに潜んでいた――。

 

 バーサの手からキュリーへとヘルメットが引き渡された時だった。

 それまでは気を付けていたお互いの不信感が、物を通すことで触れてしまったようだ。

 

 受け取るキュリーの手に、バーサから力が。抵抗するものを感じてつい、カッとなってしまった。

 2人の口から「あっ」という声が出る。

 

 信じられないことが起きた。

 宙に放り上げられたヘルメットは、彼女たちに背中を向け。座っておもちゃで遊んでいた子供の頭部に落下。するとヘルメットはボールのように素早くバウンドして――崩れかけた壁の残った窓を突き破り。海の中へ。

 

 いきなりの頭部への衝撃と、遅れてきた痛みに反応して少年が鳴き声を上げ始めると。驚いて硬直していたキュリーは、自分がとんでもない失敗をしてしまった事を理解する。

 

「た、大変です。どうしましょう?」

「いやいや、キュリー。どうしましょうといってもなぁ」

 

 さすがの探偵も困っている。

 

「ええと。ええと」

「なにもいうな、駄目だぞ。キュリー」

「な、なんですか?」

「君は今、子供たちにとって来いというつもりだっただろう?それはダメだ」

「……」

 

 そう、探偵の言う通りだった。

 キュリーはケイトから聞いたこの島の噂話の中に、島の大人たちが子供たちが荒れた波が押し寄せる危険な海岸沿いを子供たちが泳いでいる、という話を聞いていた。それなら――。

 

「行かない!行かせないからね!」

「――でも」

「泳げる奴は今はいない。泳げても、見ての通り子供しかいないんだ。お断りさ」

「キュリー、彼女の言うことはもっともだ。それに俺が見るところ波もここ数日は機嫌が悪いみたいだ。今、潜ればあのヘルメットは回収できるかもしれないが。潜らせた奴が無事に戻ってこれるかは賭けになってしまう」

 

 そう、ニックは正しい。

 相手の姿勢を不愉快だと言っていたのに、自分から理不尽なことを押し付けるのは何か違う。

 

 

 落ち込んで今や砦となったロングフェローの島にキュリーが帰ってくると、さらに驚く事態が待ち構えていた。

 マクレディらと共に製材所攻略のため北に向かったはずのケイトがひとり帰ってきていたのだ。

 

「ケイト!?ど、どうしたのです?」

「なにが?」

「もちろん居住地の確保の件ですよ!」

 

 ああ、あれね。ケイトはつまらなさそうにおざなりに答える。アホくさくなった、と。

 まさかの答えに顔が引きつってしまう。きっと残されたマクレディたちも同じような顔をしていることだろう。

 

「マ、マクレディたちには――」

「あ?別に何も言わなかったよ」

「ケイト!?」

「だるい。もう寝るわ、なんか疲れたかも。おやすみ」

 

 あまりの言い草にキュリーは口を開け、再び硬直してしまった。

 なんでもないことのように彼女は帰ってきてしまったが。彼女の離脱からくる攻撃部隊の能力低下は無視できないものなはず。

 

(どうしよう。どうしよう、どうしたらいいんだろ)

 

 急激に不安と心配が膨れ上がり、キュリーは冷静ではいられなくなる。

 反応としてはかなり過剰だが、動揺しすぎてしまい。目に涙が浮かんできた。

 

 とはいってもキュリーに今からできることなんてほとんどない。

 そもそもはキュリーは荒事にはむかないとしてニックと同じように留守番を言いつかった身なのだ。この島の中も危険なのでひとりでは歩かないことを約束させられている。

 

 自分の気分で好きに動けるケイトとは違うのだ――。

 

「だ、大丈夫なんでしょうか。マクレディたちに何もないといいのだけれど」

 

 現実と理性が冷酷に「キュリー、お前に何もできることはない」と繰り返してくる。胸を押さえて動悸よ静まれ、と願い。荒くなる呼吸を整えようとする。

 

 アキラ――早く帰ってきてください。

 

 そう願いながら、打ちのめされたキュリーは自分の弱さを憎んだ。

 

 

――――――――――

 

 

 16時間後――。

 

 背後のVR装置が動き出したことでレオが現実世界へと戻ってきたことをクロダは知った。

 長い時間がかかったが、出てきたということは目的のものは手に入ったということだろう。つまり彼の任務は終了し、この後はニュークリアスから出て行って戻ることはないということだ。

 

24時間(1日)かからなかったか」

「……」

「目的のものは手に入ったようだな」

「そうだ」

 

 クロダの心の中に不思議とむなしさがわいた。この奇妙な関係はもう終わろうとしている、そこになぜか悔しさのようなものがあった。

 すると困ったことにまた最初の問題に戻ることになる――どう決着をつけるんだ、と。

 

「ではどうする?」

「ここを出ていく」

「そうだな」

「――面白い顔をしている。私たちのこの関係が気に入っていたのかい?」

「どうだろうな」

「私と一緒に来るか?君もここにいる理由はないのだろう?」

「それはできない……お前もわかっているはずだ。アキラは俺を許さない。

 自分なら俺たちの間にある憎しみを何とか出来るなどと思っているのか?」

「いや、私もアキラを止めることはできない。わかってる」

「ならつまらないことを口にするな。

 俺は戦士だ、こんな世界でもずっとそう思って行動してきた。多くを殺し、勝利を手にしてきた。必要だと思えばどんな屈辱にも耐えることはできるが。負けた自分を誤魔化すことで、夢物語が死をだませるなどと信じてはいない」

 

 このクロダに残された最後の選択肢は――。

 

「クロダ、だったね。私とここで決着をつける、それについてはどうだ?」

「なぜそんなことを言う?」

「君にはもうそれしかないかもしれないからさ。ここで別れたら、もう私たちが再会することはない。そんな気がしている」

「ああ、そうだろうな」

「なら私を殺すならここがそうだ。違うか?」

(俺の手で――ああ、それができればな)

 

 レオがニュークリアスを訪れた時、クロダはすでに土壇場で刑の執行を待つ身だった。

 

 そこに今、この瞬間に狂ったのかレオが自らが登ってきてこちらを誘っている。

 だがここで勝利したとしても――それはただの私刑でしかない。クロダの任務はやはり完了することはない。それでも戦うことを選んだとして、この両の手でレオの息の根を止めることができたとしよう。

 

 だが現実は変わらないのだ。

 

 サカモトらは無能が任務を放棄して勝手に暴走したのかと冷笑と共に自分を殺す暗殺者たちを放ち。

 アキラは怒りと憎悪の塊となり。うなり声をあげてこの大男の姿を求めて追ってくるはず。どちらからも逃げられるはずもない。もはやレオの生死は、クロダにとってなんの意味もなさないものになってしまっていた。

 

「俺がお前を殺す、そう言ったらここで俺と戦ってくれるのか」

「だが私は死ぬつもりはない。だからここで君を殺す。ためらいはない」

「どうせアキラが俺を殺すための準備をしてきたんだろう?」

「確かに。だが使わないつもりだ。ここでは使えなくてね」

「ふっふっふっ、誤魔化さないんだな。自分を不死の存在とでも思ってるのか、自信過剰だな」

 

 レオとは――ミニッツメンの将軍というのは面白い男だった。

 そして結局は友人にも、仲間にもなることはできない存在だったのだ。そしてクロダの未来に希望は残っていない。

 

「どうやらお前との短い旅は楽しかったようだ」

「私もだ。もっといい出会いがしたかった」

「いや、それでも友人でいられなかっただろう。だが、最後にこの経験は貴重なものとなった」

 

 クロダは目を閉じる。もうどうするのかは決まっている。

 未来は存在しない。だからこの決断は自分の意思で決めたものだ、後悔はない。

 

――俺は選んだぞ……。

 

 心にこの男の妻(ノラ)の面影が浮かんだ。

 それは奇妙にも愛おしいもののように。クロダにはわからなかった新しい気持ちを理解させていた。




(人物、設定)
・ジャケット姿の男女
実はディーコンは彼らと以前に出会っている。他でもない、彼がアキラに預けた人造人間たちの中の2人であった。
記憶を消され、姿も変えられてしまったのだ。

・ワーウィック農園
連邦南部の海岸線にある農園。
アトムキャッツとは付き合いがある。

・シスター・グウィネス
クエストに登場する女性。ファーハーバーのアトム教から暗殺命令を出されてしまう。
主人公の説得によってニュークリアスに戻るか。島の外へ出ていくか、の選択肢があったが。レオは彼女を助けようとは思わなかったようだ。

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