ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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タイトルはゆうもん、と読みます。


憂悶 (LEO)

――手を伸ばしていた。

 

 自分の体。その全てが震えていた。恐れていた。

 気が付かないうちに「どうしてこうなった?」とも口にしていた。

 

 そこではいつものように何の変化もない退屈でくそったれな”日常”ってやつがなきゃいけなかったのに。

 今、この瞬間にはそれがない。

 

 ダイアモンドシティ。

 危険な連邦の中にある、唯一のもの。

 安全があり、安心があり、だからこそ誰でもタダ(CAPナシ)では居られない場所。

 

 だが今はどうだ?

 

 怒号が、憎悪が、恐怖が。

 あらゆる負の感情がここに煮詰められ、純度の高い悪意が生成されあふれ出している。

 そこに高純度の暴力が触媒となって加わり。不信感をむき出しにした人々は、興奮し、パニックをおこしてく。

 

 血を流し。命の火が消えている。

 無残に、不条理に。

 

 いつもなら笑っているだけのあいつら、隣人同士で憎悪をぶつけあっている。

 口論、非難する奴はもういない。皆が武器を持って振り回している。もしくは周囲に叫ぶことで自分の味方を増やしてから事をおこそうとたくらんでる。

 

 今、町の中を走り回る子供たちは笑顔で楽しく遊び回ってるわけじゃない。

 握っている武器で目につく大人たちを無差別に攻撃し、殺されまいと必死に逃げているのだ。

 

 老人も老婆もそれはかわらない。

 罵りながら目の前の誰かの腕を掴んで自分に引き寄せると、手に持った武器で打擲《ちょうちゃく》しようと振り上げる。

 

 若い奴らもそのどちらかに加わるか、もしくは物陰に獲物を追い込んでひそかな暴力性を満たす享楽にふけっている。

 

 ただ正気だけがない。

 隣人が消え、獲物と敵だけしかいない町。

 

 そして自分は――。

 

(―――。どうだ凄いだろう)

 

 伸ばした手の先からふざけたひびきを持つ、いつものあいつがいた。

 

 何が凄いって?俺にはそれがなんなのかがわからない。

 

 だからアイツについなにが?と聞き返してしまった。わずかにもそいつがまだ自分が知っている奴だと思ってしまったから。

 

(私はずっとこれを見たかったんだ)

 

 この惨劇に満足していると答えた。怪物だった。

 

 自分もこの町は好きじゃなかった。どちらかと言えば嫌いだった。

 でも、だからって……。自分を怪物にするほどゆるぎのない憎悪、そんなおぞましいものは心の中に飼ってはいなかった。

 

 後悔が、絶望が自分を窒息させてくる。罪の重さが恐怖を波のように不規則に襲ってくる。

 もう俺は生きてはいられない。もうこんな世界じゃ、嫌だ。

 

 

 自分が壊れた。

 すると情景が変わる。

 

 

――手を差し伸べた

 

 建物の中のホール。

 緊張感が漂う中で、女は……少女は憎しみを隠さずに俺と自分に対して悔しがっていた。

 

(どうしてっ!?)

 

 笑いがこみ上げそうになる。

 ああ、わかるよ。続きは「こうなるんだ」だろ?その気持ちは俺にもわかる。

 

 グールであることの皴皴の肌はこういう時は役に立つ。

 わずかな筋肉の動きは許してくれないのだ。おかげて緊張感を壊すことなく無表情を気取っていられる。

 今は重要な交渉の時。おかしな誤解が生まれれば、どちらかが血を流すしかない。

 

 そう、これは交渉だ。

 部下たちの銃口が相手をねらってはいても、お互いアウトローだからまだおしゃべりの段階だ。終わりじゃない。

 

「おかしな話だと思うかもしれないが――俺はそう思ってない。これは悪い話じゃない、お前はちゃんと考えて……」

(冗談っ)

「深くだ。感情に頼るな、深く考えろ。今がその時だ」

 

 まだ納得しないか。ならば――。

 

「この手を握れ、それだけでいい。お前は納得できるさ」

(本気?握手で全てなかったことにできるって?)

「いいや。お前の”本当の敵”はもうとっくに死んでいるってことがわかるのさ」

(……)

「それにはまず俺と”友達”になろう。俺の仲間に、相棒になれ。俺のグッドネイバーであればそれが出来る。なにせあそこでやれることは全てこの俺が許可しているんだからな」

 

 微妙な気持ちはあった。

 この申し出に迷いはなかったが――これが自分にとってのひとつのチャンスであることもわかっていた。

 わずらわしい記憶と共に、それも全部自分の過去にしてしまえるという黒い誘惑。暴力は、銃は全てを解決してくれる。それがどうであれ結末をもたらしてくれる。

 

 だがそんな誘惑に俺は惑わされない。目の前の女も同じだった。

 グールになっても、握り返してくるあいつの手の冷たさを忘れられない。

 

 再び友として繋がってそれは、そのうち互いに別の苦しみを与えることもわかっている。

 俺はそれを平然と飲み込み続け。この女は別の男――俺の代価品となるものはないかと彷徨いだす。

 

 哀れな……。

 

 だが俺は。

 俺はジョン・ハンコック。

 俺の名前は、ジョン……。

 

 

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 目を覚ました。

 部屋の中で充満する死を感じ取り、全てを思い出す――。

 

 ああ、そうだったな。

 

 

 スターライト・ドライブ・イン・シアター開設から2日が過ぎていた。

 

 あの日、ハンコックはただのグールとしてあの場所に紛れ込んでいた。そこでグッドネイバー市長は色々なものを目にした。

 

 用意された住人達の住処。以前のガ―ビーがやったときのような木材の切れ端を組んだものではない。銃弾くらいならはじいてくれると期待できるような。並んでいる鉄製の箱。

 続いて彼ら住人達の腹を満たす、畑。

 無駄に広がっている平地にはバラモンが数頭。餌を与えられ、飼育されているのが見て取れた。

 

 並んでいる屋台には十分な商品が並べられ。料理のほかに酒も販売。だが薬物はダメらしい。

 商人たちの顔は明るく、客を呼び込んで見事に商売を切り盛りしていた。

 他にも居住地を守ってくれるのは若いミニッツメン達だけではなく。契約を交わした傭兵団までいるという。

 

 そしてあのショー。

 法廷ショーだったか。馬鹿で、愚かで、くだらないモノ。

 

 

 祭りが終わり。全てを確認すると、彼はハンコックに戻るべくここへ戻ってきた。

 メッドフォードのスローカムズ・ジョー。

 

 われた鏡に映るその姿はグリーサー服のグール。そしてこれはジョン・ハンコックじゃない。

 自分の姿を捨てて”他人を演じる”のは長くはやりたくないものだ。早く元の姿に戻った方がいい。

 

 そう思って着替えていたら――どうやら別人だったことで能力も失ってしまっていたらしい。

 ドアの外からにわかに人の気配が集まりだし。そこで自分がここに来て何者かにつけられていたのだとようやく気が付くことが出来た。

 

 ジョン・ハンコックならば別に問題はない。

 彼は危険な男であり、殺し屋なのだ。

 

 扉を開いてから挨拶の時間は短く、こちらからは「よォ、何か?」とだけ。

 相手はそれに答えず「ハンコック!?グッドネイバー!」とだけ。

 

 あとはまぁ、いつもの通りのことが起きた。

 銃が火を噴き、刃が輝いて血が流れた。

 

 自分が獲物としてつけられているのも気づかぬ間抜けなグールは、実は殺し屋のジョン・ハンコックだと知らず――レイダー達は自分達が間抜けであったと学びながら次々と死んでいった。手加減はしなかったこともあって誰も生きては逃がさなかった。

 

 終わると、なぜかとても疲れている自分に気が付いた。

 そして――その場で椅子に座ってもたれかかると。のんきに眠り込んでしまったらしい。

 

 

 ドーナツ屋をでると、フンっと鼻を鳴らして周囲を見回す。

 レキシントンほどではないが。ここもまだ連邦北部では騒がしい町だ。騒いでるのは狂人に食人鬼、それにアポミネーションばかり。

 するとなにかが天から降りてきたような気がした。どういえばいいのかわからないが、それはもしかしたら天啓と呼ぶものだったのかもしれない。

 

 あの新しい居住地の役割が何であるのか、わかったと感じた。

 再びあの日の、アキラを思い出す。

 

 客を集めてから始まったあのショーの間はとにかく呆れかえっていた。

 だがその最後には――驚きがあった。

 

 見ているうちに司会者が妙に場慣れしていることに気が付いて思い出した。トミー?あれは確かケイトがいたコンバットゾーンのオーナーだった奴だ。

 それでもそれぐらいなら、夢破れた男に再就職先でも見つけてやったのだろうと思えたのに。

 

 最後のカードにシルバー・シュラウドときた。

 奴はなんてことだ。あのヌカ・ワールドでやってみせたバカ騒ぎをこの連邦でもまた、自分も演出に加えることで再現して見せやがったのだ。

 

 だがあそこでやったこととは違う結果がここではおこるだろう。

 あのまごうことなきう本物のダークヒーローが見せた血みどろの一戦はこの先では伝説となる。

 

 そしてそれがあのくだらない私刑ショーの未来を、ありもしないルールにのっとった法廷ショーであると証明するケースとして人々の間であげられるのだ。ショーの開催が決定するたびに、罪人の生死が賭けの対象にされもするだろう。

 そこでは正義を愛するミニッツメンも、生きるためなら何でもする悪党も。変わらずキャップを差し出し、ショーの結果を楽しむ。

 

 そうやって彼らはいつしか利用する側としてショーを支えていくシステムに取り込まれる。

 グッドネイバーでもそれを扱う必要も出てくるかもしれない。

 

――お前はなんて奴だ、アキラ

 

 背中に冷たい汗が噴き出るのを止められない。

 若きプレイヤーは相棒と寝て。なのに殺して。恐るべき敵となりそうになったところで――俺の差し出した手を握ってきた。友になった。グッドネイバーの市長、ジョン・ハンコックと言えばちょっとした大悪党であったはずだ。そいつに仲間と認められた。

 

 だがそれでもまだ足りないものがあるというのか!?

 

 あの若者の名はこの先にも連邦の誰の耳にも残らない。あの奇妙に身綺麗に薄汚れたスターライトの始まりはミニッツメンだとされるのだろう。

 それは今までもそうであったように、これからも変わらない。

 

 ガ―ビーにしたらいきなり不愉快でも便利なモノを押し付けられた形になるだろう。

 コベナントでも、グレーガーデンでもそうだったように。

 

 もしやあいつはこの恐るべき連邦に噛みつくだけでは足らず。喰らい続け、腹の中に収め、養分として消化までしてやろうと思ってはいないだろうか?

 だとすれば――このままあいつと組み続けることはグッドネイバーにとってどうなる?

 

 あの日、ダイアモンドシティを飲み込んだ化け物。それと同じ――いや、それを越えて連邦を飲み込もうとするアキラもまた自分を怪物として作り変えようとしているかもしれない。

 俺はまた間違った選択しているのか?

 

「へっ、結局はまたこれだ。ファーレンハイト。

 お前がいなくなっても俺は俺。新しい相棒の事で悩みは尽きないぜ」

 

 ファー・ハーバーへと向かう期日が迫っている。先は暗いがなぜだろう。

 コベナントへ向かう道をジョン・ハンコックは妙に晴れ晴れとした気持ちで歩いていった。

 

 

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 デズデモーナは戻ってきたキャリントンに対し「ディーコンは!?」と荒々しく聞いたが。帰ってきたのが肩をすくめて左右に手を広げ、いなかったと伝える彼にチッ、チッ、チッと舌打ちを繰り返した。

 

 ディーコンはやらかしてくれたのだ。

 そして理由も説明せず、弁明もしないまま姿も消した。

 

 デズデモーナは怒ってる。

 なのにこのキャリントンは落ち着けと言うのだ。

 

「なぁ、デズ。用が済めばディーコンはここに戻ってくるさ」

「わかってる!でもそれがいつなのか、それがわからないじゃないの!」

「それはそうなんだが――」

 

 デズデモーナのストレスは悪化する一方だ。

 

 レイルロードの立場はさらに悪い方向へと転がり続けている。

 デズはそれを止めようと色々と手を打っているが。ここにきて新たなスカウトをおこなったこともそのひとつだ。

 

 選ばれたのは長年、レールロードのサポーターとして活動を続け。パートナーと共に確かな実績を作っていたダニー・ジョンソン・ストーン。

 そんな彼女は最近パートナーを失い、落ち込んでいたのだが。デズは彼女を組織へと引き留め、さらにレベルアップを期待してエージェントへの昇格を持ち掛けた。話はまとまったと思っていたのだが――。

 

 なんとディーコンが横から彼女の任務を奪いとり。

 さらになにかを本人と話したらしく、ダニーはレールロードから姿を消した。その理由をだれにも、デズデモーナにも語ることなく、だ。

 

 問題はどうやらディーコンはそれを隠すつもりは全くなかったようで、デズが「おかしい」と思って調べると。これが全てあっさりと明らかになったことにある。

 

「何でも屋のトムの話だとディーコンはしばらく戻らないと話してたらしい」

「あいつっ!」

「わかっていると思うけど彼を追う余裕は今の僕らにはない」

「ええ――そんなことはわかってるわ」

 

 デズは忌々しそうにタバコを握りつぶすようにして投げ捨てると、新しい一本を取り出した。

 

(怒ってるな。冷静になってくれるといいんだが)

 

 キャリントンは内心で、表向きはデズを理解しているとしながらも。彼女が今回の決断の間違いに気が付いてくれればなどと都合のいい期待をしている。

 

「ディーコンをどうしても、というなら方法はあるよ」

「どうするの?」

「タイコンデロガにディーコンとの取引を禁止するようにと伝えるだけだ。それで終わる。仕事が出来ないとわかったら、彼ならここに戻ってくる」

「そうね……」

 

 まだ足りないか――。

 

「ところで、デズ。これに見覚えはある?」

「なに?任務許可?ディーコンの?」

「ああ……以前、もう人造人間を引き連れて連邦の外に連れ出すのは御免だと断った彼の、新しい任務についてのものだ」

「えっ、人造人間たちを連邦の外に連れ出す!?これって!?」

「いつもの彼のやり口だね。姿を消して、少しすると巡り巡ってなぜか僕らが見たことがない。なのに僕らが許可したらしい重要任務を指示したものが飛び出してくる」

「なるほど。今回も?」

「――君が怒っていると聞いたからすぐに調べたんだよ。そしたら思った通り」

 

 タイコンデロガから人造人間を10人連れ、連邦の外へ逃がす。とても危険な任務だ。

 ディーコンは以前、いちどだけ同じ任務を引き受けたことがあったが。戻ってくるなり、こんな任務ならもうお断りだと宣言していたのに。

 彼もまた消えたダニーのように誰にも伝えず、考えを変えたらしい。

 

 問題はここに、ダニーから取り上げた任務。

 人造人間5人を連れて連邦の外に逃がす、というのも加わっているという事だ。つまりディーコンはレールロードのサポートもなく、15人もの人造人間の脱出を引き受けると言っている。

 彼に可能だろうか?どう考えても不可能だ。

 

「ダニーの事は仕方がない」

「キャリントン?」

「彼女は長年組んでいたパートナーを失ったばかりだ」

「ええ、でもだからこそ――」

「あのままやらせてもいい結果になるかどうかはわからない。色々と意見の分かれる話ではあった」

「でも彼女は私たちの前から消えたのよ!?」

「それもまた彼女の考えだ。ディーコンは他人の任務を横取りするような奴じゃない。

 やはり彼と話して、ダニーは考えを改めたとみるべきなんだ。それなら姿を消した理由も想像がつく」

 

 愛する人を失った自分を見つめなおせ、ディーコンはあれでもロマンチストな部分を持つ男だ。

 ダニーの姿になにかしらの痛々しさのようなものを見抜いていたのかもしれない。キャリントンはそう言ってディーコンの弁護に重い腰を上げた。

 

「人造人間たちを15人。彼が正気とはとても思えない話よ」

「どうする、デズ?」

 

 キャリントンはあえて聞くが。彼女の答えはすでにわかっている。

 

「……いいわ。彼に全て任せてみましょう」

「わかった」

 

 不信はあるが、もし本当にタイコンデロガに置いている人造人間達を減らしてくれるというならば文句はない。ふざけた話ではあるが、今のレールロードの状況を悪くしている原因の一つがあそこにあった。

 

 再始動から難しい時期を何とか乗り越えつつあったレールロードに連邦が襲い掛かってきたのだ。

 なぜか理由はわからない。わからないが――インスティチュートから逃げ出す人造人間の数が増加し。今では連邦を平然と歩き回っているらしいとわかった。

 目撃、接触、引き渡し。これらの情報は毎日、忙しく更新されている。

 

「今はどうなの?」

「先週にグローリーがまた逃がしてくれた。彼女は次もやっていいと言ってる。それで余裕ができるよ。でも最悪、何人も続けて運び込まれでもしたら……」

「それでもやらないといけない。それが私達、レールロードよ」

 

 デズデモーナは折れたりはしない。

 それだけにこんな時でも戦う意味を失ったりはしないが、それで状況が良くなるわけではない。

 

「ディーコンの事だが――」「なによ」

「もしかしてだけど、フィクサーに会いに行ったんじゃないかな?」

 

 デズデモーナの顔に変化はない。

 フィクサーは……アキラが何者かの手で誘拐されたとき。相手の情報が足りないとの理由から、インスティチュートの可能性が排除できないとしてデズデモーナは彼を見捨てた。

 新たなエージェントして立派に期待以上の働きをしてくれた若者であったが。彼のために組織(レールロード)を危険にはさらせないとあの時は難しい決断を下したのだ。

 

 しかし、だ。

 若者は有能さだけではなく、幸運をも持っていたらしい。

 どうやったかは不明だが連邦に戻ってきて、今はミニッツメンに隠れていることがわかってる。

 

 ディーコンがそれを調べたのだ。

 そしてデズに一度だけフィクサーに戻るよう説得したいと伝えたが。彼女はそれを許さなかった。

 

「まだあきらめてなかったの。彼はもうダメよ」

「デズ。ディーコンの調査が本当なら、フィクサーの立場は僕らにとっては助けになる。今のミニッツメンは連邦の北部をほぼ手中にしているんだよ?ということは、タイコンデロガの人造人間たちをそこから外へ安全に運び出すことが出来るようになるかも」

「ええ――でもそれもフィクサーがここに戻れば、でしょ?」

「そうなんだが」

「彼は無理よ。私にはわかってる」

 

 デズデモーナはフィクサーについて、アキラについてひとつだけ確信していることがあった。

 あの若者は自分が下した判断をおそらくは正確に理解している。だがそれだけだ、理屈だけでは納得しない。

 フィクサーは彼を助けない、と決めた自分を。デズデモーナを、レールロードを決して許すことはないだろう。

 

 だが、彼は若い。

 その若さが、あのディーコンだけなら助けてもよいと。そう考えるかもしれない。ならそれはレールロードの利益になる。

 

 フィクサーの力は欲しい。その彼が自分からディーコンの申し出に勝手に協力してくれるというなら喜んで利用しようではないか。

 今はレールロードにそれが必要だった。

 

 

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 ボルトを締め上げると、工具を持ち替えて鉄パイプをねじで止める。

 何も考えずに自然と体が動かせる。

 

「――ああ、レオさん。交代の時間だよ」

「ああ、はい」

 

 手早くドライバーでこれもしっかりと。

 立ち上がって自分の道具を工具箱に片付けながら、引継ぎを始める。

 

「A-3までの点検と交換は終わらせた」

「おお、さすがだねぇ」

「ただ……あの先のエリアのパイプは最悪。全部取り換えが必要になるかも。少し触ってみたけど、まったく圧が上がらない。腐食が広がっているのかも」

「――それだと大仕事になるなぁ。やっかいだ」

「うん。地上からかなりのアルミを購入しないと」

 

 片付けが終わると工具箱をもって立ち上がる。

 

「いやぁ。アンタが来てくれて助かってるよ。俺達の修理なんて終わりが見えないし、人員の増員もないからね。なかなか士気が上がらなくて困ってた」

「ここにいる時は、私もVault居住者のひとりだからね。それじゃ」

「ああ!ゆっくり休んでくれ」

 

 キングスポート灯台の後――私はダイアモンドシティに寄り道をしながら戻ってきていた。

 コズワースとカールを連れてオバーランド駅へ。ミニッツメンの将軍として行くべきと思ったが、気が付くとまたこのVault81に来て。彼ら地底人の生活を。自分が家族と味わえなかったVaultでの日常を味わっている。

 

 あてがわれた部屋に戻り、片付けていると背後に人の気配――。

 

「監督官――」

「どうも、私たちの英雄さん。今日もお仕事は上手くいったと聞いたわ」

「君のVault81はもっと自分に手をかけてくれと主張が激しいから結果を出さないとね。修理ひとつに気にする監督官も大変だ」

「そうね。ところでそのVaultスーツ、良く似合ってるわ」

「これでも200年着こなしているからね」

 

 外見はさえない探偵姿のままではここにはいられない。マクナマラの気づかいで、81のナンバーが入ったスーツを私のために用意してくれていた。

 彼女はクンクンと鼻を鳴らすとお仕事の匂いね、と笑う。

 

「この部屋は特別にシャワールームが付いているの。信じて、そのかわりにこの監督官自ら案内するから」

「それ、ここに戻るたびに聞いてる気がするよ」

「なら確かめて見ましょう、ほら」

 

 彼女に手を引かれながら、奥へと一緒に入っていく。

 

 

 夜中に急に目が覚める。

 体に密着する女の肌、腕の中に感じる彼女は肉付きが良く。あきらかに自分が愛した妻のそれとは違っているとわかる。

 

 体を起こし、腕の中の彼女から離れようとするとありがたいことにこちらに背を向けてくれた。

 罪悪感――ではないと思う。

 目を覚ましてから女性とは何度かベットを共にしたが。毎回こんな感覚に苦しむわけじゃない。

 

 これは……そうだ、アキラとサンクチュアリにたどり着いた時に似ている。

 全ては壊され、残されるはずだったもの全てがまた奪われたと思い知った、あの時。

 

 それを許した自分への怒りもそうだが。なにより何もできないまま殺された妻、連れ去られた息子を強く思ってしまう。

 再出発、新しい生活。とてもできない。

 

 アキラはそれを許してくれた。

 そして今は隣にいるマクナマラ監督官も――許してくれている。お互いに今は楽しんでるだけだって。

 

 そして私はなにもできない。インスティチュートの力は圧倒的だ、200年以上も連邦の影から支配者の振る舞いを続けている連中を、ただの衰えた元軍人ひとりだけでなんとかなるのだろうか?なるわけがない、なるわけがないとわかるべきなんだ!

 

 英雄の真似事をしてもこの関係は長くは続かない。

 称賛と無関心。ここにいるとむけられる2つの目が、自分を傷つけてくる。

 再びあるべきVault居住者としての生活を取り戻せ?全てを忘れて?

 

 いや、それは出来ない。

 まだ失ってはいない、早く走り出せと叫ぶ強迫観念から逃げられない。マクナマラ、いくら彼女がすぐれた監督官だと言っても。次代の遺伝子を選別するこのVaultで、外からたまにふらりとやってきて。子を持つ資格のない女性と逢瀬を重ねる男が――良く思われるはずもない。

 

 だが私には他に行く場所がない――。

 サンクチュアリにも、ミニッツメンにも、そしてB.O.S.だって。

 

 背中に手が置かれたことに気が付き、マクナマラをおこしてしまったことにも気が付いた。

 謝ろうとしたが。その前に彼女の顔が近づいてきて「何も考えないで」と言うと、私を再びベットに引きずり込む――。

 

 満たされることのない甘い夢。

 苦しさがあまりにも強く。それだけに悲しさが、行為に熱を。より激しく燃え上がらせる。

 

 

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 パラディン・ダンスは部隊を離れた理由はただひとつ。エルダー・マクソンの命令でレオの再調査をおこなうこと。

 そのはずであったが、彼は今はバラモンを引く女性と共に連邦の空の下を歩き続けていた――。

 

「またあそこに戻るのか?往復するような――」

「もうっ!数時間おきに言わないと我慢できないんですか?B.O.S.の人ってみんなそうなの!?」

 

 ダンスの愚痴というか嘆きは、女性の――アメリア・ストックトンを苛立たせている。

 

「だがな、あれはどうかしてるぞ。ミニッツメンというのは何を考えている?沿岸のコテージだって?地面も陥没して、ただの災害現場。廃墟なんだぞ」

「それでも彼らはあそこを居住地として利用したいって考えているんです。贅沢は言えないんですよ!」

「――攻められても守るのも難しい。どう考えても無謀だ」

 

 ダイアモンドシティへと戻ってくると、マーケットの中から走ってきてレオに話しかけたのがこのアメリアだった。

 

 

 アメリアはバンカーヒルの大商人の娘で、彼女自身もバラモンを引いて商隊を率いていたこともあった。

 ところが事件に巻き込まれ、コベナントに監禁されて以降。娘に甘い父親は、バンカーヒルに自分が閉じ込めてしまう。

 

 だがこの娘だって素直に従うだけではない。

 最近、父が懇意にしているアキラという危険な若者に自分の存在をアピール。ついに父に「彼の手伝いをしてやって欲しい」と言わせることに成功した。

 

 世間じゃちっとも噂に登らないものの、雰囲気と伝え聞いた交友関係から大悪党となりそうなアキラの存在はアメリアにとってもチャンス。

 手にするキャップに善悪は関係ない、とは父の教えだ。

 噂に聞くグッドネイバーの歌姫のような妖艶さはないが。父から学んだ商才と父とのコネがもたらす利益に興味を示さな男がいるだろうか?

 

 そんな彼女のたくらみは残念なことにうまくはいってない。

 与えられた5.000キャップでゴミをかき集めつつ。商売でもって利ザヤを稼いで大きく増やすのは余裕であったが。

 

 肝心の危険な若者は彼女とは距離を取り。

 いつも見知らぬ誰かを通じて指示が与えられていた。

 

 

 そんな彼女はこの時、最悪のミスをしでかした。

 自分とバラモン、つまり荷物を守る護衛と口論になり。クビを――というよりも「やめてやる!!」と宣言され、立ち去る背中にこっちも言ってやったというだけの事だが。おかげで身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 以前ではありえなかったが。今の連邦北部で活動する傭兵たちが如何に商人たちのやりように怒りを抱いているのか――レイダーへと舵を切ろうとしているのかという危険な兆候の一例なのだが。アメリアのブランクはそれをまだ理解できていない。

 

 とにかく窮地に陥った彼女は、マーケットでレオの姿を確認し。深い考えもなく「ちょっとミニッツメンでもつけてくれませんか」と頼むための声をかけたが――あたえられたのはなぜかB.O.S.の堅物パラディンただひとり。

 

 小心でもポジティブでありたいアメリアに、理屈臭いダンスは実に扱いにくい肉盾(ボディーガード)に思える。

 

「B.O.S.の人って、もっと寡黙な人だと思ってたのに」

「それほどうるさいか?ただ、当たり前のことを言ってるだけなのだが」

「――っ!あなただけですゥ。連邦で見る元B.O.S.の――」

「待て、元だって!?」

「ええ」

「元B.O.S.はそんなにいるのか!?」

 

 アメリアは知らないが、ダンスの脳裏にはブランディスのあの痛々しい姿が思い出されていた。しかし――。

 

「キャピタルのB.O.S.でしょ?ええ、大勢います。私みたいに商人やったり。傭兵やったり。傭兵団を指揮している人だっています」

「それは――」

「うわさで聞いてますよ。今のあなた達のボス、お堅いんですって?面倒くさいお仲間を連れ戻したり、色々やって」

「それは、それは違うぞ!アーサーは素晴らしい人だ!」

「そうなんですか?ならそれでもいいです。私、B.O.S.には興味ないですから。でもお仕事はやってください。ファー・ハーバーの話を私が潰すわけにはいかないんですから」

「ん?」

 

 脳裏にはブランディスの弱弱しい声で「戻らない」とリフレインしていたが。

 ダンスは自分が何か大事なことを聞き逃した気がして急いで頭から映像を振り払った。

 

「いま、なんと?」

「なんでもいいです。お仕事!将軍はあなたなら出来るって言ったんですよ!」

 

 ファー・ハーバーの計画を聞く前に。ダンスはアメリアを遂に怒らせてしまったらしい。

 

 

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 Vault81の食堂では居住者たちが朝の忙しい時間を過ごしている。

 ここの食堂を担当する老夫妻は、しかし慣れたもの。食堂に列など作らせず、余裕のまますでに半ば休憩に入ろうとしていた。

 

「あら、どうしました?」

「――あの男だよ。また監督官と別に食事をしてた」

「レオさん?そうだったわね、お似合いよね。仲がいいし」

 

 笑顔の老婆と違い、老人は鼻を鳴らす。

 レオに対し。色男を気取りやがって、2人が寝ていることは知っているのに、と。

 

「あらあらあら、これはこれはこれは」

「な、なんだっ?」

「あなたがそんなことをいうなんてね――若い人が羨ましいって?まぁ、いやらしい」

「そういうこと言ってるんじゃない!わかるだろう?」

 

 Vaultの秩序を守るはずの監督官の公然の秘密。ルール違反にも感じる関係。

 あの賢い娘がそんなふしだらな真似をするとは信じられなかったが――それは事実なのだ。長年培ってきた監督官への信頼とか、これからの自分達のVaultの先行きに不安を抱かないわけがないだろう。

 

 だが彼の妻はそんな亭主の心配を鼻で笑ってみせる。

 

「あらあら、そんな心にもないことを言っちゃって」

「ワシは本気だぞ!これを笑うお前の方がおかしいというのに」

「正しいのいつも私だったでしょ?だからこれもそう」

「――考えすぎだというのか?ふたりが平然とこのVaultであんなことをしているのを見て見ぬふりをしろと?」

「そうですよ。別に問題はないでしょ」

 

 奥方はケラケラと笑うと夫を洗い物をするように背中を押す。

 

 

 本当はわかってる。そして憐れんでもいる。

 あの美しさも、知性も。ここには彼女の持つそれを受け継いでくれる遺伝子はない。若い彼女はルールを捻じ曲げてもそれを選ばなかったし、年を取るたびに変化をもたらす気持ちがその決断を後悔させようと誘惑しても――それを人前では決して明かしたりはしなかった。

 

 マクナマラは優秀な監督官だ。

 

 Vault81にいれば皆が彼女をそう思ってる。魅力的な女性だが、やはり監督官だと恐れてしまう。

 ここから外に飛び出して行けた人々はここを牢獄と呼び、彼女を看守だと罵倒しているという。彼女はただここを次の監督官へと譲り渡す、ただそれだけの任務をささえにして。孤独に耐えているというのに。

 

 だから少しだけ嬉しいのだ。

 

 マクナマラはレオとの恋に淫している。

 正しいことをして、孤独に耐えるだけの無限の時間。今もそれは変わりはしないが、少しだけ違うことをやっているだけだ。彼女は情欲に溺れても、それに流されることは出来ないし。正しいことを続けるしかないのだ。

 

 だがら恐らくその関係が長く続くと思えない。

 長く生きた老婆の勘がそれを伝えてくる。つぼみが花開き、そして枯れるように。彼女は今、失った時間と可能性を探求するが。正しさだけは変えられないからその探索も終わりを見届けることは出来ない。

 

 それをここにいる全ての女性がそれを理解している。完璧であってもやはり彼女もまた哀れな女性のひとりでしかないのだ、と。

 だから監督官が好きでも、嫌いでも。それについては決して触れてはやらない。触れることを許さない。

 男たちが不満を口にすれば封じてやる。自分達が監督官にしてやれることなんて、もうそれ以上は何もないのだから――。

 

 

 その日も私Vaultの修理に手伝いに入ったが。

 いつもと違ったのは仕事が終わると道具を貸してくれた相手にそれを返しにいったことか。

 

「なんだ、ずっと持っててくれよ。アンタはここにいる時だけでも、うちの班じゃ大歓迎だからさ」

「ありがとう……でもやっぱり返すよ。もらえるほどの仕事をしたとはいえないからね」

 

 やんわりと断り、握手を交わす。再会の約束、でもこれが別れになるかもしれない。

 部屋に戻ると今日も彼女が待っていて、それでいつも通り私のVaultでの夜が始まった。

 

 

 翌朝の目覚めは、いつもと違っていた。

 

「次に戻ってきた時は、凄い計画を話せるかもしれないわね」

「なに?」

「あなたとあの若い子が見つけてくれた秘密のエリア。あそこに手を入れて、このVaultを拡張させられないかなって考えているの」

「――それは凄いね」

「そうでしょ?」

 

 マクナマラはあえてそれ以上は言わなかった。

 計画はまだ自分の中で温めている段階だ。だがもしこれが実現できるなら――今、Vaultでおこなわれている子供の出産計画に革命がおこせるだろう。居住区は拡張され、仕事も増え。そして問題だってさらに今よりもっと増えるはず。簡単な事ではない。

 

 

 彼女は監督官として珍しく、この時は私の旅立ちに立ち会ってくれた。贈り物まで用意して。

 

「これは?」

「やっぱりこっちがあなたにはいいと思うの。気に入ってもらえるかしら」

 

 111のナンバーが入った新しいVaultスーツだった。

 どうやら探偵服は自分には似合わないと彼女は思っていたらしい。

 

「ありがとう――大事に着させてもらうよ」

「ん、それじゃ気を付けて」

 

 気が付くと周囲にいた整備や警備員の姿が消えていた。ふたりだけで別れを惜しんでいた。

 皆、どうも監督官が邪魔で食事に行ったようね、と彼女は笑った。

 

 あの聞きなれた気もするVaultの門が開きだすと、私は思わず彼女を――マクナマラを抱き寄せてキスをしていた。

 この瞬間にわずかに感じる後ろ髪引かれるこの思いはあの扉から一歩踏み出すだけで自分の中から霧散してしまうことを知っている。でもそれが――。

 

 

 Vaultの扉は開くと同時にすぐに閉じられていく。

 

 入り口には居住者たちから監督官と恐れられる女の姿なかった。

 そしてまだ自分を父親だと思っている男の姿も消えていた。

 

 Vault81のロビーは無人だった。

 

 

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 わずかな違和感の後、目を開けると――そこは見たことのない場所。

 ではなかった。

 

「なんだ?なんでこうなるっ」

 

 Z2-47は自分がトイレの個室の中で、便座に思わず腰かけている自分の姿に困惑し。悪態をつくことも忘れていた。

 

 

 インスティチュート・コーサ―と呼ばれる人造人間たちがいる。

 彼らは人間と変わらぬ高度な判断力を持って柔軟に状況に対処できる存在として連邦で活動していた。

 

 今回、コーサ―に与えられた任務は状況に変化を与えるため、展開中の部隊を直接に指揮するため、と聞かされていた。

 

「排便所とは、最悪だ。まったく」

 

 扉は錆びているようで素直に彼を外に出そうとはしない。

 仕方なく蹴破ることにする。まったく、彼はいつだってついていない。だが任務は果たす、それだけは絶対だ。

 

 トイレから出るとそこが地下鉄駅だと理解した。

 よく聞けば階下で交戦もしているらしい音も聞こえている。どうやら組織は気を聞かせて部隊から少し離れた場所に送った結果が――まぁ、いいだろう。

 とにかく部隊と合流しないといけない。

 

 

 グローリーの計画はすでに崩壊している。

 何度も蹴散らしたはずなのに。追いすがってくるインスティチュートの人造人間による部隊はもういくつめだろうか?

 

「も、もうつきあってらんねぇよ。勝手にしろ」

「おいっ」

「何がエージェントだ、狂人め!!俺は御免だ。もうこんなことつきあうもんか。死にたくねぇ!」

 

 撃ち尽くしたらしいパイプ銃を放り出すと、ガイドとなるはずのそいつは暗闇の中に向かってひとりで駆け出して行ってしまった。

 どうやら今のがレールロードとの決別の挨拶だったらしい。逃げて言ったはいいが、丸腰で生きていられるかどうか。まぁ、気にする必要はないだろう。

 

 不安そうにグローリーを見上げてくる人造人間たちの8つの目をあえて見ないふりをする。

 代わりにリロードを終わらせ「さぁ、消えちまいな!」と叫んで飛び出すと、手に持ったミニガンも回転音を響かせた!

 

 

 Z2-47が部隊に近づくと、2体が彼の接近に気づいて近づいてきた。

 

「報告を」

「逃亡中の人造人間を確認。現在も追跡を続行中」

「トラブルだと聞いた。なにがあった?」

「複数の人造人間を新たに確認しています」

「は?追っているのはひとりだろ?集団がいるという事か?」

 

 答えが返ってくる前に、暗闇の向こうから火を噴くミニガンによる反撃が開始された。

 Z2-47のそばにも火箭がかすめ、慌てて姿勢を低くする。なるほど、そういうことか。

 

「どうやらレールロードとやらがいるんだな」

「可能性はあります」

「可能性だって!?」

「捕獲対象の一味から抵抗が激しいため、あなたの協力を求めます」

「――部隊の被害の規模はどうなってる?」

「これまでで4割」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 まったくいつものことながら自分はツいてない。こんな状況だと正確に知らされていたなら、損耗している部隊ではなく。新しい部隊と一緒にやってきたのに。

 

「捕獲対象がレールロードの奴らと一緒だというなら、激しく抵抗するさ。なぜそれを報告しなかった?」

「……」

「まぁ、いい。やり方を変えればすぐに解決する」

 

 Z2-47は任務をしくじることだけはしない。それは絶対に運は関係ないからだ、そう考えていた。

 

 

 グローリーは追撃してくる部隊の足が止まったことを確認すると4人の人造人間に走って逃げるぞ、と言おうとした。だがいきなりその中のひとりが「あっ」と声を上げると、がくんと首をうなだれて動かなくなってしまう。

 

 そいつの周りにいた人造人間たちはなにがおこったのかわからなかったが、グローリーだけは違った。

 反響してよくわからない向こうからの呼びかけあれが原因だ!

 

――リコールコード!コーサ―が来ているわけか

 

 もうこいつは助けられない。

 思考がリセットされ、次の指示を与えられるまで動かなくなる。人に近いと言っても所詮は作り物なのだ。機械と同じ、プログラムとして与えられたコマンドは絶対に無視できない。

 

「いくよ、私らだけで!」

「えっ、でもこの人は――」

「時間を稼いでくれる。わかったら走りな、さぁ!」

 

 グローリーの顔も歪んでいる。こんな不快な経験はしたことがなかった。

 助けるはずの人造人間をあえて、時間稼ぎとして置き去りにし。奴らに返すような真似をするなんて!

 

 だが今はそれが必要なのだ。

 

 棒立ちの無表情となった人造人間をその場に残し。グローリーにどやされ、一団は闇の中へと消えていく。

 代わりに来た道からライトが照らされた。

 

「よし、止まってるな。誰かを選んでこのまま進ませろ」

「了解。次の指示は?」

「回収後に再び追跡――どうやら連れ帰る人造人間はひとりだけではなくなった」

 

 Z2-47の言葉に人造人間たちは短く了解とだけ返す。

 

 グローリーはその後も厳しい追撃を受けたが、気が付くといつのまにかあんなにしつこかった追手が消えていることに気が付いた。

 そして――自分もまたひとりになっていることにも。

 

 彼女は初めて、レールロードへ「おそらく失敗した」と報告した。

 インスティチュートが最後に自分が連れていた人造人間全員を回収したとは思わないが、だからといって消えた人造人間たちが再びレールロードに保護されるとも思えなかったから。




(設定・人物紹介)
・女
ファーレンハイト。
恐らくこんな感じで、というオリジナルのシーン。

・メッドフォードのスローカムズ・ジョー
メッドフォードは連邦中央部からやや東寄りにある町。
病院はスーパーミュータントが暮らし、人造人間からレイダー、フェラルまでバラエティ色豊かな戦闘を楽しめる場所で知られている。

 スローカムズ・ジョーはドーナツ屋。

・ダニー・ジョンソン・ストーン
名前だけ出てくるオリジナルキャラ。
もっと前にパートナーと登場し、暴走気味に暴れるアキラとディーコンと組むというエピソードがあったが書くことはなかった。

彼女は家族を失った日。置き去りにされていた彼女を嫌っていた兄が助け。それ以降、人が変わったように優しく彼女を守ってくれていた過去がある。
 実際は家族は彼女を捨てて逃げたが殺され、人造人間が兄の姿をして彼女を助けていたという事実を知ったが。彼女は兄として、家族として暮らすことを望んだ。

 最後の家族を失った後、インスティチュートへの復讐のためにレールロードに参加していた。
 恋人も出来たが、任務で彼女の目の前で殺されてしまった。
 デズは彼女を高く評価し、組織の残そうとエージェントへの昇格を申し出たが。ディーコンの説得を受けると姿を消し、もう2度とレールロードに参加しなかった。

・Z2-47
インスティチュートのコーサ―のひとり。
どうやら自覚するほど運がないらしい。

原作では孤独なサバイバーには絶対に必要な存在だが。ここではどうだろうか?

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