ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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いつもの時間と違いますが、投稿完了。
本当に久しぶりだなぁ、これ。


未来の代償

 グッドネイバーの街角では、新たなプレイヤーとなろうと白と黒のストライプが入ったビジネスマンが今、まさに交渉の最後の段階に入っていた。

 

「――だがな、手堅いとはいえそのキャップじゃ……」

「そう!手堅いってのが重要だ。つまり……」

 

 市長がいなくても、この町は以前と変わらず動いている。

 だから連邦で悪党として名を上げようとここに人が集まってくる。

 

 ビル・ロックリー。

 この男もそんなひとりである。

 

 彼の経歴は、近年まで面白いものでは全くなかった。落ち着くことのない放浪の旅。生きるために盗み、憐れみを乞い、誰かを騙し、なんでも奪った。だから力が、誰かを踏みにじる暴力装置が欲しかった――誰かの足下で這いつくばる人生で終わるのは惨めすぎる、と。

 

 人生が一変したのは、ミニッツメンと出会ってからだ。

 静かに、平和の時であっても誰も信じず。自分の本音を口にしないために寡黙であることを良い事だとほめられた。

 自分の卑屈さを見せず、ただ大きな体だけを示したことで才能があると言われた。それが都合よかった。

 ミニッツメンの掲げる大儀などに欠片も興味はなく。ただ以前にクインシーで見せた蛮行が大きく自分に利益を与えると思って参加を望んだ。そう、彼はガ―ビーの元ミニッツメンである。

 

 彼は堕ちたわけじゃない。ついにチャンスに巡り合うことが出来ただけ――。

 

「っ!」「どうした?」「いや、なんでもないぜ。それより安定して取引できるってのは本当だろうな?」「ああ、もちろん!」わずかに興奮を感じる。

「実を言えば今のグッドネイバーは全て市長が品物を管理してる。彼の品質は良いが、数は設定されてこっちの利益をコントロールされちまってる。だから……あんたみたいな新入りは大歓迎さ」

「よかった」

「ああ、お互いな。こー―?こりェきゃあは……っ!?」

 

 いきなりロックリーの相手は行動が怪しくなる。舌が、呂律が回ってない。力が抜けるのかこちらに寄りかかることも出来ず、足元から崩れるようにして路地に倒れてしまった。

 

(敵だ!)

 

 ロックリーでもそのくらいはわかる。倒れた男から一歩後ずさり、慌てて周囲を確認する。

 ここは街灯の明かりだけが頼りの一本道の路地裏。誰の目にも止まらないだけじゃなく、隠れられるような場所などない、はずなのに。

 

「どういうつもりかはわからないが、話があるんだろ?隠れてないで出てきたらどうだ!」

 

 ハッタリだったが、それほどはずれでもない気がしてきた。

 そして当然だがどこからか姿があらわれれば、すぐに決着をつけるつもりであった。

 

 驚いたことに返事はなかったが、変化はすぐに訪れた。

 光の外側にある、小さくとも濃い影がぬらりと動きだし。それは人の立ち姿へ――人間の持つ恐怖が悲鳴を上げろと騒ぎ出すが、あえてロックリーは深呼吸するように大きく息を吸い上げ、頭の中に冷静な部分を残そうとする。元ミニッツメンとして感情をコントロールしろと学んだ。

 しかしこれはどういうことだ。

 

――シルバー・シュラウド

 

 かのラジオで騒いでいるこの町に現れた奇人。

 それは170センチ歩かないかではあったが、身にまとう衣装。そして――女?。

 

「闇の中にも正義はある。このグッドネイバーの中でさえ、それは変わらない」

 

 声は厳かで、誰を演じているか。もはや疑う余地はない。

 

「シルバー・シュラウド。まさかここに戻ってきたのかよ」

「ビル・ロックリー!!貴様は正義を凌辱した。それを見逃すわけにはいかない」

「へ、へへっ。俺が?俺が何をした?だいたい正義に俺はなにもしていないぞ」

「――ミニッツメン」

「もうやめた!伝説のプレストン・ガービーに幻滅したのさ。奴の言ってるやり方は自分にはあわないってね。どちらにとっても正しい決断だったと思うぜ?」

「だがお前は選ばれた。求めにも応じた、メールマンに」

 

 ドキリ、心臓が今度こそ飛び跳ねた。

 自分の心の外側で好きに騒がせていた恐怖が再び中に入り込もうとしてきて、驚きで両目が大きく開いた。

 

 メールマン。

 くだらないミニッツメンの下部組織みたいなもの。奴らの築き上げたもののために血と汗を流す、くだらない。甘ちゃんのガ―ビーには心の中では呆れかえっていたので、ミニッツメンから出ないかと将軍とやらが声をかけてきた時は最初、助かったと思った。

 

 だがこれがとんだ大間違いだった。

 ミニッツメンよりもさらに過酷な訓練の日々。居住地間で交わされる物資、情報、武器。それらすべてを”正しく”体の中に流れる血液のように流通させるという使命。なのにそこで手に入れた全ては自分のもの出来ないという。冗談じゃない。

 

 ビル・ロックリーは不満を募らせ――同じ思いの仲間を候補生の中で集めると、ついに脱走を果たす。もちろんそれまでの駄賃の代わりにと、自分達のために用意されているという装備類を頂いた上で。

 奴らから学んだ技術は大いに役立った。それでも訓練の効果と奪った装備の高性能ぶりを理解するのに少し時間がかかったが。今は彼らは”ライトシフト”とチーム名を名乗って動いている。

 

 未来のビジョンもしっかりある。平和になったと信じられている連邦の北部で危険な連中を集め、我が物顔で歩き回っているメールマン達を襲撃するのが目標だ。その準備として今はグッドネイバーで名前を売ろうとしているところである。

 

「な、なんのことだ?」

「とぼけるな。お前が身に着けているそれは、正義の証。小賢しい負け犬の脱落者がまとっていいものではない」

「てめぇ、シュラウド。てめぇは……将軍野郎の手先かっ!?」

 

 パリスティック・ウィーブ加工のスーツの秘密を知っているのは、まさしく”奴ら”である証拠だ。

 ロックリーはまた一歩下がり、恐怖から少しまごつきながら武器を取り出す。シュラウドではないが、彼が使うのと同じ。バレルを極限まで切り詰め、ストックを折りたたみ式に変えたオリジナルのそれを相手に向ける。

 

 シュラウドはそれを立ったまま見つめていた。武器を取り出す様子はない、好きにさせている。

 ロックリーは銃口を影に半分隠れるシュラウドにむけるとためらうことなく引き金を引いた――。

 

 立て続けに響く銃声。弾倉に入っていた35発は全て発射。

 そのすべてをはずした。

 

 シュラウドは寸前で地面を蹴る。その次は左右にそびえる壁を交互に蹴り続け――ただそれだけで、体をこちらに向けた姿勢のままシュラウドは建物の屋上に悪夢そのままに昇っていく。

 それを追ったロックリーの銃口は正面から直上へ動いた。フハァ、撃ち終わると思わず肺の中からすべての空気を吐き出す。

 

 シュラウドは表情を変えなかった。地上から屋上にまでつながっている雨どいの途中に捕まってロックリーを見下ろしていた。

 あり得ないことが起きていた。マズい状況にかわっていた。

 

「チッ、チックショッ」

 

 慌ててリロードの動作に入る。だが、簡単ではない。

 感情のせいで震えだした手の動作に機敏さと正確さなどない。ドラムマガジンであったことも原因のひとつにあげられるだろう。

 

「そこで待ってろっ。すぐに、すぐにぶち殺して――」

 

 いいや、終わりだ。

 

 なぜか男の声が自分の耳元そばで聞こえたと思った。次の瞬間、ビル・ロックリーは衝撃を感じ。自分の存在が分からなくなってしまった。

 ただ頭部の片側に冷たい感触が広がっていることから自分が路地裏に倒されたことを――叩きふされたことを理解した。

 

 雨どいからぶら下がっていた女のシュラウドはつかまっていた手を離すと地上に優雅に着地する。漆黒のコートのはためき、現実とは思えぬ優雅さがそこにはあった。

 

「パーフェクトだった。シュラウド」

 

 声をかけたのは背後にいた男のシュラウド。その手にはロックリーを昏倒させた電磁警棒が握られていた。

 

「当然だ。シュラウド」

 

 女が返しながら近づいてくる。男は女にうなずき。再度警棒を振り上げた。

 続く2度目の衝撃は、今度こそビル・ロックリーの意識を木っ端みじんに粉砕してみせた。

 

 

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 Vault88の中でハンコックは徐々にストレスをためていた。

 キュリーと共にバーストゥ監督官の狂気を薄める役割をにない、なんとか人体実験の遅延に努めているが。時間稼ぎにもなっていない。

 半病人状態にある住人達をキュリーは何とか回復させようと試みたいが。目覚ましい回復を与えてはバーストゥの暴走を招いてしまうかもしれない。その考えがキュリーを苦しめ、ハンコックを苛立たせる。

 

――殺すのはナシで

 

 アキラとのあの約束がなければ、ハンコックは即座にバーストゥを排除しただろうに。

 

 BEE-PO! BEE-PO!

 

 その日。Vaultに、坑道にサイレン音が唐突に鳴り響く。

 ハンコックはリボルバー銃を手に建設途中のVault88の中を走り抜けた。サイレン音を聞いてもそれを意味するところを理解できない、立ち止まっている居住者を横目にここに入り込もうとする侵入者の姿がないことを確認したのだ。

 

(入り口?マズいな、ガンナーの奴らが戻ってきたか)

 

 建設途中のVault88では、地上と繋がる出入り口の警備はまだまだ期待できるものではない。角を曲がると、前方にレーザー銃を握りしめたキュリーが走っているのが見えた。

 

「お嬢さん!俺の後ろにつけ、あんたが前に出るのはやめろ」

「あ、はいっ」

(いい娘だ)

 

 共に仲間として行動していたので勇気のある学者だとはわかっているが。だからって殺し屋の自分の前に置いておきたい戦士ではない。

 守ってやらねばならないのだろうが、賢い彼女となら心配ない。むしろあのVault居住者達に武器を持たせて率いる方が不安だ。

 

――Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeep!

 

 Vaultの出入り口は異様に暗かった。

 電源は通ってはいるのだが、奥で工事をしているせいもあってここに万全のセキュリティを用意するのは後回しになっている。そこでは奥で鳴り響いていたサイレン音に加え、侵入者を感知するビープ音も鳴っていた。

 

(様子を見る。相手を確認するぞ)

 

 ジェスチャーでキュリーに指示を与え、ハンコックを先頭に2人は武器を構えて静かに前進していく。

 ビープ音が侵入者の足音を消してしまい。気配と姿を探すが、誰もいない。

 

 足を止めた。

 いきなりビープ音が止まったからだ。

 システムをいきなり抑えられたか。今度は急いで制御室へと向かう。今度はアタリだった、部屋の中で歩き回る人の足音が聞こえた。

 どうも侵入者はひとりらしい――ん?ひとりだと?

 

「……おい、嘘だろ?」

「あ、やぁ」

「ふざけるんじゃないぞ。俺達がどれだけ――」

「外からは警報スイッチを切れないんだからしょうがなかったんだよ。騒がしくして、ゴメン」

 

 それまでの忍び足をいきなりやめて制御室の中へ入っていこうとするハンコックに慌ててついていくしかなかったキュリーは、目の前に立っている人間を見て驚きで目を丸くする。

 

「アキラ!?」

「キュリー、やつれてるね。眠ってないのかい、ダメだよ」

 

 それはいつものようにイエローのスーツを着込んだアキラ本人であった。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 白い錠剤をいくつか、いつものようにまとめて口の中へ放り込む。

 飲み込む前にあえて噛み砕く。これで効きはもっと”良くなる”はずだ。すぐにこいつの力が必要になる。

 

「あら、あなたも来たの?久しぶりね、こんにちは」

「……」

 

 Vault88の監督室にアキラはただひとり。挨拶もなくズカズカと入っていくと、バーストゥ監督官などいないというように長椅子にいきなりどっかと座り込む。無礼な態度であらわれた共同経営者にバーストゥは動揺を見せない。

 

「――どうやら今日は不機嫌なようね。何か飲む?」

「ヌカ・コーラ・ダーク!なければワインかシャンパンで」

「ある。わかったわ」

 

 Vault88の最上層に監督官室は作られた。

 管理者を住人よりも高い位置に置くのは正しいことだが、アキラはわざと住人達の生活エリアの外側に孤立させるデザインでここに配置した。

 そこは窓もなく、部屋から見下ろしてみる住人達の姿が確認できないようになっていて。バーストゥに余計な考えをもたせないようにという配慮であったのだが。

 

 アキラの気づかいの結果は期待と正反対のものになってしまったようだ。

 彼女は、バーストゥ監督官はひとりになると簡単に暴走した。

 

 ハンコックやキュリーから見せられた映像や治療の記録がそれを証明した。「どうした地下で200年以上閉じ込められていた狂ったグールの好きにさせていた」、そう責められても仕方ない――僕はこのVault88に関しては”身を入れて”こなかったのは事実だ。

 

 監督官が液体の入ったグラスをもって僕の前に腰を下ろす。それを見てすぐに僕は声を張り上げて抗議をはじめる。

 

「監督官、私はあなたに失望していると伝えねばならない。実際、あなたは不愉快な結果を出している」「あら、なんのこと?」本当に分からない、というようにバーストゥは小首などをかしげている。

 

「あなたは外からやってきた私を、仲間を含めた我々を。このVault88の再起動から参加してほしいと言ってくださった。我々はそれに報いるために力を貸した。影も形もなかったこのVaultを用意した、あなたのために。Vault-TECのために!」

「ええ。でも完成はしていないわ」

「認識が違うってハナシじゃないんだ。形を与え、実際に構築するまでに事を進めた!――我々の協力があって出来たことだ。これをあなたは否定すると?」

「それは認める。でも聞いて、リズムというのかしら。お互い計画について、きっとテンポが違ったのよ。もっと速さが必要だった、遅れた分を取り戻すという意味で」

 

 不愉快な表情を浮かべ、両手を暴れさせ、僕はさらに声を張り上げる。

 

「そのようだ!ここにはなぜかあなたの住人達がいる。建築計画は前倒しに前倒しを重ね、工事現場は増員。技術者も用意できたようでロボットの調子もよくなってる。なるほど、あなたの口にした”我々の計画”というのは結局、ひとりだけの監督官の都合というわけか」

「誤解があるみたい。どうしてそんなことを言うの?」

「どうして!?それこそこちらからあなたに投げつける言葉だ、監督官。

 我々は少なくともあなたへの敬意をもってつきあってきたつもりだ。200年、地下に閉じ込められ、なにもできなかったあなたの願いをかなえるために努力をしたことがそうだった!そして完成するVault88は力強くスタートを切るはずだった。

 

 ところがあなたは、その上に無理矢理に積み上げたご自身の結果に満足らしい。なるほど、監督官であるというだけで全てはあなたのためにあると。我々の働きを盗人のようにかすめ取る、満足か。信用を踏みにじり、さぞ誇らしいのでしょうなっ」

 

 言いながら机の脚を僕は軽く蹴り上げた。パフォーマンスにまみれた怒りの言葉では足りないと思い、演出を加えてやったのだ。

 これはさすがに効いたようだ。動揺を瞬きを多くすることで押さえたバーストゥは、平静さを見せたまま会話を続ける。

 

「なるほど、私に怒っているのね?確かに――確かに私はあなたやあなたの仲間達に失礼を働いたのかもしれない。でもそれもすべてはブラウン博士の……」

「それです!なぜここでブラウンなにがしとやらの話が出るのですか?

 私はこのVault88の話をしている。ところがあなたときたらその博士とやらの研究しか話さない」

「だってそれは――」

「ええ、初めからあなたはそうだった。Vault-TECが定める監督官の職責よりも、研究が大事」

「そうよ。それも監督官の役目」

「ハッ!よく言う、アナタの役目でしょう。私の見るところアナタの仕事は投げやりなうえに乱暴で雑」

「まるでここにずっと居たようなことを言うのね」

 

 可能な限り軽蔑の色を濃くした視線をグールに向ける。

 

「結果ですよ、バーストゥ監督官。私の歪んだ目が言わせているんじゃない。あなたの成し遂げたことへの正確な評価を口にしているだけだ。

 あなたはVaultが完成もしていないのに住人を募った。そのうえ次の瞬間から彼らはばたばたと死んでいった」

「それは――」

「研究?そうでしょうとも!監督官とはVault付きの科学者を言うんじゃない。そこに住む人々を統括し、守るべき秩序を理解させ。Vaultを研究に従って続けさせることです」

 

 ここでマクナマラのVault81で知った情報が役に立ってくれた。

 

「ええ、わかってるわ。当然よ」

「これが?この惨状が?失礼ながら、実際のハナシ。あなたがVaultから派遣された監督官であるという事すら、疑問ですね」

「それは――どういう意味かしら?まさか私が監督官であると嘘をついているとでも?」

「そうであってほしいと思ってますよ、正直ね。自らを監督官だと言い張る無能者のゲームに付き合わされたくはありません」

 

 バーストゥはもうやめろと言うように両手で押し戻すかのように姿勢を作り、僕からの責めを何かをで止めようとする。

 

「あなたが怒りを感じているのだという事は理解したわ。そして私の行動に疑問を持っている、と」

「研究プロジェクトの管理者レベルの理解力をお持ちのようで安心しましたよ」

「嫌味はやめて!……わかったわ、どうしたらいいの?どうしたら、許してもらえるのかしら?」

 

 僕の望む方向に流れている。

 

「我々の共同プロジェクトであるこのVault88は危機にさらされています。冷静に、正確に今の状況を見たところ、あなたに監督官としての素養はまったく感じません。

 Vaultは未だ建設途中であるのに。住人はいて、しかし半分はもう死んだ。残りもこのVaultと監督官への忠誠を抱くことなく。半病人の状態で健康とは程遠い。これがあなたの統括だと?本気ですか?いや、正気ですか?」

「……」

「この最悪の状況を続けることはできません。VaultーTECの偉大な計画を破綻で終わらせてはいけないのではありませんか!?」

 

 Vault-TECの名を出すと彼女は途端に従順になる。

 彼女は無表情のままだが、雰囲気に迷いの色が強く出始めていた。

 

「そう、かもしれない」

「彼らは世界が終わる時、この場所にはVault88があって欲しかったはずだ。そして200年、それはここにやっと誕生しようとしている――ただそこにいるべき監督官がいない。大きな問題です」

「――私を監督官の座から引きずり降ろそうというのね」

「あなたがVault-TECの掲げる理想、そしてその優秀な社員であれば。冷静に自身の監督官としての仕事ぶりを見返すことが出来るでしょう。そして何かを感じるはずだ。懸命な人であるなら可能な事です」

「……確かに。でも監督官にわたしを選んだのは彼らよ。私は嘘はついていない」

「ですね、つまりそれはこういうことです。Vault-TECは最初”200年前のアナタ”を選んだ。しかし残念ながら今のあなたにはその能力は――不足していらっしゃる」

「私が衰えたとあなたは言うのね?」

「200年ですよ、バーストゥ。人間が生きるには長すぎる時間です、穴倉の中で死人のように沈黙していた。鉄だって錆びる、しょうがないことですよ」

 

 お前はグールだけどな。もちろん黙ってる、心の中でだけだ。

 

「しわがあなたの持つ美しさを失わせたが。それでも背中も曲がらず、病気ひとつせずに今も元気に歩き回れるてる」

「ええ、そうね。私はまだまだ働けるわ」

「それはもちろん!ですが監督官ではありません、そこは考える必要があります」

「……いいわ。でもそれなら私の後釜はどうなるの?まさか選挙でもするというわけ?それは納得できない、愚か者の考えよ」

「まさか!私が代理として引き受けますよ、当面はね」

「あなたが?」

 

 怪訝そうな表情を見せてくるが。僕はとびっきりの笑顔を作り、声も弾ませる。

 やる気のなさなどない、完璧さで押していく。

 

「候補は他にもいますから、いつかは誰かに正式に決まるでしょう。ですがまず、あなたがその席から立ち上がってもらうことが必要です」

 

 バーストゥは沈黙してしまった。

 僕は上目遣いのまま彼女が返事をするのをじっと待ち続ける。

 

「――私に新しい役職が必要ね。そうでしょ?」

「監督官ではなかったとしてもあなたはVault-TECが認めた優秀な女性だ。自分にふさわしい場所いくらでもあります。見つけられるはず」

 

 彼女の欲望、自尊心を刺激してやる。

 彼女の頭の中で妄想はすぐにも成長させられ、姿を見せてくる。

 

「私にふさわしい、場所」

「一緒に考えましょう。あなたにふさわしい次を。あなたの輝かしい未来について」

 

 この世界でも希望の光は存在する――ただ、その後ろ。

 光の陰に立っているのは神では決してないのだ。この場合、僕がいる。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 で、どうなるんだ?ハンコックはアキラに問う。

 僕は簡潔に答える。

 

「バーストゥ、前監督官はココから出ていくってさ」

「は!?」

「あー……この時代でも、それを予測していたVault-TECはこの世界に存在している、はず。そこに彼女は戻るって。戻って自分の優秀さをまた発揮し。次の未来の役に立てたい、とかなんとか」

「――狂気だな。えぇ?」

 

 僕はそれには答えず。ただ両腕を広げて「好きにしてくれ」とやっておく。

 正直、僕でもこんなことになるとは思ってもいなかったんだ――。

 

「ですが問題があります――」

 

 キュリーの顔は青白く、そして表情も暗いままだった。

 

「バーストゥ監督官の実験によって、今いる住人のほとんどが肉体にダメージをおいました。治療で回復を試みましたが――」

「ああ」

「数値が上がりません。考えられる方法は全て試しましたが」

 

 無理です。助けられませんでした。

 彼らは時間と共に徐々に体が弱っていき、ここで命を落とすだろう。

 

「最悪だな、え?」

「脳を高純度の放射能にさらしたり。体細胞の構造が攻撃を受けました。フェラル化の予兆もありませんから、グールにもならないでしょう」

「残された道は衰弱死、だね」

「はい……」

「死刑と変わらないってわけだ。胸糞悪いぜ」

 

 3人は自然と険しい顔になる。覚悟はしていたことだが――バーストゥを好きにさせてしまった僕の責任はやはり重い。

 

「そうなると、全滅か?」

 

 ハンコックの問いにキュリーは首を横に振った。

 

「いえ、クリムという若者だけは大丈夫でしょう。不思議なことに彼だけは実験による変化は見られません。むしろ逆に誰よりも元気になっていってるようです、信じられない事ですが」

「そう不思議ってこともないさ。俺のような不死の命を手に入れちまう奴だっているのがこの世界だしな」

「そ、そうですね」

 

 市長の笑いは今日はキレが良くないようだ。

 

「とにかく全滅は免れたが――そうなるとこのVaultを閉鎖ってわけにもいかないかもな」

「ああ。ここに招かれたから来たのに追い出すのか。そう責められて騒ぎになる」

 

 何度同じことを繰り返すというのか。

 ガ―ビーにまかせてスターライト・ドライブインを。

 自分で手に入れてもコベナントを。

 誰かに任せても、自分でなんとかしようとしても。良い結果にはならなかった経験を味わったというのに。

 

 このVault88でもバーストゥに任せ。まただ――”また”、失敗を繰り返してしまっている。

 

「アキラ、どうした?」「アキラ?」

「―――大丈夫だよ。いや、そうでもないけど。落ち込んでるわけじゃない」

 

 強がりもいいところだった。

 

「閉鎖は出来ない――じゃない、しない。でも仕切りなおさないと」

 

 新しい未来の設計図は大小様々、いくつも必要。だから僕は作らないといけない。

 Vault88という新しい設計図を――。

 

 

 バーストゥ監督官が突如、職を辞してこのVaultを去ると発表したが。住人達からの反応は皆無だった。

 理由としてひとつは代理ではなく、正式な次の監督官としてアキラの就任も同時に発表されたことも関係があったかもしれないが。恐らくはすでに思考が濁り始め、悪化を続ける体調に苦しんで現実など、どうでもよくなっていたのかもしれない。

 

「私が皆さんをこのVault88に迎え。まだわずかな期間しか過ごしていませんが、それはとても濃密で豊かな結果を確かに残すことが出来ました。

 それこそ人類のこれからの未来に必要なものであり。皆さんのこれからの生活で時々でも思い出してほしい事なのです。素晴らしい、誇るべき栄誉は間違いなく自分にあるのだ、と。このVaultは誕生からわずかの間で築いて見せたのだ、と」

 

 バーストゥ監督官は自分の最後の仕事として館内放送で皆にメッセージを残したのだそうだ。

 スピーチの締めとして彼女は新たな監督官に挨拶してもらうと言って締めくくる。前任者からの贈り物として彼女が用意した監督官用の、Vault88の特別なスーツを僕に直接手渡しながら。

 

 気持ち悪かったけど、それをひきつった笑顔でいやいや受け取る。最後の花道の演出だ、これくらいなら乗り越えるのも簡単だ。

 そんなアキラの背後でハンコックとキュリーは必死に笑いをこらえていた。

 

 採石場まで上がってくる。

 いよいよお別れの時間がきた。バーストゥは監督官を辞めて今、ここから旅立とうとしている。見送るのは後を継ぐアキラとハンコック。

 太陽は輝き、採石場はいつものように静かだった。

 

 バーストゥにとって200年ぶりの太陽であったはずだったが、彼女はまぶしそうにそれを一度だけ。ただ仰いだだけで特に何か思うことはないようだ。きっとこれからの自分の未来の物語に集中しているのだろう。

 

「それじゃ、見送りはここまででいいわ」

「……バーストゥ。あえて聞くけど」

「なに?」

「もしかしたらVault-TECはもうないのかもしれない。この世界は見てわかる通り破壊されつくしてしまっている。だから――」

「ふふふ、大丈夫よ。あなたたちには考えられないことかもしれないけれど、Vault-TECはそれほどもろいものではないの。心配は無用よ」

「そうかい――これからどこにいくんだ?」

「いくつか当てはあるわ。そこに次の人類の未来が待ってる、私はそこに戻るのよ」

「そう。それじゃ気を付けて」

 

 ええ、バーストゥは返事をかえすとアキラたちに向かって片手を差し出す。

 アキラはそれを見てすこしはにかむような表情を見せると、手のひらの汚れをぬぐい取るようにズボンで拭う――ついでにそこに吊るしてあったハンドガンに見えるまで切り詰めたダブルバレル・ショットガンを抜く。

 

 BANBANG!!

 

 銃口が火を噴き、轟音が静かだった採石場に鳴り響く。

 グールとはいえ女性の、バーストゥのきゃしゃな体は2発の散弾による直撃に耐えられるはずもなかった。

 

 手が、足が。

 引き裂いて内臓をはみ出す体、ぎこちない別れの笑顔を浮かべたままの頭。

 飛び散るようにして採石場にある放射能に汚染された貯め水の中へボトボトと落ちていった。

 

 さらに沈んでいく水の底では、採石場を以前は占拠していたグールのレイダー達が。

 腐れることのないこの新しい仲間を快く迎えてくれるだろう。

 

「おい、アキラ。殺しはナシ、そう俺には言ってたろ?」

「うん」

「俺が殺しちゃだめだなんて――」

「だってハンコック市長?一応は休暇中なんだし、僕の代わりに仕事しろって。ねぇ」

「どうしてだ?かまわないだろ?それよりなぜお前は撃った?」

「ん?まずかったかな」

「そうじゃない。俺がやってもよかっただろ!?」

「――そうかもね」

 

 そういうと僕は空になった小さなショットガンをハンコックの手に握らせた。

 

「こいつでどうしろっていうんだ。おい!弾は!?」

 

 不満そうなハンコックの声を背中に受けながら僕は地下へ――Vault88へと戻っていく。

 新監督官としてやるべきことは多くあった。

 

 

>>>>>>>>>>

 

 

 ビル・ロックリーは目を覚ました。

 すぐに周囲を確認しようとする。体は――拘束されている。地面に横になって手足の自由は奪われた。

 場所はどこにいる?どこかの倉庫?さびついた鋼鉄の壁、それしかわらかない。

 

 耳をすます。周囲に人の気配はない――と思ったら、いきなり誰かに蹴られた。捕まえた奴らに目が覚めていたことを気付かれていたのだ。

 苦痛にあえぎつつ、仰向けに転がされる。

 恐ろしいことにあそこで出会った男女のシュラウドが自分を見下ろしていた。

 

「な、なぁ。あんたら、少し話をしないか?」

「いいだろう」

「キャップを払うよ。助けてくれるなら言い値で払うよ、本当だ」

「間違えるなビル・ロックリー。お前が話すのはそれじゃない」

「なに?」

「マーク・スペクター、オーリア・サタケ。お前と共にメールマンから逃走した仲間の居場所」

「――いきなり仲間を売れって?最高だな」

 

 軽いジョークを飛ばすとそれだけで黒装飾の手に3段特殊警棒が握られ、低い電気のはぜさせるのを見せた。。

 2発で意識を刈り取られた恐怖が思い起こされ。ビルの体が痛みを思い出し、恐怖に震えた。

 

「なんでこんなことを?」

「……」

「いや、わかってる。本当はわかっているんだ。将軍だろ?ああ、あの人には悪い事をしたと思ってる。俺は、俺達は逃げた。俺達みんなが負け犬だったんだ、きっとあの人は失望したはずさ」

「お前が捨てた恩恵は誰にでも与えられるものではなかった。お前たちが盗み、身にまとっている衣は正義を背負うものにだけ許されたものだ。

 それを汚したお前たちの罪は大きい。逃がすわけにはいかない」

「ああ、ああ!わかってるよ。わかったって」

「仲間はどこにいる?」

 

 ビルは必死に頭を動かした。

 こいつらに買収は無理だ。このまま仲間を守ろうとしても殺される。

 なら、なら――選択肢はわずかだ。

 

 みっともなくもシクシクとビルはもがきながらロックリーは泣き始めた。

 哀れを誘うその姿を冷たく見おろすシュラウドたちに、慈悲を乞うように自分の未来を彼らに聞く。

 

「俺、俺はどうなるんだ?」

「正義に背を向けた貴様らに、再び正義と向き合うチャンスを与える」

「ど、どういうことだ?」

「正義を汚した貴様の罪を”天秤”が計る」

「て、”天秤”って?」

 

 もっと詳しく情報を。

 ビルはそう望んだが、それは許されなかった。

 

 電流を帯びた警棒はまたも何度も振り上げられ、そのたびに仲間の事を繰り返し聞かれた。

 苦痛に耐えられず。ビルは意識を失う前に彼らの望むすべてを吐き出した。




(設定・人物紹介)
・ロックリーのSMG
大きな体のロックリーは設定では190センチをこえており、得意なのは工具用のハンマーを使っての接近戦で銃の扱いはそれほど得意ではなかった。

しかし町の中での交渉事だったこともあり、スーツ姿に反マージャカッコつかないというだけの理由でこれしか持ってこなかった。

トンプソン型のショートバレル、よりも短くしてしまっているでせいで制御に心もとなく、発射された弾丸は簡単にばらけてしまう。
逆に言えば狭い通路だからこそ使い物になる銃だった。

・ライトシフト
元ミニッツメンの脱走者たちで構成された犯罪チーム。
実はリーダーはここであげられているマーク・スペクター。オーリアは日系人の女性。



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