バンカーヒルでアキラたちと別れ、ハンコックとキュリーはそのまま連邦を南下していく。
「なぁ!」
「はい」
「ちょっと予定を変えたい」
ハンコックはそういうと――Vault88のある採石場ではなく、アトムキャッツのガレージへと着地点を変更するよう。アイボット・パイロットに告げる。
予定ではVaultを訪れて戻る前に寄ってくれ、とアキラに言われていたのだが。ハンコックは虫の知らせから、先にそちらに向かうべきだと考えたのである。そして――。
「――戦ってる。何が起こってる?」
「見てください!兵士たちがっ」
ハンコックはベルチバードの横原から共に顔をのぞかせているキュリーの指さすものを見てつぶやく。
ああ、あれはガンナーズだ、と。
自分を連邦で一番のクールな男であると自認しているジークは、どんな状況にあってもその評判を守ることだけを忘れない。
恐ろしいガンナーズがやってきたからって、クールなふるまいは変わらない。俺達に用はない。うるさいから、帰れ!それだけだ。
「行くぞ、キャッツ!いつものように噛みつけ!」
複数のT-60パワーアーマーの駆動音を響かて飛び出しながら、ガレージの中からの援護射撃だけでガンナーズの足はあっさりと止まってしまう。アトムキャッツはクールな奴らばかり、相手が連邦の最低最強であってもこうなるのは当然。
「おいおい、ジーク。あいつらまたロボットを連れてきてるぞ!」
「ははは、ブリキ缶をまた持ってきてくれたのか。よし、ラウディちゃんが使いやすいように綺麗にたたいてやるさ」
ガンナーズは前面に7台からなる警備用プロテクトロン――ただしパーツも武器もばらばらで。足がキャタピラだったりノーマルの2足だったり。笑わせに来ているわけではないのだろうが、細いアサルトロンのものを使っていた。それだけの数の戦闘ロボットを用意できるのは凄い事ではあるが。
こんなの、彼らには何の問題もない。
雄たけびや奇声と共に、アトムキャッツ仕様のパワーアーマーが一列のままロボットたちと交錯する。
彼らが手に持っているハンマーがうなりを上げ、ロボットの形を強引に変形させていく。
「くそっ、出ろ。突出しろ!」
ガンナーズにしたらとんでもないことだった。
パワーアーマーの相手をさせようと用意したロボットは、あっさり距離を潰されてリアルタイムでスクラップにされかかっている。
それでもわずかに抵抗は見せてはいるようだが、T-60の装甲を貫くほどのダメージは難しそうだった。これなら全てスクラップになるとあきらめて自爆装置でも持たせておくべきだったがもう遅い。
――こうなったら数で押しつぶしていくしかない。
連邦最強の戦力を吹聴するガンナーズだからこそわかる。アトムキャッツは所詮は小規模の集団に過ぎない。
ここに大勢が大挙すれば簡単につぶすことが出来る。それは間違いない。
ただ――ガンナーズの内部にある政治がそれを許さない。こんなガレージにいるおかしな連中を、自分たちが本気になって攻撃しなくてはいけないなどと口にすることが出来ない。ビビってる、恐れてる、怯えているなどと言われるのはマズイ。
逆に言えばそれを自分じゃない誰かが言ってくれるならば――多くの現実を知っている奴らが手を上げるはずだ。それは本体が次回に期待したいことだ、今じゃない。
「押しつぶせ!どうせあいつら、数は少ない!」
「おい!――ありゃ、なんだ」
士気を高めつつ突撃を命令した直後の声に、指揮官は舌打ちする。だがそいつの指さす方へーー空を見上げると、ぽかんと口を開けてしまった。
――ベルチバード、B.O.S.が?なんでここに。
地上に近づいてくるそれは地上を強力なライトで地上を照らしつつ、腹のあたりから不安を覚える機械音が聞こえてきた。このライトがなければ彼らは確認することが出来ただろう。銃座についているのが、B.O.S.には決して所属できないグールであるということを。
ハンコックはガトリングの発射ボタンを押しながら誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
「オマエラ、本当にツイてなかったな」
この日、ガンナーズは珍しくアトムキャッツへと送り出した部隊が全滅したことを知った。
だが彼らがどのようにして全滅したかまでは――まったく気にしていなかったので知ることはなかった。
――――――――――
ベルチバードを帰し、ハンコックとキュリーはガレージに近づいていくとさっそくリーダーをはじめとしたキャッツの面々からの歓迎を受けた。
恐ろしく陽気な彼らにハンコックはゲンナリしていたが、話を聞いていたキュリーは驚くばかり。この世界の人々が当然のように持っていた絶望や悲しみ、苦しさなどを一切感じさせない彼らのハッピーさが新鮮で衝撃だったのだ。。
「――よーし、ちょっといいだろ。こっちの話を聞いてくれ」
「ああ、もちろんさ。ハンコック市長」
「そうだ、紹介しよう。この彼女は――」
「市長の新しい彼女?まさか愛の逃避行!?」
キャッツの女性陣から黄色い声が上がるが、ハンコックは無視しようと努める。
「お前達の新しい友人、アキラの彼女。キュリーだ」
「!?ハ、ハンコックしちょー」
「その証拠がホラ、お前たちがアイツに送ったジャケットを彼女が着てるだろ」
「おお!確かに!」
出発前、ハンコックがアキラに何事か耳打ちし。彼が着替えてほしいと言って自分にジーンズとキャッツのデザインが入ったジャケットを貸してくれた理由はこういうことだったか。他人に注目されることに慣れてないキュリーは頭がクラクラしている。
この後、自分はどうなるんだか。
「それは俺達キャッツの新しい友人。ア・キ・ラに送ったものだ!そうか、あんたがあいつの愛しい彼女か!」
「は、はい」
「よし、それでだな。俺達は今日、近くに用事があって。ここに寄った」
「へぇ」
「この辺のガンナーズの最近の様子とか……」
「奴らはついさっき、ちょっとだけ全滅した」
「ああ、ああ。俺達でやったな――それ以外の話を聞かせてもらいたいって意味だ」
「なんだ!世間話がしたいのか!」
こいつら、クールだか何だか知らないが。会話のテンポが全員早い。落ち着きってものがないから、すぐに話を続けないと勝手に次々と割って入ってきて。話の方向性がきりもみさせてしまう。
「そうだ。いや、そうじゃない。それだけじゃないって意味だ」
「そうか」
「もうひとつ、お前たちにお願いというか。奴からの提案もある」
「ひとつ?ふたつじゃないか」
「そうだ。確かにそうだが、アキラからお前たちに提案とお願いがあるってこっちは言いたいんだ。わかるよな?」
「ああ、それならわかる。なんだい、ハンコック市長」
ふぅ、一息つく。
マシンガントークで最後まで通すのがツライ。
「アキラの願いは船が欲しいってのと、前にアイツが来た時にお前らとなんだか楽しそうにやってた――」
「ああ、アイデア!」
「そうだ、それだろうな。パワーアーマーで共同開発してみないかって……」
「そりゃどういう事だ?」
てっきりこれまで同様、「わかった」と勝手に納得してくれると思ったが。ジークらの顔に困惑がある。
説明が必要だ。だがそれを自分がやるのか?無理だ。
ハンコックはキュリーに目で合図を出す。
「えっ?」
(説明。説明してくれコイツらに)
「あっ……あのですね、こういうことです。アキラは新しいパワーアーマーのモジュールのアイデア――」
「おおっ!それを俺達と一緒に作ろうっていう事だな!?そりゃ、クールだ!」
「――そういうことです」
小さな声で同意しつつ、キュリーは手に持ったフォルダの中から図面やリスト、計算式の書かれたそれらをジークに手渡した。
ジークはそれを手近な机の上に次々と並べると、キャッツの全員がそれを取り囲んで覗き見た。
「どうだ?これをどう思う、キャッツ達」
「――この形には見覚えがあるぞ。確かB.O.S.でも使われているジェットパック・モジュールに似てる」
「でも出力は低いみたいだよ?これじゃパワーアーマーは飛び跳ねるだけ」
「ラウディちゃんはどう?」
「そうだね。デュークが半分当たってる気がする。これはジェットパックを改良して、パワーアーマーを水中用にする可能性を探ってるみたい」
ハンコックに肘でつつかれ、キュリーがすかさず声を上げる。
「正解です――アキラは水中、もしくは長時間の潜水可能なパワーアーマーを考えてます。でも、現在の環境では難しくて――」
「なるほどな。海ならここの裏に回ればすぐそこにある」
「よーし、わかったな?それで返事は?」
ハンコックが問うとジークは皆を見て、皆もジークを見た。だが結論がでるまでに長くはかからない。
まずデュークが口を開く。
「船が問題だ。俺達は船を作れない、奴は何でそれを俺達に言うんだ?」
「えっと、それはこういうことです。アキラは船が欲しいけど、アトムキャッツならそれに……クールなことができるんじゃないかって」
「船をクールに?そりゃ確かに俺達にしかできないなっ」
「落ち着けよリーダー、それでも船は無理だ」
そこでよし、わかったとハンコックが言うと
「なら船はこっちで何とかする。それでお前らのところに何とか持ってきたら――」
「わかった。それならいい。俺達でクールにしてやれる」
「提案の方は問題はないと思う。それでどうやってやるんだ?」
「はい――アキラはロボットを持ってます。それで連絡することに――」
「それはあれだな。俺達とやる文通ってやつだな!」
「ぶん?……そう、ですね。それに近い、かもしれません」
「それでいつから?」
「あ――えっと、わたしたちが返事を持って帰ってからになります」
「それはいつ?」
「彼女に最後まで話させてやれ。恐らく――2週間以内だ」
わかった、ジークがそう答えるとハンコックもキュリーもため息をつきたくなる。
だが、まだこれで終わりではないのだ。
「それじゃ――おしゃべりでもするか?イケてない連中について、話をしたいんだろ?」
「ああ……頼む」
お茶にしよう、ジークが声を上げるとキャッツは一斉に動き出した。
ふたり並んで椅子に腰をかけながら、キュリーはハンコックがなぜここを最初に選んだのか――わかってしまった気がした。
――――――――――
深夜、人の気配のないコベナントの扉の前に人影が近づくのをエイダは察知した。
門側の壁の上を目指し、アサルトロンにしてもさらに力強い走りを見せる中。門の警備システムが一斉に作動し、壁の上からライトが門の前を照らし、ターレットが動いて攻撃目標を探して動き出した。
「警告します!ここは現在――」
「ただいま、エイダ」
最後まで言い終わる前に、下からライトをまぶしそうに手で遮って、こちらを見上げているアキラを確認した。
出ていった時と同じように青のビジネススーツ姿で――。
「本当に早く戻ってきましたね」
門を開けてここの主人を迎えると、アキラはネクタイを緩めながら笑みを浮かべ。
「彼のおかげだよ。ジミー、おかげで大きな契約をとりつけられた。運が良かったな」
「そうですか」
「ストックトンの爺さん――今回はなんか面倒だったり、色々あるけど。こっちも身の危険を感じて距離を取るべきかな」
「それでも口ぶりが明るいです。どうやらいいことがあったようですね」
僕はそこでエイダに答えず、いきなり立ち止まってついてくるエイダに振り替えるとじっと”彼女”を見つめた。
「アキラ?」
「エイダ、調子はどうだい?」
「問題はありません」
「新しい体だ――このまま問題がないならいいけど」
僕はエイダとの間に約束がある。連邦をロボットを使って恐怖に陥れているメカニストとの決着。
だがそのためにエイダが望むのは自身の戦闘力の強化。
僕が最初に用意しようとしたのはセントリーボットを越えるセントリー。
コンバット・セントリーと定義しての、甲殻類を思わせる多機能にして万能の破壊力を持つ4脚と、ミサイルにレーザーガトリングを備え。ヌカ・ランチャーを搭載した戦車じみた分厚い装甲だった。
だがこれはエイダ本人の願いもあってコズワースへと譲られ、装備の問題点が浮き彫りとなった。
軍隊を相手にしても負けない高火力にして高機動を実現させることは出来たが、大きな多脚と太い腕をもつ体が大きくなりすぎたせいで建物内の移動が不可能になってしまった。
可哀そうだがこのせいでコズワースはレオさんと一緒にいようとしても、広い空間がないと邪魔になり。搭載された武器があまりに協力に過ぎてやはり近くには置けないというジレンマに陥っている。
そこで僕はエイダやジェゼペルから掘り出したロブコの知識を集め、アサルトロンとしての究極系を目指すことにした。
それが今、目の前にいるエイダだ。
正式名称はアサルトロン・カスタム・リザードマン。
比較対象としてアサルトロンの完成形とされるドミネーターとの違いを見てほしい。
まずは外観。
リザードマンとあるように、女性を思わせるアサルトロンの独特の女性を思わせる優雅な線を帯びたボディはそこにはない。
力強い成人男性を思わせるそれは、パワーアーマーにも使われているテスラコイルを用いた攻性のフルボディアーマー。どこも通常のアサルトロンより分厚いが、駆動音は静かに、動きはさらに良くなっている。
次に特徴として人型にしてはかなり前傾姿勢になっているのは、臀部にふくらみがあるからであり。アキラが使うロボットの第3の腕が尻尾のようにそこに収納され。。その先端には電気が流れるブレードが付いている。
射撃が主体となるエイダは両手にプラズマオートマチックとテスラライフルを搭載させた。
レーザーより取り扱いが難しいが、プラズマ弾の乱れ撃ちは。レーザーガトリングとは違う脅威がある。
テスラライフルは、少し特殊な武器だ。アーク放電によって攻撃するエネルギー武器は攻撃対象の周辺にも影響のある範囲攻撃となっていて、不用意な仕様は許されない。状況によっては使えなくなる可能性もある難しい武器だ。だがその効果は――確かなものだ。
しかしこれについてはコズワースにも搭載されいてる第2の脳。
背中にトランクのようにして背負っているそこにある拡張脳を使うことで、うまく使えるだろうと楽観している。。
最後のカスタム・リザードマンとなって最大の違いが戦闘方法。
アサルトロン・ドミネイターを優雅な暗殺者と例えるなら。カスタム・リザードマンは怒れる俊敏な猛獣である。
ドミネイターの特徴であるステルス装置を排除したことで絶対の隠密性は失ってしまったが、射撃に近接戦闘に隙のない戦士になった。通常は人型としてこれまでと同様に活動するが、戦闘に入ると前傾姿勢となるリザードマンとなる。
戦闘型アサルトロンの代名詞でもある赤く輝くモノアイは、日本の妖怪でしられている鬼。
額にはやした角を人骨のマスクで隠した。
これが僕の独自の技術を多分に投入したカスタム・アサルトロン。約束したエイダの最終形態。
まだ実戦に出ていないので、やはり不安はあるが。エイダは喜んでいるようだ。
このバージョンアップの次にあるのは、僕とエイダとの間に交わされた約束が成就する日が近いことを意味するから――。
「人造人間たちはどうしてる?ちゃんと言われたことをやってた?」
「はい」
「彼らの訓練ルームは?どこまで完成した?」
「すでに終わっています――タフィントン・ボートハウスからの援助が得られましたので難しくはありませんでした」
「それはよかった。朝になったら食料をせびるついでに、お礼を言いに行こう」
「はい」
ただのアサルトロン・カスタム・リザードマンとなって以前よりも体格が良くなった今のエイダは。
僕を後ろをついて、見下ろしながら返事をした。
――――――――――
取り調べた時、穏やかに話したが。どちらも独特の結果に終わった。
片方は自分はついに運命に出会えたのだと、僕を崇めるような熱のこもった眼で見てきた。
片方は自分はあなたに出会いたいと願っていたのだと、自分が偶像を通した僕をどれだけ尊敬してるかを訴えていた。
僕は結局、頭を抱えるだけ。
コベナントの地下にある秘密のエリアは、以前こそ科学者たちの秘密の研究所であったが。
今は僕とキュリーの使う部屋(工房と研究室)、ここと地上に使う発電室以外は場違いな風呂場と装備用の工作室があるだけ。
風呂は客人か僕とキュリーくらいしか使わないし、工作室は資材がないからメールマンへの装備が遅れないと。つまり基本的に今はどっちも停止中というわけだ。
この地下にある空室というのは意外なことにまったくいいことがない。
入り込んできた生物の巣を作られたり、環境がマズいものを発生させてしまったり。そんなことにならないようにと、新しく訓練室を作ることを考えていた。
現在、ミニッツメンで教えているレオさんの訓練メニューはあくまでも新兵製造を目的としたもの。
集団での行動や生活。命令系統の徹底、戦い方やサバイバル知識、情報収集の仕方などに重点を置いている。
レオさんが言うには、ただのレイダーが相手ならこれで十分。
しかしガンナーズのような、傭兵モドキが相手となるとこれだけではまったく足りないというのが正直な感想だそうだ。
そこでレオさんには持っている知識で新たに3段階のトレーニングレベルを用意してもらい。
これをこなせるような高いレベルの兵士を誕生させようとしていた。
だが状況がここに来て少し変わってきている。
人気爆発とはいえ、ミニッツメンの新兵募集で無事に兵士と認められるのは実際かなり少ないというのが実情だ。
そのためガ―ビーなどは旧ミニッツメンの再集結を強く望んでいるようだが、未来の平和のために戦う若い塀より老兵を求めるというのは希望がなさすぎるし。新旧を集めた結果、おかしなパワーバランスが生まれる危険も望むものではない。
そこでメールマンにこの新しいトレーニングを試そうと考えたが。
冷静になって考えると彼らの役目上、戦士であることは求められているわけではないため。すべては必要ないと半分以下のスリムバージョン(?)のトレーニングメニューが導入されたが。
こちらは十二分な結果が出ているといえるため、これ以上を求める必要がなかった。
ということでレオさんの知識やトレーニング部屋、レベルは少し前に不要なものとなる可能性が高かったのだ。
が、遂に僕がそれを必要とするものを手にする。
それこそ――プロジェクト・アンストッパブルだ。
その礎となる人造人間の男女は、それぞれトレーニングルームの中。汗だくになって今は走ることに使われることのないタイヤを必死にカートに重ねて押したり、ロープに結んで引っ張ったりしている。
「今はどこまで来た?」
「彼らのレベルに変化はありません。ですが、恐らくテストをすればミニッツメンとしての活動は可能でしょう」
「新兵は卒業したか。想像以上に早く成長してる」
「レオに教えられたことで理解が深まったようです。動きが変わりました」
レオさんがここを発つ前、目的は告げずに兵士としての訓練するようにお願いして正解だったという事か。
「あなたにこんなことを言っていいかわかりませんが。意外でした」
「エイダ?」
「あの襲撃が成功したのは、用意されていたあなたの防衛システムが切られていたからです。それを可能とするには、システムにアクセスしなくては不可能でした」
「ああ」
「彼らは間違いなく襲撃に加担していました――その事実からあなたが彼らを許す理由はないと、私は思ってました」
そのことか……。
「――人間は、自分が生み出したロボットに名前を与える。人間の子供ではないからと、製造番号を名前代わりにする」
「はい」
「インスティチュートは人間に近い人造人間を作ったのにもかかわらず。その本質をロボットと変わらないと考えて、彼らには製造番号をまず与える。彼らが人間になれるのは、何かの理由で地上に放り出されるときだけだ」
「?」
「僕は一時期、自分自身を人造人間だと思ってた。そのおかげでレールロードを知り、彼らを通してインスティチュートを知った。
結局違ったけれど、知ったことで僕は人造人間に特別な感情を持てるようになった――キュリーの事だ」
「はい」
「許せるのかって言ったら……難しいよ。だって僕は心が広いわけじゃない」
「レールロードが問題ですか?」
「人造人間を許す理由?ないよ、今の僕は彼らの味方かもしれないが、エージェントじゃないんだ。
でもね、理由を持ってもいい事案じゃないかって思ったんだ。根拠はない――いや、あるかな。それは彼らとは関係ない事だけど」
「それはなんですか?」
僕は黙って近くの机まで行き、椅子に座るなり引き出しのひとつを開けた。中には30本近いスティムパックが入って音を立てる。
次に僕は鋭い刃をもつナイフを手にすると、エイダにもわかるように掲げて見せた。
「アキラ?」
「人造人間が持つ人への恐怖を僕は理解できる。なぜなら僕自身、彼らと同じ秘密を抱えているからさ。それは誰にも言えない。
でもそれが僕が怪物である証拠でも、そこから発生するあらゆる謎の答えは得られない」
「なにをするつもりですか?」
「エイダ。皆も思ってたはずさ。僕が何でこんな大量のスティムを抱えているんだろうって。でも疑問の答えは簡単なんだ」
言うと僕はいきなりナイフを逆手に握り、机の上に置いていた反対側の上腕を――左腕を貫かんと突き立てた!
「!?」
「エイダ。僕はね、血が流せない。痛みにも弱いんだ」
「そんなっ、やめてください!」
首を左右に振って拒否の意思を示しつつ、ちゃんと見ていてくれと続ける。
僕の全力で振り下ろした一撃は、それでも腕を貫けないでなにかに止められていた――。
「このナイフならレイダーの首だってバターのように半分まで切り落とせるよ。でも、御覧の通り僕の腕を貫くことは出来ない」
「???」
「原因は骨だよ。ふふふ、笑えるけど。僕の骨は全部アダマンチウムで覆われてるらしいよ」
あれは忘れられない、宇宙船で見せられた僕の身体の”断面図”からわかったこと。
純粋な人間とは呼べないものの中のひとつが、これだ。
「いけませんっ」
「いいや、まだだ。まだあるんだ」
机に流れ落ち達は池を作って、床にも零れ落ち始めている。
体内に入った刃への不快感と苦痛は耐えがたいものだが、悲鳴を上げる元気すら萎えさせてしまう。それでも終わりではない。
僕は集中するとナイフを動かし、踊りだす刃物の先端が鉱物らしいカチカチという音を響かせるのを”感じる”。
傷口から抜くとあふれ出てくる血を無視して、手首のそばに刃を当て。そこから力を込めて一回り……。
「アキラ!!」
「ああ、ひどいね。こりゃ、最悪だ――」
言いながらも僕はゆっくりと”それ”が始まっているのを感じた。
変化はすぐに皮膚に現れた。傷つける左腕に緑の斑紋が浮かびだす。
「っ!?室内の放射能が上昇しています」
「ああ、だろうね」
「これはどういう?」
エイダの問いに答えることは出来ない。
血で汚れた左腕だが、その下に広がっている緑の光の斑紋は徐々に腕にまで登ろうとしている。もういいだろう。
僕は飛び散った僕の血で汚れたスティムの山に手を突っ込むと急いで左腕に打ち込んだ。
はぁぁぁ
さらされた苦痛はいきなり消え去ると、僕は思わず安堵と共に色々なものを吐き出す。
こうやって自分で自分を傷つければこのくらいの我慢は出来るが、戦闘で血を流すとこんなに冷静にはいられない。苦痛の大波が理性を押し流してしまう勢いを見せ、それに攫われまいとスティムに飛びつくしかない。
「今のは?」
「今のもそうだけど、コレもそうなんだ」
言いながら僕はエイダにわかるように、棚からタオルを取り出すとそれで傷口の血をぬぐってみせる。
わかるかい、そういいながらエイダに腕を掲げて見せる。
「――傷口がふさがっています。早いです」
「ああ、とても早いよ。皮膚はもう癒着している。傷口はもうちょっとかかるけど、いつもきれいに消えてしまう」
僕は薬物の効き目がいいらしい、ということはわかっていた。
最初――ファーレンハイトと一緒にいた後。あれほどの薬物を数日間に使ったことでてっきり中毒になっていると思ったが――そんなことはなかった。
その後、僕は薬物を使うようになるが。そのうちひとつの可能性に至った。
僕は薬物の効き目が良いだけでなく、覚めるのも早いという事。
ジェットで約1時間楽しめるようなとき、僕は半分以下で覚めてしまう。そして中毒にはかかったことがない。
何回か、本当か確かめようかとサイコとジェットを100回分用意して――ギリギリでやめた。
直前まではそれは名案のように思えたのに、なぜか気が変わったのだ。だから、本当のところはまだ不明のままだ。
「見ただろ、エイダ。僕は怪物だ。
人造人間じゃないが、人間ってわけでもない」
「――なぜわたしにそれを話したのですか、アキラ?」
「そろそろ僕も進まなきゃならないんだ。僕だけじゃわからない、この体は誰かの助けを借りないと答えは出ない」
「キュリーです。彼女に話すのですね?」
「ああ――でも怖いんだよ。彼女にどうやって話して、理解してもらえるか。僕をまだ受け入れてもらえるか……」
「私がロボットだから話したのですか?」
「ええと、それもあるよ」
「ああ、わかりました。こうやって私に話している映像と記録を、彼女に理解させるために。提出するためにやったんですね」
僕は席に座りなおす。自分の流し達の匂いが不快で、この後これを清掃するのも気分が乗らない。
だが腕の傷はすっかりふさがり。恐らく仲間たちが戻ってくるころには消えている。
「私たちは人造人間たちについて話していたのです。まったく理解に苦しみます」
「ああ、そういえばそうだったね――つまり、つまりは……そういうことだ。
僕は別に彼らを許したわけじゃない。彼らに与えられた”人間としての名前”を奪わせてもらった」
「なるほど。だから彼らはお互いの会話をやりにくそうにしているのですね」
そう、それが僕のしたこと。
人の名前を奪うことで、人造人間に戻した。彼らは今、自分と他人をどう表現していいのかからやり直している。
「アキラ」
「なに?」
「なぜこんな話になったんでしょうか」
「あれ?」
「あなたの悩みはわかりましたが――私が知りたかったことは答えてもらっていません」
「えーと、そうだったね」
「――話したくないのなら。そういえばよかったのですよ」
そういうとエイダは珍しく沈黙してしまった。
なんか――怒らせてしまった気がするが、まさかロボットがね。
とはいえ確かに指摘は痛いものがあった。
「僕は秘密が多すぎるんだな」
ぼそりと呟くが――もう誰も聞いてくれない。
――――――――
前を歩くハンコックが停止しろ、と合図を送ってきたのをみてキュリーは黙って足を止める。
彼が指をさす方向を見ると、汚い服装の上にコンバットアーマーを着て歩いている男たちがいた。
――ガンナーズだ
かつてクインシーと呼ばれた町に今も居座っている部隊らしい。
あれから色々と周辺のレイダーや傭兵を吸収し、さらに人を増やしてきているそうだ。
アトムキャッツは早々に誘いをクールに――彼らの表現で言えば――断ったこともあって、たびたび彼らのガレージに兵士を差し向けていた。
(Vault88は無事でしょうか?)
(恐らくな。あそこは周辺を高い放射能で汚染されてる。なによりガンナーズが自分達では面倒見ないことにした場所だ。
別人の手に渡ったからって、本部のアホ共に知られない限り安心だ)
キュリーにはよくわからない話だったが、このハンコック市長がそういうなら大丈夫なのだろう。
それにアキラはここに自分を送り出す前に心配していたのは、Vault内で今起こっていることについてだった。ガンナーズではない。
クインシー採石所までこのようなガンナーズを何度か見かけたが、ハンコックの言う通り全く警戒してないらしく。
2人が隙を見て通り抜けても全く気付かれることはなかった。
採石場が見えてくると、確認のために放射線測定器のスイッチを入れ、すぐさま切った。いきなりわめきだしただけで十分だ。
「さて、それじゃ手順を確認しようか。どうすればいい?」
「まずは情報です。現在のVault88の状態を把握しないことにはなにもできません」
「俺はどうしたらいい?」
「バーストゥ監督官に面会してください。彼女に私たちが立ち去って以降、なにがあったのかを説明させるのです」
「彼女が嘘をついたら?」
「ハンコック市長であればそれも可能なのかもしれませんが。彼女の説明に特に不備がない限りは、気にしないふりをしてください」
「それは構わないが――いいのか?」
「はい。私はその間にVaultを管理するシステムのメインフレームから直接、記録を取り出しますので。
彼女が嘘をついても、機械に残された記録と照らし合わせれば無駄です」
「彼女が記録を改ざんしているってこともあるんじゃないか?」
「それはあります――ですがアキラが言うには200年以上も地下に閉じ込められていた彼女にそれが出来るとは思えないし。記録を調べればその形跡を見つけることが出来ると思う。とのことです」
以前、ハンコックは監督官の排除が問題の最もシンプルな答えではないかとアキラに提案したことがあったが。
ここに来てしまうと、さすがに考えも変わる。
アイツが2人しか送り出さなかったのも、狂った監督官を刺激させないためだ。
開かれた扉をくぐった先にはすでに住人達が入っている。監督官である以上、彼らを含めた責任は監督官に負ってもらうしかないのだ。
「それじゃ俺は監督官に張り付くが、お嬢さんはどうする?ひとりで大丈夫か?」
「入り口に警備室となる部屋がありますが、アキラがそこにメインフレームなどにつながる端末を用意していました。そこからログを取り出そうと思います」
「よし、もし俺にマズいことが起こったら。その時はひとりでアキラに助けを求めろ。助けようとか、考えなくていい」
「――はい」
石の階段を降りていくと、崩れた壁の向こうに洞穴を見る。
Vault88はこの先だ。
スロッグは今日も平和だった。
ミニッツメンに参加したことで、ここでの生活は大きく変わった。
タールベリーを育てるプールの脇には屋台が並べられ。ここにパトロールで来て、小休止する兵士達やバンカーヒルから取引を求める商人の姿が見られるようになった。
彼らはつるつる肌の人間たちだが、表面上はこちらに礼儀をもって付き合ってくれるのでトラブルはない。
もうこれだけで、代表のワイズマンなど感動して涙ぐみたくなる――こんな日が来るのはどれだけ未来の事なのか。小さな希望でしかなかった情景がそのまま毎日、続いているのだ。
さらに畑も3倍近く広げる計画だ。
スロッグの人口はもうすぐ2倍を越える。全員グールだが、皆がミニッツメンのチェックを受けて。信頼できる人たちばかりだ。
彼らにも仕事が必要で、ここには以前と違って他の居住地から元気な作物を回してもらえる。
ようやくみつけた弱々しい作物を必死に畑で面倒見なくてもいいのだ。
ただ良い事ばかり、とはいかないのも事実だ。
ミニッツメンは居住地の利用を初期にはグールも人も関係なく、としていたが。今はそれはなかったことにされている。
おかげで受け入れてもいいグールたちはグレーガーデンとスロッグに回され。どちらも異常なスピードで住人を増やしており、ここも現状。収容できる数は限界に近い――。
ワイズマンは”あの人”の助言を受け入れ、たびたびミニッツメンやガ―ビーに対して新しいグールの居住地を用意するように意見を出している。恐らくだが”あの人”はグレーガーデンにも同じことを伝えるようで、あちらの代表も同じことを訴えているらしい。
だがまだミニッツメンはまだそれに答えを帰さない……。
(全てがうまくはいかないものだ)
それでもワイズマンは楽観的だった。
そうだ、とんでもない騒ぎが起きる前までは――。
スロッグの一角で鋭い女性の悲鳴が上がり、騒がしくなるとワイズマンは慌ててそこに駆けつける。
警備していたミニッツメンと、休憩していたミニッツメンの両方がぐったりとして動かない同僚を抱えて医者を呼べと叫んでいる。
ワイズマンはとっさに近くの川沿いからまたブラッドバグが侵入してきたのかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。
この日、運がいいことに巡回しているロボットドクターがいてくれた。
倒れたミニッツメンは出血しているわけでもなく、ただぐったりとしているだけなので拾うか何かと思ったが。ロボットの下した診断を聞くと周囲は絶句する。
RAD値950をこえる放射能に被爆していた。
ここまで危険な状態のまま放っておくなどミニッツメンではありえないことだ。
被害者はしばらくすると自分が人々に囲まれていることを知り、何かを必死に訴えだした。
その内容が明らかになるとミニッツメン達の顔色が変わる――カウンティ―・クロッシングにアトム教の攻撃。
兵士はあろうことかガ―ビーが認めた古参兵であったのだ。
執念深く走り続ける彼の後ろを狂信者はぴったりと張り付き続けた。
最初はメッドフォードのある北西を目指していたが、振り切れないとわかって仕方なく北東に進路を変え。なんとかスロッグにまで転がり込んできたのであった。彼は丸一日の間、この人とグールの境界線で必死に走り続けてきたのだ。
ワイズマンはこの問題が非常に危険なものだとすぐに判断した。
事実、目の前のミニッツメン達は救助に向かうかどうか。隊長同士で意見が分かれつつある。
――助けが、必要だ。
この時ばかりはワイズマンも自分がグールであることを感謝しただろう。
恐怖に真っ青になったグールなんて、普通の人間では見分けはつかない。
ワイズマンはまずアーレンとディアドラに頼んで住人達を仕事に戻し、落ち着かせるように頼み。
続いてジョーンズを呼んで隊長たちのところへ行って、自分のふりをして会話に参加してくれと頼んだ。当然だがジョーンズは驚く。
「な、なんで?」
「私のふりをしてくれればいいんだよ。こう言え、スロッグの安全を考えてくれ。ガ―ビーに支持を求めるべきだってな」
「それは構わないが――あんたじゃなくていいのか?」
「彼らはスベスベ肌だぞ?グールの顔なんてわかりゃしないさ。それにこんな時だしな、時間を稼いでくれ」
「そ、そうかな」
「あんたは俺と同じ服を着てるから大丈夫。あとは私になったつもりで、彼らに冷静になれと訴えればいい」
指示を出す――ミニッツメンのパトロールはやはり全体的に若い人が多い。
訓練されているとは言っても、血気盛んで黙っていれば飛び出していってしまうだろう。でもそれではいけない。
だいたいカウンティ―・クロッシングと違い。スロッグとグリーントップはつい最近までアポミネーションの襲撃が繰り返されていた。
ミニッツメンが増援を送るのに、この両方を空っぽにさせてはいけないんだ。
ワイズマンはひとり抜け出すと自分のベットのそば――日がなそこから動かずにふわふわと浮いているだけのアイボットの前に立つ。
「ロボット君。起きているね?君の力が必要なんだ」
「――Pi!」
「よかった……彼に、”あの人”に伝えてくれ。ミニッツメンが大変だ。
カウンティー・クロッシング。そこにアトム信者が攻撃を続けているらしい。これは、とんでもない異常事態だ」
話しながら、自分の心臓が早鐘を打っていたことに気が付いた。
こんな興奮と恐怖、本当に久しぶりだ――だが冷静にならないと連邦で農民は生き残れない。
息を吐いて、大きく吸った。
「助けてほしいんだ。本当に困ってる」
「……受領」
アイボットはその姿に似合わない、男性の低い声でいきなり返答すると。やはりふわふわと、部屋の外へと飛び出していってしまった。
ワイズマンは後を追って飛び出すが、周囲にロボットの影も形も消えている。願いは届くのか、あとは祈るだけだ。
「――すでに世界は壊れてしまっている。それでも、それでも彼なら。”あの人”なら絶対に妥協はしないはずさ」
ずっと空想のものだと思われていた。
でもこの世界には今、シュラウドがいる。彼はラジオと違って仮面をかぶるが――その行いはまさしくヒーロー。
(設定・人物紹介)
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