新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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4.Angel attack.

 リツコさんの長ったらしい講釈を耳半分で聞き、わたしはひそかに拳を握ります。彼女の話が終わる頃には……と考えれば、心の奥底から何かしらの衝動が這い上がってくるように感じました。

 その衝動を押し殺すようにお腹に力を込め、彼女の言葉に相槌を打ちます。

 

「これが、父の仕事ですか?」

 

 すると……。

 

『そうだ』

 

 頭上から降って来るような声。

 低く、かすれた印象のあるものでした。

 

 わたしはその声がスピーカーから発せられたのを承知の上で、聞こえてきた方向を臨みます。すると、この格納庫を眼下に見下ろせるような位置に指令室があり、その室内に点る光をバックライトにしてこちらを見下ろす黒い人影。

 逆光であまりはっきりとは見えませんが、わたしは視力が良い。その人影が常夏の国日本においてはあまり着ている人がいないような黒いスーツを身につけ、サングラスを掛けている事ぐらいは分かりました。

 

 言わずもがな。

 

 碇ゲンドウ。

 

 わたしの父親です。

 間違いありません。

 

 マフィアみたいな変な格好をしていますが、この特務機関の総司令でもあります。

 

 わたしを睨むかのようにジッと見詰める高圧的な雰囲気も、久しい再会だというのにこれまで放置してきた事を悪びれるような素振りさえない事も、シンジくんの記憶と相違ありません。

 

 何年ぶりだろう?

 

 わたしは自分に向かって問い掛けます。

 わたしとしては、夢物語という名前の記憶の世界で何度となく見てきた顔ですから、こうして会っても感慨深さなんてものはありません。むしろ先程ミサトさんに述べた通り、大嫌いですし……。

 しかし、よくよく考えてみれば、一〇年は面と向かって会っていませんでした。これはわたしが入院していて、唯一と言える邂逅の機会だったお母さんの墓参りに行けなかった為なのですが、要するにわたしのお父さんへの印象といえば、ほぼほぼシンジくんの記憶が基盤になっているのです。

 

――が、それも此処まで。

 

 もう疑う余地はありません。

 わたしの父親もシンジくんの父親と同じで、鬼畜かつ外道なのでしょう。その姿の裏に、あちらのお父さんと同じく愛情が隠されているのかどうかまでは分かりませんが、きっとわたしに愛情を感じさせる事は……無い。

 

『……出撃』

 

 まるでわたしの思案を肯定するように、お父さんはそう述べます。

 白手(はくて)を着けた右手でサングラスを押し上げ、その下でにやりと口角を動かしているように見えました。

 

「出撃?」

 

 ミサトさんがお父さんの声に対し、怪訝そうな反応をします。

 

 そしてやはり、シンジくんの時と大差無い問答がリツコさんとミサトさんの間で繰り広げられます。わたしはジッとお父さんを見上げたまま、その声を耳半分で聞いていました。

 まあ、ミサトさんの反応がわたしに配慮した芝居だとは思えませんし、わたしの話を踏まえた上でも『今』、『この場』でわたしが出撃させられるとは思っていなかったのでしょう。

 

「碇レンさん。……貴女に乗って欲しいの」

 

 リツコさんがわたしにそう告げてきます。

 視線を向けてみれば、まるで感情を感じない目で見られていました。

 

「ちょっと待ちなさいよ。綾波レイですらシンクロするのに七ヶ月かかったんじゃ――」

 

 そこへ更に食って掛かるようなミサトさんの言葉が続きます。

 

 わたしは何も言わずに事態を静観しました。

 言わずともミサトさんが丸め込まれるのは分かっていますし、何を言う必要も感じませんでした。

 

 やがて予定調和よろしく、ミサトさんはリツコさんに論破され、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、言葉を呑むに至ります。

 その後痛々しいものを見るような視線を向けられ、わたしは彼女に薄く微笑んで返しました。暗に「ほらね?」と述べれば、彼女は僅かに目を見開き、下唇を噛むような仕草を見せてから、視線を逸らします。

 

 わたしはゆっくりとお父さんを振り返ります。

 

 そして自分を落ち着かせる為に、大きな深呼吸を一度だけして、活目。頭上から見下ろしてくるクソッタレな父親を睨み返しました。

 

 浮かべる表情は挑戦的な微笑み。

 自らに課している『女の子として』の自戒を全部解除。

 

――どうせだし、思いっきり恨み言を言ってやろう。

 

 わたしは唇を薄く開く。

 

「……一〇年も放置して唐突に呼ばれたんだし、ろくでもない事言われるんだとは思った。だけど、まさか実の娘に兵器を使えだなんてね。本当、鬼畜外道も大概にしてよね。クソ親父」

 

 すると僅かにピクリと肩を震わせるような仕草を見せるクソ親父。

 はん。予想外ってか。

 

 すぐに何事も無かったかのようにサングラスを掛け直して、わたしを見直してくる。言葉は間髪入れずに続いた。

 

『ふん。乗るのか乗らないのか。早く決めろ。乗らないのなら帰れ』

 

 わたしは口角を歪めて、これ以上無いくらいに醜悪だと自覚する笑みを浮かべて返す。

 

「……はあ? 命令? くっそムカつく」

 

 成る丈低い声を吐き出したけど、流石に二度目となればクソ親父は動じない。

 微動だにせず、声が返ってくる。

 

『乗らないのだな? なら帰れ』

「あらあら。一〇年来放置したんだし恨み言を言われるくらいの想定もしてないの? それともなに? 離れていても父娘(おやこ)だーとか、宣うの? わたしを捨てたくせに」

『……ふん』

 

 歯に衣着せぬような会話が交わされる。

 いや、その実はクソ親父もわたしと同じで、相手の腹の内を探っているだけなのだろう。しかしながら、きっとミサトさんからすれば正しく思った事をずけずけと言っているように見えているに違いない。

 

 まあ、クソ親父の考えなんて分かりたくもないんだけど。

 どうせだから恨み言を言っているが、これ自体は本来言わなくても良い事だから、別にいっか……。

 

 本当に大事なのは此処からだ。

 わたしは改めて唇を開いた。

 

「条件次第。わたしが提示する条件を呑んでくれるなら、最高のパフォーマンスで返してあげる」

 

 にやりと笑って見返す。

 隣で二人が身じろぎするような素振りを見せたけど、先程まで演じてきた良い子のわたしに対する今の言いぶりが意外だっただけだろう。

 

 クソ親父はやはり微動だにしない。

 

『早く言え。事態は一刻を争う』

 

 ふん。

 ()()()()()クソムカつく口調だ。

 

 わたしはスカートのプリーツの隙間にあるポケットに手を突っ込んで、胸を張って見返した。

 

「雇用形態をちゃんと纏めた上で、わたしに対する給金、立場についてなあなあにはしないこと。それが先ずひとつ。そしてもうひとつが――」

 

 と、言おうとした時、ガタンと音が鳴って、足下が跳ねるように揺れた。即座にばちゃりとLCLの海が波打ち、わたしは思わずふらつく。

 震度にして四か五はありそうな地震。

 原因は言わずもがな、使徒がジオフロントの存在に気がついて攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 

 クソ。空気の読めない使徒が。

 ほんと()()()()()()()()ムカつくなあ。

 

 わたしは舌打ちをひとつ。

 隣でミサトさんとリツコさんが慌てたような声をあげて、指令室のクソ親父も『此処に気付いたか』等と悪態を吐いていた。

 

 ガシャンと音が鳴る。

 ハッとしてわたしが天井を臨めば、今の地震で崩れたらしい天井板が降ってきていた。

 

「危ない!」

『レン!』

 

 そこでふたつの声。

 わたしは黙ったまま、落ちてくる瓦礫を見詰め続けた。

 

――大丈夫。

 これは知っている。

 

 するとガシャンと音が続き、わたしの頭上へ巨大な影が伸びてきた。

 と、言うと語弊もあるだろう。事実としては、エヴァ初号機が右腕を振り上げて、わたしを瓦礫から庇ってくれていた。

 

 充電こそされているだろうが、その初号機にはまだ誰も搭乗していない。わたしとその初号機を繋ぐ為のインターフェイスさえ、わたしは装着していない。

 動く筈の無い存在だった。

 それを主張して慌しく声を荒げるリツコさんと、驚愕するミサトさん。そしてその二人を静観するわたし。

 

 いや、わたしはこの時、ハッとしていた。

 

 初号機に庇って貰ったお蔭で無傷のわたしは、その右手の指の隙間から指令室を見上げる。

 

 わたしを見下ろす男の視線は、やはり逆光でまともには見えない。

 瓦礫が降って来た際、声を発していたような気がするけど……まさかね。

 

 リツコさんとミサトさんが慌しく状況を進める中、わたしは今一度クソ親父を見据えた。

 

 空気の読めない馬鹿な使徒の所為で興が削がれたけど、言わずに乗る訳にはいかないだろう。

 

「……最後の条件は」

 

 わたしが声を挙げれば、辺りの慌しさが凍り付いたようにしんと静まった。

 

 リツコさんもミサトさんもわたしを見ているのか、視線をひしひしと感じる。……が、構う事はない。

 

「金輪際父親面しないこと」

 

 わたしは一息に言い切った。

 

 クソ親父は白手でサングラスを押し上げ、ふんと一笑して返してくる。

 

『この期に及んで家族ごっこ等する気は毛頭無い』

「……そ。雇用条件は?」

『後程書面に纏め、葛城一尉に渡しておこう』

 

 白手を着けた手を腰の後ろへ。

 クソ親父がにやりと笑った気がした。

 

『……満足か?』

 

 そしてあざ笑うかのようにそう聞いてくる。

 わたしはにっこりと笑った。

 

「満足。これから宜しくね。()()()

『……ふん。さっさと説明を受けろ』

 

 わたしとの決別を何とも思っていないかのように、クソ親父は踵を返す。そしてそのままわたしの見えない場所へと去って行った。

 

――勝った。

 

 そう思って、わたしは内心ほくそ笑んだ。

 

「……碇レンさん。それでは、説明をしましょう。こちらへ」

 

 事態が終息したと見たらしいリツコさんが声を掛けて()()()

 わたしはこくりと頷いて、改めて「よろしくお願いします」とお辞儀を返しました。

 

 

 汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。

 

 その操縦方法は至って簡単。

 動きを思案すればそのままトレースするようにして機体が動きます。その情報伝達の速度や精度についてこそ『シンクロ率』と言うものによって差はありますが、仕組み自体はそんな感じです。

 それだけ聞けば「なんだ楽勝じゃん」なんて言いたくもなりますが、難しい操作が必要ではないメリットに対して、大きすぎるデメリットがあります。

 

 エヴァに動きをトレースさせる事とは、それ即ち神経接続をする事。難しい言葉で言えば訳が分かりませんが、エヴァの腕を掴まれれば、わたしの腕を掴まれたような錯覚に襲われると言う事です。

 つまり、首をちょんぱされでもしたら、わたしの首が飛ばされたと錯覚した身体が、自発的に死んでしまう可能性だってあると言う事です。……まあ、そのフィードバックダメージもシンクロ率によって差がありますけども。とはいえ危険な操縦方法という事については間違いないでしょう。

 

 ただ、そんなものが誰にも出来る筈ありません。

 

 初号機の起動確率は〇・〇〇〇〇〇〇〇〇一パーセント。〇が九個並ぶので、オーナインシステム。

 適性がある人間にしか動かせないと言うシステムです。その適性の仕組み自体は絶対に教えてはくれないでしょうけど、わたしは知っています。

 

 エヴァには心があります。

 というか、コアと呼ばれる部位に人格がインストールされています。それとパイロットの相性が、そのまま適性と言う訳です。

 

 初号機の場合、そのインストールされた人格がわたしのお母さんなのです。適性としては文句無しでしょう。

 

 碇ユイ。

 わたしがまだ幼子だった頃に死んだとされていますが、実際はエヴァのコアに肉体ごと取り込まれているのです。誰もが事故で死んだとか言ってますが、事実はそんな感じ。さっき瓦礫から庇ってくれたし、わたし自身も自分が何歳だったかさえ分からない幼少の頃に実験に挑むお母さんの姿を見ていますし、間違いなく『現実世界』でもお母さんが初号機のコアにいる事でしょう。

 

 上辺だけの操縦方法を聞かされながら、わたしは頭を垂れて延髄からエントリープラグと呼ばれる筒状のものを出した状態の初号機へ向かいます。

 聞けた内容としては、『思った通りに動く』事だけ。

 先ず起動させられなければ話にならないからか、シンクロ率に影響を与えるような不安を煽る発言は一切ありませんでした。例えばフィードバックダメージとか、使徒の概要とか。

 まあ聞かなくても覚えてはいるので、知らないふりをする事が面倒くさいだけですね。

 

 そんな感じの指導を受けながらアンビリカルブリッジを歩き進め、やがてプラグの横に着いた頃、リツコさんから白いヘッドセットを渡されます。

 

「これは?」

 

 白い三角形のヘアバンドのようなソレを受け取りつつ聞き返します。……いや、知ってますけど、何も聞かずに着けたら変でしょ?

 

 するとリツコさんは手元の書類を捲って説明してくれます。

 

「インターフェイスヘッドセット。エヴァとのシンクロを行うのに必要なものです。まああまり気にせず着けて頂戴」

「……普通に頭に乗っければ?」

「ええ、そうよ」

 

 言われた通りに頭に乗っけます。

 すると微かな重みを感じて……と、自分の頭を見れないのは分かっていつつも本能的に見上げて、不意に前髪が気になりました。

 

 僅かに視界に掛かってくる程度ですが、シンジくんの時には感じなかった事です。

 思わず手で前髪を触って小首を傾げました。……邪魔になりそうです。

 

「前髪が気になって?」

「……まあ、まさかパイロットさせられるだなんて夢にも思ってませんでしたし」

 

 わたしの様子にクスリと笑うリツコさん。

「それもそうよね」と言って、白衣のポケットをごそごそと漁り始めました。

 

「サードチルドレンも女性だと聞いていたから、一応用意しておいたの。良かったわ」

 

 そしてそんな言葉と共に、わたしに差し出される手。言葉の意味をとりあぐねて小首を傾げていれば、リツコさんに手をとられました。

 わたしの手を両手で覆うようにして、ポケットから出したその手が乗れば、軽く硬い感触。

 

「うん?」と、更に小首を傾げて、モノを何だと改めてみれば、可愛らしい黒猫の顔がついた小さなヘアクリップでした。思わずハッとして見上げると、リツコさんが微笑んでいます。先程目を合わせた時には無機質にさえ感じたものですが、何となく胸が温かくなるように感じました。

 

「……プレゼントよ。差し上げるわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 慌ててお礼を言って、お辞儀を返します。

 

「良くってよ。……頑張ってね」

 

 そして背を優しく叩かれ、プラグの中へ促されました。

 こくりと頷き、わたしは中へ。

 

 入れば足を着く位置にコックピットがあります。

 可動式のものなので、乗りやすい位置に調整してくれているのでしょう。

 立っていれば窮屈にも感じるだろう広さのプラグ内ですが、座っていれば広くも感じるというもの。わたしはコックピットのソファへ迷う事無く座りました。

 

 自分の眼では初めて見る景色。

 改めて見てみれば記憶と寸分の違いさえありませんが、わたしの座高がシンジくんより低いからか、景色としては違和感があります。……とはいえ、記憶は実感もありました。違和感を覚えたとしても操縦方法は変わりませんし、そういう面で言えば問題は無いでしょう。

 

 搭乗の確認がとれたからかエントリープラグの開閉口が閉じられます。

 

 それを目視で確認した後、わたしはふうと息を吐きました。

 ゆっくりと目を閉じ、手を操縦桿に添え、身体をシートに預けます。

 

――久しぶり。お母さん。

 さっきはお父さんに酷い事言ったけど、許してね。

 

 わたしは声にならない程の言葉を零します。

 

 まだ起動さえしていない筈のエヴァが、僅かに振動した気がしました。


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