ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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救いが必要な人がいる。救いを与える人もいる。そして救われない人も。
次回の投稿は来週を予定。


救いのシ者

 わずか数日、それでも家に……妹のいるここに戻ってこれた。

 パイパーにとって妹への安心は常に必要なことだ。今回のように取材に失敗し、危うくどうにかなっていたかもしれない状況から帰ってこれたときは特に。

 

 とはいえこれは心の奥底に隠している部分での事。

 ナットは事情を知らないまま、うその報告を信じてダメな姉に怒りを向けてくる。

 

 あろうことか取材に失敗してしまい手ぶらで戻ってきた姉。

 あろうことか次の新聞の発売延期を強引に決めた編集長である姉。

 あろうことか、だから今度こそちゃんとした記事をかけるだけの取材にすぐに出ていくという姉。

 だが一番情けなくて、妹として心配するのは――。

 あろうことかまたしてもミスターとの関係がまったく進んでいない”らしい”姉のがっかりぶり。美人の価値が疑われるっ。

 

――情けない!

――ちょっと!それが姉に言う言葉?罰として2週間の外出禁止!

 

 なんともこの姉妹らしい再会だったが、おかげでパイパーも”普通”をふるまうことが出来る。

 

 正直に言えば今回はさすがに危なかった。

 取材方法を知っている同業者にハメられ、どういう経緯だかわからないがレイダーの集まるテーマパークとやらに奴隷として売られてしまったのだ。

 アキラを始め、ハンコックやケイトには言いにくい事だがお礼のしようもなかった。下手をすれば自分は今も、訳の分からない状態のまま夢見心地の中で最悪の奴隷としての人生を続けていたかもしれない。

 一流記者としてのプライドは傷つけられ、考えればすぐに恐怖とショックが襲ってくる。ピンチだった。

 

 今は冷静になることは出来るが、それだってキュリーがコベナントを発つときに「自宅に戻れたあたりで回復しているはずです」との診断をもらったからできることだ。

 薬物からの回復からくる反動で言動も行動も不安定ではなかったかと、今なら少し前までの自分の異常を自覚することが出来る。本当にまったくいいところのない、最悪の経験だった――。

 

 でもだからこそ、すぐにも仕事をしなくてはならない。

 ありがたいことにレオにはサンクチュアリと彼の作った新しい組織、メールマンの実態を紹介してくれると言ってくれている。

 幸運だけでなんとか助かった最悪の経験をすぐにも過去のものにするために、力強く前に進めることを自分で証明しなくてはならない。

 弱くてはいけないのだ。自分はこの妹のためにも――。

 

 

 マーケットのセールでまとめ買いしていた10ミリ弾の箱を棚からいくつか取り出しているところに、まだ不機嫌なナットがやってくる。

 もうすぐ寝る時間だ。

 

「銃?」

「ええ、そう。明日の朝、出るからね」

 

 続いてナットは机の上に置かれているパイパーの昔から使っている銃を見る。

 

「これ、パイパーのだよね?昔から使ってる」

「そうだよ。まぁ、一応」

「まだこれを使ってるの?アキラのくれたのじゃダメなの?」

「これ、とか言うな!失礼な」

 

 元は中古で、とりあえず弾を撃つことが出来る程度だったはずのそれは。

 アキラのせいで今はちょっとしたサブマシンガンにされて弾丸の消費が激しくなってしまった。形だってゴテゴテつけられて――便利ではあるけども――大きくなっている。

 

「シーデビル?あれ45口径弾、やっぱあれ高い」

「セール品だし、別に――」

「それでも高いよ。10ミリ弾なら1キャップで箱買いできるけど、中古でも45口径弾だと1発につき4キャップとられる。比べられないよ」

 

 それに銃声や反動、あっちは殺傷力も強すぎる気がする。

 戦士ではなく自分はジャーナリストなのだ。殺す必要は必ずしもない、との思いがある。

 

「あのさ、パイパー。今回は私もついていっていい?」

「ダメ!これは議論の余地なしだからね。学校があるし、だいたいこの家の留守番を――」

 

 振り返ってセリフが止まったのは、そこに自分を見上げてくる妹の目が真剣に心配しているそれだったからだ。

 もしかしたら黙っていてもわかってしまうのかもしれない。心配をかけているのかも、このみっともなくもピンチになっている姉を見て。

 だからこそ安心させたいと思った。

 

「……今回は失敗しちゃってごめん。次号はなんとかするから、お姉ちゃんは大丈夫だよ」

「本当に?なんかあったんじゃないの?」

「大丈夫だって」

「じゃ、なんで話してくれないの?なにも」

 

 ドキリとする。

 不安が、恐怖は振り払えないものがあった。

 自分が意識を茫洋とさせている間、なにがあったのか。それがわからない。

 でもキュリーやケイトに頼んで調べてもらった。体には別にこれといった異変はないし、傷もないと。わかってる、わかっていてもやはり怖い――。

 

「ツイてなかったって、ただそれだけのことよ。何も面白い話はないし。それだけ」

「ふーん」

「次は手堅いし、皆も興味を持ってもらえるはずだから売れ行きもいいはずだよ」

「うん、それもミスターのおかげだよね。お礼したら」

「なによ」

「もうなにかの拍子に飛びついちゃってさ。キスしちゃえばいいんだよ」

「はぁ?」

「こんなの子供でも考えつくよ?」

「ふふん、ナットさんが教えてあげるって?もう、キスも知らないくせによくも――」

 

 すると妹は「ん?」と首をひねった。

 

「あ、そうか。話してなかったよね、アレ」

「なによ?」

「聞いてよパイパー、実はちょっと前なんだけどさぁ」

 

 それはちょっとした妹の武勇伝であり。彼女の衝撃の初キスの告白でもあった。

 学校の帰り道、からかってきた男の子にいきなりキスをされ、泣き叫んで謝るまで許さずになぐってやったというのだ。

 

――ガキ、殺す。

 

 姉は心の中で少年の顔を思い出し、明日の朝。ダイアモンドシティを出る前に会いに行ってその尻を蹴り上げることを決意する。

 そして立派な姉として、おてんばに過ぎる妹に告げなくてはいけないことがあった。

 

「ナット。2週間の外出禁止、これは追加ね」

「ちょっとひどいよ!こっちは被害者なのに!それに前のも併せて1カ月以上も閉じめるとか、虐待だからね!」

「うるさい!これは決定事項」

「横暴だ!横暴だ!」

 

 ライト姉妹は久しぶりに騒がしい夜を過ごしていた。

 

 

――――――――――

 

 

 ガ―ビーはレオが本部にやってきても、いきなりロニーと対面させはしなかった。

 とりあえず帰還兵への慰労、報告書の山。後続の派遣部隊を決め、新たに必要とされる装備の予算を確認する。

 問題は海岸線にそってまだ解放されていない、いくつかの居住地候補地と、東部に送り込む居住者たちの選定にどうやって、いつ入るのかという事。

 

 遠征軍が必要になるし、そこには出来るだけ新兵と古参兵を混ぜながら。死者を出さず、勝利もしなくてはならない。

 そしてこれに成功すればいよいよミニッツメンによる北部掌握は時間の問題となる――だが全てが終わるまでは、気を抜けない。

 特に今は沈黙しているB.O.S.が、これからも黙ったままでいるかどうか。

 エルダー・マクソンがどう考えているのか――レオもガ―ビーもそれを気にしているが、簡単には触れることはない。

 

 

 だが良いこともある。

 ロニーが来てくれた。これは良い材料だ。

 彼女は以前のミニッツメンでもしっかりとした人で知られていたし、ふがいなくまとまり切れない幹部たちを罵り。立ち去る彼女を見習って離れていったミニッツメン達の情報を持っているらしい。

 

 新しいものと古いものの融合、それはミニッツメンを再び立ち上がる時に将軍やアキラとも合意したことだ。

 連邦の半分を手にしての人員不足の心配は、彼女のおかげで一気に解決される。将軍も喜んでくれるはずだと思った。

 

「……ところで将軍、ちょっといいかな?」「ん?」

「会ってもらいたい人がいる。今朝、ここにいきなり現れたんだけど――」「へぇ」

「恐らく我々に。ミニッツメンにとっていい事だと思う。是非」「わかった、会うよ」「よかった、本当に良かった」

 

 

 静かな笑みを浮かべての面会は、時間がたつごとに徐々に危険な沈黙へと変化していく。

 熱くなるはずの血は、氷点下にまで下がって凍り付きそうだ。

 

 始まりはロニーによる柔らかな現状のミニッツメンへの批判から始まった。

 彼女なりの、ちょっとしたエールのようなものだった。ガ―ビー自身はそう解釈している。「今のやり方は好きじゃない」ロニーは言った、確かに以前とは大きく違うところだし、昔のやり方を知っていると違和感があるかもしれない。

 

 だがレオはそれを聞くなり顔色を変えた。

 微妙な違いであったが、ガ―ビーにはわかった。

 

 レオは――将軍は容赦しなかった。

 ロニーが口にする古き時代の思い出を、ただの思い込みと断じ。彼女が知っているかつて仲間たちを「仲間を見捨てた日和見たち」と侮辱し、「ここに来て新兵に交じってやれるかどうか、理解できるといいが」と笑った。

 

 互いの苛立ちをガ―ビーはどうすることも出来ない。

 

「……どうやら将軍様だなんだとちやほやされて、勘違いしているようだね」

「勘違いはあなたの方だ。私は支持され、請われて将軍となった。ガ―ビーに聞いたらいい」

「あたしは認めちゃいないよ。付け加えると、認める気にもなってない」

「別に構わない。あなたの支持は必要ない。そもそもまだ、アナタは私のミニッツメンではないのだから」

「――その言葉の重み、わかってて言ってるんだろうね!?」

「自称ミニッツメンはあちこちで出没しているらしいと聞いてる。そうだ、ガ―ビー。我々も先日、そういうのに会ったな」

 

 このままではいけない、その思いでガ―ビーはなんとか仲裁に入ろうとする。

 

「頼む、将軍、ロニー。お互いに冷静になってほしい。

 そもそもこの新しいミニッツメンは、かつてのやりかたも受け継ぐということになってたはずだ。過去には恥ずべき事件もあったが、人々に称賛された栄光だってあった。

 将軍、彼女こそ。ロニー・ショーこそかつてのミニッツメンの良い部分の象徴だ。彼女なら俺は安心できる、彼女が連れてくる人なら信用できる。ミニッツメンに迎えられる。

 

 ロニー、将軍こそ我々の失ったものだ。彼の勇気、人柄、能力。どれも抜きんでた人物だ。

 彼が居なければこのミニッツメンはここまでなかった。彼の力は必要だった。それはこれからも変わらない――」

 

 祈るような気持ちだった。

 

「――別にケチをつけたくてこっちも出てきたわけじゃないさ。

 それでも、どうしても我慢できないことがあるのも事実だよ。だからまず、そこから話し合わないかい?」

「わかった」

「よし……頭じゃわかっちゃいるんだよ、前のバカな連中のやってたのに比べたら。ここは間違いなくミニッツメンだってことはね。

 でもひとつだけ、どうしても我慢できないことがあるんだ。それをやってくれるなら――なにも文句はない」

「なんです、ロニー」

「キャッスルさ。ミニッツメンならあそこに帰らなきゃならない」

「――!?」

「キャッスルの奪還作戦。力を貸す代わりに、これだけは確実に約束してもらう」

「キャッスル――ミニッツメンの象徴」

「今はちょうど、一仕事やってて、仕上げてるところだろ?わかってるよ、慌てちゃいない。

 でもやってもらわなきゃならない。だってそれがミニッツメンの――」

 

 爆弾が落ちてきた。

 

「約束はない。残念だ、ミズ・ロニー」

 

 将軍は――レオは無常にも再び装甲を身にまとった。

 

 再び激怒するロニーによる罵声の嵐が始まり、本部にいたミニッツメンは何事かと耳をすませた――。

 夢にまで見た栄光の未来に、暗い影が落ちる。

 

 

 ガ―ビーは呆然とするしかなかった。

 用意された空っぽの2人分のカップを前に、何もできなかった無力をかみしめなくてはならなかった。

 大失敗だった。

 これまでがほとんど全て、成功が続いたから忘れていたのかもしれない。悪い事はいつでも最悪の形でやってくる。礼儀を知らず、こちらの都合も考えず。

 

 

――――――――――

 

 

 現在、カウンティ―・クロッシングにミニッツメンの精鋭部隊は留まっている。

 以前はスロッグとよばれるグールの町にいたが、やはりグールとの共同生活は色々と難しいものがあった。

 

 その点、ここならば敷地は広いが人はわずか。そのうえバンカーヒルにB.O.S.が留まる空港も近いとあって、平和だ。送り込まれた兵士達もこっちにうつってきて喜んでいる。

 まぁ、本部はあまり良い事には考えていないようだが――。

 

 本日の予定は海岸線にある下水道を2つの部隊が調査。ひとつはここの警備を担当し、ひとつはパトロールに参加。最後にのこった部隊は休日ということになっている。

 ボブは隊長としてここの警備を担当することになっていたが、部下に命じて自分はテントの中で新しい報告書の追加分を用意していた。

 すると昼間からビールを片手にした休暇組の隊長がテントの中にやってきた。

 

「お、どこで警備班の隊長の姿がなくてさぼっているなと思ったら。ここに隠れてたか」

「――俺はせっせと鉛筆を手に楽しんでるところだ。邪魔はするな、出てけー」

「変わったアイテムで遊んでるな……報告書か?皆でまとめたのは帰還した連中が持っていったろ?」

「こいつは補足分。本部の連中にここらを歩くなら大勢連れてこいって教えてやらないとな」

「まぁな。でもその大掃除には俺達は参加しなくていいってのは、ガッカリもするが。喜ぶべきなんだろうな」

 

 調査には危険を避け、人命を尊重し、被害を抑えろなどのガ―ビーからの無茶な注文だったが。それなりにうまくやってきたと思う。

 物資の不足は多少の事ならどうにかやりくりできるが。失った人間の変わりはなかなかに難しいのだ。

 

 噂では新兵希望者たちは今も受付に続々と集まっているのは変わらないが。試験を経て、訓練生になっても。たった数週間の団体生活と行動ができずに脱落するものが後を絶たないのは変わらないらしい。欲しい人は少なく、来たとしても使えるまでに数週間。こちらに送るならさらに戦闘経験も複数回はこなしておかなくては使い物にはならない。

 ガ―ビーやレオが頭を悩ませているわけである。

 

「遠征軍を用意するつもりなのか、ガ―ビーは?」

「そりゃそうだ。俺たち自身もそれを提案したしな」

「数は?」

「うちは結成時から小隊が基本だったが、こっちはそうはいかないだろ。100人以上は欲しい」

「そうなると空港の連中もどう反応するか――あとは本部次第か」

「まぁな」

「――俺達の帰還はいつになると思う?」

「来週の頭くらいまでに、後続部隊がここにやってくることになってる。恐らく任務の正式な終了と帰還命令はそいつらが持ってくる」

「だからいつだよ」

「週末かもな。それで休暇だ、満足したか?」

「戦闘を避け、命がけの調査はしなかったが苦労ばっかりだった。それも終わるのか、悪くないよな?」

「まだ終わってない。俺達がそれまで生きていられたらな」

「なんだよ、やけに悲観的だな。家でおまえを待ってくれる奴がいないのか?」

「弟と妹の家族たちがいる。お前と違ってな」

「うわ、ひでぇ」

「そうだな。お前が今度の休み、薬に酒、女で失敗しても俺を様子を見に行ったりはしないぞ。あいつらのガキどもに釣りを教えてやる約束をしてるんだ」

 

 テントの壁際には、調査の最中に回収した釣り竿が何振りかまとまって壁にかけられている。

 なるほどあれはそういうことか。

 

「あれは土産だったのか。俺はてっきりバンカーヒルのゴミ拾いに売り飛ばすのかと思ってた」

「遊んでやれないオジサンと思われたくないんだよ。あれに触った奴は、即決裁判で銃殺にするって警告してる。お前も、お前のところの奴も触るなよ」

「怖いね……」

 

 ぐびり、と喉を鳴らしてビールを飲むとさすがに仕事している方は険しい視線で睨みつけた。

 

「お前、もうどこかにいけよ。今日は休暇だろ?」

「そうなんだけどな。今日だけだから、バンカーヒルには行けないし。このあたりじゃ遊べる場所もない。

 だから俺も部下たちに、今日という日を頑張ってお仕事しているヒーローたちの隣でビールを飲んでやれと命令した。お前の部下もみんな、今頃イラついてるはずさ」

「チッチッ、なんて奴だ。お前は悪魔だな、士気が下がったらどうする」

「へへ、帰還まで休日のない唯一の部隊さん達。ご愁傷さまでぇすぅ」

 

 まぁ、これは半分は事実で。半分は冗談だ。

 実際の話、今のミニッツメンはメッドフォードの町から東には十分に目を光らせることは出来ないでいる。

 以前、ガ―ビーがここに電撃的に訪れたことがあったが。思うに彼や将軍があと何回かこちらに足を運んでくれない事には、落ち着いたとは言えないだろう。西に比べるとレイダーやスーパーミュータントなどの危険度は倍は違うことを実感する。

 

 その後も2人の隊長はグダグダとおしゃべりしながら、それぞれが好きにやっていたが。

 両者の口がある瞬間からいきなり閉じられた。

 

 静寂――でもそのなかには小さな雑多な音が響いていて、それを聞き分けようとする。

 

 悲鳴や騒ぎはなかったが。直前に一発。レーザーマスケットからの発射音が聞こえた気がした。

 お互い、耳に全力で集中し。行動もぴたりと止まっている。

 次に何か聞こえたらここから飛び出していくつもりなのだ。

 

「……警告か?もしくは馬鹿が遊びか?」

「シッ!――撃ったのになんの騒ぎもない、どうしてだ?」

 

 たがいに疑問を口にすると、それを待っていたかのように遠くで確かに誰かが叫ぶのを今度ははっきりと聞いた。

 

――襲撃だ!

 

 敵だ!ミニッツメンは帽子とマスケットに手を伸ばす。

 テントから飛び出す2人の隊長の目に飛び込んできた敵の姿は――チャイルド・オブ・アトム。

 

「異教徒たちよ!我らの手でその血を流せ!」

「アトムの輝きに満たされよ!」

 

 2人は瞬時に叫ぶ。

「ミニッツメン!反撃せよ」と。

 

 

――――――――――

 

 

 アトム信者たちによる攻撃は計画されたものだった。

 同時刻、チャールズ川沿いの地下道を探っていた2つの部隊もまた交戦状態にあったが。こちらは居住地とは違った展開を見せていた。

 

 排水口を覗きながら広がる川を背にしていると。

 隊員の一人が唐突に視線があるのを気にしだし、なんの根拠もなく水の流れの中に目をやって――違和感を確実にした。

 すぐにマスケットのスコープで確認すると。なんとこちらにむかって泳いでくる集団がいたのだ。

 

 すぐさま迎撃態勢と襲撃を知らせるフレアが上空に向けて発射され。

 これによって同じようなことをしていた近くの部隊も水の中から迫ってくる存在に気が付くことが出来た。

 

 

 カウンティ―・クロッシングの見張り台からもこの信号には気が付いてはいた。だがその正体が、まさか海から川へとさかのぼって泳いできているとは思わず。また部隊とは距離が離れているとの思いが指揮官への連絡を遅らせ――敵の不意打ちを許してしまったのだ。

 

 戦場と化した居住地はあっというまに叫び声に悲鳴、レーザーとガンマ弾が飛び交う地獄と化した。

 

「住人は逃げろ!逃がしてやれ!ミニッツメン、反撃だ!」

 

 レイダー、ガンナー、アポミネーションへの恐怖にはもう慣れた、そんな軽口をたたくここにいるミニッツメン達も。

 相手がアトム教の信者となると、背筋に冷たいものが流れる。壊れた世界の中で誕生したアトム教は信者以外を全て異教徒と呼び、その狂信的な信者たちは容赦をしないことで知られている。

 

 仮にも宗教なので信者には集団へ帰依することを求められ、共に教義に従って平和に暮らすこともあったが。

 その理論は全部に統一されているわけではなく。何かのひょうしに攻撃的な集団となると、狂信的十字軍と変貌し、あらゆる敵に向かって攻撃を続ける。

 

 その時彼らはガンマ銃、で知られる奇妙な武器を手にして戦うが。

 そもそもガンマ銃なるものは本当に武器なのか?と問えば、銃マニアのあいだでは議論が巻き起こるくらいトンでもない代物だった。

 トリガーを引くとそれは強力なガンマ線を含んだ怪光線を発射するのだが。これは命中率は良くないし、そもそも攻撃するごとに外に処理しきれなかったガンマ線が漏れ出してしまって使用者自身も被爆してしまう欠陥がある。

 

 だがそもそもアトム信者は放射能を崇めている。

 つまりガンマ銃で被ばくすることは、彼らにとっては喜びということで解釈されるらしい。

 

 

 襲撃が始まると、畑のそばにあった見張り台からミニッツメン達が「逃げろ、逃げろ!」と叫びながら反撃を始め。

 親子で畑仕事をしていた母親は、そこでようやく子供を抱きかかえて一目散に走りだす。

 だがすでに心の中は絶望が襲っていた。

 

 何人かの男たちは農具を手に畑の中にしゃがみこんで戦う様子を見せているが。

 後ろから聞こえるアトムを賛美する言葉の数々が、彼らが生き残るチャンスはほとんどないことを伝えている。

 さらに親子が立っていた位置は、襲撃者側に近かった。

 

 すでに命中精度の悪いガンマ弾の怪光線が走っている親子のそばを通り過ぎているのは、この背中が狙われている証拠である。

 抱きかかえている息子は大泣きだ。自分は必死に走りながら「黙って、静かにして。大丈夫」と声をかけるしかできない。

 

 どこかで「ダメだ!」という男の悲鳴が上がると、母親は自分の背中に違和感を感じながら――わずかに宙を飛んでそのまま前のめりに倒れ込んだ。

 

 やはり逃れきれなかったのだ。

 複数の信者から放たれたガンマ弾は、重なるようにして母親の背中に着弾してしまった。

 

 抱かれていた子供は突然、母が飛び上がるとそのままの勢いで倒れ込んできて――石が転がる砂利の上に母親の体重ごとたたきつけられ、擦りむき、出血して目を白黒させ。なんどか魚のように口をパクパクさせたのは呼吸が出きなかったからだが。それが終わると再び、今度は恐怖だけではなく。苦痛によって鳴き声を一層張り上げた。

 

「ご、ごめんね。今……」

 

 複数のガンマ弾が直撃したことですでに生命の危険にさらされるほど被ばくしてしまった母親は意識を飛ばしかけていたが。

 子供の苦痛に反応して立ち上がろうと――慌てて息子の上からどこうと無意識のうちに地面に両手をついて立ち上がろうとしてしまう。

 

――アトムの輝きに焼かれるがいい!

 

 異教徒に向ける狂信者の祝福の声が、親子の繋がりを引きちぎる。

 弱っている母親の背にさらに新しい怪光線が炸裂すると、母親の意思は関係なく彼女は体を不自然なほど跳ね上がらせてからまたもや息子を自分の体で押しつぶしてしまった。

 母親は絶命した。

 

「ひとりやった。ひとりやったぞ」

 

 目は血走り、狂信者にふさわしい歓喜の声を繰り返しながら銃に新しいガンマ弾を補充する。

 まだ異教徒は残ってる。死んだ女の下に、すぐそこに!

 だが彼の喜びはそこまでだった――「このクズ野郎!」の叫びと共に横から走り込んできたミニッツメンの女兵士は。レーザーマスケットのストックでもって教信者の横面から殴り倒し。そのまま両目を狙って数回を振り下ろした。

 

「目が、俺の目ぇ!」

 

 兵士は足元でのたうつクズは踏みつけるだけで放置し。マスケットに充電されたエネルギーを続いて近づいてくる次の信者に撃ち放つ。

 レーザーと怪光線が交じり合う。

 

 兵士は膝をついた。直撃だった。

 RAD値が跳ね上がったが、それだけだ。

 だが信者はそうはいかない。相手は走りながら、最後の祈りの言葉を口にすることなく肉体が崩壊して灰となっていった。

 

 ガンマ銃を武器と呼びたくない連中の理由として一番にあげられる欠点がこれだ。被爆させるためだけの武器は、放射能に強いアポミネーションにはまるで効果がない上。さらに命中率が悪い事が分かっているのに、敵には必ず数発当てなくて殺せないのだ。

 

 女兵士は力強く、すぐに立ち上がると。もう動くことはない死体の下から子供を強引に引きずり出し、うめき声をあげるその子を抱えて自分も走り出した。

 ガ―ビーは言った。すべてを助けることは出来ない、だがミニッツメンならその時迷う事だけはするな。

 

 兵士はそのまま後退していく。母親がきっとそうしたかったように。

 だがその耳元ではその場に置いて、離れていく母の体を求めて泣き続ける子供の声が。もう忘れることのできない記憶として、彼女の心に刻み込まれるのだろう。

 

 

 

 警備班の隊長はひとり、突出しようとしている。

 別れた休暇班は後方で装備を整え、再出撃する手はずになっていた。

 自分はこのまま部下たちと合流しつつ、襲撃者の足止めをするつもりだった――だが、その考えは甘すぎた。

 

 狂信者たちはすでに居住地の半分にまで侵入しようとしていた。

 つまり畑に残っていた男たちや見張り台にいた部下はダメだった、そういうことになる。

 

 中に人の気配のある家に飛び込むと、逃げ遅れたらしい家族と一緒に2人の部下がいた。エネルギーを充填させたマスケットを向けられたが、撃たれなかったのは幸いだった。

 

「お前たち!?他には?」

「もう俺達だけです。見張り台のあいつら――やられるのを見ました。残ってるのもこの家族だけです」

 

 今日に限って体調が良くなくて両親が家で横になっていて、子供がひとりで面倒見ていたらしい。

 

「よし、一旦後退するぞ」

「ここをあいつらに渡すんですか!?」

「渡すわけがないだろう!!……渡さない、後ろで反撃の準備をしてる。俺達でその人たちを逃がして、そこから反撃だ」

『了解』

 

――アトムの光にひれ伏せ。アトムの輝きにこの身を焼け。

 

 クソが家の周りで合唱を始めている。

 グズグズはしていられない。

 

「狂人共がっ」

 

 残念だが警備班はすでに半壊してしまった。

 それでも諦めるわけにはいかない。この3人で一家と共に脱出する。

 誰ひとりとして欠けることなく、そこまで行けば――反撃のチャンスだってあるだろう。

 

「よし、切り開くぞ。準備はいいな?」

 

 一家を中央に3人で囲み、自分は先頭に立つ。

 ミニッツメンは力なき弱い者を守るためにいる――この戦いこそ我らの栄光。

 

「突撃!」

 

 決意の塊となって扉を押し開けると、そこには怪光線の波が襲ってきて――。

 

 

 

 パラディンは部隊と共に建物の屋上に上がり、カウンティ―・クロッシングの混乱を双眼鏡から見つめていた。

 スクライブが近づいてくる。

 

「パラディン、連絡できます」

「よし――こちらゲイマン。バンカーヒルへ向かう途中、居住地が襲撃されるのを確認」

『座標を送れ。それで、なんだ?』

「同行する工作官から、キャンペーンの一環として救助の要請を受けましたので。判断を願います」

『……すでに攻撃は始まっているんだろう?』

「はい、現在は地元の民兵が対処にあたっています。あまり、うまくはいってないようですが」

 

 双眼鏡を左にずらすと、逃げてきた住人達と共に。ミニッツメンのデザインが施された2台のT-45パワーアーマーを起動させているもうひとつの民兵の集団を確認する。

 恐らくこれからあれを使って襲撃者たちを押し戻すつもりなのだろう。

 

『民兵?例の連中のことだな』

「はい、どうしますか?」

『お前たちはその場で待機。そのまま全てを”観察”しろ』

「観察、ですか。救助はナシ?」

『そうだ。今から代わりの部隊をそちらに送る、交代したらお前たちは元の任務に戻れ』

「了解――あの、キャプテン・ケルズ。なぜ救助ではなく観察なのでしょう?」

『なんだ、不服か?』

「いえ、観察の意図するところが不明でしたので――」

 

 命令に異存はない。

 ミニッツメンとかいう民兵にはこれまでも随分と気を使ってやっているのだから、あいつらの仕事を手伝わくてもいいということは良い事だと思う。

 だが、なぜ観察?

 

『エルダーは地元の武装組織に興味を持っておられる。彼の判断材料として、貴様たちが見ているものがサンプルのひとつとなるだろう。そういうことだ』

「了解。これより事態の推移を観察します」

『交代まで頼むぞ、アド・ヴィクトリアム。パラディン』

 

 通話機をスクライブに渡すと部下に正式に命令を下す。

 

「よしお前たち、ここで休憩だ。ただし目と耳は騒ぎの方に向けておけ。戻った時に報告書に必要なものだ」

「やれやれ、ここで休憩かよ。まだプリドゥエンから出てきたばかりだぜ」「本気ですかパラディン。あっちの様子を見ると俺達プロの出番じゃないんですか?」

「それはない。判断は下された。俺達は今からショーの観客だ。つまりはそういうことだ」

 

 戦いがないとわかると部隊の中に弛緩した空気が流れた。

 悪い奴がいて、覚えていられるようにあいつらの勝敗で賭けをやろうなどと不謹慎な事を言いだしてる。

 

「パラディン――」

「スクライブ、お前も館長の言葉は聞こえたはずだ。我々は見るだけだ、介入はしない」

「ですが」

「言いたいことはわかるが、命令は下された。君も納得するべきだ」

「……」

 

 B.O.S.にはルールがある。

 厳格で、時に非情な命令が下される。だが、それは必要だと判断されたからに過ぎない。

 目の前の悲劇だけで未来を見る目を曇らせてはいけない。なぜなら自分たちが強くあるのは、そこに新世界を築く守護者である必要があるから。

 

 それでも――人間の心は弱い。そして脆すぎる。

 自分たちの力があればなにかを助けられると思ってしまうと、欲が出る。

 だからこそパラディンはスクライブに背中を向ける。バカ騒ぎにあえて加わることで、弱い心を捨ててしまえと思い知らせる。

 

「……お前たち、賭けはどうなってる?おれはアトム教にひとくちいれようか」

「ヒュー、パラディン。そりゃ最悪だ」「B.O.S.に許されないことでしょうよ」

「ほら、さっさと締めきれよ。お前たちが私をひとり勝ちさせてくれるのだろう、とても楽しみだ」

 

 言いながらパラディンは目の端に固まって逃げていた一家が次々と倒れていくのを見ていた。

 

「お、オンボロのパワーアーマーが出てくるぞ。いいぞ、やってやれ!」

(これが最後だな――)

 

 恐らく戦闘はもうすぐ決着がつくだろう。それでもケルズが交代をよこしたということは、彼らがどのように復興しようとするのかも見ておきたいという事だろう。

 

――民兵と戦うこともあるかもしれない、そういうことか。

 

 パラディンはそんな風に考えていた。




(設定・人物紹介)
・カウンティ―・クロッシング
スロッグに続いてミニッツメンに参加していた。
持て余された他の居住地から回されたグールが入ってくるスロッグと違い。ここはまだ数名しかいない、本当に小さな居住地だったせいで防衛力が整っていなかった。

また調査部隊がここに駐留していたせいで、兵士だらけにならないようにとパトロールもここを離れていた。まさに最悪のタイミングでの襲撃だった。

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