ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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唐突に、そして凄惨に、決着!!

次回より新章「Shutter Island」編が開始。
投降はいつもの如く、近日予定。


シルバー・シュラウドvsメカニスト

 クレーターハウスを太陽が照らしていた。

 あれほどの爆発があったにもかかわらず、そこにあった光景も、放射能も、大きく変わりはしなかったようだ。

 

 土くれがモゾモゾっと動いた気がした。

 ボコリ――音を立てる、意識を取り戻したらしい誰かの苦しそうな呼吸が聞こえた。

 

 汚れているうえに、ボロボロどころかボロ雑巾としか表現できないような。布が垂れ下がるだけの隠しきれていない半裸姿。

 髪のない頭、小さな声でアトムへの感謝の祈りを呟き。ほとんど全身が土に埋まっていた自らを、這いずって救い出そうとする。

 

「みんな―――導師様。導師様は?」

 

 時間の感覚が分からない。

 太陽は地平線近くにあるが、今が朝なのか。それとも夕刻か。

 

――生きていた

 

 なぜかまず、そう思った。理由はわからないが安心した。

 そして最後の記憶を思い出し、何が起きたのかを把握しようとする。

 

(夜、だった。灯台が奪われて、皆不安だったけどまだ戦えるって、絶望はしていなかった)

 

 歩き出すと、それまで申し訳程度にまとっていたボロ布は隠す努力をやめてしまったか。

 体から剥がれ落ちてしまい、ついに女は全裸となる。だがそんなこと、気にしていられない。

 

 急に不安と恐怖に襲われたのか、体が震えだして嗚咽が始まった。

 仲間や家族、導師の姿を求めるも殺風景へとかつての姿に戻ってしまったクレーターハウスからは、以前より強めの放射能を感じるくらいしか変化を感じることが出来ない。

 

 あそこには何があっただろう。あの時、そこには誰かがいたはず。

 心の奥底から愛した聖地はそんな彼女の不安を慰めるどころか、突き放すように記憶を否定する荒れ地をさらし、沈黙を続けている。

 

――まさか、まさかっ。アトムは私だけを救ったなんて

 

 この聖地に自分ひとり。孤独であることが恐ろしいと感じていた。

 あの穏やかで激しさもあった共同体が、すでにこの地上から消されてしまったとは考えたくなかった。

 

「あっ……ああっ!ど、導師様っ」

 

 岩場に激しく投げつけられたかのような、無残な姿をさらす遺体を見て彼女はそれが誰かを瞬時に悟った。

 ひどい状態であることをのぞけばこの身長、この感じ。それはあの方に違いないと、いきなり確信した。しかしこれもアトムの導きだろうか、不思議と顔だけははっきりと彼女にだけは見分けることが出来た。

 

 女は遺体を抱き上げると狂ったように泣き叫び始める――それでなにが変わるわけもないのに。

 

「どうして、どうしてっ――こんなこと。ああ、神よ。アトムよっ!!」

 

 昨日まで自分を導いてくれた指導者を、仲間をようやく見つけ。

 激しく嘆くと……女の心の中に次第に冷静な思考がよみがえってくるのを感じる。

 

――自分だけが救われたのだ。受け入れよう、この現実を

 

 そして考えるのだ。

 この敬虔な僕の私に、アトムは何かを伝えようとしている。

 孤独という試練を与え、新たな道を指し示そうとしてくれている。

 

――それは、なに?アトムの声は、なんといってる?

 

 使命を感じている。

 とてもつよい運命の導きを。

 この試練を越えて、自分に何かを成し遂げるのだと語り掛けてくる――。

 

 

 この時、崖の上から下で自分の未来を思う女を見下ろす冷たい目が見つめていた。

 ”小さな宝物”のエージェント。クロダとキジマである。

 

「あれがそうだ」

「あれ――あれとはあの女の事か?」

 

 そうだ、とクロダはうなづく。

 キジマは改めて奇妙な女を――黒焦げになってかろうじて形を保っている遺体を胸に抱いて嘆く”それ”を見直した。

 

「どういうことだ?」

「あれは人造人間。少し前に奴らに引き合わせた、好きにして構わないが大切にしろと言ってな」

「正体は教えなかったのだろ?」

「当然だ、あいつらは人造人間を嫌う。自分が慰み者にしている相手が何者なのか、知っていたら触れることも話すこともできないだろ」

 

 遠目であるが、髪がなくとも目鼻が整っているのはなんとなくわかる。

 性欲などというものに意味を感じない身の上ゆえ、あれを与えられた愚かな男たちがまず何を望むのか。美女を贈り物と考えるのは男――いや、人間という種族の知性がそう勘違いをさせ、理解させるところだ。

 

「――あれでどうする?」

「フランク・J・パターソン Jr――奴の事は俺も調べた」

 

 そして向かったのだ、とクロダは続ける。

 

「?」

「わからないか、キジマ。俺が向かったのはVault111だ」

「ああっ」

「少し奇妙な場所だったが――そこにはたしかにいた。俺が見たかったものが」

 

 クロダが探していたもの。

 それはミズ・パターソン。レオの妻であった女性。

 

「――まさかあれがそうなのか?」

「外見を若くして与えた。色々と記憶も仕込んである、すべて偽物だが。別に問題はない」

「色々?」

 

 クロダはそれには答えなかった。

 

「コンドウを倒したフランク・J・パターソン Jrには必ず死んでもらわねばならない」

「それはそうだが」

「だが奴は恐らくはアキラの囮、直接対決をのぞめばアキラは出てくるだろう。それはできない……。

 そうなると殺す方法はおのずと限られてくる。なら、もっとも確実と思われる方法を俺は最初に選ぶ」

 

 確実に殺す、そもそも卑怯だの卑劣だのといった小さな感情はもちあわせてはいないのだ。

 最も効果的で確実な方法ならそれをやる。

 

「お前がこんな手を選ぶのは意外だ」

「キジマ、お前はそこがダメだ。策を用いるのに好きだの嫌いだのはどうでもいい。

 状況が必要であれば、俺とてこんな方法を選ぶこともある」

 

 もうすぐあの女は自分のするべきことを”思い出す”だろう。人造人間に与えられた”機能”がそれを可能にする。

 失った家族をまだ取り戻せると信じているらしいあの男。どれほど運が強かろうと、どれほど優れた殺人技術を持っていたとしても。どれほどそばに恐るべき”守護者”を置いていたとしても。

 

 家族という幻影と愛をまだ信じているというなら、あの女に冷たい刃を向けられるだろうか?

 

 クロダは確信している。

 フランク・J・パターソン Jrは愛ゆえに死ぬ定めにあるのだと。

 

 

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 エイダは廃墟であるはずのロブコ・セールス&サービスセンターもとい、メカニストの隠れ家にある玄関前で中の様子を窺っていた。

 

――ここにメカニストがいる

 

 そう考えるだけで回路を走る熱がひときわ激しいものになりそうな気がする。

 

 

 ヌカ・ランチャーによるクレーターハウス爆撃によってミニッツメンの小さな戦争は終結した。

 アトム教はおそらくは全滅したと思われるが。そうでなかったとしても、もうミニッツメンの脅威ではないだろう。またあの勢いを取り戻す未来はあるかもしれないが、それには時間も運だって必要だ。

 

 キングスポート灯台で後始末をジミーに任せ、レオ達がそこを離れるのに合わせ。エイダもその場から離脱した。

 エイダは経験的に今回の行動は今の主人に喜ばれるものかどうか、いまひとつ確信が持てない部分もあったが。戦闘終結後にすぐに報告を入れると、返信として座標が送られてきたことで自分の行動は間違いではなかったのだと安心することが出来た。

 

 だが送られてきた座標を地図と突き合わせると、新しい任務について想像がついてしまう。

 ロブコ・セールス&サービスセンター。そこはメカニストの隠れ家として、ローグスとアキラと共にかき集めた断片から出てきた予想ポイントのひとつ。すぐにここにこれなかったのは、近くにレイダーはもちろん。空港にいるB.O.S.の動向を無視することが出来なかったからだ。

 

 だがそこへアキラは自分に来いと言っている。

 ついに倒すべき相手の元へ、自分を連れて行ってくれるというのだ。

 

「――エイダ、待たせた」

「いいえ」

「ここに来て着替えとかね、でも今回だけは必要だと思うんだ」

「私はあなたがあの時の約束を守ってくれただけでも十分に満足しています。引き続き、目的を果たすために力を振り絞るつもりです」

「うん、頼りにしてるよ」

 

 姿を現したのは慣れ親しみさえ覚えるアキラ――いや、シルバーシュラウド。

 続いてこれまで見たことのない、サーカスのリングマスターを思わせる派手なコスチュームを着たキュリーが続く。アキラの視線にキュリーは照れるのを隠せない。

 

「に、似合ってますか?あんまり、自信がないのです。恥ずかしい……」

「君が、僕にどうしてもついてくるっていうから。でも、いいと思うよ。素晴らしい、ザ・インスペクター」

「からかってますよね?別に構いませんっ」

 

 怒り出すキュリーにアキラは肩をすくめて見せる。

 

 ザ・インスペクターはハプリスコミックのキャラクターでアンストッパブルのメンバーのひとりだ。

 シュラウド、ミステリーの女王、マンタマンに続いて現在、アンストッパブル計画に必要な装備として用意され。将来的にはインスペクター用の小物として虫メガネ型のレーザーソードや散布式の特殊グレネードなど。案は出ているが、今回はまだそこまでは用意できていなかった。

 

「エイダ、自己診断チェックの結果は?」

「大丈夫です。ログを確認してください」

「――それでも気になる。やっぱりもう一度見てみよう」

 

 僕はそう言ってエイダの両腕に近づくと、キュリーに虫メガネ型のライトで手元を照らしてもらう。

 戦争に参加した直後だからか。全体的に装甲が傷ついているが、なかでも両腕の損傷が気になっていた。

 

「念願のセントリーボットと正面からぶつかったって?」

「はい、冷静さを失っていました。あれは私のミスです」

「これなら正面から戦える、とは僕も保証したけど。実際にやってほしくはなかったなぁ」

「すいません」

「アトム教はどうだった?」

「375-bの予測パターンに近かったことで、ミニッツメンの勝利で終わることが出来ました」

「後でログを確認しておくよ。レオさんはどうするって?」

「キングスポート灯台はこのまま居住地として使えるよう。スロッグから人を送り、最終的にはダイアモンドシティに行くと」

「ふん、ファー・ハーバーへ向かう準備に入るって事か」

「あと別れる前に、かなり高い確率であなたから呼び出されるだろうということを私から伝えました」

「そう……」

 

 今の主人の口調に、エイダはなにかを感じた。

 

「アキラ、私はよけいな忠告をしたのでしょうか?」

「いいや――そんなことよりもやっぱりレーザーは使わないでもらった方がよさそうだ。エイダ、装甲からはがして念入りに確かめないと僕は不安だ。攻撃しながら、自分の腕を吹き飛ばしたくはないだろう?」

「必要ならできます」

「駄目だ。エネルギーはカットしろ。やっぱり片方はレールガンでもよかったかもなぁ」

「ブレードはどうですか?」

「そっちは使っていいよ。接近戦――というより、キュリーに誰も近づかせないように。彼女を守ってくれ」

「了解です」

 

 セントリーボットとぶつかってこの損傷という事は、おそらく両者が至近でもって全力攻撃をぶつけあった結果というあたりか。

 もっと上手い戦い方もあっただろうに、冷静なはずのアサルトロンのエイダがそんなことをしたのは恐らく自分が与えたもうひとつの”脳”の副作用に違いない。長所が生まれれば、短所も出てくるわけか。

 

「さて、それでは改めて――エイダ」

「アキラ」

「僕は君を引き受ける時、ひとつ約束をした。君の仲間達、ジャクソンの無念を晴らし。メカニストの横暴を阻止するって」

「はい、それが私の願いでした」

「待たせたね。今日がその日だ。これからメカニストに会いに行こう、エイダ」

「あなたに多くのものを与えてくれた事、無駄だったと言われないよう。自分の役目を果たします」

 

 先日、2人のシュラウドを連れて僕自身がここを探った。

 あれほどの数のロボットをメカニストやらは連邦中にばらまいて見せたのだから、稼働している工場があるはずだと思っていた。が、僕が目にしたのは沈黙する申し訳程度の工具と倉庫だけ。だがかなり強力な自家発電装置が動いていることは確認した。

 それでメカニストの隠れ家が文字通り工場ごと隠されているのだと、これであたりはついた。

 

 エイダを呼び出し、断片から出てきたルートを歩き。そこでエイダに機械の言葉で「開けゴマ」とやらせてみる。

 閉じられた扉がゆっくりと音を立てて開く。連邦に隠れ、自分の正義とやらを振りまいているメカニストはついに僕によって白日の下へさらされる――。

 

 

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――連邦の未来は金属であるべき、か

 

 呟くと彼女は脂臭い両手で顔を覆ってうめき、続いて自分の顔が汚れたことを思ってさらにうめいた。

 最近は仕事に身が入らない。その上、今朝は頭痛もあってかなりツライ。体調が安定しない。

 

 さらに彼女の悩みが恐怖と繋がっているのも良くない。

 悩みのひとつは、彼女の計画から送り出していたまだ生存しているはずのチームから徐々に任務報告というか、連絡が入って来なくなっていることだ。

 破壊されたか、もしくは不具合から狂ってしまったかとも思ったが。だからといって全部がそうであるとは確率的にあり得ない。つまりなにかマズいことがおこっていて、自分のそもそもの計画は失敗している可能性もあるかもしれない、ということ。

 

 もうひとつはさらに深刻で直接自分の命がかかってる。

 しばらく前から、チームを”わざと狙って”攻撃してくる不埒な輩がいることは確認されていた。

 正体を確かめようとも調査もしたし、相手には警告も何度か送りもした。返事はなかったが、飽きたのだろうか。最近、ぱったりと攻撃が止まっている。

 己の所業を恥じて観念してくれたならいいのだが――この世界の住人でいると、なにか違うことが原因でこうなっている気もする。

 

 と、いきなり複数のアイボットが部屋の中に飛び込んできて騒ぎ出す。

 メカニストは立ち上がってヘルメットをかぶり、悠然とした態度でロボットたちを怒鳴りつけた。

 

「なんだ騒々しいぞ!ここには緊急でもないなら入ってくるなと――えっ?」

 

 侵入者!侵入者!

 ロボットたちは口々にそう繰り返している。

 メカニストは慌てて管理ルームへと向かうと、そこでは一斉に赤ランプを点滅させ。秘密の工場の中で破壊活動を行っている侵入者たちをカメラがとらえていた。

 

「なんだってぇっ!?」

 

 それは驚きの声というよりも、恐怖から飛び出したものだった。

 工場に置かれていたベルトコンベアーの間を、見たこともないロボットを連れたシルバーシュラウドとザ・インスペクターが。遮るものを破壊しながら突き進んでいたからだ。

 

 

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 青いレーザーが次々とMr.ハンディへと叩き込まれていく。

 相手はフラフラとバランスをとるだけで、火花を散らすと、地面に崩れ落ちていった。

 

(次、そう次よ)

 

 一息つく間もなくキュリーはレーザーライフルを構えたまま周囲を確認する。

 エイダは自分のそばにいてくれ、フェイスレーザーをひっきりなしに発射している。

 そしてアキラ――。

 

「ああ……また」

 

 思わず不安の声が出てしまう。

 

 突出するシルバーシュラウドにロボットたちが殺到してきていた。もう何度目だろうか。

 しかしアキラはいつもの通り。彼自身は恐怖など感じないのだろうか、シシケバブ――獅子樺武はいつもの赤と違って青白い炎を噴き上げ。斬り、突き、時に蹴り上げ。空いている手にはソード・オフ・ショットガンを握っていた。

 

 PIGYYYYYYYY!

 

 回転するパスソーを音高く響かせながら接近してきたMr.ハンディに一閃。感情のないはずのロボットは全ての足を下腹部にあったスタビライザーごと斬り飛ばされる。ただそれだけで体をバラバラにされてしまったロボットは悲鳴と共に床に転がるが、それは同時にすでに同じ目にあわされた先輩たちに追いついたという事。

 

 他にもプロテクトロン達が包囲しつつ、接近しながらレーザーを発射してるが。彼は全く気にしていないようだ。

 

――そういえば

 

 キュリーはふと、アキラは敵が実弾を使う時を嫌うが。反対にレーザーには無頓着であったことが多かったことを思い出す。

 負傷したと言って自分に治療を頼んだ時だって、打ち身や打撲。あとは皮膚の火傷くらいだった。装備がいいから、と笑っていたが。今日だってすでに先程から何度も包囲されてレーザーを撃たれまくっているはず。いや、ひょっとしてロボットの攻撃は当たってないというのか?

 

「……っ!?」

「エイダ?」

「スキャナーに反応アリ。アキラ、気を付けてください!」

 

 エイダの警告でキュリーも慌てて周囲を見回す。

 相変わらずそこかしこからウィンウィン音を立てて、工場が動いていることを主張し。駆動音がすると、ハッチからロボットたちが出てきてこちらを迎撃しようと警告を繰り返して寄ってくる。

 

 パラパラと小さな音と、埃のようなものが視界を横切ったと思った――。

 

「あっ、あそこ」

「どこです?」

「壁、じゃない。天井!」

 

 キュリーの指のさす先。エイダは天井をむくと、確認した異物めがけてアイレーザーを発射する。

 

「動いた、3体!」

「アサルトロン・インベーダーです、アキラ!」

「……」

 

 キュリーとエイダのレーザーが天井から撃ち落とそうとするが、アサルトロン達は重力を感じさせない身軽さを見せ、地上へ飛び降りてくる。

 

「下がって」

 

 エイダはキュリーにそう言い捨てるとステルス・ブレードを展開。

 アイレーザーの充電音を響かせながら敵に飛び掛かっていく。

 

ーーダメッ!

 

 まだステルスフィールドを解除しない2体にキュリーは必死にレーザーで攻撃しようとするが、狙いがずれてしまう。2体は仲間がエイダと交戦に入ったのを確認すると、アキラめがけて走り出していた。2人よりもひとりを先に排除しようというのだろう。

 キュリーの血が1秒ごとに凍り付いていくのを感じる――。

 銃爪はちゃんと引いてるし、レーザーは銃口の先から飛び出しているのに。アサルトロン達はその攻撃をかいくぐってアキラの背中へと殺到していく。

 

ZAAAAAM!ZAAAM!

 

ギリギリで発射されたエイダのアイレーザーが一体の背中を襲ってようやく動きを止めてくれたのに。その影にいたもう一体。アキラの背中に電気を帯びた回転する爪を素早く叩き込んでいく。

 なにかが焦げる不快な匂い、コートにしっかりと斜めに切られた跡。

 

「アキラッ!」

「……大丈夫」

 

 本人はそうは言うものの、背後の敵には構えず。まだまとわりつくロボットたちの処理を続け。握っているショットガンは空。

 キュリーは何とかせねばと思うものの。自分の位置からでは射線上にアキラがいることが彼女をためらわせた。

 

――彼が殺される

 

 直後、ポーンと何かが勢いよく直上へと放られたのを見た。本能的に視線がそれを追っていた、それは彼が握っていたショットガン。天井は高く、彼が力一ポイ放り投げたのだと漠然と思い、なぜとの疑問を感じる。

 続いてパンパンと小気味のよい銃声が。

 

 手数でアサルトロン・インベーダーを圧倒したエイダはそのまま押し倒して馬乗りになると、相手の胸板を何度も貫いた。

 さらにトドメとアイレーザーを至近距離から発射する。

 

 キュリーは見ていることしかできなかった。

 姿を現したアキラの手にはいつの間にかリボルバーピストルが握られており。それを素早くホルスターに収めると、落ちて戻ってきたショットガンをそちらの手で拾う。まさに曲芸そのものだが、それを簡単そうにあっさりやってのけてしまう。

 

 背中を襲っていたアサルトロンはよろめき、頭部の赤い目は光を失って砕け散った――。

 アサルトロン・インベーダーは3体も揃っていながら、時間を稼ぐ以上のことを期待できそうになかった。

 

 

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「今のはヤバかったかな」

「大丈夫ですか!?」

「ああ」

 

 言いながらシルバーシュラウドはポケットからスティムを取り出してさっそくそれを空にしてしまう。

 エイダは自身のカーゴから新しいスティムの束を取り出すと、それをアキラに手渡した。

 

「足を引っ張っている自分が言う事ではないかもしれませんが――もっとスティムパックは大事に使ってください、アキラ」

「――そうだね。キャップ持ちは贅沢でいけない」

「そういうことでは……」

 

 ないのです、と続けられない。

 ここに来る前にメカニストの恐ろしさを聞かされてはいたが、自分の認識が甘かったのだとキュリーは感じていた。ここはロボットがあまりにも多すぎる。それも武装したロボットばかりだ。

 

「心配はいらないさ。切らさないようにエイダが管理してくれているし。それにここに来たのも理由がある」

「?」

「キュリー、彼が言っているのは先ほどから私たちは正規のルートから外れている、と言っているのです」

「さすがだね、エイダ」

 

 そうだったのか?

 進むたびに波のようにロボットが湧いて出てくるだけかと思っていた。

 

「ですが私も疑問ではあります。なぜ、この方角を?メカニストは先ほど見つけた階段の先にいるはずです」

「いるはず?」

「キュリー、エイダもわかってるんだ。だから予測が出来る。君はどうだい?」

「私――私はっ……すいません、良くわからないのです。何を言っているのです?」

 

 感情が制御できなくなっている。

 涙腺が刺激され、鼻にもツンと迫ってくる。泣いてはダメだ、彼の邪魔をしてはいけないっ。

 笑顔だったアキラの顔が心配なものへと変わった。

 

「君こそ大丈夫かい、キュリー」

「えっ、あっ、はい」

「Vaultにいたからわからるんじゃないかな、と思ったんだ。この場所はあそことは違う」

「えっ、違う?」

「そうだよ。ここは文字通りの”隠された工場”なんだ。地下に空間を作ってそこにポンと普通に工場を建設した」

「ああ、そういう意味なのですね」

「つまりここは普通にある地上の工場と同じ間取りで物が作られている。僕らが向かっているのはコントロールルーム、だからエイダはここが間違ったルートだとわかったんだ」

「はい、ですがそれでもあなたがここを選んだ理由がわかりません」

 

 アキラはスカルマスクをずらすと、ニッといつもの笑みを浮かべた。

 

「メカニストは信じられないほど多くのロボットを地上に送り込んだが。さっきから僕らの相手にしているロボットはどうだろう?アサルトロンが出てくるまでは――」

「はい、ほとんどが戦闘用ではありませんでした。それに警備ロボットとしても、彼らに適したパーツが使われてもいませんでした」

「ということは、だ。メカニストもまたそうせざるを得ない事情があったと考えられる。それは――」

 

 通路に出て角を曲がった。

 そこから見える部屋の中に、見覚えのあるあのロボット作業台が設置されている。

 

「まさかこれがここにあると思ったのですか?」

「あてずっぽうだったさ。でも可能性はあるかもって。ラインでロボットを作っただけじゃ、ローグスと対峙したロボットたちは作れるものじゃない。必ずこれがどこかにある、それだけは確信していた」

「驚きました。あなたにはいつも驚かされます」「……」

「それじゃエイダ。メカニストと対面する前に、腕を修理していこう。恐らくだが、この後は強烈な対面が待っているからね」

 

 作業台にエイダが上る間に、アキラはスカルマスクを元の位置に戻す。

 その目は再び冷たいものに変わり、シルバーシュラウドは戻ってきた――。

 

 

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 コントロールルームではメカニストは迫る絶望と恐怖に震えていた。本人にその自覚はないまま。

 

「あんなのが、なんでっ!」

 

 映像で見たが、インスペクターは大したことはない。

 だがあのトカゲのようなフォルムのロボット。そしてシルバーシュラウド!

 

 ついに防衛の最初の要であったはずのアサルトロンは、大した傷を負わせることもできずに無力化されてしまった――。

 

(ロボットたちをあんなにも簡単に処理してしまうなんて)

 

 情報で知りえたロボットチームを連れて来てはいないようだが、それにしたってこれほど見事にこちらの波状攻撃に耐えてしまうなんて。

 

「……?」

「お前達、システムを起動しろ。あの――処分予定だった失敗作を全部ここに集める、それと――」

 

 アレを使うか。それしかないか。

 

「奴らはすぐにここへ来るぞ、出迎えてやる」

 

 メカニストは――仮面の下のイザベル・クルースは舌で乾いた唇をなめあげる。

 それが彼女の今できる精一杯の虚勢であった。

 

 

 工場が闇で満たされた――電源が落ちたらしい。だが不思議と駆動音と複数の足音だけは、リズムも変わらない。

 一歩一歩進むその道は一本道。その最後にはこれまでにない激闘の予感が待ち構えている。

 

――今だっ

 

 スポットライトが3つの影を作り出した。

 コントロールルームを守るブラストドアを解除し、メカニストはマイクを手に取った。

 

「待ちかねたぞ、シルバー・シュラウド!」

「……」

「私はメカニスト。ここにお前の罪を私が断罪する!」

「メカニスト、お前が?」

 

 変声機が仮面の下の素顔を隠してくれている。

 頑張って動かす舌は、震える声をも隠してくれる。沈黙は敗北への近道だ。対面するだけで怯えていると悟られては、勝負は出来ない。

 

「シルバー・シュラウドとは尊敬されるべき高潔な人物であるべきなのに……ここに乗り込んできてまでロボットを破壊するなんて!お前、頭がおかしいのか!?」

「――よく聞く意見だ」

「お前の闇も、恐怖による支配も。ここで終わらせる!」

 

 もういいか。

 

「俺の名はシルバー・シュラウド!シュラウドは常に正義の道を歩く」

「嘘をつくな!お前のせいで連邦は苦しめられた」

「ならば俺の話を聞け!俺の正義が、お前の闇を罪と共に照らし出すだろう」

「黙れ、黙れ、黙れぇっ!」

 

 感情のままに湧き上がる怒りに翻弄され、メカニストは叫んだ。

 

「全力だ、メカニストの全力。正義のロボット達でお前の狂気を止めてやる!」

 

 決裂は思った通り、はやかった。

 エイダは目を赤く光らせてスタンスを取り、キュリーはその横で帽子を目深にする。

 そしてシュラウドは――目をらんらんと輝かせ。火をまとった刀を一振り。スカルマスクが隠すその表情は如何に!?

 

 

 闇が、巨大な闇の炎が目の前に姿を現していた。

 ハンガーの中であふれ出していくロボットたちを、シュラウドの一行という嵐が破壊を巻き起こしている。

 

 関節部のきしみ、ショートする回路に音声が狂い。ロボットたちの絶命が途切れることなく目の前で続いている。

 地獄、これは地獄だ。

 そして悪、打ち倒せるせるはずのない強大な悪がメカニストの目前にいる。存在を世界が許している!

 

「そんな、そんな――スパークス、数が足りないぞ!もっと、もっとだ。コード0-0-1を発動しろっ!」

 

 サポートのアイボットを怒鳴りつける。だが、なんてことだ。

 シュラウドは悪だ、なのに強い。あんなに強い。強いどころか、奴はそもそもここに力の全てを持ってきてはいないのだ。

 

 なのに自分はどうだ?

 

 ここで指示をだすだけだ。

 武器を持って飛び出して何になる、何もできない。今も強化ガラス越しにこうして震えて見ていることしかできない。

 

「なんであんな奴がっ。あいつはロボットたちを破壊した。今も破壊してる」

 

 失敗作が次々と壊されている。

 工場に配置した警備ロボットをそうしたように、ここに集めたのはシュラウドとそのロボットたちに太刀打ちできるようにと改造して――失敗し、あとはゴミとなって再利用できるよう。プレスされるのをまっているだけのロボット達。

 

 強さを求めただけなのに、醜い彫像ばかりが生まれていた。

 

 それが燃える刀身によってバターのように、あれだけ厚くした装甲を傷つけている。

 レーザーガトリングかと見間違うほどの連射を見せるロボットのレーザーが、構造から破壊して機械の体を砂に変えていく。

 容赦がない。自分だけではなく、自分が強いと信じて作り上げた夢のロボットたちが壊されていく――。

 

「数、数が足りない。スパークス!」

「……」

「えっ、なに?もうすぐ打ち止め?なら電力を使って送り出しなさい!数でぶつけないと、負けるつもり!?」

「……っ!?」

「予備電源も回せ!あれを、あいつらを倒すんだ!」

 

 最近は調子が出なくて、失敗作をプレスにかけることが減っていたからまだまだあると思っていたが。

 システムアラートを鳴り響かせるコンベアーに残された廃棄予定のロボットの数は間違いなくゼロに向かって減っていく。

 

「シルバーシュラウド。お前、こうなったのはお前が悪いんだからなっ!」

 

 アレを使うしかない。ここにあった最後の秘密兵器。

 そして自分がいつか超えるべき、最高の個体。

 

「スパークス、封印を解除しろ。バンカーにアレを誘導するんだ」

 

 できれば隠しておきたかった最後の一体。

 あれならたとえシルバーシュラウドであっても無事ではいられない――はずっ。

 

 

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 不思議な話だが、バンカー内に閉じ込められ。あふれ出てくるロボットたちを前にしてもキュリーやエイダに焦りのようなものはなかった。

 ここに来るまでにアキラが指摘していたように。自分達を押しつぶさんと襲い掛かってくるどのロボットも、どこかしら醜悪さが強調されていた。地上で見るような危険なロボットとはまったく違った。

 

 遠くで出現すればレーザーが、近くまで迫って来ればブレードで。機能を回復したエイダはそれこそ八面六臂の活躍をし、相手の包囲して押し潰さんとする圧力を大きく弱め。キュリーは足を引っ張らないようにとそんなエイダの影から自分の身を守ることだけに集中する。

 

 それでも近づいてくるロボットたちはアキラが対処する。

 両手に握られるのは、プラズマだったり、ショットガンだったり、ハンドガン、シシケバブと。もはや曲芸じみた切り替えとまるで終わることのないV.A.T.Sの発動音がその存在をより不気味に浮かび上がらせている――。

 

「止まれ、悪党!」

「いい加減に諦めたらどうだ、メカニスト?そろそろこちらは足の踏み場がなくなりつつあるぞ」

「うるさいっ、黙れ!」

「こんなことを続けても無意味だ」

「私のサンクタムに侵入し、ロボットたちを破壊したお前たちに負けるものかよ」

 

――ぐおん

 

 コントロールルームの正面、侵入者の背後。

 これまで閉じられていたバンカーの巨大な扉が不思議な音を立ててゆっくりと開いていく。

 

「使いたくはなかったが、こうなったのは全部お前たちのせいだ。私を怒らせたこと、後悔させてやる!」

「センサーに反応!」

 

――ご機嫌よう、センサーに反応を確認。武器を下ろし、降伏しなさい

 

 エイダと同じ。それよりも無感情で不気味な電子音声による警告。

 ここに来るまでも散々に聞かされていたが、今回は今までと違うことがひとつあった。アキラたちは相手の存在を感知できないのだ、声はかなり近くから発せられたはずなのに――。

 

「エイダ?」

「推定脅威分析、赤!アキラ、注意してください」

「何も見えません。何もッ――ひっ」

 

 キュリーの悲鳴は飛び出す前に飲み込まれる。彼女自身が驚きすぎて裏返ってしまった結果だ。

 

 そして敵は僕の真正面に立っていた。

 何もない空間にいきなり真っ赤なレッドサイン。

 

――アサルトロン!?接近されたっ

 

 そう思った瞬間に、とっさに持っていたショットガンを投げ捨てて両手で握った刀を前に出す。全くの偶然で本能に従った結果の行動であったが、おかげで命が助かった。

 僕の正面に立ち、腕を交差させたブレードで挟み込むようにしていきなり首を落としに来た相手の攻撃を受け止めることが出来た。

 助かった、冷や汗を吹きだしてそう思ったのは余裕を見せすぎだ。

 

 次の瞬間には下腹部に複数の違和感を感じると、僕の身体はゴムボールのように壁に向かって吹き飛ばされていた。

 

「アキラッ!?」

「目標を確認、殲滅します!」

 

 床の埃をすべることで拭き取らされた僕の体は、ロボット同士の激突を感じて急いで立ち上がろうとした。

 

 不愉快な違和感を感じたら、すぐだった。

 立ち膝をついた状態で僕は上体が崩れ、激痛と共に熱い血の塊を床に吐き出していた。

 

――重傷だ、即死ではなかったが

 

 息苦しさと胃液臭い血の匂いにたまらず口元の汚れたスカルバンダナをずらす。

 あの悪い感覚がはるか遠くから僕の中へと迫ってくるのを感じる。正気を失うのではという恐怖、それでも冷静になろうと震える指でスティムパックを取り出し、膝に一本から打ち込んでいく。

 

 喉に渇きが始まる。理性を圧倒する飢えるような。恐ろしくも嬉しい、そんな荒れた感情が広がって満たされようとしている。

 誰にも助けに来てほしくなかったし、今の自分を見てもらいたくなかった。「こっちはいい!」とだけ――キュリーにそう怒鳴りつける。2本目のスティムを痛みで騒がしい右肩に突き立てる。

 

 震える指を見れば、そこかしこからあの斑点状の緑の光がすでに弱々しくてもしっかりと浮き出てこようとしてる。

 

――コントロールしろ!戦える、まだ戦えるはずだぞ

 

 視線を持ち上げ、状況の把握に努めるが……目の前で繰り広げられていたのは悪夢だった。

 

 セントリーボットを相手にカマしてやりました、と得意顔であったエイダを。ただの一体の”普通のアサルトロン”が互角以上の戦いを演じていた。パワーとスピードを維持しつつ、分厚い装甲も完備できたと自画自賛していた僕のアサルトロンが動きからキリキリ舞いさせられている。

 

「アサルトロン・ドミネーターか」

 

 3本目は首筋にうつ。

 感覚が再び遠方へと引きずり戻されていくと同時に、冷静さが戻ってきた。

 だがそいつはパニックと仲良くスキップを踏んでいる。

 

 ロブコ社が開発した対人、人型戦闘ロボットアサルトロンの最上位種。

 スペックは公開されたものは記憶しているが。目の前で動いている奴の性能はそれ以上に見える。

 

(ブレードを止められた時点で3ヶ所を蹴られたのか。マジか)

 

 キュリーは距離をとって、エイダは頑張っている。

 どちらも同じアサルトロン。なのに装甲は傷つけられて腕の振りも明らかに半手近く遅れが見て取れる。

 

 パワーアーマーが必要だった。

 僕が出した結論は簡単だ。火力が足りない、装甲が足りない。だが今はどちらもない――。

 

 

 唐突に地球を肴にトシと語り合ったことを思い出す。

 

――死狂イテ戯レヨ

 

 戦場ではそれが出来て楽しいのだと。彼はそれを教えてくれた、お前は狂気の何ほどを知ることが出来る?

 足りない、まったく全てが足りていないのだ。

 僕は自分の指を見た。もう震えていない、あの発光も感じない。

 

「正気はいらない。もうなんど死んでいる?フンッ」

 

 スカルバンダナを元の位置に戻す――覚悟はとうに出来ていた。

 続いて僕はまだ熱の冷めきらぬ刃を素手で掴むと、己の腹に向かってそれを突き立てる。熱は皮膚を焼くがその程度、なんでもない。だが弾丸もレーザーも防ぎうる繊維でも、その一撃にはどうすることもできず。僕は自分の刀で自分の体を貫いた。

 

 

 どこからともなく野獣のような咆哮が放たれた。

 

 先程までと一転した雰囲気をまとったシルバーシュラウドは勢いよく立ち上がり。黒い閃光となってアサルトロン達に接敵する。

 エイダばかりかドミネーターのブレードすらかいくぐって背後に回るや。青白い炎を吹きあがらせた刀身でこれまで見たことのない異常な連撃まで披露する。

 

「押せぇぇぇっ!削り落としてしまえぇ!」

 

 アキラのその言葉は気合を見せたのではない。聞いたキュリーの背中の毛が一斉に総毛だつ。

 それは正気を失った狂人の嬌声だった。

 

 そして強かった。

 いつも理解不能に不思議と強いアキラは、今はモンスターたちに交じって彼らに負けずにモンスターとなっていた。

 

 情勢は徐々に傾いていく。

 化け物に前後を挟まれたアサルトロン・ドミネーターは首を360度回転させ。手足をあり得ぬ稼働で対処しようとしていたが。エイダで足りなかった以上の手数を振るうアキラの存在で、無傷のドミネーターの前後の装甲から火花が飛び散り始める。

 

 だがそれはアキラとて変わらない。

 エイダの体が傷つくのと同じように、シュラウドの体にはアサルトロンの蹴り、膝、肘、ブレードによる攻撃で数秒ごとに血が噴き出し、傷口が増えていく。

 

「……ッ!?」

 

 シュラウドの頭から帽子がはじけ飛んだ。

 その一瞬、キュリーはアキラの頭蓋から切断されて中のものが見えてしまったような気がした。

 しかし見間違いであったようだ。額から血がしぶいただけで、ずるりとアキラの頭部の欠片が地面に零れ落ちることはなかった。

 

 キュリーはもう悲鳴も上げられずにいる。

 敵の返り血に汚れたシルバーシュラウドの姿すら見た記憶のない彼女にとって、狂気と歓喜でもって暴れる彼が。自分を顧みずに攻撃を続け、血を流し続ける異様な姿は衝撃的だった。

 

――あれほど怪我をすること、血を流すことを厭っていたはずなのに

 

 冷静であるはずの医療技術者としての機能もこの通りすっかりおかされている。

 

「馬鹿な、馬鹿なっ!」

 

 マイクを握りしめたままのメカニストの絶望の悲鳴は、そのままバンカー内に流れていた。

 ドミネーターの最後は近づいていたのだ。

 

 なんども切られた両腕が潰されると、エイダはアイレーザーを至近から発射。これが見事にドミネーターの両足を吹き飛ばした。

 それでもまだ抵抗はやまず、地面に転がった体でも首だけ動かすが。エイダとシュラウドは容赦なくその上に殺到する。殺しつくす、まさにそれ以外何物でもない残酷な光景は、この死闘が終わったことも告げていた。

 

 

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 キュリーはすぐにもアキラの様子を知りたいと思ったが。

 獲物が息絶えたと素早く判断したアキラはキュリーに「帽子を取ってくれ」とぶっきらぼうに言って来た。

 

 あまりされたことのない言い方であったが、先ほどまでの狂気がなくなっていたことの方が彼女にとって何倍も重要な事だった。

 あたふたと地面に落ちていた帽子を拾っていると、アキラは自分の心臓めがけて何本もスティムを矢継ぎ早に打ち込んでいるのを見てしまう。

 

「あっ、アキラッ!?なにしているのです、そんな――」

「血を流しすぎたんだ。でも大丈夫」

 

 まだ視線を合わそうとしてくれないが、キュリーの手から帽子をひったくると頭に戻す。

 バンカー内に再び闇が落ちる――。

 

「メカニスト!」

「うるさい疫病神!私が連邦を守る、私は決して止まらない」

「今ので電源を失ったんだろ。降伏しろ、しないというなら――」

 

 刃の先をコントロールのメカニストに向け、僕はシルバーシュラウドとして冷酷に言い放つ。

 

「そこに押し入り、悉くを鏖殺(ことごとくをおうさつ)する」

「――わかった。話し合おう」

 

 メカニストはアイボットを連れ、バンカーに降りてきた。

 アキラの前に立ち、もはや抵抗する力はないはずなのにまだどこか偉そうだった。

 

「シルバー・シュラウドはただの犯罪者ではなかったはず――話し合おう、今から、友好的に」

「俺はただ審判を下すだけだ。まずはマスクをとれ、素顔を明らかにしろ」

「よ、よし……いいだろう」

 

 メカニストのヘルメットが脱がされ、その下にあるおどおどした態度の女性があらわになる。

 視線は下に向けられアキラを見れていない。ずっとそうだったように思える。

 

「これで満足?お互い相手のことがわかったでしょ」

「名前を聞こう」

「イザベラ・クルーズ」

「イザベラ・クルス?」

「違う、クルーズ!」

「?」

「もうっ――好きに呼んでいいわよ」

 

 僕は大きく息を吐き出した。意識の片隅にあってまだ暴れたりないとわめきつづけるそれは、目の前の彼女に襲い掛かって蹂躙しろとそそのかし続けている。だが、僕はそんなことはしない。

 隙を見て頬袋にとどめおいていた薬剤をこの瞬間のためにしっかりと噛み砕く。

 

「メカニスト、お前には失望した。危険なロボットを連邦に解き放ち、大勢の人々を苦しめてきた」

「ちょっと!確かにあんたには負けたかもしれないけど。だからって貶められるつもりはない」

「お前は自分の言葉ばかりだな。なぜ他人の話を聞こうとしない?」

「わ、私は理性的だし、ちゃんと他人と話も出来る!」

「そうか?」

「そうよ!」

「では俺達がここに来た理由はなんだ?」

「んんっ!?」

「知らないだろう?お前は最初から話を聞くつもりはなかった」

 

 イザベラの顔が赤から青へと忙しく変わる。

 どうやら本人が言う通り、決して馬鹿ではないらしい。

 

「まずは聞いてもらおうか――エイダ」

「はい」

「お前と俺が会った日の話を。それから連邦で見てきたメカニストの傷を話せ」

 

 そしてエイダは語り始める。

 旅する家族たちの死。守るべき主人を失った日のことを。

 そして連邦で罪のない人々が血を流し続けた日々があったことを。

 

 イザベラはなんとか反論をしようと試みていたが、シュラウドが一本のホロテープを差し出すとそれを受け取って「なに?」と聞く。

 

「それを後で確認するといい。お前のロボットたちの自供、そしてシミュレーションの記録」

「ロボットが自供って――」

「お前は膨大なタスク処理を可能にするため、ロボブレインを使った。理屈はわかるが、それを生み出した世界であれはなぜ大量生産されなかったと思ってる?」

「それは――」

「自供というのは彼らの主張だ。その思考プロセスのシミュレーションの結果、究極的な白黒問題として。彼らは全員、黒を選ぶ」

「黒を選ぶ……でも報告では敵対者は殺したって――ああ、そういうことなのか」

「あいつらは君の優先命令を結果として守るため。一時的に君が救うべきだと考える人々を敵とすることにした。それが誰にとっても効率的だから、とね」

「なんてこと。これは……私、取り返しのつかないことをしてしまったのね」

 

 弱々しい目で、ようやくイザベラはアキラに顔を向ける。

 

「わかったわ。よくわかった、あなたの断罪を受け入れる」

「……」

「殺す?それも仕方ないわよね」

「嫌、殺さない」

 

 おかしな話だけれど、ちょっとした爽快感のようなものを僕はこの時に感じていた。

 スカルバンダナのマスクを下ろし、帽子もとる。僕のシルバーシュラウドも、エイダとの約束を守り、正義を貫くことが出来た。

 

「お前の善意は、不幸にも多くの罪を犯す結果に終わった。起きたことは凶悪な犯罪ではあったものの、こんな時代では罪人であることが裁かれる理由ではないと僕は思ってる。

 責任を取るんだ。誰が聞いても許しはしないと口にするだろうが、それでも君にはまだ贖罪の道が残っているはず。簡単ではない道だ」

「……そうね。その通りよ」

「俺は――いや、僕は連邦の人々のためにも動いている。君が協力してくれるのなら、君の歩く道は少なくとも孤独ではないと思う」

「わかった。あなたには感謝してる。私を救ったことも含めて、後悔はさせない」

「――ああ」

「連邦の誰にも後悔はさせない。これは約束よ」

 

 そうしてシルバーシュラウドとメカニストの対決は、連邦の誰とも知れないまま終わりを告げることになる――。

 

 

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 メカニストのロボット作業所に再びエイダを入れながら、僕は彼女とようやく話し合うことが出来た。

 

「メカニストを――イザベラを殺さなかったことに不満はある?」

「どうでしょう?感情とは違いますが、確かに相反するものがふたつ。自分の中にまだあることは認めます」

「だろうね」

「ですが、私の任務目標はメカニストの横暴を止める事でした。望んだ結果は得られています。つまりこの状況に問題はないという事です」

「――かなりガバガバな思考改変がされてる気がするよ。君にロボブレインほどの柔軟さはないと信じていいよね?」

「それにはさらなる挑戦が必要かもしれません。私はずっと挑戦的なアサルトロンでした。用意ならありますよ」

「笑えないなぁ」

 

 軽口をたたくが、話を元に戻す。

 

「彼女は善意のまま動いて、最悪の結果を想像できなかった。だがそれが真実で、彼女はその間違いを受け入れてくれた。それは簡単な事ではなかったと思う」

「彼女は恐らく優秀な人間です。あなたが導けば、連邦にこれからはきっと良いことが出来るはずです」

「それはどうだろうね。僕は彼女のような善人じゃないからなぁ」

「期待しています。これからもあなたが必要と思う限り、私はお仕えします」

 

 僕はただ、それじゃ黙って修理しようとだけ答える。

 エイダが沈黙すると、今度はなぜかキュリーがそばに立っていた。彼女はてっきりイザベラについていると思っていたが。

 

「終わったんですね?」

「ああ、見ての通りだよ。今回はさすがに肝を冷やしたね」

「――彼女、許したんですね。どうしてですか?」

 

 ああ、それが気になっていたのか。

 

「アキラ、アナタをずっと見ていたから私にはわかります。あなたにも欠点はあります。寛容さ、それがないと思います」

「ああ、完璧じゃない。わかってる」

「パイパーが言っていました。もっと厳しい言い方でしたが、あなたの一面に対して、実に的確だったと思います」

「コベナントの時か。僕も覚えてるよ」

 

 ダイアモンドシティの美人記者は「正義はない」と思いっきり非難してたっけ。

 

「イザベラ・クルーズの罪は最悪です。それなのに許すと?」

「偽善的だって思ってる?」

「そうは言ってません。でもどうしてあなたがそう考えたのか、それを私は知りたいのです」

 

 僕は作業の手を止めた。

 

「キュリー、結局ね。許すのは僕やエイダじゃない、彼女自身でやるしかないんだ」

「?」

「僕らがしたことは彼女の罪を明らかにしただけだ。許すかどうかは、僕らの役目じゃない」

「違うのですか?」

「ああ、違う。彼女は自分の責任を認め、罪を自覚した。なら、僕がそれ以上責める理由は?そんなものはない」

「……」

「ボクの理由なんてせいぜいエイダとの約束をまもることくらい。シュラウドの姿を借りたのは、その方が彼女と話がしやすいだろうと思ったから。ただそれだけ」

「あなたは彼女の罪を暴くことが目的だったと?」

「多くの人は武器に手を伸ばす。誰かに奪われたくないからだと言って、でもそれは自分が奪う側に立たないから言えることだ。僕が憎むのは自分の立場をごちゃごちゃにして、理解しないふりを平然とする奴らさ。彼らは愚か者で、生きている限り愚かなままで居続けようとしてる。

 

 そりゃハゲ――ディーコンみたいな変人もそんなバカの中から出てくるかもしれないが。そいつらにも機会を与えるという言い訳で、善人をやるつもりは僕にはない」

 

 レイダーが嫌いだ。いや、存在することが許せない。

 力を持つことが正しいと信じている奴らが嫌いだ。暴力を愛するとか、最悪だ。

 だから奴らをからかいつくし、凌辱し、嬲り殺しにしたくなる。それが自分を堕とすことになるとしても、そんな奴らに僕がしてやれることはそれだけしかない。

 

 奴らに屈辱、僕に満足。善人でも正義の人でも、それは好きに考えてくれりゃいい。

 

「自分を裁く日が、僕にもいつか来るんだろうね」

「どうでしょう?いいえ、今日だけは私が裁いてみせます」

「キュリー?」

 

 彼女の顔がいたずらっぽい顔になっている。

 

「イザベラは美人でしたか?」

「ん?ああ、仮面の下は魅力的な女性だったよね。驚いた」

「それは嘘ですね」

「は?」

「私は知っているんです。メカニストが素顔を見せた時、アナタは別に驚いてませんでした」

「そうだったかな?」

「ジェゼペルでしょ」

「……」

「ほら、当たった!」

 

 僕は苦笑いするだけで何も言えない。

 

「あのロボットをあなたはやけに念入りにいじっていたでしょ?」

「そうだったかな」

「ええ、そうですよ。私はちゃんと見てるんですから――あのロボットはあなたにとって特別だったのです」

「まさか」

「お忘れですか?私だって元はコズワースと同じ、世界がまだ平和だった時代を知っている。これでも200年以上の記憶を持つ、もとは研究助手ロボットだったのですよ?」

「年上の女性の魅力については良く知っているつもりだけどね」

「あなたがジェゼペルと話した時に気が付きました。異端の神に心酔する女王の話。だから私も調べました、彼女の名前」

「ふむ」

「古代女王の名前は英語だとイザベラというそうです」

「……」

 

 僕は答えない。

 確かにその可能性について考えていた――まるで暴走しているとしか思えない大量のロボットを連邦に放ち。こちらへの警告もまた一方的。

 その行為自体、短気で好奇心旺盛な女性のようだな、と思ったことは事実だ。

 

「彼女と直接対面して、気に入りましたか?」

「聞く相手が違う。異性の好みならむこうに聞いてくれ」

「よいことはひとつ。わるいこともひとつ」

 

 そういうと彼女は僕の横に立ち、耳元で「浮気は許しません」といって腰のあたりをつねってきた。

 なかなか感じたことのない痛みがだった。

 

 

 連邦でようやくひとつの区切りがつこうとしていた。

 動きこそまだ緩慢ではあったけれど、それは一言。悪化している、ということ。

 

 連邦では決して変わらないと信じられていた天秤が徐々にそのフリ幅を大きくしようとしている。その行きつく先にあるのは――崩壊だ。

 時間は絶えず減り続けているが、まだその時は近くはない。

 

 

 そして僕たちは……僕は連邦から離れた小島を見ることになる。

 ファー・ハーバー。

 アポミネーションに蹂躙され、人の住まう場所が消えていこうとしている滅びの歌がながれる島へ。そこに糸のように細い未来が続いていると信じて。




(設定・人物紹介)
・ロブコ・セールス&サービスセンター
空港そばにあるロブコ社の販売と修理を請け負っていた。

が、実はロボブレインの開発のため。軍が生体脳を摘出する研究と開発がおこなわれていた場所である。
原作ではここでドン引きするような作業工程に加え。ロブコ社の社内事情がわかったり、なかなか興味深い場所である。


・ザ・インスペクター
恐らくはDC〇ミックのザ〇ーナが元ネタと思われるキャラクター。
ゆえに魔法使いだと考えられるが、よくわからない。


・スパークス
原作でも登場しているメカニストのアイボット。
助手のようで、作業中にメカニストからいちいち怒鳴られているカワイソウ。

せっかくなので登場してもらった。


・イザベラ・クルーズ
キャピタルにもメカニストはいたが。連邦には彼女がいた。

原作(ラジオの世界)ではその正体はボストンのマーフィ市長。やはり部下であるロボットに裏切られて正体が暴かれてしまった。

彼女が作ったメカニストセットはなかなか本格的だと思われる。
その一方で、彼女がこれを作った背景に。あの日のキャピタルから流れてきた一枚の設計図が、などと言われているが。真偽のほどは不明。


・アサルトロン・ドミネーター
戦闘用アサルトロンの完成形。速い、固い、容赦がないのが特徴。
原作では互いの距離と、認識の甘さによって即死が確定するレベル。おそらく最強の個体と断言してもいい存在である。

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