ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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ガルム Ⅱ

 ミニッツメン、立つ!

 

 ここまで連邦の勢力の中で一番新しいという理由もあるだろうが、一貫した態度をとり続けてきたミニッツメン。しかしこの戦いにおいてはひとつ面白い逸話が残っている。

 ガ―ビーら後続の遅延に苛立っていたレオ将軍がなぜここで本隊との合流をあきらめたのか?

 

 ひとつわかっていることは。彼とつながりの深い女性記者、ロボット、犬。B.O.S.のパラディン、若い友人のロボット。

 これらがスロッグに集まっていた。彼らの中で何かが話し合われ、なんらかの結論に至った――そう思えて仕方がないのだ。

 

 女性記者――パイパー・ライトは後に自分の記事に3回に分けて将軍暗殺事件と襲撃からはじまるこの騒ぎについて密着取材の成果を公開してはいる。

 しかし、スロッグでの不愉快な待ち時間については短く「ガ―ビーとの連携がうまくいかなかった」とのみ記されているだけ。そして次にはあの出立の儀式にふれ、勇壮なる進軍へと続いていく。

 

 つまり真実はわからない。

 だが、これは間違いなくレオとミニッツメンの間に微妙な亀裂が入る最初の事件ではないだろうか?そしてこうなることをすでに予想していたかもしれない男は今、遠く連邦南部にある穴の底にいる――。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 Vault88の監督室で僕はひたすら計画書の更新を続けていた。

 前任者の指示は、僕の言葉で塗り替えられていく。その意味もまた、別のものに変えていく。

 

 前任のバーストゥ監督官が地位を離れ、旅立った後。その地位を任されたからにはちゃんと仕事はしなければならない。だがそれはもう、ほとんど彼女の残していった事の尻ぬぐいだ。

 僕にはただただ不快で、不愉快で、楽しさとは無縁の作業。とはいえ予定では数日後に僕はキュリーと共にここを出ていくことにしている。だからこの苦行もそれまでの我慢というわけだ。

 

 そしてファー・ハーバー。

 レオさんとニックが見つけてきた興味深い島。

 

 そこに向かう準備は今。バンカーヒルの大商人、ストックトンの爺さんやグレーガーデンのグール達にまかせている。

 あとは僕が動けば、すぐにでもファー・ハーバーへの道へ進むことが出来る。

 

 

 そんな僕は監督官室に閉じこもって60時間が経過中――。

 目は充血し、落ち着かなくストレスからか足は貧乏ゆすり。空腹を知らせて腹は鳴るが気が付かないふりをする。

 

 そんなヌカ・コーラの空き瓶を増やして監督官専用端末を離れられない僕を訪ね、キュリーが無言で部屋に入ってきた。

 キーボードをたたく指はそのままに僕は彼女を確認すると素早く画面に現在の時刻を表示させる。最後に会話したのが約42時間前、悪化を続ける患者達につきっきりの彼女は僕と同じようにVault88の医務室に縛られていたはずだ。

 

 彼女が疲れているのは見ればすぐにわかった。

 いつもはどこか太陽の下で咲く白い花を思わせる笑顔を僕に見せてくれるのに。睡眠不足と希望を失った目の周りは暗く、動きはここに作られている大トンネルの中を徘徊するフェラル・グールのように手足を重くしているようだ。ストレスについては口にするまでもないだろう、最悪だ。

 

 前任者の趣味らしい、無駄に瀟洒な革張りの長椅子に顔面から彼女は無言で倒れ込んでいく。

 さすがに声をかけないのはマズイと思った。

 

「ああ……キュリー?生きてる?」

 

 うめき声が上がる。なんだかこちらを呪っているような響きを聞いた気がした。

 

「顔色が悪いみたいだ。でも寝るなら――ベットの方がいいと思う。医務室のね。ここの長椅子だと眠っても、疲れは取れない」

「……冷たいんですね」

「ひゃいっ?」

 

 不満そうな彼女の声に思わず声を上げてしまう。

 どうやら疲労の蓄積が限界に来たところで、恋人であるはずの僕が器用に作業をやめずに手を動かしながら自分の相手をすることが許せないようだ。ならば決断せねば、僕は降参をするようにキーボードから手を離し――これも何時間ぶりだ?10、20?まぁ、いいか。

 

 その代わり席を立たずに「話を聞こうか?」と彼女に体を向ける。それがまた彼女には不満らしい。

 

「こっちに来て隣に座ってはくれないのですか?」

「ああ、それでもいいけどさ――なんか話をしたいって感じだし。この距離は悪くないと思うから」

「本気なんですね。本気でそう言ってる。別にいいですけど」

 

 この部屋に来て僕がやったのが模様替え。

 正確には家具を撤去し。残したのは長椅子、机。かわりに新しく入れたのがヌカ・コーラを大量に備蓄する冷凍庫、以上。

 ベットは寝るつもりないから必要ないんだよね――と思っていたが、こうなると手抜かりがあったと認めないといけないようだ。ここで寝るなという事は医務室に帰れということになる。そりゃ、彼女でも怒るよなぁ。

 

「君の作業スケジュールだけはここから確認してた。本当だよ?」

「――ならなんで医務室に来てくれないのですか?」

「え?」

「ここにあなたが来てくれてからもう100時間以上、なのに接触がありません。もう数えるのが馬鹿らしくて止めました」

「う、うん。なんかゴメン」

「謝って誤魔化してもダメです。可愛らしい美人とお知り合いにでもなったのですか?なら、ぜひ私にも紹介してください」

「そ、そうだったらいいよね。でも仕事ばっかり、監督官の仕事」

「医務室にはベットがあります。私もいます。なのにそこに来れない理由があるというのですか、アキラ?」

「……あ、うーん」

 

 確かにおっしゃる通りなんだけど、それってVaultの患者さんが寝る隣のベットで――って意味ですよね、キュリーさん?

 新任の監督官が作業の合間に足しげく医務室に、そこにいる女医さん目当てに通うってのもどうかと思うわけです。

 

 もちろん以上の言葉は飲み込む。絶対に口に出してはいけない、わかってる。

 ファーレンハイトという偉大な核弾頭との短い付き合いはそういう女性の機微を理解させてくれる経験となって僕の役に立っていた。

 

「冷酷です。癒しが欲しい」

「……わかったよ」

 

 ここは僕が負けるべきだろう。

 事実、彼女にはかなりキツイことを頼んでしまっている。

 そもそもはハンコックにこのVault88の様子を確認し、それに最悪の事態を想定してキュリーにここに行ってもらったのだ。

 

 それが来てみたらやりたい放題の人体実験が行われ、数人とはいえ住人達のほとんどがひどい状態にされていたのだ。

 今の彼女にできることと言えば彼らの苦痛を出来るだけ感じないようにしながら、最後の時をどう過ごしてもらうのかというものだけ。人造人間となって感情を手にしたばかりの女性には難しい仕事だろうと思う――こう考えると僕は彼女にもっと気を使うべきだったのでは?うーん。

 

 長椅子に座る彼女の隣にうつると、小さな頭が僕の肩に寄りかかってくる。

 

「感情のジェットコースターの中で難しい仕事を任せてしまったと思ってる。でも感謝してる、本当にありがとう」

「……」

「なんなら僕が君の分も引き継いでもいいよ。医療的なアドバイスは必要だけど、それで君は先にコベナントに戻るって方法も――」

「いえ!――いえ、それはしません。今はあなたから離れるつもりはないです」

 

 あ、ちょっと嬉しい。

 

「酷い顔だよ、キュリー。忙しいだろうけど、少しは寝たほうがいいと思う」

「それはこっちのセリフです。あなたも寝ていません、よくないです」

 

 なるほど確かに僕は忠告できる立場じゃないな。

 

「それでもあと数日。僕たちが立ち去った後、しばらくここは仮の閉鎖ってことになる」

「Vaultは終わり、ですか?」

「しばらくの間だけ。弱ってる住人達を看取ってから、また再開って事になると思う。今度はバーストゥのような馬鹿をやらせない、北でやってる居住地のようにここを使わせたいんだ。恐らくそれが一番いい事だと思う」

「ちゃんと考えているんですね、それも冷酷に」

「――冷静に、だよ。

 でも、それも正しいのかも。ここに君を送る前に最悪のファイルに放り込んでいた設計図のひとつだ。自分で自分をどうかと思うよ」

 

 指が絡んできた。あ、これはマズいな。よくない、悪くないけどよくない。

 

「聞いておきたいのです、アキラ。ここを私たちが離れたら――次は何を?」

「ファー・ハーバー。そこに行くために最後の仕事を終わらせないとね」

「それは?」

「例の居住地、スターライト・ドライブインだよ。今度はガ―ビーの尻ぬぐい、ケイト達に頼んだ仕事だ。

 これが終わればミニッツメンはついにグレーガーデン、コベナントと合わせてレキシントンの包囲網が完成する。フェラルやレイダーの脅威を抑え込めるようになる。これで連邦の北西部でやれることはほぼ終わるよ」

 

 答えると、彼女は姿勢はそのままで無理矢理にコチラを見上げてきた。

 

「アキラ、自分の言っていることが本当にわかっていますか?それってすごい事なんですよね」

「――かもね」

 

 そうだ。でも僕がミニッツメンにできることはそれで終わる。東部についてはまだまだ時間が必要だし、あそこにはB.O.S.のこともある。

 正しい戦略を考えるなら、連邦の派遣を巡り。ついには南部のガンナーとの対決を考えなくてはいけない。

 

 だがもう、そろそろいいんじゃないだろうか?

 僕はミニッツメンにそう考え始めている。

 

 肩に置かれた頭が動き、そばにあるはずなのになぜか不安そうな目が僕を見上げていた。

 

「では友人を助けには行かないのですね」

「……レオさん?」

「ハンコック市長は様子を見にいくと言ってました。彼はスロッグで動けなくなっていると聞いてます」

「らしいね」

「でもあなたはここにいます。彼は戦うのに、あなたはそれをしないという。どうしてですか?私、それがわからないのです」

 

 キュリーはヌカ・ワールドで狂人の王となって振る舞うアキラを見てきた。

 あれは別なんだと、違うのだと思いたいが。そうではないことを学び、危険な違和感をここまでずっと感じても黙っていた。

 だから不安が――アキラもまた連邦によって”変化”しているのではないだろうかという問いに対する答えを知りたい。ここに住む善い人々が口にするように、この才能あるひとりの若者は悪い方へと転がり落ちているのではあるまいか?

 

「キュリー…レオさんはね、冷静になる必要があるんだ。でもそれには僕がそばに居ちゃだめだと思ってる」

「?」

「あのね、そもそもファー・ハーバーとやらに向かう理由。僕とレオさんでは全く理由が違うんだよ」

「そう、なのですか?」

 

 そうなのだ。

 

 僕の目的はひとつ。

 アカディアとかいう人造人間たちの避難所(ヘイブン)

 

 ニックとレオさんの話が本当なら、インスティチュートから出て100年以上。

 小さな島で暮らした人造人間が培った膨大な情報がそこにはあるはずだ。僕はそれが欲しい。

 

 僕を狙う怪しげな連中がいる。そいつらは――レオさんが追っているインスティチュートのような組織であるようだ。僕はそいつらに攻撃したいが相手は恐らくは強大で、その機会もまったくない。それを早く実現するための材料がきっとそこにはあると、僕は期待している。

 

 だけどレオさんは違う――。

 

 探偵ニックの知り合いがいたとはいえ、アカディアには恐らくインスティチュートの情報はないだろうと思われる。

 戦後から彼らはこの世界から常に姿を隠してきたと聞いている。それが自分の手元から逃げ出す機械に最重要な情報の断片を残しておくはずがないし。それならそもそもニックだってなにかしら彼らの情報を覚えていたはずである。

 

 僕とレオさんは似ているようでいて立場が微妙に違う。

 共に同じ性質を持つと思われる敵がいるが、僕の相手は僕に興味を持って黙っていても近づいてくるかもしれないが。

 レオさんの敵は、レオさん自身に近づく理由がおそらくはない。

 本人もそれを自覚しているからこそ、かのB.O.S.で歓待されても期待は出来ないと判断して背中を向けて連邦にも戻ってきた。ミニッツメンでは将軍なんてものを引き受け、力を手に入れている――。

 

「レオさんは次第に正気でいられなくなってきている。インスティチュートへの道――なにをやっても探しているつもりになってるだけで、実際に何もできてはいない。そのことを理解したくなくて、考えたくなくて。あの人は色々な自分を演じて誤魔化し始めた」

「興味深い意見とは思いますけど、ちょっと信じられません」

「そうかな?

 キュリー、僕が人を見て判断するには博士号がないのが問題かい?

 

 考えてみてよ。いくらガ―ビーとの友情があるからって、あそこまでミニッツメンの将軍として振る舞う必要はない。家族を取り戻したいならなおさら戦場で先頭に立つなんて避けるべきだ。

 ガ―ビーが選ぶ兵士はそれほど優秀とは言えない弱兵だ、それを率いて鉄火場に立つ。あまりにもリスクが高すぎるよ。

 

 さらに厳しいことを言えば、そもそも今のミニッツメンに参加しようって奴らはガ―ビーしか興味がない。レオさんは結局、元Vault住人でただの協力者だと思われたまま。

 脆弱な兵士を率いてあれほど見事な指揮をしているのに、率いられた兵士達の認識は変わってない。ミニッツメンが成し遂げたことは全部ガ―ビーの人気になってしまってる。あいつらは本当の恩人に報いるつもりはなく、居場所すら与えないどうしようもない連中さ。

 正直に言けど、僕はあのガ―ビーの心棒者達にウンザリしてるんだ」

「あら」

「次にレオさんはニックの助手なんて始めただろ?そこでもファー・ハーバーなんて滅び去る島なんて放っておけばいいのに。

 ミニッツメンの資源を分け与えたいとか言い出すのはさすがにやりすぎ。あれはもう、善人というよりも救世主のそれだよ。空回りしすぎて逆に妙な説得力を生み出してしまってる。僕はレオさんが心配してる、本当にね」

 

 Vaultから地上に出てきた直後、おそらくレオさんの中にあった葛藤――僕を家族として、息子として扱うかどうか。

 僕にしてみたら余計なお世話なそんな考えに囚われていたようだけども。最近の僕は逆にレオさんに似たような感情を持ち始めている。

 

 あの時――。

 自分のことなど放って、ケロッグとかいう殺し屋の元に共に向かっていたら。もしかしたらその後の展開に少しはなにか良いものがあったのではないのか、と。

 僕は誘拐されず、ヌカ・ワールドを知らないまま。グッドネイバーの事件など含め、ひどい事はおこらなかったのではないか?それは同時にハンコックの相棒が死ぬことはなかったし、僕も恐怖にとりつかれて見えない敵に憎悪をたぎらせることはなかったのではないか。

 

 無駄なもしも、の話でしかないのは分かっている。

 だがそんな風に思ってしまうほど、連邦で僕もまたひどいことをずっとここまで続けてきているのだ。そしてもう、引き返すことも出来ない。

 ならせめて尊敬する人が、愛する人がボロボロにならない未来が訪れて――。

 

 ダメだな。僕自身、これが傲慢でふざけた考えだとわかっているが。それを望みたくなる。

 だからいつものように僕はため息をつく。後悔する余裕はもう、”僕ら”にはない。

 

「ファー・ハーバー。つまりあなたは自分の利益のためだけに。友人の間違いに手を貸すという事なのですか?」

「その容赦ない言い方が君の魅力だよね。

 でもどうかな、考えてみてよ。このままでは恐らくレオさんはひとりでも島に行ってしまうだろうし、自分のやりたいことを進めるだけだ。ならそれが良い結果になるように僕は手を貸しつつ、こっそり堂々と悪事もやる」「確かにいつものあなたというわけですね。良い事と悪い事、ひとつずつ」

「そうなの?ふん、冷静に自己分析する際には、今のドクター・キュリー研究員の意見は重要視しよう。そうノートにも書き足しておかなきゃ」

 

 話題が目の前のVault88からそれてきたせいか2人の会話に勢いが生まれていた。

 これで元気にキュリーが仕事に戻ってくれればよかったのだが――並んで座ってた2人の位置が変化し、彼女は僕の上をまたいでしまう。

 

「あ、キュリー?」

「……」「ちょっと待った、盛り上がるのはここではマズイって」

 

 時に状況をパズルのようにピタリを合わせることの快感を知る僕だが。身近にいる女性の期待を別のものにすり替えることの難しさを理解している。

 この時だってそうだ。天秤は傾く、容赦なく。欲望は大波となって押し寄せてくる、とどめる努力はしたが押し流されないでいる理由はない気がするのも正直なところ。ああ、微妙なんだよ。

 

BEEEEEEEEEEM!

 

 監督室内にブザー音が鳴り響く。Vault88内で監督室へと向かう2階分の階段を誰かが昇り始めたという知らせである。つまりここに新たな訪問者が来ている。なんでこんな時に来てしまうかね?いや、違う。よくぞ来てくれた、が正しいのか。

 

「誰か来るみたいだ」

「――残念です」

「ああ、まったくだよね。僕も君と同じ気持ちだ」

「よく言いますよね、ホント憎らしい」

 

 僕の上からどいてほしいのに、なにやら思いきれないのかキュリーは珍しくゆるゆると動いている。

 

「監督官?あの、新任の監督様――」

 

 居住者が恐る恐るドアのない入り口から顔だけのぞかせてこちらに呼びかける。

 どうやら監督官というものを猛獣かなにかと勘違いしているようだ。

 

 やってきたのは、クレム――Vault88が開かれた直後から入り。あのバーストゥの実験を経験してどうしてか唯一まったくといっていいほど影響がないまま、健康体を維持し続けた青年。

 

「あ、ああ!ドクター、ありがとうもういいよ」

「はい」

 

 長椅子の上――ずり落ちそうになっている僕の上からようやくキュリーが離れてくれたが、クレムはコチラをじっと見つめて固まっている。

 これじゃどう誤魔化しても無駄ってやつだ。怪しい行為をしていたわけじゃない、直前まで行きかけたが。ここではなにもなかったのだ。それが真実。

 

「仕事に戻ってくれていいよ。ホント、ありがとうキュリー。とても楽になった」

「――わかりました」

 

 なぜか上機嫌な笑顔を浮かべてキュリーは部屋から出ていき。僕は代わりにまだ入り口にへばりついているクレムに話しかける。

 

「なにかな?」

「あ、はい。頼まれていた作業が――終わりましたので、報告を」

「ああ、それね!よかった、待ってたよ……ずっと」

 

 言いながら僕は席を立ち、クレムと共に監督官室を出る――。

 

 僕は今朝。彼が目覚めて、朝食をとる前にある命令を与えていた。元ゴミ拾いをやっていたという君だから、ここにある資源の中からこれから言うものを取り出して別室に運んでおいてくれ――と。

 本来ならば昼過ぎ辺りで何やってる!?と怒鳴りつけてやらねばならなかったのだが。僕はご存知の通り監督官室で作業中で――ああ、そういうことだ。僕もまさかこんなに時間がかかると思わなくて、彼に早朝に頼んでいた仕事のことを今までうっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「あの、僕が見たものは――」

「ん?ドクター・キュリーだよ。彼女は知ってるだろ?」

「ええ、ええ。でもなんていうかその、なんかしてたみたいだったので」

「健康診断だ。ここを出る前に、と彼女と約束してたんだよ。まぁ、夜更かししすぎて数値が取れないと怒られてね」

「彼女、怒ってるようには――」

「そうかい?僕が座ってばかりいるのは良くないとマッサージをしてくれたんだ。いい腕だったよ、体がすっかりほぐれた。つまりはそういうことだ」

「なるほど、はい。わかりました」

「ん。別にわからなくてもいいけど」

「え?」

「それでクレム――君だったよな」

「はい、新しい監督官、さん」

「説明してくれ」

 

 単純な作業にこんなにも時間をかけたことの理由を。ムカムカしてきたが笑みを浮かべ、軽い感じで問いかける。

 不思議に思ってはいたのだ。子供でも2時間もあればできそうなことを、この男は半日以上かけた言い訳――ではなくて作業の進め方について聞いておきたい。今後の参考のために。

 

 驚いたことになぜか彼は嬉しそうに話し始めた。それも――どうやら僕に褒められると信じてやっているみたいだ。

 

「はい、新しい監督官。僕はこのVautの役に立つために――」

「そこは飛ばして。ゴミの山から部品を取り出し、それを別の部屋にまで運ぶ。これをどうやったのかな?」

「本当に困難な任務でした。が、僕はあなたの期待にこたえてやり切ってみせました!聞いてください、まず”ねじ”ですが――」

 

 ロボット作業台の置かれている部屋に向かいながら彼の熱い作業過程を我慢して聞かされる。

 彼によるとゴミの山から取り出しただけではいけない、という理屈らしい。部品にある汚れや傷がないのも確かめ。丁寧に種類をより分け――ながら、なぜかノソノソと自分達の作業をしている仲間にちょっかいをかけにいき。彼らの仕事や生活――つまり農業や食事、休憩にシャワーの面倒まで見てきたらしい。なるほどそれは確かに時間がかかるな。

 

 僕は間違っていた。笑顔で聞いちゃいけない事だった。

 直前でキュリーとのあんな状況を見られたこともあって、失敗したと引くべきではなかったのだ。でもこうなったらもうしょうがない。

 

 適当に相槌をうつだけで流そうとしたところ、相手はそれが不満だったようで部屋の直前で改めて呼び止められる。

 

「――あの、新しい監督官様」

「ん?」(なんでいちいち呼び方が変わるんだよ)

「前のおばさんが出て行ってから数日が過ぎてましたけど、僕の仕事ぶりには満足してもらっているって思ってます」

「ああ」(そういえば元気に返事をするから、全員に伝える時はコイツに向かって話してたなぁ)

「だからちゃんとアピールしておこうかと思ったんです!」

「?」

「あと数日で、また新しい監督官は外に戻っていっちゃうんですよね?僕らをここに置き去りにして」

「表現が過激だが。確かに間違ってはいないね」(置き去りって、ハッキリ非難しやがったぞ。コイツ)

「やることが多くてお忙しいんだと思います。だからそれは尊重しますが――このVaultの状況は、決して良くないと僕は思うんです。それはわかってますよね?」

「ああ」

「ええ、きっと理解しておられるんでしょうけども!あえて、あえてここでお伝えしておきます。僕の準備は、完璧です。はいっ!」

「?」

 

 準備?なんのことだ?

 

「え、あれ?違うの?まさかっ」

「ああー、クレム。落ち着いて、君が何を言いたいのかさっぱりわからない。準備、とは何の話?」

「それはっ、僕をあなたの後任に選ぶことに決まってるじゃないですか!?」

「……なるほど」

 

 新監督官代理になりたい、と。

 そうかそうか。

 

「だってそうでしょ?僕を見てください、とっても元気です。ドクターにも健康だと断言してもらえました!」

「知ってる」

「でも皆は?メチャメチャ調子が悪い、でしょ?まるで、まるで……あれですよ!グールだ!」

「フェラル・グールな」

「それです!わかってました、僕は。とにかく彼らは最悪ですけど、僕は平気。でしょ?」

「平気というか、無駄に元気だね。確かに」

「つまり監督官を出来るのは僕だけって事です。ですよねっ!?」

 

 WAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!

 

 こんなに勘定の底をぶち抜くような怒りと呆れを混ぜた結果、ありえないほど愉快になって大爆笑したのはちょっと僕の短い記憶にない経験だった。そこから実に数分にわたってこの愚か者の前で僕は腹を抑えて笑いころげてまわり。この愚か者を親しい友人のように何度も相手の肩に触れた。

 

 監督官?代理ですらなくて?マジかよ!?

 たったこれだけのことが最高に笑えてしまった。

 

 空虚なVault88内と坑道に僕の笑い声が響いていく――。

 

 最初は僕に追従して笑っていたクレムも、一向にボルテージを下げないまま笑い続ける僕が怖くなってきたのだろう。沈黙すると背中を丸めて媚びるような視線へと変わっていった。

 僕はと言えば(さすがにそろそろ落ち着け)と冷静にもなっており。笑撃(衝撃)に翻弄され続ける口元を両手で押さえる。そのしぐさがまた狂気じみて見えたか、クレムは明らかにおびえだしていた。

 

 落ち着くにはさらに時間が必要であったが。

 その頃になると僕の中にはもう色々あった感情が吹き飛ばされて空っぽにまでなっていた。怒りはない、呆れもない、笑いも消え、なんとも思わない。

 

「――ああ、クレム。今のは面白かった、最高だ」

「え、そうですか。どこがおもしろかったのかわからないけれど……」

「いいんだよ!君はそれでいい、君の言いたいこともわかった。なるほど、監督官代理になりたいのか」

「えっと。まぁ、そういうことですね。あなたのお留守を守ります、今日のように完璧な仕事で」

「わかったよ。君の熱意は確かに聞かせてもらった。それに仕事ぶりもね!確かに全部揃っているみたいだ」

「はい。はいっ!」

「それじゃ任務完了だ。クレム、部屋に戻ってくれていい」

「それで――僕の監督官はどうなりました?」

「ああ、うん。もちろん前向きに考えるさ。だってそうだろ?皆の中で元気なのは?」

「僕です!僕だけ」

「なら監督官代理を任せるのは他に候補がいないうちは――つまりそういうこと」

「なるほど!ありがとうございます。新しい、監督官、様っ」

「それじゃおやすみ。また明日」

 

 新しくイラついてきたのでバンバンと強めに細い彼の背中を思いっきり叩いて部屋から追い出した。

 バーストゥが残した記録の中でこの青年の評価が割とひどいものだったことを思い出し。それが間違いなく的確な表現であったと納得もする。

 

「後任の監督官?監督官代理、ねぇ」

 

 ひひひ、また笑ってしまいそうだ。

 ロボット作業台の前に立ち、自分のピップボーイとつなげて装置を起動させた。

 

 少し前、コベナントでロボットを作りまくったときに。戦闘用アサルトロンのくせに戦うのが嫌いだとはっきり主張するおかしなロボットを作ったことがあった。ジャックと名付けたそれは、助手兼管理人?コンシェルジュ?とにかくそういうMr.ハンディが得意そうなことをやらせた。

 残念ながらジャックはその後、襲撃によって破壊されてしまったが。

 ジャックというロボットの精神構造パターンを僕はあのおぞましい冷蔵庫の中にある生体HDの中で復元させていた。

 

「私は戦闘用アサルトロンです、任務をどうぞ」

「そうだな、まず君の名前――ニュー・ジャック?いや、ただのジャックでいいか。2代目だけど。それじゃ、ジャック2世でどう?」

「それが私の名前なのですか?ジャックⅡ世、登録しますか?」

「君は今、自分を戦闘用と言ってたけど。これは答えてくれ、戦うことが好き?なにか思うことはある?」

「……答えはありません。興味もありません」

 

 ほぼ期待通りだ。普通のアサルトロンなら迷わず戦闘についてなにがしかを語りだす。ローグスのGAKUTENSOKUもそんな感じだった。

 きっとあのエイダも交戦的なフレーズで答えてくれたはず。だからこそ、この答えは期待通りと言える。

 

「いや、それでいい。続いて話を聞きながら、内部チェックを進めろ」

「了解しました」

「これから数日以内。つまり100時間以内に君には僕の代理としてこのVault88の監督官代理をやってもらうことになる。申し訳ないがこのVaultは2つの問題を抱えていて君はその処理をおこなうことが当面の目標となるだろう」

「……」

「ひとつはVault88自体、まだ未完成であるということだ。建築用のロボットが今も作業を続けているが、完成にはまだ時間が必要だ。とはいえ、すでに居住者の生活、生命維持に関するものはある程度完成している」

「Vault管理者としての任務、状況を理解しました。さらに情報を求めます」

「もうひとつ。こっちはかなりマズイ。前任の監督官が後先考えずに馬鹿をやらかしたおかげで、現在の居住者のひとりをのぞいた全員が死にかけている。ドクター・キュリーが彼らの体調の改善を試みたが、結果は出てない。

 彼女は僕と一緒にここを出るので制限時間を設けているが。その間に解決できなければ、彼らはここで看取ることになる。死者の数は生者を圧倒している。君はVault内での士気を保ちつつ、彼らに穏やかな最期を迎えさせてやってほしい。難しい任務だ」

「……」

「監督官に必要な思考とデータはすでに君の中に存在しているが。もしもの状況を想定して、ローグスという僕の戦闘チームの指揮権を与える。彼らは僕の出立後にここへ到着する予定だ。

 内外に手に余る脅威が迫ると君が判断したら、このローグスに協力を要請すればいい。彼らは君の決断が戦略的に有効と判断すれば指示に従うだろう」

「つまり彼らには私の命令に対する拒否権があるということですか?」

「そうだ。理由は君を評価する時間が足りないこと。このせいで僕は君を完全には信用することができない事実がある」

 

 戦闘用ロボットのいいところは容赦のない攻撃的な物言いを好むところだ。

 

「確かにその通りです。この状況におけるあなたの意見に同意します」

「とにかくローグスはこことは別の独立した戦闘チームということだけ認識してくれ。彼らにはここでの別の任務を与えているし、僕の意思に従って行動や判断を下すからね。君は彼らと問題解決の過程で利益相反とならないように気を付けろ」

「つまり最悪の場合。私は戦闘チームに排除される可能性があると?」

「当然だろう。君にはVaultとVault居住者たちの命を預けるんだ。任務に耐えられない性能なら、僕の期待には答えられないという事になる。ローグス・リーダーは監督官となる君の観察者だ。だからといって君の権利は簡単に侵されるものでもない」

「その通りです。私の任務はVault88の監督官として居住者の生活を守り、続ける存在であり続ける事」

 

 僕はうなずく。

 

 

「よし、内部チェックの結果は?」

「3度目を実行中ですが。問題はないと出ています」

「そのまま続けて、ここで待機だ。僕は監督官室に戻る。出番が来るまでは時間を潰してもらうことになる」

「了解、セーフモードへ移行します」

 

 ここでの仕事も終わりが見えてきた。生まれたばかりの装置の中で動きを止めるロボットを見てそう思った。

 居住地Vault88の再開は、同時に僕の監督官としての最後の使命としたい。だがそれには準備も、時間も必要。だから僕は再び監督官室へと戻っていく。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 リン――廃墟の丘の上にサカモトの言葉は続いていた。

 

「クレーターハウスのアトム教。何度か我らの再査定に挙げられましたが、その多くの調査はクロダ。あなたがやっていた」

「……だからなんだ?否定はしない、今回はあいつらを利用しただけだ。組織の資産ではないのだからどう使おうが別に問題はない。非難されるいわれもない」

 

 相も変わらず大男は表情も変えず、秘密を暴かれてもひるむ素振りすら見せない。

 

「でしょうね。あなたの目的はわかってますから。

 討伐に動くミニッツメンへ。コンドウの敵討ちに加え、戦場にアキラを引きずり出して対決するつもりだったのでしょう」

「そうだ。ただ敵討ちとは違う。コンドウを倒した男、そいつには死んでもらう。またそれだけ価値のある男ならば、アキラならきっとそばについているはずだ。過去の事件ではそうだった。我々を困らせたトラブルはこれで排除される」

「つまりアキラと直接対決する――全て終わらせるため」

「……」

「わかっているはずです。その目論見はすでに失敗しています。アキラは動かない。隠れたままミニッツメンの将軍とは合流していませんよ」

「まだわからないだろ」

「いいえ、もう答えは出ています。

 すでにミニッツメンはスロッグまで出てきている。必要なものが揃えばすぐに攻撃に移ります。

 このままだとあなたの望む通りの戦場が作られるでしょうが――あなたが戦うのはコンドウを倒した男だけです。結果、今度は君が倒れないという保証はありません。そのリスクを真剣に考えるべきです」

「ずいぶんと弱気だな、サカモト?」

「あなたやキジマのやる気は認めますが不用心すぎると指摘しているのです、クロダ。

 あのコンドウを倒すような実力を持っている相手なら、自分も倒すことが出来るという事実こそ重視するべきです。自分の抑えきれない闘争心に振り回されて冷静になりきれてはいないのです。

 さらにここに方針を変更してアキラとも決着をつける?アキラとコンドウを倒した男が揃っているところに向かうのに、自分たちが負けないという根拠をあなたは示せていません。わかっていますか?」

 

 クロダの表情は態度と違って先ほどからずっと不愉快そうにしたままだ。

 

「つまるところサカモトよ。お前はどうしろというのだ?

 アキラを敵にするな。コンドウを倒した男と戦うな。ただ放っておけと、そういうことか?」

「それがどれほど納得できないものなのか。私はちゃんと理解していますよ。だからこそあなたにも聞き入れて欲しいのです。これは私からのお願いと思ってもらっても構いません」

「駄目だ」

 

 クロダの答えは簡潔だった。

 

「駄目だ。それではまた同じことが始まる。叫ぶだけのキンジョウと変わらない。

 我々は次をどうするのか決定しなくてはならない。報復を果たさねばならない。敵の動きを封じ、これを殲滅せねばならない」

「説明はしました。アキラは我々の敵として動いていますが、彼との対決姿勢は我々自身を生み出して共食いするようなものになります。これは必ずそうなります、彼がそう仕向けているからです。

 彼との敵対は避けなくてはなりません。いや、彼を再び取り戻さなくてはならない。確かに、確かにその方法は私にはまだありません。しかし敵対すれば――アキラは我々がそれに飛びつくかどうかを待っている。彼の挑発に乗ってはならないのです」

 

 連邦でアキラの作る勢力と自分達が敵対する未来。全く想像もしなかった悪夢、それが現実のものとなろうとしている。

 復讐心、というよりも滾る闘争心に突き動かされようとする仲間をサカモトは驚いたことに本気になって止めようとしていた。

 

「話にならならないな、サカモト」

「ではこうしませんか?……情報では近く、アキラたちはファー・ハーバーという島に向かうと聞いています。その間に私が必ず、アキラとの接触の機会を見つけてみせます。実現してみせます」

「足りない。コンドウの件、報復は果たされていないぞ」

「ミニッツメンの将軍は――いえ、フランク・J・パターソン Jrはそれまでに確実に殺します。その方法についてなら、合意できるでしょう」

「そうだな。確かに」

「観測者、あなたはどうです!?」

 

 マスクの怪人はただ、サカモトの問いに頷いただけであった。

 

「では結論が出ましたね?アキラには引き続き手を出さない。アトム教からは手を引いてください。

 その代わり我々はフランク・J・パターソン Jr抹殺について計画をたてましょう。それでいいですね?」

「――ふぅ、いいだろう。お前の顔を立てよう」

 

 サカモトはようやく肩を下ろして一息ついた。

 

 滅びた町の丘で、会議はこうして終了した。

 サカモトは背を向け放れていく中、それでもついに自分が全てを明らかにしなかったことは失敗ではなかったと不安を押し殺していた。

 

 あの日、確かに3人は同じ情報から同じものを確認しに集まりはしたが。そこから出した結論は――まったく違うものとなったことをクロダやキジマには黙ったままで終わらせていた。

 

 観測者は全てを忘れたかのようだった。

 これはまったく理解に苦しむことだが、とにかくアキラについて執着が強かったはずなのに。一転して無関心をふるまうようになった。

 なにもせず、何も考えていない。そのフリをしているのか、よくわからない。

 

 サカモトとコンドウはその後もしばらくは意見の一致が続いた。

 失ったアキラを取り戻す。彼を再び組織に迎え入れる。地位も権威も与え、判断を間違った者達から謝罪を受ける。

 それで恐らくだが組織は新たな息吹を始め、欠けていたと思われたものが補われて連邦の未来へと自分達を導いてくれる。

 

 そのために絶対に必要な事。

 それが彼の資産である友人達。なかでも最重要人物として話題に駆け上っていったのがフランク・J・パターソン Jrだった。

 彼、そしてさらに数人の資産(友人)を抹殺することでアキラの支配網をバラバラに寸断していく。その中で接触を試み、組織へ帰還する話し合いをしっかりと進めていく。

 

 だがここでついに2人の意見が割れた。

 

 サカモトはコンドウと違い、怪しんでいた。

 インスティチュートの古参のエージェント、ケロッグをフランク・J・パターソン Jrはひとりで倒したという事実。

 元は優秀な軍人であったというが、Vault-TECの未熟な冷凍保存技術による延命からの蘇生は、いくら成功したとはいえ細胞レベルからダメージが残ってないわけがなく。とても全盛を続けている殺し屋として長く現役を続けているケロッグに打ち勝てるような力を持っていたとは思えない。

 

――誰かが、何かがあそこであったのだ。

 

 ケロッグは最後の任務となる砦に人造人間の部隊まで率いていたと聞く。

 ということは元軍人で弱った男が、戦闘部隊ごとケロッグを殲滅した?そんな悪夢のような奇跡をやってのけた?

 だが奇跡でないとするならば、それは誰かが。何かがそれを成し遂げさせたという事になる――それがまったくわからないのだ。

 

 サカモトのこの躊躇をコンドウは軟弱だと判断した。

 そして結果――彼はフランク・J・パターソン Jr暗殺に挑み、ことごとくで敗北した。あろうことか最後の機会を見逃すことが出来ず、水から飛び出していって敗れた。相手に囚われた後は体をバラバラに切り刻まれて生命活動を停止させられたと知ったが、苦痛の中でコンドウはサカモトの恐れたことが事実であったと噛みしめたことだろう。

 

 だからこそサカモトは恐れ、仲間であったとしても簡単にはこのことを口に出せないでいる。

 この連邦には自分達とアキラを敵対させたいと願う存在がいる?それは彼にフランク・J・パターソン Jrを与え、力を貸した?ならその正体は誰なのだ?

 

 観測者はこのことについてなにか知っているのだろうか?

 

 

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 ミニッツメンにとって最悪の日。

 いや、ガ―ビーにとって最悪の日は、やはりオバーランド駅の居住地で迎えることになった。

 

 午前、ふらりとサンクチュアリからやってきたメールマンがガ―ビーに面会を申し込んだ。

 自分の任務開始が迫っているのでサンクチュアリに戻る挨拶だという。

 

「その、とにかく本当にご苦労だった」

「いえいえ、別にいいんですが――」

 

 ガ―ビーの心臓がドキリと大きく脈打った。彼の報告を聞いて、なおこの場から動かない真意を聞かれはしないかと恐れたのだ。

 

「実はうちで使うバラモンもついでに引き取っていきたいと思いましてね。勝手に手続しました、これも許可してもらえると助かるんですが」

「ああ、そんなことか。もちろんいいとも」

 

 メールマンは居住地間の移動に荷物運びとしてバラモンを最低でも一頭はつれていくことになっていた。

 だが、以前に比べれば平和になったとはいえ。襲撃がなくなったわけではない。

 

 メールマンたちは任務で怪我するくらいに、バラモンの被害も決して少なくはなかったのだ。

 

 最初はダイアモンドシティで買い求めていたものの、費用が馬鹿にならないという事もあり。

 レオがこのオバーランド駅をミニッツメンが求める居住者かテストする環境を整えた際、数頭からバラモンの飼育をも始めたのだ。

 

 バラモンの肉と乳は食料となり。糞尿はアキラの技術によって肥料に変わり。この地に集められる放浪者たちは居住者としてきちんとやっていけるかどうかを、バラモンの飼育から観察していく。もはやここになくてはならない存在になっていた。

 

「3頭だったか。ひとりで大丈夫か?だれかつけたほうがいいかい?」

「大丈夫でしょう。でも手伝いは歓迎しますよ」

「わかった――パトロールと同行させよう。ちょっと待っててくれ」

「はい」

 

 このくらいなら簡単だ。北に向かうパトロール部隊に出発を数時間前倒しにするだけでいい。

 

「ここからバラモンを運ぶのも、あと何回くらいになりますかねぇ」

「そうなのか?なにか別に手に入れる方法でも見つけたか」

「いえ――スターライト・ドライブイン・シアター。あそこがもうすぐ動きそうだってハナシで」

「っ!?」

「あれ、知りませんでしたか?」

「聞いていない。初耳だ」

 

 アキラからは何も聞いていない――。

 だが将軍の強い勧めもあって、コベナント、グレーガーデン、スターライト・ドライブイン・シアターについては彼に好きにやってもらう約束になっているわけだから小さなことで不満をぶつけるわけにもいかない。

 実際、グレーガーデンの時も気が付いたらグール達が入り込んでいたっけ。

 

「あそこは今、どうなってる?」

「なんていったらいいか、そうですねぇ。愉快な緑の巨人と優しい奴らって感じになってますよ」

「……ああ、なるほど」

 

 緑の巨人、で頭が止まってしまった。

 将軍がボストンコモンから連れてきた、おかしなスーパーミュータント。ストロングの事だと思い出したのだ。

 スターライト・ドライブイン・シアターをレイダーやアポミネーションに占拠されないように、そいつを解き放ったのだったか。

 

「優しい奴ら、ってのは?」

「放浪者ですよ。数人ですがね、もう居ついているようです」

「――アキラはどうするつもりなんだ?」

「うちの社長?どうでしょうね、なんかいろいろ仕込んでるみたいですよ。誰か探しているって噂が」

「誰だ?」

「さぁ、どうも人間じゃないってハナシですが」

「なに?」

「ま、すでにスーパーミュータントがいるんですから。似たようなのを探してるのかもしれません」

「ううむ」

「で、そこでもバラモンの飼育を始めるって話が出てまして。恐らくですが、正式に動き出したらうちはそっちでやっかいになることになるだろうって」

「そうか」

 

 確かにあそこは守りにくい平地が広がっている場所だ。

 逆に言えばバラモンの飼育には適している。数だって人が増やせれば多く増やせるだろう。そう、確かに未来ではそうなってもおかしくはない。

 

「だがまだ先の話だろう?」

「どうでしょうね。それじゃ、失礼します」

「パトロール部隊とは河を渡った先のグレーガーデンで合流してくれ」

 

 メールマンは笑顔のまま、するりと身をひるがえすと出て行ってしまった。

 なんだか最後は逃げるように出ていった気がしたが――気のせいか?

 

 深い苦悩に満ちたため息をついた。

 

――被害妄想だな

――後続を送りたいのに人がいない

――将軍は俺を待っているのに、なんで俺はここにいるんだ

 

 ガ―ビーは本当ならばもっと前にアキラに助けを求めることも出来たはずであった。

 そうすれば彼の悩みなど、どれほど小さいものなのか。理解することも出来ただろう。アキラだって、ガ―ビーが迷って教えを乞えば、あっさりと正解を教えていたはずだ。

 

(将軍への援軍?ならオバーランド駅の居住地で暇そうにしているミニッツメンを捕まえろ。一丁前に帽子かぶって、レーザーマスケットぶら下げている奴だったら誰でもいい。

 そいつらを数人用意したら、あんたが食料担いで先頭に立ってスロッグに行け。それで話は終わりだ)

 

 この程度のことを彼は理解できないでいた。

 恐らくそれは旧ミニッツメンで、ガ―ビーが指揮する側の視野や勝利への経験不足。ついでに言えば、残念ながら彼自身にセンスもないことも一因であったのだろう。

 

 その理由として問題はこの時期のミニッツメンへの採用率から推し量ることが出来ると思われる。

 人事に関してはガ―ビーはほぼ全てを常に握っていた。

 

 その彼の元に集まるのは、放浪者、どこかの町の居住者、元レイダー、元傭兵に旧ミニッツメンたちである。

 この中で元傭兵にはメールマンへの道が生まれ。元レイダーと放浪者には厳しい監視を含めた目がむけられている。居住者ならば、熱意と決意が本物なら、旧ミニッツメンと同じように問題なく新しいミニッツメンに加わる可能性が高い。

 

 最初はレオがそう定めた基準は、いつしかガ―ビーの手でゆっくりと変えられた。

 

 旧ミニッツメンの扱いのことだ。

 以前であれば一般人と並んでかつてと同じように熱意と決意をみせることで新しいミニッツメンとなれたのに。これが旧ミニッツメンであることは即、ミニッツメンへの復帰という形に徐々に変更されていったのだ。

 

 ガ―ビーのこうしたひいきは、明らかにロニー・ショーの帰還と無関係ではなかった。

 強くなっていく組織の中で自制が聞かなくなり始めた彼は、以前の仲間たちをひとりでも多くミニッツメンへ取り戻したいと考えるようになってしまったのだ。そして皮肉にもそれをロニーのような老獪な元ミニッツメンは察知して次々と帰還を果たしてきている。

 

 その結果、しわよせはそれ以外の新人希望者の枠に当然ながら影響を及ぼしてしまったのだ。

 ミニッツメンとなる基準は自然に高くなって、不合格者が増加し始めた。そしてそのことをガ―ビーも誰も指摘しなかった。

 

 彼が今苦悩する”送り出す兵士がいない”理由はまさにこれが原因と言える。

 訓練生には無駄に高いレベルを求めて半人前と戦力とみなさず。過去の実績を重視してかつての仲間を優先して集めようとする。だがそんな元、仲間たちが求めるのはガ―ビーと同じ正義や平和であるとは限らない……。

 そしてそんなことをやっていれば、ガ―ビーの周りに存在する兵士の数はおのずと限られてしまってもしょうがないのだ。

 

 

 そしてついに本当の悪夢がガ―ビーの前に到着する。

 午後、メールマンが出立したとの報告を受けてしばらく後。ご機嫌なロニーが、またまたガ―ビーのところへとやってくる形で。

 

「今日はなんです、ロニー?」

「いやね、ガ―ビー。あんたなんでここでのんびりしてるのか、あたしにさっぱりわからなくてさ」

「どういうことです?」

「――どうやら本当に知らないようだね」

 

 一転してロニーの視線が厳しいものに変わった。

 ただそれだけでガ―ビーは自分がまだ新兵だった頃の若者の気分になってしまいそうになる。

 

「あんたの将軍。スロッグから動いたってさ」

「え?将軍が、なんですって?」

「だから動いたんだよ。外じゃ、ダイアモンドシティでも騒ぎになってるよ。ミニッツメンがアトム教と決着付けるってさ」

 

 レオやアキラと知り合ってから長く忘れていた感覚――血が凍り付くというものをガ―ビーは久しぶりに思い出してしまう。

 視線は泳ぎ、聴覚は狂って遠くなる。手は震えても、まだ足腰に力は入ってくれていた。おかげでうろたえても、みっともない姿をさらさずに済んだ。

 

「こ、こんなことっ。急いで追わないと!」

「なに馬鹿を言ってるんだい。間に合うわけがないだろう、いつの話だと思ってる」

「いつですか?」

「一昨日、夕刻だそうだ。あそこのグールやその場にいた商人達の前で派手に演説をかまして出立したってさ」

「演説――」

 

 それくらいならガ―ビーでもわかった。

 レオは裏でバンカーヒルの商人たちが集まるのを待っていたのだろう。そして彼らに情報を与えるため、派手なパフォーマンスをしてみせた。それはつまり、ガ―ビーがこのままいくつもりがないと、判断したから。

 

「お、俺は。なんてことをっ」

「自分を慰めたいならあたしが出ていったあとで勝手にやっとくれ」

「ロニー……」

「ガ―ビー、しっかりするんだ。あんたはミニッツメンの最後の希望、伝説の男なんだよ」

「しかしどうしたら――俺は将軍を」

「まだ大丈夫さ!」

 

 ガ―ビーの目も耳も、もはやロニーにしか向いていなかった。

 そもそもは彼女、まだミニッツメンには加わってはいないはずなのに、である。なのに自分をミニッツメンのように語る彼女にガ―ビーは何も言えないでいる。

 

「あんたはちょいとしくじってる。だがまだまだ挽回できないわけじゃないだろ」

「そんな方法、あるとでも?」

「あるさ!あたしに任せな。あたしのバラモンと若いのを数人つけとくれ、もちろん背嚢には今ある銃や弾丸。食料を詰めてね」

「どういうことです?」

「今からじゃどうあがいても戦闘には間に合わないよ。でもね、一日とちょっとくらいならまだ手遅れじゃない。

 あたしをあんたの名代ってことにするんだ。それで将軍とやらのところに送り出す」

「でも、戦闘は終わってしまうはず」

「そうかもね。でも違うかもしれない。とにかく重要なのは、あんたが将軍を支えたっていう事実さ。

 あたしがそれをやってやるよ。長期戦をにらんで、十分な物資を運び込むってわけさ。それであんたのしくじりも、そんなにひどいものにはならないはずだよ」

「そんなことで?」

「そうさ!あんたはちょっと考え違いをしてただけさ。アトム教のクソどもと長期戦になるかもっていうね。

 だから兵士が必要だったし、物資は用意していた。ちょっとした誤算を認めて、味方のために補給部隊を先行させた」

 

 それでこの問題は解決だよ。

 ロニーのこの言葉は何よりも正しいものにガ―ビーの耳には聞こえた。


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