こんな私でございますが、これからもよければよろしくお願いします。
信じられなかった……信じたくなかった。
声も無く目を見開く私の頬を熱を含んだ風が嬲る。
息を止めたまま、眺めるのは、平らだった筈のコンクリートに出来た無数のクレーター……平和だった筈の場所を、蹂躙された痕跡。
まるで抉り取られたかのように削り取られた破片に感じるのは、本能的な恐怖に他ならない。
「……なんで」
それを行った人物が誰か。それを私はよく知っていた。
クレーターの内側に佇む姿に、私は声の出ないまま、体を震わせる。
フラフラと、振り子のように体を揺らすだけの彼の足取りは、明らかにおぼつかないもので……未だに夢現にいるかのようだった。
尋常でないその姿は、私の知る人では無いのだと……それを知らしめるかのように、私の中の直感は警鐘を鳴らす。
「どうして?」
己の衝動に突き動かされるまま、問いかけた後で、それ自体既に意味のない問答だと気づいた。
その理由は……とうの昔に分かっていたことだ。
「あの人も、覚悟してたことだよ」
傍らから聞こえた声。
振り向くと、傍らに一人の少年が立っていた。
「傷つけたくなんか、なかった筈なんだ。……あの人は、だれよりも大切な者を守るために戦っていたんだから」
肩まで伸びた癖の無い漆黒の髪。
赤の混じった茶色の瞳で、少年は私を見つめ、笑った。
「だから、早く戻って来いって、僕らがひっぱたいてやらないといけないんだよ」
差し出された手は私よりも少しだけ大きくて。
その手を握り、立ち上がると少年は微かに笑って目線を前に戻した。
ゆるりと、その人が顔を上げた。
その動きに合わせて、私よりも僅かに色合いの濃い、癖のある茶髪がふわふわと、重力に抗うように浮き上がり……端の方から重力に負けるようにして肩を撫で落ちる。
そこから覗くのは……能面のように、表情が削ぎ落とされた容で。
私と……少年と同じ楕円の形に丸みを帯びた瞳だけが、私達が単なる敵対者の関係だけで無いことを何よりも如実に語っていた。
「戦おう。きづ」
あの人と同じ呼び方で私を呼んだ少年は、その目をあの人から離すことなく、続けた。
「戦わなきゃ、護れないものもある」
つられるように見たあの人の目には、私のことも、少年のことも……何一つ、映されてはいなかった。
「うん……!」
変わり果てたその姿に、こみ上げてきたのは悲しみではない。
「戦って……取り戻して……!」
……純粋な、怒り……!!
「皆の前に引きずり出して、土下座させてやる……!!」
「きづちゃーん! 朝よーっ!!」
階下から聞こえる声。それに被さり、音を立てる目覚まし時計に、私こと、沢田
「……あれ?」
パチパチと、数度目を瞬かせて、徐に私は首を傾げた。
まるで小骨が咽の奥に引っかかってしまったような……おかしな違和感。そんなものを、目を開いた瞬間に感じたのだ。
(何だろう? 何か……夢をみてたような気がするんだけど……)
ついつい気にかかり、布団の中に座ったまま首を傾げていると、がちゃりと扉が開き……ひょこりと、私と同じ、明るい茶髪が、覗いてくる。
「きづちゃん? 急がないと学校遅れちゃうわよ?」
そう言って、無意識に止めていた目覚まし時計を改めて私の前に差し出すのは、一人の女性だった。
胸の辺りまで伸ばされた後ろで緩く一纏めにした姿は若々しく、私の姉と言っても通りそうだろう。
吞気にそんなことを考えていた私は、差し出された時計を手にとって……それが示す時間に、顔色をなくした。
本鈴がなるまで……後幾分もない。
「なぁー!? 何で起こしてくれなかったのよ!! お母さんのバカッ!!!」
座り込んでいた布団の上からすぐさま飛び上がり、洋服掛けから並盛中学の制服を引っ掴んだ。
「あら? やぁね……何度も起こしたわよ? ぐっすり眠ってたのはきづちゃんじゃない」
のんびりした口調で答える女性は、しかし口元がうっすらと微笑んでいる。
絶対に分かっていて、私を起こさなかったのだ。
それくらいのことは……この人から生まれたんだから、嫌でも分かる。
この人が、私の母、沢田京子である。
この行為が彼女の腹黒属性なのか、単なる天然のなせる技かは定かでは無いが、娘の焦る姿を見て楽しむその感性は世間の常識でははかれるものではないという事は、悲しいかな、13年の人生で理解できている。
「もうっ! 今日まもちゃんもフユもいないのにぃ~」
制服をブレザーまで着込み、カバンを引っ掛け、階段を数段飛ばしで駆け降りると、玄関で一人の女性と遭遇した。庭の花に水をやっていたのか、まだ濡れている如雨露を持っている。
「あら、きづちゃんお早う……その頭で行くの?」
慌てて出ようとする私に対して、笑いながら髪の毛を触るのは私よりも濃い茶髪の女性。ショートカットにされたその髪は、毛先が僅かに丸みがあり、それが彼女に不思議な可愛さを与えている。お母さんよりも僅かに年上なだけに見える彼女は、驚くなかれお母さんとは、およそ一回りは年が違うのだ。彼女は……私の父の母…沢田奈々である。
指摘されてようやく、私は己の髪の凄惨極まりない状況に気付いた。わかりやすく言えば、ぼさぼさの鳥の巣と見紛う程のもの。
いつもならば申し訳なく思いながらも、髪の毛を整えてくれるよう頼んでいるだろう。
しかし、本日は本当にそんな暇は無かった。
「ご……ごめん! 急ぐから!! 行ってきますっ!!」
全力疾走で私は走りだした。
今日は遅刻は出来なかった。
(だって今日は……)
「早くしないと…球技大会始まっちゃうー!!」
1時間目から球技大会なのである。……一日総がかりで。
この時には、私は起きた直後に感じた違和感などすっかり頭の中から抜け落ちていた。何か夢を見ていたような気がしたことも、それがどんな夢なのかももう思い出せなかったのだ。
それをおかしいと、感じることさえも私にはまだ出来なかった。
「な……何とか、ギリギリ」
「セーフだったらよかったのにな」
ひょいと、教室の扉の前で息切れしていた私の目の前に現れたのは、私の幼なじみの男の子だ。
短い髪は藍色が混じった黒髪で、少し悪戯っ子のようににやつく瞳も同色。
「や……山本君! あれ? ……みんなは?」
見知った顔のドアップにややびっくりしたものの、覗いてみると、他に生徒の姿はない。
思わず首を傾げる私に、山本君と呼ばれた彼……
「体育館。開会式、もうとっくに始まってるしな」
「え? ………あぁぁぁぁぁぁ!!」
大会があるならば確かに開会式も必要である。
ようやくそこに思い当たった私は、全力疾走で体育館に向かった。後ろで慌てた様子で叫ぶ山本の制止に、気づきもせず。
中学における球技大会の開会式などは、その規模の大きさと、実行理由から普通はそこまで大規模なものにはなり得ない。
なぜならこれはあくまで生徒間の試合こそが主役で有り、それを生徒主体で執り行うことで彼らの自立性、自主性を高めるという一面があるからである。
そのため式の内容としては、学年主任の話と実行委員会からの注意事項。主なものはそれだけだろう……普通ならば。
だが、並盛中学で普通ではないのは、生徒の自主性を重んじる教師よりも強い権力がある一つの委員会に掌握されていることだ。
かくして、並盛中学ではどのような学年行事の式であっても、たった一言、風紀委員会の委員長からお言葉を頂くのは、最早当然の流れだった。
かくして、並盛の恐怖の権化、並盛の秩序と称される男が壇上に上がり、徐にマイクを取り出そうとした
時……それは起きた。
「到着ーっ!」
無言の静寂に満たされていた体育館に突如響いた大声。バァンと荒々しく開かれたドアが、ギイギイと音をたてて開閉を繰り返しているのはそれだけ開けた際の衝撃が強かった影響だろう。
ふぅと、息を整える音さえ随分大きく聞こえた。
「……あれ? もしかして、終わるまで待ってた方が良かった?」
ようやく、周りの醸し出す不穏な空気に気づいたのか、問いかけた少女はひどくあどけない表情をしていた。
無論、これは本来ならば褒められる行為ではないが、かといって、呼び出してまで叱ることでは無い。本鈴は既に鳴っているとはいっても、これは正規の授業とは言いにくいからだ。現に暗黙の了解として、山本君のように開会式に出席しない生徒は、事前に周りの人間と口裏を合わせておけば席を詰めて座る程度で済む話なのである。
これはあくまで形式的なものであり、名簿を持って全員の有無を確認するものではないのだから。
しかしこのような現状では別だった。
教師ならば多めに見てくれても、多めに見る気のない最高権力者がここにいるからだ。
「……ねぇ。予鈴も本鈴も鳴り終わっているんだけど……これは一体どういうことかな?」
怒鳴られた訳でも無い。だがその低い声に僅かに込められた威圧感に、教師達は全員肩を強ばらせた。
耳までで切り揃えられた漆黒の髪は質が良く、癖毛一つ無い。和風美人と呼ぶに相応しい顔立ちで、微かに微笑みを浮かべれば世の女性を一撃で虜にすることは間違いなかっただろう。……それが、絶対零度の、悪寒を催すようなものでなければ。
「答えなよ。……沢田絆奈」
周りの反応は迅速だった。
教師の、友人であるはずの同級生の手によって、私はあっという間に、入り口から壇上の真下へ連れてこられたのだ。
「やぁ……君と会うのは初めてだったかな?」
そう語りかける御仁の口元は笑いの形を作ってはいるが、目は全く笑っていない。
(むしろ……完全な無表情……!)
あまりの恐ろしさに頭の中が真っ白になるという経験を、この時私は初めて体験していた。……体験したくもなかったが。
「は……はい、お初に……お目に、かかります……ヒバリサン」
震えながらも、目だけは反らさずに、私は答えた。
猛獣などでも、逃げるときは目をそらしてはいけないと言う。この人も同じだと思ったからだ。
この並盛中学に入学してから、話には何度か聞いたことがある。
この町の絶対的な支配者にして、恐怖の権化。絶対逆らってはならない相手にして、最強最悪の並盛の秩序。
風紀委員会委員長……
それが目の前にいるこの男である。
「へぇ? 僕のこと、知ってたんだ?」
やけにゆっくりと言葉を紡ぐ相手に、耐えきれずに私は目を瞑ってしまい、そのままぶんぶんと首を縦に振る。
彼に逆らったものは愛用のトンファーで滅多打ちにされ、機嫌が悪いときはそのまま殺されるというのが専らの噂である。
場所が彼の好きな場所と噂の並盛中学だから殺しはないだろうか。いや、もしやその場所の数少ない行事に遅れてきたからこそ、許されないかもしれない。
どちらとも考えられ、どちらなのか判断などつかないのだから、私はびくびくしながら判決を待つしかないのである。
「ふーん……君が……彼の娘か」
ぼそりと呟かれた言葉の大半は、良くは聞こえなかったので、思わず聞き返そうとして、顔を上げた。……その直後、トンファーの持ち手の先端部分で、頭をガァンと、殴打される。
「~~~っ!!!」
余りの痛さに目に涙を浮かべ、その場に座り込んだが、彼はまるできにすることなく、スタスタと壇上を降りていく。
「今週末までに反省文。風紀委員か、風紀ポストに入れておいて」
振り向きもせずにそう言い捨てられた言葉が、自業自得と分かっていても恨めしかった。
「……いや、そこはそれだけですんで良かったって言うとこな」
「そんな言葉じゃ割に合わないよ! すっごい痛かったんだから」
怒っている私を目の前に、何故か朗らかに笑う山本君には、申し訳ないという気持ちなど欠片も無いのでは無いかとつい疑ってしまう。所変わらず体育館。二階では女子のクラス選抜メンバーによる卓球の試合が、一階では男子の二チームに分かれてのバスケの試合が、それぞれ開催されていた。
もともと私は選抜メンバーに選ばれていなかったのも有り本日は完全な観客である。痛めた頭を抑えつつもクラスのメンバーの応援をすべく、一階と二階を行き来していた。
「でも相変わらず山本君は凄いよねぇ。スポーツ全般万能で。羨ましいよ」
山本君の所属している1A偶数チームは既に一回戦を終え、二回戦進出が決定していた。
「うーん。……でももう一つのチームは難しそうなのな」
やや悔しそうな口調で評した山本君が目を向ける先では、その件のチーム、1A奇数チームがまさに試合中だった。
「男子のみの番号順で奇数だからな……「くろ」入っちまったし」
聞こえた最後の呟きに、私は眉をひそめていたのだろう。慌てた様子で山本が一言謝ってくる。
「……いいんじゃない? 山本君はそう呼びたかったら」
「くろ」……山本君がそう呼んだのは、1Aに所属しているある生徒だ。
目までかかるほどの長い黒髪に、いつも俯いているせいか、まともに目を見たことのある相手は一人もいないというのが専らの噂である。
言葉を話すこともしないし、性格も根暗。学力は学年のドンケツレベルで、テストは赤点が当たり前。スポーツもだめで、彼が出るともれなく負け…黒星と、様々な意味で有名だった。
「確か……名前は……ヨイヤミ、えっと?」
「
クラスメートのはずの少年の名前を満足に覚えていない山本君に、私は些か腹をたてるが、一方で、無理もないとも思うのだ。……何せクラスの皆は誰も、彼を名前で呼んでいない。私も数週間前のある出来事が無ければ、彼をクロで済ませていただろう。
クロという言葉は、彼にとっては蔑称でしか無いはずなのに。
(だいたい、凍夜君も凍夜君だよ! 何で言い返さないんだろ?)
私は私が山本君に合わせてしまったことを棚に上げ、つい凍夜君本人に文句を思ってしまう。
最も彼は、私の母と違う意味で天然属性を持っているのか、クロが蔑称であることを理解していないのでは無いかと思える所があるが。
「……そういえばフユの方はどうなったんだよ? 確かあいつも選手だろ?」
流石に凍夜君の話題は私の怒りの原因を作るだけと分かったのか、あからさまに話題を変える。
(まぁ。私もその方がありがたいけど)
「一回戦なら終わったよ。全勝で先に3セット取ったから、フユちゃん自身は試合してないけど」
山本君以外にもう一人、私には幼なじみがいる。
幼い頃から、バレエ、新体操と嗜む彼女は、運動神経と、均衡感覚が良い。
私の母と彼女の母が親友同士と言うこともあり、山本君同様物心ついたときからの付き合いだった。
山本君の方は、私のお父さんと山本のお父さんが親友同士だったらしいのだが、山本のお父さんは外国で仕事をしているらしく滅多に並盛には帰ってこないため、良くは分からない。
お父さんに至っては論外である。
私のお父さん……沢田綱吉は、私がまだお母さんのお腹の中にいるときに、事故か何かで死んでしまったらしい。享年22歳。家の仏壇に写真はあるもののその写真は高校生の入学式のもので、どう見てもお父さんと呼べる年齢ではない。
どうやら大人になってからのお父さんは大層写真嫌いだったらしく、入学式等の行事の時にしか写真を撮らせてくれなかったらしい。
それ以降の写真は今の所見つかってはいないそうだ。
おばあちゃんが探しているようだけど、ことこの件に関しては私ももう期待してはいない。
現状でも母子家庭なのだし、ないものはしょうがないと割り切っていると言うべきだろう。だからこそお父さんと言われても想像はできないし、現実味も沸かないのだ。
「ふーん。全勝って……もしかしたら女子も優勝できるかもな」
そう語る山本君の口ぶりは、自分達が必ず優勝すると疑いもしないものだ。
「……それって一クラスで全制覇ってこと? 難しいんじゃない?」
敢えて否定の言葉を投げかけてみるも、それで余計に山本君は燃えてしまったらしい。
そんな会話をしている内に試合終了の合図が鳴る。
結果は10点以上の大差をつけて、1A奇数チームの負けだった。
「やっぱりな」
ため息をはく山本君は、その後のことにさして興味はないというように目をそらした。
……負けた1A奇数チームの面々は皆怒りに満ちた表情で凍夜君を睨んでいた。
獄寺冬瓜率いる1A女子選抜チームは、結局決勝戦で惜しくも敗れた。
最終セット。フユちゃんの相手は卓球部のレギュラー選手だったのである。
「あ~っ。負けちゃいました……フユはしょんぼりです」
閉会式の進行を横目に、肩を落として力なく項垂れるフユちゃんを、私はぎゅっと抱きしめる。
「そんなわけ無いよ。フユちゃん。相手は卓球部のレギュラーなのに、すっごい僅差だったじゃんか」
「それでも……負けは負けですよ。勝てればナミモリーヌのケーキ、特別に二つ買おうって、お母さんと約束してたんです」
後半に続いた如何にも彼女達らしい約束事に、思わず笑みを浮かべる。
フユちゃんはお母さん、獄寺ハルさんと、まるで姉妹のような親子関係を築いている。
それが羨ましい関係かどうかは人それぞれなので言及する気はないが、母子関係だけでも良好なのは私としては嬉しいことだ。……そう、フユちゃんの家はお父さんとはあまり上手くいっていないのである。
長い付き合いながら、私はフユちゃんのお父さんに会ったことは一度もない。フユちゃん自身もその人の写真などを見たことは無く、隼人という名前しか知らないらしい。何でもその人とハルさんはかなり仲が悪く、時々かけてくる電話でも、ほとんどが怒鳴りあっているのだという。
つくづく彼女は、あんなに仲が悪いのに何故離婚しないのだろうかと、首を捻っていた。
「二人とも。今日はホームルーム無しで帰宅らしいな」
解散の指示が出たのか、ばらけていく生徒の中から、ひょっこりと山本君がやって来た。
「ふーん。そうなんだ……二人はどうするの?」
一緒に帰れるのかと、つい期待のこもった眼差しを向けてしまうが、先に謝ってきたのはフユちゃんだった。
「ごめんなさい。きづさん。フユ、新体操部の交流試合が近いので、これから集まってミーティングがあるんです」
両手を合わせて謝意を示すフユちゃんに、予想はしていたので私は気にしないでと首をふる。
新入生として入ったばかりのフユちゃんではあるが、すでにエースと言われるほどの実力を持っているため、レギュラーとして数カ月後の大会に出場することが内々では決定されているらしい。
その為に今は中学での試合に慣れるため、様々な学校と交流試合が組まされているのだという。
「……山本君は?」
つい縋るような目を向けてしまうが、予想の通り山本君の口も重い。
「悪い……きづ。俺もちょっと今日は母さんに色々頼まれててさ、一緒に帰れそうもねぇわな」
せわしなく目を泳がせるその姿は怪しいことこの上ないが、山本君は時々こういうときがあるので詳しく問いただすことはしないようにしている。
男である分、言えないことが色々あるのだろう。
「了解。……じゃあ、また明日ね」
ヒラヒラと二人に手を振りながら、私はそのまま学校を出るため、玄関に向かった。
その音を聞いたのは、体育館から玄関までの道のりの半ばにある中庭でのことだった。
何人かの生徒の声は同じ1Aのもので、聞き覚えがあったが為に、余計になにかが起きたのかと気になったのだ。
ひょこっと考えも無しに覗き込んだ私は、そこで起きていたものに悲鳴をあげそうになった。それはリンチだった。数人の生徒が一人の生徒に暴行を加えていたのである。思わずどうすれば良いか狼狽えていると、鋭い怒声が私のいる反対側から中庭へ向けて放たれた。
「あんた達、大の男が揃いも揃って極端に何やってんのよ!!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、見覚えのある銀髪のポニーテールが日の光に反射する。
「私の目が黒いうちは極端な弱い者虐めは許す気無いよ……! まだやるってんなら、相手になるけど……?」
まるで戦神のように言い放つのは、一学年上の空手部主将だ。彼女の名前は
私のお母さんのお兄さんの娘で、私とは従姉妹同士の関係になる。
おじさん譲りの銀髪でやや目立つが、その圧倒的な実力から並盛の中では空手の美姫とも、呼ばれているらしい。しかし性格はどうも大雑把で男勝りな所があるため、名前負けしているというのが正直なところだ。
「……って、凍夜君! 大丈夫!?」
そんなことをつらつら考えることで現実逃避していたのか、気づけば鶴さんがリンチを受けていた被害者、宵闇凍夜君のを抱き上げていたところだ。
「あれ? 極端に偶然だねぇ。きづ。……知り合い?」
目を丸くして問いかける彼女は、どうやら凍夜君のことを知らないらしい。
彼の話は一年の間では既に有名だが、その上の学年にはあまり伝わっていないのだろうか。
(いや、鶴さん陰口とかには疎いからなぁ。気づいてないだけかも)
フユちゃんや山本君同様、幼い頃からの付き合いのある鶴さんは、小学生の頃から護身用として空手を習い始め……見事にその魅力に取り憑かれた。
彼女のお父さんが趣味でボクシングを嗜んでいることもあり、彼女のお母さんはあの人の子だねで、その趣味を止めさせることを諦めたのだという。
そんなわけで女らしさなどちっとも開花させなかった鶴さんは、今日も今日とて空手部にて我が身の春を謳歌している。
(……でもあの強さが格好いいって言う人は多いんだよなぁ。……ほとんどが女の人だけど)
彼女はその格好良さから異様に女にもてるのである。
「んで、キヅは原因知ってんの? やった奴ら、多分一年だよね?」
見覚えなかったしと続ける彼女は、周りの噂などには疎いが観察眼は無いわけでは無い。
寧ろ生まれ持っている正義感が強い分、このような行いをする奴らには、一発入れないと気が済まないのだろう。
「う……うん。凍夜君も虐めていた子達も、どっちも私のクラスだよ……」
「極端に理由は知ってんの? 一年生って確か今日が球技大会だったよね?」
並盛中学の球技大会は、三日間で一学年ずつ、体育館を貸し切って行う。
二学年である鶴さんは明日が球技大会で、今日は短縮ながらも平常授業だったはずだ。
「うん……多分、試合に負けたからだと思う」
打ち明けた私は自然と俯いていた。
凍夜君をチームに入れて、負けたチームが凍夜君を虐めるのは、実はこれが初めてでは無い。
私が気づいて数えただけでも、もう五回には上るだろう。山本君の方は入学した当初から知っているらしいが、積極的に止めようと言う気は無いらしい。
凍夜君が教師に相談しないことも相まって、クラスの中では恒例行事になりつつあるのだ。
何も出来ない忸怩たる思いで打ち明ける話を聞きながら、鶴さんは私に問いかけた。
「話は分かった……で? 何であんたも極端に教師に相談しないわけ?」
溜息交じりに問いかけた鶴さんに、私は言葉を返せなくなる。
中庭に設置された四人座りのベンチの上、片側に凍夜君を寝かせた状態で、隣合う状態で私の話を聞く鶴さんの言葉は当をえている分容赦がない。
「極端にそこまで分かっていて、何であんたは助けようとしないの? あんただけでも極端に教師に知らせれば少しは事態も動くんじゃ無いの? ……あんただって、その子が虐められてんのみて、良い気分になっている訳じゃ無いんでしょ?」
「あ……当たり前だよ! ……だけど」
勢いで、叫んだはじめから一転、尻窄んだ言葉は、そのまま私の弱さをあらわしているのかもしれない。
「極端に今度は自分に虐めの矛先が向けられるのが怖いと……」
呆れられたかもしれない。そう恐れながら私がジッと、鶴さんの動きを待っていると、反対側のベンチから、凍夜君のうめき声がきこえた。
「と……凍夜君! 大丈夫?」
咄嗟に彼の傍に近寄ると、意識がはっきりしてきたのか、起き上がり、辺りを見渡している。次いで、目の前にいる私に目を向けると、彼は抑揚の少ない声で言い放った。
「……誰?」
下手に表情が視えない分、私のダメージはでかい。
「何あんた達、極端に同じクラスで面識ないわけ?」
ベンチから動くこと無く、私と凍夜君のやりとりをみていた鶴さんが口を挟んでくる。
その通りなので、私としては何も言いようが無いが、鶴さんとしてはそこも呆れる要素だったのだろう。
「この子は沢田絆奈。極端にあんたと同じクラス。私は笹川鶴。この子の従姉妹で、あんたらの一個上の学年よ」
なんともざっくりとした自己紹介に、私は思わず頭を抱えたくなる。
「……沢田? ……笹川」
目を覚ましていきなり自己紹介を始められた凍夜君も、どう反応すれば良いのか分からないのだろうか。僅かにぼんやりとした様子で、私たちの名前を反復して……。
「……いらない」
突然、今までに聞いたこともないようなはっきりとした声音で、そう言いきっていた。
「……は?」
ベンチに座ったままの鶴さんの目が据わる。それを分かっていないのか、凍夜君は更に強い口調で続けた。
「余計な世話だ。……お前達に関わる気は無い」
そのまま、一直線に中庭から校舎へ入っていく。
「……なにあれ」
親切心だったとは言え、流石に気分を害したのか、鶴さんは目元をキツくしていた。
「……ま、まぁ。元気そうだったから、良いじゃん! じゃあ、私も帰るね!!」
このままいれば、凍夜君に感じた怒りを、私にぶつけられそうな気がして、私も早足で玄関へ向かう。
何で、私たちの名字を繰り返して、他の人とは違う態度を取ったのか、この時の私には、まだ凍夜君の思いは理解できては無かった。
なんだかんだで濃い一日が終わり、私は住み慣れた我が家の扉を開け……そこに見慣れない黒い靴があることに目を丸くした。
(お客さんかな?)
この時、何も知らない私は吞気にそんなことを思いながら家の中に上がり、お母さんとおばあちゃんに一声かけようとリビングに顔を出して……。
「ほぉ。お前が沢田絆奈か」
その男に、あった。
若い男の人だ。多分二十歳を越えたか、そこらであろうか。じろじろと、私に目を向けながら、一人納得するように頷いている。
「あ……あの、どちら様、ですか?」
多分、お母さんかおばあちゃんの知り合いだろう、とは思う。おばあちゃんが言うには、お父さんが子どもの時、家には何人か居候がいたそうだから、その内の一人かもしれない。
そんなことをつらつらと考えていた私を嘲うかのように、その男はフッと、ニヒルな笑みを浮かべた。
「俺の名は……リボーン」
この男との出会いが、私の物語の始まりとなった。
「沢田絆奈。お前を立派なマフィアのボスにするために来た」
序章なのに長すぎるだろう!
とツッコミしたい人はすいません!!
春夏も十分分かっていますが、どうしてもここまで入れたかったのでε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
単なる我が儘ですが後悔はしてませんので。
他の作品共々、よろしくお願いします!