ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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やべ、投稿しちゃったよ。あとで後半直していきます。
次回投稿は来週くらい。


Vault88

 エルダー、彼が戻りました。

 

 マクソンが頷くと部屋にキャプテン・ケルズに案内されダンスが姿を現す――。

 

「パラディン・ダンス。任務より――」

「キャプテンここはもういい。2人で話させてくれ」

 

 この言葉でダンスはいきなりのことに緊張し、居心地の悪さからわずかに身もだえる。経験から良い予兆ではないと察したのだ。

 2人になると、マクソンはカラカラとそんな緊張を見せるダンスを笑う。

 

「どうやら帰還早々、キャプテン・ケルズに嫌味を聞かされたようだ」

「はぁ――『任務は機敏に実行し。指揮官が帰ってこなくては良い報告があっても意味がない』と、助言をいただきました」

「ハイキングでもしてるんじゃないか、そうも言われたか?」「それはご想像にお任せします」

 

 にこやかに言葉は交わされているが、ダンスはまだ身構えた心を完全には解いてない。

 ケルズからは嫌味と説教の他にも色々言われたが、その中に「貴様が早く戻ってくれば」という調子が多かったのが気になっていた。

 そして報告書は後でいいからマクソンに会えと言われてこの場がある――なにかあると考えない方がどうかしている。

 

「今回の作戦は見事だったぞ、ダンス。君が成し遂げたことが、今後の連邦での我々の指針になる。期待通りだ」

「は、ありがとうございます。詳しいことは報告書で――」

「ダンス、それについて話がある」

 

 来たぞ、「はっ」とダンスは短い返事をかえす。

 

「私はこの時に備えるために君やブランディスに偵察任務を与え。我々が到着してからも君達2人のパラディンの言葉を決してむげには扱ってこなかった」

「はい、我々の助言を重視してくださったことは。いつも感じておりました」

「だがその結果、兵士達は苛立ちを感じている――インスティチュートへの調査が思うように進まないことが原因だと思う」

「はぁ」

「私は決断しなくてはいけない、ダンス。わかるだろう?部下が任務に対して空回りしている。彼らに冷静になれと声をかけたとしても、苛立つ彼らではそれで問題は解決しない。もっと根本的な解決策、それが必要だ。わかるな?」

「もちろんです」

「焦れているのは何も部下たちばかりではない。

 この私自身、進まぬ調査報告に抑えられない気持ちがあることを認めなくてはならないだろう。事実、先日それをキャプテン・ケルズに指摘された。

 この計画は簡単な道ではない。何年とかかっても、腰を据えて成功させるべきものなのだと。

 

 だが私はこの連邦を相手にするのに10年、20年を戦う気持ちはもちろんあるが。決断を下せないことで無為な時間を過ごし、目指す目的を実現させるまで仲間を苦しめるような。そんな無能なエルダーではありたくない」

「そんなアーサー!あなたはそのような人物では決してありません」

「だが――いや、ありがとう。

 

 しかし事実はすぐに現実となって目の前に突きつけられている。

 我々はついにこの連邦へと達することが出来た。だがそこからは今日まで時間を無駄にしている。調査はまるで進んでいない。連邦の人々が我々を見る冷たい視線もそのままだ。

 君やブランディス以上の結果を、それ以上の部隊が結果を出せていない」

「お言葉ですがアーサー。私はそうは思いません。

 

 今も忙しくする、下にいるスクライブたちをご覧になりましたか?彼らは不眠不休で作業を続けております。毎日、調査から戻ってくる部隊がもたらす連邦の情報量の膨大さに目を白黒させているのです。

 おかげで作業量が追いつかなくて満足に寝てないとぼやいているくらいです。それだけ見ても――」

 

 ダンス、マクソンは力強く名前を呼ぶ。

 ただそれだけでダンスは話すことが出来なくなってしまう。圧倒的な存在感、そして――エルダーの苦しみを感じた。

 

「ダンス、私はインスティチュートを見つけたいのだ。彼らがこの世界に生み出した人造人間という脅威を取り除くために」

「……」

「連邦はかつてないほどの強敵だ。私はどうしたらいい?B.O.S.はどうすべきだ?君に考えがあるなら、聞かせてくれ」

 

 エルダーに私が?

 恐れ多い事だが、しかしこうはっきりと自分に助けを求められてしまうとその期待に応えないわけにはいかない。

 連邦では無様に与えられた部隊を半壊させてしまう程度の指揮官が、司令に教えられることがあるのだろうか。というそもそもの前提が間違っている気がぬぐえない。

 それでも――。

 

「アーサー、私自身の考えを述べるというなら――今は難しい時期です」

「ああ」

「いいえ、我々の話ではありません。この連邦自体が変化の時期に入っているのだと私は最近、感じるようになりました」

「……」

「人造人間の脅威は変わらないものの、ここで暮らす人々の認識に大きな変化が生まれているのでしょう。

 今回の任務から戻る中。私は改めてこの連邦を歩き。景色を見て、そう思いました。

 

 人々が恐怖することだけではないのです。希望を感じることもある。変化してるのです」

「それは例えば、ミニッツメンという民兵の事か?」

「彼らもそうです。この変化の中にいます、変化の影響するとても近い場所に。

 希望を彼らは示してる。ですが反対のものもあります」

「教えてくれ、それはなんだ?」

「ガンナーズ。自らを傭兵と自称してますが、その本性は無法者(レイダー)です。ご存知でしょうか、連邦の南部は今や彼らによってひどい状況にあるということを」

「それは初耳だ。彼らはどのような連中だ?」

「言った通りですよ。暴力を称賛し、だから傭兵を自称していますが、ただの理想なき無法者です。

 兵力とテクノロジーを重視しているそうで、自分よりも小さな傭兵やレイダーを取り込んで組織を大きくしてきました」

「問題になるか?」

「我々が今以上の活動を活発にするならば、すぐにも。

 これもまだ噂に過ぎませんが、彼らは我々を早くも敵と認定して動き始めていると。障害となる可能性は低くはありません」

 

 段々とこの会話のいきつく先が見えてきた気がする。

 

「ならば我々はどうすればいい?君なら?」

 

 ダンスを息をのむ。

 ここで本心を偽れば、マクソンは彼の言葉を聞かなかったことのように忘れるはずだ。組織の中での政治を嫌い、賢い兵士になりたいならそうするべきだ。だがダンスは、尊敬するその人から「友人として」と前置きをされてしまった。

 そんな彼に選択肢などあるわけもなく――。

 

 

 こうして新たな任務がパラディン・ダンスに下される。

 ミニッツメンに近づき、彼らの戦力と将軍と呼ばれている男の人となりを確かめてこい。

 

 そうだ、あえて明言されなかったが。はっきりとした名前はそこでは出されなかった。

 ミニッツメンの将軍。すなわちフランク・J・パターソン Jr。

 

 ダンスは自らこの組織へと推薦したレオを、再び冷静な目で調査しなくてはいけなくなってしまった。どう始めたらいいものか、部屋から退出していく彼の足はいつになく重い足取りで――。

 

 

――――――――――

 

 

 私は監督官――バレリー。

 そう、バレリー・バーストゥ。

 

 核戦争後の地上でグールと呼ばれるものに変異し。それで200年以上を地下で生き続けることが出来た。

 自分がどこか変だ、という自覚はもちろんずっとあった。

 でも人の姿を――張りのある肌を失ったことに対して特に悲しむ感情はない。思えば私は自身の能力の価値と、所属する共同体へ全力の奉仕をすることに喜びを見出してきた女だ。

 自分の人間としての若さ。女性としての魅力――それはどうでもよいことだった。

 

 

 ふと、自分の幼いころのことを思い出す。

 覚えているのは祖父の部屋。幼い私は、家族に嫌われていた祖父につき。物覚えの悪くなっていく祖父のために、彼が手紙を書き続ける隣に座り。それぞれの送り主への住所、切手、そして郵便局へともっていくことを訳もわからず手伝わされた記憶がある。

 

 祖父は孫である私の仕事を悪くはない、といって仕事の対価に硬貨を数日おきに握らせてきた。彼は家族が嫌悪を抱くほどドル札に対して執着していたが、反対に硬貨にはまったく興味を持っていなかったのだと思う。

 そんなソフトの関係が、思えば私が人生で最初の資本主義の社会に触れた瞬間だったと思うのだ。結局、祖父は私を含めた家族に対して褒めることも礼を言うこともなく。ある朝、ぱったりと倒れると私の仕事と共に彼の存在は翌日には家の中から消えていた――。

 

 

 労働と報酬の関係が失われたことは幼い私の心に深い傷を残していた。さらに物心がついてくるころになると、もう私は自分の価値について深刻に考える少女となっていた。称賛を始めとした誉め言葉は何の価値もなく、ただそこで得られる物質だけが私の価値を証明するのだと理解していた。

 

 学校に通うようになると私のことを気味が悪い、気持ち悪いなどと貶める煩わしい同年代と顔を突き合わせなくてはならなかったが。逆にこの体験が、それ以降の劣った人々との付き合い方を学ぶ良い経験となったことは認めなくてはいけないだろう。私を言葉で傷つけよう、態度で孤立を産もうと動く彼らのささやかな劣等感は、私にはどうでもよいものでしかなかった。

 

 同時にその頃から私はこの世界には自分よりもさらに高い能力を持つ人々がいることをはっきりと認識した。

 天才と、凡才。そういうことだ。

 私はまず同年代からのレースに勝利しなくてはならなかったが。それすらも、自身の前に広がる未来では価値のない事だという事もすぐに理解した。

 私は焦りを感じたが、残念なことに私を生んだ大人たちは私への興味を祖父が消えて以降。急速に距離を置かれてしまい、私の能力の開発に協力も援助もする気がなかった。恐らくこれが自分の人生最初の挫折であったのだと、今では思う――。

 

 

 ティーンエイジ、と呼ばれる世代に入ると、ルールはよりシンプルなものへと変わっていく。

 それまでは優秀だった者たちは――本当に優れたものはすでに私を置いてもう背中が見えなくなってしまうほど遠くに行ってしまったが。そうでない者たちの中で私を邪魔するものはまだまだ多く残ってた。上に行けば人は減り、下に行けば人が増える。簡単な理屈だ。

 でも私にはもう焦りはなかった。自分が天才と呼ばれる人ではないと理解したからだろう。

 

 同時に同じレベルでもわたしに近い彼らが徐々に遅れていくのが分かってきたからというのもある。

 成長期特有の感情を制御できず、異性との恋愛。もしくは薬や酒での快楽を貪るようになっていくものが次々と現れた。

 せっかく自分にあるわずかばかりの才能を無駄にしていく。そんな彼らの劣化が、かつて私が焦り、絶望していたものと同種のものだと思い当たると。それが私の力となって、私はついにレースで常に女王の座から動かぬ存在となる。

 

 その頃、私の興味はアメリカという国の未来に自分はどこで活躍できるのだろうという事。

 天才ではなかったが、私には未来に備え、正しく対処できる能力があること。そのための準備が整いつつあることはすでに分かっていた。あとは私のその仕事を与える人々から声がかかるのを待つだけでいい――それがVault-TECであった。

 

 Vault-TECにはアメリカの、人類の未来があり。

 それはつまり私の未来がそこにはあるという事だ。

 

 選挙権を手に入れて数年後、私は家族以外の大人たちの力を借りてVault-TECへと入り込んだ。

 

 まだ若かったが、私の能力はすぐに十二分に発揮された。

 部署にいる、ここにいることが出来る程度の能力しかない同僚たちに正しく行動するよう私は助言を与えながら。私もまたベストを尽くすことを心掛けた。自分の仕事でつまらない結果などのぞまなかったのだ、常に。

 私の所属するチームは徐々に成績を上げていき、上司は私の意見を無視できなくなっていった。

 

 その頃になると私の野心――キャリアアップへの欲望とVault-TECへの忠誠は、誰もが認めるものとなっていた。

 同時に私はチーム内で、同僚たちの中で突出する存在として陰口をたたかれるようになっていたが。上層部に私の名前が伝わるようになっていたという事のほうが遥かに重要な事だった私が気にすることはなかった。

 

 

 ある時、それまでの生活の全てが一変した。

 私は上司、同僚らの推薦を受けて当時募集がされていたVault-Shellterの監督官に、私の名前が横滑りに登録されたのだ。

 Vault監督官はこの国の未来へと橋渡しするという重要な職である。選ばれるには厳しい審査が設けられ、この国の優秀な若者や優れた能力を持っている人物が選ばれるものだ。

 これはついにVault-TECが私の能力を認め、この社会――自由と資本主義を世界の未来に再生させるのに必要な人材だと認めたことだと私は確信した。

 

――推薦してやったんだ。せめて感謝の言葉くらいあってもいいんじゃないかね?

――いいえ。必要ありません。それは当然、あなたがするべきことだったというだけです。ではごきげんよう。

 

 私は羨望と好奇、そして憎悪の視線を受ける中。チームを離れ、栄光の道へとひとり進む。

 社会において真に必要とされる能力を持つものは孤独になっていく。

 

 

 その頃、Vaultに所属する天才たちは世界の全てを理解していた。

 

 すでに共産主義者との戦争で疲弊していたアメリカは、恐るべき最悪の未来。つまり核による破滅の後に、再び立ち上がる人類の未来を真剣に考えていたのだ。

 愚かな人間の歴史の否定。我々が手にした資本主義と自由が誕生する以前に存在した愚かなもの。再び荒廃した世界となっても、独裁者や共産主義者が力をつけることを許さず。価値あるアメリカの持つ自由、そして資本主義を理解した。優れた社会を持つ強力な国家をそこに誕生させなくてはならない。

 それは拡大を続け、地球全体へと広がっていくべきものであればなおいいではないか。

 

 VaultーShellterはそのために未来に優れた人的資産を残しつつ、雌伏の時を無駄にすることなく驚くべき実験とその成果でそんな未来をさらに確実なものにする場所なのだ。

 監督官とは輝ける未来のためになる全てをそこで実行し、手にした成果を国と共に再生するVault-TECへ持ち帰らなくてはならない。

 

 だからこそ、監督官に選ばれた優秀な人々は持てはやされた。

 大統領は彼らを集めてこの国の中枢で活躍する未来のヒーローと呼んでパーティに招いたし、州知事は自らの州で稼働するVaultのリーダーたちを並べて公の場でにこやかに握手や肩をならべることを強く望んだ。

 

 

 そういえば私はそうした場所に呼ばれることは一度としてなかった。当時は気にしていなかったが、それは喜ぶべきなのだろう。

 計画の遅延が続くVault88では祝典の場に出ている場合ではないだろうと、監督官自ら現場に派遣されていた私はかつて所属していた会社から叱責され続け――なぜ私が責められるのか、その理由はわからなかったが。

 

 とにかく私はその時からここにいた。

 毎日を入れ替わる怠惰な快楽主義者の多いブルーカラーへ、守られることのない適切な指示を出し続け。時に取引先の変更とやらで同じような説明を何度もやり直す。そんな生活は世界が終わる日まで続いたのだった――。

 

 

 こんな昔のことを思い出すなんていつ以来の事だろう?

 どうやら私は喜びという感情に浮かれてしまっているようだ。過去を振り返る、こんな無意味なことをするなんて!

 

 それもこれも、こうして今日を迎えることが出来たからだろう。

 私は今日、200年以上を過ぎてようやく地上の人々と再会することが出来たのだ。彼らは地上から降りてきてここに驚いていた。

 そして私はこれまで不明だったことの多くが解決した。

 

 とにかくこれでまた仕事が始められる。私はこのVault88の監督官。

 Vault-TECの描く未来のため、大きく後れを取りはしたがすぐにも計画を進めなくては――。

 

 

 キュリーはそこまで読むと画面から顔を上げ、一息ついた。

 Vault88のメインフレームに直結された端末を操作し、さっそくここで何が行われていたのかを調べていた。

 

 アキラは監督官による実験のデータがあるはずだと言っていたが、記録にはそれらしいものがなくてキュリーは最初慌ててしまったが。

 どうやら監督官は日誌と研究記録を一緒にしているらしいとわかって安心する。機械の体だった時と違い、今のキュリーではプログラムに強いわけではないので監督官がどこかにデータを隠していれば見つけることは出来なかっただろう。

 

 再び端末を操作しつつ、キュリーは次のリストを選択する。

 今、友にここまで来たハンコックはキュリーをここに置いてひとりで奥にいるであろう監督官に会いに行っている。彼ほどの人物であれば、無事に帰ってこれるとは思うが――あそこで何もないことを祈るしかないだろう。

 

 

――――――――――

 

 

――なんてこった。

 

 ハンコックの最初の感想がまずそれであった。

 Vault88の内部へと進むと、誰でも気軽に入ってこれた入り口の無防備ぶりが説明されたようなものだった。

 

 そこには5人ほどの男女のVault居住者たちがいて、ぽっかりと開いている建物の壁の向こうで。洞窟の中で作物のための土いじりをしたり。確かアキラによってポンコツに”わざと調整”されていたロボットは、見違えるほど良い動きを見せる中、その隣には建設を手伝っているのもいる。

 

――俺達はあの監督官を少し甘く評価しすぎていたかもしれない。

 

 Vault88の建設は明らかに大きく進んでいた。

 建物のホールの壁は未だ大きく開かれてはいたが。その先にある食堂をはじめとした、3階までの階段と以前はなかったいくつもの部屋がある。

 

(半分?いや、7割。完成にかなり進んでいるな)

 

 実験が進んでいるかも――そんなことを恐れてやってきたが、これを見たらもう疑問の余地はないだろう。

 間違いなく何かをやっているはずだが。とりあえず今はなによりもバーストゥに会うのが先決だ。

 

「――あら、戻ってきたの?」

「これはこれは、お美しい監督官。地上に戻ってからもずっとここのことは気になっていてね、俺達――ああ、今日はもうひとり来てるんだが。ここの様子を見て驚いて目を丸くしているところだぜ」

「そうでしょうね。確かに大きく進歩したわ。でも、これも全部あなたたちが協力してくれたおかげなのよ。喜んでほしい」

「嬉しいね。泣けるよ」

 

 この監督官の殺害はアリ、そう思っていたハンコックも。すでにその気持ちは失っていた。

 Vaultの建設が進み、実験は行われ、人が入ってしまっているとしたら。監督官の排除を重視するより、彼女の目的を探る方が重要になる。

 

「見違えたね。ここに人がいて、あんたは監督官を正しくやっている。凄い事だ」

「ありがとう――あの、ごめんなさい。あなたの名前はなんだったかしら?」

「ジョン、ジョン・ハンコックだ。俺もグールだからな、わかるよ。時々この体は、不調を訴える時もある。とくにあんたは地下暮らしで脳がくされていたのかも……」

「あなたの名前――どこかで聞いたことがあるわ。なんでかしら?」

「珍しい名前じゃないのかもな。そんなことよりも監督官!あんたの自慢のVaultを俺に案内してくれないか?あの図面が、どんなことになったのか、ちゃんとこの目で確認しておきたいんだ」

「ええ。ええ、そうね。わかったわ」

 

 少し揶揄ったのだが、鈍い本人はそれに気が付かない。

 バーストゥがこちらへ、と示すとハンコックはそれに素直に従う。

 

 

 

 次のリストは自分たちが立ち去った後に書かれたもののようだ。

 

『やはりジュリアンと同じように、あのいけ好かないアンデルセン警備主任も彼らに殺されていた……』

 

 そんな風には見えなかったが、どうやらあの監督官はアキラや私たちを前にフワフワと浮かれていたらしい。私たちが立ち去ると、冷静さを取り戻し。一度だけ入り口の外を確認して自分以外は全部フェラル・グールとなったことを確認して、不満を覚えたようだ。

 

 その後、数日の間は悪口がひどくなっていき。訪れた私たちを話が出来る程度に知的ではあるようだ、とか。

 明らかに劣っている人も中にはいたが、と悪態をついてケイトをけなし。ハンコックを調子のよい、嫌いなタイプだと書いてる。

 それでもアキラやキュリーには、見どころがあるようだと期待しているとしているのは――複雑な気持ちだ。

 

「実験、実験の開始は……」

 

 リストに戻って少し下のものを次に選ぶ。「あった」、キュリーは呟く。

 

「――運動とは、本質的に利己的な活動である。

 居住者個人の身体能力を上げることは、共同体へ与える脅威も少なくないわ。Vaultでは与えられた時間の全ては目標の完遂に向けて尽くすことにある。

 だからスタニスラウス・ブラウン博士率いるチームはその解決策として発電自転車をはじめとした機械によって、運動中に発電エネルギーを発生させるだけではなく。それをVaultに還元するという方法をも生み出した」

 

「医療の世界における革新を進めようとするなら、医者たちが最初の学ぶあの言葉。ヒポクラテスの誓い、患者をむやみに傷つけないとするあれは意味のないものだと正しく理解できる。知性あるものならそうなのだ。

 Vaultでは当然、正しい道を最短距離で向かう。

 すなわち医師は患者個人のため、などという小さなことにこだわらず。患者の治療を通して社会全体にどう利益となるかを考えるべきなのだ。困難な時にこそ手段を選ばない、それこそアメリカの流儀。

 

 そこでブラウン博士率いるチームは検眼士が扱う視力マシンに注目した。これは通常、患者の視力を上昇させる特別な道具だけれど。この治療の過程を検討した結果、それ以上を期待できることがわかった。

 脳内の情報を眼球を通してやりとりできるはず。何が出来るのか試してみよう」

 

「学業や企業においてもそうだったように、給水休憩なる考え方は過ちだ。

 だが彼らはそれが自身の体を休めるだけでなく、互いのコミュニケーションにつながっていると主張して譲らない。

 ブラウン博士率いる科学者チームはこの非効率な行いを正すため、様々な実験を積み重ねることで問題を解決できないかを考えてきた。

 

 最終的には彼らがそれほど時間を浪費したいなら、科学を用いることで社会全体の利益につなげればよい。

 ここで使われる薬品は特別なものでなければならない。それだけに問題がある。

 このVaultに置いてある薬の量では十分ではないという事だ。薬品の増産を委託していた外部会社に補充を求めたいが、今の地上では届けてくれと連絡を取ろうにもつながらないのだろう。最終的にはあの彼らに持ってきてもらうしかない。だが短期の実験ならば足りるはず」

 

 日付は前後するが、そこに記されていることは間違いなく実験計画の概要だった――。

 

 

最後の部屋は3階の奥部屋となった。

 

「これが最後の部屋ね。当面は倉庫として使われることになるのでしょうけど、ここも十分にスペースを取って。後々のために、居住者達のベットを運び込むだけで使えるように仕上がるはずよ」

「ああ……」

 

 ハンコックは素早く部屋の中を確認する。

 床はまだ予定の半分、壁は一切ないが。なぜか天井だけはしっかりと作られている。

 

「それでどう?このVault88の感想は」

「――うまく言えないが。人を入れるのはまだ少し早かったんじゃないかい?部屋に区切られてると言っても、ほとんど穴だらけだったぞ」

「そうかもしれない。でも、人を入れたおかげでここは大きく進歩できたことはすでにあなたの目で確認してきたはずよ」

「そうだな。だが物資はどうなってる?水はいいが、食料は?栽培室はつかわれてなかったようだが」

「それなら安心して。地上にあったものはかき集めてここに持ってきてある。当分は大丈夫なはずよ」

 

 レイダーの小屋を綺麗にあさってきたという事か。

 

「それと、入り口の警備がやけに手薄だったのも気になったんだが――」

「ああ、あれね」

「最低限の電源と真っ暗なホールだけじゃ、侵入者はあきらめてあそこで帰ってくれるとは思えないんだが?」

「でしょうね。だからこそ警備には人の手が必要だと考えたの。

 あなた達はターレットを置いて機械に任せようとしてたのは知ってる。でも、これは大切な事なのよ。スイッチひとつ押すだけで自分の安全が手に入るという考え方は、むしろ危険よ」

「――そういう考え方もあるな」

 

 はぐらかしてきた――と思いたかったが、恐らく違うだろう。

 この女はいきなりスロットルをマックスに入れたまま、それを落とせなくなっているだけなのだ。

 人の手が云々、口にはしているが。ここは地上のミニッツメンの居住地とは違う。

 武器も弾薬も必要だが、人の手に渡せるだけの量もキャップも。なにより手助けしてくれる商人すらいないから。それを機械で用意するしか方法がないというだけなのだ。

 

「それなら心配はいらないな……それじゃ忙しい監督官どのをいつまでも俺が独占するわけにもいかないだろう。

 勝手に見て回ってもいいのかな?ここに入ってきた連中の話も聞いておきたい」

「ええ、構わないわ……他にも伝えたいことがあるけれど、とにかくまずは全てを納得いくまで見て頂戴。きっと、この決断は間違ってなかったと思ってもらえるはずよ」「わかった。そうするよ」

 

 バーストゥ監督官と別れると、ハンコックは3階の渡り廊下から下で働いている新たなVault居住者たちを見下ろした。

 

「やっかいなことになったな」

 

 動いてしまった以上、いまさら止めたとしても。その先にいいことがあるとは思えなかった。

 監督官がいなくなったからお前たちはここから出ていけ、そういってあの居住者たちを外に追い出すことは出来る。だがそうなればうわさが広がる。ガンナーズがまだ知らないこの場所に奴らが殺到してくるのは間違いない。

 

 となると、監督官の排除とセットで。彼らも問答無用で処分するって手がある。

 これはダメだ。乱暴だし、なによりレイダーならだれでも考えつく方法だ、ジョン・ハンコックにはふさわしくない。

 

 名案はない。

 とりあえずキュリーのお嬢さんと合流して、これからどうするのか決めなくてはならないだろう。

 

(正気を失った監督官に5人のVault居住者達か――5人?思ったよりも少ないんだな)

 

 

――――――――――

 

 

 あのガ―ビーがこれほど忙しく顔色を赤、青、黄色、と次々かえてしまうようなことはこれまで見たことがなかった。

 

「本当か?本当なのかっ?本当に騒ぎは終わった、と!?」

「――はい」

「っ、くっ……そ、そうか。そうなのか。それなら――それならよかった。本当に、良かった」

 

 言いながらガ―ビーの身体はデスクの向こう側へと静かに沈んでいく。

 デスクのこちら側に立って報告に来た、調査団の古参兵たちは不安そうに互いの顔を見合していた。

 

 

 アトム教徒による攻撃は、ガ―ビーからあっさりと冷静さを奪い取った。

 東部から調査隊を徐々に撤収させ。反対に入植させる人々と共に新たな攻略部隊を送りこもうという大切な時期だった。

 何よりも問題は不足しているミニッツメンの数と、こういう時にこそ頼りになる将軍がサンクチュアリへの旅の空にあるということだ。

 

 とりあえず増援となる部隊に人を集めようとするが、これが簡単なことではなくて数日かかるとわかるに至り。

 自分が部隊を率いてここを普通に出発すると、到着するのは翌週の中頃以降ということになり。その間に前線には頑張っていてもらいたい、などと無慈悲なメッセージを送らねばならないとわかって白目をむいた。

 

 そうなるとベルチバードで直接兵士たちを戦場の最前線まで送り届けるという方法が思い浮かぶが。

 あのアキラからはそうした使われ方はしないでほしいと念を押されている。これを無理やりにおこなったとして、万が一ベルチバードを失うようなことになれば彼の怒りは間違いないし。

 何もなかったとしても、兵士たちを乗せて戦場におろしたと知ればそれだけで激怒するのは想像できる。

 

(心の狭い奴だからなぁ)

 

 とはいえアキラのベルチバードはミニッツメンに広く開けられた情報では全くない。

 実際に搭乗することが許された調査部隊と、将軍をはじめとした彼の友人が使っているだけの状態で。

 ミニッツメンのパトロールの一部に、グレーガーデン、コベナント、スロッグにある発着場を見て(これはなにかにつかうものなのか)と勘繰っている程度の認識なのだ。

 

 

 真っ青一色だったガ―ビーの顔色を極彩色の豊かなものとする知らせが届いたのは、それからおよそ1日が立ってからの事。

 深夜、怪しげなロボットとパワーアーマーが突然に表れ。明け方までに敵を全滅させてしまったと知らせが入ると、何度も確認したガ―ビーから一気に力が抜け落ちてしまったのだ。

 

(助かったんだな、本当に良かった)

 

 パワーアーマーの相手は名前を口にすることなく立ち去ってしまったというが。ロボットが残っているというのだから、それはきっとエイダに違いない。それともなにが引き金になったのかわからないが。あの若者は見事にミニッツメンに降りかかる苦境を取り除いてくれたのだ。

 

(これはチャンスだぞ、ガ―ビー!今のうちに入れ替えを進め、東部への増派を――)

 

 だがそれにはまず、ロニーと将軍。共に手を携えてひとつになってもらわなければならない。

 部隊に若い兵士だけで戦わせては今回のような事態を招きかねないし。調査を命じたとはいえ、アトム教の攻撃に浮足立ってしまうなんて――。

 

「なんだか下であんたの部下からおかしな噂を聞いたよ、ガ―ビー」

「ロニー。今は忙しいと――」

 

 ロニー・ショーはあれからずっとこの本部の客室にとどまってもらっている。

 彼女についていた若い兵士達には、ロニーの望みという事で近くを巡回する部隊に分けて配置して活動してもらっている。ミニッツメンとして恥ずかしくないように鍛えたと彼女が言うだけあって、今のところ実力に問題があるという話は聞こえてこない。

 

 そんな彼女はこの騒ぎを聞きつけると、自分の若者たちを東に送ってくれ。なんならあんたが指揮してくれと毎日会いに来ていた――。

 

「ガ―ビー、あんたはあの噂をどう思ってるんだい?」

「何の話かな、ロニー。今は忙しいと――」

「アトムの馬鹿共はなんだか勝手にくたばってくれたらしいじゃないか。噂じゃそう言ってたよ」

「それは……それは恐らく」

「恐らく、なんだい!?納得のいく答えじゃないよね。ミニッツメンは奴らに攻撃を受け、身動きが取れないって話だった。

 それがどうしてか、いきなり消えたって事にされた。兵士達が戦ったからじゃない。”誰かが”代わりにそうして見せたんだ」

「ロニー……」

「その正体にアンタは全く興味はないっていうんだね。それもおかしい話さ。

 このあたしはそうじゃないんだ。興味はあるよ、このミニッツメンの鼻先でふざけたことをやらかした奴の正体って奴にね」

 

 頭の片隅で、この際ロニーにアキラのことを伝えたらどうだろう。そうかすめたが。

 あの青年が時折見せる常軌を逸した激しさについても説明せねばならなくなるので、やめた方がいいと誘惑され――それに乗る。

 

「ロニー!確かに謎はある、だが今必要なのは謎解きじゃない。ミニッツメンを襲ったトラブルは無事に解決している。そこが重要なんだ。俺達がまずすべきは、次に備えてすぐにも――なんです?」

「ガ―ビー。相変わらずアンタは嘘が下手だね。何を隠してるんだい?」

「なにを――」

「このお助け野郎が誰なのか、アンタ知ってるんだね?そういうことなんだろ?」

 

 ため息をつく……勘が鋭い老人だ。

 

「やめてください、ロニー」

「なんのことだい」

「とぼけないで。先日、あなたにはチャンスを与えました。せっかく将軍と面会させたのに、あなたはそれをご破算にしてくれた!」

「ハッ!あれはアタシが悪いっていうのかい。それはそれは申し訳ないことをしたねぇ」

「――ロニー。自分の立場を間違えないでほしい。あなたは俺の友人だが、まだこのミニッツメンではないんだ。仲間じゃない、まだ」

「感心したよ、慎重なものだね。立派になったもんだ」

「嫌味はやめて欲しい。俺をいくらでも馬鹿にして構わないが、それでもあんたの事実は変わることはないんだ!」

「へぇ、あたしら昔のミニッツメンの力は。あんたの友人だった連中の力は必要ないってわけかい」

 

 昔のガ―ビーならば、この辺でロニーの責めに耐えきれずに白旗を上げただろうが。今の彼はそうではない。

 

「ロニー、あなたやあなたの若い兵士達。このミニッツメン委は昔の友人たちの力が必要だ。それは本当だ」

「フン」

「だがそれにはまず仲間に加わるのにふさわしいことを証明してもらわないと。わかるでしょう?」

「どういう意味だい!?」

「ロニー、我々の知るミニッツメンはもうないんだ。あれはもう終わった、クインシーですよ!あれで全部が終わってしまった。我々が愛したミニッツメンは死んだ。もう戻ってくることはない」

「……死んだ、だって?それじゃあんたここで何をやってるんだい。誰だって名乗ってる?」

「ここにあるミニッツメンは目的と名前が同じでも、まったく違う」

「まるであたしらに用がないと言ってるように聞こえるね」

 

 ガ―ビーの目の色が変化した。敬う態度が消え、冷静さというよりも冷酷さが見えてくる。

 

「とぼけなくてもいい、ロニー。本当はずっと怪しんでいたんでしょう?ここにいるプレストン・ガ―ビーが本物の英雄で、あのミニッツメンを復活させようとしているのかってね。だからずっと連絡を取ろうとしなかったんだ」

「言うようになったじゃないのさ」

「俺はもう前に進んでいるんだ。ロニー、過去を懐かしむためにここに来たというなら。あの若者たちを連れて出ていったほうがいい。もちろんあんたが持っているというかつての友人たちのリストも置いて行けとも言うつもりはない」

「……」

「でもここにいるつもりなら、覚悟を決めるんだ。あのミニッツメンでも俺達は誓った、なにをするのか。それを終わらせないために、ここで新しくミニッツメンを始めるんだって」

「具体的にどうしろっていうのさ」

「将軍と話をしてくれ。彼と話して、仲間になってくれ。ミニッツメンでやろうとしたことを、この先の未来の連邦でも続けるために」

 

 ガ―ビーはそれだけ言うと仕事に戻ってしまう。

 もう相手にされないとわかってロニー・ショーは部屋を出るが。しかし彼女の目的が変わったわけではなかった――。

 

 

「おい、若いの!」

 

 彼女が居住地の中を探し回って見つけた相手に声をかけたのは、調査隊から事態が収束したと知らせに来た兵士であった。

 

「聞いたよ。危険は去ったんだってね」

「あ、ああ」

「そいつはよかったさ。ところで――噂のヒーローの正体について、ガ―ビーはなにか言ってたのかい?」

「いや――それよりあんたは?」

「ロニー。ロニー・ショーだよ。見ての通りの婆さんだが、あんたらの後輩だよ」

「そ、そうか」

「ところで今回の騒ぎのヒーローについて、ガ―ビーが詳しい話をしてくれないんだよ。なんか、まずいのかい?」

「えっ」

「調査も捜査もしないらしいしね。名前とか――本当に知らないかい?」

「知らないよ。だって”彼”は俺達になにも名乗らなかったし」

「へぇ。でもあんたらの様子を見たら、誰なのかはわかっているような気がするんだよ。これは気のせいじゃないと思うね」

 

 聞かれた方はまだ迷っているようだ。

 新生ミニッツメン立ち上げからいたのだ。あの名乗らずに消えたパワーアーマーの中に誰が入っているのか、少しは想像はつく。だがそれをこの老女に話していいものかどうか――。

 

「ものを知らないってのは年を取ると辛いんだよ。頼むから新入りのこの婆さんに事情って奴を教えてくれないかな?」

 

 ロニーは全く諦めることを知らない。

 

 

―――――――――

 

 

――Day1

 

 表示がされ、映像に時間が記されている。これは恐らく一番古い実験の様子だ。

 作られた部屋の隅から、”10台”のフィットネスバイクが並べられ。部屋に入ってきた居住者たちはのそのそとそれにまたがっていくと。最後に監督官の掛け声で運動が開始される。

 

――Day3

 

 映像ではすでに運動が開始されている様子が映る。

 と、マシンに光が走り。被験者のひとりがまたがった状態のまま天井にたたきつけられるまでに跳ね上げられ。床に滑稽な姿勢で落ちた。

 仲間たちが慌てて近寄るが、誰かが何かを言ったのだろう。全員が笑いだし、監督官は再度運動をするよう命令する。

 

 この映像には備考欄がついていて、当時の状況をそれなりに説明していた。それが以下の通り。

『3日目、被験者たちの態度に一向に変化が見られない。

 彼らはこの重大な実験の意味を説明したにもかかわらず、どうやら作業時間を減らされたわけではないのだと、そう考えているようだ。

 

 私は失望する。もう彼らがこの崇高な実験の本質を理解はできないであろうことも悟った。

 

 この日、ひとつ面白い事件があった。

 被験者Cの装置の電気回路が逆流し、漏電した。

 被験者に怪我はなかったが、彼らはそれを笑い事として認識していた。そろそろいい頃合いだろうと思う』

 

――Day4

 

 映像はいつもの通り。だが背後に新しく給水装置が設置されているのが見える。

 カメラの位置を変えたのだ。

 

 彼らは給水を終えると、またマシンにまたがって漕ぎ始めた。いきなり早送りが始まる。今回の映像は時間が長いのだとわかった、先に備考欄を確認した。

 

『4日目、ついに第1段階の実験を開始。同時にこれは第2段階も並行して進めることにした。

 Med-Xとバファウトを配合し、それを実験前に彼らに飲ませる。これで彼らは肉体的にも精神的にも薬物の力で一時、強靭なものとなったはずだ。だが副作用として高まった集中力のせいで異常反応がでることは避けられない。

 

 そこで実験室の時計の針の進行を遅くし、彼らに12時間の運動を求めることにした。

 だがここで問題が――」

 

 映像の早送りが終わり、昨日とは違うマシンがまた光を放つと。同じように漏電し、搭乗者を天井まで飛び跳ねさせた。

 どうやら9時間ほど過ぎたあたりで再びマシンの不調があったようだ。

 

 だが今度は前日とは全く違う展開を見せる。

 最初、周囲は頭だけを床にたたきつけられてうめいている被験者に向けているだけでマシンを動かすことをやめなかった。

 するとうめいていた被験者――これが被験者Fらしい――が跳ね起き、一部始終を冷静に見ていた監督官にむかって激しく食って掛かっていったのだ。

 

 周囲の反応と薬物から、感情が爆発してしまったようだ。

 バーストゥの言葉など聞くつもりはないらしく、ひたすら何事かを叫んで非難しているようだった。最終的に被験者Fは怒りが収まらないまま部屋を飛び出していき。その頃には周囲の仲間達もマシンを降りて、それでもボーっとその隣で事態の進行を眺めていた居住者たちに監督官は本日の実験の終了を宣言した。

 

『被験者Fは感情的で理性的な反応は全く見られなかった。怒りにかられ感情に支配されていた。投与された薬の成分が強すぎたのだろうか、そうは思えない。

 やはり最低限の知的レベルと同じ目的を持った仲間という意識が彼らの中にないことが問題のようだ。

 

 これは他の被験者たちにも言える。

 今回の実験で彼らはひとりの脱落者が出ることで、自分に与えられた役目を勝手に降りてしまった。そうした怠惰な者たちに引きずられて、結局は全員がそれにならった。私はさらに失望は隠せない。

 だがこうして知的レベルに不十分であったとしても、素質のある者は確実にいる。未来を悲観し、絶望するにはまだまだ早い。

 

 Vault-TECの考える未来のために自分たちが何が出来るのか、この意識を彼らの中にどう埋め込むのか。監督官の仕事として、私はそれをすぐにでもとりかからなくてはならない』

 

――Day6

 

 フィットネスマシンが全て稼働している。だが今回の映像は逆に短い――。

 と、いきなり画面が真っ白になり。録画はそこで終わってしまう。状況の説明は記録でのみ残されていた――。

 

『6日目、前日彼らは最後まで集中することなく実験を無意味なものにしてくれた。

 監督官として、このような状況の改善のために必要なことはすべてやると誓った以上。私の決定もまた厳しいものとなった。

 

 同時に当然だが実験も新しい段階へと入っていく。

 

 今回は発電エネルギーを常に一定以上を絞り出させるため。逆流を利用する実験を採用した。

 開始から52分後、被験者C、E、F、Iのマシンに同時に不具合が発生。軽傷1名、重症2名、死者1名。被験者Fは受け身が取れず神経を壊してしまい植物人間の状態となったため、結局破棄した。2名が脱落したことになる。

 

 初めて失った仲間たちの葬儀を行ったところ、フィットネスマシンの実験と監督官への不満が出て来たので、これは終了させなくてはいけなくなった。だが、ある程度の実験は行い。データは取れたと思う。だから安心してほしい』

 

――Day7

 

 監督官室のターミナル前に座るバーストゥが何かを話しているようだ。

 どうも被験者たちとの関係に苛立ちを感じ、それを彼らの知的レベルの低さとVaultの意義を理解しないからだと非難しているようだ。

 てっきり彼女の愚痴で終わる回なのかと思ったが、記録によるとそうではないことが分かった。

 

『新しい実験に入る前に、彼らのスケジュールを変更した。

 彼らは不満そうだったが、近く新たな仲間を追加すると伝えると安心したようだ――。

 

 人が減ったことを理由に彼らの作業時間を3時間増加させた。また水の使用制限を与える一方、ソーダマシンはそれとは別に無制限で使えるとした。

 これでソーダマシンには新たな薬物を混ぜる状況は整った。これから時間をかけて彼らの体調を最低レベルにしつつ。思考力を低下、鈍くさせることにする』

 

 どうやら次の実験のためにそれが必要な準備だと言っている。

 

――Day14

 

 どうやら医療室らしいそこにある検査装置に居住者たちが集まって円を作っていた。

 だが映像が乱れるたびに状況が一変。椅子に座ったまま悲鳴を上げる女性。泣き叫ぶ男は装置が外れるなり顔を覆って椅子から転げ落ちる。口から泡を吹き、痙攣しか反応を見せなくなっているのに目の前のそれに気が付かないように――フィットネスマシンでは全員が気にしていたのにそれがすっかりなくなってしまった。

 

 記録では壮絶な結果が残されていた。

 

『住人達の反応がよくわからなかったせいで、ここまで時間をかけてしまったが。ようやく全員が体調の不調を口にした。

 そこで次の実験を開始する。

 

 この新たなVault-TECの視力マシンは、同時に眼球から脳に影響を与え。最終的には能力の拡張を含めた様々な試みが可能となるというシステムだ。

 組み立ててみるといかにもどこの病院でも見たことのあるようなユニットであったが、性能はまるで別物だと今回の実験だけで十分以上に証明出来た。

 

 ただ監督官である私はVaultの力を過小評価しすぎてしまった。これが失敗だった。

 

 住人達の態度から、彼らを導くこの監督官へのただならぬ疑念の答えとして。

 私はこの最初の治療に彼らの思考の解読と、彼らのVaultへの忠誠心。つまり監督官への従順さを求めようとした。だがこらは彼らの頭には詰め込みすぎであったらしい。

 

 全員がマシンによる苦痛を訴え。ひとりは残念ながら命を落とした。

 また、被験者Bは片目を、被験者Dは両目を失った。だが彼らは結果に激怒し、懲りずに監督官を侮辱し続けたため。私は仕方なく彼らにここから出ていくよう命じるしかなかった。

 

 彼らは素直にそれに従ったものの、残るという5人に対してしつこく自分たちと共に出ていくように訴えた。彼らは予想通り、脱落者たちの言葉には従わなかった。実験にハプニングはあったが、結果は悪くなかったと思う』

 

――Day16

 

 この回も監督官室で、監督官の独白でおわっているものだったが。内容はそれまでになく不穏なものとなっていた。

 曰く、しばらくは従順さを求めるために彼らを薬漬けにするが。どこかのタイミングで今度は更なる大人数を地上から招きたい。

 その際は、薬物が足りなくなる可能性もあるので。最悪地上との接点を閉鎖して閉じ込めることも考えなくては――と言っている。

 

『……最後に、監督官となってまだ日は浅いものの。今はとても充実した日々を送っていると感じている。

 だが一方でぬぐい切れない失望と不満もあることを認めないわけにはいかない。

 

 地上がどれほど悲惨な状況であったとしても、しかしそこには遠くない日にVault-TECの意思と共に強靭な新しい自由と資本主義のアメリカが復活するわけだが。彼らがその市民となるのは到底、納得できるものではない。

 

 現在、Vault-TECがどのような計画で動いているのかは不明ではあるが。このVault88ではどこかで――恐らくは実験の一応のデータがとり終わった時点で、地上の世界と切り離した知的レベルの向上を目指す教育施設として生まれ変わらせる必要があるように感じる。

 

 だがそうなるとこの私の能力は新たな国の建設に生かせないことになってしまう。

 この私の優秀さはVault-TECと共にあって初めて役に立てるものだと今も信じている。だからこそ監督官として、その時が来たらきちんと対処できるように準備をしておかないと――』

 

 

 キュリーは映像をそこで切った。

 そして頭を抱える……これでまだ半分、なのに犠牲者は何名もの……。

 

 恐れていた通り、Vault88は最悪な場所となってすでに助走を終えて走り出していた。




(設定・人物紹介)
・被験者C
原作に搭乗しているVault88の模範市民、クリムである。
他人に自分を管理されることを望み。見た目と違って運がいいのか悪いのか、とにかく頑丈で死んでくれない。
話しかけると馬鹿とかアホという字がちらついちゃうような人。

監督官のカモである。



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