次回は1日になる予定。それではよいお年を。
地面にしりもちをつくように座って動けない化け物がいる。
僕は――彼が身につけた、いかにもなレイダーアーマーの下にある。鳥の頭を模したそれに手を伸ばして剥ぎ取ると、その下からは髭もじゃの顔が現れ。ううと唸っては、口の端から唾液と混ざった血をあふれ出させた。
もはや助からないだろうと、それを見て理由はないがわかった気になった。
意外なことに男は、僕に饒舌になにかを語り始めた。命乞いでも、ののしり声でもなく。彼自身の物語を。
――俺はな、キャピタル・ウェイストランド生まれで。育ったのも、そこだった。
それが出だしの合図であった。
――俺はな、そこでは”あんた”のような奴等を毎日見てきた。
俺も、俺自身もそこに混ざったことだってある。手軽に手に入る食うものなんて、死人くらいだった。それも腐りかけのな。
ウェイストランドはどこも地獄だ。そして、俺はそんな中でも一番の最悪な場所に。”PIT"で育ったんだ。
今じゃ想像もつかないが、あの頃の”PIT"は。本当にひどいもんで、言葉で言い表せないほどの場所だった。
僕はただ、「ふーん」とだけ相槌を打つ。
――本当なんだぜ?あれは……そうだった、あれは確かそう。アッシャーだ。そいつがそこにあるすべてを支配していた。
疫病も、暴力も、あいつは希望ってやつだけを見せて、自分のものにした。
奴がみんなの前に出てきて、何かを言えば誰もが黙ってそれに従ったさ。奴はいつかは悪夢は終わるとは言ったが、それが何時とは決して口にしなかった。
だから、ああ。きっとあそこにいた奴は誰も、本当にそんなときがくるとは思っていなかったよ。俺も、含めてな。
僕は興味が出て質問した「だから逃げたのか?」と。
彼は驚いたことに首を横にふった。
――嵐が来たんだよ。本当さ、そうとしか言えない。ある日、いきなり空気が変わったんだ。それが何かもわからぬうちにバタバタと人がさらに多くが死んでいって。俺はなにかからひたすら逃げ回って。
――そうしたら終わっちまった。”PIT"は綺麗さっぱり消えちまったんだ。
アッシャーも消えて、レイダーも消えた。残された皆が、呆然としていた。
――我に返ったら俺は、俺たちはブルっちまったんだよ。これはあのB.O.Sが乗り込んでくる予兆に違いないって。レイダーすら消えちまった”PIT"を、あいつらが見逃すはずがないってよ。だから、俺はこの連邦に来た。
僕は再び「ふーん」と口にした。ここは天国だったかい、とも。
――ああ、連邦はいい場所だ。人を食わなくてもいい。銃で脅せば、キャピタルじゃ手に入らないようなまともなものが食える。俺はそれがうれしい。だから、だから……チクショウ、なんでこんなことに。
愛らしさの皆無なそいつの目に、涙がたまるのを見て。
傷だらけで赤い血が流れ、ついでに緑色の光を放つ僕の腕を伸ばしてふき取ってやろうとしたが。僕の指の背が、相手に触れただけでそいつの目玉がポロリと零れ落ちてしまい。男はたまらず悲鳴を上げる。
だが、すぐにそれを押し隠そうとして物語の続きを口にする。それで必死になにかを主張しようとしている。
―ー俺はよ、俺はそんなだから。俺はあんたのような奴。まったく怖いとは思わないぜ。
なにかもう、飽きてきた。
干からびた自分の唇が、水分を欲している。体中の傷口が、それを癒す必要があるのだとエネルギーを激しく欲している。
僕のこの体は、スティムパックを過度に投与が必要な状態には長く耐えられない。
薬も必要ではあるものの、本能がそれを大きく上回ってしまう。もっと上手く――敵を殺せるようにならないといけないのだ。
だが、今はそんな反省会は必要ない。
「なんでもいいよ。俺――あんたがひどく旨そうに見える」
歓喜と共に、口をあけると、歯をむき出して迫っていく――。
こうすればわずかに震える自分という存在への無限の恐怖など、この瞬間からしばらくは永遠に感じることはできなくするのだ。
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サンクチュアリを出て、コンコードで一泊。
僕は、十字路を前にしてはたと足を止めた。
(あー、どうしようか?)
考えてみたらどこに行くか、決めていなかった。
予定話を元に、ここまではレオさんをなぞってきてしまったが。考えてみたら自分はあの人を追っかけるつもりなどないことに改めて思い至る。
(西を行けば、ただ帰るだけ。北で旧バーモントまで越境し、東がレオさん。残るは南か)
迷うことなく今度こそ南を選んだ。
街道沿いは、なにせ襲撃するほうにとってはよい的にもなるので。のびている道の方向を確認しつつ、土の上を歩くようにした。
事件が起こったのはその日の夕方。
太陽がそろそろ地平線に着地する準備でもしている、そんな時だった。
その時、こっちは右前方にそれはそれは見事なごみの山を眺めながら。急な坂を下りている真っ最中であった。
人の怒号と共に、変な声や複数の犬のほえ声が聞こえてきたのである。
足を止めることはなかった。逆に走り出すと、レイダーから手に入れたパイプで作られたリボルバーを取り出していた。
想像通り、そこは戦闘があったわけだが。それにしたってゴミ捨て場とあって、ひどいにおいの中に飛び込むのは勇気が必要で、一度足を止めてしまったのはびびっていたからではない。
どうやら人と大勢の犬たちに、ここで隠れていたモールラッドと呼ばれている奴等が次々と出てきては襲い掛かっているらしい。
ここでの戦いは、コンコードで寝込みを襲ってきたレイダーたちのそれとは違って最悪だった。
理由は簡単で、弾を消費したくなくてレイダーの武器を使ってみたのだが。これが本当にどうしようもなく使いにくかったのである。
気がついたら、弾込めの時間がもったいなくて。装着していた銃剣をつかって走りながら振り回していた。
そのせいだと思うが、組み合わされたパイプのリボルバー部分がポロリと地面に落ちてしまった。
「ありがとう、僕も僕の子供たちも。君のおかげでたすかったよ」
死んでもやはりその匂いが変わらぬ、モールラッドたちの中で。犬の飼い主らしい男はそういうと満面の笑みを浮かべた。
「ああ、まぁね」
「本当に――その、壊れてしまったんだね。そこまでしてくれて、感謝している」
見事に全壊してしまったパイプ・リボルバーピストルを持って立ち尽くすアキラだったが。決してこの連中を恨まないようにはしようと思うも、やはりどうしても視線には非難の色がチラチラと見え隠れしてしまう。
男はアキラに自分をジーンだと名乗った。
「この大勢の犬、あんたの?」
「ああ、僕はこの子らを訓練して。売ることで生計を立てているんだ」
「……相手は?」
「ああ、そうだね。その――色々だよ、居住地の住人とか。旅人とかね」
「
「――生きるためなんだよ。他に、僕が得意なことがないんだ」
「わかった。そうだね」
兵士のように戦えず、若いからと下に見られ。
せいぜい使い勝手のいいロボットのような扱いを受けていたちょっと前の自分のことを思い出し、アキラは自分が何も言えない立場なのだと理解した。
「そうだ!それで思い出したんだよ。その銃の代わりになるかわからないが、これをもらってくれないかな?」
そういうと、荷物の中をゴソゴソとかき回して何かを取り出してきた。
「これは?」
「パイプレンチだよ。なんでも、生意気にも”ビッグ・ジム”とかいう名前があるらしい。仕事にも使えるけど、武器としても優れモノなんだそうだ」
「へぇ、武器か」
「どうだろう、これを礼としてもらってほしい」
「いいの?それ、大事なんじゃない?」
そう言うとジーンは苦笑いしつつ答える。
「全然。これは……レイダーが犬の代金だって足りない分に押し付けられた物なんだ。僕は機械をなおしたりもできないから、持っていてもしょうがないし。あいつらを思い出すから、自分では使いたくなかったんだよ」
「だから俺に?ゴミ代わりにってこと?」
「いや、そんなっ。そんな意味じゃ――」
「冗談――ありがとう」
手に取ると、すっきりと収まる感じがして。確かにこれは素晴らしい道具のような気がする。
「君は、これからどこへ?」
「南。それしか決めてないんだ」
「南か……グリーンジュエルに?それとも、バンカーヒル?」
聴きなれない言葉がそこにあった。
「バンカーヒルって?」
「商人の集まる場所さ。ただ、南に行くにしてもこのままレキシントンに入るのは薦めないね。あそこは今、ひどい場所になっている。近づくのも危険だ」
「――バンカーヒルには、どうやって?」
「ああ、それならいい方法があるよ」
ジーンはそう言うと、東に延びる道路を指さした。
「数時間前だけど、バンカーヒルに向かう旅人達に会った。今日はもうそこで野営するともいっていた。言葉通りなら、ここを3時間ほど歩けば彼らに会えるはず。
事情を話せば、きっと快く君を仲間に迎え入れてくれると思うよ」
「もうすぐ夜になるんだけど――」
「確かに。でも、この辺は東回りに移動するスーパーミュータントをのぞけば、商人や旅人くらいしか使わない道だ。僕は夜でも、道なりならば安全に進めると思うけどね」
「――ジーンは犬を売っているんだよね?ぼ…俺にも一頭ゆずってくれないか?」
ジーンは申し出には首を横に振った。
「悪いけど、できない。この子らはまだトレーニングが終わっていないんだ。ここから東の海岸線につくころまでには12頭、みんな終わらせようと考えているけどね。今はまだ、駄目なんだ」
「そうか――」
「申し訳ないね」
「いや、いいんだ。ああ、それと急がなくてもいいけど。そのうちサンクチュアリにも来てくれないかな?」
「え、サンク――聞いたことがないな」
「サンクチュアリだ。もう少しすると、たぶん話題になるはずさ」
今日の目的地が先に延びたこともあり、アキラは話を切り上げるとジーンと握手を交わしてから穏やかに別れた。
それからの数時間を、月と星の光だけを頼りに道の上を歩き続けたが。彼の言葉は正しかったようで、何の危険にも出会うことはなかった。
だが、まさか危険は道の終わりに待ち構えているとは思わなかった。
満天の星空の下、静かな中に誰かの怒号が聞こえたような気がしたのが、全てのはじまりであった。
(またかよ……助けてくれ、とかいわれても今回は逃げようかなぁ)
不謹慎なことをアキラは考えながら、それでも駆け足で近づいていくと。どうやらそこでレイダーなどに襲われているわけではなさそうだとわかった。
「……だぞっ。この……っ!」
焚き火を前にして、旅人に他の2人が銃を向けている。
正直、自分が仲裁などということをやれる気はまったくなかったが。あの旅人達自体に用があるこの身の上としては、ここで無視をするわけにもいかなかった。
「えー、コンバンハ」
「だっ、誰だよ!?」
「ただの通りがかりでして――なんか、揉めてるみたいだから」
「はぁっ!?なに、寝ぼけたことを言ってる。このガキッ」
「まぁまぁ、落ち着いてください。冷静に考えて、遠くから騒ぎが聞こえて。近づいたら、2人が1人を相手に脅しかけている。どうみたって、これは――」
「クソッ、クソッ」
「喧嘩ですか?それとも、盗まれた?なんにしても、こんな静かな場所で銃を使うのは――」
「違うよ、ドアホウ!この野郎が、このすっとぼけている奴が、人造人間なんだ!」
「……はい?」
「だから、こいつが人造人間なんだよ。クソッたれのインスティチュートの手先だ!」
「すいません。それ、何ですか?」
馬鹿、と呼ばれることに抵抗がないわけではなかったが。命のやり取りがなされるほどのことだとはまったくわからなかったので、僕は真顔で素直に事情の更なる説明を求めた。
相手は最初、信じられないという顔をしていたが。
すぐに自分の正しさを証明するのだと考えたのだろう。インスティチュートの、人造人間の脅威について語ってくれた。
連邦の脅威――。
近年のそれは、インスティチュートであり。彼らが連邦に送り込んでくる、この人造人間という存在が問題なのだそうだ。
巷では人が消えると彼らインスティチュートの仕業だとする都市伝説もあるらしいが。この人造人間はそれを証明するかのように、連邦の人々の姿をして本人の前に現れると。相手を殺害し、本人に成り代わって何食わぬ顔をして生活するのだそうだ。
そしてある日、なにかがおかしくなると。周囲の人々を襲い始め、死体が出てようやくそいつが人造人間であったのだと理解できるのだという。
インスティチュートの生み出すという人造人間とは、外見はそれほど生身の人間と違わないらしい。
僕はようやくこのおかしな状況について理解できた。
「つまり……彼が、人造人間?」
「そうだ!さっきからそう言ってる。こいつ、今まではずっと一緒に行動してきた。バンカーヒルまで、あと2日もないってところで。いきなり白状しやがったんだ!」
「悪かったよ。別に、危害を加えようとか言うんじゃない。これまでは上手くやっていたから――」
「うるさい!まさか一緒に旅する相手が人造人間だなんてどうしてわかるってんだ!それに、いつ寝首をかかれるか――」
「そんなことはしないよ!僕たちは同じ旅の仲間だったじゃないか」
「黙れ、ダマレッ!」
状況は切羽詰っているのは明らかだった。
同時に僕は少しだけだが、興奮も覚えていた。人造人間、連邦の脅威、もしかしてそれはこの僕自身の肉体にも関係があるのではないだろうか?そう思ったからだ。
「事情は理解した。でも、そうするとこうは思わないかな?」
「ああっ、なんだよ!?」
「彼が人造人間で。もし、送り込んできたインスティチュートであるなら。彼を殺せば、インスティチュートの恨みを買うんじゃないのかな?
だって、人造人間は連邦の誰かとすり替わるためにいるんだろう?ということは、彼もそうだということさ。つまりなんらかの使命をおびて――」
「違う!送り込まれたんじゃないよ、僕はあそこから逃げてきたんだ!」
なんで横から余計なことを言うのかな?
「ハハ、まさかそんな言葉を信じるの?恐ろしい人造人間なのに?」
「――うぅ」
「僕は他所から来たばかりだけど、思うんだ。これは触れないほうがいいって。人造人間とやらには消えてもらって、お互いなかったことにすれば――」
「忘れろだって?冗談だろう!?」
言葉は短かったが、それが答えだと最悪の事態がきた事をその返事からすぐにも理解した。
一歩前に踏み出してから、人造人間の頭を吹き飛ばそうとする相手の横から、僕は昨夜のように無表情で10ミリを抜くとためらうことなく無防備にさらされた頭部に向けて3発。続いて背後に控える相手に対しては、弾倉が空になるまで撃ち続けた。
僕のいきなりの攻撃に泡を食ったのだろう。
最初の反撃の数発は、僕の耳の横を抜けてあらぬ方向へと飛んでいったが。背後の奴の反撃はそうはうまくいかなかった。
体に衝撃が走り、腹と胸に穴が開けられてしまう。ああ、これはよくないかも。
人助け――いや、人造人間など助けるものじゃない。
そのために死体を2つも作ってしまい、僕も体に2つ穴を作ってしまった――。
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すべてが終わると、始まってから「ひっ」と悲鳴を上げてしゃがんでいた人造人間はおそるおそる目を開けて周囲を確認した。
面白いことに、彼を殺そうとした2人が死んだことにショックを受けているように見えた。
「こ、殺してしまったのかい?なんで?」
「平和が一番だと、ちゃんと訴えたよ?強引にこちらの訴えを無視しようとしたから……こっちも強引に止めにはいっただけで」
「でもっ、死んでるっ」
「まぁ、しょうがない。彼らは平和を嫌い、僕は君を助けたかった。この結果は不本意だけど誰にとっても納得できるものじゃないかな?」
「こんなことが、よかったと君は言うのかい!?」
「そうだよ。彼らは説得を嫌い、思うとおりにしようとした。僕はそれを許さなかった。そして君は死にたくない。誰も我慢してない、よい結果だ」
答えながらアキラは自分の中の変化に気がつき、焦りを感じ始めていた。
ここ数日、様々な状況で傷をおったせいだろうか。今回はたいした傷だとは思えないのに、口の中にすっかり覚えてしまったあの変化が始まるのを感じた。そのうち唇が渇きだすと、もう止まらなくなるかもしれない。
(これって常習性でもあるのだろうか?)
疑問が脳裏に浮かぶが、このまま放置してはまずいことになる。
解決策としてはバッグの中のスティムパックを使用し、傷を癒すことだが。数本しかもっていないそれをここで使っていいものかどうか、疑問が残る。
それに――もう、死体は2つ。目の前にできてしまったのだ。
「と、とにかくこの死体は片付けるよ――俺が、責任を持って」
「え……」
「大丈夫だから、君は気にしないで。ここでちょっと、待ってて」
アキラは顔に笑みを貼り付けると、両方の手を伸ばして倒れている死体の片方の足をつかんだ。死体の足首に妙な振動と、骨にみしりと力が加わってヒビが入るのを感じたが。かまうことはない、どうせもう死んでいる。
悲鳴を上げる心配のないそれらを、そのまままとめて強引に引きずると草むらの中へと消えていった。
人造人間は困惑していた。
アキラに「待ってて」とはいわれたが、このまま黙ってひとりでバンカーヒルへ向かったほうがいいのではないだろうか?
迷ったが、結局は黙ってアキラが帰ってくるのを焚き火の前で待っていた。やはり孤独が耐えられなかったのかも知れない。
なにをしていたのかはわからないが、かなり長い時間を待たされた後。ようやく戻ってきたアキラは人造人間に対し、「いやいや、ちょっと苦労したよ」とだけ告げたが。あの死体をどうやって処分したのかまでは教えてくれなかった。
人造人間も、それを聞こうとはしなかった――。
(設定)
・PIT
Fallout3のDLCの舞台。
どうやら彼は、”Vault101のアイツ”には会わなかった模様。
・アッシャー
PITの支配者であった。
レイダーを取り込み、その下に奴隷を置いて搾取した彼の真意を本気で知ろうとするかどうかで評価が変わってしまう。
・ジーン
ゲームではランダムイベントで登場する。
面白い人だが、ちょっと面倒くさい性格をしている。
・1人に2人が~
これも実際にゲームにあるランダムイベント。
ちなみに作者は毎回、この通りに話を進めている。心はない。