次回は20日あたりを予定。
ファームでひと仕事を終えて戻ってきた僕は、夕刻の居住地からまだ元気な木槌の音や怒鳴り声が聞こえてくるのを見て目を細める。
――また人が増えてる
あまり深く考えずに”拙い作業”などとクサしてしまい、激怒されてしまったが。考えてみればこういう風に仕上げられてこそ、感じる希望ってやつもあるのかもしれない。
にぎやかさにさそわれて近づいてきた人々は、この先ではきっとこの場所を愛してくれるはずだ。
「お、戻ってきたんじゃん」
「ケイト。お疲れ」
「ひどい放射能だって聞いてたけど。見たところあんたに新しい腕は生えてないみたい」
「そのかわりに持って行った水とRADアウェイは空っぽだよ」
ダルトン・ファーム――今後もそう呼ばれるであろう居住地は手に入れはしたものの。
ヌカ・ランチャーが自壊しかけるほど激しい攻撃は、放射能が土地をさらに汚してしまった。
そこで僕は今日。居住地の中央にテントを張り、周りを5角形に足場を組んで簡易的な壁を築き。ターレットを配置してなにものも侵入できないようにしてきた。
当面はこれで時間を稼ぎ。アメリアやコズワースらに材料を集めてもらう。連邦から持ち込んだなにもかもはすでに吐き出してしまい、人も資材も足りてない。
「つまりいつもの冷えたヤツに飢えてるってわけね。いいよ、つきあってあげる」
「珍しい」
増築された3階に作られたテラスから見下ろすと、レオさんやパイパーらがのんびりと後片付けを始めている。
ケイトがやってきて、冷えたヌカ・コーラをくれた。
「……あんたは――いや、ボスはまたやったんだね」
「なに?」
「人助けってやつ。馬鹿なことをしてるってずっと思ってたけどさ」
「馬鹿馬鹿しくて逆に呆れたって言いたいの?」
「そう、それ!」
お互い苦笑するしかない。
「僕がひとりでやったわけじゃない」
「どうだろうね。あのレオとボスだけが、本気でこんなことをやった。あんたたちがいなかったら、こんな陰気な島なんかにはいなかった」
「そうかもね」
「なのにまだ馬鹿をやろうって思ってる。そうなんでしょ?」
「――聞いたか」
「ニックが来てレオと話したんだ。で、パイパーもマクレディもキレた」
「戻るのは明日にするべきだったかなぁ」
「つまらない冗談。それより本気?キャプテンなんちゃらいうの」
彼女は珍しく茶化しもしない、シリアスな表情で聞いてきた。
なんとなくホルスターから銃を抜き、クルクルと手の中で遊ばせてから戻そうとして――失敗しかけた。手の中から滑り落ちそうなところを、慌てて拾い上げる。
「失敗した」
「ダサッ」
「指先が器用な奴に言われて傷つく言葉」
「何でも知ってて、なんでもできるくせに。ピッキングは本当にさっぱりだよね」
「僕は完璧じゃないって証明だよ……人間らしい」
つい、余計なことを口走ってしまう。
だがケイトはそれを別の意味にとらえてくれたみたいだ。
「キュリーは何も言わない。話そうともしないんだ」
「そりゃそうだろう。キャプテン・ダンスの情報はキュリーから教えてもらったんだから」
「はぁ!?」
「ここに上陸した日に、港の医者の所に行った。彼が抱えている患者の病状なんかでかなり盛り上がったら。患者との距離について嘆いて、悩んでるって話になったらしい」
「なんだよ、それ」
「どうやらかなり深刻な悩みだったらしいよ。医者を信用しない患者が多くて困ってるって。
で、なにか可決できる方法はないかとなって――」
「最悪の自殺方法を見つけたわけか」
「キュリーもそれはわかってた。でもお前はここにきて酒場で連日パーティだし、僕が調べだすのも時間の問題だからって、話してくれた。少し時間が必要だったみたいだけど」
雲に隠れた太陽はいよいよ地平線へ隠れようとしているみたいだ。
森の中に闇が忍び寄ってきていた。
「ねぇ、ボス。ここが潮時だって思わない?」
「……」
「あんたはミニッツメンだし。レールロードとか、ハンコックの相棒にもなれる。気に入らないだろうけど、あのヌカ・ワールドの連中のボスになるのも悪くないじゃないか」
「僕がレイダー?笑える」
「力があって、キャップがあればどうにかなる。あんたならどうにかできる、違う?」
「――ケイト。それは妄想だよ。どんな時代であっても、人が作り出す社会ってやつにはそれがある。
大金で美味い酒、飢えることのない食事。男女を問わない肉欲と薬におぼれ。わずかな不愉快も許さずに暴力をふるって他者を支配する。人はもうあるんだから問題はおこらないって思いたがった。でもそんなわけがない。僕にその仲間になれって?」
「自殺するよりはイイじゃん」
「考えたこともない……これはカッコつけすぎだね。事実じゃない。ああ、考えないことはない。でもそれは一瞬だけ」
「一瞬だけ?それともあたしが言ってることも馬鹿だから気に入らないって?」
「そうじゃないんだ。ケイト、僕にはできないんだ」
「どうして?」
「僕は自分の過去がわからない。覚えてないみたいだ」
ケイトは息をのんだ。でもすぐに食いついてくる。
「だから?糞みたいな過去がわからなくたって、別にいいじゃん」
「その過去のせいで誰かに追われてる。そして奪われた、僕の意思。僕の自由を」
「それは――」
「だからハンコックの相棒を殺した。苦境に追い詰めてしまった」
Vaultからレオさんと共に這い出してきたあの日からの一日一日は強烈で。
だからこそ傷口は癒えることなく、怒りを原動力にして進みながらも、その毒に僕はやられてここにいる。よいことはしていても、僕は絶対に善人にはなれない。
「正直な話をするとさ。もうどうしていいのかわからない」
「え?」
「そう、僕は器用なんかじゃない。でも間違いは繰り返さない。
そう思って、人知れずに動くことに注意したし、ひとりにもならないようにした。けれどそれでもレオさんは僕のせいで襲われた。そして僕はそこにはいなかった」
「あたしらを気にしてるってこと?」
「馬鹿をやるおかしな僕にある確かなことはただひとつ。仲間で、友人たちがいるってことだけなのさ。ひどく哀れな話だよ。
君らがいなければ僕の世界はどこまでも小さくて、救いようがない状況に震えることしかできなくなる」
「……」
「だから記憶を追う。結果、僕を追う奴らの背中を追い続ける。
相手も僕の背中を追ってる。追いついてまた僕を奪おうとしている。犬が自分のしっぽを追うようにぐるぐると円を描いて走り続けてる。でも、どちらかの手が先に相手の肩に触れたらそれは終わる。この恐怖も終わる」
ケイトもテラスから地上を見下ろしてみた。
森の中からやってきた女が腕をひねったとかなんとか、キュリーに訴えている。ケイトなら腕が折れてないか確かめたら、サボるつもりかと怒鳴りつけて尻をけり上げるだろうが。キュリーは真面目に訴えに耳を傾けつつ、診断を続けていた。彼女はうらやましいくらいかわいらしく、誠実だ。
――仲間、か
「過去がないって、ずっとうらやましいと思ってたよ」
「連邦じゃ問題にしかならないよ。ここでは記憶がない、と聞いてまず考えるのは人造人間かどうか。気軽に笑い話のネタにもできない」
「じゃ、ちょっと試そうかな。ひどい過去を持つ女の話ってやつ」
「――誰?」
「あたしの話。正直に言うけど楽しい話じゃない。あんたがあたしに何を言うのかも想像できないくらい」
「本気?」
「そっちが自分を馬鹿だ馬鹿だって繰り返すもんだからさ。まるで自分が馬鹿じゃないみたいな気になって。ちょっとおかしくなってるのかも。それで?聞くの?やめる?」
どうやら感傷的な気分は伝染率が高いようだ。
もちろんだが面白いことを言い出したケイトに続きを聞かせてもらう。
「両親っていうクズはいたけど、兄弟はいなかった。不満に思ったことはないし、いなくて本当に良かったと今でも思う。子供だったけど、あいつらがクズだとわかってもなんとかやっていくことはできるって思ってた」
「かなり厳しいスタートだな」
「本番はまだまだ先だよ。だから言った、後悔するってさ――そんなクズでも愛そうとしていた自分が間違っていたってちゃんと理解したのは18の誕生日。
そこまで我慢して追い出さなかったことを感謝しろって感じでさ、奴隷商人を呼んでた。そして拘束したあたしのことを売りやがったんだ。あいつらはポケットの中のキャップの重さに満足だけしていて、売られていく自分たちの娘の事なんかなんとも思っちゃいなかった」
「それは。さすがに。なんと言えばいいのやら」
「わかってる、だから最後まで言わせて――それからの日々は思い出したくもない。不愉快なだけで、ムカつくことばかりだったのは確か。それでも何とかしようと思ったら、自由がなくても自分で何とかするしかなかった」
「奴隷商人なら商品は逃がさない。自由になるなら、自分で自分を買った?いや、まさかね」
「やっぱりお利口さんは違うね。でも、そう。まさしくそれをやったんだ。
寝ている男たちのポケットから少しづつキャップを集めた。5年かかったけど、ようやくキャップを奴らに叩きつけてやった。あいつら、顔色も変えないでお前は自由だって言って荒野に放り出してくれた」
「まだなにかありそうだ」
「当然。追手がすぐに差し向けられたんだ。
商品が自分で客からキャップをくすねて自由を買った、なんて言いふらされたらたまらないってね。こっちもそうなることは予想していた。だからわざわざ危険だって言われてた場所に逃げ込んで追手を誘い込んだんだ」
「計画を立ててたんだな、賢い」
「少数のスーパーミュータントがいた。そいつらは武器も持たずに逃げる女じゃなく、武器を持った奴らに襲い掛かっていった。少しだけ隠れてから、戻って生き残った奴らをこの手で殺したんだ。これでもう追われないと安心したよ」
「そして自由を手にした?」
「違う。終わりじゃなかった。そう思ってしまった。
大声をあげて泣いているつもりだったけど、実際は逆で怒りまくってた。武器を手にしたら、残る仕事も片づけなきゃいけないって思った」
まだ地上に残されたわずかな光が、暗い目のケイトを浮き彫りにする。
「家に帰ったんだ。あいつらはまだそこにいた。
信じられないだろうけど。鍵のかかった扉を思いっきり何度も蹴って、罵声も浴びせてた。だからもう中にいる2人は逃げててもおかしくなかったのに――」
「そうじゃなかった?」
「そんな時だけ神様は願いをかなえてくれたんだ。ショットガンを手にした怒れる娘が扉を蹴破って入ったまさしくそこに!あいつらは震えていた」
「……」
「撃ったよ。弾をはずしたりなんかしない、2発で終わらせた。で、わかったんだ。
これで本当に自分は終わったんだって。なにもなかった18年、奴隷としての悪夢の5年。それが私の人生の全部だった。ただそれだけ」
「終わったというなら、なぜまだ苦しんでいる、ケイト?」
「だよね。親を殺した自分がどんな顔をしてたかなんて、もう思い出せない。わからないよ。
こっちはただ、ケジメをつけたかった。そしてわたしはやりきった、満足はしてる。でも思い返すと不安になるんだよ。自分はもっと別のやり方があったんじゃないかって。怒りを言い訳にして、簡単で最悪のことをやってしまったのかもって。それが自分を、より哀れにしてしまったんじゃないかって考えちゃう」
「それはわからない」
「本当に!?」
「方法は確かにあったかもしれないが。ケイトに選べる選択肢は多くはなかったと思う。
自分に必要なことをしたことは間違いじゃない、よくやれたと褒められることだ。でも誰もがケイトと同じ選択をするとは言いきれない。そして違う選択がお前を安心させることはなかったと思う。苦々しい結果しか残らなかったのは残念だ……」
「自分をほめるだって?そんな風にいわれるなんて思わなかった」
「本気で言ってる。ケイトには才能もあるし、勇気もある。だから信頼してる。つらいことでもこうやって話してくれたことも嬉しい」
「記憶がないくせに女を喜ばせる方法は知ってるみたいだね。なんか想像してたよりも悪くない感じがするよ」
わずかな笑顔、なかなか見せないからかわいいと思うが。すぐにそれも別のものになる。
「ボスも止められないんだね」
もう隠しきれていない憎悪をみられて呟かれてしまう。
わかってる。でも僕にも選択する余地はないのだ。真っ白な記憶は奪われたのなら取り戻したい。さらに奪いに来ると言うなら、許したりは絶対にしない。
「止まる理由がわからない。知りたいとも思ってない」
「ならもう少しだけつきあってあげる。やってることは馬鹿げてるけど、あんたはキャップを持ってて払いも悪くないからね」
すっかり夜になった森は陰鬱さを増す。だが、ここにある光でそれを恐れることはない。
――――――――――
ディーマは自分が集中しすぎて聞き間違えたのかと思い、もう一度目の前に立つ友人のひとり――不安そうなファラデーに「すいません、もう一度お願いします」と言わなければならなかった。
「だから、商人が来たんだ。例の外から来た、大量に買い付けていったらしい」
「――ああ、それはよかったではないですか」
「なにがいいんだ、ディーマ」
「あなたが不愉快に思う理由がわかりません。私も商売には疎い方ですが、我々との間で正しい取引がされたということは決して悪いことではないはずです」
「違う、君は全く勘違いをしているよ」
「彼らとは話をしました。目的はわかっています、カスミのことでは彼らと結論を同じにしました」
「なんだって!?いや、だから違うんだよ。そっちじゃない、そのあとに来た怪しい連中の事さ」
ファラデーは自分の不安が伝わらないことに焦れているようだ。
ディーマの頭にはレオの姿が思い起こされたが、どうやらファラデーはアキラのことを言っていたらしい。
「確かにブルックスは満足してた。でも彼が取り引きした内容をチェックしてみたら、不穏なものを感じた」
「彼は危険なものは商品にはしません、そういう約束ですから」
「アルミ、銅、電子装置、ゴム。どれも普通の人間なら欲しがらないものばかりだった」
「彼らは武器を使いますし、生活に新しい動力源を得ようと思ったらそういうものが必要でしょう。あなたは心配し過ぎです」
「やっぱりあの島の外から来た連中は危険かもしれない。港のそばにおかしなものを作ったのも、彼らだった」
ファラデーは優秀な人造人間の技術者ではあるが。ディーマへの――いや、アカディアへの忠誠心の高さが時にこのようなわずかな変化に動揺してしまうことがあった。
自信をもって大丈夫だと繰り返し伝えれば、彼の不安などすぐに消えてくれるだろう。
「取引したいと申し出てきた人間との最初の取引がうまくいったから、彼らは危険?まったく話になりません。
落ち着いて、冷静になって。よく考えればおかしなところはどこにもないとあなたにもわかるはずです」
「いや、でも――」
話しているところにいつものごとくむっつり顔のチェイスもやってきた。
「話がある」
「チェイス!見てわからないのか!?ディーマと僕はまだ話している最中なんだがっ」
「緊急の、報告がある。すぐに終わる」
「わかりました、チェイス。報告を聞きましょう」
「――例の、受け取りに失敗した人造人間の彼はダメだったと知らせが来た」
「そうでしたか。残念です……しかしチェイス、あなたの失敗ではありません。気を落とさないでください」
アカディアを目指してたどり着けない人造人間の運命は過酷だ。
だからこそ必死に腕を伸ばしてくる彼らを、こちらからも腕を差し出すことで守ってやる。だが時に手が滑ったりなどすれば、次のチャンスはないことが多い。
「ん?ちょっとまて、チェイス。それはなぜわかった?」
「だから今言った。知らせが入ったんだ」
「誰がそれを調べたのか、と聞いてるんだ。お前はここの警備でずっといた。まさか港の潜入者に調べさせたんじゃないだろうな!?」
新しい不安をファラデーは見つけてしまったようだ。
「そんなことはしない」
「ならどうしてわかったんだ!」
「先日ここにやってきた、人間のひとりが知らせてくれた」
「なんだって!?」
「ファラデー、静かに。チェイス、どういうことですか?」
少し話に興味が出てきた。
「男に話しかけられたんだ。色々あって、たまたま話題になった」
「あいつらはここに来たばかりだったんだぞ!君は警備担当としてっ」
「ファラデー!チェイス、続けて」
「探しに行けなくて困っていると言うと助けてくれると言われた。結果を出して失望させないなどとやたら自信ありそうだったから、期待せずに頼むとだけ言った」
「彼は期待通りの結果を出したというわけですね」
「ディーマ、そうじゃない!チェイスはたったそれだけで人間を信じたのが問題なんだ」
「私はチェイスは間違ってないと思います。それに結果は出たのでしょう?
ところで報告とはどのようなものだったのか。私にも聞かせてください」
「調査結果、だと言っていた。
港から逃げ出した後、あの廃墟の中でずっと隠れていたらしい。ところが長くいたせいで運悪くトラッパーに見つかった。残されたものから特徴と人造人間の装置を発見したから間違いないだろうということだ」
「そういうことでしたか。繰り返しますが、とても残念です。ありがとう、チェイス」
会話を切り上げ、まだ不満そうなファラデーと自分の仕事に戻るチェイスをみるでもなく。ディーマもまた自分の作業へ戻る。
集中力を取り戻すディーマにはもう、ファラデーの不安も、チェイスが救えなかった仲間になれなかった人造人間のことも残ってはいなかった。
――――――――――
騒がしい港からこっそり抜け出したスモール・バーサの表情は厳しいものだった。
先日より、港の子供たち――孤児たちに接触を繰り返す存在とこれから対面しなくてはいけない。ポケットの中の折り畳みナイフを握ることで何度も確認する。
互いを守りあうしかない港の子供たちは、大人たちの前では沈黙して従うことを強要される。
だがバーサはそれをしない。自分を主張し、相手を引かせるためならナイフを振り回し、自分たちは放っておいてくれ。近づいてくるなと警告もする。
その姿に恐れた大人たちは影でバーサを狂っていると噂しているが――それで子供たちが守られるなら別に構わないし最悪の事態になってもしょうがないと覚悟はしている。
そんな彼女でも、気分屋の港の大人たちから離れられない。
いつものように店先で面白くもなさそうな顔で客を待っているブルックスの前を通り過ぎようとすると、いきなり呼び止められた。「最近、お前のところで見る子供たちが外に出ているのはなにかやってるのか?」と言われた。
めったにないことがおきると人は信じてしまうらしいと言うが。
バーサには少し心当たりがあった。
廃墟の町の中をすすむのは嫌だった。
そこを満たす霧からは死の匂いを感じ取れそうで。するとあの港はただ死を前にその時が来るのを待つ老人たちを連想し、まだ子供と言われる自分も生きることはできないのだと思い知らされてしまうから。
噂では最近、ここに隠れていたトラッパーに誰かが襲われ食べられたらしい。
だからバーサは皆に外に出ないよう注意もしたのに、彼らはバーサに隠れてこんなところをさまよっている。
――霧が狂わせているのさ
埒もない考えが頭をよぎってしまった。
狂っていくのは大人たちだけだ。自分たちは違う、子供はひとりでは生きてはいけない。
覚悟を決めた。
次に家の中に飛び込むと怒鳴りつける。
――何してるの!
――それを置いて、家に帰れっ
目に飛び込んできたものが想像とは違い。子供たちは床に寝そべり、与えられたコミックを読み散らかしながらニコニコと楽しげだったことに安堵した。でもバーサの厳しい声と表情に変わりはなかった。
急いでここから帰さないといけない。
すぐに「やべ」「バーサだ」「ごめんなさい」と本を放り出してバーサの前を抜けて家を飛び出していく少年たち。だが、全員ではなかった。
「ね、もうちょっとだけ。もうちょっとだけいいでしょ?」
「帰れ。港の外に出てはダメだって、教えたでしょ」
「マンタマンの12号なんだよ。悪い叔父さんに騙されて大変なことに――」
「それを置いて。帰るの!」
少年は未練たらたらで聞くつもりはないようだが。バーサも入口の脇に立ったままそこから動けない。
ここが唯一の脱出口なのだ。
一歩でも中に入り、少年の手をつかんで本を手放させ。言うことを聞けと空いた手で張り飛ばしたい衝動は耐えなくてはいけない。ここに来たバーサはひとりなのだ。
家の中に深く入れば、それがネズミモグラの罠となって自分達の退路を失うかもしれない。
悲しそうな顔で哀れを誘おうとする子供にバーサは心の中では「はやくここから逃げてくれ」と繰り返すが、願いはかないそうにはなかった。
フフッ。
乾いた笑い声がして、それまで黙って動かないでいた。汚れのない恐ろしく真っ白なスーツ姿の男が口を開く。
「まぁまぁ、そう怒らないで。彼らはここでただ私のコレクションを楽しんでいただけなんですから」
「でも終わり。もう帰るから」
「バーサ!」
「彼の気持ちも考えてあげましょう。ああ、そうだ――」
スーツと同じくらい真っ白な帽子の下から危険な誘惑の言葉が紡がれていく。
「マンタマンの12号ですか。『悪は我が前に倒れ行く!』それがマンタマンだ。お魚と話せるだけと嫌う人も多いが、君はなかなかのツウのようですね。将来は立派な海の男になれそうだ」
「そんなのはどうでもいい。さ、帰るの!」
「そんなに怒鳴られたら彼もつらいでしょう。ああ、そうだ。そのコミックが気に入ったというなら君に”譲ってもいい”、かな」
止めることはできなかった。
男の言葉に少年の顔こそ悲しげなままだったが、内心では喜んでいたのは明らかだった。
そして彼は素直に喜びを爆発させる。「ありがとう」の礼もなく。1冊のコミックをしっかりと胸に抱きしめたまま、脱兎の如くバーサの前を駆け抜け出ていってしまう。一瞬のことでバーサは動くことができなかったのだ。
廃墟の家の中に無言だが、緊張の空気はそのまま残っていた。
バーサは動けない。いや、もうここから出ていけないかもしれない。心臓がドクドクと早鐘をうつ。この沈黙は永遠に続いてほしいが、そうはならない。
白いスーツの男――サカモトは柔らかな笑みを変えないままバーサに話しかけてきた。
「おやおや、彼は帰ってしまいました。あなたの希望通りだ」
「……私も帰るわ」
「ではご一緒しましょう」
「なんであんたなんかと一緒に!」
「それはあなたに証人になってもらうためです。あの少年が、私のコレクションでもある商品を盗んだ、その目撃者として」
「なんで私がそんなことっ」
「やりたくない?」
「当然でしょ」
「なら、港の代表者の前でそう証言してみればいい」
「島の外の奴らの話なんて、この島じゃ誰も信じたりはしないよ。あきらめな」
「どうでしょうね。なかなか難しい問題だ。嫌いな島の外から来た商人と、手癖が悪くなった親のいない子供の言葉。港の大人たちはどちらを信じると思います?」
負けだ――考えるまでもない。
このまま強気を通して「間抜けなあんたは笑われるだけよ」と挑発することもできる。だけどそれでもこいつがあきらめなかったら?
祈るしかない、奇跡が起こることを信じないといけない。
港の大人たちが味方をしてくれなければ、待っているのは最悪の展開だ。相手が子供でもそれが盗人なら島の大人たちには容赦しない。仕置きだといって動けなくなるまで殴られて、つばを吐きかけられ。動けなくなったところで港から放り出される。なんなら海に放り込むかも。
そしてバーサまでもが証言を――あの少年をかばおうとしたと見られたら。
弟を含めた全員に連帯責任があると言われたら。
これが目障りな港の子供らを排除するチャンスだと大人たちが考えていたら!
「あのコミックを買う」
「本気ですか?」
「買うわ」
「150キャップ」
息をのむ、殴りつけられたかのような衝撃にめまいを感じた。
バーサの全財産の10倍以上の値だった。
「ふっかけるつもり?」
「ご存じないのでしょうがね。正当な値段です」
「嘘だっ」
「マンタマンはボストンでは人気がなくて、リーフはあまり出回っていなかった。普通はそれで高い値が付けられるものですが。繰り返しますがお魚と話せるだけのマンタマンは人気がないのでこの値段ですむのです」
もっともらしい話だが、バーサにそれを崩せるような材料は何もない。
だがここで決着をつけなければダメだ。
「哀れなものですよね。自分を一番愛してくれる親がいなくなった時点で、そんなものはもうこの世界のどこにもないと理解しなくてはいけないのに。
勝手に自分の都合のいいことが起きる。そんな未来が自分にはまだあると考える。卑怯と愚かさに年齢は関係ありません」
「なにがいいたいの?」
「あなたに助言しているんです。あの少年はさっき自分の未来を決定したのだ、とね。
人は変われない。あの少年もあなたが嫌う大人たちの仲間に入るしかない愚か者です。こちらが少年に好意を見せる理由は?それがわからない。賢い君が、そんなものにつきあってもしょうがない」
「見捨てろって?」
「先日、港で君らと話した時。君には強さ、賢さ、優しさを持っている女性だと思いました。
あそこには負け犬しかいませんが、その中で君には見どころがあると思いました。だから今回も賢く振舞うことで自分と助けたい子供たちを守ればいい。そうでしょ?」
サカモトが――男が何を言っているのかわからなかった。
でも気持ち悪い、それはわかった。こちらの味方をしているようでいて、実際は苦しみを伴う判断を下すバーサを嬲って蜜のように舐めあげて楽しんでいる。そう思った。
「ああ、そうでしたね。弟さんのこと、覚えてますよ。守るのは同じ親のいない子供ばかりじゃない。
あなただけの本当の家族が港にはいる。彼を苦しめたり、捨てたりはしたくないはず」
バーサの心が痛む。
彼女の弟は――普通とは少し違った。昔、医者が何かつぶやいていたのを聞いた気もするが忘れてしまった。
なんとかしたい、してあげたいとは思うが。キャップがないので医者に診てもらうこともできず、薬もない。自分が世話する以上のことは何もできていない。
「なにかがおこって港に彼がひとり残されたらどうなるでしょうね?今の君のように、子供たちを集めてなんとかやっていける?」
「やめて!」
「……」
「わかった。わかったから」
どうするかはもう心の中で決まっていた。
それは嫌だけれど、本当に嫌だけれども。他に方法がない、覚悟しなくちゃいけない。
「キャップは出せない。でもあの子は許してあげて」
「泣き寝入りをしろ?本気ですか」
つばを飲み込む。
これから自分が口にすることの嫌悪感から体が震える。だが同時に、ポケットの中で握りしめていたナイフから力を抜いていく――。
「私を好きにしていい。何でも言うことを聞くわ」
「おやおや」
「でも!奴隷として売られるわけにはいかない。弟を置いてはいけないから……ここで終わらせて」
「注文を付けるわけですか。強気なのはいいですが、今の自分の価値で150キャップが相殺されると考えるのはうぬぼれが過ぎるとは思わないあたりが傲慢だ」
何も言えない。
でも全部は奪わせない。だからポケットの中にまだ手は残してある。
「ダメだと言ったら?」
「150キャップはない」
「……ま、確かにキャップはないでしょうね。他の方法をで妥協点をさぐるのがいいかもしれない。ところで、少し世間話でもしましょうか」
「え?」
バーサは混乱する。世間話?今するの?
「今日の港はどうですか?」
「どう、って?」
「力を抜いて、なんでもない話です。ここに来る前、なんかざわついてたのを見たのでね。それがトラブルでなければいいな。そんなことです」
「よくわからないけれど。そうね、ちょっと騒がしかったかな」
「ああ、やっぱり」
「あなたと同じ外から来た人――」
「誰のことを言っているのか知りませんが。別に知り合いじゃない」
「とにかくその人達が来て、キャプテン・アヴェリーに『キャプテンズ・ダンス』をするとかなんとか」
「キャプ?――それはなんです?」
「よくわからないけど。言い伝えみたいなやつ。武器をもって危険な場所で夜中から朝まで生き残れっていう」
「なるほど、なるほど」
サカモトはただ重複して首を縦に振っていただけだったが。
バーサにはそれが動揺を隠そうとしているようなしぐさに感じた。いや、気のせいかもしれない。
「彼らは――その人達はこれからどうなるんです?」
「さぁ?よくわからない。キャプテンが誰かを何人かつけて今晩にでもやるんじゃないかな」
「おかしなことをしたがる人もいるものですね」
言いながらサカモトは立ち上がる。
入口そばの壁の前に立つバーサの退路を塞ぐ――。
「覚悟はできているようですが。あなたも私にはわからない決断を下しました」
「考えは変わらない。仲間は、子供たちは守るの。お互いに」
「あの愚かな子がこの先の未来であなたを救ってくれるといいですね。でも私はそんなことはないと忠告しておきましょう」
サカモトの腕が肩に置かれ、指がバーサの顎を持ち上げた。
―――――――――――
夜、めずらしく国立公園案内所の入り口にパイパーとディーコンが並んで立って居住地の中を眺める。
数日という時間がすぎて陰気なだけの廃屋には明かりがともった。見張り台や足場が追加され。防衛用のターレットや街灯も動いている。もうまったく別物となっていた。
「いい味がでてきてるんじゃないか?ここも」
「まぁ、悪くはないよね。というか、自分がこれをやってのけたっていうのが少し驚きかも」
ディーコンの誉め言葉に指先を傷だらけにしたパイパーはまんざらでもなさそうだ。
不思議な満足感を持っていた。これまでは記者として人々に訴えてきたが。今回は何も考えずにただ行動した。
いい経験ができたと思うし、もしかしたらあのアキラは自分にも学ぶチャンスを与えてくれたのかもしれないとすら思う。居住地を立ち上げるというものはやってみると大変で、あの若者が連邦でこんなことをいくつも同時にやってのけたなんて驚くしかない。
同時に、決して高くない自己評価の空白欄に悲しいランクが書き込まれてしまった。あのケイトよりもさらに自分が不器用な女だとわかってしまったのだ。
乱暴に誰かをぶち殺せる女は、金づちの振るい方も資材の扱い方も上手かった。信じたくなかったがそれが現実だった。
「作業は今日まで、なんだって?」
「うん。なんだかんだで人が4人くらい来ちゃったし。ブルーも新しい入居者へのメッセージを発信しはじめた。これからもっと人が増えるだろうって。なら、ここのことは彼らに早くまかせたほうがいい」
ブルーとアキラ、2人はさきほど港から共に来た見届け人たちに囲まれて通り過ぎて行ってしまった。
彼らが望んだこととはいえ。今夜、彼らは化け物の巣に踏み入って地獄を覗き込むことになっている。なのに彼らを助けるためにここに来た友人たちは誰もついていくことを許されない。ただ無事に戻ってくることだけを信じて待つだけの夜。
ダルトン・ファームにはストロングが犬のカールと共に番をすることで退屈な時間を、少しでも襲撃者と戦えるチャンスを得ようとし。パラディン・ダンスは浮島の砦へとアメリア・ストックトンと共に戻った。
ロングフェローは今夜も通いなれた港の酒場で過ごすのだろう。心配で港まではついていったケイトとキュリーもおそらくはそこにいるはず――今夜は誰にとっても眠れない夜になりそうだ。
駐車場の入り口に並ぶ街灯の下には、屋台といくつかの円テーブルと椅子がおかれ。
そのひとつの席にマクレディがバーボンを抱えてうなり声をあげていた。彼にしては珍しいことに今日は昼間からずっとこんな調子なのだ。
そんな傭兵を半ば呆れながら見守る老探偵は、新たに設置された屋台……アメリア商会最初の1号店をまかされた空腹のチャーリー・ランキンと話している。
彼はディーコンらが注文したリスの串焼きを器用な手つきで焼いていた。
「――おいしそうだ、手際がいいんだな」
「死んだ親父は漁師でしたから。食うものはお前が作れるようにしろと、教え込まれた」
「ほう、あんた漁師だったのかい」
「それが違うんですよ。ランキン家は6代前の爺様がこの国に来て、その息子の代にこの島に来たと聞いてます。それから漁師をやっていたのは親父の代まで」
「なにかあったのか?」
「ある日、爺さんが親父を港においてひとりで船を出して戻らなかったんです。
このあたりの海にはレッドアイって伝説の化け物がいるってハナシなんですが。そいつがいるって場所の近くで船の残骸が残されてたのが発見されました」
「そりゃ気の毒だったな」
「俺は別に……本当に気の毒だったのは親父です。同じころに母を亡くして、爺さんが船を道連れにくたばっちまって。もう俺を漁師に出来ないって落ち込んで酒浸りに」
「そうか」
「悪いことは続くもんで。親父もあっという間に体を壊して、霧の中に消えちまった。俺も追いかけるように港を出て霧の中へ――でも、へへへ。不思議な話でまだこの通り死んでない」
「漁師になりたかったのかい?」
「どうでしょうね。実は爺さんたちが漁師をしてたのは本当なんですが、別の商売もしていたって聞かされてて」
「ほう」
「今のこの島じゃ考えられないですが。ここに来た観光客?そういう奴らに釣り具を貸し出したり案内していたりしてたそうなんですよ」
「それはツアーガイドってやつじゃないか?」
「ああ、そんな感じのことも言ってたかな。でもなにもかもがおかしくなった後じゃそんな商売はやれなくなっちまった」
「つぶれたのか?」
「それがここからが面白いことに商才のあるご先祖が”釣り学校”って名前を変えて続けようとしたそうなんですよ」
「なんだい、そりゃ?」
「海も川も、山さえも危険になっちまって。漁師は親から子へ技術を教えるって伝統があったんですが、それが難しくなったんですよ。漁に連れ出した子供を失ったって親が多かったとか。
そこでそのガイドってやつをやめて、漁師にさせたいって子供らを集めて授業をやったんだとか」
「なるほど。そりゃおもしろいな」
「ただそれも爺さんが潰しちまったんだそうです。あんまり覚えてないんですが、どうやら爺さんは家族以外との付き合いが好きじゃなかったらしい。覚えが悪いと殴る蹴るを繰り返し、喧嘩が絶えなかった。
自分の親がやってた学校が嫌いだったんでしょうね。ひい爺さんが死んだら家族には何も伝えずにいきなり『やめる』といって店を畳んだ。船があれば漁師ができるって言ってね」
「随分と乱暴なんだな」
「親父はだいぶ恨んでましたね。結局、その船も爺さんが沈めて漁師もできなくなった。爺さんが嫌われていたんで、誰も助けてもくれなかったんですよ」
チャーリー・ランキンの苦い過去を聞きながら、ニックは串焼きがいい色に変わっていくのを見つめていた。
「今日はなんていうか。自分の人生で一番いい日になりました。
親父も生きてりゃこの俺を見て喜んでくれたんじゃないかなぁ。船のない俺は漁師にはなれないが、この島で店をやれるチャンスをもらえた」
「うん、いいアイデアがある。
明日アキラが帰ってきたら、今の話を聞かせるんだ。きっとこの屋台に看板をつけてくれるんじゃないかな。
『ランキン・レストラン』?それとも『ランキン・グリル』とかもいいだろう」
「ああ、そうなると嬉しいですねぇ」
店主のほっこりした笑顔を見ながらニックは思う。
この島でもこうやって奇跡は起こり始めた。だからこそあの2人は生きてもらわなくちゃいけない。今夜、彼らがやろうとしていることなんて本当はやるべきじゃなかったんだ。
(止められなかった自分が腹立たしいぞ。でも、生きて帰ってくれよ。お前達ならそれができるはずだ)
ディーコンとパイパーが戻ってきた。
「なんだ。まだ傭兵はうめいているみたいだな」
「ああああああああー」
「今夜は仕事がなくて酔いたいらしい。放って……」
ニックの言葉が終わる前にマクレディは抱えていたバーボンの瓶を机に軽く叩きつけた。それは怒りがこもって重く音を響かせた。
「あの糞ったれの俺のボスは、今夜くたばる。クソ化け物に食われてクソになるんだ。俺のおいしい仕事は今夜、俺の知らないところで終わっちまう。ふざけやがってあの野郎。俺がぶっ殺してやる」
「なんだそりゃ。まるで古女房のセリフだぞ」
「ケッ」
連邦では雇用者と傭兵の関係で友情なんてものは育つことはない。
現実的に雇う側にとって傭兵は壁であり、捨て石でしかなく。傭兵は立ちふさがるトラブルを力で排除できなければ死ぬか、無能者として価値がないと次から雇ってもらえなくなる。
だがアキラも、レオもそうじゃなかった。
おかしな話だが友人になれた。雇用主のいうことだから従ったことだが、大きなことができたし。誇らしく思ってきた。だからこそ今、マクレディはやるせなくて怒っているのだ。
「一緒に見送りに来ればよかったのに。声はかけられなかったけど……」
「これは。パイパーとは思えない驚く発言だ」
「自称美人記者は、ちゃんと女性だったらしい」
「黙ってろ、役立たずども。ねぇ、マクレディ。そろそろ飲むのはやめな、ケイトじゃないんだから。明日は地獄だよ?」
マクレディは瓶を煽る。
「俺は――傭兵だ。あいつみたいなことはできない。
でもよ、あいつがこんなクソみたいな島に来てヤるっていうなら、俺はその隣でヤるさ」
「なにそれ?あんたもしかして、ブルーに居場所をとられたって思ってるの?」
「そんなことは言ってねぇ、ブス!」
「ブスッ!?」
「俺はマジで怒ってるんだっ。あの、あの大馬鹿野郎。
アイツは俺の気も知らないで。あのキャピタルから来たクソB.O.S.のナイトも殺せって言いやがらなかった!」
まさかの不満、まさかの告白だった。
マクレディは何とダンスを殺すつもりだったらしい。危険な告白にパイパーは大口を開けて驚き、ディーコンらは口の中で「おおっと」とつぶやく。そして不幸なラーキンはなにも聞いてないと黙って焼けている串をまだ焼き続ける。
「あんたそんなこと考えてたのっ!?」
「黙れっ。あのクソ・パワー・アーマー着てるだけで理由は十分だ。なのにアキラの奴、俺じゃなくてケイトの馬鹿やキュリーに任せやがった!」
「なるほど、そういうわけか」
ディーコンの最後のつぶやきは小さなものだったが。そこにいた友人たちには気に入らない響きを持っていた。
「あいつがのんきに自分をB.O.S.のナイトだと名乗るダンスにお前を近づけなかったのは。お前からアイツを守らせるためだったのか」
「そんなのわからないじゃない」
「いや!俺にはわかったぜ、あのクソ・アキラはな。俺を連れてあのアホを森の中で終わらせるべきだったんだ。なのにキュリーの調査から俺を外して奴を使った」
「ちょっと落ち着きなよ」「そうだ、落ち着け」
「あいつはレオが好きだ。みんなそれを知ってる。
だから俺もわかった。あいつはレオが認めたあのクソ・ナイトをいい奴だって思ってるってな。この俺が、キャピタルにいられなくしたクソのB.O.S.であってもってなぁ!」
ディーコンは思った。マクレディはただダンスに八つ当たりがしたかっただけだ。
だが確かに真実をついているようにも思える。てっきりパラディン・ダンスとやらの品定めに周りの友人たちを使って見定めていると思ったが、そうではなかったわけか。
「ハンッ、わからなかった答えがわかってうれしいか。このクソハゲ」
「なんだなんだ!今度は俺に絡むのか?」
「すました顔で自分は別、ってフリをしているてめぇの気持ち悪さをこっちも我慢してるって。そろそろわかれって言ってるんだよっ」
「ちょっとマクレディ1?」
いきなりの飛び火にパイパーは焦るが、男たちは気にしないらしい。
「俺がなんだ?」
「アキラのクソは言わないが、俺はわかってる。お前が友達ヅラでここにいる理由なんてな」
「俺は仲間じゃないって言いたいのか?」
「そうは言ってねぇだろうがっ。お前もあのクソB.O.S.と同じで腹になにかを隠しているのが気に食わねぇ」
さすがに限界だな、ニックは不幸なラーキンを救ってやることにした。
「店主、その料理は焼き過ぎだ。もう焦げてる」
「すいません。やり直します、ちょっと失礼」
皿の上に焦げた串を並べると、ラーキンは建物の中へ飛ぶように去っていった。
「これでいいだろう。だが、ぶちまけるなら大きな声はやめたほうがいい。全員、冷静にな」
「フンッ」
なんせここにいるのは人造人間、レールロードのエージェント、危険な傭兵に正義の新聞記者だ。うっかりおかしなことを口走るのを聞かれて怖がられては、ここにいないレオ達に迷惑をかけることになる。
「マクレディ、それでディーコンがなんだっていうのよ?」
「パイパー。俺の言った通りってだけだ。アイツらが凄いことやってるそばで、ムカつく顔が並んでる。それがB.O.S.で、そいつがこの
どうにも埒が明かないな。ニックは考える。
緊張感が無駄に高まっていて、このままだと笑えないことが起こってしまいそうだった。
「じゃ、ディーコンが教えてくれ。マクレディが騒いでいる理由がお前にはわかるか?」
「あのパラディンが上からの命令でここにいるのと同じで。俺もレールロードの命令でここにいると言いたいのだろう」
「そうなのか?」
「――否定はしない。お前達も俺には友人だ、アキラを通してな。
だから普段なら否定するが。わかってもらいたい、俺にも事情がある。アキラにもそれがあるようにな」
「それでとぼけたつもりか?
アイツはお前ら
「……」
「お前らはあいつを助けなかった。それどころかコベナントを奪った。
しょうもないお前らとは別の負け犬のいたコベナントじゃない。アイツが作ろうとしたコベナントのことだ。あいつはハンコックに頭を下げて医者をまわしてもらい、あそこを病院ってやつにしたいと言ってた。病気に苦しむ奴らを助けてやれる奴らを集めるってな。そこならあのキュリーも喜ぶはずだって。
それは間違いなくありえたことだった。
だがどうなった?言ってみろよクソハゲ野郎」
人造人間たちはレイダーをそこに導いた。そして逃げていった。
「――不幸な出来事だったと思ってる」
「お前らがよこした
医者は死んだ。助けてやろうとした病人とその家族も死んだ。そこにいる正義面したクソ記者と、あのミニッツメンのクソ・ガ―ビーはアキラにざまぁみろと言いやがった!あいつの気持ちも考えないでなっ」
「……マクレディ」
「俺たちは知ってる。そうだ、連邦はそうだった。このクソったれの世界はいつもそうやってひどいことしかしねぇんだよ。アキラはそれを学べば楽になるんだ。なのにそれをしねぇ。だからここにいる、俺はあいつが好きだ。死なせたくなんかねぇ」
いつものクレバーな傭兵の顔はそこにはなかった。
悔し涙を流す若い男がくやしがっていた、自分の尊敬する友人を思って。
「お前ら
「レオとアキラがどうするかわかるっていうのか?」
「レオは知らねぇ。多分まだ決めてないんじゃねーか。でもアキラは――潰すかもな」
「おいおい、穏やかじゃないぞ」
「カッコつけるんじゃねーぞ、クソ探偵。すでにあそこにいるあんたの同類が島をぶっ壊そうって計画をしてるっていうじゃねーか。それが事実ならあの2人がそれを見逃すわけがない簡単な話じゃねーか」
意外に鋭い酔っぱらった傭兵の指摘に、ニックも黙らざるを得なくなる。
たしかにまだディーマたちの思惑は明らかにされていない。可能性だけで言えばマクレディは間違っていないかもしれない。
ディーコンはいつもとは違う、重い響きのある言葉を口にし始める。
「確かに――俺や俺の組織は疑ってる。徐々にアキラやレオとは違う部分も多くなってる。
ここに来てアキラからはレールロードには戻れないかもしれないと言われた。それは今の俺たちにとってそれは、あまりうれしくない返事だったことは否定しない」
「そうだろうよ」
「マクレディ、お前がさっき言ったことは間違っているが。正しい部分もあった。
俺たちは知りたい。アキラはあのコベナントで変わったのか?」
「変わるか、ハゲ。アキラはレイダーが嫌いだ」
「?」
「あいつは力で奪う奴を嫌うが。そういう奴らを逆にデスクローみたいに八つ裂きしたがるクソ野郎だ。
レイダーならそいつの運命は決まってる。人造人間かどうかは関係ねぇ」
「そうなるのか」
「俺の仕事はたいていがレイダーの頭を吹っ飛ばすことだ。そしてあいつはレイダーを殺すのが大好きだ。何か問題があるって言うなら教えてもらいたいね」
さすがにこれ以上はまずい、と思った。
「さぁ、そのへんでもうやめろ。今夜は楽しい夜にはならないんだ。だからってそれを理由にお互いで吐き出しあっても楽しいことにはならないぞ」
「そうだよォ。B.O.S.だのレールロードだの、人造人間とかインスティチュートとか言ってると。おかしなうわさが流れてブルーたちが困るかもしれないじゃない」
「まだ足りねぇ――」
「なら、明日2人が戻ってきた後で。冷静になってからやれ」
「あいつらの葬式でって?」
「コラっ!!」
「俺たちの友人はそうはならないと信じてるんじゃないのか?
飲みたいなら朝まで付き合ってやる。どうせ今夜は祈って眠れやしないだろうしな。お前が酔いつぶれるだけの酒もたっぷりある」
燃え上がった感情の炎は勢いを失い、小さくなっていく。机に置いた酒瓶によっかかるように立ち上がりかけていたマクレディはノロノロと座りなおした。
「それもあのクソ・アキラの野郎が悪い。
俺がアル中に一晩でなれるようにしてやるとかなんとか。バーボンにウィースキー、ビールをしこたま用意していきやがった。アイツは殺す」
「ふむ、急にお前と気が合う気がしてきた。アイツは殺す、俺もまったく同感だ」
「ちょっとちょっと、アキラは別にいいけれど。ブルーはそこに入れないでよね」
パイパーはそう言って焦げた串に手をのはすと口に持っていく――確かにこれは酒がないと食べられそうにない味がした。
「暴走してった2人の馬鹿に乾杯」
ニックの言葉に4つのコップが音を奏でる。
串の味は最悪だったが、酒の方はできたばかりなのに悪くない出来だった。
(設定・人物紹介)
・コミック
ここではリーフをさす。リーフとはアメコミの出版形態のことだが、これは日本でのみ使われる言葉であり。向こうでは普通にコミックブックとだけ呼ばれてる。
ひとつのタイトルでいちエピソードをカラーで発売される。
もちろん後でいくつかのエピソードをまとめたコミックブックとして発売する。
・譲ってもいい
サカモトはタダであげるとは言わなかった……。
・ラーキン家
彼のご先祖は一族の歴史をちゃんと教えていたようだが。それはおそらくだが一人っ子であり続けたからだと思われる。今の彼に親族は誰もいない。
・まさかの告白
注意しておきますが、騒いでるのはタダの酔っぱらいです。