ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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暗喩 (Akira)

 ストックトンは娘の「ドレス、あってる?」の問いに笑顔で良く似合っていると答える。

 今日は客人を迎えての夕食を特別な場所で予定していた。このような席は――親子でもてなすのは本当に久しぶりだ。それに新しく用意させたドレスにアメリアも喜んでくれている。

 

 柄にもなく今日のストックトンは緊張していた。

 

 アキラが自分の前にやってくることは、コベナントへの襲撃からある程度予想はしていた。

 てっきり自分に資金の提供を求めてくるかもしれないと――それをどう断ろうかを考えていたが。彼にはそんな必要はなかった。

 若いミニッツメンを連れ、彼が財布の代わりになったからだと言ったのだ。

 

 そうなるとストックトンが出来る事はいつもと変わらなくなってしまう。

 だが大商人たるもの、こういう時こそ強く頼られることで弱みを握り――状況を自分に少しでも有利にしたいと思うものだ。挽回が必要だった。

 

 

 その頃――。

 マクレディはようやくのこと自分たちがバンカーヒルの入り口に到着したとわかると、後ろに目を向ける。ついてくるのはブツブツとまだ不満を口にしてノロノロやっているケイト。立場的には同業者で、同僚で、だがまだ相棒とはとても呼べない。とりあえず友人にはしておいてやってもいいとは思う女だ。

 

「おい、なにやってる?早くこっち来いよ」

「……ケッ」

「まだ何か文句言ってるな。お前がそんな調子だから、降りるとすぐにアキラの奴は俺達を置いて先に行っちまったんだぞ」

「あたしのせいだっていうの?」

「他に何があるんだよ」

 

 両手を広げて呆れて見せる。

 なんて面倒な女なんだ――ハンコックならこんなのでも問題ないのだろうが。自分は違う。

 こういう女は嫌というほど知っている。暴力の匂いをまとい、殺し屋であるくせに。まるで自分を普通の弱い女のように扱わないとあらゆることに不満を持って男に縋ってくる。

 詐欺だ。

 嘘の匂いだ、到底好きにはなれない。

 

「ここ?バンカーヒル?」

「ああ。その先の門の中がそうだ。なんだ知らないのか」

「聞いたことがあるってだけ。そう、これがバンカーヒル。ここじゃ何でももらえるらしい。まずはなにかうまいモノでも探そうよ」

「……ダメだ、お前は。俺達は人を探して、そいつを連れ帰るんだ。アキラが、俺達のボスがそう言ってただろ。そいつをまず探す、飯はその後だ」

「クソ、真面目かよ」

「聞こえてるぞ!小さな声でやれ!」

 

 まったくこっちを苛立たせる奴だ。

 だいたい護衛が雇い主に嫌がられて先行されるなんて、笑い話もいいところなのに。こいつはそれすら理解していないように見える。願わくば、せめて自分にまかされた任務の内容くらいは理解しておいてもらわないと。さすがにこっちも限界がすぐにも来てしまいそうだ。

 

 

――――――――――

 

 

 店の奥から店主が戻ってきた。

 もったいぶっているのが丸わかりだが、気にしない。

 

「――ふん、リストは確認したよ。やっぱりいくつか足りないみたいだ。これは少し時間が必要になると思うね」

「どのくらい?」

「せいぜい数日だけど。急ぎって場合があるだろ?」

 

 数日なら問題はないか。

 

「わかった、それでいい。全部揃えてもらいたい。それで支払いだけど――」

「ああ、なんか言ってたね」

「最初に言った通りだよ。  

 ストックトンの行商を介しての取引で頼みたい。商品は揃ったら彼のキャラバンで目的地まで運んでもらう。支払いはそこで一括で払う」

「そういうの、あんまりやる気にゃならないんだよね」

 

 まぁ、そう言うよな。

 

「わかるよ?だけどこれは両方に必要なリスクで、十分なフォローを約束できるものだ。

 僕はキャラバンでたくさんの商品を待たずに全部を無事に手に入れたいし。あなたは僕から払われるキャップをすぐにでも自分のポケットに放り込みたい。

 

 だからこうしよう。キャラバンは運んだら真っすぐここに戻ってきて、ついでに腕利きのミニッツメンを帰り道につけるよ。これでどう?」

「うーん……」

 

 こんなことを言ったけど。ほとんど嘘、出まかせだ。

 本部に部隊なんて頼んだら、予定通りに来ればいいけど。来なかったり遅れたら、僕が嘘をついたことになるので困る。

 だが今はジミーがいる。この取引を成立させたら、彼に頼んでメールマンの訓練生をつれてきてもらい、ちょっとした実地訓練をやってもらえば――まぁ、約束は果たしたも同然だろう。こういうカラクリだ。

 

「なんだか、あんた。えらく強気だね?そりゃどうしてなのか、このデブさんに話してみる気はないかい?それを聞いたらもっと素直になれるかもしれないよ」

「そんなカワイイ頼まれかたをしたら、そりゃもちろん全部話さないわけにはいかないよ」

「あら、本当かい?嬉しいね」

 

 狡猾な中年女性は意外そうな顔をする。

 いやいや、デブ。実は君が聞いてくれたからこそ僕のたくらみは素直に話せるんだ。

 

「もちろんさ!それはつまり、こういうこと。

 僕はここにストックトンの紹介で来ていて、彼のキャラバンを一枚噛ませるのもそういう話になっているからだ。

 

 ところがここで君がこの取引を嫌がる。

 当然だが、お別れだ。でもここからが本番さ。

 

 僕は戻ってストックトンに報告する。

 デブはあんたのキャラバンが間抜けばかり揃えているから道中を信用できないと言ってるとね。さらに僕は品をあきらめるわけじゃないから、ストックトン本人にリストを渡してすぐにでも君の店からそれを全部買ってきてくれと言う」

「なんだい、そりゃ。そんなこと――」

「ストックトンはここに来て激怒するはずだ。顔を潰してくれたな、と。

 彼はここでは大商人で、その彼をあんたが怒らせた。なんて噂も広まったらアンタの商売はやりにくくなるんじゃないか?

 あんたのお抱えのスカベンジャーたちに新しい誘惑が近づいてきたり、するかもね。店に並ぶ品物が少なくなってしまう、かも」

「……もういいよ、この悪党め。それは聞かせるためにわざと話したんだね」

 

 僕はニッコリと笑顔を浮かべる。

 今、口にしたことは彼女に断られた後にする予定のいくつかの結果に触れただけだ。別に恨みはないが、手伝えないというなら商品と僕の間に立てないようにしてやるだけ。

 

「大丈夫さ、きっと良い取引になるよ。そうだ、デブ姐さんのおススメがあったら一緒にキャラバンに持たせてくれたっていい。リストになくてもそれが本当に良いモノだったら、よぶんに買い上げるよ。その時は別に値段表も用意して。ちゃんと値切ることなくキャップを支払うから」

「やれやれ、おっかないね」

「そんなことを言わないでさ。あんたがそうであるように、僕だってストックトンのメンツを潰したくはない。彼との関係は良い方がいいからね。つまり――」

「わかったよ、悪賢い坊主。あんたのお望み通りにするよ」

 

 こうして僕はバンカーヒルでは御法度の”後払い”で3つの契約を成功させた。

 

 

 ジミーにしてみるとそれはちょっとした詐欺もいいところだった。

 (アキラ)に頼まれ、財布としてここにやってきたはずなのに。結局、彼は待ち時間に2人で食べたジュースとマイアラークケーキ代以外、財布を開かせることはなかったのだ。

 

「凄いですね……」

「ん?」

「俺もキャラバン引いてましたから、なにをやってるのかはわかりますよ。本当に凄いや」

「上手く行き過ぎだ。でも、おかげで君に凄いと思ってもらえた。気分はいいよ♪」

 

 今日の彼は青の帽子とビジネススーツに身を包んでいた。

 それは実になじんでいるように見えた。このビジネスマンの中身が兵士だと――誰が想像するだろう。

 

「ミスター・ストックトンが知り合いっていうのは本当だったんですね」

「ああ……彼の可愛い娘さんを助けたんだ、偶然ね」

「はぁ」

「人助けをしていれば、時にはこういう偶然がある……毎回ではないけど」

 

 ジミーは感心したかのようにうなづいていたが。実際に囚われた娘がいた場所で、このアキラが何をやらかしていたか。彼にそのすべてを正しく教えたら、嫌悪のあまりこんな顔はしてくれないだろう。

 僕の本質はミニッツメンからはあまりにも遠すぎる――。

 

 デブの店を離れる。

 彼女は結局、納得してはいないという顔だったが。アキラの望むようにするとは約束してくれたのだ。

 

「それで次は?」

「いや、もう終わったよ。ジミー、君には感謝しかない。

 君がいてくれなかったら、こんなに強気のままで大きな取引話をまとめ切ることは出来なかったと思う」

「いや、俺なんて――」

「事実だ。謙遜しなくていい。それに君と僕は年が近いんだから、もっと砕けてくれていいよ」

「は、ははは」

 

 ジミーの笑い声に力がない。

 

「そうだ。この後だけどストックトンに夕食に招待されてるんだ。君も一緒に来てくれるだろ?」

「え?いいんですか?」

「レオさんに聞いた通りだ。君はやっぱり、すぐにでもサンクチュアリへ戻るつもりだったんだね。

 でも待ってほしい。先方は豪勢にしてくれるらしいから、僕と一緒に来て彼を困らせてほしいんだよ」

「それじゃ……ごちそうになります」

「ああ、それはストックトンに言ってくれ」

 

 てっきり自分はもう用はないと、サンクチュアリに戻るように言われると思ったが。宴席に一緒に来てくれと誘われると、やはりうれしい。ミニッツメンでは期待できない申し出だ。仲間に白い目で見られる悪夢は、今でもたまに見る時がある。

 

「食後に君をベルチバードでサンクチュアリまで送るよ。僕は明日の朝、ここを出るつもりだ」

「わかりました。一緒に乗って、コベナントには戻らないのですか?」

「今夜、遅くに武器屋のキャラバンがここに戻ってくるそうだ。大量の武器をどれくらいで用意できるのか知っておきたいんだよ」

 

 言いながらバンカーヒルを囲む塀に取り付けられたドアをくぐる。

 ストックトンの招待してくれた席は、バンカーヒルの外。旧世界のパーラーをわずかな時間だけ、僕たちとの夕食の席に変えて待っているらしい。

 

 

――――――――――

 

 

 パラディン・ブランディスは言った。「この隙のない計画ならきっと大成功で終わるだろう」と。

 そして実際にそうなった。

 アンドリュー駅を占拠するレイダーに回収されていたB.O.S.の装備は全てを回収し、死者を出すことなくベルチバードも作戦に参加した兵士たちを無傷で回収し、戦場を離れていった。

 

 まぁ、それでも軽傷、中傷が何人かはいた。

 だがパラディン・ダンスは心配はしていない。今回の作戦で自分の味方になってくれた以前の部下――友人であるリースとヘイレンがちゃんと面倒を見ていてくれたはずだから。

 

「B.O.S.の旦那ぁ!そろそろ出られる?」

「――もちろんだ。3分で支度する」

 

 昨夜は連邦で野宿をした。

 焚火を踏み消す女性にダンスは歯切れよくそう答えると、彼女のバラモンがなぜか声を上げた。地面から起き上がってB.O.S.ナイト・スーツに異常がないのを確認し。新たなパワーセルを取り出すと、愛用のパワーアーマーに取り付け装着する。

 

 

 今回の作戦、予想もつかないトラブルは帰りのヘリに自分の席がなかったことだ。

 画竜点睛を欠く、だったか。まったくしまらない話だった。

 

 それが分かったとき、リースとヘイレンは慌てて自分達も残ると主張してくれたけれど、隊長としてそれは許さなかった。彼らは怪我人たちと共にベルチバードに乗って去った。

 見送ったときに感じたのは、不安よりもむしろ好奇心だった。

 

 ひとりでこの連邦の中を歩き回るなんてとんでもない、以前ならそう思っていたはずだ。

 部隊を引き連れてここに調査にやってきた時は、すべてが危険で単独行動などありえないと思っていた。

 だが今はそうではない。レオとともに歩いた連邦は新鮮そのもので、私も彼のようにしてみたいと心の底で願っていたらしい。

 

 とはいえ根拠のない自信は良くないことも経験から知っている。

 だからひとりで歩き始めてすぐにバラモンを連れた商人と出会えた自分は本当に運がいいのだろう。

 

 ダンスはさっそく軍隊式とは違う。ややぎこちないが、不器用なりに自分を護衛として雇ってみないか?と商人に交渉――というか申し出を試みた。相手は疑う目を向けてきたが、なぜかすんなりと了承してくれた。

 それからは彼女のキャラバンと共に行動し、海岸線を無事に北上を続けている。

 

 

 ボストンの外延部とはいえ、早朝のこの時間は恐ろしく静かだ。

 だが襲撃者はこの周辺の建物の陰に潜み、目の前を通り過ぎようとする獲物を待ち構えている――はずなのだが、まったくその気配がない。

 

「昨日から危険なエリアに入ったことは知っていた。しかし――なにもないな」

「ん?」

「いや、私の知る連邦とは騒がしいばかりだった。銃声、悲鳴、助けを求め、それをあざ笑う。さらにアポミネーションの不気味な声……そうしたものだ」

「ああ、わかる」

「都市部はそれが特にひどい――そのはずなのに、今は静かだ」

 

 小さな声でそう感想を述べると彼女――商人のライリーはにやりと笑う。これには仕掛けがあるのだと教えてくれた。

 

「この辺はスーパーミュータントもいるけど、ほとんどがレイダーの支配域なんだ」

「そうか」

「で、バンカーヒルは奴らに一定の通行料を支払う約束をしている。

 具体的には時間帯だね。大抵は朝、太陽が昇って落ちる前まで。奴らは特定の日時だけは仕事をしないから、こっちはその時にこっそり通り抜けることが出来るってわけ」

「なるほどな――だが、それでは奴らは暴れたりないなどと言い出すのではないか?信用するのか?」

「ああ、そうだよ。だからバンカーヒルで手に入るこの情報は売り物になってる。かなりの値段が付けられるから、うちのような小さなキャラバンは別に護衛は雇えなくなるんだ。

 でもある程度の安全は、キャップで保証はされている」

 

 そう言いながらパイプライフルを持つライリーは首をすくめる。

 ひとりの女性と1匹のバラモンだけの旅――恐ろしくはないのだろうか?

 

「別に――ほら、だってこの姿を見ればわからない?」

「?」

「Vaultスーツだよ。わたしは元は地底人なんだ、Vault81ってところのね。

 そこじゃ200年以上も閉じこもってるってのが自慢のウンザリする場所でね。子供の頃にいじめてきたクソ野郎に抱かれて子供をこさえろ、なんて言われて限界突破。それで外に飛び出してきたのがこのわたしなんだよ」

「Vaultというのは外に出たら戻れないという噂を聞いたことがある。そこは故郷なんだろ?寂しくはないのか?家族は?」

 

 ライリーはケラケラと笑い声をあげた。

 あまりにそれが無防備でダンスの方がとっさに周囲を確認しながらビクビクしてしまった。

 

「そういった全部を捨てたんだよ、旦那。

 男好きする女に『お前にこの男をやる』なんて命令されるのもムカついたし、十月十日も自分の腹で育ててから生み出すクソ野郎とのガキなんて見たくもなかった。育てるのも御免さ。

 それならこの広い世界で間違いないクソ野郎にレイプされてくたばるのと変わりはないって思ったんだよ」

「それが比較になるのか?厳しいな」

「かもね。でも、わたしのキャラバンは連邦の空の下でまだ自由に好き勝手をやっている。いい男はたまには会えるし、楽しめるし。だれかと絶対に子供を作れとも命令されない。

 今は自分の小さな店を持ちたくて頑張ってる。夢、自由、あそこに残りたかったなんて全く考えたこともないさ」

 

 そう言って再びライリーは笑った。

 

 彼女とは次第に打ち解けていった。

 ひとり、B.O.S.のパワーアーマーを着て歩いていた怪しい自分に同行を許したのかも、教えてくれた。しらなかったが今では彼女のように連邦を歩く元B.O.S.の商人というのはかなりいるそうだ。

 そういえばキャピタルからこっちに来て消えた奴がいるという噂は聞いたことがある――噂は本当だったようだ。

 

 すると自然、パラディン・ブランディスをレオと共に救出した時を思い出す。

 彼もそうだった。仲間を失い、孤独に怯え、理想に生きる自分の姿を忘れてしまった――。

 今なら私も理解できる。この私とて組織を離れればこの胸に宿る熱い想いや理想も、瞬く間に冷たく凍り付き。荒涼とした野原にすてられるゴミに等しくなるに違いない、と。

 

「そういえばライリーは店を持ちたいと言っていたが、グッドネイバーで店を持つつもりなのか?」

「え、どうしたの。いきなり?」

「いや、君はさっきこの辺りはバンカーヒルと約束があると言っていた。つまりそれはグッドネイバーとの――」

「いや、ちょっと待って旦那。あんた大きな勘違いをしてるようだね」

 

 そういうとライリーは眉をひそめる。

 

「確かにグッドネイバーは悪党の町っていわれちゃいるけど。レイダーとは別になんのつながりもないんだよ、知らなかったのかい?」

「知らなかった。てっきり……」

「ああ、言いたいことはわかるよ。でもね、あそこはまさに伝説で特別な町なのさ。

 ジョン・ハンコックっていうルールを怒らせなきゃ別に何も言われないけれど、レイダーは好きにふるまっていいわけじゃない。だから連中はハンコックが死んでくれればいいと思ってる」

「ややこしいんだな」

「そりゃ旦那達が単純なだけなのさ。連邦じゃこれは常識中の常識。もう少し利口になった方がいいよね」

「ふゥム」

 

 いつも周りから自分を指して「お前はいい奴だな」と言われ続けていたが、ライりーの口調を考えるとそれは決して褒められたものではなかった、ということらしい――。

 

 

――――――――――

 

 

 ミスティック川――湖から流れ出て、タフィントン・ボートハウスのそばに流れるモールデン川に合流し、さらにバンカーヒルそばを通ってチェルシー川に合流。そうしてようやく海へ……ボストン湾へと流れつく、それ。

 

 なにかと町の喧騒と強い風でにぎやかにするチャールズ川とは違い。こちらは静かすぎるほどに静かで、川岸にある旧フードコートでは物々しい武装の傭兵団が見張る中。コックによる調理音とひとつの席から聞こえてくる笑い声が川の流れる音にまぎれる。

 

 

 ストックトンのもてなしは徹底していた。この時代にまだ残っていたコース料理を用意してきたのだ。

 

 メニューは以下の通り。

 リスの角切りに始まり、コーンスープ、ソフトシェルの肉と海草のサラダ、デスクローオムレツと分厚いリブアイ・ステーキ。マイアラークの卵とスイカのシャーベット。

 まさに怒涛のラインナップであった。

 

 親子はそれらを少量ずついただいていたが、ジミーの前に用意されたのはアキラと同じビッグサイズのそれらである。愕然としたが、今更「自分も少なめで」とも言えず――同じく兵士として、戦士として。せめてこれくらいは彼に負けまいと戦う覚悟を決めた。

 

 だが戦いは激しさを極めた。

 ステーキを平らげたところでストックトンの娘が気をきかせてくれたのだろう。真っ青になっているジミーを連れて少し散歩してくると言い残し、席を立つ。

 街灯の下を2人が寄り添い背中を見せて離れていくのを目を細めて見送っていたストックトンが、唐突に口を開く。

 

「大きな契約がまとまったようですね」

「なんとか。こちらの希望通りに」

「さすがです。バンカーヒルの商人に後払いを認めさせるなんて。これは伝説になりますな」

「こっちは町ひとつ、スッカラカン。なにもできないんじゃしょうがない、ただ必死なんです」

「確かに。うちもこういった話で空のキャラバンを貸し出すのも久しぶりだ」

 

 本当に静かな川だった。

 でも僕にはわかる。少し離れているが、向かい岸の崩れた家屋からきこえるアポミネーションの気配があることを。

 それでもあえてここに席を用意したのはバンカーヒルには聞かれたくない話をストックトンはしたいのではないか、僕はそう思っていた。

 

「娘がね――最近私に怒っていて、許してくれないのです」

「?」

「キャラバンですよ。あの娘のキャラバン、私はまだ外に出るのは早いと嫌がってましてね。あんなことがあったんですから、怖くて彼女を手放せない」

「ところが本人は今度は失敗しない、とか考えていて。すぐにも外に飛び出していきたがっている?」

「そう、まさにそれです」

 

 言いながらも、ストックトンの目には憂いが見えた。

 

「あなたは才能ある若者です。それはわかってる――知り合ってから時間は短いが、私のビジネスであなたに関係するものは次第に大きくなってきています。もう、私はあなたを無視はできないでしょう」

「……」

「今回、わたしにあなたは金を借りたいと申し出るだろうと思っていた。もちろん出してもよかったが、断ろうとも考えていた。あなたとの関係を少しでも私に有利にさせたくて――」

「そう」

「ふふふ、わかっていたんでしょう?

 実際はあなたはそんなことは一言も口にしなかった。それどころかいつものように私を利用しつくすだけで、大きな取引をまとめてみせた。お若いのに本当に感心させられます」

 

 僕はそれに苦笑いで返すことしかできない。

 まとめたといっても、ストックトンだけではなくガ―ビーとミニッツメン。ハンコックとグッドネイバーの名前も出した。それにまとめた、というより軽く脅していたという方が正しい。

 僕がストックトンのような大商人に褒められるところなんてないのだ。

 

「ひとつ、聞いてほしいことがあるのです。いいですか?」

 

 ストックトンの相談、それは人造人間である彼の娘の事だった。

 

「娘は努力しています。私から学び、いつか私の後を継げるように準備したいのだと言ってくれる。

 嬉しい事です。でも――」

「そんな日は来ない」

 

 僕は容赦なく事実を口にした。

 人造人間は人とは違う。見た目に違いは判らないが、共に暮らし。長く一緒にいれば次第にボロが出てしまう。

 コベナントの研究者達はそれを集団にまぎれても個人の孤独感がプログラムにバグを生み出し、故障を引き起こさせているに違いないと断言していたが――それは少し暴論の気がする。でもだからといって僕に確実なことが言えるものはない。

 

 とにかくそれゆえに連邦の人々は人造人間を憎悪する。知り合う前からそうだったのか、いつのまにかすり替わったのか。破壊され、物言わぬ死体の前で”遅れて真実を知ってしまった”恐怖に身震いする。生まれてしまった恐怖は伝播していく――。

 

「ええ、そうです。そうはならないでしょう。

 私が倒れたら、バンカーヒルのハイエナ共は私の座っている大商人の席を奪いに来ます」

「だろうね」

「あの娘がそれに立ち向かえない、とは思っていません。私がそうなるのはまだ少し先のことになるでしょうし。彼女は成長している」

「でもそれは慰めにもならない。後を継げたとしても時がたてば誰かが疑問を持つ。あんたの娘は、あれは人造人間ではないか、とね。

 親であるあんたを失った時点であの娘は後ろ盾を失い、それは致命傷だ。だから外に安全を求めるしかない」

「娘をどう思います?」

 

 ストックトンの次の問いかけは、あまりにも唐突だった。

 

「は?――まさかあんた。僕に娘と婚約してくれ、なんて言わないよな?」

「おや、それは斬新なアイデアです。で、どうです?悪くない話ではありませんか?わたしの後継者と義理の息子になれますよ」

「バンカーヒルで知られる大商人のストックトンが、愛娘をこんな目つきの悪い凶相の若い元Vault居住者にとられた、なんて可哀そうだろう?あんたの名前にも傷がつくよ」

「それくらいならいいです。私も世間じゃ好々爺というにはほど遠い」

「冗談はやめてくれ……悪い冗談だよね?」

「ふぅむ、何か問題がありますか?

 私の義理の息子というのは、そう悪いものではないはずですが」

 

 勝手に僕を野心家にしないでくれ。

 

「……他に誰かいないのか?あんたの息子になれるならって奴はここなら大勢いるだろ?」

「あの娘を守って、愛してくれる人が必要なのです。私が居なくてもね」

「――自分が多くを望みすぎてるとは思わない?そんなヒーロー、この世界にいるかどうか」

「多くを手にしてきましたから。わずかなものではこの老人は満足できません」

 

 シルバー・シュラウドのことではないよな?

 からかわれているわけではないようだが――僕にできることはとりあえず何も思い浮かばない。

 

「随分と気弱だ、体を病んでる?」

「いいえ、健康そのものですよ。足腰もしっかりしたもので、走ることだって出来ます」

「へぇ」

「それでも確かに長く生きてきましたから――恐らく近く戦争があるからでしょう」

「……」

「グッドネイバーが狙われているそうですよ。ええ、B.O.S.の連中がここにやってきて口にしていますから」

「そう――」

「どうおもいます?」

 

 答えにくい質問をサラッとして、答えるように要求するとは。このクソ爺ィめ。

 

「……空港からグッドネイバーを見ているなら。当然、バンカーヒルも目の端にあるだろうね」

「そうですね」

「本人たちがわざわざ未来の予定を吹聴しにここに来ているというなら。それはきっと”将来的に兵士がそばに来る”と予告してるんだろう」

「バンカーヒルは安全ではない、と?」

「B.O.S.ってのは武装組織だ、純粋なね。ああいうのはシンプルなものを好む。

 自分たちの考えを口にしながら。自分たちの力を見せつけて従わせる。事前の交渉はそれほど重視しない、自分たちの都合だけだ」

「キャピタルでも彼らはそうだったようですね。ここでもそれは繰り返される?」

「ケスラーがどれほどいい条件を出したとしても彼らは納得しないさ。特に商人たちだけの自治権、なんてね」

 

 静かでも、決して安全ではない川のそばが。僕に暗い未来を予言させていた。

 

「娘が――」「ミスター・ストックトン」

 

 僕は彼が次に口を開くのを許さなかった。

 

「あなたが娘の無事を願うなら、すぐにキャラバンとして外に出すのがいい。確実な安全は約束できないが。あのB.O.S.は人造人間を兵器と呼んでいる。

 それに彼女に関して、アンタはレールロードに助けは求められない。彼女の安全だけを求めてあいつらにもし引き渡せば。レールロードはあんたの娘の記憶を全て抹消し、新しい顔と名前を与えて新しい人生を始めさせるだろう」

「……そうですね」

 

 答える彼の姿は、愛する娘を持つ父親の苦悩であり。声には血を吐くような苦しい響きがあった。

 それが――それが僕をにわかに落ち着かなくさせていく。

 

 とにかく席を立ってここから離れたいと思った。

 彼ら親子の話はもう聞きたくはなかった――なにかこれまで気が付いていなかった辛いものを自分の中に見つけようとしていたのかもしれない。

 

「はぁ」

「……」

「わかった、ストックトン――あんたの娘、アメリアを僕に預けてみる?」

「おお!」

「違う!おかしな期待はしないでくれ。

 ただ、計画がある。大きな計画、彼女がアンタの言う通りの商人なら手伝ってもらえるはず。それがとても助かるんだ」

「つまり娘をここから連れ出してくれるのですね」

「ああ――なんか違うけど、ようするにそういうことだよ。バンカーヒルから離れさせる。任せられる大きな仕事もある。約束できるのはそれだけなんだけど……」

「もう少し、いい話になりませんか?」

「あのねぇ……あんたから娘のキャラバンを丸ごと引き受けるってのがどれだけ目立つことか。ぼくにとってどれだけ面倒なのか知らないわけじゃないだろ?」

「そうですか。それは残念。老人の泣き落としでは足りませんでしたか」

「そういうのはもういいから――とりあえず考えておいてよ。

 そのつもりがあるなら、後日アンタのキャラバンに指示を伝えるから」

「それではそのように、後は娘のアメリアとよく相談してみましょう」

 

 老人の顔は明るくなったが、僕の方はそうじゃない。

 ジミーはあの娘とどこまで散歩に行ったんだ?もう、この席もいい加減お開きにしたい。

 

「ああ、それはそうともうひとつ」

「まだなにかあるの!?」

「ミニッツメンは、ガンナーズを相手に勝てましょうか?」

「無理だよ――あっ!」

 

 一瞬、僕は思わず大商人の狡猾な罠に引っかかり。まだ誰にも言っていない事を口にしてしまった。

 ミニッツメンはこの先、ガンナーズとの対決に向けて南に注力していくことになる。

 だが恐らく――ミニッツメンは勝てない。これはまだ、レオさんにも言ってないことだった。

 

 

――――――――――

 

 

 エルダー・マクソンは呼び寄せたヘイレンとリースからの報告を聞き終わると「ありがとう、あとはダンス本人が帰還したら、彼から聞かせてもらおう」と言った。

 彼らがキャプテン・ケルズと共に退出すると、席を立ってブリドゥエンの窓から空港をながめる。

 

(素晴らしい結果だ。やってくれたな、ダンス)

 

 今後はこの成果が他の部隊の回収作戦のお手本となるだろう。

 まぁそれも――肝心の指揮官が無事にここまで戻ってこれなければ、本末転倒だが。

 

「ナイト・リース。スクライブ・ヘイレンは無事に送り出しました。エルダー」

「彼らには面倒をかけてしまったが。しょうがないな、任務は終わったのにダンスがいない」

「困ったものです。彼は生真面目な男だと、そう思っていたのですが。こんな無責任なふるまいをするなんて……」

 

 ケルズは不満そうだ。

 ダンスがひとり、この連邦を徒歩で空港まで戻ってくるとしたことが許せないのだ。

 彼の考えを言えば作戦は無事に終了。けが人は出たが。すでに目標からは距離をとっていたことだし、ベルチバードを直ちに往復させればそれで済む話だったと考えているのだ。

 

「そこまで彼を責めることはないだろう。彼は連邦を我々よりも理解している。回収ポイントで長くとどまることが危険だと、そう考えたのではないか」

「はぁ」

「とにかく彼が戻れば――今回は大成功だと言えるだろう。

 私は満足している。これで彼に新しい任務を与えることが出来る」

「はい、エルダー」

「反対か?」

 

 ケルズはいいえ、とすぐに答えたが。続けて

 

「気にしているのは、あなたが民兵などに気を遣う理由がわからないだけです」

「ダンスをミニッツメンに。あのレオという男に送り込む、彼の動機は我々の目的とも一致する。

 そろそろ未来を考えて本当に協力できるか、探ってみるべきだろう」

 

 B.O.S.のスクライブから泣きが入ったのだ。

 自分たちの情報操作が連邦の民にあまりうまく浸透していない、と。

 

 その原因として挙げられたのがミニッツメン。

 かつて虐殺者の手先となった恥ずべき集団は、新たな芽を出すと瞬く間にその勢力を広げている。地に落ちたはずの彼らの名声は2度と復活しない死者のはずだったが。なぜか外から来た我々よりも、彼らを連邦の人々は期待しているらしい。

 

 そこまで”出来る”というなら、調べておくのも悪くない。

 インスティチュートの謎を彼らが解いたとはまったく思ってないが、協力を求めるほどの相手かどうか。脅威となるのかどうか。

 

「ダンスは生真面目な男です――それが心配です」

「大丈夫だ。任務に忠実な彼だからこそ、今回も任せられる」

 

 ダンス、早く戻ってこい。

 

 

 帰りを待たれている本人は、ライリーと別れ、ひとりになっていた。とりあえずバンカーヒルに向かうというライリーはこれまで南部の難民たちを相手に商売をしていたが、その相手が……消えたそうだ。ガンナーズの猛威は、弱い者を――難民、放浪者、そして無法者。味方以外の存在を彼らは許さない。

 だから弱い者たちはさらに辺境の危険地帯に逃げていくか、戦うしかない。

 

――南部はもうすべてが戦場よ。このままじゃ弱い商人も、ね

 

 潮時なのだそうだ。

 

 それでもひとつダンスは疑問をぶつけた。

 なぜ北にもっと早く来なかったんだ、と。ミニッツメンは安全な居住地を用意しているのに、そこなら君たち商人も仕事をしやすいのではないか、と。

 

――ミニッツメンはうまくやったわよね。知ってる。

――でも今の彼らは居住地の利権にがっつり絡んでいるわ。うちのような新規の商人では出入りはゆるされていないそうよ。

――でも彼らの売りである”平和”は誰でも欲しがる。強力な商売敵よね、これからが大変。

 

 再び変化が始まっている、この連邦に。

 これは以前には感じることが出来なかった。もしかしたらレオが感じていることなのかもしれない。

 時がたつにつれ、今まで見えなかったモノや感じられなかったことを知るたびにその影響の強さを思い出す。

 

 ダンスは力強く歩んでゆく。

 遠くの空に浮かぶブリドゥエンはまだ小さいが、彼の視線はそこからまったくぶれることはない。




(設定・人物紹介)
・ライリー
マクナマラのVaultから飛び出してきた原作でも特別な商人。
恐らくだがこの後の彼女は何回か登場する予定あり。

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