ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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新章突入!
ファー・ハーバー再上陸が迫る中。連邦はさらに新しい動きを見せていく……。

次回は来週ぐらい。


Shutter Island
狂気纏う正義 (Akira)


 遠くで雷が鳴っている――。

 そう理解すると同時に映像が見えてきた。

 

 暗い海の上に浮かぶ島。空もまた黒い雲に覆われ、中に光があちこちに走っているのが見える。

 なぜか風を感じないせいだろうか。まるで島の中からあふれ出てきてるような霧が、地上の全てを隠そうともしている。

 

(どこだろうか?)

 

 ついそう考えてしまう。

 仕方のない事ではあるが、こんなことをすればいつものように当然の答えが返ってくる。

 見知らぬ様々な人々の口から「ファーハーバー」と唱和が始まり。次第にその声は怒号へ。

 

 こういう時は耳を塞いではダメだ。

 経験からそれを知っているので、やはりいつものように視線を新しいモノへ移そうとする。

 振り向いた先には2つの映像が――未来が待ち構えていた。

 

 

 最初の未来は緑の霧に覆われた同じ島だった。

 次の瞬間には地面に立ち、目の前には廃墟が。聞こえてくる潮騒の音で元は港町だったと思った。

 気が付くと勝手に足が動き、町の中に入っていく――そこで気が付き、ギョッとしてわずかに躊躇した。

 

 町の中からは死臭が漂っていた。それもまだまだ新しいモノ。

 炎の燻り、肉の生焼け。塩の匂いに交じるのは泥のまじった草木の腐ったモノ。

 そしてそのやり口から何が起きたのかはすぐにわかる。この港町はついに飲み込まれてしまったのだ――。

 

 

 町には新たな住人となった大勢のマイアラークがいた。

 あちこちでそれが固まっているのは、そこにおそらく人であったものがいたからだろうと思われた。彼らの体や腕の隙間から時折のぞけるのは、骨とそれにこびりつく肉片――。

 アポミネーションの持つどう猛さが発揮され、蹂躙された人々のなれの果てであった。

 

 町は殺されたのだ。

 

 マイアラーク達のそばを通り抜けつつ、哀れな島民と思われる人々の残骸が犯されているのを目をそらすことも出来ないまま通り過ぎ――。

 

 するとこの先に人の気配を始めて感じた。

 「え?」と思う話だが、なぜかそれはわかった。

 

 海に延びる橋げたの先端では、マイアラークの女王と、見たことのない化け物たちがやはり大勢いて。信じられないがそこに立っているひとりの人間に服従を示すように集まっていた。

 

――HAHAHAHAHAHAHHAHAHAHA!

 

 男は――いや、若者は笑っていた。

 おかしな触角をはやし、顔を隠すようなヘルメットをかぶっていたが。声を聞けばすぐに分かった。

 

(アキラ?)

 

 思わず問いかけてしまった。

 サンクチュアリでは若さに似合わぬ知識と、他者に支配されることを嫌う独特の反発力をみせたあの若者。

 自信なさそうに自分を東洋人、日本人で、五十嵐 晃と書くのだと教えてくれた。

 

 こちらの問いかけが聞こえた――とは思えなかったのに、彼は笑うのをやめると身動き一つ取らないで付き従うアポミネーション達に対し、王のように振る舞い始める。

 

――我が同胞たちよ!腹は一杯か?いや、そんなはずはない。

――次の餌だ。次の戦いだ!すぐにくるぞ。すぐに始まるぞ!

 

 町をひとつ、そこに暮らす人々すべてを飲み込んだばかりだというのに。

 彼は次の戦いの到来を告げている。

 

 そしてその言葉は正しいようだ。

 殺されたばかりの港町に進軍を開始する、島の中を進撃するスーパーミュータント達を見た。

 

――戦争だ!!

 

 再び狂ったような、おぞけの走る若者の笑い声が始まった。

 あまりに凄惨な情景の洪水にさすがにこれ以上は耐えられず、この未来を突き放すとまた別の未来が飛び掛かってきた。

 

 

 そこはやはりまた同じ島の頂上付近なのだろうか?

 森に囲まれた建物――そこに飛来するベルチバードが複数。船体に描かれた模様からそれがB.O.S.だとわかった。

 

――戦士たちよ、敵を殲滅せよ!

 

 指揮官の言葉を合図に、地上に装甲をまとった兵士達が次々と降下を開始する。

 

 ここもまた戦場のようだ。

 

 地上ではよく知っている光景が始まるものの。戦況は片方が圧倒していたのは明らかだった。

 パワーアーマーは全てをなぎ倒し、人々が悲鳴を上げて倒れていくのを当然としているようだ。何人かは降伏を申し入れようとしたが、彼らの期待する返事の代わりにレーザーがぶち込まれる。

 

 ここでもやはり、虐殺が始まってしまった。

 

――殲滅だ。降伏を許さず、逃がしてもダメだ。全て殲滅しろ!

 

 B.O.S.の兵士達は命令には忠実だった。

 彼らは建物内をくまなく歩きまわり。見つければそれが女でも男でも、武器を持たない老人であったとしても構わずに相手を殺していた。

 

 今回もまたやはりそんな彼らの中を通り抜け、いつしか指揮官のそばへと移動していく。

 指揮官はパワーアーマーを着る2人と何事か話しているようだ。

 

――アカディアへようこそ、ナイト・ラーセン

――パラディン。自分は今回の作戦の指揮官を務めている、2人ともご苦労だった

――すぐに動いてくれて助かったよ

――聞いてはいたがここは最悪だな。ここにいる人造人間どもは自分達で組織を作り、仲間を集めていた

――中には訓練された兵士もいた。彼らがさらに仲間を増やし。軍を作る前に叩き潰せて本当によかった

 

 どうやら殺された人々は人造人間だったようだ、とここで理解する。

 島には逃げてきた人造人間たちのコミュニティがあって、そこをB.O.S.が襲撃したようだ。

 

 なのに勝利にわく兵士達の横を、コートを羽織った人造人間が無言でとおりすぎ。興味がわいて彼を追うと、ある場所で足を止め(なんてことだ)とつぶやいた。

 その視線は積み上げられた人――人造人間の山に混ざった。若い東洋人の女性に向けられたもののような気がした。

 

(助けられなかったんだ)

 

 機械のくせに老人のように、その独特の苦いものを無理やりに飲み込むよううな言葉は誰に向かって放たれたのだろう。

 しかしコート姿の人造人間は無言で立ち尽くし。周囲の騒ぎに加わることはなかった。

 

――とにかく作戦は完了した

――ああ

――これで奴らのテクノロジーと情報を回収すれば、連邦に巣くうインスティチュートの壊滅も近いだろう

――ああ、私もそう願っている

 

 指揮官にそう答えたひとりがパワーアーマーのヘルメットをとる。

 

(ああ……)

 

 現実ではないが、思わず呻きたくなる。

 フランク・J・パターソン Jr。あのレオだ。

 ミニッツメンの将軍であったはずの彼は、なぜかそこではB.O.S.のパワーアーマーを着て。彼らの仲間のように振る舞っていた。

 

――これでインスティチュートの化けの皮をはがせるはずだ

――それだけではない。もっと重要なことがある

――わかってる、パラディン・ダンス。次はアンタゴナイザー、奴の脅威も必ずここで終わらせてみせる

 

 レオの声は喜びで弾み……なぜか蹂躙された人造人間たちの残骸を冷たい目で見降ろしていた。

 アンタゴナイザー?それが誰かはわからないが。

 あの港町でアポミネーションと共に勝利を祝っていたあの若者の哄笑が再び耳にこだました。これは悪夢の未来、最悪の世界なのだと震えながら理解する。

 

 

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 それは突然の覚醒だった。

 自分の体が揺り動かされ、眠りの中で突如として始まった”サイト”は終わりを迎えた。

 

「……なんだい?」

「ママ・マーフィ。大丈夫?」

 

 覗き込む相手に老婆は微笑みを浮かべる。

 悪夢であったとしても、それは”サイト”である限り忘れることは出来ない。心には恐怖がこびりつき、気を付けないと体は震えだすことを求めてくる。

 

「ああ、ああ。大丈夫さ、ありがとうマーシー……ダメだね、うっかり寝てしまっていたよ」

「ふふふ、いいのよ。楽にしていて」

 

 癇癪を起すことなく笑い返したマーシーは、それだけ言い残すと畑へと戻っていく。

 どうやらこの老婆を心配して作業を中断してわざわざ様子を見に来てくれたようだった。

 

 悪夢は終わったのだ。気持ちを切り替えなくては。

 ママ・マーフィはうーん、と椅子の上で体を静かに思いっきり伸ばす――。

 

 ここしばらくのサンクチュアリは平和が続いていた。

 帰ってきたレオの暗殺未遂事件が起きた時はどうなるんだと大騒ぎだったはずなのに。あれから何も事件がない。

 誰もが欲しがっていた平和な日常。それが毎日続き、このまま永遠に続けばいいのにと皆が思っている。

 

 しかしママ・マーフィは体が弱くなった。

 以前は皆と一緒にどんな悪路だって自分の足で一日中歩けたというのに。今は仕事をすると息が切れ、何度も転びそうになってる。「仕事をしなくていい」とまで言われそうになったが、それだと寝たきりになるぞと脅し返して断ることは出来た。そのかわりだといってスタージェスがそれはそれは見事な椅子を贈ってよこしてきた。

 

 老人扱いされるのは不愉快だが――正直、椅子は気に入った。

 

 以来、ママ・マーフィは休憩時間は決まってここに座って大空の舌で過ごすようにしていたが。まだ誰も気が付いていないが、仕事以外でも。彼女はこの椅子に腰かけていることが増えている……。

 

 それよりも、だ。

 今は見たばかりの”サイト”について考えるべきだろう。レオとアキラ、彼らの困難な旅はさらに厳しさを強めているらしい。

 

(彼らは島へ行く?なぜ?どうして?)

 

 わからない。

 だが……自分は一足先にその結末は見ることが出来たのではないだろうか?

 あの2人は互いにこの連邦で自分が望む未来を手にしようと必死にもがいている。そしてだからこそ彼らは互いを必要としているはずなのに、あの悪いものを持っている島の力は。ついに彼らを仲たがいさせることに成功してしまうという事なのか?

 

(彼らに忠告を――)

 

 するべきではない、とママ・マーフィは思った。

 彼らの旅の始まりに自分はすでに大きくかかわってしまっている。ここでどんな形であれ自分の”サイト”が再び彼らの視線を動かしてしまうような危険な情報を与えるのは、良い結果になるとは全く思わないからだ。

 

 つまりはなるようになれ――乱暴で、無責任かもしれないが。それが恐らくは良いのだと無理にでも納得する。

 

(それに――)

 

 ママ・マーフィの”サイト”は絶対の未来の予言ではない、はずなのだ。

 いつか彼らと再会する日が来た時、あの小島では自分が見た未来とどれほど違う結果に終わったのか。彼らと笑って話せる日があるかもしれない。

 

 椅子に座りなおし、目をこすっても重たい瞼の下で。

 ママ・マーフィはサンクチュアリで平和に暮らす皆の姿を穏やかな気持ちで見つめていた。

 

 

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 連邦東海外の騒ぎがまだ終わらない頃――。

 バンカーヒルに久しぶりに名のある傭兵団が帰還した。

 

「おい、品物はデブのところでチェックを受けてこい」

「了解」

 

 ノーマン・ドナルド・ランボーは返事をして荷物をもっていく息子の背中を見送る。

 

「あたしらは、パパ?」

「どこか適当に――いや、男はダメだ。酒にしておけ、その代わり俺達を待たずに勝手に始めてていいぞ」

「――やった」

「俺はストックトンの爺さんと話してくる」

 

 亡くなった妻と同様に美しいはずの娘たちはにやりと笑うと自分に背中を向けて大喜びしながら去っていく。あれじゃ、いい男を捕まえろとは言えない。もう何度も繰り返し思っていることを認めつつ、ため息をつく。

 

 ランボー傭兵団はここ数年、この連邦ではトップレベルの傭兵団のひとつだと言われている。

 そうなるようにノーマンは努力してきたし。チームも苦労してきた。彼らの持つ装備はかのB.O.S.の部隊を相手にできるが、そのせいで消費される弾や雑貨の単価が高くなってしまう。

 

 だから彼はいつだって高額の契約料を求めている。

 

 目当てのストックトンは店にはいなかったが、ちょうど散歩から戻ってきたところだった。

 ノーマンが「よう」と声をかけると「戻ったか」などと当たり前のことは言わず。「こっちで話を聞こうと」だけ言った。バンカーヒルの商人ってのはそういうものだ。

 雇用主であるために、傭兵とは報告とキャップの話しかしたがらない。仲間を失ったとこちらが嘆けば、帰ってくるのはお悔やみの言葉ではなくキャップ、キャップ、キャップ。そして契約書である。

 

「予定通りだったようだな」

「予定だって?ああ、期日には間に合ったがね。今回も冷や汗はたっぷり。ひどい目にあわされたさ」

 

 机につくなり、軽く嫌味をきかせてみる。

 効果はない。

 

「誰か死んだか?」

「――いや、怪我人だけ。白状するよ、実際のところ大したことはなかったよ」

「伝えた情報はちゃんと生かされたというわけだな」

 

 老人の言う通りで、返す言葉がなにもない。いつものように微笑みだけ、むけられている。

 

「では――」

「いや、終わりだ」

「ん?」

「爺さん、あんたの依頼……苦労させられたが悪かったわけじゃない。でもな、だからってこうも立て続けにとんでもないところに行って来いと言われちゃこっちだってたまらねぇよ」

「ふむ、泣き言か」

 

 さすがに腹が立ってきた。

 

「あのな!図書館に始まって、議事堂だの、なんちゃらいう兵器会社だの。俺達をどんな奴らのところに送り込んできたと思ってる!」

「危険な場所。危険な連中じゃ」

「そうだよ!図書館じゃスーパーミュータント。議事堂とやらはマイアラークの巣で、兵器会社じゃ狂ったガンナーズがいやがった」

「だがキャップにとどまらず十分に手当てはあったはず。お前たちは苦労はしただろうがそれが傭兵だ。むしろこれだけ難しい任務をこなしても死人が出てないことを感謝するべきだ」

「ああ!だがこれもビジネスなんだよ。俺達だってこう毎回死にかける目にあったなら、キャップの山を見せられたとしても次はもうお断りだ!」

「報酬を上げろと?これだけ十分なキャップを手にしてもまだ足りないとは」

「これはキャップの話じゃねぇ。俺のチーム全員の命の問題なんだよ」

 

 今回こそきっぱりと断ろう。そう決めていた。

 

 自分達には休暇が必要な上、連邦の状況にキナ臭さを感じ始めているのも理由だった。

 すでに十分な評価とキャップは手に入れているのだから、わざわざこんな時期に鉄火場に立って目立つ必要はない。しばらくはダイアモンドシティかグッドネイバーで静かにしていたい。出来る限り、だ。

 

 老商人に口説かれないうちにこの場を立ち去ろうと腰を浮かしたところで、ストックトンは意外な言葉を口にする。

 

「まぁ、落ち着け。茶でもどうだ?」

「――あんた今、おれに茶がどうとかいったのか?」

「そうだ。飲むな?いや、飲んでいけ。少し話をしよう」

 

 店先に合図を送ると、まるで待ち構えていたようにお湯とポット、カップが運ばれてくる。

 

(やられた。思わず聞き返しちまった、俺のバカ!)

 

 傭兵はもう立ち去ることはできない。

 ノーマンは仕方なく腰を下ろし、用心深く老人の手つきを見守っている。

 

「お前とは子供について話すことはなかっただろう」

「フン、傭兵のガキに興味があるのか?娘が欲しいとか言ったらぶっとばすぞ」

「――ワシにも娘はいる。かわいいものだ、この世界だからな。あの子の未来を憂いない日はない」

 

 お前もそうだろ?老人の目がそう訴えていた。

 

「まぁな」

「だが傭兵団である以上、危険と犠牲を増やさないためにあえて難しい依頼をこなさなくてはならなくなる。たとえどんな犠牲を払っても」

「――傭兵のことをよく知っているようだ」

「当然だ、知らねば使えん。お前たちが仕事で銃を構える時は、ワシがそうしろと命じたということだ」

「そういう考え方が出来る奴ばかりなら、こっちも有難いんだがな」

 

 お茶に香りがつくまで待てという。

 

「どうだ、少し次の依頼の話を聞いてみないか?ノーマン」

「やっぱりな。それが狙いだったんだろ?」

「そういうことではない。お前の子供たちの事、それが次の話と関係があると伝えたいだけだ」

「へぇ。いいぜ、なら聞くよ」

 

 老人の手が伸びてきてノーマンの前にカップを置いていく。

 

「――お前は気にしなかったんだろうがな。今までの依頼は全て、私の名前を貸してのことだった」

「つまり依頼人は別にいる?そうか、だがこっちは別に気にしないぜ」

「だろうな」

 

 ストックトンはあいまいな笑みを浮かべる。

 ノーマンがその笑みの意味を知るのは、未来の話になる――。

 

「レキシントンのそばにスターライト・ドライブインというのがあるのを知ってるか?」

「どうかな。覚えてない」

「ミニッツメンのプレストン・ガ―ビーが……」

「ああ!今年の初めに崩壊した。それならわかる」

「そこが再び動こうとしているんじゃ」

「……ちょっと待て、もしかして次の仕事ってのは?」

「お前の傭兵団を居住地に招きたいそうじゃ。契約を結びたいとな」

「俺達に守ってくれってわけか?」「……」「いや!そんなわけがないな、再開するって事はそこはミニッツメンの居住地だ。なら、奴らはそこを自分たちで守るはず。俺らのような傭兵団を近づけねぇ」

「そうだな」

「爺さん、おれをからかってんのか?」

 

 ストックトンはノーマンを見やる。そろそろいい加減だろう。

 

「ある人物にワシは力を少し貸している。この話にもな」

「なるほど。そういえばあんたのところは不思議とミニッツメンはなにも言わないって話だったな。ここにいる木っ端商人どもがくやしがってた」

「ある人物はそこに傭兵団が欲しいと考えていてな。ワシはお前ならどうだと言っておいた。お前達の力を彼も知っているからな」

「――クソっ」

「いい話だぞ。上手くいけばそこは連邦西部に大きなキャップの河を生み出す可能性に満ちている」

 

 ノーマンはなぜかまた小さく悪態をついて、まだ暖かいであろうカップの中の液体を飲み干して見せる。

 

「お前の傭兵団。部下や子供たちは落ち着いて平和に暮らせる。居住地警備は傭兵団の夢だろう?」

「……俺をなめるなよ、爺さん」

 

 ノーマンの顔が苦虫をかみつぶすような顔になっている。

 

「俺達に散々危険な場所に送り込むような奴が、ただの町の警備を任せる?そんなわけがあるかい」

「ほう」

「俺達に選んだ?最初に持ってきた?ってことは、この話。断れない奴じゃねーか!」

「そんなことはないぞ。お前も言っただろ、これはビジネスじゃ」

「俺が断ったらどうなる?次にこの話を持っていった先で、そいつらに俺達を潰してこいと条件が付くんだろうがっ」

「それは依頼人の考え次第だな。ワシにはわからん」

「クソ爺ィ――」

 

 怒り出すノーマンを見て、ストックトンは調子を変えて語り掛ける。

 

「思うに、お前はただ引き受ければいい」

「俺のチームに飼い犬になれって?」

「どんな飼い主なのか、それを考える前に見るべきだと言ってる。どのみち悪い話ではないのだ」

「どうだか!」

「野良犬生活に未練があるわけでもないだろう?それにお前の娘たちはどうだ?お前や傭兵団がなくなれば、どうなる?」

 

 不安をつつかれてしまった。

 暴力にまみれた安定しない生活しか自分は家族に与えてやれなかった。

 

「――あいつらは。娘達はダメだろうな、レイダーになっちまう。うちは代々兵士の家系なのにな。ついに馬鹿を誕生させるかもしれねぇ」

「息子はどうだ?」

「あいつは俺と違って……メカニックで食っていけるくらいの腕はある。だが、家族を愛してる――」

 

 銃など握らない生活も出来たかもしれない。

 だがそれには自分の手から離すしかなく。ノーマンはその決断が出来なかった。

 

 わずかな空白の時間が流れた。

 

「まだ俺が母親の腹に入って頃の話さ――親父たちは仕事でしくじってな。長い旅路のなか、仲間を失いながら逃げていたらしい。

 ある時、たまたま近寄った小さな村がレイダーに襲われててな。親父たちは結果的にそいつらを守ってやったんだそうだ。おかげでえらく感謝されて、そこに残ってくれって」

「いい話ではないか」

「ところがそうじゃなかったらしい。報酬が話にならないと親父は断ろうとしていたが――母親が一生に一度の願いだって言って。それを引き受けさせたんだ。おかげで、俺達の世代は無事に生まれることができたと聞かされている」

「ほう」

「いい7年だったよ。いまもあの時の記憶は残ってる。最後は悲惨だったけどな、多くを失って。わずかに新しい仲間を加えた。状況がまた難しくなっただけだって、子供でもそれくらいはわかってた――」

 

 自分も子供たちにそれを与えてやりたかった。だが現実は?

 彼らは愛する家族、母親を失い。父親は厳格なリーダーでしかなく、力にとりつかれてしまっている。

 

 ノーマンはため息をつく。

 

「わかった。どうしたらいい?」

「――それほど心配はいらんよ。デブが大丈夫と言ったら、それを持ってお前たちはすぐにドライブ・イン・シアターにむかったらいい。彼は今、そこにいるからな。これは彼に直接会える数少ないチャンスだ」

「気に入られなかったら?運が尽きてるのかも」

「大丈夫だ。ワシはお前が好きだからひとつだけ忠告してやる。それは絶対に忘れるな」

「?」

「お前には彼が甘い夢を見ているだけの若者に見えるかもしれないが――馬鹿なことはやめておけ。バラモン革を使ったなめらかな肌触りのするソファーに横になっても、お前の背後には常に彼の目があると考えろ」

「裏切りは許さないタイプか」

「子供達にもきつく言い含めておくといい。ワシの知る限り、あの若者を敵と呼んで生き延びた奴は驚くほど少ないからな」

 

 ストックトンは落ち込んでいるノーマンから視線を外す――。

 彼の姿は間違いなくかつての自分の姿と重なる。グッドネイバーに登場と同時に殺戮をやってのけた話題の新人。それがあろうことか娘の命を救ったとわかったあの日。

 それからは色々と融通もしたが、不愉快なことは何も起こってはいない。

 

 バンカーヒルは今日も平和だ。

 だが明日はどうなるかはわからない。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 キングスポート灯台の解放、それは将軍からの命令であり。プレストン・ガ―ビーはすぐにもダイアモンドシティの兵士達にこれを公式発表するように手を打った。

 ロニーの話では将軍はこちらに戻ってくるつもりらしいとの話であったが。残念ながらまだ戻っていない。

 いや、もしかして顔を出してないだけというのでは――。

 

 それを確かめたくとも、ガ―ビーは身動きが取れない。

 

 ああ、なんて皮肉な話なんだろうか!

 兵士がいないから救援にはむかうことが出来ないと嘆いていたはずなのに。戦いは終わって勝利した結果、やっぱりまだ動けないでいる。

 

 灯台に送る新しい住人達のリストをスロッグとグレーガーデンの代表から知らされ。彼らを無事にたどり着けるように新しいミニッツメン達をそちらに送る。さらにこれによって巡回ルートも新しく見直さなくてはならない――。

 

 仕事はどんどん増えていくばかり。

 

 さらにガ―ビーを失望させた新兵共は雁首揃えて訓練生に差し戻し。今更ながら手入れのいきとどいたレーザーマスケットを担ぎ、ちゃんと洗濯された身綺麗なダスター姿の旧ミニッツメン達との面会を適切に処理していかねばならない。

 自分が犯した間違いを知り、正しいものへ戻したいと思うのだが。次々と押し寄せてくる雑事がそれを許してくれそうにない。

 

(ツケを払えってわけだな。俺はなんて馬鹿なことを――)

 

 後悔してもしょうがない。

 

 緩やかに変えてきたことをいきなり戻せと命令すれば反発が出る。

 使える新兵はすぐにも、ひとりでも多く必要な現状で。彼らを訓練する教官たち(旧ミニッツメン)を混乱させては――。

 

(過ちは繰り返さない。それが、それがこの新ミニッツメンであったはずなのに!)

 

 足りない兵士のかわりは――元傭兵や旧ミニッツメンを頼る。いや、今は頼るしかない。

 これはガ―ビーが自ら望んだこと。新しいミニッツメンにと望んだことだった。

 

 自縄自縛、滑稽に過ぎて己を笑うしかない。

 

 

 睡眠不足、肌が黒いと言ってもそろそろ人相も変わってしまいそうな状態。

 そんな時ひとりのメールマンが、ガ―ビーに面会を求めてきた。

 

「なんだ?急ぎなのか」

「そんな感じはありませんでしたけど、本人にだけ伝えると言ってます」

「そうか」

 

 会ってみると先日とは別のメールマン。そして渡されたのは一枚の封筒――。

 

「これは?」

「招待状、お迎えに上がります、だそうで」

「そ、そうか――アキラ?」

「じゃ、自分は帰ります。では」

 

 メールマンとは総じて留まれない連中らしい。要件を済ませると本当にさっさとオバーランド駅から姿を消してしまう。

 昼過ぎ、予告された時刻通りにベルチバードが着陸する。私は乗り込む以外の選択肢はなかった。

 

 

 衣装室ではトミーの準備が進んでいる。

 ケイトはその後ろ姿を黙って見ている――今日はこの友人の晴れ舞台となる、はず。

 

「ふむ、どうだろうな」

「……」「なんだ、ケイト?」「やっぱりあんたはスーツが一番だよ」

 

 アキラはトミーに契約の証として黒のスーツを贈っていた。

 以前と違って今日は洗濯された綺麗なそれ。同じグールでもコンバットゾーンの頃とはまるで別人のようだ。

 

「今後は似合うようにしないとな」

「あたしは安心して見てるからね。自分があんたのショーを見る側になるって、想像したことがなかった」

「ああ……俺だってまたステージに上がれる日がこんなに早く来るとは思わなかった」

「しっかりね、見てるよ。トミー!」

「おう」

 

 笑顔を残し、ケイトは楽屋を後にする――。

 

 

 スターライト・ドライブ・イン。

 あの日の残骸はなんだったんだろうか?

 

 ベルチバードから降りたガ―ビーは目の前にあるものが信じられなくて夢を見ているようだ。

 明滅するライトに飾られて並んでいる屋台。

 

 旧世界では売店だった場所は屋外レストランへと改装され、酒や飲み物はそばの屋台で売っている。

 かろうじてかき集めた木材で風をよけるだけだった住居とも呼べなかったものはすっかり片づけられ、鉄製の壁と屋根で弾丸や雨から守ってくれる家が並んでいる。

 

 まるで別の場所。別の町がそこにあった。

 

「おやおや、おノボリさんがいると思ったら有名人じゃねーか」

「――マクレディ?」

「まぁ、そんな顔にもなるよな。俺もここに来た時はそんな顔だったぜ」

 

 自然と握手を交わすと「アキラは?」と聞くが、マクレディは肩をすくめただけだった。

 

「招待状、受け取ったんだろ?」

「ああ、いきなり呼び出しだ」

「まぁな。俺はあんたが迷子にならないように迎えに来たんだよ。あいつによるとアンタは今日のゲストのひとりだって言うし」

「ひとり?他にもいるのか?」

「来ればわかる。それと、まぁた驚くなよ」

 

 住居を抜けると、目の前を横切っていったものを見て思わず凍り付いた。

 デスクロー!?

 

「お、おいっ」

「ビビるなって、気持ちはわかるけどよ。マスケット構えるのやめろ」

 

 土色の肌と鋭い爪をもつ凶暴なトカゲはガ―ビーやマクレディを一瞥すると、のしのしと足音を立てて離れていく――。

 ここは人の住む町。そこに人を襲い、喰らうデスクローが歩く!?

 

「あっ、あれはなんだ」

「デスクローだよ。見たことあるだろ?」

「そんなものが何で町の中を歩いてるっ!?」

「――なにをいってるんだよ。お前らだってここにスーパーミュータントを番犬代わりに置いていただろうが」

「それとこれとはっ」

「はいはい、そのままめいっぱい驚いておけって。どうせこの後もとびっきりの奴を目にすることになるんだから」

「なんだ!?まだなにかあるっていうのかっ」

 

 目の前を子供達や大人たちが列をなして通り過ぎるのが見えないのか。悠然と歩きつづけるデスクローからガ―ビーは目を離せないが、マクレディが「いくぞ」と何度も促し。最終的には腕を無理矢理引っ張って連れて行かれた。

 

 

 祭りのように賑わっている居住地をノーマンもまたボーっと見つめていた。

 今日の彼はアーマーを身に着けてはおらず、シャツとズボンだけで、腰にあるホルスターに10ミリピストルをぶら下げているだけ。

 

 ストックトンが言った「そう悪い事にはならない」というのは本当だったらしい。

 ここに来て確かに居住地との契約は結ばれたが――それは彼が思っていたようなものでは全くなかった。

 そのおかげでこういう時でも、自分達のチームは武装したまま居住地の中をあちこちでいかめしい顔で立たなくてもいい。確かに悪くはないと思うが不思議な感じがする――。

 

「パパ、ここにいた」

「おう」

「もうすぐショーだってさ」

「ふん――俺達の獲物も出るんだよな?」

「もちろん。見るだろ?」

 

 ノーマンはぶら下げていたビールのケースを息子に掲げて見せた。

 

「当然だ。わざわざこうして買って来たんだからな」

「やった!」

 

 ここに何年居られるのか。それはわからないが――遅くなってしまったが、自分が幼いころ味わったあの時間を。ようやく自分の子供達にも与えることが出来たことは最高だった。

 あとはそれがこの家族に少しでも長く続けばいいのだが――。

 

 

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 マクレディに連れていかれたそこには、これまで見たことのない異様な大きさの壁の前にやけに大勢の人が集まっていると思っていた。

 だが近づくと、それは角丸四角形の立方体に観客席が作られていたことがわかった。

 

 球場

 野球という球技の失われた世界で、もはやそれに気が付く人はいない。

 

「ダイアモンドシティ……?」

「ああ、そう思うよな。俺のいたキャピタルでも、こんな感じのが残ってた」

「何をする場所だ?」

「――なァ、ダイアモンドシティでスワッタ―とかいう昔のゲームの話をするクソヤローがいるのを知ってるか?」

「???」

「アキラの言うには、スワッタ―って奴もこういうところで昔はやって。大勢の観客を集めていたらしいぜ」

「な、何の話だ?」

 

 混乱するガ―ビーに答えず。マクレディは「こっちだ」といって先を歩く。

 

「招待客のお前は特等席だってよ、やったな有名人」

「そうか――それってすごい事なのか?」

「しらねぇ。でも隣の席にいるのは我慢しろ」

「?」

 

 疑問ばかりがわいてくるが、案内された先の席の隣にいたのは。知り合いだが確かに驚いた。

 

「あら、ガ―ビーじゃない!」「パイパー?パイパー・ライトか!」

 

 他に誰だと思ったの、椅子に座って見上げてくる女記者に、思わずガ―ビーは席に着くなり前かがみになって問いただしてしまう。

 

「い、いつ戻ってきたんだ?」

「え?ああ、違う違う。ブルーとダイアモンドシティに戻ったんだけど、呼び出されたのよ。このバカ騒ぎにね」

「アキラにか?」

「そうだよ。なんかやるから、よかったら記事にしてくれないかって」

 

 どうやらリラックスしているようでパイパーは肩などすくめてみせるが。ガ―ビーはとにかく将軍の事が気になっている。

 

「将軍と一緒に戻ったと言ったよな?いつだ?」

「え?ちょっと前だよ」

「将軍はどうした!?」

「別れたよ?ちょっと寄っていかない?って誘っただけどね。やりたいことを残してるって」

「それはいつだ!?」

「……ちょっと待って。まさか会ってないの?ガ―ビーのところに顔を出すって言ってたんだけどなぁ」

 

 顔から血の気が引いていくのをはっきりと感じる――。

 

「おい、ビールはどうだ?顔色が悪いぞ」

「あ、ああ」

 

 マクレディが気を利かせたのかどうか知らないが。冷たいビールを差し出してくるとガ―ビーは思わずそれを受け取ってしまう。

 

「将軍はここには来てないのか?」

「レオか?どうだろうな、特に呼んだって話は聞いてないぜ」

 

 謝罪、反省。とにかく多くのものが必要だろうが、あのアキラが自分やパイパーを呼んでおいて将軍は呼ばなかった。そんなことさえ信じられない気持ちでいる。

 

「パイパー、ここはなんだ?何が始まる?」

「わかんない。でもさ、この形。なーんか嫌な予感しかしないんだよねぇ」

 

 顔を近づけて、しかめっ面になる彼女の言葉で改めてガ―ビーは周囲を見回した。

 たしかになんだか見覚えのある形だ。何かが始まるのを座って待っている人々をあのレイダーのクソどもに変えると、それが明確に示される。

 

「おい、おいっ。まさかこれ――」

「ちょっと、座りなって。始まるよ」

 

 ちょうどやってきたケイトに言われ、しぶしぶガ―ビーは浮かしかけた腰を再び席に戻すしかない。

 

 

 棘のついたステッキを持ち。

 黒で統一されたトップハットにスーツ姿のグールが進み出てくる。

 

「このショーの第一回を。ここにいる皆様に楽しんでいただけること、光栄であります……飲み物はよろしいかな?お腹は十分に満たされていますか?まだなら急いで屋台へどうぞ。

 キャップを使っていただくだけで、皆様に足りなかったものはすぐにも満たされるはず!

 

 でも気を付けて!

 今から行くというなら急がないと。これから始まるショーを見逃してしまいますからね」

 

 観客席から笑い声、早く始めろとヤジが飛ぶ。

 グールは――トミーは静粛に、と手でジェスチャーを示すだけでそれをやってのけると。再び口を開いた。

 

「ショーを始める前に、皆様により楽しんでもらうために説明をさせてください。

 いえ、長々とはいたしません。本当です、お約束します……これより始まるのは、裁判!」

 

 ガ―ビーは瞬きを忘れた。目が飛び出しそうな勢いだ。

 

「この後、容疑者が現れます。罪の糾弾が始まり、即座に刑は執行される。

 ああ、ですが最初に言っておきますが。この裁判、残念ですが死刑だけはないのです。ええ、残念なことにね」

 

 観客席からブーイングが上がり、パイパーの唇がモニョる。

 死刑はやらないだって?ならなんでわざわざそんなことを言った?

 

「本日用意しましたのは5人の罪人!彼らが自らの犯した罪と対面し、それに勝利した暁には無罪を勝ち取ることが出来るでしょう。

 それでは説明はここまで……さァ!第一回公開裁判ショー、始まります!!」

 

 面白くもなさそうな顔の2人の傭兵、逆に顔を引きつらせている2人の客人。

 だがグールの宣言に反応したのだろうか。観客席からは歓声があがった。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 真っ暗だった部屋の扉がようやく開くとビル・ロックリーは倒れるようにして外に転がり出た。

 

 ふたりのシュラウドに拘束された彼の記憶は、そこから真っ暗な闇の中で目が覚めたところにしかつながっていない。そしてあれだけ望んでいた外に出てみれば――自分を見つめる観衆の目にさられていたことに驚き、パニックに陥る。

 

「あ……ああっ…あううう」

(なんだよ、これはなんだっ!?)

 

 カオスだ。

 自分に何があったのか。これから何が始まるのかがわからない。

 

『この男はビル・ロックリー。あのプレストン・ガ―ビーのミニッツメンに参加すると口にしていながら、実際にはそこから金目のものをくすねていったコソ泥です!

 しかし、皆さま。これを許していいモノでしょうか?盗みならだれでもやっている?』

 

 スーツ姿のグールが煽るまでもなく観客席からは「そいつを殺せ」の合唱が始まりかけている。

 ビルの正気もそれまでだった。

 

 恐怖に駆られて走り出すが、観客席との間にはしっかりと侵入できないように封印がなされており。ゲートと思しきところは、しっかりと鋼鉄の扉でもって閉じ込められていることを思い知らされただけだった。逃げ場はなかった。

 

『殺す?本当に?

 ただのコソ泥に死を与える?それはさすがにやりすぎでしょう。さァ、皆さん。

 これから彼が自らの罪と対面します。彼がそれをどう乗り越えるのか、見てみようではありませんか!』

 

 微塵も伝えない壁を叩きながらビルの脳裏ではあの暗い路地に立つ2人のシュラウドがフラッシュバックしていた。

 背後で不気味な音がしても、彼はそれに背を向けたまま泣き叫んで「ココを出してくれ」と壁を叩き続けていた。

 

 それでも近づいて来れば嫌でもわかってしまう。

 アポミネーションが放つ独特の音、羽の音――ブラッドバグ。

 

 地上で群れをなして生き血をすするブラッドバグは、結局最後の瞬間まで背を向けたビルの背中にとりつくと。腹をパンパンに膨らませるまで血を吸い上げた……。

 

「なんだ。これはなんなんだよっ」

 

 口元を覆って絶句するパイパーの隣で、ガ―ビーは怒りに震えていた。

 

「まぁ、見たとおりだな」

「ふざけるなよ、マクレディ。あいつ、あの小僧。あいつはこんな処刑ショーをやるのをお前は許したって言うのか?」

「処刑はしてないぜ?言ってただろ、ただ運がなかったみたいだな」

「ふざけるな。あんなアポミネーションを相手にして――」

 

 相手にする?どうやって?

 口には出さないがマクレディとケイトの目がガ―ビーに向けられ、彼もまた最後まで何も言えなくなる。

 

 わけがわからなかった。

 恐らくはあのデスクローが答えだ。人の中にいても、人を襲うことはないアポミネーション。それをアキラはどうにかして実現させた。そしてこんな裁判などと言っておきながら、私刑ショーをおこなっている。

 

 邪悪。反吐を催す邪悪さだ。

 

「ま、お前が怒りたくもなる気持ちはわかるけどよ。最後まで見てからにしな」

 

 マクレディはまだ何かを隠しているようであったが。ガ―ビーは怒りをこらえ、とりあえず最後まで見てからやってやる――何をやるのか知らないが、そう結論を出した。

 

 ステージ上では失血死したビルが片付けられる中、次の容疑者の名が呼ばれていた。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

「裁判ショーだって?あんた正気かよ」

「――どうだろうね」

 

 その日、トミーはベルチバードから女性を伴って降りてきた若者と2人きりになると。説明されたことを短く簡単にして、相手に確認を求めた。

 

 それまでは目つきが悪く。どこか油断できそうにない雰囲気だった若者の様子は一変する。

 目元には親しみを感じずにはいられないやさしさがあふれ、言葉の持つ揺るがぬ力強さには確かな説得力がある。なのに、それでも感じる狂気の強さよ。

 

「この世界の奴らは裁判なんて求めちゃいない。すべては銃で解決する、そんなことは子供でも分かってることだぞ」

「確かに――あのガ―ビーのミニッツメンですらレイダーからは降参を許さない。すべては現場の判断にゆだねる。つまりは私刑は許される」

「ああ、それがこの世界だ。

 そうされても仕方ない奴らが銃を手にするんだ。誰かを殺したから、いつか自分の番が来る。そういうものだろ」

「だけど僕はね、これで壊れる前の世界にあった法のシステムを復活させたいってわけじゃないんだ」

「そう願うね」

 

 無駄足を運んだのか、わずかにだが失望を感じていた。

 それがトミーにいつもの皮肉めいた口調に戻す。

 

「目的は別にあるんだよ。あなたは――いや、トミーと呼んでも?」

「ああ、いいぜ」

「トミー、最近のバンカーヒルの情勢は?」

「大抵のことは耳にしていると思うがね。なにかあったのかい?」

「傭兵たちが職を失いそうだと嘆いてる。実際、ミニッツメンが活躍しすぎていて彼らの出番はさらに減っている」

「――そうかもしれないな」

「いや、そうなんだよ。でもそれでは困る。

 自分達だけで小さくレイダーでもやってくれりゃ、いつかはミニッツメンがどうにかしてくれるだろうけどね。彼らが廃業よりもガンナーズを選ぶなんてことになっては困るんだ」

「……そりゃそうだな」

 

 なんだかいきなり、とんでもなく危険な会話が始まりかけている気がした。

 

「ミニッツメンはいるから傭兵はいらないって話じゃない。ミニッツメンが消えた時、傭兵もまた消えてましたでは困るってこと」

「――そんなことがあるかね?」

「なりそう、なった。では手遅れなんだ、その前に手を打ちたい。彼らの技術を残すため、彼らに仕事を与えたいんだ」

「とんでもなく上から目線だが。あんたの狙いは理解できたぜ――そんなことが実現できるとは、全く思えんがね。どうして俺を呼んだ?」

 

 誠実だったアキラの目に怪しい妖気が漂いだした。

 

「レオさんからコンバットゾーンの話を聞いてる。それでトミー、僕はあんたに興味を持ったんだ」

「そりゃ光栄だな」

「こんな世界であったとしてもショービジネスに人はキャップを出す――あんたの考えには同意するしかない。僕もアンタの理想に同意するひとりなんだ。あんたを尊敬するよ」

「照れるね」

 

 間違いなく褒められていると感じる。相手が若者と言っても悪い気はしない。

 

「だがあんたのコンバットゾーンは運がなかった。レイダーが客になったことで、ショーの意義から奴らに貶められてしまった。あのクズどもはあんたのショーを理解することを拒否して、嘲笑うためだけに見るようになった。それがあんたの敗因」

「……そうかもな」

「僕はあんたの後から走ってきた子供さ。僕はここであんたに負けないショービジネスを始めたいと思ってる。だけど問題は大きい。特に困るのは、そもそものショービジネスが成り立つってところがそうだ。

 

 トミー、アンタは失敗した。

 そして僕も、このままひとりで始めれば失敗する。僕たちの掲げるショービジネスの夢は、幻でしかないって誰もが思うようになる。そんなことには絶対にしたくないんだ」

「その気持ちはわかるぜ。だがよ、あんたは俺に何をさせたいんだ?」

 

 若くても侮れない相手であるという思いと、情熱を感じる言葉にいつしかトミーは当然のようにそれをアキラに聞いてしまった。

 アキラの言葉に一層の熱が入ってくる。

 

「僕のショービジネスを、あんたに仕切ってもらいたいんだ。

 トミー、あんたには僕には絶対的にない経験がある。ショーをどうやって正しく運営していくのか、それがわかってる。僕とあんたが考える未来が本当にあるというなら、2人が手を組むことが間違いないものだと確信できるはずだ」

「むむむ」

「それにトミー、ケイトに聞いたんだけど。あんたはコンバットゾーンを、あのグッドネイバーのハンコック市長の偉業に負けないものだと証明したかったのだと口癖のように言っていたって」

「ああ、まァな。とんだお笑い話になっちまったが……」

「そんなことはないさ。でも――いいかい?

 ここで、僕と組んでくれるっていうなら。そのジョン・ハンコックにまさしく正面から勝負できるチャンスをてにしてみないかい?」

「ど、どういうことだい?」

 

 それまで前のめりだったアキラは急に頭を上げて距離をとると。妖気が霧散し、またあの善き人のような笑顔に戻る。

 

「あんたが力を貸してくれるというなら、トミー。あんたには個々の商人たちをまとめる代表のひとりになって欲しいと思ってる」

「――ああ、悪いがここの代表っていうのは。あの若い奴じゃないのか?」

「彼はここにすむ居住者たちのまとめ役ってだけ。トミー、周りを見て欲しい。この場所にある、屋台の数を見て」

 

 そういうとアキラは腕を振り回す。

 その先にはまだ無人の屋台が並んでいる――。

 

「もうすぐあの一軒一軒に商人たちが入ってくる。彼らはこれまで連邦の空の下を旅をしながら商売してきた、くせ者たちばかりだ。それがようやくどっしりと腰をすえて商売を始めようとする。

 仲良くやれといっても、うまくはいかないものさ。だから彼らと話せる商売人が必要になる。僕はそれもアンタだと考えてる、トミー」

「そりゃ……買いかぶりすぎってもんだ」

 

 大きな責任が任されると聞いてトミーもさすがに腰が引けだした。

 

「そうでもない。トミー、あんたは今。ミニッツメンに許可された数少ない商人で、ミニッツメンの居住地で商売をやってる。うわさは聞いてるよ、良い商売をやってるってね」

「う、うう」

「ここにはミニッツメンも来る―――ほらね?僕が必死に口説いてる理由がわかるだろ?」

「だがな。だが――俺を見てくれ。俺はあんたのようなスベスベの肌はしてないんだぞ?」

「トミー、ここでのマーケットの成功は。ただ僕らのショービジネス以上に重要な意味を持つことになるはずだ」

「――と、いうと?」

「考えてみて欲しい。バンカーヒル、ダイアモンドシティ、グッドネイバー……連邦で商売を支えるマーケットはこの3つが手にしている。

 でもここがビジネスとして安定した場所であると証明できれば。連邦で4番目に誕生する巨大なマーケットとして信じられないキャップの河を作り出してくれるはずだ」

「キャップの――」

「広大な平地は、守るには難しいが。そこさえ目をつぶればチャンスが待ってる」

「確かに、確かにそうだな」

 

 自然に漏れ出たトミーの言葉に、アキラは笑顔を浮かべる。

 契約の締結となる握手を交わすのにも、それほど時間は必要なかった。

 

 

>>>>>>>>>>>>

 

 

 ショーはさらに続く。死刑はないと聞かされてはいても、実際に卑劣なクソ野郎たちはアポミネーションとの対決に敗れて無残に死ぬことから観客は熱狂する。

 その後もレイダー、ガンナー、居住地内で強姦殺人をやった犯人と続く。

 

 彼らは罪を読み上げられ、武器を選んだ後にアポミネーションとバトルフィールドで対決した。

 初戦のような一方的な展開こそなかったが、それでも勝利して無罪を勝ち取れた奴はひとりも出なかった――。

 

(なんてことだ。ミニッツメンの収める居住地の中で、こんなレイダーのお遊びのようなことを始めるとは)

 

 ガ―ビーの怒りが湧きたっていた。

 黙ってはいたが、あまりに怒りすぎたせいで。今、目の前で起きている現実を意識的に見ないようにしてしまうくらい、頭に来ていた。

 

 ここでアキラが観客席にひょいと姿を見せたりすれば。

 いつかのように無言で殴りつけるでなく。いきなりマスケットを構えて発射するまであったかもしれない――。

 

 

 最後の試合は終わった。

 レイダーは最後の最後で槍を放り出し、逃げ回ろうとしたけれど。マイアラークはそれを許さず。急停止から逆に回り込んで、その固い爪でもって腹を貫いた。

 

 片付けが始まる中、トミーが出てきたが。ショーの最後のあいさつでもするのだろう。

 パイパーとガ―ビーは動かない、沈黙している。周囲の熱気と違い、そこだけ空気が重かった。

 

「色々とよ、言いたいこともあるんだろうけど――」

「ないわけがないだろう」

 

 ガ―ビーの声は小さく、そして低かったが。マクレディは構わず話を続ける。

 

「でもよ、ちゃんと見てやってくれよな。俺はあいつに馬鹿野郎って言ったんだぜ」

「なんのことだ?何を言ってる?」

「ケイト?」

「……あたしも同じだよ。ありゃ、頭がイカレテルわ」

 

 2人の疑問に答えず。2人のアキラの傭兵たちはなぜかそろって特等席に深く体をうずめていく。

 まるでそうしないといけないというように――。

 

『本日のショー、これにて……というべきところですがァ。

 この大盛況、この熱気。楽しんでいただけた皆さまに感謝をささげます!』

 

 歓声が上がり、また見に来るぞの声も聞こえる。

 

『しかし今日は特別な日。だからこそ皆様にだけ楽しんでいただける、スペシャルマッチをご用意しております!!』

 

 歓声がまたまた上がる。次はどのクソ野郎が出る?どのクソ野郎が死ぬ?

 

『しかしこれはスペシャルマッチ――それにふさわしいものでなければならないでしょう』

 

 トミーの言葉に合わせるように、これまでとは逆のアポミネーションが出てくるゲートがゆっくりと開いていく。

 ノシノシと、明らかに重量級の生物の気配……。

 

『殺人は罪だと誰もが言うでしょう。しかし今日ここに出た殺人者たちの罪は、それぞれに違いがありました。これから明かされる罪もまた、殺人であってもなお重いものであることをここにお約束します』

 

 トミーはスーツの内側からいきなりたたまれた新聞を取り上げる。

 

『ダイアモンドシティにはパブリック・オカレンシア――真実の報道を続ける新聞がございます。これが先日伝えました、ミニッツメンの庇護の下にあっても。哀れにも襲撃を受けたコベナントという居住地を!』

 

 パイパーの体が震え、背中がのびる。

 

『しかしこれより口にする罪は、これではありません。この前にも、やはりコベナントは襲撃を受けておりました。

 その姿は巷の噂に残っております。小さいけれど、塀に囲まれ、安全な町。その住人達は笑顔を忘れず、訪れるどんな客をも迎え入れて交流を望んだとか。

 しかしその町もやはり炎に包まれたのです。平和を愛した人々は殺されました、ひとり残らず……ミニッツメンはただ、悲惨な事件があったことだけを伝えています』

 

 ガ―ビーの目が丸くなる。

 

『しかし今日、真実の一旦はこの場で明らかになります。皆さんの目で確かめようではありませんか!

 無慈悲に住人達を虐殺した真犯人の名を――それでは登場願いましょう。闇に輝く銀の輝き……シルバー・シュラウド!!」

 

 罪人のゲートがゆっくりとあがっていく。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 足音は確かに聞こえていた。

 姿が見えてくればもはや一目瞭然だった。

 

 シルバー・シュラウド。

 影に身をひそめ、悪が栄える時。無実の人を守って罪人を裁く。正義の守護者。

 

 それが現実に。しかも罪人との弾劾を受け、ここに姿をさらしている。

 

 

 戸惑いと混乱に観客席はざわめきだす。どう考えればいいのか、どう受け止めたらいいのか?

 それでも興奮を覚える者の中には、あのグッドネイバーから流れてくるシルバー・シュラウド・ラジオのことを思い出す。

 

『シュラウドは言います。正義は常に果たされるが、あのコベナントですら。あの善き人々であったと伝えられた人々しかいない町であっても、それは変わらなかったのだと。シュラウドの銃が火を噴く時、その弾丸は彼らに向かって飛んでいったのです』

 

 我慢できず、ガ―ビーは隣のマクレディの襟首をひっつかむと顔に近づけ。押し殺すようにしてなんとか言葉をひねり出す。

 

「アキラは何を考えてるっ。あの事件については秘密を守ると約束されてただろっ」

「落ち着けよ。何も説明してないだろ?」

「だいたいあの姿はなんだっ。これはなんの茶番だ!?」

「静かにしろよ。周りの奴らが変な目で見てるぜ?」

「マクレディ!」

「――黙って最後まで見てろ。俺だってなァ」

 

 マクレディはいらだつ顔を見せると、細い指には似つかわしくない強い力で襟首をつかむガ―ビーの指を掴む。

 

「あのバカのそばじゃなくてここにいなくちゃいけなくて、頭キテんだよ。黙らねぇといい加減、ぶっ殺すぞ」

 

 殺気立ちながら離れる男たちをケイトはあきれ顔で見守っていた。

 

『それでは本日のメインイベント。スペシャルイベントを始めます!シルバーシュラウドの正義は罪であるのか、そうでないのか!?』

 

 トミーの姿がフィールドから消える。

 デスクローは低いうなり声、涎が口の脇から垂れ下がるが。まだ”始める”ことはない。

 

 シュラウド――アキラは、壁際に並べられた武器の中から洋剣を選んで手に取った。

 いつも彼が使っているシシケバブと違う。ロングソードと呼ばれるものだが、そんな一本だけで危険な爪を持つデスクローを殺せるとは到底思えない。

 

 

 いつの間にか、観客の中にあった戸惑いは消えていた。

 剣を手にした途端。一変したシルバー・シュラウドの気迫はあっという間に観客たちの心をつかむと飲み込んで見せたのだ。

 

 誰もが知る黒の帽子、黒のコート。

 だがこのシュラウドは現実で、口元を隠すスカルバンダナで表情は読み取ることが出来ない。

 

 

>>>>>>>>>>>

 

 

 混乱から始まった最後の試合は、驚愕と脅威の連続を繰り返し。ついにようやく最後の時を迎えようとしていた。

 

 しかしである。

 

 これは地獄。

 なんという地獄絵図であろう!

 

 この日が最初であったはずなのに、バトルフィールドはすでに血の海と化している。

 

 全身を血に汚れるシルバー・シュラウドの姿はあまりに壮絶で鬼気迫るなんて表現すら甘く。

 弱い者達のなかではすでに息が乱れて呼吸をするのも難しく感じ始めている者が続出していた。

 

 ロングソードは未だ彼の右手に握られはしていたいものの。

 左腕は根元では骨を外され、上腕は鋭い爪で縦に引き裂かれたせいで大出血。

 これまでどれほど激しい戦闘であっても耐え抜いていたはずの衣服は乱れに乱れ、しかし表情だけだはまだスカルバンダナがしっかりと隠してくれている。

 

 デスクローもまたひどいものだった。

 

 右腕は半分からたたき切られてしまい。落とされたときは、手が地面で跳ねると観客席前の壁に叩きつけられ。熱い血潮を観客たちにむかってまき散らした。

 お互いの機動力を潰しあったことでデスクローは先ほどまでは片足を引きずっていたものの、今はついに倒れ込むと立ち上がることが出来ないでいる。残っている腕だけで半身を支え、まだ死ぬものかよと威嚇だけは辞めようとしない。

 

 

 それまでクズ野郎を処刑するだけのショーだと信じていた観客たちは席を立つことも目をそらすことも出来ないでいた。

 ただ終わって欲しい。早く終わって欲しい。

 それが今すぐかなうなら、この場に残ってるキャップをすべて吐き出しても構わない。そう思うものもいたが、願いはかなうことはない。

 

 

―――はぁぁぁぁぁっ!

 

 それはシュラウドが大きく息をした。

 ただそれだけであったはずだが、魔獣が舌なめずりする恐ろしいものに聞こえる。

 

 勝負の時は迫っていた。

 獲物にどう止めを刺すか。距離を取っていたシュラウドが、ついに咆哮を上げて突撃する。

 

 突き出されたロングソードの切っ先は、みるみるうちにデスクローに向かって吸い寄せられ……。

 

 

 

 外で何がおきたのか、見ることも許されなかったキュリーは待合室でただひとり。

 最後は空気が震えるような悲鳴のような声が聞こえたが。あのトミーらしき最後の挨拶が始まるのを聞いて、ようやく終わったのかと安堵した。

 

 アキラが自分を試合に出すと言い出した時。仲間は全員でやめろと説得した。

 だが彼は頑として譲らず、キュリーも折れてなるものかと必死の思いで抵抗したが。あのアキラがついに冷酷に「コベナントに戻ってくれていい」と言うに至り――負けるしかなくなった。

 

 暗い通路を通って戻ってくる足音が聞こえた。

 ヒタヒタと心もとないのは、恐らく疲れ切っているからかもしれない。当然だろう、こんなバカなことをすればそうなる。

 

 いつものように馬鹿はやっても無茶やらない――そう言うアキラが戻ってくると期待したキュリーの希望は無残にも打ち砕かれた。

 

 あのわずかな出血すら嫌ったアキラが。

 先日のメカニスト戦にも負けないようなひどい有様で目の前に立っていた。

 

 あまりのことにショックで立ち尽くしてしまったが。

 2秒もすると体を震わせ、現実に戻ってくる。

 

 さっきまでは「こんなには必要ないのに」と八つ当たりしていたスティムパックを詰め込んだケースに腕を突っ込むと。いつもならとがめる、アキラの腕や首筋に数本を空になるまで連続して衣服の上から注入する。

 

(なんでこんなっ)

 

 感情が乱され、泣きたくなるが。

 同じく乱れているアキラの服に指をかけて、今度こそ心臓が止まりかけるほどに凍った。

 

「こ、これっ。ただの布じゃないですか。アキラ、これじゃ――」

「……」

 

 責めたかったわけではなく。確かめたかったのだ、本当に正気なのか?と。

 てっきり戦闘用のシュラウド衣装だと思い込んでいた。わざとやったのか?おそらくはそうだ。しかし彼がここまでやらかすと見抜けなかったのは自分だ!

 

 キュリーは診療台に飛びつくと、はさみをにぎりしめ。上半身の服を無慈悲に切断して取り払っていく。

 ようやく治りかけていたはずのメカニスト戦でおった傷跡の上に、新しい傷が多くできているのが分かった。

 

 アキラは座ったまま無言だったが。

 これにかまわずズボンもすべて切断すると、バケツに氷を張った水に両足を突っ込ませる。氷は凄い速さで溶け始め、だが透明なはずのそこに赤い色が混ざって広がっていく。

 

「死んでしまいます。死んでしまいますよ、アキラ」

 

 いつの間にか自分が嗚咽していることに気が付いたが。何とかそれだけをキュリーは伝えようとした。

 

 アキラはずっと沈黙し、動きを見せなかったけれど。

 なんとかまだ動ける右腕が、頭を抱きしめてくるキュリーの腕に触れた。

 

――ゴメン

 

 それは小さな声ではあったけれど、その謝罪は確かにキュリーの耳に届いていた。




(設定・人物紹介)
・危険な場所
ランボー傭兵団の送り込まれた場所の中には基本的には原作のクエストも入ってます。


・代表
この後、スターライト・ドライブ・イン・シアターは複数の代表から成り立つ形になる。住人、商人、警備、生産の4名の代表が決定される。

ミニッツメンは他と変わらずここも警護するが。独自の武力を持つ、初めての居住地となる。


・デスクロー
原作のDLCをプレイしていればすぐにわかるはず。
Vault88ではなんとアポミネーションをコントロールする方法を手にすることが出来るのだが、アキラはそれを遂にここで使ったのだ。

加えて、ここで生まれるデスクローはあのVault88の予定地だった地下空洞内で回収された卵から孵化したものであり。原作にはないが、アキラはこういった卵の孵化育成装置も持っていたようだ。


・ビル・ロックリー
哀れな最期を遂げてしまったが、彼の仲間たちはこの時はまだ捕まっていない。
設定では彼らは全員、最終的には囚われるが。ひとりだけは無罪を勝ち取って生き延びることが出来た。


・ロングソード
原作では革命ソードとして表記されている。これを改造すれば電気ショックを与えてわずかの間、攻撃した相手の動きを止められるのだが。
この武器は無改造だ。


・シュラウド衣装
これは布製。しかし再現は完璧に近い、コスプレにひとついかが?


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