ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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完成したらすぐに発表しよう。今回学んだこと(戒め)

次回投稿はDbDが原因でおそらく来月。


新しい道Ⅲ

 国立公園案内所の本格的な改築が始まった。

 

 コズワースらロボットに集めさせたガラクタと、アメリアが用意してくれた物資を一気に運び込み。今度は僕ではなく。皆に設計図と作業の手順を伝え、彼らの手で整えてもらう。

 当然だが雑な仕事になるだろうし、なによりスピードも遅々として進まず。周囲からは目立つほどに騒がしいものになるだろうが――それが狙いなのだ。

 

 

 島が変わっていった時期だった。何もかもが悪い方向へと堕ちていった。

 隣人たちが、皆が港へと立ち去る中、危険と分かってもこの場所から死んでも動かないと決めた男。ケンにとって信じられない日が来てしまったらしい。

 

 ある朝、いきなり列をなした男に女、バラモンにロボット。犬になんとスーパーミュータントまで一緒になって入ってきたのだ。

 そいつらは唖然とするケンなど幽霊か何かみたいに扱い。勝手に荷ほどきをして、勝手に何かを始めようとしているが――トラッパーじゃないから自分には危害を加えるつもりはないらしい。それがなんだっていうんだ!?

 

バァン!

 

 ケンは手にしたレバー式ショットガンで警告に空に向けて発砲する。

 続いて「俺の場所で何しようとしやがる!」と叫ぶ。望んだとおり緊張はやってきた。

 こっちだってもめたいわけじゃないが。いきなりやってきた知らない連中に舐められるわけにはいかないからやったのだ。

 

「ああ、失礼。あんたが持ってるそいつは銃といってな。振り回せば悪いことが起きるかもしれないんだ」

「俺が餓鬼に見えるのか?そんなこと――」

「挨拶が遅れた。俺はディーコン。あんたがケンだよな?」

「あ、ああ」

「港で酒場をやっている甥っ子さんがいるよな?彼には世話になってる。ずっとあんたのことを心配してた」

「知ってるさ。前におかしな探偵を名乗る奴を俺のところによこし……」

「ところでここはあんたの場所だってハナシだったか?」

「そうだっ」

「信じてもらわないと困るんだが。俺たちはあんたをここから追い出そうとか、ここをかすめ取ろうとかしに来たわけじゃない」

「じゃ、何をしに来た!?ここにはなにもないんだぞ」

「”今は”そうみたいだな。だが、俺たちがやる事を黙ってくれりゃ面白い魔法を見ることができるさ。文句はそいつが始まった後で、担当が来ますのでそちらに聞かせて」

 

 サングラスをかけた男はそういうとニッコリ笑うと立ち去っていく。

 せっかく銃声で動きを止めた奴らも、それを合図と見たのか作業をまた続けてしまう。

 

(もう一発撃つべきだろうか?)

 

 ケンは考えたが――なんだかバカバカしくなってやめた。

 何をしたいのかわからないが、ここで何かをするというなら勝手にすればいいんだ。どうせ俺はここを動かない、俺が死ぬのはこの島で。この場所なんだから。

 

 だがあいつらはそうじゃない。

 何をするのか知らないが、すぐに来たことを後悔してまたすごすごとあのみじめな港へ戻っていくに決まってるんだ。俺はそいつを送り出すだけでいい。

 

 

 案内所はこれまでになくにぎやかになった。

 森の中に最近は聞かれない、男女の声に交じって木の板を叩く音が響く。

 

 そうすると当たり前だが森に人が戻ってきたのだと、そこに住む全てが理解する。

 だれよりもその”味”をひとり占めしたくなって、かなり大胆に案内所へと近づいていく。

 

――あ、あのっ

 

 聞いたことのない声を耳にした気がして、作業を止めてパイパーは顔をあげた。

 そこには薄汚れた姿の人が立っている。

 

「なぁに!?」

「あ、そうだな。挨拶がまだだったよな――その、ファー・ハーバーの港に行ったらここに行けって言われてさ。それで俺、今度こそやれると思ったんだ」

 

 奥から釘を咥え、ハンマーを手にしたケイトが出てくる。

 

「張り合いのない声だな。お前、何ができる?」

「俺?いや、そうだな。なんでもやるよ」

「それじゃこっちにきて。崩れた壁を修理してみせな」

「ああっ、それは、いいんだけどさぁ」

「あ?」

 

 かなり大きな空腹を知らせる音がした。

 情けない男の顔に困った風の笑みが浮かぶ。

 

「なにか、食べるものがもらえないか?その、数日何も口にしてな……」

「はぁ!?いきなりなにか食わせろっての?」

「ご、ごめんなさいっ」

「やかましい!それじゃお前には絶対料理はさせない。食い逃げでもされたらぶっ殺さなきゃならない」

「そ、そんなことはしない」

「なら働きな!飯は食わせてやるけど、まずはその臭くて小汚い格好をしなくてすむよう。壁と屋根と、自分の寝床を作るんだよっ」

 

 ケイトがまくしたてただけで、めずらしくおしゃべりなパイパーは何も言わずに終わってしまったらしい。

 彼女は男のしりをけり上げながら、奥の崩れた壁まで連れていく。彼は自分をチャーリー・ランキンとケイトに名乗ったが。そんなこた別の奴に言え、と吐き捨てられてしまう。

 

 

 次に近づいてくるのはキャンプ場に居座っている狼たちだった。

 ピッと電子音と共にレッドランプがつくのを確認したコズワースが動く。

 

「警告が来ましたね。接近してきているのはひとつではありません」

「じゃ、ここからは俺らがやる」

 

 マクレディが立ち上がり。その隣に立つストロングは鼻を鳴らす。

 尻尾を立ててしきりに空の匂いを嗅いでいたカールがうなった。

 

 

――――――――――

 

 

 同日、半日ほど遅れ。

 港近くの浮島の砦から3体のパワーアーマーが出動し、海岸沿いに北上を開始した。

 

 B.O.S.製のT-60bパワーアーマーを装着するのはパラディン・ダンス。

 そして回収され、生まれ変わった2台のT-51cパワーアーマーを駆るのはアキラとレオである。彼らが目指すのは国立公園案内所よりもさらに北に位置するダルトン・ファーム。

 

 連邦では一度も行われることのなかった。

 2つの居住地を同時に制圧、拠点構築する作戦が唐突に始まったのだ。

 

 

 そもそもの話。これまで島の中で、島の住人たちだけでなにかをなそうというならひとつのところに集中しなくてはならず。それは同時に全ての脅威に対しても何かが始まったのだと知らせてしまう。

 だからこそ港の住人たちは繰り返す失敗に諦めてしまった。

 

 ロングフェローの小屋のある浮島を砦にした時だってトラッパーに襲われた。

 今のこの島で新しい場所に人が手をのばせばなにかがやってくることはわかっている。ならばこちらの都合がよくなるよう。効率的に、圧倒的な勢いを見せ。突き進むしかない、暴走するくらいが丁度いい。

 

 

 パワーアーマーの一団は国立公園案内所の脇を見向きもせずに通り過ぎていく。

 最終目的地ダルトン・ファームから離れて270メートルほどの地点で一旦停止。時刻は午後4時を回ったところだが、太陽は雲に隠れて見えないが。まだまだ明るい時間だった。

 

 アキラはアーマーを脱ぐと、レオとダンスが抱えてきたミニガンを手早く点検をはじめる。

 

「よし。持ち上げて回転させて。発射しないように」

 

 アキラの指示に従い、2つの歯車が勢いよく回転を始める音がして、すぐに消えた。

 

「アキラ」

「大丈夫そうです。自分のを見ます」

「わかった」

 

 2人の声を聞きながら、ダンスは遠くに見えるファームの現状を見て思わずヘルメットを脱ぎ。大きく息を吸って、吐き出す――。

 

 岩にこびりつくフジツボのように。

 遠目でもはっきりとわかるくらい、大量のマイアラークが対面して立つ2匹のフォグクロウラーのあしもとで蠢いていた。今からこの3人でアレをなんとかするというのか。

 

「これは悪夢だな――生きて帰れる気がしない」

「弱気じゃないか、ダンス」

「レオ……私の経験から言わせてもらえば、連邦でこのような状況に自分から近づくのは自殺することと変わらない。どうかしてる」

「なら港に戻ってくれていい。これは私とアキラでなんとかするから」

「――本気でやるんだな。たった3人なんだぞ。可能だと思ってるのか?」

「何が無理なのかはわかっている」

 

 そう言うとレオは作業を続けるアキラの背中を見る。

 兄弟というにはあまりにも違い過ぎる2人だが。ともに立つ戦場では、かつての最悪の状況を共に戦った兵士達と比べても変わらない。だから相手がなんであっても不安を感じるところがない。

 

「私たちは任務を終えて帰るよ。約束できる」

「だといいんだが」

「アキラ?」

「用意できました。スピーチを始めてください」

 

 彼は冷静だ――。

 

「見れば誰でもわかるだろう。これから始めることはあそこにいる化け物どもを間違いなく怒らせる。でもそれをやめるつもりはない。あの場所は以前、ダルトン・ファームの名前で呼ばれていた。

 今はその名前を失いつつあるが。それは今までの話だ。あの場所は返してもらう。奪われたものを奪い返す」

「それにしては少し人が少なすぎると思うのだが――」

「戦いにおいて数は確かに力だ。しかし足りない分を補う力は他にもある、大丈夫だ」

 

 レオの言葉はいつものように自信に満ち溢れている。

 アキラは背負ってきたパワーアーマー用の背嚢から自分の武器と弾丸を取り出し、道路に並べはじめた。

 

「ちょっとまて!それは――」

「B.O.S.でも使ってるだろ、ヌカ・ランチャー。それに使う弾頭」

「いや、しかしそれにしても……」

 

 並べられていく小型核弾頭の数がシャレにならない。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。

 

「連邦のアトム教徒がいた居住地に武器庫があって、そこにかなりの弾頭が残されていた。ミニッツメンには必要ないとは言わないが、大量に必要というものでもない」

「だからこの島まで持ってきたというのか。しかしこれを使うということは、あの土地はしばらく核によって汚染されてしまうぞ?」

「必要なことだからやる。用意できるものは限られているんだ、贅沢は言わない」

 

 レオの声は変わらなかったが、その目に迷いはない。

 勝つために必要だ、確かに兵士とはそういうものだ。任務の成功に違いはなく、手段など問題ではない。

 

 

 15分後――戦闘開始。

 ヌカ・ランチャーを抱えるアキラが一歩前に出る。

 

「センサーアレイを起動、投薬の準備開始」

 

 頭部のモジュールが動き出し、ヘルメット内の視界がさらにはっきりと表示される。同時に投薬ポンプに仕込んだ大量のサイコタスの注入も開始された。

 サイコやジェットの時とはまた違う、感覚が別次元に飛んでいくような飛翔感にアキラは満たされていく。

 

 冷静さ?そんなものは瞬時にどこかへ吹っ飛んだ。

 

「いくぞー!」

 

 明らかにをテンションの狂った声を張り上げ、アキラはいきなり足元に並べた弾頭を”2つ”つかむとすでにカタパルトに並べてしまう。

 レオは黙っていたが、ダンスはいきなりのことで動けなかった。声も出なかった。

 

 気がついたときにはもう2発の弾頭は発射され空中を飛んでいた。

 

「おいっ、ふざけるな。それは――!」

「ダンス!!位置につけ、アキラは大丈夫だ」

 

 どこがだ!?

 

 抗議する声もあげられない。

 ひゅるひゅると風切り音がするのに、この狂人は次の分とまた適当に弾頭を拾い上げてセットしている。

 それを飛び掛かっていって取り押さえたいという衝動に駆られるダンスだが、レオは平然とミニガンを構え。彼の後ろに立って次の行動のために待機をやめようとしない。これが作戦だというのか!?

 

 いや、冷静になれ。すでに賽は投げられたのだ。

 このまま攻撃を続ければ、当然だが向こうもこちらを見つけてやってくる。近づかせないためには準備しておかねばならないが――この狂人となった若者を放っておいていいのだろうか。

 

「戦えないなら君は下がれ。アキラの邪魔もしないでくれ」

「正気かっ」

「彼は自分の仕事をしている。君は任務を果たすために戦うか、そうしないならさっさと逃げろ。足を引っ張ってはもらいたくない」

「っ!」

 

 会話している間にも2発目――いや、そうじゃない。3.4発が続けて発射されてしまう。

 

――やるしかないわけかっ

 

 こうなったらダンスも腹をくくるしかなかった。

 

「こんな作戦だったとは聞いてなかった!」

「ダンス。私はやると言ったし、君は納得して参加したぞ!」

 

 ああ、確かに作戦は事前に説明はされてはいた。

 しかしその時はこの若者がラリッてヌカランチャーを使うとは言わなかった!

 

 

 ダルトン・ファームに赤い炎と砂の混じったキノコ雲があらわれ。消えながら再び新しい砂を胞子のように吹きあげ、傘が開いていく。

 死を振りまく容赦のない攻撃にマイアラークたちは巻き込まれる。

 

 6割以上が瞬時に絶命し。残ったのは海に、浜に、岩場に吹き飛ばされ。叩きつけられ、なんとかやっと生き延びれた。

 いつもと同じ反応として攻撃されたと理解して敵の姿を探す――までは一緒だったが、残った全員が同じ行動をとることはなかった。例えばなぜかその場で動かないまま食べることを続けようしたり、恐怖に取りつかれたか逃げだす。

 

 マイアラークの脅威は大きく削ることには成功したが。まだフォグ・クロウラーが残っている。

 

 信じられない話だが、6発もの核攻撃はこの2匹の体を包む装甲を砕くことはできなかった。

 戦意は高く、体を大きく伸ばして周囲を見回すと、あっさりと海岸のそばにある路線沿いに立っているパワーアーマーの存在を感知したようだ。

 

 咆哮と共に動き始めたマイアラークとフォグクロウラーの一団がファームの外に向かってゆっくりと移動を開始すると、パワーアーマーが持つミニガンから歯車が高回転を始める音が鳴り始める。

 

 

 作戦時間はわずか45分。

 しかし戦いは終始ほぼ一方的で、容赦しなかった。

 

 ファームと、ファームから延びる道路には血を焦がし、肉から煙を吹く放射能に汚染されたマイアラークの死体が並ぶ。ここから逃げ出した奴らの姿も残ってはいない。

 

 3体のパワーアーマーは並び立つ。

 ようやく赤くなりはじめる曇り空の下、彼らの任務はダルトン・ファーム制圧という最高の形で終了した。

 

 

――――――――――

 

 

 霧の中、隠れる場所もない状態でトラッパー達は怯えていた。

 元気に騒いでいた連中から切られ、血を噴き、倒れてると死者となって動かなくなってしまった。

 逃げ出したいのに逃げ出せないのだ。恐怖が体を凍らせ、死はどこからかやってきて。再び霧の中へ消えて隠れてしまう。

 

「アァッ!」「!?」

 

 また音もなく誰かがやられた。

 発射音も、風を切る飛んでくる弾の音も、なにもない。ただいきなり誰かが選ばれ、死んでいる。

 夜の終わりと朝の始まりの時間での移動だったが。こんな経験は今までいちどもなかった。

 

(……キジマ、早くしてください)

(せっかく入り込んできたオモチャだ。少しくらいはイイだろ)

「そういうのはひとりで楽しんでもらいたいですね」

 

 いきなり自分たちのそばから声が聞こえた。

 サカモトはいつの間にか両手にナイフをもって彼らのそばに立っていたのだ。いつ近づいてきたのか、そもそもそこにずっと立っていたのか。トラッパー達にはわからない。

 だがその男が両手にナイフを握っているのがわかると、ようやく萎えていた闘争心が戻ってくる。見えない相手からの攻撃にはどうすることもできないが、見えるなら恐れる理由はないというわけだ。

 

 銃口が一斉に向けられたが、火を噴くことはやはりなかった。

 サカモトはその場から動かず立ったままだったのに。手にするナイフにはいつのまにか血がこびりつき、トラッパーは崩れ落ちるとわずかに悶えながら死んでいった。。

 

「キジマ、さっさと出てきなさい」

「……やりたい放題なのはどっちだか。まぁ、いいか」

「元気そうですね。そちらは調子がよさそうだ」

「何を言っている?数日前にあったばかりだろうが」

 

 キジマはいぶかしがる。

 サカモトは不調なのだろうか。口元に浮かぶ皮肉な笑みには疲れがまざって見えたからだ。

 

「定期の連絡はすると約束はしたが。これほど会う理由がある――」

「キジマ」

「?」

「アキラが新しい拠点を手に入れましたよ。すでに人も集まり始めてる」

「それは――それは連邦の、ミニッツメンの事か?」

「ミニッツメン?ああ、あれですか。あちらもどうやら順調のようです。しばらくすれば彼らが連邦北部を掌握するのは間違いないでしょう。ですが私はこの島の話をしているのです」

「……嘘だ」

 

 キジマはこの男にしては珍しく動揺する声を出していた。

 

「冗談でこんなことは言いません。本当は私だって会うつもりはなかったのです。

 しかしこれを伝えれば。そちらから呼び出しがあるのはわかってましたからね、わざわざこうして手間を省いたわけです」

「なにがあった?」

「別になにも。ただ北上を開始しただけです。

 一昨日の夕刻。地震のようなものがあったことは気が付きませんでしたか?」

「……」

「元農園でしたか。放射能まみれにしましたが、強引に手に入れました。裏をかかれましたね」

「あの砦から出ていないはずだぞっ。俺達も監視は続けていた」

「でしょうね。しかし、向こうは我々のように見られていることを想定していたのでしょう。あそこに”人”はほとんど残ってません、今はね」

「――だまされた、ということか」

「ショックでしょうね。こちらも被害甚大という奴ですよ」

「……信じられない」

「なら自分で確かめればいい」

 

 吐き捨てるように言ったわけではないが。不愉快さを刺激され、キジマはサカモトをにらみつける。

 

「誰に言っている」

「キジマ、クロダ。あなたたち2人に言ってます――さて、話すことは以上です。何かほかにありますか?」

「ない」

「ではお互いに気をつけましょう」

 

 霧の中の会合はこうして雑に終了した。

 サカモトはさっさと姿を消して立ち去って行ってしまったが。キジマは動かなかった。

 

――チッ

 

 舌打ちと共に片腕が振られると転がっている死体の腕が派手にちぎれて宙を舞った。

 怒りが抑えられてくると、自分たちも計画の修正が必要になったのだと考えられるようになった。だがその前にこの情報が正しいか確認する必要があるのか。

 

 チッチッと2度の舌打ちの後、キジマもその場から立ち去っていく。

 霧は翌朝まで晴れることはなかったが。風に混ざる血と死臭にさそわれたか。転がる死体はその時にはもう奇麗に消えてなくなっていた。

 

 

――――――――――

 

 

 ダルトン・ファーム陥落から数日後、国立公園案内所にニックとロングフェローが姿を見せる。

 両者ともレオの島へのお節介については協力的な姿勢ではいたものの、パイパーのように大喜びで賛成とは言ってこなかった。

 

 だが――信じられないことが始まったのだ。

 

 静かで活気のない港と違い、ここでは人が忙しく動き回り。

 あちこちからあれがない、これを持ってきてくれ。探してこいなど怒鳴り声が聞こえてにぎわっている。

 

「実際に見ているのに、まだ信じられん。まったくどうなってるんだか」

「ああ」

「島でこんなことが起きるのをみれるとは思っていなかった」

「そうかい」

 

 目を細めて感傷に浸るロングフェローに。ニックはあえて突き放すようにして気が付かないふりをした。

 機械の目は、彼の探偵助手の姿を探していた。

 

 

 驚いたことにレオは武器は持っていたものの、防具を脱ぎ。安全帽をかぶってアキラの設計図を手に建築の指揮をとっていた。訪問者たちに気が付くと笑顔で迎え、握手を交わす。

 

「ダルトン・ファームを手に入れたと知らせがあってから、てっきり戻ってくるかと思ったらそうじゃなかったんでね。心配になって様子を見に来たわけさ」

「ああ、そういう――御覧のとおり、アキラに任せていた居住地の改装の手伝いをやってる」

「思っていたよりも似合ってないな。どうしてそうなった?」

「作戦を終えてここに戻った時だ。作業していたケイト達が自分たちの作業はどうだってアキラに感想を聞きたがったのが問題の始まりでね。

 アキラはあまり良い返答しなかったせいで、彼女らを怒らせてしまったんだ。『完成すればちゃんとしたものにできている』って言ってね」

「そりゃまたとんでもない間違いを犯したな」

 

 そうだね、笑いながらニックにこたえるレオにロングフェローも疑問をぶつけていく。

 

「ここ、あんたのお仲間以外の顔もいるみたいだが――」

「キャプテン・アヴェリーに頼んで、港に入れない人にはここに来るように伝えてもらっていた。

 ここでにぎやかにやってるせいで様子を見に来たのが何人かもういるんで、さっそく手伝ってもらってる。これからは実際に自分たちが住む場所になるわけだからね」

「こんなに大騒ぎでのんびりやって大丈夫なのか?」

「用心はしてるし、今のところは大丈夫だ。とはいえ少し困ってるかな。

 本当はアキラが残りをやってくれると言ってくれたんだが。パイパーたちが譲らなくてね。彼女たちも頑張ってくれている」

「そのアキラはどうしてる?姿が見えないな」

「彼はダルトン・ファームに行ってる。ここにいるのは落ち着かないだろうし。あっちはここと違ってほとんどゼロから始めないといけないからね。少しでも進めてもらわないといけない」

「そうか……」

 

 今日も島は雲に覆われている。

 いつもとちがい太陽の光を遮る雲がうすいおかげで、森に光がよく入ってくる。それがこの感動的な――少なくとも絶望しかなかった島の人間の目から見たら――情景をより感動的なものに仕上げてくれていた。

 

 

 さてそれはそれとして、だ。

 ニックは気持ちを切り替え切り出してきた。

 

「お前さんたちはさっそくこの島でも大いなる1歩ってやつを踏み出したわけだが――つぎはどうするつもりなんだ。何か考えがあるのか?」

「なんだいニック。そんなことが知りたかったのかい?」

「興味はあった。あんたのおせっかいな計画ってやつも別に反対はしてない。ただこの老いぼれ探偵の俺に打つ手がないんで暇でしょうがなくてな。そうするとにぎやかにやってる連中が気になってしまう。

 だが正直に言えば、あんたも打つ手がなくなっちゃいないのかって思ってな」

「ロングフェローも?」

「俺は最初からうまくいくとは思っちゃいなかった。ただ、あんたを気に入ったというだけの老いぼれだ。こんなものを目の前にしても、まだ信じられない」

「素直じゃないな、ご老人方」

「いや、レオ。本音を言うとこの老いぼれ探偵はお前さんたちが恐ろしく思えてしょうがないのさ。

 あんたもアキラも、とんでもないことを平然とやる。ここを見ただけでも、この隣にいる爺さんも泣きそうなほど感激していた」

「フン、それは言い過ぎだ」

「だからこそ、この次にあんたたちが何を考えているのかが心配になる。

 何をする?どこまでやる?」

「うん」

「ここには人が集まりだしたというが。全然足りてないだろう?

 ダルトン・ファームまで手をのばしたが、あそこに空き地になっただけ。人はどうするつもりなんだ」

 

 レオは設計図を近くの台の上に置く。

 足元で眠るカールは、耳を忙しく動かすが別に起きるそぶりも見せない。

 

 

 確かにニックのが指摘した通り。私たちの行動は限界に達しようとしている。

 港の住人たちを巻き込めず。せっかく場所を手に入れてもそこに送り込む人がいない。

 

 だがこれで終わるつもりはない。

 

「説明する前にロングフェローに質問があるんだ」

「ああ」

「この島には伝統について」

「おい、お前さん――」

「キャプテンズ・ダンス。聞いたのはそれだ。説明してくれるないか」

 

 ロングフェローは呆れた顔でため息をつくと、静かにレオの求めに応じて説明をはじめた。

 

――キャプテンズ・ダンス。それは確かにこの島に言い伝えとして存在する

――ある場所にこの島で一番イカレてて、卑劣で、残忍だが有望な誰かが立ち

――この島で一番最悪の生物を海から呼び寄せるため。一晩を過ごすというもの

――だがこれは本当にやる事ではない、現実味のない荒唐無稽な妄想だ

――なぜならばその伝説を信じて実行し。やり切ったものが誰もいない

 

 ニックはそれを聞いてかぶりを振る。

 いよいよ正気とは思えぬ話が飛び出してきたぞ、と。

 

「だがキャプテンズ・ダンスは島の皆の尊敬も集めると聞いた」

「ああ、それは間違いないだろうな。お前さんの場合はやりきれば、という条件が付くがね」

「どういうことだ?」

「前回の挑戦者は30年ほど前。奴のダンスは最後まで続かず。未届け人の目の前で力尽き、マイアラークどもの餌になった。それでも皆がその愚かさと勇気をたたえ、奴の墓にキャプテンの名をつけてやった」

「死んで褒められるとはな。まったく――」

「まぁ、お前さんたち外から来た連中にしてみたらそう思えるだろうがな。

 おそらくだが大昔、こんなにふざけた世界ではなかった頃は度胸試しくらいの安全な奴だったのだろ」

「そうなのか?」

「確かなことは言えないがね。そうじゃなけりゃ、そもそもこの島の人間すべてが昔から頭のおかしなな奴らだったってことになる。それはさすがに考えたくはない」

 

 レオにはそうしたことはどうでもいい話だった。

 

「ロングフェロー、具体的にキャプテンズ・ダンスのやり方は?」

「難しい話じゃない。この世からオサラバできると思ったら港に行ってアヴェリーにやるとただ言えばいい。

 見届け人が2名つけられ、案内される。

 夜が来たら現地で開始だ。肉をひとつかみ、そいつを自分の周りにばらまく。

 

 わかるだろ?

 

 自分を餌の中に置いておく形になるわけだ。それを狙って近づいてくる奴らを殺したらさらにそいつらの血肉をぶちまける。この作業を繰り返すことで色々な奴らが向こうから集まってくるというわけよ」

「それで?」「悪夢だな」

「最終的には見届け人か挑戦者が決めることになるが。大物を引き寄せて倒せたらそこで終わりになる。

 合図を出せば見届け人たちが仕留めた大物を解体して血と肉を持ち帰り。それを皆にふるまうついでに彼らに目にしたものを語って聞かせる。

 実際に食って、話を聞いて信じる奴がいれば新しいキャプテンの誕生さ。海の男たちは荒々しいが、音は素朴な奴らばかりだ。聞いたことと、口にしたものが本物だと納得すれば仲間として迎えられる」

「それで彼らにやる気を出させるというのか。正直に言うが、どうかしているぞ。レオ」

 

 ニックは否定的だが、今度はロングフェローが味方してきた。

 

「このキャプテンというのは名誉だけの呼び名じゃない。

 危険で過酷な海に乗り出しても、漁師たちがその胆力と決断力を信じて命を預けられるほどの勇者だと認めるから与えられる名前だ。

 あんたが本当にやり切ることができたなら――確かに腑抜けた連中の横っ面を張り飛ばすような確実な効果がでてくるかもしれないな」

「そうなってもらいたいな」

「だが失敗すればそれで終わりだ。この失敗ってのはだな。

 大物が出てこなけりゃ失敗。

 途中で逃げだしても失敗。未届け人は助けはしないし、生きて戻れたとしても地獄だろうな。

 アヴェリーに訴えた後で踏みとどまろうとしたり、躊躇うようなところを見せても失敗だ。あんたは島の外から来てる。成功しても弱気だったと思われれば誰かが『あいつはそれでも怯えていた』と文句をいう奴がいる。それに同調する奴も出てくるだろうな」

 

 ニックには信じられなかった。彼らが考えていることはどう考えてもおかしい。これまでは順調にやってきているように見えてはいるが、冷静に見ればこの2人はこの島に来てから明らかにお互いを暴走させている。

 

 彼の気分転換になるならと、軽い気持ちでこの島まで連れてきてしまった手前。機械の体でもニックの心は複雑で、困惑していた。もしかして全てが手遅れで、もう止めることはできないのかもしれない。だが、友人として放っておくこともできない。

 

「レオ、少し2人で話せないか」

「もちろん」

 

 ロングフェローは近くを見て回ってくると言い残して去っていってくれた。

 

「レオ、そのなんたらダンスとやらはどう考えても危険だ。本当にわかっているのか?」

「リスクは理解しているつもりだ」

「はぁ……とてもそうは思えないのだがね。あんたはカスミのためと言いながら、この島の諦めている連中に希望を与えると言う。何の関係もないこの島のために命を捨てると言ってる。わかっているか?」

「まずいかな?」

「レオ、ショーンのことはどうする。君は自分の息子を探すんじゃないのか?」

「……何も変わってない、ニック。私はインスティチュートに近づけるなら、なんでもする」

「ならどうしてこんな自殺まがいのことを――そういうことか。ディーマなんだな」

「ああ」

「なるほど」

 

 レオは自分が連邦でこれ以上、新しいインスティチュートの情報を手に入れることは難しいと考えているわけか。

 

 確かにミニッツメン、レールロード、B.O.S.にグッドネイバーまで関係を持つ今のレオでもインスティチュートの新しい情報は何も入ってこない。

 だがこの島に来て少しだけ事情が変わった。ニックの覚えていない過去を知ると自称する、ディーマとアカディアを知ったから。彼らならもしかして……なるほど、アキラあたりは喜んで力を貸すか。

 

 

 だからといってこんな方法を選ぶなんて正しいとは思えない。

 

「――実はあんたにはずっと黙っていたことがある、レオ。インスティチュートのことについて」

「ニック?」

「ケロッグという男とあんたが対決した後のことだ。俺はあんたを探してあとを追ったことがあった」

「……私がB.O.S.と接触していた時か」

「1週間ほどだろうか。すでにケロッグの遺体はなく、骨だけが残されていた。俺はその中から奇妙な装置を回収してきたんだ」

「装置とは?」

「それがわからない。知り合いの当てになりそうな人に調べてもらっているが、おそらく外部記憶装置か何かじゃないかと言ってる。つまり希望はあるんだ、やけになってはダメだ」

「そんな大切なことをなんで今まで黙っていたんだ、ニック!」

「まだ答えが出てないからだ。ディーマの話を聞いたからわかるだろ?インスティチュートは情報を漏らさないように常に安全装置を用意している。それを回避する方法はまだ見つかってないから黙ってた」

 

 レオはわずかに動揺したが、すぐにいつもの冷静な彼に戻った。

 

「今でも夢に見るんだ、ニック。

 ショーンが奪われた時、妻が殺された時。私は何もできなかった。

 

 私は2人の目の前にいて、装置の中で暴れても無駄だった。なのにショーンは自分の母親を殺すような奴らに育てられて安全だとケロッグには言われた。

 許せなかったよ、自分が。こんな世界にひとり残されてしまった息子が、彼をそんな風にした奴らのおかげで安全だって言われて安心しかけたからだ」

「レオ――」

「ニック、アキラはアカディアがインスティチュートの情報をまだ隠し持っている可能性を見つけてくれた。

 彼らも結局、インスティチュートの真似をして仲間の人造人間を人の中に送り出していた。彼らはインスティチュートと距離をとっているが、彼らに何の用意もないとは思えない」

「それがインスティチュートの情報だとなぜわかる」

「違う、”これしか”私が追える情報はないんだ、ニック」

 

 そうだったな、ニックは答える。

 彼は希望を追っている。最初からそれを求め続け、だから止められはしないのだ。


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