新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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7.Raise the emotion to doll.

 瞼を持ち上げれば、途端に全身の神経のスイッチがオフからオンに切り替わったようだった。

 酷く大きな静電気でも浴びたかのように、ピリリとした痛みが駆け抜けて、思わず苦悶の声を漏らす。

 開きかけた瞼を閉じて、歯を食いしばった。

 痛い。

 ヒリヒリと痛い。

 かさぶたが捲れた時のような痛みが、身体のそこら中から感じられる。その痛みが微妙であるからこそ、全身をむちゃくちゃに掻き毟ってやりたく思える程の煩わしさだった。

 

「つぅっ……」

 

 ずっと昔に包丁で指を切った時を思い出す気分で、おそるおそる瞼を起こす。

 とすれば、ぼやけた視界は身体を見下ろしている筈なのに、何やら青白い光を捉えてしまう。その光はまるで水中をたゆたうように揺れ、霞のように溶けては消える。

 その、溶けて消えているものが何なのか……と思って、その出所と、身体の痛みを訴える患部があまりに近しい場所だった為に、わたしはハッとした。

 

「うわ。何これ」

 

 わたしの身体は、まるでLCLに溶けていくようだった。

 いいや、そう感じてすぐに「あ、違う」とぼやく。

 溶けていく……の、逆。

 何やら粒子みたいなものが集まって、わたしの身体にくっついている。腕や足は勿論、お腹や顔、よくよく見れば髪の一本に至るまで、青白い光がわたしという存在を再構築するかのように集束していた。

 

――仕方ないよ。今のわたし、一時的とはいえ、シンクロ率三〇〇パーセントを超えたんだから。

 

 脳裏でわたしの声が返ってくる。

 え? 誰?

 と、思うものの、当然、答えはわたしだ。

 疑問を抱くのは一瞬ばかりで『そういえばそうだった』と、妙に腑に落ちた感覚のもと、疑問を捨て置く事にした。

 わたしの意識の中枢が母と邂逅していた間、本能のまま暴れようとするエヴァ初号機を、わたしの残された意識が何とか抑え込んでいた。無理矢理わたしの身体ごと意識を取り込もうとするエヴァに、自分の身体を認識し続ける事で抵抗していたらしい。あともう少し遅ければ、身体も持っていかれるところだったが……母が察してくれて助かった。

 そうだ。そうだった。

 母と邂逅した事は夢ではないが、現実の世界でエヴァの暴走に抵抗していたのも事実。

 いいや、違う。

 抵抗と言っても、わたしはわたしの身体を守る事で精一杯だった。エヴァとのシンクロを自ら拒み、エヴァの見聞きする世界から自分の意思を隔絶していただけだ。それでもエヴァは強引にわたしとシンクロし、コックピットをより深くへ沈めていったのだ。

 身体が溶けだしたのには焦った。

 早く意識を返してと、それだけを願いながら、頭を抱えていた。

 怖かった。

 とても怖かった。

 エヴァとのシンクロの果てにあるのは、母との邂逅だけではない。

 あれは……誰だ。

 白い巨人が、わたしを飲み込もうと……。

 

――それはリリス。当然だよ。初号機の身体も、わたしの身体も、リリスと同じだから。

 

 そう。

 そうだ。

 リリス。リリスが居たんだ。

 

――わたしと同じ、赤い血の通ったケモノだよ。

 

 ズキリと頭が痛む。

 肌が修復される痛みとはまた異なる明確な頭痛。

 まるで惰眠を貪り過ぎたかのように、ずきずきと痛んで、同時に気だるさがやってくる。

 

「ダメ。こんな事、してる場合じゃない」

 

 そうだ。

 現実はまだ第六使徒迎撃作戦の真っ只中。

 帰って来たのなら、わたしはすぐにシンクロを再開して、被害状況を改め……いいや、違う。ラミエルを殺さなきゃならない。

 

 そして、今度こそ、目を開く。

 

 辺りの風景は、いっそ清々しい程の変わりようだった。

 何がどうなってこうなったのか……それは流石に思い出せないが、確か陽電子砲の第三射が撃たれていた。それに合わせて、兵装ビル群による決戦砲火も行われたのだろう。

 一面、瓦礫の山。

 地上の光が失われ、月明かりが照らすばかりの大地は、まるで文明を失ったディストピアのよう。いいや、何も月明かりばかりではないだろう。よくよく見渡せば、ちらほらと火の手が上がっている。そりゃあまあ、火薬兵器が用いられていれば、火ぐらいは点くか。

 天井都市に影響が無ければ良いが……。

 そう思ったところで、わたしの視線は標的を見付ける。

 とはいえ、捜すまでもない。何分、巨大かつ、特徴的な外見をした使徒だ。二、三回左右を見渡したところで、やや街外れから、こちらへ向けて移動してきている姿が目に留まる。

 どうしてあんな場所に?

 そう疑問を抱いてみれば、脳裏にフラッシュバックする景色があった。

 あれは……そう、初号機の本能が促すまま、暴力を行使した果て。締めと言わんばかりに両腕を思い切り叩きつけて吹っ飛ばしたのだったか。砲火の中且つ、暴走に対して必死な抵抗をしていたので、確かではないが、奴があんなに距離を置く覚えがあるとすればそれくらいだ。

 その見た目は綺麗なものだが、ATフィールドの再構築はおろか、射程内に居るわたしへの自動迎撃の素振りもない。肉体の復元だけで精一杯だった? いいや、使徒が持つS2機関は無限器官のようなものだ。出力が低下しているとは思えない。

 となれば、どういう理由で迎撃を止めたのだろう。

 分からない。

 そもそも、人智を超越した存在に対して、目的を考察するのもナンセンスか……。

 いや、まて。

 ラミエルの思考回路は兎も角として、S2機関のくだりで思い出せる事はいくつかあるな?

 奴等はそのS2機関の螺旋構造を利用して、荷電粒子砲の技術に転用している……という考察があった。それの真偽の程は分からないが、内容は論理的に納得出来るものだった筈だ。

 事実やれば出来なくもない気がする。

 いいや、そもそもS2機関さえ要らない。

 必要な螺旋構造は既にどの生命体にもDNAという形で存在するし、肉体は微粒な電気信号から動く仕組みに出来ている。勿論、それはこのエヴァ初号機においても、言える事だ。

 つまり……。

 

「シンクロ率、上げて」

 

 そう指示を出せば、コックピットがかくんと傾き、エントリープラグの中を下降する。

 一度は修復された肉体が再度青白い光に包まれ、今に溶けだしてしまいそうに、輪郭がゆらゆらと揺れ動く。些かむず痒さがあったものの、そんなもの、気にしていられない。

 わたしの脳は今、生まれて初めて体験する程の活性化を見せ、心までそれに魅了された心地だった。脳裏に過ぎった見知らぬ計算式と、それが齎す結果に興味津々で、その好奇心が身体をつけ動かしている。

 それは、使徒を蹂躙するより、よっぽど甘美な快楽なのだと、身体が知っているようだった。

 

「いいね。良い感じ。身体の仕組みが、全部透けて見えてる」

 

 やけに落ち着いた声が出るものの、心臓は煩いくらいに音を荒くしていた。

 生命の螺旋構造を発電器官として流用。

 体内で練り上げた電気エネルギーを、磁場の代わりにATフィールドから生まれる強力な力場で増幅。

 此処まではエヴァの暴走状態と変わらないし、予備電源が尽きて尚、動いている現状の仕様だ。

 これを更に増幅し、エネルギーを溜める。

 予備電源に溜めていく事になるが……些かエネルギーのロスが酷いな。お母さんの知識なら、もう少し駆動のロスを減らした設計が出来たんじゃないの? まあ、どうでもいいか。

 

「カタパルトは出来たから、弾は……」

 

 そう呟いて、足許に視線を向ければ、プログレッシブナイフが転がっていた。

 これでいいや。

 溜め込んだ電力を放出しないよう気をつけながら、右手でゆっくりと拾い上げる。

 そこでふと、左腕が半ばで千切れ飛んだ事を思い出す。

 ふむ。

 エネルギーの放出を何処からするか迷ったが……丁度良いんじゃないかな。

 取り上げたナイフを眼前で構え、右手を離す。

 本来であれば再び大地に墜落し、転がってしまう筈のナイフだが……わたしが無き左腕でしかとそれを掴む想像をすれば、バチバチという紫電の迸りと共に、ナイフは天を差したまま空中に制止する。

 ジジッ、バヂッ!

 と、弾けるエネルギー。

 些か勿体無いが、初の試みなのだから、多少の不器用は仕方がないだろう。

 それより、早く結果が見たい。

 わたしの心臓は早鐘を打ち、身体中の筋肉が強張って、震える。

 たまらない。

 この高揚感は、まるで悪魔的で、背徳感さえあった。

 バチリバチリと音を立て、空中のプログレッシブナイフが徐々に角度を変える。その動きこそ不規則かつ、不安定な制御に見えたが……いいや、今のわたしはまるでそれを手に握っているような感覚だったので、不安は何処にも無かった。止まりかけの時計の針のような動きには、むしろ風情さえ感じてしまう。

 その刃が、第六使徒ラミエルの中心に、狙いをつけた。

 いよいよ準備が整って、わたしはくすりと笑う。

 

「第六使徒さん」

 

 体内のエネルギーが増す。更に増す。

 溢れ出した電気がバチバチと周囲に散り、紫電が迸る。

 コックピットから見える映像も、あまりの電力の影響か、ノイズが走って、歪んでいた。まあ、わたしの視界はエヴァのそれと同化しているので、その影響はあまりない。しかしながら、内部電源から残りの活動限界時間を計算し、報せてくれる筈のタイマーが、逆に増えていくのだから実に面白い。

 しかし、それも五分を超えれば、内部電源の稼働に切り替わったと示す告知音と共に、表示が可笑しくなってしまう。数字を示すデジタルが、数字の形を保てなくなっていた。

 五分を超える想定をしていない訳ではないだろう。

 電力が溢れ出してしまって、計器がいかれてしまったようだ。

 しかしながら、それはまるで人智を超えたモノを制御不能と示しているようで、おあつらえ向きのようでもあった。

 ああ、愉快だ。

 気持ちが良い。

 わたしはニヤリと笑ってから、ゆっくりと唇を開いた。

 

「おかえしだよ」

 

 刹那、轟音。

 わたしが全ての制御を解き放つと同時に、視界は白に焼け、酷い耳鳴りと共に音も失われる。

 体内の電気エネルギーを全てぶっ放した初号機は、そのまま活動停止……した筈だが、わたしはそれを知る事はないし、知覚する事もなかった。

 難なら、今の行い全てが夢の中の出来事のようで。

 起きた時、きっとわたしは何も覚えていないのだろう。

 そんな予感があった。

 ただ一つだけ覚えているとすれば……。

 

――お母さんの匂い、大好き。

 

 母に包まれた心地で眠る安らかさだけだろう。




・解説とあとがき
 先ず、長らく更新を止めてしまって、楽しみにしてくれていた方には申し訳ないです。
 見ての通り色々とごちゃごちゃした話だったので、まとめきれずに四苦八苦していたら、何時の間にか心が折れてました。これでも大分スッキリさせた方だったりします。未だ分かり辛ければ、それはわたしの実力不足です。


・ウラとオモテ
 タイトルの通り、レンの人格がごちゃごちゃする話でした。
 一人称ならではの魅せ方は出来たと思いますが、(わたしから見ても)同じくらいややこしく映ります。

・食いしん坊綾波レイ
 餌付けされてる。表レンに対して、割と情が湧いている。

・暴走、覚醒?
 実質覚醒ですが、まだ作中で初号機が暴走した事なかったので、司令部も分かってません。暴走扱いになってます。

・レールガンのようなもの
 いや、発電ロジックに目を瞑っても、流石に内蔵電源なり回路なりがショートすると思いますが……気にするな!
 ぶっちゃけ派手さを求めて盛った感は否めない。


 次回、アスカ、大海に死す!
 嘘です。

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