新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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5.Raise the emotion to doll.

――ドクン。

 

 一際強い心臓の鼓動が一度。

 身体を穿たれたような衝撃と共に、表のわたしが悶絶。思考が止まった一瞬を狙いすまして、それを乗っ取る。主導権を奪い返せば、身体は熱い程に上気していた。

 思考を濁してしまいそうだが、必要な事は先程考えておいた。

 反省や後悔はあと。

 状況を確認して、考察と合わせていけ。

 エヴァの走行状態は止まるのに数秒を要す。

 使徒との距離は近く、既に市街地に入ってしまっている。此処から引き返すのは困難であると同時に、流石に愚行か……奴の射程外に逃げ切る時間も無ければ、綾波レイが援護射撃を出来る保証もない。

 使徒の砲撃の有効時間は三〇秒以上。

 盾の融解率は二五パーセントと言っていたか。有効時間は多めに見積もっても三八秒程度だろう。肉薄していると威力減衰が無い為、下方修正すべきかもしれないが、細かい計算が出来ない以上、考えるだけ無駄だ。

 使徒の砲撃を止める援護射撃も当てにならない今、流石に不安はあるものの、耐えきれるに賭けるしかないだろう。

 使徒の荷粒子砲は既に止んでいた。

 表のわたしに奪い返される前に聞いた金切り声のようなものは無く、現在、使徒は悠然と佇んでいる。

 あの声には覚えがある。碇シンジが撃たれた時、同様の音を聞いた。おそらく奴が荷粒子砲を放つ際の兆候と見て間違いない。

 つまり、今から数秒は安全という事。

 だが、奴までの距離を詰めるには、あと十数秒を要する。ATフィールドの中和も考慮すると、決して十分な猶予とは言い難い。せめて奴のATフィールドが遠距離からでも中和出来る柔さならとは思うが、言ったところで仕方がない。

 

「葛城ミサト。聞こえる!?」

 

 エヴァの走行速度を維持。使徒への距離を詰めながら、わたしは叫ぶ。

 しかし、繋いだ回線はテレビの砂嵐とよく似た音を立てるばかりで、うんともすんとも言いやがらない。身体本体の視線をウィンドウへ向けてみるも、『SoundOnly』と書かれた映像に、ノイズが入っているだけ。目に見えた応答すらない。

 使えねえな! くそっ!

 まあいい。伝わろうが伝わらなかろうが、やる事は変わらない。

 

「エヴァ初号機、これより接敵する。ATフィールドの中和を確認次第、手筈通りに!」

 

 しかし、丁度碇シンジが初めて奴の荷粒子砲を食らったぐらいの距離だろうか。

 キィィィン!

 と、奴から金切り声が聞こえてきた。

 それと同時に、わたしは現状況を改めて分析する。

 

 距離、三〇〇。

 敵荷粒子砲発射まで、推定五秒。

 肉薄まで二秒プラスα。

 敵ATフィールドの中和に要する時間、不明。

 

 脳内で様々なシミュレートが一瞬にして行われる。

 とはいえ、元よりここからわたしが取れるアクションが少なかった為、幾つかの条件を考慮しても、結果の総数は知れている。まるで樹形図をひとつずつクリアしていくかのように、思考は一瞬の間に深くへと潜っていった。

 仮にここで盾を構えたとしても、衝撃によって大きく後退する。そこからフィードバックダメージによって混乱するであろう思考を纏め、再度攻勢へと転ずるのは、困難と判断。事実、一度目の荷粒子砲から、二度目の荷粒子砲の発射まで、わたしはがむしゃらに走っていただけだ。その状況でATフィールドの中和が出来るとは思えない。

 よって、最優先はATフィールドの中和とする。

 しかし、残された時間で中和しきれるかは分からない。出来なければ死ぬ可能性も高い。バックアップ無しの出たとこ勝負は愚の骨頂。最低限の保険は必須だ。しかし、その保険に挙げられる零号機は、既に沈黙。仮設本部とも連絡が取れない為、期待値は低い。

 

――状況、困難。何らかの犠牲を要する。

 

 思考開始より三歩目。

 先行する左手、及び盾が障害物に接触。不可視、且つ、極彩色の発光現象を確認した。

 プログレッシブナイフを所持する右手が後方にある状況で、敵ATフィールドへ接触出来たのは僥倖と言える。敵ATフィールドの硬度の調査、及び中和へと移る。

 

「ATフィールド、全開!!」

 

 走行の勢いがやや死んでいた為、上段から振り下ろすような角度でナイフを突き刺す。

 ガギンッ!

 と、非常識的な衝撃音が聞こえたかと思えば、右手は鉱物を打ったかのように痺れた。しかし、硬いながらも若干の反発を感じて、そこに活路を見た。

 いける!!

 一瞬ばかし右手を引いて、ナイフに掛かる重力が浮力と釣り合ったタイミングを見計らい、順手から逆手へ持ち直す。そのままぶっ叩くようにして、再度ナイフを突き立てた。

 しかし、足りない。

 右手の感触から、初号機の膂力ならかち割れる事に確信がある。しかし、片手では足りない。あとほんの少し力が足りなくて、臨界点を超えられない。

 じゃあ、もう両手でいくしかないじゃん!!

 左手の盾を投げ捨てる。

 ダメ押しと言わんばかりにナイフの柄に向けて、拳を叩きつけた。

 ピシッと音を立てて、極彩色の壁に亀裂が走る。

 だが、ここで思考より四秒が経過。

 使徒の中心部、こちらへ向いた頂点に、光が集まっていくように見えた。

 

――ATフィールドの中和は間に合う。けど、やっぱり被弾は避けられない。

 

 わたしがそう悟ると同時に、極彩色が音を立てて砕け散る。

 使徒のATフィールドの破片がガラス片のようにキラキラと舞う中、わたしはたたらを踏んだ。

 あと一秒。

 やけにゆっくりと進むわたしの思考は、これまでに無い程冷静だった。

 慣性の促すまま地面にプログレッシブナイフを突き刺し、右手でそれを強く握る。左腕を畳み、顔と胸を守るように、防御の体勢を取る。

 必ず犠牲がいる。

 だが、碇シンジの時のヤシマ作戦と違い、今のわたしは使徒に肉薄している。荷粒子砲の被弾部位は、ヤシマ作戦のあの時とは違い、最初に被弾したあの時と同じ……一点になるだろう。そしてその威力は、碇シンジが搭乗するエヴァ初号機の胸の装甲を七秒で融解する程。裏を返せば、『装甲の融解に七秒はかかる』という事になる。

 記憶と同じ状況であれば、奴は初号機のコアの反応を狙ってくるだろう。それを正確に察知している保証はないが、ラミエルもゼルエルも、碇シンジを窮地に立たせた際は、正確にコアの一点を集中攻撃してきていた。保証はなくとも、確信に足る。

 故に、左腕を犠牲にする。

 コアより先に、更なる装甲を盾にする。

 その間に、『第二ヤシマ作戦』が実行されれば勝ちだ。

 不確定要素は二つ。

 本部の連中にATフィールドの中和が出来た事が伝わったかどうか。

 そして、わたしが使徒の荷粒子砲を受けて、意識を保っていられるか。

 さあ、全て整った。

 

――わたしを殺せるものなら、殺してみなよ。ラミエル!!

 

 キィンッ!

 短い音が聞こえるや否や、とんでもない衝撃が襲ってきた。

 初めは肩を思い切り殴られたかのような感覚。しかし、次の瞬間には引き千切られるような痛みと、ナイフで抉られているような痛み、そして何故か腕から身体中へ響き渡るような悪寒を感じた。

 声にならない悲鳴を上げる。

 コックピットの中で左腕を押さえ、のたうち回る。

 想定していたよりずっと酷い痛みだった。それは瞬く間に左腕を貫通し、今度は脇腹へ届く。

 もう何が何だか分からなくなって、頭が真っ白になる。その空白の中で、左腕千切れ飛ぶイメージと、心臓を抉られるイメージが、交互に浮かぶ。それに対する感情はやけに冷めていて、アイスを地べたに落として悔いる時と似た感覚で、何でこんな結果になってしまったのかと後悔する。

 これが、死線なのだろう。

 そんな俯瞰したような事も考えた。

 必死に意識を繋ぎ止める自分に、頑張れなんて無神経で無責任な言葉を他人事のようにこぼしてみたり。仕方なかったとはいえ盾を捨ててしまった事がダメだったなとか、反省してみたり。使徒を倒しても、もしかしたら左腕が動かなくなってしまうんじゃないかと、恐怖するでもなく冷静に分析して、その可能性を考慮してみたり。

 そこで――終わった。

 

 女性の悲鳴のような金切り声が聞こえた。

 

 思考が停止したまま、青い結晶体の使徒の身体が、煙を噴いて傾いているのを見た。

 その身体の節々に爆炎が巻き起こり、焦げ付いたような黒ずみも複数箇所確認出来たが……いや、違う。使徒の中心部ががらんどうになっている。

 その姿は一度碇シンジの時に見た映像。

 陽電子砲が奴をぶち抜いた時に見た姿だ。

 

――いや、まだだ。

 

 思考がゆっくりと、ただ認識するかのように、目の前の状況を整理した。

 がらんどうに空いた使徒の身体の奥で、何かが(うごめ)いている。それはボコボコと泡立つ気泡のようで、空いた穴を塞いでいく。ふとすればそのまま破裂してしまいそうに見えたが、どうして、穴の奥で綺麗な球体へと整形されていくようだ。

 凄まじい自己復元能力だった。

 身体中に集中砲火を浴びて尚、傷付く傍から復元している。

 成る程。

 状況の理解が進む。

 わたしが使徒のATフィールドの中和を果たしたと判断した葛城ミサトは、『第二ヤシマ作戦』を発令。碇シンジの時は前哨戦とばかりに浪費した砲門全てを、この時に一斉掃射。ATフィールドが無くなった使徒の肉体を、物理的に破壊する作戦へと移行した。

 それと同時に元の『ヤシマ作戦』も再度決行。

 難を逃れていた零号機が、使徒を狙撃したのだろう。

 だが、足りていない。

 狙撃がほんの僅かに逸れてしまったのか、ラミエルはコアを復元している。外殻が物理的に硬かったのか、兵器の効果も薄いようだった。

 作戦は、失敗している。

 そう悟った。

 

――失敗? 違う!

 

 まだ、終わってない!

 ハッとしたわたしは、立ち上がろうと地面に手を突く。が、その感触が無い。

 激痛に呻きながらスクリーンの端を見れば、初号機の左腕は溶岩のように溶け落ちていた。

 知覚して、痛みが増す。

 

「ぐぅぁああっ!!」

 

 だけど、ここで痛みに屈してしまえば、本当に作戦が失敗する。

 まだ、この続きがあっただろう!?

 自分にそう言い聞かせて、よろけながらも立ち上がる。身体中に激痛が走って、無事な筈の右手の感覚さえあやふやだったが――まだだ。まだ戦える!

 プログレッシブナイフは大地から引き抜けただろうか。

 いや、その確認をする時間すら惜しい。

 今尚修復されていく使徒に空いたがらんどうだけを見て、動け、動けと身体を叱咤する。

 その距離がぐん、ぐんと縮まる最中も、痛み以外の身体の感覚はさっぱりなかったが、知ったこっちゃなかった。

 漸くにして、肉薄する。

 ここに来て、朧気だった意識が、集束するように覚醒する。それに対して、身体の痛みが感覚を超越したかのように、不快なものから別な感覚へ上書きされていく。

 

「痛い、痛い、痛いよぉ! 痛いの! あは、あはははは!」

 

 視界が傾くような感覚と共に、わたしという意識がずれ、壊れていく。そんな気分だった。

 修復されていくがらんどうへ、ナイフを握っている右手を、無遠慮にぶち込んだ。

 使徒が悲鳴を上げる。

 その感覚が、わたしを恍惚とさせる。

 第三使徒を蹂躙した時の感覚に近いだろうか。たまらない快感だった。

 

「あはは! ねえ、痛い!? 痛いの? ねえ!!」

 

 使徒の体内でナイフを持ち換え、そこいらじゅうがむしゃらに掻っ捌く。コアまで手が届きそうにはなかった為、致死性は低く感じられたが、使徒も生物的に単純な痛みを嫌うのだろうか。ラミエルは悲鳴を上げながら、地下へ侵攻していたドリルを放棄し、わたしから遠ざかろうとしていた。だが、地下への侵攻速度に相応しく、物理的な動きは実に弱々しいものだった。無理矢理大地へ引きずりおろせば、後はもうやりたい放題だ。

 

 ピー!

 

 そこで絶望の音を聞く。

 ハッとしてスクリーンの端を見れば、残り時間は〇:〇〇秒。

 全力で稼働させた所為で、思ったより時間が縮まったのだろうか。はたまた、わたしが残り時間を誤認していたのだろうか。いいや、それとも、経過時間を正しく認識出来ていなかったのか。

 うそ!? どうしよう。

 そんな言葉が浮かんだ矢先だった。

 

――ねえ。あんた。

 

 その声は確かにわたしのもの。

 しかし、遠い記憶の彼方にある忘れ去られた日々――様々な悪意に心を蝕んだ幼少期のそれだった。

 

――大丈夫? そろそろ死んじゃうよ?

 

 その声は、何が可笑しいのか、くすくすと笑っていた。

 わたしからわたしへ向けられた言葉の筈なのに、まるで自分自身の死を予期する事が、愉快、滑稽だと言わんばかりだった。

 

 ぷつん。

 

 なんて、昔のポンコツテレビが消灯する時のような感覚。

 ふとすれば、途端に身体中から血の巡る音が聞こえてくる。あっという間に聴覚が麻痺してしまえば、視界もぐらりぐらりと歪んだ。とすれば、身体の底から堪らない不快感がこみ上げてきて、胃をひっくり返したかのようだった。

 え、なにこれ。

 そんな感想を抱くが早いか、第四使徒にぶん投げられた時を彷彿させるような浮遊感を感じた。いいや、それはただの錯覚。視界が動いていないからこそ、頭と感覚が噛み合わずに、混乱する。

 なにこれ。なにこれ!?

 思わず己の口元を左手で押さえようとして――わたし自身の視界が、半ばで千切れた己の左腕を認める。ドロドロに溶けたプラグスーツの下、白い柔肌が、まるでエヴァのそれと同じように、無惨な姿になっていた。

 ストローから漏れ出しているように、血が噴き出していた。

 犬が飽きて捨てたおやつみたいに、へしゃげた骨が見えていた。

 いいや、それさえわたしの妄想が見せているに過ぎない。難なら、LCLがある以上、血が噴き出すなんて有り得ない。しかし、これが妄想だと分かっていても、妄想は現実をも蝕み、壊すものだと、わたしの記憶が知っていた。

 

――あ、ダメだ。これ。

 

 そんな言葉が脳裏に流れるや否や、冷静な意識までもがぷつんと音を立てて消灯してしまった。

 

「ひ、ひぃやぁぁああぁぁあああ!!!!」

 

 再び激痛が身体を襲った。

 あまりの痛みに両手で頭を掻きむしる。いいや、左腕の感覚がない。

 痛い。怖い。痛い。痛い。痛い。

 

「いや、ぎぃ、ぎゃあああ!!」

 

 泣いて、喚いて、のたうち回る。

 しかし、頭のすみっこで『使徒殲滅』というお題目が流れていた所為か、わたしの癇癪は無防備な使徒の肉体へとぶつけられる事になった。それこそ、内部電源が切れた事なんて忘れて、ひたすらに使徒を攻撃するイメージで脳を満たした。

 悲鳴、慟哭、激情。

 ラミエルの身体を殴り、叩き、頭突き……それでも身体の痛みは収まらず、わたしは叫ぶ。助けを求めて、無我夢中で回らない呂律を必死に回す。

 もう、どうにかなりそうだった。

 

『信号拒絶! エヴァ初号機、制御不能です!』

 

 伊吹マヤのそんな言葉が聞こえたかと思えば、ついにわたしは視界まで失った。


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