時間はちょうど昼を過ぎたことを知らせているが。
周囲は霧に包まれ、真っ白な夜といってもいいくらい視界は不調。最近は島の西側はたいていこんな調子だから珍しくもない。
森の中をまるで霧があっても関係ないというように進み続ける誰かの足音がする。アトム信者のローブに、頭を隠すようにぼろ布をまとうその姿は。隠しきれないほど大きな体格をしていることでどこか滑稽にもみえる。
珍しく一羽の鳥の鳴き声のあとにはばたく音に反応し、足を止め顔をあげた。
肌は浅黒く、掘りが深いその表情は見たことのない男であったが。
しかしその仕草や動き、怪しさまで含めると別の誰かの名前が思い浮かぶはず。そう、クロダだ。
これはあのクロダである。キジマと組んでレオの暗殺をたくらみ。今回は必勝を期してレオの亡き妻、ノーラの似姿を与えた暗殺用の人造人間を島に送り込ませていた、あのクロダ。いつからかわからないが顔を変え、同じアトム教へと潜入し。無口で別人の男を演じていたのだ。
(キジマの指定した
鳥の声に反応する気配がないことを確認すると、再び顔を隠すようにして背中を丸めて前かがみに歩き出す。
あの人造人間――死者と同じノーラの名前を与えた女は、計画通り島のアトム教団へと侵入させた。ところがあのアキラたちがとんでもないスピードで活動を活発化しているのを知ったことで、計画に変更を加えた。ノーラをサポートしてアトム教自体を罠に仕上げる。
前回はキジマには無事に潜入したこと。ノーラのそばに近づけたことなどを報告して別れていたが。
時間がそれほどすぎてないにもかかわらず。キジマから呼び出しを受け、クロダは少し機嫌は良くない。
(新しい動きでもあったか?にしてもなにをそう弱気になるか)
コンドウと組んで失敗し、今もどこか失敗を恐れているように見えるキジマの落ち着きのなさには良い感情を持っていない。キジマを信じ切れていないのだ。
森の中を抜け、土から公道へと侵入すると。
霧のせいで分かれ道かどうかもわからぬそこに亡者のように存在感なく待っていたキジマと合流できた。かぶっていたぼろ布を脱ぎながら顔を見せ、近づきながら元の姿に戻るように胸を張るが、しかし小さな声で呼びかけた。
「来たぞ、キジマ」
「クロダ……」
困ったことに、再会したことで両者は不思議な戸惑いを感じていた。お互いのまとう雰囲気の違いに戸惑ってしまったのだ。キジマはクロダに何から言えばいいのか思いつかず、クロダはキジマからあの落ち着きなさがきれいに払しょくされていたことに気が付いた。
だが男達が霧の中でいつまでも無言で顔を見合わせていても意味がない。
クロダが先に口を開く。
「こちらは潜入から上手く進んでいる。それ自体には問題はない」
「――そうか」
「女の方も悪くないが……アトム教団の方は問題だらけだった。予測したよりさらによくなかった」
無表情だったクロダの顔が不快感から歪む。
ニュークリアスのチャイルド・オブ・アトムは想像以上に混乱の中にあったのだ。
若いころから過激な言動と行動を繰り返してきたテクタス贖罪司祭によって率いられていたこの組織は。
アキラなどがこの状況を知れば間違いなくテクタスの保身と恐怖心をついてくるのは火を見るより明らか。だからこそノーラにはもっと多くのチャンスが必要なのだが。まだその突破口を見つけられていない。
そのことをキジマに伝えようとしたが、彼は話が終わる前に顔をゆがめると「ちょっと待ってくれ、もういい」などと言い出しクロダをさらに困惑させた。
「どういう意味だ?もういいとはなんだ?」
「……」
「キジマ!貴様、まさか怖気づいて――」
「終わったんだ」
「なにが?」
「だから終わったんだ、俺たちは。負けた、完敗だ」
「意味が分からないぞ」
「クロダ……フランク・J・パターソン Jrが、アキラが島民の居住地を拡張させた。もう終わりだ」
「なん、だと?」
「サカモトから情報があった。冗談かと疑ったが、本当だった。
旧ダルトン・ファームと国立公園跡地だ。どちらも人がもう入っている。港からも人が動くのは間違いない」
「馬鹿なっ!!」
受け入れられず思わずクロダは声を荒げた。
この島での計画は約1年はかかると当初は見ていた。だがその計画では合わなくなったからと変更を加えた。それでも最短でもまだ5カ月くらいは猶予があったはずだと見込んでいた。だからこうして姿を変えてフォローしようと潜入までしたのに。
「何かの間違いなのだろう」
「行動予測プログラムはニュークリアスに接近する確率を2週間以内だとはじき出した――」
「!?」
「これはなんの不思議もない。港の島民たちは今やアキラとアキラの資産たちを英雄と呼んであがめてる。もう間に合わないんだ」
「馬鹿なっ!」
それが事実なら。それが本当だというなら。
クロダとキジマは――ノーラという人造人間を使った暗殺のチャンスをすでになくしているということになる。
それでも無理になんとかしようとするなら。そこにはアキラが立ちふさがる。それは”小さな宝物”での約束を破ることになり、当然ながらサカモトも今まで通り黙って見過ごしはしないだろう。
「知らないフリはできるかもしれない。サカモトはまだ観測者をここに呼び寄せてない」
「そんなバカな言い訳を口にするな。そもそも島に来た時点で退路はない」
「そうなると最初に戻る。俺たちは負けた。チャンスはない、おそらく”小さな宝物”にも戻れない。戻れば必ず弾劾を受ける。俺たちは能無しと呼ばれ、キンジョウの手で廃棄物に落とされる」
「……」
「逃げる、というのはどうだ?」
「何を言ってる?」
「連邦の外に出ればいい。新しい場所を探すことはできる。全てを捨てるが、出直すという選択はある」
クロダの顔にうつろな笑みが浮かぶ。
「希望なき世界を放浪するだけの未来にすがれというのか。そもそもサカモトは甘くないと言ったのはお前だぞ。
そんなそぶりがあるとわかれば観測者に知らせる。知られればすぐに我々は見つけ出されてしまうだろう」
「だが、戦って逃げるチャンスはある」
「それもない。サカモトらはすぐにコンドウと我々の抜けた穴を補うべきといい。後釜が用意される。そいつらの最初の任務は与えられた力を発揮できると証明すること。猟犬となって追ってくる。殺すか、壊れるかするまでそれは続く。逃げられるわけがない」
「だからキンジョウに廃棄物にされればいいと?正気かよっ」
ゴミのように扱われ。見る影もなくなった自分には新しく黄色のスーツが与えられ、行き先もわからずに連邦に背を向けて消えていく姿が自分の未来。確かに耐えられるものではない。
「クロダ!」
「キジマ、俺は考える」
「考える?何を?」
「お前も考えろ」
それだけを口にすると、クロダは霧で見えないニュークリアスへと戻っていく。
報復計画は失敗した。選べるカードは少なく、そのほとんどの選択の未来に死が待っている。受け入れられないことだが、それを選ばないという選択肢もまたないのだ。
ニュークリアスに戻ると、まっすぐに食堂へと向かう。
この時間、あの女がどこで何をしているのかはわかっていた。案の定、ほかの奴らにいい顔をして仕事を押し付けられ。ひとり作業をしているノーラの背後に立った。
「あっ、驚いた――えっ?」
クロダは無言で己の服をいきなりはだけさせた。
続いて驚くノーラに暴力的と表現するしかない盛り上がった筋肉の塊である己を近づけさせると、片手だけで簡単にその両手をつるし上げる。
怒りがあった。憎悪があった。
自分が倒れる時は、自分よりも運がいい奴か。それともさらに優れた敵の手で終わるのだろうと考えいてた。それがこのような屈辱的な完敗で、自殺方法を自ら選ぶしかない状況に、監獄のように押し込められるとは思わなかった。
ノーラ、この人造人間も用はなくなってしまった。無意味なものとなった。
なのにこいつは自分たちが仕込んだプログラムに従い、おそらくは来ないであろう目的のために行動をし。任務が達成する直前まで自分が暗殺のために用意された人造人間だと知ることはない。
部屋のすみの暗がりに引きずり込むと、震えている女のローブを乱暴に引きはがす。
唇が肌を這い、相手の唇をふさいで犯す。
ニュークリアスはいつものように静寂なまま。
男女の息遣いは響くことはなく、虚空へと消え。だれに知られるでもなく沈黙は続く。
――――――――――
港での大騒ぎの翌日早朝。死にかけていた数日前のことなど嘘のように、体調はすこぶる良いものとなっていた。
そして今、アカディアを前に私はニック、パイパーを連れて立っている。
「今日は良い天気だとでも言って気を晴らしたいのに。肝心の天気はいつもの調子か」
「ニック、そんなんで調子で大丈夫?」
「これから始まることは楽しい時間ではないからな。それでも、ああ。おそらく大丈夫だろうよ」
ニックがパイパーと話しているところに私も入っていく。
「ディーマとの直接対決だ。わかってると思うが、厳しいものになるかもしれない」
「とても個人的ってことを抜きにすれば、探偵の仕事はいつもそんなもんさ。さぁ、とっとと始めよう」
「わかった」
港の人々の心をつかんだことにより。ようやくだがアカディアの問題に正面から挑める状況になった。
本当ならもっと別のやり方もあるかもしれなかったが。ニックはそれを見つけることはできなかったし、アキラはディーマと言葉を交わしたことで私と同じ考えに至ったと言ってくれた。
これまでの彼から出た言葉が本心から出てきたものなら、特に大きな問題はないはず。
だがそうじゃなければ――島民たちの不安をあおる、もしくはダンスを通じてB.O.S.を招き寄せると言った脅しも必要になるだろうし、用意もできている。まぁ、自分が争いのトリガーを引くような真似はできれば使いたくはないが。
私たちの姿を見た時、ディーマは椅子に座っていたが。私たちではなく、そこにニックが一緒になっていることに喜んで立ち上がって迎えてくれた。
「ニック。良かった、あなたとまた話すことができるなんて」
「やぁ、ディーマ」
「私のこの喜びをぜひ知ってほしいのです。前回は、両者にとって驚く再会で――」
「いや、そこまでだ。ディーマ」
「ニック?」
「お互い、いろいろと言いたいことはあるのはわかってる。どこまで受け入れるかっていうのも、難しい話だ。
だから今日は大昔の話ではなく、現在の問題についてあんたと話し合いに来た」
「どういうことでしょう?」
ニックがこちらに合図を送ってきた。私は口を開く。
「今日は探偵のニック、その助手の私。そしてここにいるパブリックオカレンシアの編集長にして記者のパイパー・ライトがいる。彼女は私たちの側の証人となってくれる。
ディーマ、カスミとは話し合った。彼女とはいくつかの点で合意し、家族の元に戻る意思があることを確認している」
「――彼女から直接その報告はもらってはいませんが。あなた方の言葉が嘘だと決めつける理由もないことは認めてもいいでしょう」
いやな話し方をする。
ニックがここで交代してくれた。
「ディーマ、俺たちの問題は今。あんたとあんたの作ったこのアカディアだ」
「どういうことでしょう?」
「あの娘はここで興味本位にあんたの記憶をのぞいたと主張している。そこにはアカディアがファー・ハーバーの港やアトム教など。島の未来に多くの死が待っているとあったと」
「――残念なことがおこっていたようです。
カスミが気にすることは、自分自身や新しい生活について順応することであって。アカディアを取り巻く外の世界の問題について悩むことではありません」
「彼女はそこにこのアカディアの被害については記載されていなかったとも主張している。かなりマズい展開だと思わないか?」
「この問題は私と私の仲間たちに任せてほしいと思っています。決して、私たちが島を滅ぼす計画など立てていないことをお約束しますし、断言もできます」
人造人間の言葉に感情がどうこう言うのはおかしな話にも思えるが。
先ほどまでニックにかけられていた言葉の暖かさがそこにはなかったことは確かだ。
空気は悪くなり、お互いが黙りこむ。
次にどう出ればいいだろう。私は本心をさらけ出して再びぶつかっていくことを選ぶ。
「厳格で尊敬されるべき指導者を演じ続けるのは結構だが、それで引き下がれる話じゃなくなっていることを理解すべきだ、ディーマ。
これは家出少女を引き渡せ、という話じゃない。彼女がここで知った。恐ろしい計画がなんなのか説明を求めている。なのにその答えが自分たちの中立性だけを信じろ、では都合がよすぎるだろう」
「あれについていえることは、このまま何も私たちが行動しなかった時に訪れるであろう未来の被害について予想を数値化したもの。それだけです」
「それが本当に真実だというなら、ここでもっと詳しく説明してくれてもいいはず。
私とニックは、君が人間との共存を求めているという言葉を信じ。カスミとは冷静に意見を交換しながら話し合ってきた。
なのに都合が悪くなったからカスミを引き渡すから出て行けとでも今度はいうつもりか?それで人造人間の真意とやらがまだ人との共存だと言い張るのか?」
ディーマは視線を私からニックに向け。それから私に戻すと静かに答えた。
「いいでしょう。これまではあらぬ誤解を受けないよう、慎重に言葉を選んでいただけなのです。
ですがあなたの言う通り、真実こそが新しい誤解を避けるためにも今は必要なのだと判断しました」
よかった。とりあえず用意していた強引な手段は必要なくなったかな。
「簡単に説明しますと。私がアカディアをきずいた直後から、この島の島民たちとアトム教の間に深刻な憎悪が存在していたのです。長い時間が過ぎ去りましたが、変化することはありませんでした」
アカディアへの疑いは急速に晴れていく一方。なにやら嫌な方向へと話が転がり始めた気がした。
「彼らはどちらも紛争が始まることを期待しているのです。そのために少しでも有利になろうと、アカディアに手を貸すように求め続けていました」
「そりゃ、マズいな」
「ええ、ニック。大変よくない事態です。
理解はしていましたが、それでも何とか中立を保とうと努力を続けました。しかし――」
「そのせいで裏目に出た?」
「そのようです。島の環境がさらに悪化して、ファー・ハーバーは滅亡の危機に追い込まれました。私はアカディアの理念を守るという観点から、彼らに霧コンデンサーを作って渡したのです。この一件がニュークリアスのチルドレン・オブ・アトムとの関係に亀裂を生みました。彼らはアカディアの支援は裏切りだと非難し、理解しようともしてくれませんでした」
ここまで聞き出しておいてなんだったが、私は改めてこのもめ事に顔を突っ込んだことは間違いだったかもしれないと考え始めていた。
いつの間にかファラデーとチェイスがそばにいて、この話に加わってきた。
「アトム教とは、ディーマが前指導者、マーティン司祭との友好関係から続いている。潜水艦基地だったが、それは今、彼らがニュークリアスと呼んでいる本部のことだ」
脳裏にアレンから送られたマリーンアーマーが浮かび、私は必死になって飛び出しかけたうめき声をこらえた。
「マーティンの死後、新しい司祭となったデクタスは傲慢な男だった。そうなるとは考えていなかった」
「そいつに追い出されてアカディアをここに移したわけか」
「そう簡単な話でもない。さらに深刻で、彼らからは協力を求める声が脅迫にかわった。デクタスは自分の力でこの島の問題すべてに決着をつけたいらしい」
パイパーが声をあげる。
「あー、なんか聞いているだけで頭が痛くなりそうなのに。なんか余裕なんだね」
「それについては、さらに説明が必要になりますね。
ニュークリアスには、実は私の古い記憶と共に残されていた基地の情報がまとめて封印されているのです」
ディーマの古い記憶にはニックも興味は示さなかったが、基地の情報となるとそうはいかない。
チェイスがそれに続く。
「前任の指導者は、ニュークリアスを譲ったディーマとの友情から。それらの情報を明かすことなく秘密を守ることを約束してくれていたわ。でもデクタスは違う。
彼は残されたディーマの1世紀以上もの記憶と基地に残されていた情報を欲しがっている。この島を支配する力がそこにあると信じて狙っているの」
「そんなものが本当にあるの?」
「正直に言うとわからない。サーバーは巨大で、ディーマは基地のセキュリティまで飲み込んで全てを封印していた。
簡単には開く方法はないけれど、デクタスは諦めない。また情報が例え安全なものしかなかったとしても、彼には中にある情報を知られたくはない」
「初期の記憶ということは何が重要なんだ?」
「これは私に限らずニック、あなたもそうですが。プロトタイプの人造人間のデータ容量は限られています。そこで私は基地に残されていたサーバーを利用し。定期的に記憶をデータ化して記録してきたのです。
ニュークリアスを彼らに譲った時、この初期の記憶を残さなくてはいけないとわかりました。データ総量が大きすぎて、システムからは簡単に切り離せなくなっていたのが原因です。そして同時に、私はアトム教が危険な存在になるとは考えていなかったのです」
「放射能を神だという連中を信じたのか?」
「ニック、何を信じようとそれは彼らの自由です。島民は彼らの信仰を笑い、馬鹿にして港からマーティン達を追い出しました。彼らは少し変わっていましたが、マーティン司祭はあの場所を任せられると思える良い人でした。だからあの場所ごと彼らに譲ったのです、彼らの家になるように」
「なのにあんたは、その後で気に食わない奴らを乱暴に追い出した港の安全を守ろうとしたのか」
「はい。ですがこれも簡単なことではありませんでした。
彼らは自立心は高くても希望を失ったままでしたから。ただ技術を提供すると言っても信じてくれなかったので、取引という形をとる必要がありました。ありがたいことにそれは我々の目的にも合致することだったのです」
「ディーマが言っているのは、私たちの外の世界との窓口になってもらうということだ。安全な港や物資の売買する相手ということ」
それは確かに賢い。
だがこれは――どうしたらいい?
「こちらとしてはアカディアの秘密を聞かせてもらって、それでまるっと解決といきたかったわけだが。どうも聞いているととんでもなく非常事態といっているようにしか聞こえない。どこまで信じたらいい?」
「すべて真実です。我々も努力はしていますが、これを解決する簡単な方法はないのです」
努力?つまり解決方法がある?
「その言い方だと解決はできるが、なにか問題があるということ?」
「はい。まずチルドレン・オブ・アトムに『誰かに攻撃された』と思われないことが重要なのです。アカディアですら彼らとの関係は最悪で、騒ぎを起こす口実を与えるわけにはいかない。
そのうえでニュークリアスが必要なのです。あそこにある私の記憶、データが」
「持ち出してくればいいということか?」
「簡単に言えばその通りです。データの持ち出し方法は我々なら用意できます。ですがそうするにはニュークリアスに潜入せねばなりません」
「なるほど、信者たちの中に混ざらないといけないわけか」
「人造人間なら簡単だろうと思われるかもしれませんが。デクタスを相手に失敗ができないのです」
私は額に手をやり、大きく息を吐いた。
口に出さなかったがディーマたちから聞いた情報から自分の予想にめまいを覚える。
そこに潜水艦基地があって、アトム教徒が執着しているということは答えは一つしかない。
――核ミサイルだ
そんなものをこの島で使えばどうなるか。
少女の悩みはついに終わるかと思ったが……どうやらさらに難しいことになりそうだった。
――――――――――
ディーマとの会談の様子を話し終えたが。だれからも特にこれといった反応はなかった。
途中、「アトム教」「テグタス」という名が出るとロングフェローが顔をしかめて部屋から出て行ってしまったが、それだけだ。
ま、なんだな。とニックが仕方ないというように口を開いた。
「最後に待っているのは子供の勘違い――そんなものだろうと思ったんだがな。俺たちはどうもこの島をひっくり返す騒ぎに知らずに巻き込まれてしまっていたらしい」
「そんな可愛らしい話じゃないよ、ニック。ブルー達が連邦でもやった奇跡をここでもやったことで、殺し合いが始まるんだ。最悪死人の山だよ。港で聞いた話は誇張されてるって思いたかったけど、あの人造人間たちの口ぶりを聞いたらマジでヤバイ奴らじゃないのさ」
パイパーの口が開くと、思った通りダンスは気にして弁護の側に立とうとする。
「私の意見を言わせてもらうなら――」
「あんたはおしゃべり禁止!どうせB.O.S.ならなんとかなる、みたいな話でしょ。
でもそれって結局はこっちに兵士を呼び込んで殺すってだけの話じゃない。あんたは悪い奴じゃないみたいだけど、虐殺の片棒を担ぐのはごめんよ」
パイパーが口火を切れば、挑発するようにケイトが。マクレディも参戦する。
彼らのそれは少しばかり過激なものになる。
「なんでさ?どうせ連邦にいても同じことする奴らじゃないのさ。ここで少しばかり死んでもらった方が、後で殺すときに楽になるじゃん」
「おい、馬鹿がテキトーに口をはさむなよ。
キャピタルでアイツらのやりようを俺は知ってる。呼び込んだらマジでこの島の連中から皆殺しにしかねないんだぞ」
「はぁ、どうも皆には理解してもらえてないようだが。我々B.O.S.をそこらのレイダー連中と同じにされては……」
騒ぎは関係のない盛り上がりを見せる中、レオとアキラだけは沈黙を続けている。
何かを考え続け、ふと両者の視線が合うとレオから(意見はないか?)と問うてくる。
僕はひげの生えていない顎をなでる。
「アトム教は本当に港の人々を殺したいのかな?」
『はぁ!?』
僕の疑問の声に、お前は馬鹿なのかといういくつもの顔が向けられた。
「アトム教。本気でこの島は霧で包まれると思っている?」
「何をいまさら――」
「確かにこの島には憎悪がある。ファー・ハーバーの港、アカディア、アトム教。
彼らは互いを憎んで、蔑んでもいる。いつ爆発するかもわからない。今は危険な状態、だよね?」
「そうだよ」
「でもさ。それは港が滅びかけてた時からそうだったはずだ。
レオさんの計画で港に勢いが戻ったから危険が高まったって訳じゃない。彼らの話じゃ元から危険で、今もそうで。そしておそらく未来も変わらなければ同じことがずっと続いていると説明されただけ。とは考えられない?」
「……」
レオさんの目が輝いた。
どうやら似たようなことは考えていたのかもしれない。
「あー、そりゃどういう意味なんだ?つまり――」「”賢い僕ちゃん”」「それだ、馬鹿にしている俺達にはわからない屁理屈でからかっているってことでいいか?」
パイパー、マクレディ、ケイトは理解を早々に放棄したようだ。
「さっきあげた3つの勢力はそれぞれが正しく相手を理解してないってことさ。だから自分の立ち位置もわかっていない、わからない。彼らは憎悪と紛争を口にするけど、それは実際には小競り合いで終わってる」
「――お前がクソレイダー共の王様やってたことを忘れてたぜ」
「おそらく本当に危険なのは港に住む連中だけだ。彼らは今、希望を取り戻せるかもしれないと考えていて。同時に何かが変わると信じたくなっている。勢いが変わってる」
「あんたとレオがそうしたんだけど」「それな」
今日はケイトとマクレディが妙に仲がいい、ムカつく言い方だ。でもそれは無視する。
「アカディアは自分たちは中立だと主張するけど。実際は人間の争いに巻き込まれたくない。自分たちの過去の間違いで失ったものを取り戻したいと調子いい事だけを考えてる。
アトム教は?
彼らがこの島を霧で完璧に満たされたいとは思ってる。でも港を攻撃するとは考えてない。せいぜい、コンデンサーを壊すとか、給水タンクを壊すとかするだけだ。船は焼いてないし、港にも直接攻撃はしていない」
「――まぁ、そんな感じはあるかも」
「巻きこみたいのはアカディア。ファー・ハーバーの港もアトム教も関係ない」
結論を出したが、それで何かが変わるわけじゃない。
そう、問題が減ったりはしないのだ――。
砂浜にあるパラソルの下の椅子に座り、僕は待っていた。
それほど時間が立たずにディーコンばやってくる。
「俺に話があるって、相棒?」
「……うまく伝わるといいけど。結論からいうよ」
「ああ」
「今、連邦に戻る船を用意してる。レオさんがマリナーと取引をしたんだ」
「つまりは俺に出て行けって?クビってことか?なにか気を悪くしたならあやまるが」
「違う――はぁ、薄々わかってるんだろ?多分だけどあっちで何かが起こってる」
「あのミニッツメンとか自称している奴らの事か?お前、レオに会わせないように色々邪魔をしているみたいだったが」
「あいつら、ガ―ビーから命令を受けたとか言ってるけど嘘だ。
そもそもレオさんがここにいることを知っているミニッツメンではガ―ビーのほかには何人もいない。暗殺騒ぎがあったからね。ガ―ビーもわかってる、派手に兵士を送り付けたりなんかはしない。メッセージもなくね」
「それで俺に帰れ?」
「そうじゃない。アイツらがどうしてここにこれたのかはこれから調べる。でもお前に戻れっていうのは別の理由がたくさんあるからだ」
「俺には思い当たることはないが」
「理由は僕にある。数日中にここから少し姿を隠そうと思ってる。誰にも言わないでくれよ」
「おおっと」
「そうなるとダンスとお前をここに放り出していくことになる。今はなんとなく怪しい、器用なハゲってだませてるだろうけれど。あの兵士は優秀だ、そろそろ疑いを持っていても不思議じゃない」
「それだけじゃないんだろ?どんな未来を見てきたんだ、俺に少しヒントをくれよ」
やっぱりレールロードのエージェントは友情だけじゃ動いてくれないか。
「アカディアはすでにアトム教への対処方法を知ってた。計画があったんだ」
「それはつまり、人間の俺達の協力のことだな」
「僕らはすでにこの島の第4の勢力になりかけてる。そうなるように動いてきたとはいえ、ここから先はテンポが変わる。劇的な変化がやってくる。
おそらくレオさんはアトム教へ潜入することになる。その手はずはアカディアが用意してあるはず。
困ったことにそれは僕らにとっても利点になる。あのミニッツメンとレオさんは会わせたくない。会えば必ずミニッツメンの名を叫びだす。それは同時にアイツらの手柄になる、邪魔しにきただけの連中さ」
「ならあの連中は殺せばいい。それはもうあきらめているのか?」
「最初からそんなことは考えてない。でも、役には立って死んでもらいたいとは思ってるよ」
「ふふん、絶好調だな」
「港で新しい居住地の情報をもらってる。あの連中にはダンスとケイトをつけて、望み通り僕らを手伝わせてやる」
「半分くらいまで減ってもらいたいって顔をしてるな」
「失敗しないならなんでもいいよ」
「――ならそろそろ俺をここに置いときたくない理由を言えよ」
まったく、嘘の得意な僕の師匠はしつこくて可愛げがないな。
この辺で納得してくれたらいいのに。
「アカディアは救えないかもしれない」
「――そうか」
「あそこは自分たちを中立だというけど、実際は混乱を振りまいているだけだ。旧世界では戦場の前線でもなんでもなかったこの島に、最新の装備や潜水艦基地がある異常さからよくないものがニュークリアスに残されていたはずなんだ。でもあいつらは争うことをさけた。目先の利益に飛びついたんだろう」
「人造人間たちはどうなる?」
「……わからない」
それは事実だった。
ニュークリアスに眠る情報を本当にアカディアが知らないというなら、何が飛び出してくるのか予想できない。なのに僕もレオさんも時間がなくなっていく。
連邦はもうすでに僕たちのことを見つけている。それは戻って来いと言っているのか、見ているぞと警告を発しているのかはわからないが。このまま長くいれば当然だがB.O.S.もアカディアのことを知る。
僕はそれをこそ恐れているのかもしれない。
マクレディが教えてくれた。キャピタル・ウェイストランドにはピットと呼ばれる危険な無法地帯がかつてはあった。キャピタルのB.O.S.はそこを手に入れようと何度も攻撃を加え、ついに手に入れると厳しい彼らの方法で支配を続けているそうだ。
この島の争いの先には彼らにとって連邦でのピットになる未来もあるかもしれない。
「お前は人造人間を救うつもりはないのか?」
「聞いただろ、約束はできない」
「なら彼らを見捨てないでくれ。それだけでいい」
「……」
「船の準備ができたら教えてくれ。お前の言う通り、連邦に帰るさ。デズもそろそろ怒ってないだろうしな」
「うん」
「お前にはあっちの情報も必要だろう。なにかわかれば知らせる。どこに送ればいい?」
「コベナント」
「わかった」
ディーコンはそう言うと立ち去っていく。
僕にはこれ以上、彼にかけてやれる言葉はなかった。
――――――――――
彼の小屋に近づくjと、本人がテラスで立って古いラジオを手にしているのを見つけた。
「ロングフェロー」
「……なんだ、どうした?」
「いや――席を立っただろう?なにか、気になって様子を見に来たんだ」
機嫌が悪いわけではないだろうが、ロングフェローが少し緊張をしているのを感じた。
ラジオからは雑音が漏れているのにそれを気にしてもいないようだった。
「大丈夫か、ロングフェロー?」
「ああ、キャプテン。ただ、まぁな。色々と思い出してしまうことがあってな」
「話を聞こうか?」
「嫌……嫌、助かるよ」
ロングフェローはそう言うとラジオを机の上に置き――だが電源はきらないままだった――近くの長椅子に腰を掛ける。私はテラスに体を預け、彼が話し始めるのを待った。
「……あんたには人を見る目があるのはわかってる。だから、わかるだろう?俺はかなりの頑固者なんだ。
そうなるとこんな歳じゃ、新しい友人を作る機会ってのは期待できなくなる。ひどいものさ。
だが、今はその機会があることに感謝してる」
「どういたしまして、かな。実際の話、あんたがこの島にいなかったら。私はまだ何も成し遂げることはできなかったと思ってるよ」
「だがいつかは成し遂げるさ。俺はわかってる」
私はパーティーでは口にすることができなかったかわりに頂戴していたウィスキーをここで取り出した。
封を切って、お互いそれに軽く口をつける。
「少し変な話になる。俺にも若いころはあったんだ。恋人もいた、結婚して、子供も欲しいと思ってた」
希望を期待しない寡黙な老人が初めて語る、自分の過去。
「港の中じゃ、海じゃなく山に入る俺は少し浮いていてな。彼女と2人で会うってのは難しかった。
だからいつも港の外で会っていた。そこなら誰にも邪魔はされないと思っていたが、甘かったんだよ。ある日、チャイルド・オブ・アトムの連中に襲われた」
「!?」
「そう、あいつらに半殺しにされた。彼女はさらわれ、俺は必至で自分の家に戻ることしかできなかった。港の連中に知らせたのは数日後。あいつらは何もできることはないといっただけだった。そして俺は、まだ傷ついていて満足に動くことはできなかった」
「ひどいな」
「結局、無理をしたせいで治るまで2カ月かかってしまった。最悪だったのはその間に彼女は心を捻じ曲げられ、あいつらの仲間になっていたことだ」
「説得できなかったのか……」
「自分が口下手だったから、と思いたいがどうだろうな。アトムとやらを受け入れちまった彼女はもう別人になっていた。そして彼女のお腹にいた俺の子は――さっきの話の中で名前が出ていただろう」
「えっと――」
ディーマが言っていた、今のニュークリアスのアトム教の司祭のことだろうか。
「テクタス上級聴罪司祭だよ。当時は
「……彼を憎んだ?」
「ハンナの、彼女の態度がそれを許さなかった。彼女は俺の目を見て奴を崇拝すると言い切ったからだ。そしてアトムとやらのおぼしめしか、彼女は数年後にトラッパーに殺されたそうだ。詳しくはわからないが、あいつらの話ではそういうことらしい」
言葉がなかった。
自分にはケロッグがいた。そして奴は、ショーンがまだ生きていてインスティチュートにいることを知らせてきた。「もうあきらめろ」と奴は言ったアレをこれまでは忌々しく思うだけで、感謝したことはない。
でもロングフェローにはそれは許されなかった。
「なんといえばいいのかわからないよ、ロングフェロー」
「気にしなくていい。わかってる、そういう運命を彼女は選んだ。俺と共に暮らし、子供を産んで、育てることではない未来をな。それは仕方がないが納得できた」
「……」
「だがな、自分が子供の父親にはなれなかったことは今でも悔しいんだ。
このまま自分が学んできたことを伝えられる相手がいないまま死んでいく。そう思うと、やりきれなくなる」
「話してくれたことは嬉しいが。それにしてもいきなり凄い個人情報を教えてくれたな」
「自分のことを知ってもらいたかった。それにあんたのことはおかしな探偵や新聞記者から聞いていたからな、こうしたかった」
「あんたは凄いんだな、ロングフェロー。私も……まだあきらめられない。あきらめたくない。
奪われた息子を、ショーンを取り戻す。この島にいることは大きな回り道だって言われたりもするけど、この先に何かあると信じて動くしかないと思ってる。それしかできない」
「キャプテンはいい父親だから当然さ。もし俺にも子供がいたら同じことをしたと思う。あんたは間違ってない」
ラジオの雑音が少し小さくなってきた気がした。
「そのラジオ、壊れたのかい?」
「そうじゃないんだ。これが、俺に残されたハンターとしての最後の大仕事」
「?」
「シップブレ―カーという。獰猛で、危険な奴だ。数年前から港の船を襲っていてな、もはや伝説と言われてる大物になってしまった」
「ラジオとどう関係が?」
「奴はなぜか電波を発していて、近づくとこうしてラジオが混線することで位置がわかるんだ。それでも俺はまだ姿を見たことはないがね、気にしている。
ちょっと前までは島の北側に上陸を繰り返していたらしいが。今日、はじめてこいつを聞くことができた。もしかしたら島の南に下りてきているのかもしれないな」
ロングフェローの言う通り、ラジオの雑音はさらに小さくなり。そして消えていった。
彼の家にウィスキーを置いて私は出た。
砦の中を歩きながら、次にどうするのか自分なりに考えをまとめていた。
勝手にミニッツメンを自称する奴らは、アキラたちが言う通り会わない方がいいように思う。彼らの本当の目的は不明で、そもそも”将軍と会うこと”が目的である可能性は捨てきれない。何か適当な任務を与えることで時間を稼ぐとしよう。
それよりアカディアの提案についてはどうするか?
核ミサイルとニュークリアスの事がある以上、ディーマの記憶を無視することはできない。しかしそうなると、ニュークリアス手を貸す形でこちらがアトム教徒となって潜入することになる――とてつもなく危険な任務だ。
(テクタス上級聴罪司祭か。どんな奴なんだろう?)
(設定・人物紹介)
・マーティン司祭
前任の贖罪司祭で、穏健派として道引いていた人格者だった模様。
港で宣教師が射殺された事件が起こり、教団内の過激派によって立場を弱くしてしまったようだ。
皮肉なことにディーマらアカディアとの決裂は彼が招いた可能性が高い。島が霧に包まれれば放射能に耐性がないことを理由に住人たちを退去できないか相談を持ち掛けたが、ディーマはこれを断った。
その後、どうなったかは説明がないが。テクタスら過激派の手で暗殺された、と思われる……。
・結論を出した
まるでアカディアが島の元凶のように語ったアキラ。
それに同意するレオのこのシーン。
これまで島での計画について詳細を話し合う2人のシーンをいれてこなかった。そこではレオが”軍人”としてアカディアに厳しい態度を見せ、アキラが反論するという展開が用意されていた。
しかしこれをやると作品内での両社の立ち位置が逆転してしまう危険があったのでカットしてきている。なのでここは「アキラが皆をだましている」のではなく、「レオの望む方向に皆を導きながら隙をつこうとしている」シーンとなっている。
・連邦に戻る船を用意してる
上記の理由から、アキラはディーコンを連邦に帰すことにした。
・ピット
The PittはFallout3のDLCである。またFallout76では戦争後数十年後のこの場所へアパラチアから遠征できると先日発表された。
ピッツバーグが舞台といわれている。
Fallout3では工業が発達していたが、キャピタル・ウェイストランドにふさわしい地獄と化していた。
原作では奴隷か、レイダーのどちらかが支配を握るかで決着したが。この世界では、奴隷が勝利して後、キャピタルのB.O.S.の侵攻を受けたという設定にしています。
・ジーロット
日本で言ったら僧兵?海外だと聖騎士だろうか?
メガトンを追われ、港からも追い出された教団だからこそ誕生したのかもしれない。ラジウムライフルなどで武装し警備や襲撃をしている。基本、ド外道である。
キャピタルから流れてきたとあって、元エンクレイヴなども紛れ込んでこの職に就いているようだ。
・シップブレーカー
ロングフェローが長年ハンターとして追っているフォグクロウラー。
原作では島の裏ボスとして登場。メインクエストをやってもやらなくても、会えない時は全く会えない。
とんでもなく強いのは確かなのだが。エイダやコズワースを改造してぶつけるとあっさり倒されてしまったりすることで有名。