久しぶりにこちらに意識がむいたので(苦笑)以前書き溜めた物をちょっと弄って置いておきます。
プロローグで思わせぶりな事を言っていた龍真さんの謎はこれで解けるはず……。
それではどうぞご覧下さい。
(草食動物? ……それとも小動物かな?)
それが、僕がその人に感じた最初の疑問だった。
「……もしかして君、龍真(たつま)君?」
玄関を通らずに、庭先から家に戻ってきた僕は珍しく父と鉢合わせた。
しかし、更に珍しかったのは家に公を持ち込まない父が草壁以外の人と連れだっていたことだ。
「大きくなったねぇ」
ほわほわと笑うその目線は僕に合わせているのか低い。茶色の髪に鋭さのまるでない瞳。群れていないと言うだけで、典型的な草食動物に見えた。
「父さん。草食動物なんて連れてきてどうしたの? わざわざ練習台にする価値も無さそうなのに」
「第一声がそれ!?」
かっと目を見開き、声を上げるその機敏さに、その反応速度に僕は瞬いた。
だけど、声を出すくらいなら手を出すべきだろうに。
「龍真。確かにこの子は一見草食動物に見えるかも知れないけど、それは早計だよ。僕をわくわくさせられる数少ない小動物なんだから」
「雲雀さん……それ褒めてますか?」
父が珍しく笑みを浮かべるのに、僕は物珍しさを通り越して絶句した。
だけど、そんな驚愕天地を引き起こした張本人は全くどうでも良いところに言葉を入れている。
只者ではない。
そう認識した僕は、とりあえず会敵した要注意人物リストの最上位にこの男の名を入れることを決意した。
「……ところであなた、誰?」
「目ざといね。あの子、君を敵と認識できたみたいだ」
満足げに頷く雲雀に、そうですかと返しかけて、その意味を知った男……沢田綱吉は、本日二度目のツッコミを披露する事になった。
「待ってください! 敵ってなんですか? 敵って!?」
「別におかしな事はないでしょ? この世には僅かな例外を除けば敵対する肉食動物か、つまらない草食動物しか居ないんだから」
意味が分からないという風に返す雲雀を見ていると、自分の方が間違っているんじゃないかと錯覚しそうになる。
しかしそこで流されて謝るほど、綱吉ももう初ではなかった。
海千山千の猛者達が集うボンゴレのボスを継いで既に四年あまり。
死ぬ気にならなければ威圧感という物はまるでないが、流されないだけの強さは身につけている。……多分。
ここは並盛にある雲雀の屋敷。その離れ。
庭に接しているのでこんな天気の良い日は障子を開け放して庭を眺めるのが良いそうだ。
「……でも龍真君のあれは、いったい何なんですか?」
庭先を眺めていたら突然塀の向こうから入ってきたこの家のもう一人の住人。
玄関を使わないのは単に面倒だっただけ、と妥協しても綱吉には是非とも雲雀に問いたい部分があった。
「なんで家に戻ってきた子供の手に血まみれの鈍器が握られているんでしょうかねぇ……!?」
雲雀の第一子である龍真は当年齢三つの筈だ。遊び道具に父親の使う物と同じ鈍器……トンファーを与えるのは父親の趣向……若しくは世話をする風紀財団関係者の趣向だとしても……それが血まみれというのは。
「バカな草食動物をかみ殺しただけだろう? 気にすることはないでしょ? 今の並盛の秩序はあの子だ」
(あ。……あの子確実に、第二のヒバリさんになりそう)
雲雀の言葉を聞いた直後にそう伝えてきた己の超直感とやらを今日ばかりは恨めしく思ってしまう。
(いや、でもまだ矯正は可能なはず)
そう綱吉は思い直す。
生まれも育ちも並盛の綱吉は秩序としての雲雀の恐ろしさを知っている。同時に今日まで続く、それ故の雲雀の孤独さも知っていた。
親である雲雀は人が群れると蕁麻疹が出るといい特異な体質に加え、あの通りの性格なのでそれに対して好都合としか思っていないようだが、もし子どもが活発で、人見知りじゃない、むしろ綱吉のような人恋しく思う性格だったら、このままの状況は悲惨極まりないことになるだろう。
……それだけは、阻止しなければならない。
しかし綱吉は失念していた。
今彼が意識を向けているのはあの雲雀の子どもである。
……そもそも矯正など、出来るわけがないのだ。
その根本的な事実に気付くことなく、綱吉は何とかこの状況の改善をするために雲雀に言葉をかける。
「いくら何でも、この年で秩序は早すぎませんか? まだ体だってできあがってない筈なのに」
「問題ないよ。僕が並盛を治めることを決意したのもこの年頃だった」
(あなたと同列にするのも、そもそも間違いだと思いますが……)
第一の説得。本人の経験則により……断念。
「で……でも、このままじゃ友達も出来ないじゃないですか!! 雲雀さんだって一人で並盛を治められている訳じゃなかったでしょ!?」
「手足に関してなら草壁達も居るし、風紀財団の中の若いのの権限の一部は並盛に関することは既に移してあるからね。問題ないよ。……それに、弱者と群れさせる気は無い」
(……父親の組織の恩恵って、凄いなぁ)
自身は父、家光がボスを務める門外顧問、通称チェデフの恩恵など、ほとんど受けたことはない綱吉は遠い目をして溜息をつく。
父親から説得しようとしたのが誤りなのではなかろうか。
「それに」
無情にも、雲雀は最後の一言をとどめとした。
「友達ならこの子の子どもがいるから大丈夫だよ」
そう言った雲雀の視線の先には彼の愛鳥、ヒバードが毛づくろいをしている姿があった。
「せめて人の子供を友達に作りましょうよ!!」
ことごとく失敗した綱吉の説得は脱線を繰り返して、いつの間にか数ヶ月後にうまれてくる彼の子供と、その母……即ち自身の妻を対象としたの惚気話に変わっていた。
「俺達の子どもは京子ちゃん似の美人ですよ? 絶対っ!」
「それ以前に君の子ならかなり強い子になるんじゃないの?」
適当な相づちながらもわざわざ付き合っている自分はかなり物好きな部類でないかと、雲雀は思い始めている。
「まぁ龍真とかけ合わせたら面白い仔ができそうだよね」
「……本気で言ってます!?」
わが子を実験動物かなにかのように称された綱吉はジト目で睨むも、流石に雲雀が本気ではないことは分かっているのだろう。彼は自分の身内や認めた相手には愛情深い。唯それが、常人にはわかりにくい形なだけで。
そこで話題にきりがついたのを感じて、雲雀はこの場所を話し合いに指定した本人である綱吉にそれでと、言葉を投げた。
「わざわざこんな話をするために僕とあったわけじゃないんだろう? 聞き耳を立てていた子も居なくなった訳だし、本題に入ろうか?」
そう、二人が話しているその隣の間で、先刻まで遭遇した龍真が聞き耳をたてていたのだ。
気配の見事な消し方だったが、そこは父であり、幾千の錬磨を積み重ねた雲雀と、超直感持ちの綱吉。誤魔化される筈がない。
「本題って……俺としては大した話は別に……冗談ですって! だからトンファーしまってください!!」
巫山戯たことを言い出す綱吉に苛つき、ちゃきっと得物を取り出すと、中学生だった時と変わらない反応をみせる。
その良くも悪くも変わらない姿は、欲望渦巻くこの世界ではただただ眩しい物だった。
「非凡なまでの平凡さ」。
……嘗て誰かが綱吉をそう評したらしいが、それは案外あっているのかもしれない。
無言で続きを促すと、小さなため息に続いて彼の口から耳を疑う言葉がこぼれた。
「俺……多分、次の抗争でしばらく戻ってこれないかも知れないんです」
いざ話せと言われるとどう話せば良いかと悩むのだから、とことん己の中には計画性という言葉が足りないのだなと自覚する。
それでも、自分の直感したすべてを話すことはできなかった。
真偽のほどが定かでない以前に、核心を見通そうとすればするほど、要領を得る事ができず、話したとしてもあやふやな物にしかならないからである。
ただ現状で確信できるほどの強い直感が、「戻ってこれない」ということ。
だからこそ綱吉は、話せることを正直に話すことしか出来なかった。
「……戻ってこれないって、並盛にかい?」
「まぁ。そうですね」
眇められた視線。
僅かに間を開けて尋ねた雲雀に当たり障りのない言葉で返す。
確かに大きな抗争が起きれば、後始末の関係でしばらくイタリアから離れることは出来ないのはいつものことだ。
「いちいち知らせるほどのことじゃないでしょ?」
そう。雲雀の言うとおりだった。……普通ならば。
「……本当に、いつ頃帰れるか、全然分かんないんです」
かんで含めるように繰り返して、綱吉は雲雀に視線を合わせた。
「だから……お願いがあります。雲雀さん」
その先に続けられた言葉を思い出し、雲雀はそっと目を閉じた。
『俺が戻ってくるまで、京子ちゃんと、その子どもを。みんなを……守ってください……!』
頭を下げてまで頼んだ綱吉の言葉は並盛の秩序たる雲雀にとってはわざわざ頼まれるまでもないことだった。
並盛の人間を守るのは雲雀にとっては当たり前のこと。だからこそ、その時雲雀は軽い気持ちでそれを了承した。
……それが、綱吉が抗争の末に行方不明になるおよそ一月前。雲雀が綱吉にあったのがそれが最後となった。
『俺……多分、次の抗争でしばらく戻ってこれないかも知れないんです』
あの子は、あの時点で分かっていたのだろうか。こうなることが。
『……本当に、いつ頃帰れるか、全然分かんないんです』
困ったように笑う顔が今でも鮮明に思い出せる。
「あれから、十三年になるよ。綱吉」
あの日綱吉と向きあった離れで、雲雀は一人庭を眺めていた。
死亡扱いとなった後に行われた葬儀にも、節々に行われているらしい、ボンゴレ主催の回忌にも雲雀が出ることはなかった。
……なぜなら。
『だから……お願いがあります。雲雀さん』
あの目は……雲雀をわくわくさせられる目だ。
嘗ての多くの戦いでみせたように。
勝ち目のないと言われた困難にさえ、立ち向かっていったように。
「待ってるよ。……君が戻ってくるまで。そして」
ふっと、微かに雲雀は笑みを浮かべた。
生憎と、大幅に説明を省いたあの頼み事の仕方に、文句がないと言うわけではないのだ。
……だから。
「次に会ったその時は、真っ先に君をかみ殺してあげる……!」
真っ青に広がる大空を雲雀は鋭く睨みつけていた。
因みにこの話から逆算すると龍真さんの年齢が分かるという……あれ?
これ誰得だろう?(苦笑)
まぁ、父親のような年齢不詳よりはマシですよね?