ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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長く待たせたうえ、書き直し。さらに2日遅れての投稿となりました。

次回投稿は年内を予定。


SCRUM Ⅰ

「それじゃ、準備はいいかい?」

 

 Vault101のアイツこと、キャプテンは気軽にそれを言う。

 操縦席に座るコスモスとエリオットの後ろに立つ彼女は自信にあふれていて、不安など全く感じてないみたいだ。

 

 だけど僕たちの乗る宇宙船はこれから地球の重力圏から離れ。

 歩くことが叶うならば往復するだけで20年以上の時間が必要な距離を途中、戦いながら無事に戻ってこなくてはならないのだ。

 

 敵の兵力は決して侮れるものではなく。

 こちらの戦力はと言えば、先の3人にくわえ。自称宇宙人、時代を間違えているサムライ。助っ人のつもりで来てしまった場違いな自分……これしかいないのだ。

 

 だがこのチームを率いてきたキャプテンによると「こういうの、いつものこと」らしい。

 

 実は隠してはいるけど怖がっているのは僕だけ?

 Vault111の怯えた記憶のない若者。なぜか今は地球を離れて月に向かい、そこで暴れようとしている。やっぱりなにかおかしいよ。

 

――狂ってるよなァ

 

 もう苦笑いもでない。

 これから始まる宇宙戦争(スターウォーズ)はのんきに鼻歌を歌いながら出かけるピクニックとは違う。キャプテン達の言うように「いつものように」戦い、勝てなければ。僕の未来の予定表は全部真っ白に塗り替えることになる。

 

「航路の計算を開始。エンジンスタート」

「了解、キャプテン」

 

 船体がわずかに揺れ始めるのを感じる。

 スクリーンの端にあった地球の青い海が消えて――月がセンターに。

 

「……」

 

 振動を感じるとなぜか落ち着いてきた。不思議と色々なものを地上に置いてきたことに対して不安のようなものを感じない。開き直れたのか。

 

「航路、出ました。エネルギー出力安定」

「では楽しい月までのピクニックに、発進」

 

 しばらくのお別れだ地球。

 しばらくのお別れだ、ファーハーバー島。僕が戻ろうと、戻るまいと。その運命はもう止まらない場所。

 

 

――――――――――

 

 

 ケイトのパンチで3人目の自称ミニッツメンは吹っ飛ばされた。

 

 距離を詰められてからのフェイントにあっさりと引っ掛かかってしまい。頭を打ち抜くストレートからダメ押しの変形のフックで勝負はついた。これが試合でレフリーがいたなら最初の一発でTKOを宣言してもらえたのだろうが、残念ながらこれは試合でも死んではなかったし。KOシーンなのに観客の反応も良くなかった。

 

 砂場で倒れて動かない同志の姿に円を描くようにしてその一部始終を見せつけられていた男たちは黙っている。

 数日前までは、目で将軍(レオ)を追うふりをして。視線をケイトの体に向け、興味を引けないかとわざとらしくニヤニヤ笑い。髪を、目を、胸に尻をと好き勝手なことを楽しみながらお互いがひそひそと口にしていたのに。

 このキャンプ――建設がついに始まったダルトン・ファームに来てからは全てが一変した。

 

 ライフルを手にするマクレディ。見たことのない企業のプリントを施したT-51パワーアーマーを着て、レーザーライフルを手にするダンス。彼ら傭兵たちに連れてこられたこの場所で。ミニッツメンたちは”兵士としての訓練”とやらをやらされていた。

 

 ちなみに今の科目はレクリエーションの時間。

 情熱的な赤紙の美人とスパーリング。

 

「……終わったね。それじゃ、次は誰が来る?」

 

 指を開いては閉じ、手首を回すケイトに表情はない――。

 

「なによ。女の尻に飛びつくことばっかり想像するだけの坊やたちだった?少しはできるところを見せてごらんよ」

 

 言いながらケイトは心の中で「ダメだ」と結論を出していた。

 こういう男達ならよく知ってる。ボストンコモンなら掃いて捨てるほど目にしていた負け犬達。最初に自分たちを有能で強く見せるが。叩きのめして殺さないと、態度が真逆となって今度は娼婦のようにすり寄ってくる。なんなら自分から尻の穴を差し出してくるような連中。

 

 自称・ミニッツメンの兵士としての練度は平均以下。

 走らせれば動きは鈍く、酒と薬をやる奴が多いから息を切らせ足が止まり脱落していく。余裕は初日に失われたが、誰もまだ脱落していないのは別にプライドからではない。

 この島のキャンプ地から外に出て連邦に戻る手段がないというだけだ。それでも逃げるというならば霧に囲まれるという危険を生き延び、港で連邦まで送ってくれる船を探さなければならない。。

 

 誰も声をあげないのでケイトが次を指名して立たせる。

 気合の入らない態度。これから全員が殴り倒されるだけのルーチン……。

 

 ひどいな――マクレディと共に離れからこの様子を見ていたダンスは思わず正直な感想を口にしてしまう。

 彼はレオの役に立つため。またアキラの要請から己の誇りでもあるB.O.S.のパワーアーマーを脱ぎ。マクレディのような傭兵ということでミニッツメンたちの様子を伺いつつ。彼らを率いてエコーレイク製材所の制圧を行うつもりであったのに。

 

「あんたのお仲間とは大違いってかい?」

「現実的な話だ、傭兵(マクレディ)」

「別に驚くことじゃない。偉そうに口が回る奴も含めて、あいつらは勘違いしている若造だ。名声、女、キャップが重要ってのが本音だ。ああいうのは大抵は失望させる。戦いが始まると逃げるわけでも、撃つこともできずに縮こまって動けなくなる」

「お前は随分と気楽なんだな。我々はそんな連中と化け物を居住地から叩き出さないといけないんだぞ?」

 

 マクレディは余裕を崩さずに鼻で笑って見せる。

 

「連邦で武器を持つってのそういうもんさ。レオもアキラもそのへん、ちゃんと考えてる。心配はいらねぇよ」

「勝てる算段は付いているということか」

「まぁ、そういうことではあるんだけどな。正解じゃない」

「?」

「製材所?そこは”俺達なら勝てる”そういうことだ」

「よく、わからないが?」

「――わからないならそれでいい。攻撃にはまだ時間が必要だ。それまではこいつらをもう少しくらいは使えるようにしてやろうぜ」

 

 マクレディはあえてはっきりとは答えなかった。

 ファームに流入する分の物資はアキラが連れてきた商人の女の手で北上中。だがもうひとつばかり拠点の面倒を見ることになったので、さらに多くのゴミ(ガラクタ)が必要と時間がかかってる。

 

 攻撃準備完了は自分たちが決めるわけじゃない。

 こんな訓練なんて……退屈しのぎ(お遊び)なんだ。適当でいい。

 

 

 5人目のミニッツメン、宙を舞う――。

 

 もう役に立たないな、顎を真下から直上に貫く一撃はケイトに虚しさを抱かせた。

 これまでは不愉快な目でケイトの体を見ていたはずの男達からは、もうこちらへの恐怖の視線しか感じられない。こっちは殴り殺さないように優しくしてやっているというのに。

 

 マクレディたちも失望していることは雰囲気で分かる。

 こんなのはただの時間つぶしだ。

 

 だが時間つぶしというのも貴重なものだ、それが最近わかってきた。

 教えられてきたバンカーヒルの傭兵の知識に照らし合わせてみると――この仕事はもうすぐ終わる、ということがなんとなくわかってくる。

 

 レオの奴は女記者と犬を連れてアトム教へむかってしまった。

 自分なら、アトムなんて拝んでる頭のおかしいアイツらはどうせ邪魔なだけ。さっさと皆殺しにしてしまえば簡単だというのに。そしてそれは”おそらくは出来る”だろうに、あいつはそれを選ばなかった。

 

 アキラの奴もどこへ行くかも言わずに消えた。

 キュリーは不安を押し殺し。マクレディはちょっと不機嫌になってる。

 なのにアイツは自分が仕掛けた仕事をここに残していった。ふざけんな、自分の尻くらい自分で拭けよ。そう思う一方で、これは”そういう仕事”なんだということもわかってきた。

 そして行き先を伝えないってことは、追ってくるなということ。やっぱりなんか気分が悪くなりそうだ。

 

 あの2人と付き合うとクソみたいな自分でも、しばらくして振り返ると誇っていいことをした気になれる。

 一緒に戦うだけで仲間と呼んでくれる。だから勘違いしたくもなる。

 

――薬漬けのクソみたいな、短気な女

――もう誰もいない。なにもない

 

 そんな女はあと何回こんな栄誉を手に出来るのだろう。最近はそう思うと震えて眠れなくなる夜がある。

 知り合ってもまだ1年とたっていないのに。友人たち、仲間たちの存在だけがようやく自分にもあると、大切なものと思えてきてる。

 

 あいつらは――。

 いや、アキラは連邦はもうすぐ戦争がはじまると言っている。アイツらはどうするのかはまだ口にしていないけれど、この島を出るのが近いのなら。戦争とやらが始まってもどうするか、もう決まっているのかもしれない。

 

 そして自分はどうするのだろう?

 もう、そんな必要はないと、いつものような悪態をそのまま実行する?

 

――友情?仲間?

――そんなあやふやなもので命をかける?本気かよ、ケイト。

 

 殴りあい――いや、じゃれあいの最中にケイトは自分の考えてしまった事にキレた。

 腰が引けている相手を容赦なく攻め。体が丸くなっても倒れることを許さずに腹を叩き続け、最後は意識を断ち切れるようにテンプルを揺らす。

 

 白目をむいているであろう男の後頭部が。なぜか無様にも期待を裏切られたと嘆く自分の未来を見たような気がして――ケイトはついに目をそらす。倒れていく男の姿に、未来の自分を見た気がした。

 

 

――――――――――

 

 

 サカモトは砂浜に降り立った。

 目的地はこの先にあるクランベリー島の船着き場である。

 

 クランベリー島とは、このファーハーバー島の南部に位置するコジマのひとつで。他にも女猟師(ハントレス)の島というのが隣にある。

 

 この2つの島には面白い共通点があった。

 霧の影響はもちろん受けてはいたものの。本島にあるまとわりついてくるような湿気と冷気はなく、かわりに止むことのない海からの強風とカラッとした乾いた空気に驚かされる。

 

 また本島と違い。トラッパーやスーパーミュータントの姿はここにはいない。かわりに霧の影響で狂暴化した獣たちの世界になっている。

 

「……これはこれは、荒れてますね」

 

 ドックへと近づいていくと、その道の途中では群れを成していたであろう狼や野生化した犬の死体が積み上げられているのが見えてきた。

 何者かの手で殺されて後、その死肉の匂いに我慢できずに近づこうとしたことで殺されたのだろう。骨になったのから腐ったもの、腐りかけているものなどからなぜこうされたのか、想像ができた。

 

 サカモトは苦笑した。

 彼はここにいるであろう仲間……いや、もうすぐ元・仲間となるキジマを看取るために来た。

 

 

 この数日。ファーハーバー島の中で通信量が跳ね上がった。

 いまではうっかりラジオのつまみをいじれば。雑音の中に時折、どこかで叫び声をあげるトラッパーのような男の声が聞こえたと勘違いできるほど多くなったのだ。

 

 その元凶がここにいるであろうキジマである。

 

 レオ暗殺を画策してここまで潜んできたキジマとクロダは、レオとアキラが予想を超える結果を出したことで一転して窮地に追い詰められている。

 彼らにあるのは奇跡か、それとも残された時間をどう過ごすのかだけ。1分1秒を苦痛に感じているのだろう。

 

 とはいえ、ここまで露骨に半狂乱になった姿を見せられるとはサカモトも考えていなかった。

 キジマはひとりでどうするのかを勝手に決めてしまい、連絡を絶ったクロダに腹を立てているらしい。情緒不安になっていくキジマは罵り、懇願し、勇気づけ。空回りするだけの聞くに堪えないものになっている。

 

「私たちの使う通信機はやはり性能がいいですね!こんな島でもはっきりと君の声が聞こえましたよ」

「……サカモト、来たのか」

「あれだけ大声で叫び続けられては心配にもなります。大丈夫ですか?」

 

 気遣うふりをしているのは明らかで、声になんの感情もない。。

 手斧を使い、革はぎ台の上に横たえたマイアラークキングの首を熱心に斬り落としていたキジマは手を止め。サカモトはタイヤの山の頂上から見下ろしていた。

 

「こんなところで剥製ですか。ええ、悪いことではないと思いますよ、余裕を持つことは必要だ」「……」

「にしては数が多い。そこに見える竹籠に、同じようなのが詰められているようだ」「……」

「レイダーと呼ばれる連中の真似ですか?霧の影響を受けすぎて精神汚染にでも――」

「殺しに来たのか、俺を?」

 

 斧を振り上げること数回、魚人(マイアラークキング)の首は見事に切断される。

 

「なぜそう思うんです?」

「とぼけるな。俺達がどうなったのか、どうなるのか。お前が知らないはずがない」

「ふん」

「なぜなら!お前がっ、サカモト。お前が俺たちをそこへと追い込んだ!」

「ええ。そうです、当然でしょう」

 

 舌から吹き上げてくる怒りと殺意を正面から受け止め、サカモトは冷酷に断言してみせた。

 

「クロダがひとりでやる、それなら別に構うことはなかったんです。あれのメンタルは兵士に近い。命令(注文)は順守しますから。彼が『アキラには危害を加えない』と言えば信用する。

 ですが君が彼と一緒、となると話は変わる」

「俺の何が悪い」

「君は我ら”小さな宝物”では一番の殺し屋だからですよ。そう、メンタルからね。

 常に考えるのは報酬とリスク。死んだコンドウが君との関係を解除してからなんで動いたと思っているんです?彼が本当にフランク・J・パターソン Jr暗殺だけを望んでいたのなら。2人がかりで、と言ったはず」

「それはあいつが自分だけ――」

「違います。コンドウが目指していた本当の計画Bは、アキラと同じように騒ぎを起こして目立つ男を消すことで。アキラの資産と戦力を削り、来るべき戦争を口実に彼と彼の資産を組織に取り込むことだったのです。

 

 そのためには暗殺の背後に我々がいると、知られるのはマズかった」

「ハッ、それが事実なら間抜けな話となるな。現実にはアイツ(コンドウ)は返り討ちにあい、アキラは暗殺の首謀者を知ったぞ」

「それは正確ではない。アキラは当時、彼を悩ましていた問題の裏側に我々がいたことを知られたのです。致命的だが、勝負に負けた結果なのですからそれは仕方がない」

「どんな言い訳だ」

「ええ、理解できないでしょうね。だからこそ君は我々の最高の殺し屋なのですから」

 

 コンドウの計画は、サカモトも考えてはいた。

 組織としての名前に傷はつくが、被害はそのくらいでむしろ得られるものを考えれば悪くはない。ただしそれには勝つことが絶対の条件となることから――コンドウほど直接の戦闘を好まないサカモトは忌避したのだ。

 

「そういえば今回の私の計画にはちゃんと気が付いていたようですね。感心しました」

「褒めることかっ」

「そう言わないで。ご褒美に全てを聞かせてあげますよ。

 君たちが健気にアトム教を利用しようと準備している中。私はこの島に来て、念願だったアキラとの直接の接触に成功しました」

「――嘘だ。そんなわけがない」

「そうでしょうか?」

「アレは俺たちを許さない。本当にそんなことをしたというなら、お前は生きてはいない」

 

 サカモトは笑う。

 確かにそう思うだろう。だが――あの瞬間にこそ唯一の突破口があったのだ。

 

 

 ハーバー・グランドホテル。

 そこはいつもであればスーパーミュータントどもの住処として知られる危険地帯。

 

 サカモトはそこを一晩かけてひとりで掃除し、翌朝に訪れるアキラを待った。

 数時間後、混ざりあった血と肉、死臭に満たされたプールサイドで物騒な面談が行われたのだ。驚いたことに両者は誰も、なにも用意せず。会談はすんなりと――始まった。

 

――メッセージを受け取ってくれたこと、感謝します。アキラ

――今更どうこう交渉できる関係と本気で思ってるのか?

――そのチャンスを引きずり出すためにここを用意しました。気が落ち着くでしょう?

――不愉快な場所だ

――ええ、”普通の人間”ならそう思う場所です。ああ、お伝えしてませんでしたね。私はサカモト、と呼んで

 

 そしてサカモトはやり切って見せたのだ。

 今、向かい合っているキジマとは別の。全く異質で強大な怒りと殺意の塊との駆け引きを成功させてきた。

 

「アキラがこの島に来たのはアカディアでした。あそこに住む人造人間たちの持つ技術、情報のすべて。

 彼はすでに”小さな宝物”がインスティチュートに近い秘密の存在であることを理解しています。だからこそ彼らが垂れ流している人造人間たちの情報とネットワークが欲しかった」

「そんなことはできない」

「いいえ、できますよ。忘れてませんか?

 我々は少なからずインスティチュートとも接触しています」

「だからそんなものでは――」

「わからない男ですね。アキラの次の目標がインスティチュートの制圧だと言っているのです。

 これはミニッツメンの将軍とも目的は合致するし。連邦での戦争はもはや避けられない決定事項。それと同じようにこのままでは我々とアキラの全面対決は避けられない」

 

 エルダー・マクソンはしきりとインスティチュートの凶悪さを強大と言葉をすり替えて語っているが。

 インスティチュート自体は隠れ蓑を取り払われてしまえば、武力集団であるB.O.S.の相手ではない。キャピタルで10年前に起こったvsエンクレイヴと比べるべきではないのだ。

 おそらく戦力を送り込まれた時点で、勝敗は決してしまうだろう。

 

「ならば余計におかしいだろう。なぜアキラと交渉ができる?」

「だから売ったのですよ、全部」

「売った、だと?」

 

 キジマは何を、とは言えず。サカモトは何を、とは言わなかった。

 

 売ったのはインスティチュートへと至る情報。

 具体的にはグッドネイバーのメモリー・デンに預けられているケロッグの残骸の扱い方。今までならば恐々と扱って壊れないようにとひとりの研究者に全てを任されていたが。アキラが島から戻れば恐らく彼も解析に携わろうとし、彼の知る連邦の知恵者も集められて解析されてしまうだろう。

 

 所詮は人の作ったものなのだ。

 解きほぐしていけば、どこかで鍵穴にぴったりはまったように正解が転がり出てしまう。

 

 なのでその解決方法を先にサカモトから提供した。

 これでフランク・J・パターソン Jrのインスティチュートへの接触は避けられず、戦争開始への針が動くことになる。

 

 これに始まり、サカモトは多くの情報や物を贈り物としてアキラに渡した。まさに連邦で取引される高額商品の大安売り(ビッグセール)だ。

 その中には当然だが現在、フランク・J・パターソン Jrの命を狙って動いているクロダとキジマの情報も入ってた。ちょっとしたおまけのようなものだが、役には立ってくれた。

 

「サカモト。貴様、何をやっているんだ!?」

「なにがですか」

「戦争と全面対決は不可避。そう言ったのはお前なのに、それを自分からはやめているだけなんだぞ!」

「ああ、そのことですか」

 

 サカモトに動揺はない。

 見上げると不思議なことに空を覆う雲が消えていき、この島では珍しい青空が見えてきていた。

 

「キンジョウと観測者がアキラの捕獲に失敗した時。あの丘で4人が集まった時、思えばあれがターニングポイントだったのですよ」

「?」

「捕らえることに成功していれば。君たちがフランク・J・パターソン Jr暗殺の続行を口にしなければ。私もこんな叩き売りをすることはなかったのです」

「お前の間抜けな行為は、俺とクロダ。死んだコンドウのせいだと言うのかっ」

 

 サカモトは口を閉じた。答えてもキジマは理解できないだろうし、そもそも理解する必要はないのだ。

 彼はもうすぐ役目を終える。

 

「お互い交わす言葉がなくなってきたようだ。そろそろおしゃべりの時間は終わりにしましょう」

「来るか、サカモト」

 

 両の手に手斧とフックを持つキジマが戦いの空気をまとってようやく笑みを見せたが、サカモトはそれに応じることはなかった。

 

「決着はつけます。しかしそれはあなたと戦うわけではありません」

「じゃ、どうしてくれるんだ?」

「そうですね――クロダはフランク・J・パターソン Jrと接触し、一緒に行動しています」

「な、なにを言いだすんだ?」

「言葉の通りです。クロダは君たちの目標と共にここ数日、寝る間を惜しんで共に行動していますよ。おかげで連絡など聞いてはいないのです」

 

 アキラとの接触後。

 恐れを知らぬようにフランク・J・パターソン Jrはアトム教へと向かった。クロダも、そこに用意されていたの存在も知っていて動いたのだ。

 

「仲良くやっているようですよ。テクタス聴罪司祭の新しいお気に入りとして認められそうです」

「嘘だ。そんなことは計画にはなかった」

「ではまた調べたらいいでしょう。こちらの情報が正しいかどうか、調べる時間ならある」

 

 伝えるべきことは伝えた。

 サカモトがここに来た目的は今、果たされた。

 

 待て、キジマの声が震えていた。

 

「俺とは戦わないのか。俺を始末しに来たのではないのか」

「来ましたよ。でも戦いはしません。その必要もない」

「俺の通信を聞いてきたんだろう?なら、また俺は通信を始めるかもしれないぞ」

「そろそろ組織も君の立場を知ってこちらに目を向けている頃です。何をしても構いませんが、自分からみじめな最期を選ぶのはどうかと思いますがね」

「アキラを殺すかもな」

「結果は変わりません、そんなこともわからなくなりましたか。君たちがこの島にいられるのは悪魔でもあの丘での約定を守る限りは見て見ぬふりをする。それを破るというならキンジョウが君たちの後任者を生み出し――つまりみじめな最期に到着です」

「じゃ、どうしろというのかっ」

「自分で決めてください。私にはどうでもいい事です」

 

 サカモトはそれだけ言い残すと、本当に立ち去って行ってしまった。

 

 残されたキジマはただただ呆然とするだけ。

 それから1日の間その場から動けず。漂う死臭に空腹になった獣たちが我慢できずに再び集まり始めた頃。

 何事かを決心したようにゴミの山の中に入っていき。一心不乱に何かを作り始める。

 

 その姿は冷静とはいえず。目は血走っていた。

 敗北者となることが待てない子の暗殺者は、これからなにをしようというのか。

 

 

――――――――――

 

 

『今夜もギャラクシーナイトは皆さもの安らかな眠りの前のひと時に音楽と楽しい会話をプレゼント。気持ちの良い最初のお手紙はラジオの少女のお話です――』

 

 なんだよ、ギャラクシーナイトって。

 自分はどうも他の人間からは賢い奴、みたいに思われているとなんとなくわかってる。でも実際は危なっかしい事ばかりするだけのどうしようもない奴なのだ。この世界ならどこにでもいるような奴。

 

 連邦に出て、感情を抑えられずサンクチュアリを飛び出した時。

 深く考えるわけでもなくレールロードへ参加を決めた時。

 レイダーの王様とおだてられると、それにふさわしいと思わせるためにあえて奴らを喜ばせた時。

 

 ほかにもいくつも思い出されてくるだろうけど、これらは大体が避けられた事態であったはずなのだ。

 なのに――僕はそうしてこなかった。ひどい目にあってきた。

 

 Vault111、連邦、ヌカ・ワールド、ファーハーバー島。

 

 その全てで起こったことにそれは言える。

 だからこれも避けられないことだったのだろう。

 

 宇宙――。

 

 自称・宇宙人の立案した護衛のついた月面裏施設への攻撃。兵力差3倍の不利な戦いは、的確で苛烈な攻撃によって徐々に差が詰められていった。

 

 ヒーローであるキャプテン・コスモスこそ自分だと口にする操縦者は宇宙船同士の戦いに勝利。

 キャプテンやトシローは敵艦に乗り込んでいき、船内や施設内の宇宙人を徹底的に駆除。自称・宇宙人はシャトルに僕やキャプテンらを乗せて敵船までこっそり運んでくれたが――乗り移る最中に敵にバレ、シャトルごと吹き飛ばされてしまった。

 

 結論から言おう。

 月の裏側で待機していた2隻の敵船と作りかけていた施設は撃破。

 

 そして僕は――戦いを終え、宇宙空間でコントロールを失い漂っていた。

 おそらくだがこのままだと数時間後になくなる酸素で窒息することになる。

 

――まさかこんなことになるとは

 

 呼吸と心音しかわからない宇宙で漂う自分は、以外に冷静にこの奇妙な人生が終わることを受け入れることができていた。

 

 本物の絶望を前にした時、騒がしくできるなんてまだまだ余裕がある証拠だ。

 そんな体験をなぜかすでに何度も経験している僕には「またか」「しょうがないな」となり。またあれが戻ってきたんだな、くらいの軽いものになってしまっている。

 

 正直に言うと思い残すことはあまりなかったりもする。個人的なことを言えばキュリーにはすまないとは思うが、人造人間となった彼女はどのみち僕とは別の道を歩く時が来ることは避けられなかったはずだ。

 レオさんやそのほかの友人たちにも悪いな、とは思うが。あの世界で突然の友人の死、なんてそんなに深刻に受け止めるものじゃないはず。すぐに過去という棚に僕の濃くは放り込まれ、彼らは再び歩き出すだろう。

 

 だが後悔はない、と言いつつ。僕には悲しさは感じている。

 目覚める前の記憶がない。ただこれだけのせいでVaultを出てからどこか恐怖し続け。貪欲になにかを吸い込み、怒りと憎悪を吐き出し、狂気を利用するふりをしてその激流に飲み込まれる喜びに浸ってきた。

 

 なのに天秤で量るように、レオさんのようにどこかで正義を求め。半端な極悪人になってしまった。

 良いことはできるが、それには常に悪いこともつけていく。それが僕だ、正義からは程遠い存在のくせにかっこつけている道化師。

 

 それが地球を守るヒーローたちと一緒になって暴れようとしたんだ。

 そりゃこれくらいの悪い最期が待っていたって不思議じゃない。善人になる気のない極悪人は人知れずに暗く凍える寒さの宇宙で苦しみぬいて死ぬ。もうすぐそうなるし、希望はついに消え果てた。

 

――あなた、自分でも不思議に思っているのではないですか?

――なぜ”彼”に執着してしまうのか、とね

――だってそうでしょう?

――”本物”を目指すなら、すでにあなたは連邦で最悪の極悪人になれる

――あのジョン・ハンコック。グッドネイバー市長すら手駒にできる立場になることだってできた

 

 うるさい。僕は静かに目を閉じる。

 黙ってろよ。そんなことしてどうなるっていうんだ。

 

――王になれるんです

――余計なことをしない。簡単なことではないですか?

 

 過去のない、クソったレな極悪人の誕生かよ。

 それで喜ぶのは誰だ?レイダー共?スーパーミュータント?それとも……。

 

――いきなり手を差し出し、握手をしようとは要求しません

――誠意を示します。あなた、あなたのご友人の欲しがるもの叶う限りすべてを

ーーですがね

――受け取るからには代償を求めます

 

 それくらいの見返りはあっていい、わかる。ああ、わかってしまう。

 馬鹿を見るのは嫌なんだよな。

 

 ひとりでたっぷり時間をかけて斬り刻むためにあの場所に向かったはずだったのに。

 僕はうっかりいつものように、握手を交わした穢れた手を握りしめ。怒りと憎悪を押し殺して黙って仲間の元へと戻っていく羽目になった――。

 

 

 どれだけ時間がたったのだろう。

 よくはわからないが。急に宇宙服を通して熱を、光を感じたような気がして目を見開いた。

 体のどこかに光が、太陽が見えてきているのか?

 

 なぜか目やにが大量に出てしまったようで、開くのに苦労する。

 ヘルメット越しでは手を使って払いのけることができないからだ。

 

 

 いきなり重力を感じて地面に叩きつけられたような気がした。

 受け身なんて取れなかったから、ひどくむせてしまい。宇宙服で動きにくいことがストレスになる。

 

「なんだよ……いてェ」

 

 痛みに耐えながらそれでもゆっくりと体を起こしていく。目が開いてきて、とても不思議なものを見ることになる。

 

 自分はまだ宇宙にいた。

 いや、正確には宇宙の中にいるのに。巨大な”雲のような地面”になぜか叩きつけられr。そこから体を起こして座っていた?意味が分からないぞ。

 

「なんだ、コレ?」

 

 腕に着けてあるピップボーイを覗き込むと画面には驚く表示が。え、空気があるだって?

 これはまたおかしいことになった。宇宙の中に出来た、雲みたいな白い板の上に座り。そこにはなぜか空気があるという。半球全方位が宇宙空間と考えると、ちょっとしたレジャー装置で遊んでいるみたいな錯覚を覚える。

 

 こうなったら機械の故障、なんてことは考えない。

 死を覚悟していた僕はモタモタしたけどもヘルメットを脱いだ。おお、確かに呼吸できる。感動だ。

 

 ヘルメットを脱ぐと、どうやらこの状態が理由があって普通ではないことがなんとなくわかってきた。

 はるか遠くの星の見え方が、ここからだとちょっとおかしい気がする。何か透明な――つまりヘルメット代わりのものを通してみている気がする。

 

 となるとどういうことだ?

 

 白い雲を地面として座っている自分の周りには、把握できないほどの大きくて透明なドーム状の空間で守られている、でいいのだろうか?

 

――動いたな?動いているな?

 

「Q!?」

 

――声がしたな。よし、もう黙ってろ。それでいい。

 

「あんた、シャトルで僕らを運んだあと。取りついた戦艦の上で攻撃を受け。吹き飛ばされたよね?てっきり死んだと思って……たんだけど」

 

 返事はない。

 無言だ。さっきのが会話の先を読んでの答えだとすると、何を言っても。返事はもらえないということになるが。

 

「自称・宇宙人ってことだったのに。本物だったんだ。皆はこのことを知ってる?」

 

 返事ナシ。

 

「不気味な人だけどそれも個性って思ってたけどさ。宇宙人的には――あの緑の連中とはどう違うの?いや、大きさが違うってのはもう理解したけど。種族的な差異ってのが気になっちゃったんだよね」

 

 これもダメか。

 

「でも生きててくれてよかったよ。あんたが吹っ飛ばされた後はさ、ちょっと気合が入っちゃって。

 暴走したからこんな感じでひとり逃げ遅れて放り出されることに――いや、ちょっと待て。あんた僕が逃げ遅れたことをどうして……ま、いいか」

 

 ヘルメットを脱いだまま、雲の上で大の字になって寝そべった。

 どうやら宇宙人が宇宙人に戻ったことで僕は助かった、ということなんだと思う。またまた死に損なったわけか。

 正確には宇宙人に飲み込まれ(?)てって、それじゃ僕は食べられた?消化されてしまうかも?

 

 いや、深く考えるのはやめよう。

 どうせ返事はない。完全な答えは得られない。せいぜい自分で納得できるものを考えるしかない。それなら別の事をまじめに考えたほうがいいだろう。ハハ、なにがあるかな?

 

 

 気が付くと僕はのんきに眠っていた。

 夢うつつの中、視界に徐々に大きく迫ってくる宇宙船を始めて外から見たような気がする。

 

 太陽の光を反射して輝く緑の船体の向こうに見える地球もまた、なぜか緑がかって見えたような気がした。色々あったけど、やっぱり僕はあの地球へ帰ることができた。


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