ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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BED

 キャプテンズ・ダンス成功!

 

 その知らせに島の人々は喝さいをあげたが港にその肝心のふたりの姿はなかった。

 彼らはどこに?

 時間はキャプテンズ・ダンスが終わった朝まで戻る――。

 

 

 国立公園案内所まで薄暗い朝の中、ケイトはまっすぐな目のまま荒い息を吐くキュリーについて戻ってきていた。昨夜はなにか落ち着かなくて眠れたもんじゃなかったが、早朝には戻りたいというキュリーの言葉にケイトは逆らわずにつきあったのだ。

 

――アキラの奴を気にしてるんだろうな

 

 可愛らしく、いじらしいとも思う一方。そんな純粋な恋をしている彼女に嫉妬のようなものも感じている。

 面白くも不愉快だったのは、そこにいる連中にも男女を問わず同じ気持ちだった奴らがいたらしいってことだろうか。クソハゲのディーコンは大いびきをかいて寝ていたが、マクレディとパイパーは顔をそろえて迎えてくれた。

 

「なんだ戻ってきたのか。葬式はどうせ今夜になるぞ」

「っ!?」「ちょっとマクレディ!」

 

 不愉快な傭兵の先輩を自称する奴を囲む友人たちから非難の声があがるが、ケイトは鼻で笑ってやる。

 

「なにそれ。まだ拗ねてんの?」

「フンッ」

「くたばってたらあたしらも仕事がなくなるね。お互いの不幸を祝うパーティも企画してくんない?」

「ビールは飲みほしたが、酒はまだある。好きなだけ舐めて来いよ」

 

 それだけ言うとマクレディは自分の世界にこもってしまう。

 意外なことだが、孤高を気取りたいこの男はアキラやレオの無事に女たちのようにしめだされている今の自分の姿を受け入れられないように見えた。

 

「じゃ、酒は後にとっておこ。それよりヌカ・コーラは何本残ってる?アレを全部飲み干したら、あのボスがどんなに悲しい顔をするのか想像したらゾクゾクしてくる」

「それ!いいな、乗った」

「ケイト、マクレディ。それはやめてあげてください。アキラが――」

「キュリー?」

 

 話している最中に体をこわばらせて話せなくなる彼女に気が付き、ケイトは視線の先を追う。

 

 案内所の中に犬が駆け込んできていた――見覚えのある元気な”ぞうきん”だ。

 そしてその後ろにはストロング。両肩にだれかを抱えて立っているが、こちらが自分を見ていると気が付いたのか。乱暴にそれをコンクリートの上に放り出してしまう。

 

「ストロング 弱イ奴ラ 運ンデヤッタ」

「大変!ブルー」「クソッ、どっちも死んでないだろうなっ」

 

 案内所はもう、大騒ぎである。

 

 

――――――――――

 

 

 コズワースをあの新しい家で受け取った日を覚えている。

 私はショーンを胸に抱き、妻は珍しく配達人の差し出す書類に受け取りのサインをした。

 

 ロブコ社と並ぶゼネラル・アトミックス社製のロボットは決して安い買い物ではないが。

 ノーラ()によるとこの家族(私たち)の未来の計画には欠かせないものだという。彼女の説得は私の首を縦に振らせる力が十分にあった。

 

 朝の時間を丸々使って私の助けを拒否した彼女は、箱から出したコズワースを起動するのに悪戦苦闘しているのを私はショーンと楽しく見学させてもらった。

 ミルクとお昼寝の時間が迫ってくるのを焦る彼女のそばで、私は間違いなくショーンの父親をやっていた。短くても間違いなく喜びに満ちた時間だった。

 

「ロボット君の目は3つあるからね、ノーラ」

「わかってる、わかってるってば」

「そうだと願うばかりだよ。この子が歩くようになって迷子になった理由に、ナニーロボットが自分の目がひとつしかなかったから。なんて聞かされてパニックにはなりたくない」

「説明書、ここに全部あるんだから。ちゃんと完成できる、はず」

「法廷では無敵の弁護士さんのママの言葉には説得力があるよね。それじゃショーンはパパとミルクの準備に入ろうか」

「ああ、もう!なんで左目と右目の違いが書かれてないんだよッ」

 

 軍とそこにあった血のつながらない兄弟たちへの忠誠心はアンカレッジの戦場に置いてきた。

 でもまだ私の中には国への愛はある。この自分の素敵な家族の未来にも関係する国をこれからどうよくしていけばいいのか、それを考えようとしていた。

 

 なのに手遅れだった?私はなにかミスをしてしまったのだろうか?

 未来は200年を足早に駆け抜けていってしまい、私はを失おうとしている。

 

 ケロッグ、インスティチュート、そして連邦。

 これが息子に与えたかった未来では決してなかったのに。なんと無残な世界となってしまったか。

 

 

 絶望からのショックを伴う覚醒は楽しい経験では決してない。

 

 

 息を吸うだけで体中に痛みが駆け抜けるという現実に気が付き、驚きながら激しくせき込み。自分が眠って夢を見ていたのだとわかった。

 部屋は暗く、ベットに寝かされているが。片手に置かれている女性の手に気が付き、恋しくて思わず握り返す。

 

「ノーラ、ひどい夢を見たんだ。本当に最悪だった……」

「――ブルー、よかった。大丈夫?」

「ああ、パイパー。そうか、君だったか」

 

 再び咳き込む。

 苦くて希望のない、怒りに満ちた現実が戻ってくる。ノーラは死んだ、ショーンはまだ戻らない。国は?もうどうでもいい。

 私はまだあの頃のように父親には戻れていない。家には帰れない。

 

 痛みにはすぐに慣れた。苦痛は癒えることはないが、慣れたふりをすることはできるのだ。

 抱える不満や怒りは、別の形にして吐き出せればなんとか帳尻はつく。でもそこにひどくけだるさが。だからやっぱり笑顔ではいられない。

 

「どうなってる?何日眠ってた?」

「2日だよ、運び込まれてからね。犬とストロングがダルトン・ファーム?そこからあんたたちをここまで運んできてくれたんだ」

「ああ、そうか」

「ストロングがいつもの調子でさ。『助ケテヤッタ』とか言って。キュリーが戻ってきてくれて助かったよ。どっちも本当にヤバイ状態だったんだから」

「そうか――」「見届け人だっけ?一緒に行った連中とは別行動だったの?」

「ああ。彼らはそこら中にある獲物を持って帰ると言いはったんだ。これが戦い抜いた証拠になるからって。

 だけどアキラが――私たちのピップボーイが悪い状態になっていると知らせているのに気が付いて。現地解散ってことで彼らとは別れた」

「正解だったね。マクレディが怒ってたよ。自分がついていくべきだったって」

「どうだろう。とにかくふたりで肩を貸しあって、最短のコースでダルトン・ファームに向かった。途中でレイダーの姿を見たりもしたけど、運よくやり過ごすことができたみたいだな」

「運が強かったのも良かったんだよ」

「でもどちらも状態が悪くなっていって死ぬかもしれないってなってね。ダルトン・ファームにつく前にアキラが意識を失った。私もすぐにそうなるとわかってた。ああ、確かに運は良かったみたいだ」

 

 ゆっくりと思い出してきた。

 最後に覚えているのはテントとそれを囲むターレットと砂浜。ピップボーイからは放射能を感知するガイガーカウンターの警告が発せられ、物言えぬコズワースがテントに向かい。向こうからはまだ姿は見えなかったがこちらに気づいたらしいカールが吠えていた。

 

「アキラはどうしてる?外はどうなった?」

「ブルー、そんなことよりも自分を心配した方がいい。ふたりとも怪我は軽くないし、とんでもない量の感染症にかかって死にかけたんだ」

「アキラは?無事か?」

「生きてる、と思うよ。実はブルーよりも状態がよくないらしくて。昨日、あのケイトがおぶってキュリーとマクレディと一緒に砦に戻ったんだ。

 あそこには――なんかアキラが用意していた、なんだっけか。し、シン、シンプなんちゃらいう装置があるらしくてそれが必要だって」

「そうか」

「でも、きっと大丈夫だよ。ブルーだってこうして目が覚めたし。それにあの子、簡単には死にそうにないタマだしね」

「……」

「外の様子は。っていうか、島の連中は凄い大騒ぎになってる、こんなことになるなんて正直思っていなかった」

 

 港や森の中から人がここにやってきているらしい。

 とりあえずアキラは治療のために、レオは精魂尽き果てて寝ていると説明して部屋に近づけないようにしてる。あの冷笑的で、陰気だった連中は別人のように目を輝かせて集まってきてレオ達が姿を見せるのを待っているそうだ。確かに真逆の態度だ、こっちも心の準備が必要になるかも。

 

「港でキャプテンとやらの就任式を大々的にやりたいからいつ来てくれるのかってさ。なんだかブルーたちを救世主か何かだとでも思ってるみたいで。かなり不気味」「そうか」

「それをのぞけば他はいつもの通りかな。

 ディーコンの奴なんかは特にそう。俺は金づちも器用に使えるとわかった。新しいビジネスチャンスを手に入れたぞ、とか言っててさ。ここに残って作業を続けてる。

 

 ニックなんかは港にいるみたい。

 もしかしたらあそこから動けないのかも。ケイト達も大変だろうけど、港が近い分ここよりももっと困っているのかもね」

 

 体を起こそうとするとうまくいかない。パイパーの助けで何とかできた。

 

「私も港に行かないと」

「本気なの?無理、そんな状態なのに」

「いや、明日にはなんとかして砦に向かわないといけない」

「ブルー!どうかしてるよ」

「パイパー、信じてくれ。この痛み方には――覚えがある。私には睡眠よりも薬と医者が必要だ」

「え?」

「軍にいた時に予想外の感染症に苦しめられたことがあったんだ。時間がない気がする。急がないとまた悪化してしまい、動けなくなる」

「冗談だよね?」

「本気だ。この島にいる医者は2人だけ、キュリーと港にしかいない」

「強情なんだからっ、死んじゃうよ?」

「まだ大丈夫だ、でもここにはいられない。パイパー、力を貸してほしいんだ」

 

 軽口で余裕が出てきたのか、私は部屋の隅で浮かんでいるコズワースにこの時ようやく気が付いた。

 

「コズワースか。まだ、あのまま?」

「だから大騒ぎだったんだって。ロボット装置だっけ、アレの使い方よくわからないし。それに戻してもおしゃべりがうるさいだけだから、ちょうどいいと思って」

「おしゃべりなパイパーがそれをいうとは」

「まぁね。自分はイイんだ。こういう時だけは」

 

 ここを出る前に彼も元の姿に戻してやろう。

 アキラからあの装置の使い方は教えてもらっている。きっとパイパー以上に文句を聞かされるだろうが、今は彼の声が聴きたい気分だ。

 

「もう少し待ってくれ、コズワース。後で私が元に戻すよ。それぐらいならやれるさ」

「ちょっと、キュリーのところに行くんしょ。別にそんなことしなくてもいいと思うけど?」

「彼も大変な任務を終えたんだ。ちゃんと戻してあげないと。それよりなにか食べるものはないかな?」

「わかった、探してくる」

 

 部屋を飛び出していくパイパーを見送ると、私は自分の手を目の前に持ってきた。

 本当に”久しぶり”の最悪の戦場から戻って生き残ることができた。アンカレッジでも感じた通り、生き延びたという安心も喜びも特になく。むしろ死からまた距離が離れたことにおかしな感傷にひたって緩んでいる。

 

 あの場所で自分の血を流してはスティムパックで傷口をふさぎ。なにかの血を浴びては、怒りと死をばらまいてすべてを出し切ってきた。

 おかげで今の自分は空っぽで、痛みだけが残っている。そして私はまだ父親には戻れていない――。

 

 

――――――――――

 

 

 砂漠の世界に立っていた、と思う。

 太陽は砂嵐に隠れ、次の瞬間には荒らしは消えて雲一つない青空に輝く太陽がやけに大きく浮かんでいる。それが交互に繰り返し、夜は来ないが雨も降らない。時間の感覚だけが何かおかしいのだろうか。

 

 そのうちそこにひとりの女性があらわれはじめた。

 彼女の髪は白く、肌も白く。もしかしたらただ発光しているようにも見える。

 そしてやはり時間がおかしいのだろうか。世界と同じように。裸であったり、ドレスであったり、服だったり。やっぱり同じ白のそれが変わっていくのだが。

 

 彼女の姿と肌は変わりなく。

 年を取ることを拒否しているみたいで、なにか神々しさすら感じる。

 

――アキラ、私たちは希望なのよ

 

 世界と彼女の服が変わるのに、語り掛けてくる彼女の言葉は穏やかで優しかった。

 希望か、なんだかいい言葉だが。不安にも思える。

 

――いいえ

 

 別の誰かが、それにこたえていた。

 

――絶望しかない。だって”ニンゲン”なんだからそれしか残せない

 

 悲しい言葉を、悲しい声で答える。

 これはなんだ?まさかこれが記憶?こんなわけのわからない、ファンタジーみたいなものが”オレ”の!?

 

 すべてを破壊したい衝動を怒りと共に感じた。

 なにかが包むように、触れるようにして縛るように覆いかぶさってくる誰かの冷たい手が腹立たしくて抵抗していた。それは理由がなく、理性もなかった。

 

 焼き尽くせ、破壊しろ!

 

 それは穏やかでも止まることのない暴走。

 終わりなんて知らない。終わりなんてどうでもいい。だが、これはやめるつもりはまったくない。

 

 

 現実に戻れたのは、おそらくこの時だと思う。

 自分にはまだ体があって。その腹から吐き出せるものがないのになかみをぶちまけようと体をくの字に曲げて胃液とよだれをまき散らしながら、地面の上で四つん這いとなっていた。

 

「やった!やりました、戻ってきた」「畜生!マジかよ、本当に生き返りやがった」

「――ま、こうなると思ってたよ。あたしはマジでそう言ったでしょ」

 

 武器がない。装備を失った?違う、そもそもなんで自分は裸だ。

 周りを見るとぼんやりとしていたが、マクレディやキュリー。ケイトがいるのを確認した。仲間たちがいる、治療を受けていたのか?

 

 だがどうも少し殺気立って見まわしていたらしい。

 向こうは少し驚き、怯えた表情をしていた。僕は片手を目にやってゴシゴシとふくと、視界と同じように五

 ケイト達に呆れられる中、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 どうやらここは老人の小島で、自分が用意したシンプトマティックを使って治療されていたことまで状況を把握できた。

 

 自分はキャプテンズ・ダンスの準備には多くのものを用意していた。

 武器、戦闘計画は当然だが。任務後のことにも注意していた。

 

 危険な入り江での乱戦、混戦なのだ。

 帰還後に注意するのは当然、感染症である。戦場でも兵士がそこから細菌を持ち帰らぬよう防疫に心を配るのは当然のものとして考えるものだが。この世界ではそれが一番難しい。

 

 特にこの島は環境が最悪で、放射能に対処すべく汚染シャワーを用意したが。

 あれだけでは重症に対応する治療はできないとわかっているので、その対策を探り続けていた。ありがたいことにそれはアカディアの存在と、商売ができたことで解決した。

 

 アメリア商社(仮)に作った治療室にようやくシンプトマティックをひとつ用意できたのだ。

 それがさっそく僕自身の役に立ってくれたらしい。

 

「死にかけたって?」

「そうだよ。ここに運ぶまでに一回心臓が止まりやがって。さっきもいきなり止まったところだ、馬鹿野郎」

「キュリーがあんたが作ったこの変なタンクで何とかするって言って。本当に何とかしたんだよ」

 

 自分の体を確認すると胸部の左右にふさがりかけている大きめの丸い穴があった。

 

「心臓に刺激を続け、肺の活動を補助したんです。他にも薬物をいくつか投与しましたけど、いきなりの心停止だったのでダメかと思いました。本当に良かった」

 

 なるほど、確かに僕は死にそこなったらしい。

 裸のまま尻をついて息を吐くと、ケイトがタオルを投げてよこしてきた。

 

「とりあえずお帰り、ボス。あたしらも職を失わずにすんだよ」

「ああ、どうも」

 

 珍しくこの時の彼女の皮肉は心地よい響きに持っている気がした。

 

 ところでさっきまで怒っていたのはなぜだったのだろう?

 なにか悪い夢を見たせいだとは思うが――それがもう思い出せない。

 

 

―――――――――

 

 

 Dr.キュリー個人記録。

 

昨日、2度目の呼吸停止で私の心を引き裂くほどに驚かせ、慌てさせた患者は――恐ろしい回復を見せ。もうすでに海岸をひとりで散歩できるまでに回復してきている。

 また、案内所に置いてきてしまったもうひとりの方も。友人についてもらってここまで移動してくれたことで治療は最終段階に。彼もまた感染症が重症化することなく、こちらも回復した。

 

 とりあえず医師として、ひと安心と言っていいだろうと思う。

 

 ただしそれはあくまでも「結果が良かった」からでしかない。

 私は今回の事態に陥るまで、ずっと愚かな考えを捨てきれず。医療研究者として無様な失態を演じてしまった事をここに自戒を込めて告白しなくてはならないだろう。

 

 彼ら、患者たちは私がいて助かったと言ってくれたが――それは事実ではない。

 彼らの命を救ったのは彼。そう、患者のひとりであるアキラ自身がやったことだった。彼は用意周到で、こうなる事態を考えて行動し。最悪の展開にならないよう、私に選択肢を作っておいてくれたのだ。

 

 だからアキラが2度も死にかけたのは私が原因なのだ。

 彼の身体を前に私ができたことは混乱と虚勢を張ることだけだった。彼の中には常人にはあるはずのないものがあったり、常人ではありえないものもあったことに驚き。何もできないかもしれないと恐怖するばかりだった。

 

 結局最後に力になってくれたのは医療装置のおかげ。

 つまりアキラ自身が彼の命と彼の友人を助けた。私にはその力は全くなかった。

 

 新しい自分が目指した「多くの人々を助ける医療技術を極めたい」という私のあの願いはなんだったのか。

 私は、私が愛した人に無力であったこの数日のことを恥じなくてはならない。

 

 私はこの島に彼を助け、自分が目指す未来のために必要なものがないかを調べに来たと言うのに。私はずっと彼の足を引っ張り続けてしまっている。ここに来てから彼に何をしてやれたというのか?

 

 今更ではあるが、私は彼らのデータを集め。そこから何かを見つけようとしている。なにがあるのかはわからないが。今度こそ――。

 

 

――――――――――

 

 

 

 薄く目を開く、また自分はベットに横になっているが――あのベットではない。

 そして部屋の中にはベットの脇にある椅子に座るニックがいた。再会できた喜びから思わず口が動いていた。

 

「ニックか……」

「パイパーには休むように言って追い出しておいたぞ。彼女をあんなに心配させて、あんたも罪な男だ」

「そうか、彼女には迷惑をかけっぱなしだ」

「それだけか?ふむ、まぁ。男と女のことだ、この老人がどうこういうことでもないな」

 

 へっへっへっ、とニックは笑った。

 

「キャプテンズ・ダンスを成功させたよ」

「ああ、知ってる。港じゃあんた達をご馳走を用意して待ってるよ。俺もロングフェローの爺さんも、いつ来るんだってしつこく聞かれてここ数日は困ってるところさ」

「キュリーには治療は終わったと聞いている。あとは寝てれば元気になるそうだ」

「そりゃ、よかった」

 

 ベットの上でもう少しだけ体を起こした。

 けだるさがあるが、前のような痛みはなくなっていた。

 

「計画は無事に終わりそうだよ。この島の人に私ができることはもうないと思ってる」

「ああ、もう十分だ」

「そうなると最初の問題に戻ることになる。アカディア、ディーマだよ。ニック」

「……ああ」

「新しいアイデアはあったかい?」

「ないな。悲しいことに、プラスチックの頭の中にはなにも浮かばなかった」

「じゃ、私の計画に乗るってことでいいんだね?」

「あんたとアキラが命がけでやってくれたんだ。ここで俺がひとりで駄々をこねてもしょうがない。それにナカノ夫妻には悲しい顔をさせたくはない」

「そうなると僕たちは今度こそディーマと対決することになる」

「それは直接、ということか?」

「おそらく」

「――避けてばかりはいられないか。アカディアへはいつ?」

「なにごともなければ明日、私とアキラは港に行ってアヴェリーに会うつもりだ。その後、つまり数日中」

「わかった」

 

 以前と違い、今回は前回ほど好き勝手に相手にペースを握られることにはさせないつもりだが。ニックにとってディーマが口にした過去の証言は簡単には受け入れがたい内容だったことは確かだ。

 冷静でいられるだろうか?

 

「それじゃ、明日は大騒ぎになる。あんたは体を休ませておいた方がいい」

「待ってくれ、ニック」

 

 用事は済んだと立ち上がりかけたニックを私は呼び止めた。

 本当はカスミの説得が終わるまでは黙っていようと思っていたが。もしかしたら今がチャンスなのかもしれないと、私は考えを変えることにしたのだ。

 

「ん?」

「もう少しだけいいか?もう少しだけ」

「なんだ。よく眠れるように子守唄でもって話か?それは俺には無理な話だぞ」

「違う……あんたに以前、話してもらったことがあっただろう。大昔の話、もうひとりのニックの話。エディー・ウィンターという犯罪王のこと」

「やめろ!そんな話をここではしたくない」

「いや、最後まで聞いてもらう。本当はディーマの後で伝えようと思っていたんだけど、今のうちにした方がいい気がしたんだ」

 

 そういうと私は、部屋にある机の引き出しの中から箱を取り出してくれと伝えた。

 一転して不機嫌になったニックだが、求めた通り。引き出しの前に立ってそれを見つけると、中身がなんなのか想像がついたようだ。

 

「おい、これって……」

「ひとりで連邦に戻った理由のひとつさ。エディ・ウィンターの犯罪の証拠となるホロテープ、全部揃ってる。。

 実は悪いと思ったが、間違いがないようにアキラにも確認してもらってる。だが結果は自分で調べないと納得しないだろう?」

「ああ、クソったれ。言いたくはないが、お前さんは時々ひどく腹の立つやつじゃないだろうかって思う時があるのを知ってるか?この哀れな老いぼれ人造人間よりも賢いとでも思わせたいのか?」

「怒らないでくれ、ニック。

 あんたにとってはとても重要なものだってわかっているから、ここまで慎重に黙ってた。エディ―のことを知ってあんたがこの島から連邦へ戻ってしまうんじゃないかとか。そう考えたら気軽には渡せない」

「――わかったよ、頭には来ているがね。とりあえず今は探偵の仕事をしよう。

 この古びたホロテープはどれも本物のようだ。あの糞野郎らしい、いやらしい指紋がべったりとこびりついているのがわかる」

「それはアキラでもわからなかった。でも、あんたの読み通り確かに隠されたコードはあったと言ってた」

「古いプロセッサーを使うだけで――よし!出てきたぞ、たしかに10桁揃ってる。

 あの悪党はアンドリュー駅にシェルターを持っていたのか。なら、今もそこにいるな」

 

 ニックの背後にいては彼が今、どのような表情をしているのかはわからない。

 

「大丈夫か、ニック?」

「ああ、うん。だいぶ気分が落ち着いてきたようだ、あんたにはまだ腹を立ててはいるが。そうだな、俺は感謝もしているみたいだぞ」

「それならよかった」

「うん、それに心配もしなくてもいい。奴の居場所はわかった。今はそれで十分だ。

 若造みたいに頭に血をのぼらせて感情的な行動はしない。そもそも俺は、人造人間だからクールに振舞える」

 

 そう言うとニックは半身をこちらに向けた。

 復讐心を押し殺したいつもの探偵がそこにいてくれた。

 

「ああ、でもそうだな。感謝するお前には少しばかりやり返してはおこうか。彼女のためにも」

「ニック?」

「レオ、最近は騒がしいお前さんはそろそろ真剣に考える時期が来たとは思わないかな?」

「?」

「パイパー・ライト嬢のことだよ。

 お前さんがインスティチュートにさらわれた息子のことで気も狂わんばかりに焦っているのはわかってる。だがな、そうだとしても。そろそろ自分に向けられた女性からの情熱的な視線ってやつに気が付いてやるくらいの余裕を持っておくべきだ」

「パイパーだって!?」

 

 いきなり、なんだっていうんだ。

 

「ふふ、いい表情だ……いや、真面目な話だから続けようか。俺が言うことじゃないが。彼女は信念を持った賢くいい人で、そして困ったことにあんたのことを気にしているようだ。

 ミニッツメンに対する彼女の好感度が高いのは、俺の見るところあんたって存在が大きく関係していると思う」

「……」

「あんたが女性を利用する鼻持ちならない奴だというなら、今のように気が付かないふりを続けるのも構わないとは思うがね。

 なぁ、若いの。この老人の心配をしてくれるのは嬉しいが。それなら今度は自分も冷静になるべきだってことを理解するべきじゃないかな。

 息子のために悪戦苦闘しているあんたを助けている彼女に。そろそろ向き合ってやるべきじゃないのか」

 

 言葉が出なかった。

 妻を失った後でも自分が女性への興味を失ったわけではないことは理解していたが。それはなんというか――互いの未来を考えたものではないからだった。

 

 だが、パイパーは大切な友人だ。

 そして美しい女性でもある。もしニックの言う通り、私と彼女の未来になにかあるというならそれは――真剣なものということになる。

 

 私が、息子を取り戻すだけではなく。新しい家族を手に入れるだって?

 

「ふふふ、いい顔だ。だが悩める色男よ、今は寝ておけ。明日はパーティなんだろ」

「最悪の励ましをありがとう、ニック」

「どういたしましてさ、相棒」

 

 ベッドに横になるとVaultから這い出てからのこれまでの日々を思い返す。

 そうだった、確かにパイパーには色々と助けてもらってきた。そして私はずっとその好意を気にしないようにしてきていた。Vault81のマクナマラ監督官と同じような関係を彼女にも望むのは間違っている。

 

 最悪な気分だ。

 だがこの気分のまま、おそらくそのうち姿を見せてくれるであろうパイパーに私はどんな顔をすればいい?

 

 

――――――――――

 

 

 翌日、昼。

 港の門にVaultスーツを着た2人の客人が姿を見せると、人々はこれを歓声で迎えた。

 

 英雄の帰還だ。

 もはや誰にも不可能と思われた儀式を完了させ、彼らはここへ戻ってきてくれた。

 その勝利の証として新たなキャプテンが2人、この日から誕生することになる。これほどめでたい話はない。

 

 飾りの下に並べられた机の上にはマイアラークらの肉料理が並べられ。酒場の主人はいつも以上に大量の酒を用意すると、すべてを飲み干してくれと派手に女たちの手で港の皆に配らせた。

 誰もが酔い、誰もが喜んでいた。

 いつもの暗雲立ち込めた希望なき人々の姿はそこにはなかった。

 

「ハーバーマンを代表してっ、このアレン・リーが。新しいキャプテンたちを”特別”に祝福させてもらいたいっ!」

「それは――ありがとう」

「では受け取ってくれ!これがうちの秘蔵品だ」

 

 彼の紹介で店の奥からカーゴに乗せられたマネキンが出てきた。問題はそのマネキンが来ていた装備だ。レオの目が驚きに丸くなる。ヘルメットまでついたアメリカ軍が使用していた完全なマリーンアーマーのセットだった。

 これまでは会えばよそ者と皮肉を叩き、値段を釣り上げていた男とは思えぬ大サービスだが。もしかしたら今回の事での敬意と、これまでの態度への詫びを込めた彼なりの考えがあってのことなのかもしれない。

 

「新しいキャプテン達に乾杯!ハーバーマンの新しい伝説に乾杯!」

 

 アレンの声に漁師たちの歓声が再び盛り上がる。

 

 

 アキラは人ごみの中からキュリーと共に脱出すると、港にならぶパラソルの下にある椅子に腰を下ろした。

 数日前には死にかけていた自分であったが。すでに食欲は戻っているし、痛みも和らいできている。あと数日もあればいつものように動けるだろうと自分では思っているが。それをキュリーの前で言うと関しそうな顔をされてしまうだろうから黙っていた。

 

 とはいえ、陽気に騒ぐ海の男達に大勢囲まれるとさすがにキツイ。

 

「フゥー」

「ため息ですか?つらくありませんか?」

「大丈夫。でも、この大騒ぎには最後まで付き合いたくはないかな」

「今朝は今日の主役は自分達だって、言ってませんでしたか?」

「そうだね。でもやっぱり目立つのは得意じゃないみたいだ――」

 

 笑おうとするとわき腹が痛む。

 イテテ、と言おうとしてこちらに歩いてくる子供たちの姿に気が付いた。

 

「キャ、キャプテン。おめでとうございます」

「ありがとう。君は――」

「バーサ。ここの人たちからはスモール・バーサって」

 

 僕の耳は彼女の声を聞いていたが、僕の目は彼女の後ろに立つ少年に向けられ釘付けにされていた。

 おそらくだがこの2人は姉弟だ。港に出入りする際に何度かみかけたことがあったはず。

 

 だが、そのときの記憶と今の少年の姿に違和感を感じた。

 以前は自分の殻に閉じこもっているような印象を受けたが、それがない。落ち着いて姉の後ろをついてきていて、行動から様々な感情を感じない。まるでロボットみたいに静かだ。

 

 そして表情を読ませないヘルメットをかぶっている。

 以前はそんなものはつけていなかったし、そのヘルメットは明らかに――ハブリス・コミックのキャラクター。アンタゴナイザーのそれだ。なんだ、これは?

 

「それで――」

「はい、それであなたを雇いたいんです」

「雇う?」

「はい、いいですか?」

「いやだ」

「え?」「アキラ!?」

「僕を雇うっていうなら仕事の内容とギャラは重要――」

「私たちの家を。エコーレイク製材所を取り戻してほしいの」

 

 僕の中で危険信号がいきなり鳴り始める。

 そこは居住地として使える場所だとわかっていたが――あそこまで僕らが手を広げる理由はない。そもそもダルトン・ファームにすら人が入っていないのだ。さらに新しい場所をこの島に求めてどうするというのか。

 この僕の意見にはレオさんも同意してくれたし、だからこそ計画からはじかれていた。その計画はすでに完了寸前で、いまさらこの港で見かける程度の少女の求めに応じてさらなるリスクを負う必要はない。

 

 それにどうして僕のところに来た?それが引き受けて当然だとでもいうように。

 

「わかった。私の全財産を出す、それでどう?」

「――全財産ね。いくらある?」「アキラ、そんな言い方をしては――」

「10キャップ……違う、15キャップある」

 

 ハッ!

 アレンの店なら古びた缶詰ひとつくらいはそれで買えるかもしれない。

 ところがこの愚かな少女は居住地ひとつをその値段で売ってくれというわけかい。相手が子供たちであってもその不愉快さを表情で隠すことはできなかった。

 機嫌を悪くしたと悟っても、相手を思ってなのだろう。キュリーが強めにこちらの腕をつついてもうやめるようにと伝えてくる。

 

「いいかい、お嬢ちゃん」

「バーサ。私の名前はバーサよ」

「いや、お嬢ちゃんで十分だ。甘い夢を見るのは自由だが、それを押し付けてくるその傲慢さが不愉快だよ。

 君たちの家だって?なら自分の手でとりもどしてくればいい。なぜ僕に言う?」

「それは――あなたたちキャプテンなら、それができるから」

「それだけだと命を懸ける理由には足りないな。本当のことをそろそろ言ったらどうだい」

「え?」

 

 僕は強くバーサの腕をつかむと頭を突き出してその耳元で囁いてやる。

 

「君たち子どもはこの港の野良猫だ。いつ泥棒するかわからないが、気分によっては相手をしてやってもいい。そういう愛玩動物だよ。ここの大人たちはそうやって君たちを扱ってきたんだろ?

 君たちには何もない。だが、体が大きくなれば彼らの仲間に入ることはできるかもしれない。ただそれは――これまでの家族だった野良猫から人間の側に立って。新しい仲間と同じ目線になることが条件になる」

「……はなせっ」

「君の体はもうすぐ大人になる。そうなると君は子供たちから離れないといけない。

 その時は近いが、君たちにもてるものなんか何もない。すると疑問が出てくる。なぜそんな君らが僕を雇うなんて考えた?いや、誰が、そうしろと君に囁いた?」

「っ!?」

「小さなバーサ、君の名前は知ってるさ。賢く振舞おうとしても君の世界は小さい。

 僕たちを見る君の目は、港の大人たちとそれほど大きくは変わらないことは知ってる。数日前までは君は僕らを外の人間ではなく、”外から来た大人たち”と見ていた。

 それがなぜ考えを変えた?僕に助けを求めた?答えてみろ」

 

 不愉快な相手なら性別も年齢も僕には関係ない。怒りといら立ちに満ちた言葉を少女にぶつけた。

 そんな僕の態度にキュリーは言葉を失い、少女は必至で涙をこらえている――だが怯える姉の後ろに立つ彼女の弟は微動だにしていない。姉の身に危険が迫ってるとか、怖がっているとは考えていないみたいだ。

 

 この殺人者が半ば本気で姉を目の前で脅かしているのに動じていないとはね。面白い、この少年のヘルメットはただの飾りではなかったわけか。

 

 実験は終わりだ。結果は出た。

 僕はバーサの手を離すと元の位置に戻り。先ほどの殺気立った様子を引っ込め、答えを待つ。

 

「そいつの名前。言わないならもう消えろ」

「……わかっ……た、言うよ。たしかにそいつからあんたにそう言えって」

「わかってる。さっさとしろ」

「そいつは自分をサカモトって」

 

――サカモト?

 

 聞いたことのある名前かな?どうだろう。

 だがなんだか面白い、楽しい気分になってきたぞ。霧のかかったあの不愉快な記憶の箱を乱暴に漁りながら、僕は大きな声でこの喧騒に満ちた港の中で馬鹿笑いをしたくなる。待っていたのはこれか?あいつらはやっぱり手を出してきたのか?

 

 バーサだけでなく、キュリーからも恐れの感情を察知し。僕は途端に感情を再び、今度は必死に隠そうとする。

 悪い顔でもしてしまったのだろうか、女性たちは明らかにおびえている。でも、もう大丈夫。表情筋からは力が抜けて感情を失わせている。

 

「すまない。そのサカモトという”男”には聞き覚えはないみたいだ」

 

――ないのか。嘘くさいな。

 

「そんなことはないよ。ところでその人物は正確には何と言ってた?」

「新しいキャプテンと、若い方と個人的に話したい……」

「へェ、そう。”個人的”ときたか」

 

――今度はなにか気持ち悪いな

 

「それは同感。でもそれって……ん?」

 

 ここで違和感をようやく感じることができた。

 目の前にいる女性たちの表情は恐怖は消えたが困惑している。そして視線は座っている僕ではなく斜め上の方向に同じく向けられていた。

 

――そいつが男かどうかも問題だな。問題だろ?まさかそうではないというのか?

 

「なっ!?」

 

 小汚い港の中に突然現れた違和感。港で暮らす容姿では全くない。

 明らかに不自然に白い肌、見上げてしまう長身。金髪の髪はそれ自体が発光しているかのように曇り空の下でも輝いている。言動と思考、態度までもが人間を超越している怪人にして、自らを宇宙人と自認する存在。

 

 地球の守護者同盟(Guardian alliance of the earth)と名乗る奇妙な宇宙船に住む集団のひとり、Q。

 彼がなぜか僕の隣に立って、会話に参加して茶々をいれていた。

 

「何を驚く?自分の性癖に今更にして気が付いたのか。それは喜ばしい発見だったろう、探検への好奇心は実に貴重なはじまりともいえる」

「どうしてここにっ!」

「うるさいな。なぜ騒ぐ。こちらはこうして自然に周囲のこの小汚い奴らに混ざろうと必死で努力してやっているというのに。そんな声をあげられては台無しじゃないかっ」

 

 お、落ち着け。

 何かはわからないが、よくないトラブルがまたまた近づいてきたからコレが隣に立っている。そうに違いない。

 たとえそれが違っていたとしても。すでに僕はそう思い始めているのだからそうに違いないっ!

 

「話を戻そうではないか。お前の新しい性的嗜好について、共に考えてみよう」

 

 大きく息を吸い、吐き出した。なんだ、呼吸の仕方を忘れてしまったのか?という怪人を無視すると、僕はバーサという少女に取り繕った笑顔を向けた。

 

「隣の人は無視してくれていい。それよりもさっさと話しを終わらせよう――キャップはいらないが。いくつかの条件を君が飲むというなら。僕が君の望みが叶うようにしてあげる」

「わかった」

「返事は聞いてからにするんだ。ひとつは君を助けたその男に僕が『すぐに会いたい』と返事を伝えるんだ。それともうひとつ。

 君の弟は面白いヘルメットをしているね?僕はコミックマニアだからわかる。アンタゴナイザーのヘルメットだね。作りがいい、とても気に入ったよ」

 

 バーサの表情は変わらなかったが。喉がごくりとつばを飲み込むのを確認した。

 緊張しているな。どうしてだ?僕があの奇妙なヘルメットに興味を持ったことが気になったのか?

 

「それを譲ってほしい。そのかわりに製材所は望みどおりに君にあげる。これは好意による取引だから悩むのはなし、返事は今聞かせて」

「イエスだよ」

 

 よし、片付いた。

 

「ならこれからすぐに僕の言う通りに動くんだ。

 君はまず、ひとりでこのままもうひとりのキャプテンがアヴェリーと話すタイミングで僕に言ったこととおんなじ言葉を彼に申し出るだけでいい。それが自分の考えだというようにね。なんならそのキャップも出すんだ。

 

 真剣に、全力をかけて説得してこい。

 居住地は子供の遊園地じゃない。彼ら大人を君が説得できないなら、君には望むものを手に入れる資格はない。

 

 でも彼らの興味を引くことができれば、あとは僕が力を貸すから心配はいらない。文字通り君はその15キャップで家を買い戻すことができるだろう」

「……」

「だけどひとつだけ。僕とは取引以外に約束をしてほしいんだ、お嬢さん」

「こんどはなに?」

「僕は必ず――そう、必ず君をそこの代表にするよ。

 君の夢はかなうだろうが、君は今のように子供たちだけの味方ではいられなくなる。

 そこから先は君がしくじれば、家を失い。隣人を失い、友人も失う。誰も君に興味を持つこともなくなって、霧の中に入っていきたくなるかもしれない。もちろんしくじった時点で生き残ることができれば、ね」

「わかってる」

「それじゃ行ってこい。タイミングを間違えないように、チャンスは自分で掴むんだ」

 

 僕はそう言って少女を立たせるとここから離れるようにすすめた。

 

「なるほど、慈悲の心というのを見せたつもりなのか?だがお前はチャンスだけを与えた。

 そうかお前はあの娘が失敗することを期待しているんだな?それでこの後はどうする?あの娘を自分の好きなようにするために、落ち込む彼女の手を取って慰めてやるわけか?」「……」

 

 沈黙しているがキュリーの眉間にしわが寄っている。

 おいおい、彼の感想で事実じゃないから。誤解だよ。

 

「それで――珍しいどころじゃない人が僕の横に立ってましたけど。僕の前にいるということは何か用事が?」

「ふむ。実は休暇を兼ねてバカンスに来たと答えたらどうするね。お前にその案内と世話を頼みに来たと言ったら?どうだとても光栄に思うだろう?」

 

 僕はそれに答えず。空いたばかりの席を指して

 

「では座って話を聞きます。と言ったら、そうしてくれますか?」

「座る?ならば文明的に、椅子というものをちゃんと用意してもらいたい。もちろん君や可愛らしいこの人の姿をした彼女が腰かけている汚らしい残骸ではないもののことを言っている。そうだ、ちゃんとした、椅子があれば。もちろん座ってやってもいい」

「では歩きましょう。できるだけ人のいない場所に向かって」

 

 一緒についていこうと立ち上がるキュリーには、出来るだけ僕達から距離をとってほしいとジェスチャーで伝える。素早く周囲を確認するが、浮かれ騒ぐ人々の中にあの宇宙船で出会った顔はどこにもないようだ。

 僕は怪人と並び、キュリーがその後ろについて歩き出しても。騒いでいる周囲の人々はこちらに注意を向けてくることはなかった。彼らの前で座っていた新しいキャプテンのことなど見えていないみたいだ。

 

「そう。誰も我々の姿をを見つめたりはしない。もちろん限界はあるがね」

「でしょうね。そう思ってたところです」

「ところでこの……不潔で、下品で、希望もない島には何があるんだ?いや、興味があってね。これから世話をしてくれる君が、世話をする相手に何を見せてくれるのかってことに興味がある」

「海産物を使ったアルコールしかないですよ。ここはなにもない場所です。だから新しく作ってる」

「ほう、君は荒野を進む改革者ということか」

「どっちかというと、ここではあなたほどではない腹黒い厄介者ですね。それで、そろそろ話す気は?」

 

 歩く進路を人の少ない埠頭を選んだ。

 

「いきなり核心を突きたいわけだな。自分を賢いと誰かに思わせたいのか?」

「おもちゃにされたくないし。あなたが本当にキャプテンやコスモスが言ってた通りの存在なら、ここに僕と並んで歩いている異常事態が偶然ではないと理解したいというだけです」

「疑り深いんだな。礼儀正しいふりをしても、それは前も変わらなかった」

「地球ではそれを相手を信用してないから、とも言うんですよ……で、本当に人間でも体を悪くする飲み物が自分にどう効果が出るか時間をかけて確かめたいんですか?」

「それはもちろんお断りだ――では本題に入ろう」

 

 足を止めるとお互いが向かい合う。

 身長差は大人と子供だ。こっちは見上げてやらないといけない。

 

「声を下げてください。キュリーに――この会話を彼女に聞かれたくない」

「くだらないことを気にするな。ところで我々に恩があるのは忘れてないな?すぐに返せ。一緒にあの宇宙船にまで来てもらいたい」

「……どんな問題です?僕で何とかなりますか?」

「これまでは多少なりとも見どころのあった連中だったが。今回はあいつらはかなり評価を落としている。警告を笑い飛ばすんだよ、そんな場合ではないと重ねて言っているのに。まったく深刻には受け止めない!」

 

 おおっと?

 

「なんか、切実そうだ」

「追い詰められていると理解してくれてもいい。

 ああ、そうだな。困ってるのだ。君のような腹黒い若造でも助けが必要と思い余ってしまうくらいには。

 せっかく使い物になるまでに育ててやったというのに。くだらないことで彼らを失ってしまうかもしれない」

「おうおう」

「なんだ!?お前も馬鹿にするのかっ」

「いいえ、あなたでも彼らを大切な仲間だと思ってるんだなって」

「……そういうくだらない感情に括り付けても、鳴り響く警告音と危険ランプは消えんのだ。くだらない会話でいら立たせ、怒らせたいのかっ、この原生生物モドキよ!」

「怒らせるつもりじゃなかったんです。それで僕に何ができるんですか?」

「一緒に来ればいい」

「それだけ?」

「ああ、このっ。今度は馬鹿な若造のフリか。

 (うちゅうせん)に乗る馬鹿どもを助けることで借りを返すんだ。お前は腹黒い厄介者なんだろう?賢く振舞ったり、誘惑して思考を失わせ支配したっていい。なんだっていいんだ、彼らを助けろ」

「……まさか、これから?今からっ!?」

「当然だろう、なぜここまで来たと思うんだ。ここに立っているというだけでも重大なリスクを負っているのだ。例えばそれは君の言う、厄介者としての運命がもうすぐ来てしまう前に滑り込む、みたいな――」

 

 最後の例えはよくわからなかったが。今すぐというのはさすがに困る。

 

「いえ、今はダメです。すぐは無理」

「なんだとっ」

「5日、いや3日ください。72時間、そのあとちょっと寄り道してもらうかもしれないけど。それでいいなら喜んで借りを返させてもらいますよ」

「小賢しいお前はそれでなにかが得られるとでも考えているのだろうが。それは大きな間違いだぞ」

「連邦を離れてこの島に来ているのは理由があるんです。ちょうどひと段落着いたばかりだから確かに都合はつきますけど、もういくつか仕事を終わらせておきたい。

 それにちょっとした土産になるものも用意してあるんで、それも持っていきたいんですよ。あれにまた招いてもらえるとは思わなかったけど。念のために用意していたんで」

 

 僕の言葉に大きな体の自称、宇宙人は諦めたように大空を見上げ。汚い空だな、匂いも最悪だと呟くと僕にいいだろうと答えてくれた。

 

「よかった。ありがとう」

「そういう感謝の言葉は必要ない。お前は本当の意味での好意をつまらない理由で無にしてしまったのだからな!

 お望みの72時間とやらでそれについて頭を悩ませ、たっぷり思い知るといい」

「そんなに怒らなくても」

「違う。あれだ、彼を見ろ」

 

 そういうとQは港の一点を指さす。

 僕はその指の先を追うとひとりで寂しく海を見つめるように立っている男が見えた。

 

 漁師ではない。身なりですぐにそれはわかった。

 背中にライフルを担ぎ、ズボンにコート、汚れた茶色のハンチング。船に目もくれず、海の果てをじっと見つめている。まるでそこから恋人の乗った船でもやってくるのではないかと期待しているみたいに。

 

「彼……?」

「来るべき運命は決して変わることはないのだとお前は今日学ぶだろう。では友よ、72時間後に」

 

 声の後に振り向いたが、大男の姿は消えていた。。

 キュリーは驚いて口を開けたまま。何が目の前で起こったのかまだ整理がつかないらしく「えっと」を口の中で繰り返している。

 

「キュリー?」

「すいません、でも。あ、なんかいきなり消えたんです。本当に、いきなりパって」

 

 携帯型光学迷彩発生装置を使われたわけじゃない。

 あれは作動するのに強いエネルギーを必要としていて、動かすと独特の発生音が鳴る。だがあの怪人はいきなり、それも文字通り僕たちの目の前から消えて見せたのだ。

 

 深く考えてもしょうがないだろう。

 

 それよりも最後に残したQのメッセージが気になった。変えられない運命だって?

 僕はもう一度だけコート姿の男を観察する――。

 

「キュリー、あそこに人が立っているよね?」

「あ、はい」

「顔に見覚えがあるかい?」

「少し前にここに来た時は見ませんでした。誰でしょう?」

 

 彼女の言葉に僕の心はざわめいた。

 

 

――――――――――

 

 

 ミゲル・オチョアは鬱々とした島とそこに見える後ろに消えていく廃墟にわずかに興奮を覚えていた。おかげで弱々しい船のエンジン音も気にならない。

 汚れた短パンにロングコート。そして何よりも目立たせたいのか、しっかりと折り目のついた帽子。

 

 それは連邦で広がりつつある希望の証。

 ミニッツメンなら当然のことかぶってなくてはいけないもの。

 

 運転席から感情のない目をした漁師が顔を出し。

 彼の船に乗り込んでいる死にそうな顔で座り込んでいる乗客たちに向かって声をかける。 

 

「あんたらのご希望の港まではあと少しだ」

「ど、どれくらいだ?」

「すぐに見えてくる。そうだな、5分くらいか。

 わかっていると思うが、もう船の中にゲロを吐かないでくれよな。こっちはあんたらを降ろしたらすぐにも家に戻りたいんだ。掃除する時間も惜しい」

「もう吐くものなんて胃の中に残っちゃないさ」

「若いくせに情けないことしか言わないんだな。お前さんたちのボスはあんなに元気だってのに」

 

 船長の言う通り、ただひとりだけ陸地を見て目を輝かせ仁王立ちしているミゲルはいる。

 

 ミニッツメンの方針で立場を変えたガ―ビーは元ミニッツメンたちとの間にしこりを生み出していた。

 ミゲルはそんなひとりと呼べるだろうが、立ち位置としてはだいぶ怪しい部類に入ると言わざるを得ない。

 

 かつてあのロニー・ショーのように、考えの違いからミニッツメンから離脱したものの。その精神は自らが持ち続けて実現すると考えた兵士たちがいた。

 ミゲルはそんな男たちに近づいたが、連邦の平和をねがってはいてもそこには己の栄達もセットになっているような野心だけは大きな若者であった。

 

 だが連邦はそんな兵士たちを痛めつけ、ミゲルたちを自分の同志としようとした元ミニッツメンたちは死んだ。

 残されたミゲルたち若者の元に送られてきたメッセージの主があのガ―ビーだった。

 

 彼らはしばらく様子を見てからガ―ビーの誘いに乗ろうとしたが、それは賢いふるまいではなかったと言える。

 ガ―ビーが顔も名前も知らない。ただ自分たちはミニッツメンの精神を受け継いだのだと主張するだけの集団を信ずることもできず。また、ガ―ビー自身の考えを改めたことで旧ミニッツメンへの復帰が厳しくなったことで、彼らの扱いはさらに悪いものとなった。

 

 そして彼らはガ―ビーを捨てたが。

 まだミニッツメンを利用することだけは諦めなかった。

 

「ミゲル、船長がこの船はもうすぐ――」

「ああ、聞いていた!ファーハーバーに到着だ、友よ。見ろ、この毒々しい世界を」

「それどころじゃないんだよ」

「わかっているさ!だからこそ我らミニッツメンが慈愛の手を差し伸べてやるんだ。連邦だけにとどまらないその勇気と決断力を、我らの将軍はひとりで発揮なされている。急いでお助けしないとな!」

 

 そういうとミゲルは部下たちの方へと体を向ける。

 

「もうすぐ上陸なんだぞ!いつまでも死にそうな顔をするな、シャキッとしろ。

 希望なき島で震えて暮らす負け犬共の前で。我々は列をなし、将軍の前に立って『我らミニッツメンに忠誠を誓う者なれば、お助けに参りました』と告げなくちゃならん」

「本当に、あんな島に将軍が?」

「情報を確認したと報告も来てるんだ、心配はいらない。

 我々はあの島で将軍と共に新たな伝説を生み、再び将軍と共に連邦に帰還するのだ。伝説のミニッツメンなどとおだてられ。ガンナー族どころかB.O.S.にも何もできないガ―ビーなど、所詮はあんなもの。

 

 だからこそ我々の未来は将軍と共にある!

 この認識に正さねばならないっ。

 

 間違っているものを正さなくちゃならない。

 大きな仕事だ、困難な任務ではあるが、なにもできないでいる無能なガ―ビーにただ悩まされるばかりの連邦の同胞たちに教えてやるのだ。

 目を覚ませ、と。我々が従うべきは将軍であり、伝説とやらで大きな顔をする腐り落ちたミニッツメンの生き残りなどではないとな!」

 

 帰還する将軍の隣に自分が兵士たちを従え。

 それを呆然と迎える同胞とガ―ビーの姿を思い描くだけでミゲルの心は高揚感に包まれる。

 

 宇宙(そら)と連邦からファーハーバーに新しいトラブルがやってこようとしていた。




(設定・人物紹介)
・シンプトマティック
メッドテック社製の自動医療装置。
治療装置ではないので、検査や治療など用途別に戦前の医療施設に用意されていたと思われる。

電力ではなく、フュージョン・コアで動くようだ。
非常に高性能ではあったが、医者が必要ないというほどではないらしい。


・死にかけたって?
病気に感染するとちゃんとVaultボーイが認識して警告してくれる。
原作では能力が低下する程度で、飛び回ったり、泳いだり、戦ったりもできるが。普通に考えてそんなことができるはずがない。

頑丈すぎるぞ、Vault居住者。

・マリーン・アーマー
戦前に使われていた軍用のアーマー。
放射能を含めた防御性能は悪くはないものの。ヘビーアーマーのカテゴリではないので少しだけ性能が落ちる。あと重量がノーマルだと厳しい。

名前の通り海兵隊に配備されるものだったようで。水中から陸上へと移動を考えた最新鋭の装備だった模様。インナーにアンダーアーマーも装着できるのでさらなる防御値を期待できる。

原作だと島の中を探し回って集めなくてはならないが。アレンもひとつ持っていたようだ。

・宇宙人Q
彼をはじめとした宇宙船については61話から。
アマゾンプライムのスター〇レックで、元ネタが新作で戻ってきてくれてるのでとても嬉しい。

・タイミングを間違えないように
この後のバーサがなにをしたのかは、原作をプレイするとわかる。

・来るべき運命は決して変わることはない
未来は予知できるのか?できたとしてそれを回避できるのか?できてしまうのか?
そもそも回避できてしまうような余地は、未来を知っていることとは違うということでは?


・ミゲル・オチョア
恐らく今後触れることはないと思われる彼のそのほかの設定について。

コーヒー色の肌をした南米系。31歳だがもっと若く見られる。薬とアルコールを愛しているが、それがなくとも陽気と妄想で楽しくしていられるムードメーカー。
ライフル弾を使うパイプガンと連射式のレーザーピストルを使う。

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