新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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4.Raise the emotion to doll.

 エヴァに搭乗すれば、わたしは作戦通り、盾を持って、二子山を駆け下りる。

 なるべく奴に近い位置かつ、狙撃地点である二子山からは離れておきたいところではあるが、電源設備は二子山に仮設されたものしか機能していない。他に割く余裕はなかったらしい。

 故に、アンビリカルケーブルがギリギリ届く二子山の麓で立ち止まった。

 左手で持った耐熱光波防御盾の底を国道に突き刺し、肩のウェポンラックからプログレッシブナイフを装備する。

 使徒のATフィールドの中和に使える時間は僅か数秒。

 ナイフを途中で落とす可能性より、一秒でも早く奴のATフィールドに傷を入れられるようにしておく。最悪の場合は素手でぶん殴れば良い。

 

『作戦内容は以上よ。良いわね? ふたり共』

 

 スクリーンの右端に表示された葛城ミサトに、頷いて返す。

 今回ばかりはわたしも作戦考案に携わっている以上、駄々を捏ねる必要は無い。素直に了解した。

 

『レンさん』

 

 サブモニターが切り替わる。

 赤木リツコがこちらを見ていた。

 

『今の貴女のシンクロ率は八九・三パーセント。MAGIの計算では、全開のATフィールドでも、使徒の荷粒子砲の一二パーセントが初号機に届きます。盾の有効時間も算出したものより〇・八秒マイナスよ。出来る限り盾から身を出さないように。照射箇所が増えると、フィードバックダメージで失神する恐れもあるわ』

 

 淡々と溢された言葉だったが、最後の忠告は赤木リツコらしくない。

 しかし、今回の作戦では、本命こそ零号機による射撃だが、それには初号機が奴の注意を引き付ける事が大前提。わたしが接近戦に持ち込める可能性があったからこそ、こういう配置になったが、そうでなければわたしが狙撃手を担当する方がよっぽど賢い。

 赤木リツコの忠告も当然だろう。

 わたしは了解して返す。

 シンクロ率の向上があれば、盾の有効時間が延びる。その際は一応補足するが、耳に留めなくて構わないと言われた。おそらくシンクロ率が高ければ、必然的に聞こえなくなってしまうものだからだろう。

 いいや、今回ばかりは聞いておく価値がある。

 エヴァと一心同体になったとして、頭に直接語り掛けられている気分でも心得ておけば、少しは聞こえるだろうか……まあ、物は試しだ。駄目そうならシンクロを優先しよう。

 呼吸を落ち着け、ゆっくりと意識を集中。

 自らの身体で感じる感覚を出来る限り軽んじて、思考の隙間へ入ってこようとする異質な感覚を重視する。

 ふうと改まる頃には、『わたし』は二子山の麓にある道路で、半身を引いて構えていた。盾も左腕に構え、走行の邪魔にならない角度に調整しておく。

 星明りのみが照らす沈黙の大地。

 目指す先は、一〇キロ程離れているようだが、奴を照らす唯一の明かりが空に仄かな線を描いていて、実に分かりやすい。

 目標を見据えると、腹の底から湧き上がってくる熱量が、先程まで抱いていた安らぎを喰らいつくしていく。ふとすれば、LCLがこんなにも熱い。まるでわたしの心臓が熱を放っているように感じた。

 

『作戦、開始』

 

 葛城ミサトの言葉と共に、バジッという音を立てて、アンビリカルケーブルをパージ。

 ピーっという間抜けな音が、スタートの合図だった。

 脆いアスファルトを容赦なく踏み割って、わたしは駆けだした。

 

『撃鉄を起こせぇ!』

 

 日向マコトの声を聞く。

 二〇秒後に、ポジトロンライフルによる第一射の予定だ。

 それまでに、わたしは駒ヶ岳の麓へ入らねばならない。

 大地を踏み抜き、風を裂く。

 電線や建造物等、容赦なくぶち壊しながら、わたしは駆けた。

 集音機(鼓膜)を揺らす風の音。

 装甲()で感じる大気の抵抗。

 それらは今までより、より鮮明で。

 わたしはこの大一番、過去二戦のどのタイミングよりも、深くシンクロが出来ていた。

 アスファルトを叩き割る足裏の感覚すら確か。

 碇レンの足はインテリアの中でLCLに揺蕩っているのに、地に足がついている。

 より一層、力強く大地を踏んでいる。

 大通りを超え、駒ヶ岳を目前にした。

 これを登ると射線が二子山を巻き込んでしまうので、麓を南下。少し逸れてみれば、遠目に使徒を照らす明かりがはっきりと見えた。

 

『目標に、高エネルギー反応!』

『レンちゃん。構えて!!』

 

 葛城ミサトの声が、わたしに警鐘を鳴らす。

 ハッとして身体の重心を後ろにずらし、強引に足を止める。

 アスファルトを抉りながら、慣性を殺すと同時に、左半身を前に。盾を大きく振り上げ、足が止まったと同時に、地面へ突き刺した。

 深く、深く拒絶しろ。

 奴を、他人を、誰かを、わたしの心に触れさせるな。

 

「ATフィールド、全開ッ!!」

 

 盾ののぞき窓の向こう。

 遠目に、ぎらりと煌めく閃光があった。

 一度ばかり弾けたかと思った瞬間。

 その光に、呑まれる。

 ドンッという乱暴な衝撃が一度。

 足下から掬い上げられるような衝撃が続き、わたしが踏ん張った腰を無理矢理引っ張り上げるようだった。

 力を抜いてしまえばひっくり返されそうな衝撃は、しかし耐えきれない程ではない。ナイフを握ったまま、右手を左手の上から押し付け、グッと耐える。

 ジリと焼ける感覚。

 ふと気が付けば、昼の陽射しが可愛らしく思えるような熱量に包まれている気がした。

 何が起こっているかは分かっているのに、何がどうなっているのかが理解出来ず、理解する事さえ恐ろしく、目を閉じ、歯を食いしばる。轟という音は、果たして衝撃の音なのか、身体が焼けてしまっている音なのか。ああ、こんなに恐ろしい音を聞かされるのなら、耳にも瞼があれば良いのに!

 あと何秒耐えれば良いのか。

 耐える。

 ただ耐える。

 だが熱い。

 あまりに熱かった。

 迫りくる衝撃の強さに、呼吸さえ機能しない。

 ただひたすらに苦しかった。

 当然、声さえ、上げられない。

 こんな苦しいものを、あと二度も耐えろって言うのか。

 死ぬ。

 死んじゃう。

 これ、死んっじゃ……う。

 

『ATフィールドによる遮断率九二パーセント。五〇秒はもちます!!』

『ポジトロンライフル。装填完了!』

 

 幾つかの声が重なった。

 耐えるのに必死で理解には及ばない。

 だけどふと、脳裏に蘇ってくる声があった。

 

――あなたは死なないわ。わたしが守るもの。

 

 それは、碇シンジの記憶。

 わたしには与えられなかった言葉。

 だけど、確かに聞こえた。

 

『発射ァッ!!』

 

 その刹那。

 荷粒子砲に晒される最中でも、エヴァの通信を通じてだろうか――ガチンと、力強く引き金を引く音を聞いた。

 わたしを襲う高熱が掻き消える。

 先程までの衝撃が嘘のように、力の行き場を無くして、たたらを踏んだ。

 ハッとすれば、頭上に一筋の閃光。

 それは弛み無く真っ直ぐ進み、遥か彼方へ。

 綾波レイが、ポジトロンライフルを撃ったのだ。

 しかしそれを見送った瞬間、凄まじい嫌悪感に襲われた。

 詰まっていた呼吸が突然再開され、思わず胸を押さえる。トンカチで殴られたかのように、頭が痛んだ。

 くそっ。

 まだ終わっちゃいないのに!

 冷静な思考が悪態を溢す。

 だけど、全身が震えて声も出ない。

 頭を押さえる手が、身体を強張らせる力が、上手くコントロール出来ない。

 

『目標健在!』

『外した!?』

 

 くそ! くそぉっ!!

 ありったけの力を籠めて、頭を押さえる右手を振り上げる。

 LCLの中でどれ程の効果があるのかなんて考えもせず、その手を振り下ろして、自らの胸を打った。

 動け。動きなさいよ!!

 二度、三度と殴って、わたしは不意に咳き込む。

 ゲホッとLCLを吐き出せば、深い水底から急浮上するような感覚を覚えた。

 勢いよくLCLを吸い込んで、ようやっと思考が戻る。それでも未だ朧気に思えたが、通信の音が耳に届いた。

 

『レンちゃん。急いで! 次、来るわよ!』

 

 くそが! やっぱりもう一回耐えないといけないの!?

 喉まで出かかった悪態を口に出したかどうかすら分からないまま、わたしは両の手を確かめる。

 右手に、プログレッシブナイフ。

 左手に、盾。

 それを確認したら、もう細かい事は後回しにして、走る事だけを考えた。

 

「状況……状況は!?」

 

 喉から絞り出す思いで、叫ぶ。

 今のわたしは盾の融解率を確認している余裕もなければ、『次は死ぬかもしれない』と思う心を抑えるので必死だった。だけど、それは『わたし』に限った話。

 走れ。

 走るだけで良い!

 耳を澄ませ。

 状況を確認しろ!

 身体に異常はない。

 次に備えるなら、弱音を黙らせろ!

 思考が幾つかに分裂していく。

 わたしの中で、わたしになれないわたしが、理解を担当し、自制を担当し、全てが整っていく。

 そんな並列思考もどきの技術を身につけた覚えは無かったが、不思議と信用に足る感覚だった。

 

『盾の融解率は二三パーセントよ! 次も耐えられるわ!』

『シンクロ率九三パーセント。危険域に突入しています!』

 

 大丈夫。

 大丈夫だ。

 リツコさんが耐えられると言うのなら、それは確かだ。

 シンクロ率の事は忘れろ。危険域だろうと、知ったこっちゃない!

 

――全ては、あの使徒を倒す為にッ!!

 

 がむしゃらに走った。

 気が付けば駒ヶ岳の麓を抜けようかとしていた。

 もう使徒の姿までくっきり見える。本当にポジトロンライフルを喰らったのかと疑いたくなる程、綺麗な水色をしていた。

 そこでふと、先程まで聞こえなかった金切り声のようなものが聞こえた。

 

『目標に、再度高エネルギー反応!』

『レンちゃん。構えて!!』

 

 この距離で、受けるの!?

 受けれるの!? あれ。

 考えるな!

 構えろ!!

 馬鹿、違う。

 見誤るな!!

 ミサトさん!!!

 ひゅんと、風を切る音がした。

 いいや、それは風を切っているのではない。粒子が空間を抉り取った音だった。

 盾を構えたわたしの頭上を、極太の光線が過ぎ去っていく。

 それはまるでわたしに見向きもしない様子で、わたしが先程まで佇んでいた場所へと向かっていた。呆然と見送るわたしの視界は白く焼け付き、何かの影が深く黒く映っている気がした。

 ふとすれば、こんなにも遠い。

 手を伸ばせど、届かない。

 守ろうと思えど、届かない。

 わたしはただ、彼女が蹂躙される様を見届けなければならなかった。

 彼女を守る筈の盾は此処にあり、その盾が防ぐべき砲撃は遥か頭上。いいや、そもそもからしてこの世界、この時間に置ける盾は、彼女を守る為のものではなかったのだ。

 彼女は無防備。

 砲撃を受け止める術は、何処にも無い。

 そう理解すると、腹の底から熱い塊がせり上がってきて、喉を裂く勢いで飛び出した。

 

「綾波ぃぃッ!!」

 

 返す音は、通信回線が混濁する雑音。

 爆ぜた音なのか、衝突音なのかすら分からない。

 だけど何故か、彼女の短い悲鳴だけは、耳に確かだった。

 心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。

 焦燥感。

 罪悪感。

 取り返しのつかないミスを犯したと思わせるような衝動。

 いや、違う。

 違う。わたしは……。

 

「くそったれぇっ!!」

 

 混乱する思考を放棄して、わたしは進行方向へ向き直る。

 未だぶっ放されている荷粒子砲の下を、無我夢中で走った。

 ぶっ殺してやる!

 ぶっ殺してやる!!

 思考が、やけに煩く怒鳴った。

 

――ちっ。使えないわね……。

 

 対して、激情する『わたし』の思考をとても冷静に観察する『わたし』がいた。

 その思考はやけに自嘲した風で、「そっか、そういう事かい。やっちゃったなぁ。これは」なんて、如何にもな言葉を並べて嘯いていた。

 今、自分の身に何が起きているのか。

 今、自分が何をしようとしているのか。

 漸くそれら全てが理解出来た。

 いやはや、まさかこの『わたし』が、綾波レイが狙撃されて激情するとでも? 有り得ない。彼女の代わりはいくらでもいる。つまり、今うるさくわめいているガキは……表のわたしだ。いつの間にか表面化して、身体の主導権も奪い返されていた。

 已む無し。エヴァの操作(身体)を表のわたしに預けて、思考する。

 綾波レイが狙撃された。

 この時点で、エヴァ初号機の接近戦による殲滅法をとるしかない。綾波レイの安否こそ分からず、無事である可能性もありはするが……二子山が蒸発してしまったという事は、狙撃に最適なポイントを失ったという事。奴に気取られず、コアを狙撃するのは、些か無理があるだろう。

 未だ奴の砲撃は止まずとも、初号機がATフィールドを中和するのに要す時間により、奴の反撃はあるものとする。肉薄状態での荷粒子砲の直撃――回避、不可。防御、困難。

 威力減衰無しであの砲撃は受けたくないな。

 一体何処で意識が切り替わったのだろうか……。

 発進した時の感覚は確かだ。一発目の荷粒子砲を食らった時から、思考が淀んでいる。頭の中で赤木リツコと葛城ミサトへの呼称が変わっていた気がする。そして、決定的なダメージが、綾波レイの被弾か。

 ふむ。

 現状の取り返しは大変そうだけど、後学の為にはなった。

 前回の使徒戦の際に反省すべきだったかもしれないが、どうやらわたしの人格というのは相当不安定なものらしい。元が同じ碇レンであるからか、ひょんな事から入れ替わってしまう。上手くコントロール出来ていないように見えて、表のわたしも本能的に入れ替わる術を心得ているのだろう。

 となると、少しばかり気になる事はあるが……いいや、考察はこのくらいにしよう。今はまだ戦闘中。このままあの強敵を表のわたしに任せてしまう訳にはいかない。

 

――てことで、お母さん。表のわたし(その子)、黙らせてくれる?


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