ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回は月末くらいに投稿予定。
(追伸)
ミスでボタンを押し間違い。うっかり投稿してしまったよ、泣きたい。


What's wrong (Akira)

 サカモトは端末に向かって作業をしている。

 薄暗い部屋の四方の低い場所にあるライトが照らされ。ここには彼しかいないようだ。

 Beep音が鳴ると「点灯」と口にし。部屋は一転して光に満たされていく。端末に椅子、トイレに洗面所。直立型睡眠ベットがあるが、部屋の外を見せる窓がない。ここには者がそもそもなくて生活の匂いがない。

 

「失礼します。お仕事は順調に進んでいますか?」

「んん、キジマ達に渡すものはもうすぐ終わるところだ」

 

 入ってきたのは女性。ショートのプラチナブロンドが輝き、落ち着いた印象だ。

 

 サカモトが見つめる端末の画面には、あの日アカディアに向かうレオ、ニック、パイパーらが山道を歩いている姿の隠し撮り。さらに「アキラの資産、アカディアと接触」と続き。自分にはどうでもいいが、彼らの計画には致命傷となる情報がしこたま詰め込んであった。

 

「情報を更新しました。確認をお願いします」

「――そうか」

 

 作業を止め、ホロテープに今しがた手を加えていたデータを書き込みつつ。更新された情報を呼び出す。

 

「連邦は動きがないのか。B.O.S.のエルダーも用心深い」

「……」

「それはこっちも同じか。クロダやキジマのために――どうせ役には立たないだろうが。それにしてもあの”ゴロツキ”共、アキラに阻止されたか。これはもう役には立たないのでは?」

「――それはあのミニッツメン達のことですか?」

 

 女は疑問を口にするがサカモトは相手にしない。自分の考えを口にし続けるだけのようだ。

 

「不意打ちで送りこめば必ず会える、問題を起こすと思ったんだがな。運がいい。いや、悪いのか。

 だがまだ何かに使えるだろう。目を離さないように」

「……」

「聞いているのか?あいつらから目を離すな」

「――わかりました。引き続き監視を続けます」

「睡眠をとる。その後はまた”地上”へ。今はどこにいる?」

「指示通り、島から3キロの地点に」

「例のキジマ達にこれを送れ。それとこの潜水艇、つまりコンガは引き続きお前に任せておく。浮上の準備を、あとは”足”を使う」

「わかりました。おやすみなさい」

 

 出来上がったばかりのホロテープを渡すと追い出すように部屋を出ろと仕草で示す。

 出ていったのを確認するとシャワーを浴びるために立ち上がる。

 

 水中を”泳ぐ”巨大な蛇を思わせるそれこそサカモトの島での本当の拠点、潜水艇「コンガ」である。

 

 操縦席のある頭部と尻尾のユニットで進路を取り。2つのユニットの間にレーダー哨戒、居住空間、補給物資が同じくユニットとしてつながれ、列車のように着脱可能となっている。ただし戦闘用のユニットは今回持ってきていないので魚雷やミサイルと言った攻撃手段は持っていない。

 おかげで島の海岸は危険で近づくことが難しいが、水中からロボットたちに指示を出すことで島のどんな場所も監視、移動することができた。

 

 先ほどの女はこの潜水艇の操縦者でありサカモトの今のサポート役。”小さな宝物”が生み出した人造人間で名前は――つけていなかったか?製造番号はあるだろうが、それで呼んだ記憶もない。

 

 

 港の少女から知らせが来た。

 キャプテンと呼ばれるようになったアキラは自分と面会することに同意したそうだ。数日中にそれは実現するが、どう終るかはサカモトにもわからない。

 

 キジマ達は終わったが、サカモトはここからが勝負なのだ。

 自分はこの勝負。負けるつもりは、ない。

 

 

――――――――――

 

 

 港で新しいキャプテン誕生のパーティからさらに数日が過ぎた。

 

 アカディアで明かされた真実。連邦を飛び出してきたミニッツメン。港から要請された新しい居住地。突然やってきた宇宙人。さらに多くの出来事があって、今日は港にマクレディとディーコンが立っていた。

 マリナーは久しぶりに動かす自身の船の点検に余念がなく。その時間が2人の男にきまずい別れの時間を与えていた。

 

「――気を使わなくてよかったんだぜ、マクレディ。お互いハグして別れを惜しむって柄じゃないんだ」

「また消えたあのバカの代わりに来てるだけだ。お前を愛してるって意味じゃないから、ハグはしないぜ」

 

 今朝、レオはアトム教へ旅立っていった。

 そしてアキラも姿を消していた。今回は誰も、どこにいったのかわからないらしい。なのにアイツらしいのは、そういえば自分やレオがいなくても暇にならないようにと頼み事という名の指示という面倒ごとをたっぷりと置いていってくれた。

 

 それが友人に丸投げして逃げだしたのなら、罵ったり友情とやらに疑問を持つこともできたが。

 レオとアキラは似た者同士。おそらくは”彼らにとっては”楽な仕事を置いて言ったつもりでいるのだろうと考えられた。するとこっちだってせめて頼まれていたことくらいはやってやろう、そう納得してやるしかない。

 

 そんな中でディーコンは連邦に戻る。

 ダンスやストロングは知らないが、薄々そう言いだす理由を知ってる皆はそうかと言い。別れは簡単にすまされるものになるはずだった。

 

「戻るって言ったのはお前だが。納得してるのか?」

「そうだな――とりあえず手伝いはひと段落着いたところだし。アカディアなんて面白いものも見れた。まだまだ楽しいことは残っているみたいだが、俺とあのB.O.S.の兄チャンが一緒にいるのは安心できないだろ」

「正直、お前はあのダンスってやつをどう思ってるんだ?」

「悪い奴じゃない。それに役立たずでもない。

 アキラの奴に何を言われたのか知らないが、ご自慢のB.O.S.印のパワーアーマーを隠して。別のに乗ってあのミニッツメンとやらを引き受けた。話は通されてるんだろうが、お前もアイツを助けてやったらいい」

「アイツはB.O.S.で。自分を優秀な兵士とか思ってる奴だろ?そんな必要、あるか?」

「雇い主の頼みを聞くのが傭兵だ。答えは出てる」

「まぁ、確かにな」

 

 アキラは異様にあのミニッツメンたちを嫌っていたが。マクレディたちから見てもあの連中は怪しい。突然来たくせに港に閉じ込められていると非難し、将軍はどこだ。将軍に会いたいと、顔を見れば必ず繰り返す。

 

 だが連邦ではミニッツメンを口にする奴は普通は大抵がガ―ビーを称え、ヒーローと呼ぶが。将軍であるレオを尊敬する声はまったく聞いたためしがない。

 

「最後に残されたお楽しみをよく諦められたな」

「後ろ髪が引かれる――いや、俺には髪がなかった」

「つまんねェ」

「そうか。ところであんなおかしな連中がノコノコやってきて忠誠心をアピールするってことは、連邦でよくないことが始まったってことかもしれん」

「……アキラが言ったのか?」

「この島にはミニッツメンを近づかせたくなかったはずだが、ご破算にされた。ぶち壊した奴らがいる」

「俺のボスを付け回してる変態共?」

「ガ―ビー、ハンコック、インスティチュート。忘れたわけじゃないだろ、連邦の問題だって放り出したままなんだ。なんでもありえるさ」

「フン」

 

 マリナーが船上から「準備できたよ」と声をかけてきた。時間だ。

 マクレディはにやりと笑い。腰に下げていた鉄の容器を差し出した。

 

「これは?」

「土産だよ。ガルパーとかいう変なのがいたろ?あれの”よだれスープ”たっぷりあるぜ、持ってけ」

「マジか」

「数日は持つからな。連邦に戻ってもしばらくはこの島のことを忘れられないぜ」

「嬉しくないって言われないとわからないものかね」

「礼はいいぜ、それと元気でな。またよろしくっ」

 

 船が出て、地平線に姿を消してもマクレディはそこを動かなかった。

 久しぶりにタバコを咥えて火をつけると、それが消えるまではじっとしていた。天気は今日も曇りだが、霧はいつもよりも少なかった。

 

 

――――――――――

 

 

 山道から外れるとすぐに霧が濃くなってきたのがわかる。

 森の中では景色は大きくは変わらないが、それはここで生きる生物にとっても危険なものだということがだんだんと分かってきた気がする。見上げるとまだ日は高いように思えるが、無理をしてニュークリアスに到着することもない。

 

「……ここで今日は休むか」

「なんだって?」

 

 ついてきていたパイパーが声をかけてくる。

 

「今日はここで休もう。想像以上に霧が濃くなってきた。道なき道だからね、用心深くしよう」

「りょーかい」

 

 私は――私たちはアカディアと組むことにしたのだ。

 ニュークリアスについての現状と、彼らアトム教の情報も必要だったし。本人たちですら”今はわからないが安全”だというディーマの記憶は無視できない。

 

 危険な潜入任務になる。それが分かった時点で私だけが向かうことを決めていたはずなのに。

 なぜか犬のカールとパイパーがついてきてしまっている。ストロングとの付き合いに飽きてしまったらしい。パイパーは以前にも聞かされていたが、アトム教のアコライトだから大丈夫という理屈らしい。

 

 カールは霧の中で座り込むとあくびをして眠りはじめ。

 パイパーは近くの枝を集める間に、私は木の枝を組んで草をかぶせ。小さなテントを用意する――。

 

 太陽が沈む前に天候が変わり、小雨が降った。

 私とパイパーは無言で体を寄せ合ってテントの中で時が過ぎるのを待ち続けた。夜が来ると雨はやんだが、濡れた土のせいで手足も冷えてしまった。火の勢いを強くはできなかったから、これは我慢するしかなかった。

 

「――なんか、変だな」

「なにが?」

「あたしたちずっと黙ったまま。明日からは何を考えてるのかわからないアトム教に乗り込もうっていうのにさ。ブルー、怖くはないの?」

「怖い、か……」

 

 答えにくい質問だった。

 自分がどういう状態にあるのか、答えられる自信はなかった。

 

 おそらくだが私は良い状態では決してないとは理解している。パイパーやガ―ビーは私が口にする”善意の行動”について言葉の通り受け取っているのかもしれないが。アキラやディーコンなどは、私がただ”進み続ける”ための理由として無謀でも構わずに飛び込んでいっているとみているに違いないのだ。

 

 半分の友人たちは私を信用し、敬うが。

 半分の友人たちは私を心配し、気にかけているだけ。

 それは今回も同じ。私は危険に飛び込むことできっとなにかが――ショーンとつながる情報があると信じたがっている。

 

「それは私に聞くより。ナットという妹がいる君が答えるべきだと思うよ」

「――ここについてきたことは無責任なことだと思う?」

「非難はしていないよ。ただ――君は彼女との関係に悩んでいただろ?結論は出たのかい?」

「よく、わからないんだ。自分だと答えがでてこない。これっておかしいかな?」

 

 そうでもないさ。

 私もわかってる。自分では答えがない質問でも答えなくてはいけない時どうするのかを。

 

「それが……答えなのかもとは考えないのかい?君は、亡くなられた父のように正しいと信じて行動している。人々はその声に耳を傾ける一方で、そんな勇気を持つ君を恐れて近づきたがらなくなった。

 でも君の妹。ナットはどうだった?」

「あの子は。あの子のままだったよ」

「そうだ。君はナットの姉。彼女もまた君と同じように父を見ていたし。君も見てきてる。

 君が彼女の未来に不安や恐れを感じいたとしても。彼女はきっと変わらないし、ずっと君の妹で――家族でい続けてくれるはず」

「見ているしかないんだね。あの娘の、考えは変えられないって」

「それを望んでも結果は変わらない。きっとね」

「……」

「でも君たちは姉妹、家族だ。なにかあっても話し合えばわかりあえる。抱きしめればそこに愛はあるよ」

「妹を理解したくない強情な姉でいることはあきらめろって?ブルー」

「ナットの生き方までは君は決められない。だってそうだろ?ナットの家族にはパイパーがいるんだから」

「ああ、あなたが言うと嫌でもわからされちゃうんだよね」

「家族だから見守ることはできる。助けることだってできる。でも、それにはまず近くにいないといけない」

「そうだよね。それはもう十分にわかっていたことのはずだったのに。家族はとても大切。

 父もそう思っていたはずだし。だから私たちから離れなくちゃならなくなって……自分がいないとどうなってしまうんだろうって心配してたはずだもの」

 

 私はすぐ隣にあるパイパーの顔を見つめていた。

 

「人生には家族と新聞しかない、そう思ってやってきた。でも、あなたのような人とも出会えた。

 ありがたいことに。まだこの詮索好きのリポーターと仲良くしてもらってる」

「パイパー、つまり君には新しいもうひとりが加わったってことだね」

「ありがとう、ブルー。もしかしたらあなたのような人をずっと待っていたのかもしれない。本当に出会えると思ってなかった」

「大切な友達かい?」

「そうだね。大切な友達」

 

 それでも十分じゃないか?

 そうじゃない。私もまた、彼女に見習って認めて前に進まなくてはいけない。

 

「それ以上はダメなのかい、パイパー」

 

 おかしいくらいに彼女は私の言葉で取り乱し始める。

 そんな未来の可能性を望みはしたと認めながら、それでも自分が私にふさわしいとかなんとか。

 

 ノーラ……。

 

「最初の質問の答えになる――恐怖はないよ。危険な任務だけどね。

 だって最高の相手がついてきてくれているのだから不安も感じてない。そうだろ、パイパー?」

「ええっと、その。そうだね、最高」

「君とこうして話していたら伝えないといけないと思ったんだ。きっと大丈夫さ、私はそばで見ている」

 

 並んで座っていた私たちの距離が、パイパーから近づいてきた。私は彼女の肩に手を回す。

 夜は静かに過ぎ去っていく。朝はいつかやってくる。

 

 息子のショーンを求める父親だった私はそのままで。

 この世界で生きねばならない私の一歩はここから始まるのかもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

 与えられていた72時間過ぎると、僕は約束通り地上には立っていなかった。

 

 トシロー・カゴの部屋の前に立った時。

 彼がまだ僕を覚えていて。彼が言う鬼として戻ってこれただろうか、不安を感じ少し動くことに躊躇した。

 

『また来ましたよ、トシロー』

『――お前か。土産はあるんだろうな?』

『はは、ありますよ。もちろん』

 

 片手にはビールのパックセットがあったが。侍はなんだ、と少しがっかりしているようだった。

 

『これじゃ満足できませんか』

『酒は酒よ。飲み干した後のあの感覚はな――もう長い事な』

『味を忘れてたり』

『拳骨でも欲しいか。アレを忘れられはせんわ』

『瓶はビールのものを使ってますけど中身はビールじゃないです』

『ならなんだ?』

『どぶろくです。1升ほど持ってきました』

『早く言え。そこは早く』

 

 別れた時もそうだったように。床の上に座って入口に立ち僕に背中を向けたままだったトシローは少年のように飛び上がるようにして立ち上がるとパックセットに飛びついてくる。

 慣れた手つきで瓶の封をはずすと匂いを嗅ぐ。口をつけて舐めるように口に含み、ゆっくりの飲み干していく。

 

『どうです?』

『……美味くはないな。そこそこだ』

『初挑戦でした。そして最後の挑戦です』

『これしかないのか』

『はい』

 

 コベナントでキュリーと共に研究を始めたひとつに僕はコメの復活と新種がつくれないか考えた。

 似たようなものはできたが――米を量産するという安易な発想はすぐにとん挫した。可能性はゼロというわけではないと思う。だが、汚れた土に負けず。大量の水が必要という宿命から解き放つことは存在を否定することに似ているようだ。

 

 無理に成長させることで完成させた1キロのコメの運命はこのどぶろくへと姿を変えた。

 

『”まともな酒”はどうした?』

『時間がかかります。それに僕は素人なんですよ?最初で最後のコメで泥水つくった、なんて嫌だ』

『ふむ、それもそうか』

 

 彼は半分を小さな冷凍庫に入れ。大切そうに胸に抱えて戻ってくる。

 口ではいろいろ言っても嬉しいのだろう。こちらも別にとったりはしないつもりだったからその必死さに苦笑いしてしまう。

 

『聞きましたよ。相変わらずこの部屋に閉じこもっているって』

『貴様が消えてからは静かなものでな。あの大男がわめき散らす以外、やることがない』

『――僕がここに戻ってきたのはその大男に来いと言われたからなんですが』

『左様か』

 

 争いがあればいいとは言うが、自分からそれを作りに行くつもりもないらしい。

 

『地上には戻るつもりは?』

『ない』

『――まったく?』

『くどい!』

『連邦はどうです?僕がいますよ?』

『迷惑ん話よ。余計な真似はするな』

 

 別に気分を害したつもりはなかったが。トシローは瓶を傾けた後で僕の顔を見ると、理由を話してくれた。

 

『今更戻ってどうするよ。殿はいない、家も消えた。嫁も子も、友もいないのだ』

『新しく、という選択肢があります』

『お前の若さならそう言えるかもしれん。だがどうやる?俺は武士だ、殺すことしか知らん。医者ではないし、お前のように酒も造れん。聞けば同じような山賊、野盗の類はごまんとおると聞く』

『はい』

『どうせ貴様は俺にそいつらの棟梁にでもなればいいと言うのだろう?わかっているぞ』

『怒らせたくないから言いませんよ』

『なめた小僧よ。だがその通りだ、俺は鬼と呼ばれるならいいが。盗人、ケダモノの中のクソ野郎と蔑まれたくはない――ここにいれば食うには困らん。戦だってある、人を斬ることは少ないが。戦であれば我慢はできる』

『……』

『だが鬼でい続けるためといいながら。その実、この俺はすでに死体』

『少し嫌な表現ですね』

『だが事実よ。時代が、変わってしまったのだろう。全てが変わってしまった。酒も、戦も変わった。

 なのに貴様は俺に女を抱き、新しい子を作れと言うか?俺にも好みはある』

『人はいますよ。探せばだれかいるかも』

 

 トシローは苦笑いをしながら首を横に振った。

 

『俺も変わったのよ。人斬りでありたい、鬼でありたい。武士の誉れを求め、一族の名を高め、家を盛り上げるために死力を尽くし。命を尽くしたい。

 だがそれはもうない。皆死んだ、消えた、この苦しみがわかるか、小僧?』

『弱気なんですね。驚いた』

『逆よ、逆。幾便と回転をして己の気が狂おうたのかもしれん。何も感じなくなった、虚しさもないが。喜ぶことも少なくなった。己の生き方を否定したくない、変えられない負け犬となったのかもしれん』

『死のうとは考えなかったのですか?』

『やったさ。なぜ俺がここで生きていると思う?ここにある戦で何度も腹は裂けたし、腕も吹っ飛ばされた。だが生きてる。傷跡は増えたが腹は閉じとる。腕も足もこの通りよ。つまりここはすでに俺が生きるにふさわしい地獄であったらしい。ならば死に急ぐ理由はないさ』

 

 侍の機嫌がいいようだ。

 以前よりも饒舌に胸の内について話してくれているようだった。

 

『貴様は随分といい顔つきをするようになったな』

『そうですか?』

『よく斬ってきたようだな。何人喰らった?』

『骨まで残さないので覚えてませんよ』

『言いよるわ、こいつっ』

『でも僕、あなたの嫌いな野盗の親分になってしまいましたよ』

『そうなのか?気分はいいか?』

『……』

『ふむ、土産話が愉しみになってきたぞ』

『そうですか?』

『くくく、わかるぞ。聞かせろ、酒の肴になれるか試してやろう』

 

 覚悟はしていたが、ヌカ・ワールドは確かに笑い話にはなってくれるみたいだ。

 あいつらも多少は役に立つということか――今頃は動けずに歯ぎしりしているだろうが。

 

 トシローは言うほど興味を失っているわけではなかった。

 ヌカ・ワールドのレイダーたちについて知りたがり。納得するとうなずきながら、顔をしかめていた。

 

 ちなみに彼が楽しそうだったのは僕がガントレットで2度大暴れをしたことだったそうだ。

 卑怯、卑劣で大いに結構なんだそうだ。正直、褒められたかどうかはわからない。

 

 

――――――――――

 

 

 トシローとの夢のような数時間は終わり、僕は部屋を出る。

 彼はなんだかんだと文句を言いながらも楽しそうに飲んで、眠ってしまったのだ。床に転がる瓶を集めながら見る彼は、穏やかだが同時にひどく疲れた。髪も髭にも白いものが目立つ、老いた姿があった。

 

 時代に取り残され、死を尊ぶ考え方を理解されないことから死ぬことも難しく。

 かといって新たに始めるにしてはあまりにも多くのものを失ってどうしようもなくなってしまった鬼は、絶望と悲しさに打ちのめされているのだろうか。

 

 部屋を出てコントロール・ルームに戻ると宇宙人と共に来た僕を最初に迎えたドクターは、やっぱり同じように僕を見てから口を開いた。

 

「トシローとは話が弾んだようだね。彼はあまり僕らとは話そうとしない――これは前にも言ったかな?」

 

 僕は苦笑を浮かべながら彼に近づいていく。

 

「そういえば僕を連れてきた怪しい宇宙人はいないんですか?まだここに連れてこられた説明、してもらってない」

「ああ、ここにはね。どこかにいるんだろ。いつも何となく目について。こっちを見るとわからないことを叫び続けてる。ここは静かだけどいないとは言い切れない」

「僕はそいつにここまで連れてこられたんですけど」

「だね。どうしてここへ?」

「助けが欲しいとか。なにか僕が助けられることがあるんですか?」

「……そうなるとあのことなのかな」

 

 ドクターは立ち上がって天井につるされていた可動式のインターフェイスを引き寄せる。

 

「2週間前か、この艦を制圧しようと透明化した宇宙艇に接近された」

「大丈夫だったんですか?」

「全く問題ないよ。むしろよくやってきてくれたってもんで。トシローとコスモスの2人でなんとかしてしまった」

「――なるほど。相手は誰でした?」

「いつも通りの連中さ。ああ、あと死体はないよ。さっさと処分してしまったからね」

「船は?」

「それもない。コスモスが暇つぶしだと言って宇宙に放り出して一発。ひさしぶりだったけどいつもどおり良い狙いだったよ。粉々さ」

 

 過激なことだが、なんだか自分がここに来た理由はないと言われているような気もする。

 

「あの宇宙人はなにか深刻なことがここでおこってるみたいな口ぶりだったんだけど……」

「それは君が地上へ帰ったあたりから彼が騒ぎ続けてることだろう。月の裏側に敵の船が来ているとかなんとか」

「信じてないんですね」

「どうしてそう思う?」

「あなたを含めて退屈そうだ。姿をまだ見せてくれていない人もいるし」

「キャプテンかい?

 彼女は地上に戻ってる……そう、キャピタル・ウェイストランドにね」

「じゃ、ここには来ない?」

「彼女の気分次第じゃないかな。長い付き合いだけれど他人に自分の心を読まれるのを嫌う人だ。Qが大騒ぎしたとしても彼女自身が納得しないなら、沈黙を続ける」

 

 なんだろう。

 自分はただ地上からここへ、ただ土産物を手渡しに来た間抜けな人でしかないような気がしてきた。

 

「困った」

「そうみたいだね。ここでさらに残念なニュースだ、Qの姿がない」

「え」

「今は船に乗ってない。彼は神出鬼没なんだよ。君をいつ迎えにいったのかも知らない。でもそれが彼だ」

 

 2度目の訪問とはいえ説明の前に勝手に行動した僕も悪かったが。それにしても放り出して消えるのもどうだろう。

 

「それじゃもしも――あの宇宙人が言う通り、危険が迫っていた場合。どうするんです?」

「いつもの通りになるんじゃないかな。ここにいる3人で何とかする。できないなら――時間があれば味方を呼ぶ」

 

 それじゃ呑気に過ぎるだろう。

 

「ふふふ、帰るかい?」

「それでもいいんですけど、あの宇宙人また来るんじゃさらに困るだけなんで」

 

 港の時は周りはバカ騒ぎしていたのもあって、あの目立つ巨人に絡むようなのはいなかったが。連邦からミニッツメンを自称する連中が来ている今だと。次にまた来られたらとは考えたくない。

 周囲から浮き過ぎているうえに個性が強く、違和感が凄すぎるのだ。

 

「それじゃどうする?Qが戻ってくるのを待つかい」

「うーん」

「あ、でもコスモスの部屋にはいかない方がいい。彼女もトシローに負けず籠るが。問題は自室だとほとんど彼女は裸で過ごしてる。いつもなら不機嫌な顔をみつめてきて怒るだけだが、君の場合はやめたほうがいい」

「僕、彼女いるんですけど」

「ははははは、そういう理性ってのはあの部屋の中には存在してないと思うよ。君自身がトラブルを嫌うなら、特に近づかないことを勧める」

「――人恋しいのですか?彼女は」

「おそらく、ね。それで君が彼女にそれを与えてやると言うなら、好きにしたらいい。

 でも忠告するがあの娘は地上には降りないと思う。もうあの星に自分の未来が残っているとは信じられないから」

「僕が言うのもなんですけど、あなたやトシローがどうにかしようってことはないんですか?」

「ないよ。僕らは友人、戦友。そして家族ではあるけど他人だ。それは出会った時から変わらない事実だった。

 それぞれ抱えている事情は似てはいても同類とは思われたくない、困った奴らなんだ。トシローにとって彼女は孫のようなものだし、僕にしても娘――と言ったら抵抗があるけど、それに近い存在だ。むなしい行為を重ねて問題は増えてもいいことがあるとは思えない。あの娘だってそう思ってるはず」

「女性が――というか、その、あなたは人肌が恋しくなることはないんですか?」

「随分と探ってくるんだね」

「すいません。好奇心が刺激されて、失礼でしたよね」

「いいよ。こんな会話は君のような来訪者が来てくれないとできないものだ。僕には随分と久しぶりの会話でもある。

 お察しの通り、僕も健全な男性だからね。時々こっそり地上に降りていくことはあるよ」

「ああ、なるほど」

「でもトシローは違う。彼は――もう諦めているんだろうね。ただ次の戦いが始まるのをじっとここで待ち続けてる」

「……」

 

 どぶろくに文句を言いながら、いつしか彼は自分の昔話を少ししていたっけ。父がいて、息子や娘たちもいると言っていた。酒と戦いと戦道具しか興味がなかったとも言っていた、きっと会えないとわかる今だと後悔しているのだろうと思った。

 

「キャプテン」

「ん?」

「キャプテンに会いたいんです。会えますか?」

「彼女を説得してQの騒ぎに力を貸す?Qはいつだってあんな感じで騒いでいるような奴なんだ。放っておいても問題はないと思う」

「今回は乗ります。恩返しってわけじゃないけれど、下で助けられた借りの事を気にしてたんで」

「本気かい?キャピタル・ウェイストランドに行くと?」

「知っているんですか?」

「ああ。楽しい場所とは言えない、キャプテンにとっては故郷だが。10年前はエンクレイヴだったか。色々とひどい状況で、あれからは少しマシになったとは思うけど。危険で最悪なのはあまり変わってない」

「――」

「んん、わかったぞ。君はキャプテンに会うだけではなく。エルダー・マクソンについて知りたいんだろう?

 キャピタルでの今の彼らの存在感は以前とは比べ物にならないほど大きくなってる。それを直接、感じたいと思ってるんだね」

「お願いできますか?」

「わかった、準備をしよう。でも、気を付けるんだ」

「はい」

 

 会話を終えて立ち上がると壁に広がるスクリーンの半分を埋める巨大な青い星を見た。

 以前にも見て感動のようなものを抱いたその光景は今でも圧倒される。だが前回とは少し違う、別の者も感じている自分の変化にも気が付いた。これからの冒険でその正体がわかるだろうか。

 

 キャピタル・ウェイストランド。

 マクレディは言っていた。キャピタルB.O.S.の好きにされている、もうなにもない土地。

 ドクター・エリオットによればキャプテンは自分の心を読まれることを気にする人らしいが。彼女が大騒ぎをするQをあえて無視する理由くらいは会って話せればわかるかもしれない。

 

 そして――キャピタルB.O.S.のエルダー・マクソン。

 今後に備えて彼の情報を彼の場所の中から探ってみれるか試してみよう。




(設定・人物紹介)
・コンガ
ウミヘビのように、頭と尻尾の間にコンテナ状のドッグを繋げていくことができる潜水艇。サカモトはここから水上に出てフライヤーで地上と行き来している。
戦闘よりも輸送に力を発揮する。

組織ではなくサカモト自身の装備である。

・よだれのスープ
正式名称、ガルパーのドロドロした液体。
液体、とついているが。Fallout76ではなぜか喉の渇きが癒されることはない。スープと表現するのも正しいのかどうかも怪しい料理。


・まともな酒
清酒のこと。残念ながら作り方がわかっても完成が怪しいとの判断からアキラはあえてこれに挑戦することはなかった。

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