ヴェルフは自分の工房で考え込んでいた。
目の前には二つの大戦斧、大質量を軽々と運べるリリスケの武器の候補だ。
椿が寄こした武器の中にそれは有る、だが不思議な事に他の武器は一つづつしかないのになぜかこれだけ二つある。
試作品らしく余計な装飾は無いので見た目にはほぼ変わりがない。
この二つは形と握りは同じなのだが、その他は鍛冶師にすれば別物と言える出来だった。
一般人ならそれ程違いは感じられないかもしれないが、鍛冶師としては斧としてのバランスが明らかに異なっている。
ヴェルフが試しに二つの斧を振っても違うと言う事しかわからないほんの小さな違い、その事が鍛冶師たるヴェルフには違和感があるのだ。
残すならどちらか一つで良い筈なんだが……
奴(椿)からの挑戦でもあるかのようにペアリングで梱包されていたのだった。
ヴェルフは二つを持って長い間考え込んでいた、リリスケの武器の有力候補なだけに慎重になっているのだった。
ヴェルフは暫く工房に籠ってあれこれ試してみたのだがらちが明かなかったのでヴェルフは中庭に出る事にした。
二本を本格的に振り回せば何か分かるかもしれないと考えたのだ。
ただそこには神タケミカヅチと春姫がいた。
オラリオの非常事態宣言は未だ解除されていないのでタケミカヅチは屋台のバイトの仕事が無い。
(へステイアの方が重宝されているのだった。)
そこで神タケミカヅチはここへ来て春姫やリリの武術指導をして金を稼いでいるのだ。
幸いヘスティアファミリアはリド達との取引で比較的裕福になっているのでこんな事が可能なのだった。
ちょうど今は春姫の指導をしている様だったので邪魔にならない所で本格的に大戦斧を振るう。
だがそれでも二つある理由が分からない、一振りしては首を傾げ斧を交換しては同じことを繰り返す。
その内に神タケミカヅチが気になったのだろう、ヴェルフの所に近づいてきて言った。
「やあヴェルフ君、さっきから首をひねっているみたいだがどうしたんだい。」
「あっ、神タケミカヅチ、えーっと」
ヴェルフは鍛冶にまつわる事なので話すことをためらったのだ。
「ヴェルフ君、頼りないかもしれないけど話してくれないかな?
ほら、春姫も気になっていて集中できないみたいなんだよ。」
ヴェルフが春姫を見ると慌てて素振りを始めるのだった。
それを見たヴェルフはため息をついて神タケミカヅチに相談する事にした。
「実は…」
神タケミカヅチはヴェルフの言葉を黙って聞いていた、そしてヴェルフがすべて話し終えると大戦斧を一つ持った。
そしておもむろにそれを振りだした、どうやら武術の型の一つを行っているらしいがまるで舞を舞っているような見事な動きだ。
型を終え綺麗に停止、しばらくそのまま静止していたがゆっくりとした動作で得物を変えた。
そして再び演舞、ヴェルフはもとより春姫も見とれている様に動きを止めていた。
そして神タケミカヅチは二つに斧をもってヴェルフの所へ戻って来た。
そして右手に持った斧をヴェルフに差し出して言った。
「ヴェルフ君、こっちは個人向けに調整された斧だね。
相手はかなりの使い手のようだよ。
おそらく種族はドワーフじゃないかな、バランスからはそう感じるね。」
その言葉にヴェルフは驚愕した、いかに神と言えども型を一回しただけだ。
しかもこれは鍛冶にまつわる事、タケミカヅチにとっては畑違い、そう思っていたヴェルフが驚愕したのも無理はないのかも知れなかった。
タケミカヅチはヴェルフが何も言わないのを見て取ると胸を張って言った。
「ヴェルフ君、確かに俺は鍛冶の神じゃない。
だが君の持ってきたものは武器だ、であれば無関係じゃない、俺は武の神だからね。
そもそも武器と武術は一体のところがあるんだよ。
新たな武器が新しい武術を生み出し、武術が極まると新しい武器を必要とする事は往々にしてあるからね。」
その言葉にヴェルフは思わず頷いた。
そう、考えてみればその通りだ、武器や防具は武術と密接にかかわっている。
だが今までヴェルフは自分の工房にこもりっきりで鍛冶の腕を磨いていた。
刀を積極的に振るうことは無く、ダンジョンには経験値と金を稼ぎに行く感覚だった。
これはコンバートしても基本的には変わらないヴェルフのスタンスだった。
そしてヴェルフはここで椿の言葉を思い出した。
『あらゆる武器を作り、そして試し切りしてきた。』
今までそれをヴェルフは『酔狂な事』と切り捨ててきたがもしかして…
ここでヴェルフの思考は中断された、タケミカヅチの次の言葉によって。
「そしてこれなんだが、ヴェルフ君には本当にこれが分からないのかな?」
ヴェルフがあれほど悩んでいた事をタケミカヅチは分かって当然のように話している。
「……ああ、今の俺には分からない。」絞り出すようにヴェルフはいった。
タケミカヅチは少し考えてからこう言った。
「ヴェルフ君の得意な得物はなんだい?」
「そうですね、主に大剣を使っています。」ここは神に対して隠す事でもないのはハッキリとヴェルフは答えた。
「なら買って欲しいものが有るんだが良いだろうか?」
この時タケミカヅチはこう言ってニヤリと笑ったのだった。