ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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リメイクが出たと思ったらアパラチアにWLがやってきて、それもクリアした。
ということで戻ってまいりました。

次回は明後日を予定。


ガルム Ⅰ

――なんてことだ!?

 

 それは悲鳴、絶望、失望も混ざっている。

 ガ―ビーはひとり部屋の中で唸り声をあげるが、それも大きなものとなって外にいる人々に聞かれないように。必死に押し殺そうとして――それがかなわない感情があふれ出てしまっている。

 

 レオが――将軍から指定された合流日は一昨日の夕暮れであった。

 しかしガ―ビーは動いていない。オバーランド駅の居住地から一歩も外に出ていない。

 いや、それどころか。彼が率いて将軍の元に駆けつける予定の兵士たちすらそこにはいない。

 

――最悪だ。なんてことだ!

 

 反芻される言葉は同じであっても、嘆く題材は違っている。これがさらに悲惨さを浮き彫りにしているのだ。

 

 そもそも調査に送り出した精兵達と入れ替わりに、旧ミニッツメンと新兵の混合部隊を東部に派遣することはずっと以前から決まっていたことだった。そのための準備は進めていたし、多少は遅れている部分もあったが。スケジュールに変更が必要なほどのことはなにもなかった。

 ところが、である。

 

 突然のことアトム教の信徒たちの攻撃にさらされると、すべての予定が信じられないことに止まってしまったのだ。

 

 将軍は的確に動いているのは理解している。

 レオは暗殺者、そして襲撃者たちに対処すべく直ちに一軍を差し向けることを決定した。そこには当然、彼も加わってくれる。

 万が一の場合を考え、メールマンの訓練生からも数名連れていくというし。あとはミニッツメンが動けば戦いを始められる。

 

 なのに兵士が集まらない。

 この騒ぎを聞いたのか、いきなり連絡を絶ってしまう旧ミニッツメン。事態の変化に対応するためには、今の任務から離れられないと主張を始める新兵たち。

 民兵であるが故、軍に必要な鉄壁の軍律と志願制が発揮されてしまい。予定を前倒しにしたいのにそれをさせてくれなくしているのだ。

 

 それでもガ―ビーは約束の日までは、最悪の場合は自分の体ひとつでも将軍の元に駆けつけようか。そう悩んではいた。

 しかしそれはあのロニーが……老練の兵士に「まさか自分ひとりだけでも、とか考えてるんじゃないだろうね?」と見抜かれてしまい。尻の青い若造のように「組織のメンツ」について説教されてしまっては、それを無視することも出来なくなってしまった。

 

 仮に自分がここからひとりで飛び出してしまうと、残された兵士達は何事かと驚き。そこにロニーがなにか余計なことをするのは明らかだ。

 仮にアトム教との戦いが終わったとしても。将軍と共にここへ戻ってきても、兵士達が私を見る目は変わっていないという保証はないし。「指揮官としてお前は手綱を緩めた」と指摘されても反論は出来ない。

 

 伝説の男は今は組織を運営する立場にあるのだ。

 やるべきことを当然のようには出来ない、そう自ら諦めてはいけないのだ。

 

 ガ―ビーは廊下を素通りしようとする若い兵士の気配を察知する。すると平常心を瞬時に着飾り、声をかける。どこからも新しい情報も報告もない、それを確認すると立ち去ることを許可する。

 兵士が立ち去ると、ガ―ビーは感情的な面を取り戻し。腰抜けの上に風見鶏なかつての仲間たちと、経験もないくせに頭でっかちなだけの勘違いした新兵への怒りに必死に耐えなくてはならなかった。

 

 やるべきことが今は別にあるのだ。それも至急に!

 

 なのに彼らはそれを理解してくれない。今、将軍や自分に兵士達が必要なのだ。ミニッツメンという兵士が!

 ためいきをつくことで一旦は冷静になろうとすると、ひとりの若者の顔が思い浮かんだ。

 

――アキラ

 

 あの若者は新しいミニッツメンには古い血は必要ないと冷徹に断言していた。

 自らの存在意義すら忘れて滅び去ったものなのだと、彼は平然と私に言い放って見せた。その言葉に冷静ではいられなくなりそうだった俺をレオはなだめ、こちらの言い分を指示してくれた。あれは本当に感謝している。

 

 それなのに!!

 

 恐らくこのままだと将軍はスロッグで足止めされているはずだ。さらに数日を無駄に過ごせば、将軍として新しいなにがしかの指示が送られてくるだろう。そうなったらもう、隠すことは出来ない。

 こっちが率いる兵士が集まらないと知ればレオは恐らくひとりでもアトム教に対処しようとしてしまうはず。そうなれば――。

 

 再びうめき声をあげ、己の無力さに絶望するガ―ビー。

 すると都合のいいことにあの若者の事を再び思い出す――そう、アキラだ。

 彼はずっと自分もそうだが、なによりレオを仲間として助けようと動いていたはずだ。今回も居住地の崩壊を防いで動いてくれたというし。その後の彼が何をやっているのか自分は知らないが、ミニッツメンを。レオを助けてはくれるのではないだろうか?

 

「都合がいい事だな、まったく俺って奴は」

 

 物憂げなガ―ビーは己に皮肉な笑みを向ける。

 

 

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 そこはボストンの中心から北に数十キロ。町の名前はリンと呼ばれていた。

 

 独立戦争の時分は皮革産業でおおいに栄えた伝統ある町であったが。いつしか工業地帯ゆえの治安の悪さから『罪の街』というありがたくない名前を頂戴し。

 世界が壊れた後はレイダー、傭兵、スーパーミュータント、そしてアポミネーション。どこでもそうであったように、ここでも長く激しい戦いが続いた。立ち並ぶ建物は焼かれ、工場も崩され――気が付くと全てを跡形もなく消し去ってしまった。

 

 連邦をつらぬく大通りだけは何とか残し、残骸はわずかで、地面をゴミが埋め尽くす丘だけが残されている。

 

 きっとかつて栄えた町の名前が記憶から消えるのもそう遠くない事なのかもしれない。

 崩れかかった道路の脇に残された標識が、過去の記憶を未来に伝えようとなんとか今は主張している――。

 

 

 そんな廃墟ですらなくなったゴミの丘の上に、怪人たちが集結しようとしていた。

 ”小さな宝物”、そう呼ばれる組織の危険なエージェントたち。

 

 観測者、サカモト、キジマ――そして大男のクロダ。

 あのキンジョウをのぞく全員が、頂上で円を描くように立ち向かい合う。

 

「この集まりは俺が呼んだ。お前たちは呼びかけに答えた、まずそれを感謝しよう」

 

 クロダ――。

 彼ら”家族”の中ではもっとも体格に優れ。カラメル色の肌と堀の深い顔立ちは、彼が兼と斧の時代であれば英雄と呼ばれる戦士であっただろうと感じさせる恐怖を抱かせる。

 キジマと同じく自ら手を下すことを好む彼だが、決してただの殺し屋で終わる人物ではない。彼もやはり”家族”の、”兄弟”たちと同じ化け物の類なのだ。

 

 しかし常に無口を好むこの男は、今日に限っては雄弁に語っていた。

 

「あの部屋では全く話が進まない。時間は無駄にされすぎている。これ以上、あの茶番は続けられない」

「……」

「だからここにお前たちを集めた」

「いいでしょう、クロダ。あなたのいうようにそろそろヒステリーで話が進まない会議というものにウンザリしていた。たまには普通もやっておくべきでしょう」

 

 キジマも観測者も無言であったが、サカモトがそう口にするとそれは合意されたという事になるらしい。

 

「まず――コンドウは死んだ」

「ええ」「ああ」

「俺達は気にしなくてはならない。俺達は弱くなっている。組織は、破滅に向かおうとしている。このままではダメだ」

「強引な意見だ。しかし、同意してもいい」

 

 無機質な観測者の同意には感情を読ませてくれない。だがクロダは構わず話を進める。

 

「俺は考えた。お前たちも考えている。答えるにはもう十分な時間もあっただろう」

「……」

「俺の答えを聞け。俺は――アキラを殺す」

『なっ!?』

 

 それは驚きというより、出された名前の含む問題から飛び出した全員の声だった。

 しかしクロダはそれを気にしないようだった。

 

「奴は敵だ。ミニッツメンの将軍、奴は”アキラの資産”だ。コンドウは倒された、奴からの攻撃といっていい。次は俺が奴らを処分する」

 

 衝撃はまだ収まっていないが、クロダはそこまで一気に宣言する。

 

――ダメです

 

 否定の声が聞こえた。

 

「なに?誰だ?」

 

 眉を不愉快な感情を示す位置に動かしながらクロダは問う。

 彼の意見を否定し、前に立ちふさがったのは――。

 

「駄目です。それだけはいけません」

「なぜだ?奴は敵だぞ、サカモト」

「その考え方はいけない。アキラを敵にしてはいけない」

「納得できない。お前は何を言っている?」

 

 背中を曲げ、両手を背後で組むサカモトの表情は苦悶に満ちていた。

 

「納得しないという事は、考えを変えるつもりはないということですね?」

「当然だ。俺はするべきことを理解している。先程の言葉は宣言でもある。俺は行動する、オカシイのは貴様だ」

「いえ、間違っているはあなたのほうです。ですが――説明しないとダメなんでしょうね?」

「繰り返すが、皆をここに集めたのは俺だが。その終わりが意見の一致でなかったとしても俺はまったく構わない」

 

 サカモトは首を振る。

 

「わかりました――ではあまりやったことはありませんが。ここは全員、意見の一致となるように情報を共有しましょうか」

「必要な事か?」

「恐らく」

「俺の考えは変わらないだろうし、約束できることはない。だがまだ話し合いは終わっていないというなら続けてもいい」

 

 やってみたらいい、無駄だろうが。クロダはそう言っていた。

 サカモトはため息をつく。

 

「わかりました。それでは……やってみますかね」

 

 この男なら互いに出した真逆の答えを統一することが出来るというのか?

 

 

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「スロッグか……いいところじゃないか」

 

 ひとり、スロッグを見下ろせる旧道まで来た私の感想。

 サンクチュアリを出発してから3日。予定の半分というを時間とスピードでここまでやってくることが出来た。

 

 だが――私はここから先にはいけない。

 ガ―ビーに知らせた合流日からすでに3日が過ぎていた。

 

 

 嫌な予感はしていたのだ。

 連邦の頭部にいるというアトム教が、いきなり襲撃だの暗殺だの騒ぎを起こし。こちらはそれを見逃すことは出来なくなってしまった。

 すぐになんらかの報復攻撃をしなくてはならないが――ガ―ビーはまだ前線に出てきていない。

 

 町を出てスロッグまでの強行軍をやっているうちは気分もしっかりとして、目的もゆるぎないものであったはずだが。

 こうして身動きも取れず。不信、不安、恐怖にとりつかれるようになると――改めて自分の不安定さを自覚してしまうのだ。

 

 原因は――わかってる。自分のまいた種なのだ。

 ミニッツメンを復活させた時、アキラは可能な限り組織から距離をとろうと言ってきたが。私は自分の経験とガ―ビーの熱い想いに感じるものがあり、彼に力を貸そうと決めた。

 

 それが私を痛めつけ、正気をギリギリのところで保たせてしまっている。

 

 ミニッツメンの将軍など引き受けていなければ、自分は今頃B.O.S.のマクソンの下に自分を預けていたと考えてもおかしくはない。

 あそこはかつて自分が所属した組織の匂いが強く残っている場所だ。国への失望だけでは、もしかしたら自分は軍に背中を向けたりはしなかった。家族がいて、彼らのために良い未来が必要だと考えたから出ていくしかなかった。

 

 その妻も息子も、今はいない――。

 

 アキラと同じ、何の考えもなくこの連邦に投げ出され。若者と違って自分は軍での楽しくない戦闘経験と知識のおかげでなんとなくここまでやってこれたものの。それら行為の結果として、負債を抱え込むように危険が周りに迫ってきていた。

 

 連日のボストンでの暗殺騒ぎが始まりだ。

 

 命を狙われる立場となり、死がより身近に感じられてきた。それでも弱さは見せられない。不安に揺れない。恐れを見せない。無理をしないように緊張する。

 戦場に送り込まれたばかりの方かに怯える新兵のような気持ちだ。

 

 

 居住地のグールたちはタールベリーや作物の成長に気を配り。お手製の屋台を出して、平和な日常を一生懸命やっているのがわかる。

 その近くではコズワースがカールと戯れて――恐らくそうだと思う――なにやら騒がしい。

 かつては市民プールだったのか。建物の脇に、子供用の玩具がまだいくつか残っていた。グールたちに子供を育てる余裕も予定もないはずだが、聞くところによるとアキラがここを大改革しようとした際。全てを撤去することだけはしないでくれ、そうせがまれたらしい。

 

 アキラは不服そうではあったが、私には少しわかる気がした。

 もはや国は遠い過去のものとなっていく。なのに自分達はまだここにいて、人と呼べるものかどうかわからない。

 新しい未来も必要かもしれないが。それ以上につながる過去も失うわけにはいかないのだろう――。

 

「ん?」

 

 ふと、こちらに近づいてくる人影を見つけた。

 パイパーだ。彼女は「ブルー、見つけた」と言いながらこちらに登ってこようとしている。どうやら彼女、この遠征の一部始終を記事にするという決意は変わらないらしい。

 まるでこっちが逃げ出さないように見張っているつもりか、こうして静かにひとりで考える時間を許してくれない。

 

「記者さんは仕事熱心だね。でも、退屈だろう。ここで待っているだけだし」

「え?ああ……そんなのは今だけ、でしょ?」

「どうかな――」

「ふぅ。だって、あー。ほら、スロッグだっけ?見てみなよ、ここに到着した時に比べたら落ち着いてるじゃない」

 

 彼女のポジティブさには救われる。「ああ。まぁ、それはそうだね」とうなづきつつ、到着直後のスロッグの事を思い出した。

 

 カウンティ―・クロッシングの襲撃の報を聞きつけ、近くのパトロール。調査隊の残り。そういったミニッツメン達はこのスロッグに集結したまま、何をしていいのかわからなくなってしまっていた。

 そこに私が――将軍が到着。

 怒りに燃えた彼らはさっそく私のところに来ると「すぐに出撃できます」と口々にやる気をアピールしてくる。

 

 どうやら彼らの中ではいかれる将軍が現地で兵士達を徴発し、軍を率いてアトム教へ報復するものだと勝手に解釈したらしい。

 私はガ―ビーとの合流があることを伝え。彼らには元の任務へと戻るよう、またはさっさと帰還してしまえとここから立ち去らせた。

 

 このスロッグは知っての通り、グールたちだけが住む居住地だ。

 ミニッツメンの活動を指示してくれた彼らに報いるため。彼らが不愉快にならぬよう、ミニッツメンの中でグールと付き合えそうな兵士を選んでパトロールは組まれているし。調査隊にしてもここに長いなどして、うっかり住人とトラブルにならぬようガ―ビーは気を付けているのだ。

 

 それに探索部隊には出来る限り良い装備を持たせて送り出したとあって、被害こそ少なかったものの。

 使用された装備のメンテナンスと、それを扱う事の出来る経験者は大切にしなくてはいけない。その意味で、私が彼らの意を汲んで――喜ばせて、軍に組み込むことをしなかったのは懸命だったと言える。

 

「遅れてるよね、ガ―ビー」

「――ああ」

 

 彼女も恐らくわかっている。

 焦れている――このままでは、いけない。

 

 

 この瞬間、スロッグで戯れていたコズワースとカールは互いになにがしかの変事を察し。同時に動きを止めて空を仰いでいた。

 犬のカールは察していた、このスロッグを見下ろしている”相棒”がいつになく感情的になって……それを必死に隠そうとしていることを。

 

 犬に人の(ことわり)の全ては理解できないが、抱えている感情については正確に知ることが出来る。

 ”相棒”は今。何かに焦り、怒り、屈辱を受け――様々な感情が入り混じるが。2つ、はっきりしている。悲しみと恐れ、それがさらに大きく強いモノへと育っていく。

 

 どんな”殺し合い”にもそれほど感情を乱すことのない”相棒”だが。その悩みは一向に晴れる気配がない。

 それがカールには気になっている。

 

 

 一方、機械のコズワースも回路を走る電気信号にノイズが混ざるのを感じていた。

 アキラの手によって変化することを望んだ彼であったが。アキラの手で自らを新しくしていったことで、時折ではあるがこうして不思議なノイズを感知することが増えてきた。

 

 今回のそれは例えるなら人間が口にする”不安”という感情に似たものだとコズワースは理解した。

 

 たったひとつになった目を動かして自分の周りを。スロッグの様子を。なにより大切うな主人の無事をまず確認する――不安はそのままだが危険を感じる兆候は、ないようだ。

 

(ああ、そうか。なるほど)

 

 唐突にコズワースはノイズの正体を理解できてしまった。それはまさに天から答えが降ってきた、というやつだ。

 どうしてかはわからないが、身近に同型のノイズの発生させる存在が近づいてきている。そうに違いないと思った。

 

 この連邦でこのノイズを持つ、自分と同型には心当たりがある。

 コズワースの今の巨大な体。凶暴で、力強い4脚の本当の持ち主。

 自分がレオという偉大な主人の家族と愛されるように。奇妙な若者に愛されているロボット。あのエイダがなぜだかこのスロッグに近づいてきているらしい。

 

 ロボットと犬はまるなにか意思を交わすことはなかったはずなのに、無言のまま自然にまっすぐレオとパイパーの元へと向かう。

 

 

 それからしばらくして、スロッグに新しい奇妙な訪問者が姿を現した。

 

 片方はコズワースが知っていたエイダ。

 しかしもう片方の訪問者は――B.O.S.のパラディン。いつものように最新式のT-60パワーアーマーを着たダンスであった。

 

 

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 残骸の町の上で、晴天の下。本当ならば恐れられて当然の怪人たちによる曇った会議はサカモトによってまだ続けられていた。

 彼は仲間たちに理解を求めるために。彼らにはふさわしくない、過去について語ろうとしていた――。

 

「我々には本来、こうした必要性は感じてはならないものです。特にこうして皆で、かつての出来事を振り返る。そんなこと」

 

――苦痛ですらある

 

 もちろん声に出したりはしない。だが、それは全員がわかっている。

 

「情報を共有する前に、我々は全ての始まりから確認していくことの必要を提言します。これは大変な苦痛をもたらせることになりますが――」

「昔話をするというのか?それが本当に必要か?」

「クロダ、断言します。その必要はあります。

 そもそも今、ここにいる中であなたと同じ意見を持つのはキジマとアナタだけです」

 

 2人の男の視線が、防疫マスクを外すことのない観測者に鋭く向けられる。

 そこにはねっとりとした不快さと怒りがあったはずだが。表情も感情もみせないこの怪人はなお無言を貫いている。

 

「観測者は――いえ、正確に言いなおしましょう。

 コンドウも、私も、観測者も同じ結論に達していました。ある時点でそれを互いに確認もしています」

「俺達は仲間外れか?」

「その時はあなたたちにアキラを敵として対処する危険性はなかったから必要ないと判断した。実際にこれまで手は出そうなどと考えもしなかったでしょう?

 しかしコンドウが倒れたことで、巻き込まれたキジマ。結果から脅威の見直しをしてしまったクロダ。君たちはアキラとの対決に動くでしょうから、こうしてそれを正そうとしているわけです」

 

 フン、という不快な鼻息も。場に漂う雰囲気に気まずいものがはいってくるが。サカモトらはそれをどうでもいいことと気にするそぶりはなかった。

 

「これは物語なのです。そうなるのだという、理解するために必要な物語」

 

――それは我等(小さな宝物)の物語。

 

 

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 世界が壊れても、なお脅威の場所となりえた連邦にあって。”小さな宝物”という異常は、しかし許される存在であり続けていた。

 その誕生については――いや、そこまで戻ることはない。

 今は必要のため、アキラという存在について理解するためだけの情報があればいい。

 

 連邦には人々にとって災厄、脅威と呼べる存在がいくつか存在していた。

 そのもっともすぐれたものがインスティチュート。かつての世界でも誇っていた知識の巨大な城は、揺るぐことなく存在し続ける知的な絶対的強者であり続けた。

 

 インスティチュートは確かに特別だった。あのエンクレイヴと呼ばれていた強権的な純血主義者とは全く違う。

 彼らの持つ好奇心は退廃を止められない人類の中にあって素直に称賛と愛すべきものであったし。

 時に理解しがたい奇妙な執着を伴った思考実験を、強引に進めるところも彼らの別の価値をしめすものとして評価に値した。

 

 完璧ではありえなかった”小さな宝物”は、このインスティチュートとの共生を望むことにした。

 とはいえ、互いに秘密を最上とする基本戦略をとっているせいで。お互いに同じ評価を与えるまでに関係を強めるには、多少どころではない努力と資産、時間も必要だった。簡単な事ではなかったが……ついに成し遂げた。

 

 すると再び自分達の不完全さに身もだえつつも、以前よりもさらに落ち着いた時間が過ぎていく――。

 

 

 ある日、巷に噂が流れた。

 世界が壊れる時に封印されたVault。そこから世界へと歩き出した元Vault居住者の話。彼のやったこと、やろうとしていること。

 

 愚か者達の住む町で配られていたその記事。

 最初は大したことのない与太話と思っていたが、そうではないと気付かされる。彼は噂の中で、いつの間にか”彼ら”にかわっていたから。

 

 ひとりではなくふたり。

 しかしひとりと違い、もうひとりは陽炎のように。輝く片方の影のように動き、姿を見せることが滅多にない。

 

 この時、すでに予感はあったと思う。

 ただしそれはいつものように、正体を知ると感じる。虚しさと失望を伴った期待としてであったのだが――。

 

「彼はそこにいた。名前はアキラ。最後に戻らなかった、我らの欠片」

 

 揺れるはずのない”小さな宝物”は困惑し、動揺から混乱して震える。

 彼らはアキラを理解できなかったからだ。なぜVaultに?どうして我らのいるべき家に戻らない?

 

「そして――そう、我々は決定した。彼が自分で戻らないならば、こちらから迎えに行こうと。その頃にはもう準備はできていた。

 我々の資産のひとつから網は作られた。

 

 危険なボストンコモンの中で、奇妙なグールがボスのいるグッドネイバー。

 その支配者のそばで。その支配者へ許すことのない憎悪を抱えてかしずく女、ファーレンハイトによって」

 

 善悪定かではないあの町の事実上、ナンバー2だったファーレンハイトもまた。この”小さな宝物”らの資産のひとつであったのだ。女の情報から”小さな宝物”はアキラを確認し、観察が始まる。

 ファーレンハイトも”その時”がくれば彼らに手を貸す予定にはなっていた。その時は、まだ。

 

 ここまでのサカモトの言葉はしかし仲間たちの興味の一切を引くものではなかった。それは過去を振り返る、ただの思い出話にすぎない。サカモトが先程仲間に約束をしたのは、自分達と「アキラについて情報を共有する」こと。

 それはまだなされていない。

 

 だから彼らはただ沈黙し、その時を待つことにする。まだ沈黙することに耐えることが出来る。

 

「さて、ここからがいよいよ……ですが、準備は?」

「聞くな。早く進めろ」

「ふむ――ここで登場するのは、我らの偉大なる観測者です。ええ、残念ながらコンドウではありません。私でも、ない」

 

 クロダのキジマが再び鋭い目をやる。

 サカモトの口にした物語は、時間軸なら数カ月前ということになる。つまりそこから2人には知りえない情報の格差が既に存在していたという事になるわけで――。

 

「アキラがファーレンハイトと対決し、暴走を始めました。

 残念ながら当時、そのことを特に重要視していたのはキンジョウと観測者だけ。そして残念ですがそのことが――最後の好機を見逃していたのだと理解しなくてはならないのです」

「順をおって説明しろ、サカモト。いきなり話が滅茶苦茶だ」

「そう、まさにその通りなのです!あれはすべて滅茶苦茶だった、なのに我々は軽く考えすぎていたのです。

 キンジョウと違い観測者は実務での実績のある追跡者です。それがあの傷ついたアキラに逃げられる――手負いの彼を包囲しておいて、なおおくれを取るという結果がありえなかった」

 

 まだ支配の抜けきらぬ中、混乱とボッビへの怒りに支配され突き動かされていたアキラは捕食者の思考のまま動いていた。

 それゆえ、ハンターとして追跡者は容易にキンジョウを連れて彼を取り囲むところまで追い詰めることが出来た――。

 

 クロダは「だが」とまだ横目で観測者をにらみつつ「結果は失敗した。アキラの捕獲はできなかった」と続ける。

 報告では空の彼方から”なにか”が獲物を連れ去ってしまったというものだった。それだってどうでもいいことだと考えられていた。

 サカモトはクロダの指摘した答えに深いため息をつく。

 

「ふぅー……そう。確保に失敗した。当時の我々は2人がひどいミスをしたのだと思っていた。ですが――逆なのです、我々全員がミスをした。程度で言えば2人以外はさらにひどいミスをしているという」

「そんな予兆はどこにもなかった。情報もない。勘違いだろ?」

「ですが危険は残っていた。我々が何かの間違いだと思って観察を続けていたあのアキラが。もしかしたら――もしかしたら”本物のアキラ”ではなかったかという可能性。それを気にしなかった」

「まぁ、な。キンジョウのオモチャだったんだ。逃げたからどうだというんだ――だがそれが俺たち全員のミス?」

「ええ、そうです。あのアキラはおそらくは本物です。我々が迎える最後の家族になるはずだった本人。

 我らの組織を完璧にさらに近づけ、輝ける未来への道を共に切り開く役目を持つ約束の人。我々は彼を失っていたのです」

 

 このサカモトの言葉は思いがけない効果があった。

 その場の空気が一気に氷点下まで低下し、凍らせる。クロダとキジマは顔を真っ青にさせ、すぐに顔を紅潮させ。見てわかるくらいに体が震えだす。彼らにしては珍しい恐怖という感情が、彼らの中に嵐をおこす。

 サカモトも観測者もそれを見て見ぬふりをし、話を進めていく。

 

「致命的なミスでした――あれさえなければ、あのコンドウも”焦り”からさらにミスを重ね。あろうことかただの人間を相手に命を落とすなどという最悪な状況にはならなかったはず」

「サカモト、ちょっと待て。お前はコンドウは焦っていたというが。どういう意味だ?」

 

 まだ激しく動揺しているのにもかかわらず。自分もかかわった一件から声を上げるキジマに、サカモトは初めて憐憫の情を称えた目をこの兄弟に向ける。

 

「ああ、君はやはりわからなかったんだね。なぜ、コンドウが君と組んでミニッツメンの将軍を暗殺しようとしたのかを」

「なんだと!?」

「話に戻りましょう――それからしばらくしてからになります。

 そこにいる観測者、そして私とコンドウはひとつの情報を手に入れます。すでに脱出を果たしたアキラは連邦に戻っていて、それはもはや特に重要な意味を持つとは思えなかった……だが最終的には無視もできなかった」

「今度はなんだ?」

「ただの予感です、私はね。おそらくコンドウは不安から――そしてそこにいる観測者は確信が。

 その情報を自分の目で直接確認しに行くことになります」

 

 

 そこはダイアモンドシティ、そしてガンナーの一味が仕事場にしていたハードウェアタウン。

 不自然に上階までのルートが補修された建物の荒れ果てたロビーで。コンドウとサカモト、観測者は偶然ではない出会いを演じた。

 

「直接来たか」

「あなたも、コンドウ。そして観測者よ」

「……」

 

 すでにわかっていたことなのでそれ以上のセリフは必要なく。3人は並んで上階にある名札のない扉の前に立つ。

 ガチャガチャとドアノブをひねり、鍵のかかっているのを確認する。

 

「観測者、頼むぞ」

「すぐに終わる」

 

 短い返答のあと、ドアの前にマスク姿の観測者が立つ。

 昼間でも真っ暗な廊下ではただ数十秒ほどたっているだけであったが、観測者は口を開く。

 

「……中に入り口に向けて仕掛けがある、ドアの裏。レーザーが発射されるようになってる」

「ふん」

「いいぞ。もう大丈夫だ」

 

 そう答えると素早くコンドウが前に入り、扉の鍵をあっさりと解除した。

 

「レーザーショットガンですか――おやおや、フルオートですよ!過激だ」

「狙いをつけずにこちらを一気に殺そうとしたのだろうよ」

 

 これの存在を知らなければ、鍵を開くと同時に扉を破壊してくるレーザーの嵐に3人はさらされたはず。動きの取りにくい窮屈な廊下では、完全によけきることは困難であったに違いない。

 サカモトは自分達に向けられていたレーザーガンを罠から手に取ると、あっさりとフュージョンパックをそこから抜きとる。

 

――さて、と。

 

 部屋の中へと入っていく3人だったが。そこで目にしたものを理解するのに1秒。すぐに全員が真っ青になり、空気が変わった。

 壁に連邦の地図が張られ、そこには何かがびっしり書き込まれてもいるし。写真やレポートなどもクリップされていた。そしてその目的とするものは――。

 

「アキラの誘拐ルート、だと?」

 

 コンドウは呻くように声を上げる。

 

 その部屋はあのファーレンハイトが用意したセーフハウスのひとつ……もともとはただそれだけの情報でしかなかった。

 だが、本人が死亡した後。ファーレンハイトの自室などからアキラへの執着心を感じさせる資料が残されていたという情報が彼らの耳に届いたことが、この日の集合を実現させていた。

 

「――間違いない」

「観測者?」

「これは我らがアキラを捕獲し。我々の元へと輸送したルート」

 

 そう言いながらマスクの怪人は地図の一点を指す、コベナントだ。

 アキラが逃走後、いきなりレイダーのように容赦なく焼き払った居住地。

 

 ボッビと同じように、ファーレンハイトもまた死亡すると”小さな宝物”は資産として価値のなくなった彼女から自分達の情報を守った。  

 

 実はハンコックが片付けさせた故人の私物は、前もってサカモトらが動いて情報を改ざんしたものとすり替えておいたものだった。記載された文面は書き換えられ、惹かれた線は歪めて違うルートに入っていく。完全な偽情報。

 とはいえ誘拐された若者を追いつつ、理解できない理由から対決を選んだ女。どういうつもりでこんなものを残しているのか理解でいない、てっきり終わったことだとばかり考えていたというのに。

 

「なるほど。あの情報は正しかったか」

「――ええ」

「ハンコックは相棒の残した――俺達の偽情報をアキラには伝えていない。信じられなかったが、それは事実だった」

「ですね。これは最悪」

 

 追手から逃れて以降、アキラの行動には迷いがなく。かつ暴力性を増し、自分の行動や考えを読まれることを嫌うようなそぶりが多くなった。

 それをたんに誘拐されたという経験からくるトラウマだと。”小さな宝物”の面々は勝手にそう考えていた。

 

 だからこそ不気味だった。

 なぜコベナントを!?

 

 支配から逃れたとはいえ、彼の記憶はキンジョウが手を入れたことで混乱はひどくなり、むしろ新たな生み出された妄想に苦しんだとしてもおかしくなかったはずだ。それがなぜ、はっきりと”小さな宝物”の存在を確信し。敵対しようとしてくる?

 

 答えはひとつ。

 

「ファーレンハイト。あの女、なんてことをしてくれたんだ。この情報をアキラが見たとすれば全てが一目瞭然です」

「アキラは俺達を敵と認識しないわけがないな。なるほど、坑道に迷いがないわけだ」

「……」

「だが彼がこれを見たという確証はない」

 

 言いながらコンドウは苛立たし気に壁に貼られたそれに手をかけ、破り捨てようとしたがサカモトが声をかけて制止する。

 

「ちょっと待って!」

「――なんだっ!?」

「それはそのままにしてください」

「冗談だろ?」

「本気です。理由は扉の前にあった罠です」

「なに?」

「オートマチックのレーザーショットガン。仕掛けはセルを撃ち尽くすまでトリガーを抑えることができた」

「?」

「ファーレンハイトは確かに危険な女ではありました。ですが彼女はこの部屋を訪れる誰かに――これほど凶悪な装置を用意する理由があるでしょうかね?」

「――殺意が高すぎる」

 

 コンドウは2人の言わんとすることを理解し、ハッとした顔に代わる。

 部屋も罠もファーレンハイトが用意したもの。しかしあのレーザーガンは――。

 

「アキラはすでにここに来たことがある、と?」

「キンジョウが半狂乱になる理由もこれで説明が付きます。彼の”実験”をうけて不安定になるはずなのに、そんな様子を今のアキラは全く見せない。キンジョウにしてみれば、自分の技術が半端なものだっと言われているようで気が狂いそうになってる」

「奴のプライドなど構うものか!これはそんな――」

 

 観測者が割って入ってくる。

 

「そうだ、最悪だ。アキラは敵対した。我々は分断され、組織が2つに別れたことになる」

 

 彼らの未来が急激に暗いものとなっていくのを感じる。

 

「すでに彼の手は大きくのばされ。連邦の北部に広がっていこうとしています」

「ミニッツメンを利用し。ダイアモンドシティにロボットたちを配置した。グッドネイバーのハンコックも味方にしている。ボストンのレイダーもスーパーミュータントも。彼の資産――と思われるミニッツメンの将軍となった男に倒されていたな」

「その男、B.O.Sに接触してナイトの称号を与えられたとの情報もありましたよ」

「俺達ではない俺達が――俺達の未来に敵として襲ってくるというのか」

「……」

 

 これまで新しいミニッツメンへの評価は決して高いものではなかった。

 あのアキラが立ち上げに加わったという噂があっても、彼らのような夢想と理想を都合よく使い分ける武装組織などたかが知れている。

 だがそれからずっと狂ったように成長を辞めない理由は――これで説明はつく。

 

 あの”アキラ”は攻撃の機会を狙って牙を研ぎ続けているに違いないのだ。

 

 

 廃墟の丘に流れる空気は重苦しく、暗いものとなっていたが。

 クロダとキジマはようやく落ち着きを取り戻してきていた。

 

「お前達はアキラが敵となったことを理解していた。それはわかった」

「はい」

「だがなぜそれを黙っていた?お前だけじゃない、観測者も。コンドウもそうだ。情報の秘匿は組織の方針を混乱させた、裏切りも同然だ」

「――我々が黙っていたことにも理由はあります。

 今あなたはアキラを敵と言った。恐らくキジマも同じことを考えているのでしょう。それは理解します」

「だからなんだ?」

「いいですか?もう一度だけでも考えてください。

 我々全員がアキラを必要としています、これは大前提なのです。彼がいれば、この先に我々の未来は安泰であったはずなのです。

 彼も我々が必要なはずです。しかしご存知のように彼は記憶がない。彼は自分が何を必要としているのかを忘れてしまっている。それが彼を混乱させ、おかしなことになっている」

「だからこそ次の目標が必要だ。間違いを正すためにな」

「それも正しい。

 しかしその方法は?アキラを敵にする?彼と戦う?

 

 それで我らに何が手に入ります?なにもない、ゼロです。未来もなくなる、我々はずっと不完全のまま。かつてのこの世界と同じように、崩壊の訪れを恐れるだけの日々だけが始まるのです」

「……ではどうしろと?」

「アキラを、彼を取り戻すのです。再び彼を迎えなくてはならない」

「ハッ、馬鹿げてる!」

 

 キジマは両手を広げて馬鹿にする。だがサカモトは辛抱強く説明を続けた。

 

「我々の判断ミスが、より任務を困難なものとしています。それはわかっている。

 だからこそ――君たちにこれ以上難しいものにされては困るのです。ここで情報を共有を申し出たのはそのためです」

「あの廃棄物は俺達を怒っているんだぞ?憎んでもいる、戻ってくるわけがない」

「いいえ」

「自信があるようだな」

「もちろんです。我々3人は方針を決めた後、答えを出しました。アキラを帰還させる方法を」

「そんな都合の良いものがあるといいがな」

「正直に言いますとすでに答えは君達もわかっています。今は――理解したくないだけで」

 

 2人は困惑の表情を見せ、サカモトは答えを伝えた。

 

「鍵はフランク・J・パターソン Jr、あのミニッツメンの将軍。彼を排除するだけでいい」

「わからないな。たったそれだけのことか?」

「そうです。たったそれだけのことが出来ず、コンドウは死んだのです」

「……!?」

「だからクロダ。君の計画は今すぐ停止してください」

「――なんのことだ?」

「とぼけては困ります。例のアトム教によるミニッツメン襲撃事件。あれは君が計っていることですね?」

 

 クロダは表情を変えなかった。

 それでもしばらくは沈黙し、それから小さく「そうだ」とだけ答えて見せた。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 バンカーヒルのケスラーはそばに人の気配を感じ、食後の昼寝を中断する。

 最近は連邦がまた騒がしくなったせいで、平和であってほしいバンカーヒルも気の抜けない毎日を過ごす羽目になっている。

 

(またトラブル?)

 

 バンカーヒルが今の平和があるのはこのケスラーがトラブルに対処しているからだが、そのおかげで彼女は自分のキャップを――商売をあきらめなくてはならなかった。

 ここにかつてあったバンカーヒルの商いは未来に残さなくてはならない。

 使命感は強く、だからこそ時に破滅的な交渉に思えても飛び込んでいける。それが正解などと考えたくないが、それで今がある。皆もケスラーのやり方を信じる理由がそれだ。

 

「――かわいい寝顔だ、ケスラー」

「ああ、嘘でしょ。これは悪夢よね?ジョーの店で作らせたテイトサラダ、腐ってた?」

「ジョー・サボディ?ならどうだろうな、奴にも言い分があるんじゃないか?」

「それでもこれは最悪だよ。ジョン・ハンコック」

 

 ケスラーの寝言のそばにある椅子に、あろうことかあのグッドネイバーの市長本人がどうやってか座って横になるケスラーをもろしている。

 見上げてもグールの顔に面白味は感じないが。あの目は間違いなくこれが本人だとわからせてくる。

 

「なんだ、ここはいつから客を選ぶようになったんだ?」

「ええ、そうよ。バンカーヒルに入ってくるジャンキーはトラブルの元。入り込んだとわかったら、ぶっ飛ぶ前に追い出してやるの」

「そうか」

 

 上体をおこし、もう一度だけ確認する。やっぱり本人、悪夢じゃない悪夢。

 

「どこから入った?誰もアンタが来たとは知らせてこなかったんだけど」

「俺は慎み深い男なんだぞ?そんな大っぴらに正門をくぐったらお前の迷惑になると思ったから静かに入ってきたんだ」

「秘密の入り口から入った?どこか聞かせてくれるわよね?潰さないと」

 

 グッドネイバーの話は聞いている。

 ナンバー2が倒れ、市長はなにをトチ狂ったのか休暇とかなんとか言って消えた。

 つまり今のグッドネイバーは隙だらけのはずだが――レイダーも、スーパーミュータントも手を出していない。そんな異常事態。

 

 そこでこのグールがバンカーヒルに現れた、などと噂になればどうなる?

 考えられるトラブルの数は想像力の翼をはためかせると、どこまでも増殖していきそうだ。

 

「そいつは俺がここから立ち去った後にしてもらおうか」

「ハンコック!なんでここにいるんだよ」

「それはもちろんケスラー。お前とちょっとした世間話がしたくてな」

 

 世間話?そりゃいいや。

 コーヒーを沸かし、匂いを楽しみ。甘いケーキを用意して優雅にお茶の時間にしようってわけだ。

 

 できるわけがない!

 

「何を馬鹿なこと。ここで聞ける情報なんてグッドネイバーでも仕入れるでしょ。なんで――」

「そうか。ならちょっと酒場で俺のジェットの楽しさを宣伝しなが。酒を楽しむ人々の声に耳を澄ませに行こうかな」

「おいっ!」

「お前が相手してくれたなら、すぐに出ていくさ。俺も暇じゃない」

「へぇ、休暇中なのに?」

「そうだ。一生懸命休暇を満喫してる」

 

 まともな会話をした方がいい気がする。この男はよくわからないというのが本音だ。

 

「なに?なんでも聞いて」

「世間話。情報を買いに来たわけじゃない」

「似たような――いいわ、それじゃ好きにやってよ」

 

 相手の調子に合わせないと、このままでは終わりそうにない。

 

「で、休暇ってどこでなにしてんのさ?」

「うん――とりあえずヌカ・ワールドを見て来たな」

「は?」

「レイダー共が楽しそうにいがみ合ってた。まさに奴らの天国だったぞ」

「それって――例の噂だった奴だろ!本当にあったってあんたはいうのかい!?」

「面白いだろ?」

「やっぱあんたは疫病神だよね!そんな大変なことを――」

 

 そこまで言ってケスラーは黙る。

 そして「畜生」と呟いた。

 

「わざと聞かせたね?どういうつもり?」

「俺は別に。何も」

「嘘だよ……警告しようとしたんじゃない。だよね?

 連邦の外と行き来している商人に黙ってろってこと。そのレイダー連中に気づかせないために」

「俺は何も言ってない、ケスラー」

「ああ。ええ、でしょうよ。クソみたいな話を持ってきてくれたんだね。感謝する」

 

 バンカーヒルを守るため、ケスラーは話が出来る相手にはキャップと物資と引き換えにしている。

 彼女の基準で言えば、連邦の外と中で商売する同業者は――他人だ。それがこのバンカーヒルでも取引していたとしても、だ。

 

 それでもハンコックの口から聞かなければ。この情報を彼らの耳に囁くこともあったかもしれない。

 だがもうそんな可能性は消えた。

 

「レイダーの味方をする?主義を変えたの、市長さん」

「――しばらくの間だけだ。我慢できるだろ?」

「なるほど、その期間の間だけは、あんたは私にも哀れな連中に罪悪感を感じていろってわけね。嬉しくないお裾分け、感謝するよ」

 

 直接自分の目で見て来たという事は、ハンコックはそのヌカ・ワールドで何かが起こると見ているのだろう。

 ケスラーに知らせたのは連中が獲物と見ている商人たちにそれを知らされたくはないらしい。

 

「バンカーヒル名物の傭兵。数が減ったみたいだな」

「……そりゃ、まぁ。ミニッツメンの勢いが止まらないのが原因さ。連中、居住地を開いてそこに居座ってるだろ」

「それが悪い事かね?」

「どうだろうね。ガ―ビーは英雄だってみんな口にするけどさ。連中はうちの商人たちを近づけたがらない。それに知ってるかい?最近はそれぞれの居住地の中に屋台を並べだしたって」

「競争相手が増えたな」

「そんな優しい話じゃないよ。レーザーマスケットに守られた新入りが増えて。うちの知らないところで市場を作り始めてるんだ。クソッタレさ」

「泣き言か?珍しいな」

 

 どうやらケスラーの苛立ちをハンコックはまだ理解できないらしい。

 

「あのね。北じゃミニッツメンが暴れてるけど、連邦の南じゃガンナーが同じことやってる。

 平和になってきたって話を信じたそっちにいた商人たちがこっちに戻ってきちまってね。なにもかも、風向きが変わってきてるんだよ」

「そうか」

「北の市場が大きくなっているに違いないって考える奴は多いけど、わかってないのさ。その多くはミニッツメンが押さえてる。

 あれとコネが出来たストックトンの爺さんのところか。一部の商人以外は望んだ商売が期待できないのがまだわかってないんだ」

「そうだろうな」

「今はミニッツメンもガ―ビーも人気者。悪口はご法度だよ、非難されるし正気を疑われる。

 あいつらの悪事を伝えようにも。英雄ガ―ビーの噂は真実をかき消してしまうのさ」

「大変だな」

「ハッ!だからって負けたわけじゃないよ。キャップある奴はダイアモンドシティに向かうし。ない奴はレイダーかあの怪しげな――」

 

 しまった。

 つい勢いがついてしまった。ケスラーは固有名を慌てて飲み込むが、手遅れであった。

 

「B.O.Sか?」

「……そうだよ。そいつらに近づいてる」

「それが傭兵とどう関係する?」

「だから……傭兵連中も以前ほど安定した契約がとれなくなってきてるのさ。それに少し前から有名どころの傭兵団がいくつか姿を消してるのも影響したんだろうね。

 噂じゃついに廃業してレイダーになったとか。南に下ってガンナーに加わろうとしてるとか」

「フン、廃業か」

「あいつらもそれが頭をちらついてるって事さ。その原因は、ほら――」

「?」

「あんただよ。グッドネイバー、留守なんてするから」

「平和だよな。俺もそれが不思議なんだ」

 

 どこかの馬鹿があっさりと手を出すと思っていたが。グッドネイバーは平和そのものだ。今じゃこのまま何も起きないんじゃないかと心配してそうになってる。

 暴力で血が流れることを強く望んでいるわけではないが。その時のために用意をしたハンコックは少し物足りない気持ちになっていた。

 

「……とぼけているようには見えないね」

「なんのことだ?」

「あのさ、噂になってヤツ。あんたのとこで暴れてたシュラウドだよ――しばらく留守にしていると思ったらボストンコモンに戻ってきたみたいでね。レイダーが怯えてる」

「そうなのか?」

「あんたの仕業じゃないのかい?」

「それはおれがヒーローを用意したって意味か?」

「とぼけるならいいよ。こっちには関係ないしね」

 

 シュラウドがボストンコモンにまた現れてる?

 おそらくアキラ本人ではないだろう。それはわかる。

 メモリーデンにいるケントがラジオで盛んにシュラウドの正義だなんだとまだ騒いでいるので、それを利用しようとしてるのだろうか?

 

「傭兵連中が廃業したら、お前も困るだろう。ケスラー」

「……あいつらはあたしらの商売とは切れない連中だからね。気にしちゃいないよ」

 

 だがハンコックは知っている。

 このバンカーヒルも、本音では自分が使える暴力装置をこそ一番望んでいるという事を。

 本当はキャップを集めて兵士を集めたいだろうが。商人たちに彼らを運用する技術もなく、使い潰すようなやり方を長くやっていたせいで信用関係はもはや構築できない。実力ある傭兵団がよりついているうちはいいが、姿を消したとなれば焦らないはずがない。

 

 つまりは結局は商人たちのエゴが招いた自業自得――だがそれでも欲しいものは欲しいのだ。

 

「なぁ、試しにミニッツメンを頼ったらどうだ?」

「冗談っ」

「だよな、一応言ってみただけだ。だが連中の今の将軍は良い奴だ、お前の苦労だけをあっさりと引き受けてくれるかもしれないぞ」

「考えてみるよ。それにあいつらも余裕なんてないんじゃない?」

「ん?」

「アトム教の連中に攻撃されて頭に血を昇らせてるって言ってもさ。連中、本当にできるのかい?」

「レイダーやスーパーミュータントどもを相手にしてきただろ。今回はなんでそう思う」

「別に……ただ難しいんじゃないかってね。思っただけ」

 

 ケスラーの言いたいことはわかる。

 部下の情報ではレオは今、スロッグまで来て足止めされているらしい。

 

 恐らくガ―ビーの後続と合流しようとしていると思うのだが、その肝心のガ―ビーに動く気配がない。

 ケスラーたち商人はそのことをすでに知っているのだろう。今回のミニッツメンの動きを見て、アトム教への攻撃はできないと感じているのかもしれない。

 

(そういえばアキラの奴。レオのそばに行こうとしないな)

 

 この後でファー・ハーバーとやらに向かう約束がある以上。

 レオもこの問題を放り出しては島に向かうことは出来ないだろう。なのにあの若者は――。

 

「フム、いろいろあるんだな」

「なんだいそりゃ?」

「別に――今日は話せて楽しかった、ケスラー」

「はいはい、休暇を楽しんで頂戴よ」

 

 ケスラーは再び横になって目を閉じる。昼寝を続行しようというのだが――気が付いて慌てて体を起こした。

 ジョン・ハンコックがバンカーヒルに忍び込んだ侵入経路。それを聞き出すつもりだったのに失敗した。

 

 もうそこにグールの姿はない。

 

 

>>>>>>>>>

 

 

 スロッグ到着から7日目。

 

 ミニッツメンがついに――いや、彼らのリーダーである将軍がスロッグで動いた。

 その日、グールの居住者達。バンカーヒルからきた商人たち。通りがかった放浪者。彼らの前にレオは立ち、その前に兵士達は整然と並んだ。

 

 その顔触れは少しばかり変わっていたのは間違いない。

 未来のメールマンとなるスーツ姿で不敵な笑みを浮かべている訓練生たち。セントリーボットとは違うが、凶暴な外見のロボットと犬。なぜかB.O.S.のマークが入ったパワーアーマーを着た兵士。居住地から立候補してくれた数名のグール。その彼らの前に立つのはひとりだけミニッツメンの証であるレーザーマスケットに帽子をかぶったジミー。

 

 ミニッツメンの将軍レオ――フランク・J・パターソン Jrは改めて最近のアトム教徒による事件について非難する。

 そして居住地への脅威となったことに対する報復として、これより討伐軍の出発を宣言する。

 

――やっぱりこうなったか

 

 そう思いながらも、彼らはこのミニッツメンに頼もしさを改めて感じいる。

 不甲斐なくも崩壊したかつての彼らと違い。今のミニッツメンは居住地を開くばかりか、変わらずそこに住む人々のために戦うことをいとわない勇者たちなのだと改めて知ることが出来た。

 

 人々は彼らの勝利を願う。

 だから気にはならなかったのかもしれない。彼らの先頭に立つ将軍のそばに、伝説のミニッツメンであるはずのガ―ビーの姿がないことを。


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