新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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6.Angel attack.

 浅い月が淡く照らす二体の巨人。

 その片方に搭乗しているわたしからすれば、相対する未知の生命体しか臨む事は出来ないが、傍から見ればきっと壮観な光景だろう。周囲に展開されているビルが、まるで玩具のように見えた。

 

 第三新東京市。

 その役割は対使徒用の決戦都市だったか……。

 

 ()()()は仕組みに興味が無かったのであまり詳しく覚えちゃいないが、かつて碇シンジの記憶で目前の使徒『サキエル』と相対し、これを撃破した。その戦闘中に彼は意識を失くしていたが、後日目が覚めた際、その使徒の自爆により更地と化した此処に、ビルが生えてくる光景を見ている。

 呼ばれは『天井都市』というものの筈。

 大規模な戦闘の際に都市部を地下のジオフロントへ収納し、使徒との戦闘による被害から住居設備を守る機能。それがあたかもジオフロントの天井に逆さまになって都市が生えているように見えるから、そういう名称なのだろう。

 

 先の碇シンジの記憶を鑑みるに、その機能は今現在発動している。

 つまり、エヴァのコックピットから見てみれば、巨大な積み木の玩具のようにさえ見えるそのビル群は、きっと『兵装ビル』だ。壊したとしても誰も困らない。……いや、財政的には困るのか? まあそんな事ならば知ったこっちゃないが。

 

 人が居ないのならば結構。

 存分に暴れさせて貰うだけだ。

 

 

――いや、人が居たところで、邪魔になるなら構う事も無いか。

 

 

 わたしは昂ぶる心を隠すでもなく、不敵に微笑む。

 思わず声を漏らして高らかに笑ってしまいそうにもなるが、流石に相対したばかりで大声を上げて笑うのは、致命的な印象の悪さがあるか……。後が面倒くさい。とはいえ、どの道『アスカ』が来るのはまだ先だし、『綾波レイ』は現在入院中。エヴァで戦えるのは暫くわたしだけ。あまり配慮する必要も感じないが、あくまでもこの場の笑みは『緊張と高揚』の表れぐらいにしておく。

 まあ、『ラミエル』に『イスラフェル』、あとは『サハクィエル』……こいつ等はわたしが殺しておきたい。それまでにこの初号機(おもちゃ)を取り上げられるのは本意じゃないし、一応の配慮だ。

 

 まあでも、別にわたしがどうしようとそう簡単には取り上げられる事も無いか。初号機が無いと補完計画は頓挫するだろうし。……多分。まあ、仮にわたしが更迭されたとして、パイロットがあの『死にたがり』じゃ、何人ストックがいても足りないだろうし。

 

 ふむ。成る程。

 わたしや碇シンジが召還された理由の一つかもしれない。

 

 そんな思案をしていれば、わたしの高すぎるシンクロ率に言葉を無くしていたらしいE計画の責任者様が指示をくれる。

 

 歩け、と、そう言われた。

 

 可笑しな話だ。

 敵の真ん前に繰り出して、悠長に『歩け』だって? 馬鹿なのか、はたまた暴走するのがシナリオだから、わたしがやられる前提なのか……。

 

 いや、記憶によるところでは、配置を決めただろう作戦部長の葛城ミサトは黒幕側の人間じゃない。おそらく初出撃と言う事もあって、まだ勝手が掴めていないのだろう。

 まあ搭乗しているのがわたしではなく、綾波レイであれば、敵の目の前に出すのはあながち間違いでもないだろう。彼女らは対使徒のお題目を並べながらも、使徒戦が初めてなのだから。初陣で『奇襲』を思いつかなかったとしても、誰に責められる話じゃない。

 

 とはいえ予想こそしていたが、歩行の指示だなんてまるでわたしを馬鹿にしている。

 

 造作も無い。

 わたしはエヴァに歩くようイメージを伝えた。

 

 目の前のスクリーンが揺れ、巨人が一歩踏み出したと理解する。

 

 いや、こんな表現は不適切だ。

 

 ()()()が一歩踏み出したと知覚し、()()()が体感しているのだ。最早これは主観。態々小難しくごちる必要など無い筈だ。

 

 そう自覚すれば、わたしの身体がぐんと引っ張られるような感覚を覚えて、コックピットがエントリープラグの中を更に下降する。

 

 シンクロ率上昇。八九・三パーセント。

 わたしの感覚の向上は、そんな野暮ったい理屈の象徴で述べられた。

 

 回線の向こうでどよめきに似た音が漏れていた。

 が、正直に言って煩わしいだけだ。

 

 わたしは自らの唇を開く。

 

「……あれを殺す。指示はそれだけでしょ? 御託は要らないから、さっさとやらせてよ」

 

 すると返事は即座にやってきた。

 先ずは様子見。わたしがきちんとエヴァを扱えるかを見定めないと危険だと言われた。

 

 面倒くさい。

 しかしそれならば、わたしがエヴァをこれ以上ないくらいに巧く扱えるとパフォーマンスをすれば良いだけだろう。なんだ、簡単じゃないか。

 

 わたしは回線を無視する事にした。

 ならば見てろと、それだけを告げて。

 

 相対する使徒はこちらを見ているが、まるで品定めをするかのように、動きを見せていない。

 きっと初見だからエヴァが『敵』であるのかさえ判断しかねているのだろう。とはいえエヴァの波長パターンはオレンジ。ブルーの彼からすれば『敵』である事は何となく本能的に察している筈。攻撃をされるのは時間の問題だ。

 

 先手必勝。

 

 わたしは初号機に指示を出す。

 初号機は僅かなラグこそ感じさせたが、間違いなくアスファルトの大地を駆った。

 

 そのまま使徒へと真っ直ぐに突っ込む。

 が、初号機の足はすぐに止められる。

 

 打ち付けた額がキンと音を立てて、極彩色の壁に弾かれた。

 

 じんとした痛みを訴える額。

 わたしがぶつけた訳じゃないのに、まるでコンクリートに頭突きをしたかのような鈍い痛みだった。更にご丁寧な事に相乗するダメージもある。視界が眩んで、首の付け根から骨が軋むような音を聞いた。

 

 成る程。

 これがフィードバックダメージらしい。

 随分とご丁寧な仕様だ。先程のわたしは『シンクロ率によって左右される』と考えていたが、エヴァと言うもの自体が巨大である為に、ダメージも一々大きい様子。首なんて飛ばされたらひとたまりも無い。

 

 これが碇シンジを痛めつけた感覚。

 これがわたしを苦しめ続けた感覚。

 

 回線の向こうでは初号機の行く手を阻んだ壁をATフィールドと呼称していて、わたしに無駄な指示を出す余裕さえ無い程に驚愕している様子だった。

 

 

 不意に胸が震えた。

 熱くたぎるような衝動が血液と共に全身へ巡り、わたしは歯を食いしばる。それでは我慢が出来そうになかったので操縦桿をきつく握り締め、身体中に力を込めた。

 

「……邪魔」

 

 衝動のままに指示を出す。

 初号機はやはり僅かなラグと共に右腕を引く。左手は目標を確かめようと、極彩色の壁に当てる。強烈な痛みと共に弾かれるが、構う事なく踏ん張った。

 

 痛みなんて、わたしの左手は()()()()()()()()慣れている。

 

「すんなぁああっ!」

 

 そして一息。

 わたしの叫びと衝動に呼応して、初号機は右手で拳を作り、それを使徒のATフィールドへぶちかました。

 

 しかし、初号機の手は尚も極彩色に阻まれる。

 自らの右手の指に焼け付くような痛みを覚え、手首が嫌な音を立てた。思わず痛みに右手を震わせたが、わたしはその手を胸の前で今一度握り締める。

 

 大丈夫。

 折れちゃいない。

 

 そして眼前を今一度確認。

 

 初号機に正拳突きを打たれた使徒のATフィールドは、割り破る事こそ敵わなかったが、僅かな穴が開いていた。

 

 わたしはハッとする。

 すぐに指示を改め、左手をその穴に差し込ませた。右手もその後を追うかのように、極彩色の穴を無理矢理引き裂かんとさせる。

 

「うざったいなぁ、もうっ!!」

 

 そして大声を上げながら、わたしは操縦桿を再度握る。それ自体に意味は無いが、何かを握る方がずっと力が籠もるものだ。

 これ以上無いくらいの、ありったけの力を籠めた。

 

 ガクン。

 コックピットが音を立てて、更に降下をする。

 しかしそんなものを気にする余裕は無い。

 

 今は……今は何より、この壁をぶち破って、奴を殺したい。

 

 復讐が――したい。

 

 その思いが活力となり、その活力がエヴァの馬力になる。

 わたしが猛り、叫ぶのと同じくして、初号機も馬鹿でかい咆哮をあげた。

 

 そして、パワーバランスの臨界を超え、初号機の膂力が使徒のATフィールドの強度を上回る。一度勢いがつけば、あとは布でも引き裂くかのように簡単だった。

 

 バシュンと音を立てて裂けた壁。

 極彩色の残骸が欠片となって見えるが、わたしはそれが霧散するより早く初号機に駆けろと命じた。

 

 僅かなラグが感じられなくなる。

 ただただ指示に順応な操り人形のように、初号機は大地を蹴った。

 

 此処に至って漸く、使徒は初号機を敵と認識したようだ。

 顔面を狙ったように、奴の右手が差し出される。その手の長さは決して初号機の顔面をそのまま鷲掴みに出来る程では無かったが、わたしは開かれたその手の平に虚無を思わせる空洞を見た。

 

 そして、その虚無が光る。

 

 わたしは舌打ちをひとつ打った。

 脳に描く行動をそのまま初号機に命じる。

 

 駆けている為に前方へ慣性が掛かっている状況。そこへカウンターよろしく、攻撃を仕掛けられようとしている訳だ。……つまり、避ければ相手に凄まじい隙が生まれる。

 

 避けれるか?

 そんな事を考える必要はない。

 

――避けろ!!

 

 使徒の手の平から杭のような光線が放たれるのと、初号機が左前方へ体躯を捻ったのは、正しく同時。

 

「……っつぁああー!!」

 

 初号機の目前を映すスクリーンが光に包まれ、わたしの右目が凄まじい激痛を訴える。

 

 直撃?

 いや、違う。

 当たってはいない。

 

 当たっていたらもっと……死ぬ程痛い筈だ。

 

 大地へ左手と左膝を着く初号機。

 わたしは右手で右目を押さえながら、スクリーンを見詰め直す。

 明後日の方向へ右手を差し出す使徒の姿。それを脇下から見上げるかのような角度で映っていた。

 

 ほらみろ、傷ひとついっていない。

 

 初号機の無事なスクリーンが表す意味は、初号機の顔面は攻撃を受けていないという事。

 つまり、わたしの右目は『余波』を受けただけだ。回避は完遂している。

 

 右目から右手を放す。

 わたしの視界も、やはり問題は無い。

 滲んで見えるのは、LCLに涙が混じっているのだろう。痛みに対して涙が出るのは生理現象だ。気にする事はない。

 

 それよりも、この機を逃すな。

 

 わたしは意思を改める。

 即座に思考し、指示した行動に、やはり初号機は従順。

 

 愚鈍な動作で右手をこちらへ向けようとしていた使徒の脚へ、初号機の右足が足払いを仕掛ける。直撃はわたしの方が随分早かった。右手こそ初号機の頭へ向いたが、光を放つより早く使徒の体勢が崩れ、うつ伏せになるように倒れこんでくる。

 

 使徒の右手が充填していた光線が暴発した。

 が、足払いを掛けたその右足で立ち上がって、バックステップでそれを回避。光線は初号機が居た場所を薙ぎ払ったものの、初号機の背のアンビリカルケーブルすらそれを回避しきっていた。

 

 素早く距離を詰める。

 右足を振り上げ、思いのままに使徒の右腕の最も柔そうな手首の部分を踏み抜いた。

 

 鉱物を踏んだかのような痛みを足の裏に感じると同時に、何処から集音したのかグチャリと言う使徒の腕が砕ける音を確かに聞いた。

 

 使徒は痛みを感じるのだろうか?

 分からない。

 

 だけど目の前で、碇シンジの右目を焼いた、わたしの右目を焼こうとした、使徒の腕が砕けていた。

 

「……あ、あはは」

 

 それが心に満足感を与える。

 ドクンドクンと鳴る心音が加速し、わき腹から胸を這い上がるようにぞわりとした感覚を覚えた。

 

「あはは、あはははははっ!!」

 

 最早額や右目の痛みなんて感じない。

 わたしはただただこの時が嬉しくて、愉快で堪らなかった。

 

 いや、待てわたし。

 まだ足りない。

 足りないよね。

 

 わたしは口角を歪ませる。

 きっと誰かが見ているなら、狂気を孕んだような笑みに見えているだろう。だけどもうそんな事は知ったこっちゃない。

 

 殺せば良いんだろう?

 だけど『殺し方』を聞かされていないから、仕方無いよねぇ?

 

 そう気がつけば、わたしは嬉しくって仕方なかったんだから。

 

 

 使徒の背を左足で踏みつける。

 腕の骨らしきものが砕けて、糸が切れたように動かない使徒の右手。それを初号機の右手で掴み、持ち上げた。そして砕けていない部分を左手で掴み――引き千切る。

 紫色の飛沫が噴き出した。

 

 この液体は何だ?

 使徒の血液だ。

 

 血液? つまり痛い?

 痛いんじゃないだろうか。

 痛いと思う。

 痛い筈だ。

 

「あは、あははははは!!!」

 

 わたしは絶叫するかのように笑った。

 目の前で苦痛を表現する事すら出来ない憐れで可哀想な生物が噴き出す痛みの象徴を見て、心の底から湧き上がる衝動をそのまま表現して見せた。

 

 キモチイイ。

 最高だよ……。

 

 わたしは引き千切った右手を放り捨てさせると、新たな指示を出した。

 

 初号機は左足を軽く上げ、今一度使徒の背中を踏み潰すかのような勢いで踏みつける。

 その足を基点にして、体躯を半回転。

 振り向き様に右足を使って使徒の左腕を蹴り飛ばせば、やはり簡単にへし折れた。

 

 そうなればさっきとやる事は変わらない。

 右手で動かない手を持ち上げ、左手で腕を固定。

 

 そして――引き千切る。

 

 噴き出す紫色の血液。

 それはまるで宝石のように美しく見えた。

 

 初号機の手の中にある千切った左手を見てみれば、わたしの胸がドクンドクンと音を立てて、身体が疼く。

 

 これは果たして達成感なのだろうか?

 それとも全く違う何かだろうか?

 

 だけどそんな事はどうでも良い。

 ただこの時がわたしの欲を満たしている。

 それだけで十分だ。

 

 初号機の手が左手の残骸を握り締める。

 グチュリと音が鳴って、次いでバキバキと何かが砕ける音が続く。

 

 ああ、キモチイイ。

 

 この感触は、とても素敵だった。

 

 わたしは足下の使徒を見やる。

 

 両手をもいだから……あとは足。それと腕。膝。

 うわぁ、いっぱいある。

 嬉しすぎて涙が出そう。

 

 と、そこで思い出す。

 

 碇シンジの記憶によれば、この使徒は自爆をした筈だ。

 

 ちんたらしている所為でこんな楽しい事をやり逃すなんて有り得ない。あまりゆっくりしている時間は無さそうだ。

 

 まあでも、コアを傷付けなければもう暫くは楽しませてくれるだろう。

 

 

 その夜。

 わたしは使徒の四肢を引き千切り、仮面を叩き割り、肉体を裂いた。痛みを表現出来ない生命体を飽きるまで蹂躙し続けた。


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