ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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約束―過去 (LEO)

 数日ぶりだったが、グレイガーデンの屋台にパイパーはいた。

 ここでレオ一行と合流し、サンクチュアリへと向かう約束になっている。

 

 でも待つだけの時間は不安だ。

 

 レオに約束をすっぽかされるかもしれない――冷静に考えれば、お互いそうなってもおかしくない立場になっていた。

 今の彼は英雄と呼ばれているガ―ビーの上司。ミニッツメンの将軍様。

 そして自分はと言えば、正義を口にしては煙たがれ。口を開けば黙れと言われ。そのうちに避けられ、誰もいなくなってしまう。でも消えないでくれ、君のやっていることは必要な事だとほめてくれる。

 それだけの女だ。

 

 私の筆が彼にとって都合が悪いものを書けば――彼だってきっと。

 

 頭を振って違うことを考える。

 グレーガーデン。

 

 ロボットの農園とグールと彼らの店が立ち並ぶ居住地。

 あのアキラが作り上げた町。グールたちが入ってきてまだ数カ月だが、活気があって人も多い。

 

「どうしたんだい、お姉さん。美人なのに浮かない顔だね」

「まぁね。約束なんだ」

「おや、デートかい?」

「ははは……まぁ、そんなとこ」

 

 屋台の店主にこたえつつ、彼が差し出すフルーツジュースを受け取ってストローでズズッと吸い上げる。

 とても甘い。ちょっと嬉しい。

 

「安心しなよ、約束をほったらかしたりしないさ。あなた美人だからね、男ならそんなバカはしない」

「はは、アリガト」

「お世辞じゃないよ。自信を持ちなって」

「うん――あのさ、それなら気分転換にちょっとサービス頼める?」

「何かな?」

「ちょっとこのジュースにさ……わかるでしょ?」

 

 いけないなぁ、とは思ってはいた。でも心の奥底には確かにあって、チャンスかもと感じたら勝手にこの口が動いて、行動していた。

 ダイアモンドシティやグッドネイバーでこれをやると。まず間違いなく薬物の話をしたいというサインと思われる。

 

 コベナントでアキラをいきなり殴り飛ばしたのは確かにやりすぎではあったと反省している。

 だが――だからと言ってパイパーが彼を完全に信じられるかというと、実はそうでもない。

 

 大っぴらには明かされてないが、ミニッツメンはあの青年と約束を交わしたことをパイパーは知っていた。

 でもそれを発表するつもりはない。これは危険な情報だ。

 連邦に知らせれば、あっという間に無人の広場になっていた3か所の居住地候補地はレイダーが殺到して争奪戦が始まったはず。

 それに人を入れたとしても町として本当に機能できるかという問題もある。

 

 ひとつの町をゼロから作り上げればそれは伝説となるほど凄い事だ。

 それを3つもやるというのは、不可能を無責任に笑って引き受けていると言われてもしょうがないただの若者には大きすぎる仕事。

 だが――彼はこのグレーガーデンをすでに完成させつつあるように見える。となれば、自然と怪しみたくなるのがマスメディアに携わる者の宿命だ。

 

 パイパーの誘いに対する反応は意外なものだった。

 店主はおそらく顔をしかめると(グールの表情はわかりにくい)、声を小さくして。

「美人さん、むしゃくしゃして言ってしまったんだろうが。うちでそういうのはマズいよ」

「そうなの?」

「ああ。あのミニッツメンの世話する居住地だ。ここに入るのに色々とルールを守るように約束を求められている。違反すれば容赦はされない」

「厳しいんだ」

「ああ――はっきりと明言はされてないけど。ここもすでに10人以上が追い出された。本人が抵抗するから、追い出す方もむごいやり方になってしまってね」

「どうなったの?」

「殺したりはしない。だが来た時と同じ姿で放り出される。ここで手にしたもの全ては取り上げられて。もうここには2度と入れない」

「ワーオ」

「ああ、でも当然だよ。連邦じゃグールはどこにいても厄介者だ。それを引き受けてくれる町があって、そこじゃ皆で平和に暮らせる。ありがたいことだよ。これで不満を言うんじゃ、好き勝手に無法者になってくたばればいいのさ」

「あなた、いい子ちゃんのグールなんだ」

「ああ、おかげで楽しくやってるよ。彼女も出来た、グールでもね。幸せにやってる。こうなれるとは、以前は思えなかったさ」

「――そっか」

 

 目を合わせなくなった店主との話は自然とそこで終わった。

 これ以上は面倒な客と思われたのだろう。しょうがない、だって自分からそう思われても仕方のない聞き方をしたんだから――。

 

 レオは来た。

 いつものように。巨体を揺らすコズワースとカールを連れて。

 彼は笑って言ってくれる「さぁ、出発しよう」と。私はそれが嬉しい。

 だからこの繋がりをもう少しだけ続けるため、守るため――変化は求めることは出来ない。

 

 

――――――――――

 

 

 コズワースとカールを連れ、パイパーと合流すると私たちはそのまま北へ。ひさしぶりのサンクチュアリへと向かった。

 あの会談からガ―ビーとはロニー・ショーのことで、結局話をすることなくそのまま本部から出てきてしまった。

 良い事ではないとわかってはいるが、今はどちらと話しても私の言葉に理解を示さないのもわかっている。

 彼らが冷静になってくれればいいのだが――。

 

 ガ―ビーは彼女を高く評価しているようだが、私の見るところかつてのミニッツメンを高くに置いてこちらを見下している気配が透けて見える。

 とはいえ、ガ―ビーにはかつてのミニッツメンも加えるという約束をしている以上、いつかはこのような人物も来るだろうとは覚悟していたが。実際に来たのは実に扱いにくい人物のようで、とても友好的には接することは出来なかった。

 

 ミニッツメンとキャッスルの関係はガ―ビーから聞いていた。

 キャッスル――つまりインディペンデンス砦は、合衆国独立以前から存在する古い要塞だ。

 そう聞くとなにやら重要な拠点に思えるだろうがそんなことはない。

 

 あそこは言ってみれば死んだ土地だ。

 周囲も海水など水辺に囲まれ、空と海になんらかの装備をもっていなければ簡単に閉じ込められてしまう危険な場所なのだ。

 それにボストンの南東に位置するため。北部との間に危険なボストンを挟むことになるのも最悪だ。

 これをなんとか生かそうと考えるなら、バンカーヒルやグッドネイバーを強引にでもミニッツメンで押さえるしかない。

 

 そこまで苦労して手にしたとしても、実際に手に入るものと言えば旧ミニッツメン達の望郷の念を満足させるということだけ。

 だいたいにしてバンカーヒルもグッドネイバーも。今のミニッツメンが手を出せるような居住地ではない。前者はすでにかつてのミニッツメンに裏切られたという思いがあって、独自に生きる道を見つけて今があるし。グッドネイバーはあのハンコック市長の町だ――。

 

 くだらない感情のままで動けば。

 クインシーの虐殺に続く最悪の悪名をミニッツメンは間違いなく新しく連邦からいただくことになるだろう。

 

 しかし本当に困るのは、恐らくこれを説明してもガ―ビーら旧ミニッツメンは決して納得しないだろうという確信があることだ。

 あの有能なガ―ビーですら。心の奥底では「かつての失敗は繰り返さない」という想いが強いだけで、新しいミニッツメンの全てを歓迎しているわけではないのだと思う瞬間がある。

 

 ロニーが口に出して要求してきたキャッスル攻略はその究極だ。

 彼女の言いたいこともわかる。どうせ今なら兵を送れば取り戻せる、その理由を。情報を何か持っているんだろう。

 だがそんな言葉に惑わされてはミニッツメンはこの大事な時期を無駄にし。身動きが取れなくなってしまう。連邦を統一に導くため、南部のガンナーズとの対決になど夢物語になってしまう。

 

 ミニッツメンのためにも私は将軍として幻想を忘れさせねばならない。

 正しく対処するには、本部にとどまって将軍として。旧ミニッツメン達に夢を見ないよう、組織内の政治に集中しなくてはならない。だがそれは当然、ガ―ビーとの対決を引き寄せてしまうことになる。

 だからこそロニーやキャッスルについてガ―ビーと話し合うことに、今はとにかく避けなくてはならない――。

 

 

 そんな私の思考は行動にも表れたようだ。

 あのパイパーですら寡黙にさせ、時間は飛ぶように過ぎていく。

 北上するのは以前と同じく、知り合いのいない山道を通ってサンクチュアリを目指す。

 

 すると草が茂る斜面の向こうに赤いロケットの建物を見えると、今度は別の感情がわいてくる。

 私はまたここに戻ってくることが出来たのだ、と。

 

 

 昼過ぎにレッドロケットのメールマンたちに軽い挨拶を済ませると、そのままサンクチュアリへと入っていく。

 橋を渡りながら見えてくる町からは、賑やかな人の声が聞こえてくる。当然だ、ミニッツメンはここに40人以上の居住者を送り込み、それを許可したのが私なのだ。

 

 大人や子供の声が、失われたあの穏やかな日々を瞼の下によみがえらせてくる――。

 

 だが訪れた人間が感傷的になっても、来たものを迎える側の反応は怯え、であった。

 今のコズワースはセントリーボットよりも危険だし、カールは危険な捕食者に見えるだろう。

 

「これがサンクチュアリ」

「ああ」

「――なんか。その、他とは違うんだね」

 

 パイパーの感想に私は苦笑いで返すしかない。

 かつてなぎ倒されて瓦礫の山となっていた個所は綺麗に片づけられ、そこにお手製とわかる、雑な新しい住居が配置されていた。

 確かに今のミニッツメンではこのような建造物は珍しいだろう――。

 

 それはここの住人達とアキラの問題のせいだ。

 彼は宣言通り、やると言ったこと以上の事の全てを拒否した。彼の感情を苛立たせるんのはすでに住人達だけでなく、町そのものへと向けられているらしく。ここの話題は一切出たことがない。

 

「アキラでしょ、まだ怒ってるの?」

「簡単な話じゃないんだよ、パイパー。許してやれ、怒りはもういいだろう、なんて言ってもアキラは聞かない。

 彼はここをないものと見てる。助けないし、彼からサンクチュアリに助けを求めない。そういうことで決着ついてるらしい」

「なにそれ」

「解きほぐせないほどこじれてしまったんだ。彼だけの問題じゃない、ここの住人達はアキラを悪党だと信じてる。彼の善意に感謝しないし、それは当然だと思ってる。アキラだけが悪いわけじゃないんだ」

「仲裁はあきらめた?」

「ああ、諦めたよ――時間の無駄だからね。他の仕事をやった方がいい」

 

 パイパーは私の違う面を見ている気がするが、私の目的はずっと変わっていない。

 自分が正しいと思う事、ショーンを取り戻すことをやっている。 

 

「嘘だろ、レオじゃないか!」

「――ああ、スタージェス?」

「ハハハ、そうだよ。あんた、どうしてここに?戻ってきたのかい?」

 

 ようやく知り合いに会えた。

 アキラの残した工場を丁度止めてきた帰りだというスタージェスに見つけてもらえてホッとした。

 

 スタージェスと並んで通りを歩くと、ようやく住人達からの警戒の目が消えていくのを肌で感じた。

 

「ここのガレージに用があってね。近くまで来たから、久しぶりに自宅の様子を見に来たんだ」

「ああ、なるほど。それなら安心してくれ。

 約束した通り、あんたの家はちゃんと今も空き家だよ」

「そうか、ありがとう」

「礼はいらないよ。ガ―ビーと共にミニッツメンを復活させてくれたんだ、あんたはここじゃもう英雄さ」

「ガ―ビーに悪いかな」

「彼はそんなことで気にしたりしないさ。そうそう掃除はちゃんとしてる。ベットもあるし、生活用品もそろえてある。使えるよ」

「そこまでしてくれてたのかい?わるいなぁ」

「いや、それが――その、後で今のここの代表から話があると思うけど。たまに客人が来たら使ってもらっているんだ。

 空き家は活用した方がいいって言い張るもんで――」

「……」

「気になるかい?」

「大丈夫、空き家の時に活用したいというなら別に構わない」

 

 できるだけ自然な笑みが浮かぶように努力が必要だった。

 

「それとついでだから忠告しておくよ。代表はここに空き家があることを気にしてるみたいなんだ。

 もしかしたらあんたに家を使わないなら放棄するよう求めてくるかもしれない」

「あそこは私の家だ。ショーンの戻る家、家族の家だ。出る気はないよ」

「ああ、わかってるさ。代表にはそう言って断ればいい。だけど、その――気を悪くしないでほしいんだ。ほら、アキラの時のことがあるからあんたとはそういうのはさけたいんだ」

「――わかったよ。情報をありがとう」

 

 スタージェスとは握手を交わして別れた。

 ついてきていたと思ったパイパーは、私がスタージェスと話し始めるとどこかに立ち去っていったらしい。

 恐らく取材とやらをやっているのだろうから放っておいていいだろう。

 

「家だ。私たちの家、ようやく戻ってこれた。コズワース」

「はい、旦那様。ですがその――少し問題が」

「?」

「今のこの体です。以前と違い、入り口でつっかえてしまい、入れません。どういたしましょう」

「……じゃ、外にいるしかない。カールの小屋も一応外にあるし」

「ワンちゃんはロボットのように掃除は致しません。床を汚すだけです!」

 

 わかったよ、そういいながらもドアのなくなった我が家に入っていった。

 

 掃除をしてくれているというのは本当らしい。壁に空いた穴はそのままだったが、落ち葉やごみはすっかり片付けられている。

 あの日、コズワースが淹れてくれた熱いコーヒーがあった場所には。食器類が綺麗にされて籠の中に納まっていた。

 

――あの日、か。

 

 今もあの騒ぎは鮮明に記憶しているが。時がたったせいだろうか、まだケロッグが生きていた以前よりも冷静に思い返すことが出来る。

 復讐だけが果たされ、それでも何も取り戻せないというむなしさが私をゆっくりと狂わせているようだ――。

 

 今夜はここに、おそらくパイパーも泊まることになる。

 気軽に友人をわが家に200年ぶりに泊めるんだな、などと冗談を言っていたはずだったが。ここに立つと、それがとても苦しいことに気づかされた。

 わずかな希望があっても、私はまだ家族を失ったまま。もうずっとそうなるかもしれないという恐怖。それに上がらうことのできない、自分の無力さ。

 

 庭の方からコズワースの呼ぶ声がした――。

 

「旦那様、よろしいでしょうか?」「なんだいコズワース?」

「あなたと再会したばかりの私は、ひどい状態にありました。毎日をどうして過ごしていいかわからず――」

 

 私は言葉を最後まで聞かず、用件だけ言えと催促する。

 今はコズワースの誠実さ。ロボットとしての忠実さが煩わしかったのだ。

 

「このホロテープを見つけました。戻ってきて思い出したのです、これは奥様が旦那様へのプレゼントにしたいと、サプライズにするのだと。

 旦那様が恐ろしい戦場に戻っても、きっと帰ってくるのだからこれは必要なのだと。それなのにあんな事になってしまって……」

 

 初耳だった。

 これはどこにあった?

 そう問う声はガラガラで、顔から血の気が引いていく。庭に用意していった息子への遊具の中だとコズワースは答えた。

 

 テープをピップボーイに入れて再生する。

 

 流れてきたのは生まれて間もない息子とその母親の声。

 私がまだ愛国者の証として、戦場にすべてをささげていた時だ。

 彼女は病院から幼い息子を連れ帰り。まだ私の無事を祈っていた。あの子の声を聞くだけでそれがわかった。

 

『このメッセージをあなたに残しておきたかったのよ、ハニー』

 

 彼女は私に――200年後の未来に生きる私に語りかけてくれていた。

 

『あなたがどんなにすばらしい父親かっていうことは、言うまでもないと思うけど……』

 

 彼女の優しい言葉とは裏腹に、私の手は震えた。足から力が抜けていく。

 家族を守れなかった男だ。無力な男だ。

 戦場で国を守った英雄と呼ばれたはずなのに、家族のためには何もできなかった――。

 

 彼女の言葉は続いている。

 

『――あなたは仕事に戻って、私は法律の学位をもう一度生かす。それがどんなに大変なことだとしても、ショーンとハニー、それに私。この家族に必要な事だから……色々な変化にも順応できるはず』

 

 最後に彼女は笑いながら息子と未来に生きる私に別れを口にする。テープにはマジックで、「愛する人へ」と書いてあった。

 虚ろな心は震え、私はようやく――ようやく涙を流すことが出来た。

 

 

 妹にどんなに憐れまれたとしても、パイパー・ライトだって女である。

 男女関係の勝負の決め所がいつか。ちゃんとわかっているのだ。

 グレーガーデンからの2人旅(ロボット+犬つき)は夢のような時間だった。ぜんぜんおしゃべりできなかったけど、お互い一体感があった。これは間違いない!

 

 そして今夜は彼の家に招かれている。ひとつ屋根の下でこれから数日暮らす、つまりそういうことだ。

 なのにビビっているわけじゃないのだろうが、レオが町の住人と仲良く話し始めると落ち着かなくなった。で、仕事を先に済ませることにした。復活したミニッツメン。その将軍の自宅のあるサンクチュアリの人々の話。

 

――ああ、あそこの人の事かい

 

 でもあまりいい話が聞けないので、取材は早めに切り上げることにした。

 この町の人々はなぜかガ―ビーへの好意は喜んで口にするが。元Vault居住者達には厳しい目を向けているようだ。

 

 

 レオの自宅を見て、勇気を出して中に入ると人の気配がない。

 すると裏の方でなにか音がした気が――覗いてみると、パイパーはそこでマズいものを見てしまったと思った。

 

 そこにいたのはいつも自分が見ている男の姿はなかった。

 なにかに壊されかけた、無残に鳴き声をあげている彼と彼の家族たちがいた。そして理解する――あれが彼の本当の姿なのだ、と。

 

 

――――――――――

 

 

 もうこれ以上のトラブルは御免だ、はまさしく今の僕の心境そのものであったが。

 残念ながら現実はいつだって厳しい。

 

 ミニッツメンが窮地に陥っている。

 調査部隊が駐留していた居住地をまるで狙いすましていたかのように、アトム教が攻撃してきた。

 確か連邦のアトム教はほとんどが辺境に存在しているという話は、以前に聞いていたからこの攻撃がまさしく明確な計画性のあるものだということは明らかだ。

 

 だけどそれだけならば、僕は特に興味を持つことなく見逃していただろう。

 

 

 訓練室から直接来た男女の人造人間たちは、息を乱して汗だくのまま。沈黙し、以前と違って輝きのましてきている目を僕に向けている。

 これが兵士の目だ。任務を理解しようと集中し、自分が戦場に立って戦いが始まるのを期待している目。

 

 だが、彼らはまだ戦士ではない。

 

――プロジェクト・アンストッパブルの概要について話そう。

 

 僕の言葉に、彼らの視線に普通ではない異様な熱を帯び始めていく。

 

 

 はっきりと断言できるが。今もなおミニッツメンはぜい弱なままだった。

 それは恐らくレオさん自身も気が付いている。この問題は解決できるとあの人はまだ希望を持っているかもしれないが――僕は違う。

 

 ミニッツメンは今が限界なのだ。

 このまま勢力を拡大し続けることは出来るかもしれないが。

 それを成し遂げるために必要な力を彼らは自ら手にすることを認めないだろう。

 

 なぜならそれを手にすればミニッツメンは根底から変化してしまう。彼らの過去から守り続けて来たとかいう理想は形骸化し、それを指摘する糾弾の声には無言の圧力と手にする暴力で封じ込めなくてはいけなくなるから。

 そう、彼らは再び悪名にさらされることを恐れている――。

 

 これまで僕はレオさんらと手を組んで。崩壊したミニッツメンをガ―ビーの手に戻し。それだけではまだ足りないものをメールマンを作ることで、その土台を強化した。

 だが、今度は違う。今回ばかりは違う。

 

 これは新たなミニッツメン。もうひとつのミニッツメン。そして僕だけのチームアップ。

 それこそがアンストッパブル。

 

 グールのケントが流す、あのラジオで誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。

 

『――影の中に身をひそめる。無実なるものを守り、罪人を裁く守護者たち』

 

 それは狂気だ。正気はどこにもない。

 僕はこの世界のどこかでメカニストと自称する何者かががそうしたように。インスティチュートが生み出し、連邦の人々が恐れるこの人造人間たちを別のもの――まさしく新しい怪物に育て上げようとしている。

 

 そのために必要なものは最低限揃っている。

 レールロード、コベナントで散った狂った科学者たちの知識だ。

 

 ここにいる人造人間達は狂人で、怪物で、そしてヒーローだ。

 人々はその働きに称賛と感謝を送るだけではなく、常に不気味さと恐怖も口にできないまま抱えてもらわねばならない。人々は自分たちの守護者たちの影しか追うことが出来ず、ヒーローたちの姿は彼らが想像することでしかできない。

 

 

 僕は兵士たちの目を見ながら話を続ける。

 

――カウンティ―・クロッシングが危険だ。

――理由はわからないが、アトム教の狂信者達が略奪ではなく攻撃を開始してきた。

 

 次に彼らがこれから向かうべき戦場の説明に入る。

 

 狂信者達は居住地に東側――水際を背に陣取り。

 ミニッツメンは居住地と、調査に出たまま戻れないでいる部隊が北側にいて。お互いが合流しようと隙を伺っている。

 

 場所柄、カウンティ―・クロッシングはバンカーヒルと空港の間にあるという特殊性からあまり襲撃されない場所であったせいで、この突然の攻撃への対応はまったく想定されてはいなかった。

 そして恐らくまだこの情報はミニッツメン本部にまで伝わっていないだろう。

 

 ジミーの話では東部の調査隊は引上げさせる準備中であったというし。

 レオさんやガ―ビーは恐らくこの知らせを聞いたら、自分達も含めてすぐにも増援を出したいと考えるだろう。が、それこそが容易ではない。

 ミニッツメンの兵士たちが列をなしてバンカーヒルの周辺を行進する事態となれば、さすがにあのB.O.S.が黙っているかどうか。

 

 だからこそ、だ。

 なにか別のものが必要だ。例えば異形の正義が。

 連邦に出現したシルバーシュラウド。つまりこの僕が、これからの”僕たち”の出番というわけだ。

 

「作戦は3時間を予定。

 ロメオⅠに搭乗し、我々全員で現地に向かう。訓練で学んだことをすればいい。君たちは伏兵だ――作戦が開始されるまで可能な限り相手に接近して待機しろ」

「……」

「僕とエイダが居住地に降下したら、それが行動開始の合図となる。

 ミニッツメンと協力して僕たちで派手に前線を押し上げるから君たちはじっくりと敵の数を減らすことにだけ集中してくれ」

「全員、ですか」

「そうだ……全滅させるぞ」

 

 今日は彼らがヒーローだ。

 影となり、役目を果たせることを証明してもらわねばならない。完璧に。

 

 デリバラーとハンティングライフルを彼らに渡す。

 彼らの役目とは目の前を動く獲物を狩ることだけ。兵士の役目は戦う事じゃない、捕食者となって獲物をどれだけ仕留めるかだけを証明すればいいのだ。そして今ならばこれができるくらいには成長しているはずだ。

 

「今日の君たちは戦う必要はない。君たちはまだ戦士ではないから。

 ただ居ること悟られずに殺すだけ――それ以外は絶対にしてはならない。僕をいきなり失望させないでくれ。

 

 この任務に君たちが不満があるのはわかってる。だがやる気を失わないような贈り物も用意した。きっと気に入るだろう」

 

 机の下に隠していたトランクを取り出して中を開く。

 ぎらつく目の彼らの顔に危険な笑みが自然と浮かぶ。

 

「今夜、君たちが任務を果たすことはこのスーツが求めることだ。受け取れ、そしてすぐに着替えて来い。

 明日の朝には、ミニッツメンを襲う悪夢は終わる――」

 

 彼らはトランクからスーツを取り出す。それぞれの、男女のシルバーシュラウド。

 今夜、死の風がカウンティ―・クロッシングを吹き抜け。アトム教の信者たちは沈黙する。奴らは自分たちが誰に倒されたのか、気が付くことはないだろう。

 

 

――――――――――

 

 

 

 B.O.Sの監視班は交代後もずっとこの騒ぎの見物を続けていた。

 プロであるという自負を持つ彼らに言わせると、民兵もアトム教も。どちらも失笑物のコメディそのものだ。

 

 連邦の市民たちに人気があるという民兵だが、装備も連携も未熟すぎる。

 この数日、なんども外にはじき出されていた部隊が居住地で踏ん張っている味方と合流しようとしていたのだが。そのたびにアトム教に動きを見透かされて、突出しては後退を繰り返していた。

 

「あそこで何やってんですかね、連中」

「おい、笑ってやるな。あれでも彼らなりに戦争のつもりで頑張っているんだろうよ」

「へへへっ、うちのようなロクな指揮官がいないんですかね?」

「そうかもしれないな。どうだ、お前が行って率いてやったら?あっという間にあいつらの将軍とやらになれるかもしれないぞ。俺はそれで構わん」

「あんな弱っちい奴らですよ?キャップを積んで、スカウトされても御免ですって」

 

 キャプテン・ケルズの命令は”戦闘後の居住地の様子”まで見てくることだったが――そもそもそれ以前に戦闘が終わりそうにない。

 このままではこちらの士気にもかかわるので、どこかで何かしらエルダーに進言するべきかもしれない。

 

「とにかくあと2日は頑張ろう」

「マジか――」

「これが命令だ、兵士よ」

「了解です。まだ屋上で見飽きた顔の雑魚寝を頑張ってやります」

「……今夜の見張りの交代を確認しろ。だらけて向こうに気づかれました、なんてエルダーに報告したくはないからな」

 

 部隊の隊員たちはため息をつく。

 パラディンの言葉は正しい。これは任務、やりとげなくてはならないことだ。それがどんなに退屈で馬鹿らしいことであったとしても。

 

 だがら彼らは思わなかった。

 今の連邦には、彼らが思いもよらない悪夢というものが現実に存在しているということに。

 

 

―――――――――

 

 

 地平線に朝日が見えると、僕は草むらに座り込んで動けなくなっているエモノをようやくに見つけ。黙ったまま駆動音を響かせ、刃を振り上げる。怯えた目のエモノに何の感情もわかない。「止めろ」と相手ぁ口を開く前に腕を振り下ろす。

 

 断末魔と血を浴びると、僕はようやく戦うのをやめた。

 リザードマン・モードのエイダがのしのしと足音を立てて近づいてきて僕に報告する。

 

「――全滅を確認しました。戦闘を終了しますか?」

「信者の全滅は間違いないか?」

「はい」

「良かった」

 

 短く答える中。周囲に倒れている死体を見回す。僕とエイダによって八つ裂きにされている死体以外にも、的確に急所を破壊されて倒れている死体があることが確認できて満足を覚える。

 良い滑り出しだ。

 昨夜、シュラウドはここを訪れた。姿も形もだれにも確認されることはなく――。

 

 

 その逆にB.O.S.にとってこの夜はまさしく悪夢そのものだった。

 朝焼けの中、いつの間にか藁のように倒れていった狂信者達がどうして負けたのか。その不可解さにまったく納得できていない。

 

 

 最初は夜中、見張りが慌てて全員をおこしたが。状況には変化がなく、なにごとだとそれぞれが小さな声で不満を口にする。

 だがその見張りは不安そうに言う――急に周りが静かになったのだ、と。

 言われてみればそんな気もするが。寝起きのせいか、まだピンとくるものが誰の頭の中にもなかった。

 

 その時だ。

 突如、居住地の上空からパワーアーマーとロボットが。文字通りいきなりに”降ってきた”のである。

 

 地上に着地すれば轟音が一帯に鳴り響き。離れていてもわかるくらい地面を揺らした。

 場所を無視した、冬地用の真っ白な塗装が施された紫のライトをつけているT-51パワーアーマー。

 そいつは縮こまっていたミニッツメン達に檄を飛ばし。ロボットを従えて勇猛果敢に敵に向かって突っ込んでいってしまう。

 

 乱暴だが、間違った答えではない。

 アトム教が使うガンマ弾は常人の生身に受ければすぐにも致命傷に至る武器だが。パワーアーマーを装着していれば、怪光線に含まれる放射能を簡単には装甲の下まで通すことはない。

 

 だがプロの兵士から見て、そのパワーアーマーの戦い方は明らかに素人のもののように見えた。

 訓練を受けた兵士や殺し屋のものでは絶対になかった。

 

 不格好で、洗練されたものもなく。時に意味があるとは思えないモーションを入って、雑な動きばかり。

 だが――なぜかそれでも、そこでは”強かった”のだ。

 

 プラズマピストルと燃える刀を振り回したパワーアーマーは恐ろしく、冷酷に、躊躇することなく。神を称え、異教徒を滅ぼさんとする信者たちの惨殺を繰り返した。

 見たことのない不気味なロボットもそれに続く。

 

 気が付けば、背中を見せて逃げ出していた奴らも全員が倒れていた――。

 

「隊長……どうも、アトム教。全滅したみたいです」

「――そうか」

「パラディン。俺達、俺達はエルダーになんて報告したらいいんでしょうか?」

「見たままを報告する。それだけだ」

「……」「いや、違うな。まだ任務は終わりじゃない。全員、気を引き締めて観察を続けろ」

 

 部下からは葬式のような返事が戻ってくる。

 わからない――あれはどうやってここにやってきたんだ?あの時、たぶん自分たちはちゃんと目を見開いてそれを確認していた。

 ”なにもない”空中に、いきなり奴らは現れ、地上へと降ってきた。

 そんな方法があるなんて信じられない――B.O.S.にはわからない技術をあの民兵たちはもっているというのか!?

 

 

 カウンティ―・クロッシングへと戻ると。ミニッツメン達はすでに合流を果たし、こちらを不安そうに見ている。

 その中からT-45を複数台従えたリーダーたちがアキラに近づいてきた。

 

「なぁ、アンタらは――」

 

 僕はそこまでだ、というように手のひらで質問をやめるように伝えると逆にこちらから問いかけた。

 

「ここの住人達は?」

「えっ、バンカーヒルだよ。戦闘が始まってすぐに逃がしたんだ、しばらくは安全だからって」

「ならすぐに人を送って彼らをここに戻せ」

「でもっ!まだ安全かどうかわからないんだぞっ」

「だが放っておけば離散してしまうぞ。ミニッツメンはまた居住者たちを見捨てたと言われたいか?ガ―ビーが悲しむ」

 

 言うとすぐにひとりが仲間たちの元へと戻っていく。

 僕の忠告に従って何人かを早速迎えに出すつもりなのだろう。

 

「それとあと2人。ここで起こったことの報告にミニッツメンの本部に送れ。今日中に出ればガ―ビーも無駄足を踏まずに済む」

「わかった。それよりもその、アンタたちには感謝しかないよ」

「周辺の居住地へも――」

「わかってる。すぐに事情を説明させにいかせるよ。アンタの手をこれ以上煩わせたくはない」

 

 さすがレオさんやガ―ビーに選ばれた調査部隊だ。自分たちがすべきことは指示されなくてもちゃんと理解している。

 あとは――。

 

「このロボットを置いていってもいい。しばらく貸すだけだが――どうする?」

「それはありがたいが。いいのかい?」

「警備に加わるように命令しておく。あまりこき使ったりはしないでくれ」

「わかった」

 

 では、そう言って僕とエイダは彼らから離れていく。

 パワーアーマーを着ての戦闘は久しぶりであったが、相変わらずT-51は僕の身体によくなじんだ。

 

「アキラ、私はここに残るのですね?」

「数日だと思うけど頼むよ。建築部隊の予定も組みなおさないと、ここはもう安全ってわけじゃなさそうだ」

「はい……それよりもアキラ。”彼ら”はどうしますか?」

 

 ふむ、とつぶやくが”そのことについて”はまだ考えがまとまらないでいた。

 

 襲撃前、上空をロメオⅠから確認していると、工場の屋上からカウンティ―・クロッシングを監視している一味がいることにエイダが気が付いたのだ。

 パワーアーマーが近くに控えていたことからおそらくB.O.S.だろうと思われたが――どうしたものか。

 

「シュラウドたちを連れてもう少しだけ近づいて見てみよう。

 恐らくこっちに介入はしてこないはずだ。チャンスはあっただろうけど、何もしていないしね」

「はい――アナタも彼らを連れて危険なことは避けてくださいね」

「B.O.S.を相手に?しないよ、大丈夫だ」

 

 言いながら懐からステルスボーイを取り出した。

 

「とにかくエイダ、数日だと思うけどここを頼むよ」「はい」

 

 そこでヘルメット内の外部音声を切り、通信機に囁く。

 

「シュラウド、今どこだ?」

『……建物に接近中。数分で到着します』

「僕も今から向かうので合流しよう。そっちが見つけてくれ」

『了解』

 

 通信を切って音声を戻すと、一転して明るい声でエイダに別れを告げた。

 

「それじゃ行くよ。何かあったら連絡を」

「はい、それではお待ちしております」

 

 僕はステルスボーイのスイッチを押した――。

 

 

――――――――――

 

 

 メカニストの隠れ家、その司令部――。

 

 メカニストがいつになく苛立ち「チクショウ!」と吠えると、ターミナルから離れられない機械たちは不安がってざわめく。

 それがまたメカニストの癇に障るわけで――。

 

 ここ数日、メカニストは安心という言葉の意味を忘れかけている。

 

 メカニストの壮大なる連邦での計画は現在のところ大きな乱れが生じている。

 自分が解き放ったロボットたちは連邦の中で次々に破壊され、狂わされ。あきらかになんらかの余計な混乱を引き起こす原因になってしまっている。

 

 問題はこれがどうやら自分という存在を感知しての”誰かから”の攻撃ではないかと思ってしまうことだ。

 ロボットを的確に攻撃していた存在は明らかに西から東へと移動したはずで、ここしばらくはそれもぱったりと止まっている。

 メカニストはそれが相手が勝手にくたばってくれた、と思えたらいいのだが。「本当は違うかも」と思ってしまうと、恐怖で何も手につかなくなっている――。

 

 

 そこに来て、この騒ぎだ。

 数日前に近くにあったらしい居住地で争いが始まると。なぜかこの隠れ家のある建物の屋上に、あのB.O.S.などと名乗る危険な武装集団の部隊がゴロゴロ寝てなにかをまっているらしいのだ。

 

 それがまた――怖い。 

 

「おいっ」

「……!?」

「私はっ、私はとにかく。そう、とにかく一旦部屋に戻るからな。いいなっ!?」

「……」

「なにか変化があったらすぐに知らせろ」

 

 とにかくこのマスクが息苦しかった。

 自室に駆け足で中へ飛び込むと、一気にメカニストのヘルメットを脱いで。ヘルメットを感情に任せて壁に投げつけてしまう。

 

――カラカラ

 

 乾いた音を聞きながらベットに腰を下ろして横になる。自分の手で素顔を覆っていると、ようやくなにかから逃げられた気がして落ち着いてきた。

 大丈夫だ。まだ大丈夫。私はメカニスト、連邦の守護者となる存在だ。

 

 そうしてメカニストは――いや、イザベル・クルスは再び仮面をかぶろうと立ち上がるのである。




(設定・人物紹介)
・カウンティ―・クロッシング
ミニッツメンに参加する前は、ここを襲うのはスーパーミュータントかレイダーで。
彼らはその時は一目散にバンカーヒルまで逃げていた。

彼らの場所にはまだ人が送り込まれていなかったせいで、施設の開発もほとんど人力に頼っているような状況であった。

・冬期型T-51パワーアーマー
アキラが自身の工房に置いていた、元はレールロードのもの。
さすがにレールロード仕様のママにはしておけず、塗装を変えていた模様。


・デリバラー
キュリーがアキラに返したこのレールロードの高性能ピストル。
恐らく登場するのはこれが最後。

この後、この銃はこの後。しばらくするとサンクチュアリへと送られた。


・メカニスト
遂に登場、エイダの敵。
その正体はイザベル・クルスという若い女性であった。

彼女はアキラのローグスに自分のロボットが破壊されていることになんとなく、気が付いているものの。その正体を探ることはできないまま。恐怖にとりつかれていた。

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