とっておきの鮮血っていうか、出血回をどうぞ。
林が途切れ、鉄塔の下には明かりとテントが見えてきた。
だが、近づくとさらに――というか、あきらかに存在のおかしいものがそこにあったのだ。
冷蔵庫。
そうだ、冷蔵庫だ。
電気がなければ意味のない、その冷蔵庫が。夜の鉄塔の下に、テントのすぐそばにあって。その異様な存在感をはっきりと主張していた。
(人の気配は――ない。わからない)
だが、あまりにも怪しすぎてこのまま立ち去るなんてことは、僕にはどうしても出来そうにない。
(好奇心は、なんだっけ?猫を、じゃらす?)
緊張感が増し、息が荒くなってきた。
何度かこのまま立ち去ることを考え、左右を細かく確認もしたが。どうしても気になるものは、そのままにしてはおけなかった。
そしてそれは案の定、罠だったのだ。
闇の中で、影が走った。
それは人の姿となると、テントをもう一度確認していたアキラの背中に立つとパイプピストルを向けながら、金切り声に混じった言葉を叫んだ。
「それは俺の!それは俺の!俺のもの、誰にも渡さないっ」
アキラは驚き、ひっと声を上げつつ前につんのめるようにして倒れる。
武器を出し、応戦の準備をしなくてはならないとは考えるが。すぐにはそれができず、軽く両手を挙げて抵抗しない意思を表明しつつ、体も縮こまってしまう。
「俺のだっ。俺のものだっ!」
「わかった、わかったよ。見ただけだ、見に来ただけ触ってすらいない――」
言いながら、ようやく冷静さを取り戻してきて自分のバッグの中にあるVaultから回収してきた冷凍銃、クライオレーターのことを思いだす。同時に最初にテントをのぞいた際、寝袋に落ちていた薬剤のことを見逃していた自分を呪った。
(こいつ、たぶん薬の中毒者だ。話しても意味がないかも――)
だが出来るのか?
ドクドクと激しく恐怖から波打つ心臓の音を聞きながら、アキラはまだ怯えている自分に問う。
すでに銃は向けられ、狙われているのに。ここからバッグの中の武器を取り出し、撃つまでに自分は生きていられるか?撃っても当たるのか?
とてもできない、本能がそう告げていた。
だが――。
「俺も、そいつの中身。スッゴク気になってるぜ」
闇の中から、男の声がすると。疲れた表情の男女5人の無法者達がいきなりあらわれたのである。
「俺と俺の友達ならそいつを見たって、別にいいよな?」
アキラは奇妙な話だが、ようやくのこと自覚していた。
ああ、自分はきっと本当に運が悪いやつに違いない。最悪の瞬間と思ったら、さらにもうひとつ最悪が姿を現してくるなんて――と。
遂に心臓の音があまりにも早くなりすぎて、集中力が無駄に高まり、視界が一気に狭まっていく。
このままサンクチュアリに、自分は戻れないかもしれない。
真っ青な顔でそんなことを考えていると。
アキラの体に衝撃が走り、腹部に2つの穴が開いていた。
青いスーツの下が燃えるような熱さと、じわじわと赤いものが染み出すのをただ見ていることしか出来なかった。
無法者――レイダーは容赦なく、さっさとこの場で一番弱いと判断したアキラにいきなり攻撃してきたのだ。
話し合いなどせず、暴力ですべてを終わらせるつもりだったのだ。
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サンクチュアリの朝、今日も晴れるようで家の隙間から差し込む太陽の光が美しい。
寝起きのそうした素朴な感動も、徐々にはっきりしてくると違ったものになっていく。
アキラが消えて3日目、プレストンは憂鬱な気持ちでベットから立ち上がる。
己の不甲斐なさに、頼りなさにそろそろ嫌になるのをやめて。銃口を口にくわえることを真剣に考える時期が来たのかもしれない。本当にそう思えてきた。
人のよさそうなレオの本心につけ込むように、サンクチュアリから離れる理由を与えたものの。
彼のかわりに守ると誓った(それもよりによって彼の連れだ)少年を、安全なこの場所から飛び出させてしまう羽目になった。
ミニッツメンとしての修行が足りないのだ、と。わかってはいるものの、努力だけでは到底足りない部分がこうして表面に出てしまうと、やっぱりキツイし、叩きのめされるというものだ。
プレストンはこの3日、アキラを探そうと近くを歩いてみたが。サンクチュアリから離れられないのだから、たいした成果があるわけもない。
こうなると、話は変わってくる。
プレストンはもうアキラを探すことを半ばあきらめかけていた。
あきらめることには、もう慣れている。そうせねばともに戦うと誓った仲間や、守るべき人々を失い続けても、ここまで生き抜くことはできなかった。
レオはまだ帰ってきてはいないが、戻った彼にはちゃんと説明しないといけないだろう。「とにかくあの少年は死んだ」、嘘はなく、正しく伝えねばならない――。
血相を変えたスタージェスが飛び込んできたのは、この瞬間だった。
彼の言葉をきくと、プレストンは凄いスピードで飛び出していく。現場を実際に自分の目で確認せずにはいられなかったのだ。
到着すると、お互いが肩で息をしながら、しかしそれでもスタージェスは歓喜の表情でそれを指差した。
「見ろよ、プレストン。言ったとおりだろ」
「ああ、信じられないよ」
太陽はぎらぎらと輝いていたが、それでもプレストンの目にもはっきりとそれはわかった。レオの自宅の中で、裸電球がこうこうとあの人口の光を放っている。
家の裏では機能まではそこにはなかったはずの風力発電機がプロペラを静かに回して、稼動していた。
「これは、どうして?誰が?」
「決まってるだろ?これを作りかけていたのはアキラだった。彼、ここに帰ってきているんだよ」
「なに!?本当か?」
「俺がやってないんだぜ。他にこんなこと、誰がやれる?手伝ってくれ、プレストン。もうマーシー達も、彼を探してる」
「なんだって?おい、スタージェス。まさか、そんなわけがないと言ってくれ」
明るい朝が、とたんにどこかに吹っ飛んでいった気がした。
プレストンの表情から歓喜の表情が消え、曇っていく。
「プレストン?」
「忘れたのか?3日前、アキラはマーシーと口論になってここを飛び出したんだぞ。またあの2人が出会ったら、殺し合いをはじめるかもしれない」
「まさか――」
プレストンはそれ以上、スタージェスを責めなかった。彼自身が同じ過ちを3日前にもしていたからだ。
だが、このスタージェスの気持ちも、言いたいこともわかる。
「子供相手に、大人がそんなことをするはずはない」
そうだ、そのはずだ。
だが相手はあのマーシーだ。彼を見て、あの今の彼女が、大人のほうからアキラに歩み寄る。その姿をプレストンはどうしても頭の中に思い描くことが出来ないのだ――。
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真っ赤なバクテリアが、そこで息をしているような気がした。
早鐘のようにうち続ける心音が、傷口からの痛みをないものにしてくれている。
だが、その間にも眼前では修羅場が続いていた。
中毒男はアキラが撃たれて崩れ落ちると、罵り叫びつつ、パイプ銃を撃ちながら林に向かって走り出した。
レイダーたちは獲物を狩る喜びに沸き、走る獲物に向けて撃ち始めた。
僕はそれが終わるのをただ眺めるわけにはいかなかった。
仰向けにひっくり返った体にバッグをよせると、痛みと興奮で震える指でチャックをつまむ。
Vaultからは武器やデータだけではなく、残されていた医療品のスティムパックがあった。それが今の僕にはそれが必要だ。
バッグのチャックを下ろすという5歳の子供でも出来そうなことを、パニックになるのを抑えて必死になっている僕は。この体に穴をあけられた痛みに冷や汗を流すのと同時に、周囲の状況にも注意を配ることを忘れてはいなかった。
叫んで走る男は、銃の腕がいいのか。
それとも摂取している薬物の持つ魔力か、木々の間に飛び込む前に3人のレイダーを倒していた。
だが、出来たのはそこまでだった。
いきなり足を絡ませ、前のめりに倒れこむと。太い木の幹に頭から突っ込み、ぐしゃりという嫌な音たててそのまま地面に寝っころがって動かなくなる。
木にはべっとりと血が塗りつけられており、わずかにだが骨らしき白い破片がそこに混じっている。
「くそ、3人やられた」
「フザケンナッ、2人だ。俺は生きてる」
「ああ?」
「い、痛ぇよ。腹に穴が開いちまってるんだ。おい、助けて――」
「うるせぇ」
いきなり残った片方が会話を打ち切ると苦しそうな仲間の胸にショットガンの銃口を押し付け、2発。
遠めにも、そこにおどろおどろしい真っ赤な花が開くのを見た。
「おい!なにやってるんだよ」
「あ?」
「そこにVaultヤロウがいただろ。そいつが何か持ってるかも――」
「いや、使いたくないし。こんな、死んじまった奴に今更なァ」
へらへらと軽薄そうに笑いながら散弾銃の弾丸を詰め替える男は、こちらを見て表情をこわばらせる。
ああ、いいぞ。
その顔が見たかったんだ。
僕は寝そべっていても安定しない構え方のまま、引き金を――。
衝撃がショックとなり、現実に強引に引き戻された。
そしてそんな僕をちょうど見つけたと苛立たせる声が、戸口であがる。
「ああっ、あんた!こんなところに」
「……」
「ジュン、みんなを呼んできた。こいつ、こんなところにいたって」
あの夫婦だった。
しかし、相変わらず腹をむかつかせる態度だ。
僕は無視して、つついていた電子回路をつかって持って帰ってきた壊れたピップボーイを動かせないかという作業をやめることにする。
だが、相手はそんなこともわからないくせに。ズカズカと入ってくると、胸を張って偉そうに僕の背中に向けてわめき始めた。
「ここは緊急の倉庫なのよ。いったいここでなにをしてるの!」
「作業ですよ」
冷静に返答する。
するとなぜか、ますます相手は興奮しだした。
「はぁ?なにをいってるのよ。それにあんた!この3日間、どこにいっていたの!?心配したのよ」
「別に、出くわしたレイダーにちょっと撃たれたり。ゴミ拾いしてきただけです。ごめんね、”ママ”」
「っ!?」
マーシーの顔が真っ赤になる。
「誰があんたの母親よっ!本当に可愛げのないっ」
(なら出て行けよ、こっちは別に話はないのに)
「あんたがいない間。こっちは本当に大変だったんだから。それを放り出して、なにが――」
僕は鼻を鳴らし、笑った。たっぷりの侮蔑をこめて。
マーシーを嘲笑したのだが、相手はこの少年の面影を残す若者にそんなことをされ。うろたえる。
「な、なによ」
「Vaultスーツを着た餓鬼一人がいないだけで、なにが大変だった?あんたは集合住宅は要らないと言ったから、残る作業は発電機関係だけ。それも夕べのうちに”僕が”終わらせた」
「……だからなによ。だから、なんなのよ!そんなもので、こっちが褒めてやるとか期待してんじゃないわよ!」
「フンッ」
「それにね。やることなら他にもたくさんあるんだから。このサボった3日分、あんたにはちゃんと働いてもらうんだからねっ」
アキラの目に、危険な光が宿る。
「なんでそんなこと、するわけないでしょう?」
「そうはいかないわよ!あの勝手に飛び出していった奴から、あたしたちはあんたの面倒を見るよう預かって――」
今度は簡単にキレた。
僕は無言で机の下から10ミリ拳銃を取り出すと、マーシーの立つ方角にむけて弾倉にはいっている12発すべてを撃ちつくす――。
頭を抱える、プレストンはその選択肢を選ばなかった。
「マーシー」と妻の名を叫んで現場まで飛んでいこうとする夫を抑え、自分が先頭に立って進む。
マーシーは生きていた。
しかし入り口で崩れ落ち、両手は頭を抱えてすすり泣いている。彼女に向かってきた弾丸はすべて外れていた。これは狙ってやったことだ、わざと相手がはずして撃った結果だとわかった。
そしてそんな彼女をぞんざいに足でどかして中から出てきたのが、アキラだった。プレストンはその姿を見て、ゾクリと背中をつめたいものが走るのを感じた。
例えるならばそれはミニッツメンとして嗅ぎなれた連中に感じる、わずかな匂いだった。
元々、東洋人らしい感情を抑え、年齢以上に老成していた青年は。たったひとつのその行動だけで、この3日の中で連邦の恐ろしい暴力をその体の中に吸い込んでしまったように感じられた。
妻の元に駆けつけながら、夫は「マーシーを責めないでくれ。妻は――」と、抗議の声を上げようとするが。アキラはその言葉にもなにかイラついたのか、足を止めると振り向いて毒々しい言葉をはき捨てる。
「なにが、妻だ。あんたはまだ、そいつと夫婦でいるつもりなのか?」
「な、なんだって?」
「聞いたからいってやってる。『今日は忙しいのよ、わかるでしょ』だ」
――なぁ、よかったら。町の川沿いを一緒に散歩とかしてみないか?
――ごめんなさい。今日は、忙しいの。わかるでしょ、ジュン
「な、なにを――」
「本当にわからないんだな。あんたの妻は、息子も守れない夫のあんたを捨てたいのさ!」
「っ!?」
「……」
「当然だろ?襲撃されて逃げ回る中でも、本当に息子の父親なら。例え自分の命を捨てたとしても、息子をなんとしても守ったはず――」
「おい!アキラ、やめろ!」
毒を吐き散らすアキラをスタージェスとプレストンは慌てて押しとどめるとその場から引っ張っていく。
惨めな姿で残された夫婦は、互いに背を向け。お互いが、嘆きの海へと沈むのを必死に耐えていることしかできなかった――。
「どういうつもりだ、アキラ」
広場まで引っ張ると、プレストンはそこで青年の胸を突き飛ばした。
相手は、あの素直だった若者は無表情で見つめ返してくる。自分のしたことを――マーシーに銃を向け、ジュンの心を傷つけたこと――をまったく悪いとは考えていない目だった。
「あの夫婦に、お前がそんなことを――」
「プレストン、なんであんたはここにまだいるの?」
「おい、俺の話を――」
「あんたもたいがい、うざい奴なんだなっ」
アキラは嫌悪の表情を作る。
「ひとつ、はっきりさせたい。僕は――俺は、別にあんたたちのことはどうと思っていない。
俺にとって重要なのは、レオさんだけだ。あの人には恩がある。だからあの人があんたたちに力を貸したいというから、俺もあんたらに協力してきた。
だけどもう、うんざりだ!
あれをこれをしろ、要求しかしないくせに。
まとわりつくあんた達は俺を子ども扱い。ちゃんと理由を説明しても、考えもなしに好き勝手な哀れな自分の主張だけ。なにかしてやっても、それが当然。わかってないよな、俺は別にあんたたちの仲間じゃない」
「アキラ、冷静になれ」
「俺は、俺は!冷静だ。だからたった今から、ここを出る。出て行く」
それだけを宣言したかったのだろう。
アキラは振り返ることなく力強く歩き出し、ブレストンとスタージェスは説得する言葉を失い、立ち尽くすしかなかった。あの若者を追いかけても、その意思を変えさせる言葉を彼らはもっていなかったのだ――。
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サンクチュアリの入り口には、なぜか老婆が――ママ・マーフィがじっと立っていた。それはまるで、そこにいればアキラがくるということを知っているかのように。
「あんたも行くんだろう。レオを、追うのかい?」
「……」
「そうだね、違うね。
あんたは、あんたでやることがある。それをわたしも”視た”よ。3日前だね、本当にひどい目にあったんだね」
「…レオさんが言ってた。あんたには、わかるようだって」
「ああ、その通りさ。だからあんたの目指す方角もわかる。でも、それは簡単じゃないし。今よりもずっと苦しむことになる。あたしはそんな気がするんだよ。それでも行くのかい?」
アキラの顔に笑顔が戻ってきた。
だが、それは年に似合わず。やはりどこか諦めと幼さが同居する、言葉に出来ないものが浮かんでいる。
「僕は――いや、俺はVaultに戻って多くを知ってしまった。自分という存在は、絶対にあそこにいるはずがなかったことを。だけど、間違いなく居たんだよ。
この謎は、解かないわけにはいかない。
覚えていることは真実なのか、消えた過去、自分が存在しないはずのVault、そして――」
それを口にするのに、さすがに声が震えた。
「自分の未来――自分は”本当にこのまま生きていいのだろうか”という、それ」
「あんたもレオと同じように。全てを知り、全てに勝つことは難しいだろう。
でもね、あたしは思うのさ。あんたが生きている限り、それは決して負けてはいないんだってね」
ママ・マーフィはそういうと地面においてあったバッグを持ち上げた。
「必要だと思うものは入れておいたよ。持って行っておくれ」
「ありがとう」
「あんたも、あの子と同じさ。それでも、またここに帰っておいで。この町は、あそこから出てきたあんたたちのための場所でもあるんだからね」
アキラはその声には答えないまま、老婆の手から荷物を受け取るとサンクチュアリの出口である橋を渡っていく。振り返ることはもうなかった。
彼は遂にママ・マーフィに聞くことが出来なかった。
彼女は口にした、自分もみたのだと。3日前の、あれを。
(それは”どっちの側”からだったのかな?こっち側?それともあっち側?)
興味はあった。だが、彼はそのことをもう彼女に聞くことはないだろう。
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闇の中から飛んでくる7発の弾丸が、きれいに頭を、胸を、そして腕を貫くのを感じた。
視界は動くことなく、というよりも視線を、目玉を動かす力も一瞬で体の中から消え去ってしまった。
致命傷――。
そう、それは医師であれば間違いなくそう断じる。破壊された肉体への正しい評価のはずだった。だが、その心臓だけが。諦め悪くドクドクと早鐘をまだ打ち鳴らしている――。
「なんだ、こりゃ?死んでるのか、死んでるよな。そうだよな?」
最後に残されたレイダーはもう一人を前に、素っ頓狂な声をあげていた。
生意気にも、腹に穴を開けていたVault居住者らしいそいつは、なんだか変な武器を取り出し構えていたが。素人だったようで、わずかにあったチャンスを生かせないまま。それでも一人は倒し、引きかえに蜂の巣になって動かなくなった。
その攻撃された片方だが、なんと生きたまま凍っている。
仲間だった男は、そんな冷凍人間の手に握られたリボルバー銃に目をやった。死人にはもったいない武器だ、前から密かにうらやましく思い、自分もほしいと思っていたし。ここに残していくつもりはなかった。
「形見ってことな。これからは俺が使って――なんか、本気で凍っているな。力任せにしたら、こわれっちまうかな、銃が」
冷たい、冷たいと繰り返しながら、動かないその手に握られたものに執着し続けている。自分以外は死体になったという安堵が、彼の注意を低下させていたことは間違いない。
手をこすりこすり、息を吹きかけ、まだあきらめ切れない男の背後に不審な影が立っても、彼はまだその存在に気がつかない。
それに意識があるのか、それはわからない。
だが、ただ直立しているだけであっても、生物としてあるべき、正しい生命の息吹のようなものが。その姿からは感じることができないのだ。
そしてそれが決して勘違いではないという証明なのだろうか。顔に、掌に、徐々に不気味な緑の光源が皮膚の上に浮かんでくる。
「ちゃんと俺が使ってやるからよ。ちゃんと――あ?」
凍結した仲間の武器に執着していたレイダーは、ようやく自身の背後に立つ不気味な存在に気がつく。
枯れ木のごとく、ユラユラと左右に振り子となる体。防弾効果のないジャンプスーツにあけられた穴は、余裕でそれが致命傷であると主張し。わずかに露出する顔と手の皮膚には闇の中でも、まだらになった緑の光がはっきりと輝いている。
「フェ、フェラル!?そんなどこにっ」
レイダーの心臓が飛び上がり、氷の彫刻となった仲間の上に尻餅をつくと。下になったそれの腕が、ぽっきりと音を立てて折れるが気にはしない。
あわてて自分の銃を取り出し、無我夢中で引き金を引いた。
新しい穴をさらに2つ作ってやると、そいつは無言のまま次の瞬間にはレイダーの上におおいかぶさってくると、右肩の肉が削り取られる激痛を感じた。
そいつはグールではなかった。
彼らの特徴でもあるボロボロの皮膚ではなく、まっさらなすべすべの肌のまま。だが、それ以外のすべての反応はフェラルそのものだった。
「て、てめぇ。なんなんだよ――」
相手の攻撃で自分の体が引き裂かれつつあることを、弱っていく体で必死に抵抗を見せながらレイダーはこの理不尽な状況についていけない自分を嘆いた。戦前のVaultではなにかしらの実験がおこなわれているというのは、有名な話だ。
この辺にVaultがあるとは聞いたことはなかったが。そこではこんな化け物を作り出し、地上に這い出てきたとしても何の不思議もない。
レイダーはせっかく一人だけ生き残ったのに、こんな最後を迎えようとしている運のない自分を呪った。
だが、それを嘆く声を上げる余力も余裕もなかったから、激しい息遣いと悲鳴だけ残して、無慈悲にも大きく開かれた口で頭をかじられ、食われてしまった。
アキラが目を覚ますと、もう太陽はずいぶんとたかいところにあって。そして自分はペンキを頭からかぶったかのように、Vaultジャンプスーツは獣の血で真っ赤に汚れていた。
何が起こったのかをすぐには理解できなかったが。体は正直に反応し、飛び起きると鉄塔から下った先にある湖まで走り続け、何も考えないで汚染された小川の中に体を投げ出し、沈めていた。
水の中は透明で、汚れた自分からそれを洗い流してくれるかもしれないと希望を持てた。
だが、そんなことはなかった。
湖の岸へともどりながら、記憶に残っていた夕べの痛みを思い出し。服に手をやる。
そこにはしっかりと穴が開いていて、その下には記憶にはない直りかけた傷跡が残されていた――。
涙はなかったが、代わりにうめき声を上げる。
僕の謎は、ついにあのVaultだけには留まらずに、この肉体にまで広がってしまった。
(設定)
・冷蔵庫
Falloutではよくある物体。
だいたいそばに所有物だと宣言する奴がいる。無視して中を確認すると、たいてい怒って殺しに来る。
・クライオレーター
Vault111監督官が個人的趣味で開発していた瞬間冷凍銃。
大型で、弾丸の補充が難しく、ノーマル状態だと使いにくいという難しい武器。だが弾丸と改造の問題が解決すると、驚くほど高性能を発揮し凶悪になる。
【新たな技能を取得しました】
・Cannibal
人間の死体を××することで回復する。
・Ghoulish
放射能汚染によって体力が回復するが、外見が…