新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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3.She vomited lie.

 宴は終わり、一同は解散。

 夜も更けていましたが、リツコさんは保安部に車を用意して貰うと言って帰宅。何だかんだミサトさんが泥酔するまではいっていない――泣き上戸で鬱陶しい事にはなっていましたが――ので、木崎さんもお隣の仮住まいに帰っていきました。

 残されたわたしは、お片付けの真っ最中。

 ミサトさんはえびちゅを片手に、机に突っ伏していました。

 

「レンのあほぉー……おにぃー。あくまぁー」

 

 口々に零されているのは、先程寄って集って注意した事への脆弱すぎる意趣返しでしょうか。しかしながら、それでもえびちゅを手放さないあたり、どうしようもなく哀れなお人です。

 と、ミサトさんを見たわたしはそう思うものの、彼女の愚痴には然程意識を割いておらず、殆んど聞き流している状態でした。普段なら口に出して『煩い』と言ってやるところなのですが、今のわたしは黙々とテーブルの上を片しています。

 

 空いた大皿や、茶碗、汁碗を台所に。

 中身が残っている小皿は、明日の朝食に使えるよう冷蔵庫に。

 

 テーブルの上を大半片すと、布巾を持って「ミサトさん、ちょっと退いて」と、小さく零します。その声色の低さに、ふとした表情を浮かべるミサトさんですが、えびちゅと残ったおつまみを持って、素直に身を引いてくれました。

 手早くテーブルの上を拭いて、片隅に布巾を放置。代わりにエプロンを取って来て、素早く身につけます。

 その間、ふと気が付けば、ミサトさんの愚痴が止んでいました。視線をやれば、彼女は何か考え事をしているような様子で、明後日の方向を見ています。やはり普段なら『どうかしました?』と声を掛けるところですが、この時ばかりは気分ではなく。わたしは特に何も言わずのまま、台所へ。

 

 熱いお湯を出して、洗剤をスポンジに。

 そのまま洗い物を開始します。

 

 人間、何かしら単調な作業をしていると、思案が捗るというもの。洗い物なんて毎日やるような事をやっていれば、精神統一に及ばないまでも、思考の波に身を委ねている気分になります。

 無論、考えている事は一つ。

 明日、襲来するだろう『第五使徒』の事です。

 

 第五使徒、ラミエル。

 特徴は一見すると無害そうな正八面対の見た目。青色の外殻は、まるで良く磨かれた宝石のよう。空に浮かぶ雲さえ映していました。加えて、四肢をはじめとする生命体らしい器官が一切見られず。悠々と宙に浮かぶ姿は、一目見ただけで人智を超越したものだと思わせます。しかしながら、改めて『使徒』だと言われないと、そう思えない程、第三、第四使徒とは大きく違った雰囲気を持っていました。

 その最もたる違いは、攻撃性の有無。

 決して自ら攻勢に出る事は無く、絶対防御と言って差し支えのない強固なATフィールドと、有効射程圏内に認められた敵勢を、即座に迎撃する長距離射程の荷電粒子砲を搭載した――さながら、『要塞』の如き使徒。エヴァに向けて自発的に攻撃を仕掛けてきた第三、第四使徒とは、大きく異なります。

 そして、何よりも恐ろしいのは、その要塞っぷりを最も活かした戦術。ネルフ本部の直上に制止し、ドリルによって装甲板を穿孔。ゆっくりながらも、確実に攻めてくるのです。

 

 シンジくんの時は、戦略自衛隊から徴収したポジトロンスナイパーライフルによって、超長距離射撃を決行。日本全国から電力を集め、強固なATフィールドを突破するという作戦でした。結果、一発目こそ外したものの、綾波ちゃんの機転によって、二発目を撃ち、コアに直撃。第五使徒殲滅を果たしたのです。

 しかしながら、このヤシマ作戦の成功率は八・七パーセント。決して高くない数字でした。

 

 先程も考えた通り、わたしが同じ事をしようとしても、懸念要素が多すぎる。

 シンジくんとわたしのシンクロ率の差によって、成功率こそ高くはなるでしょうが、MAGIが加味しないわたしの『二重人格』という要素は、その信頼度を大きく下げる事でしょう。ミサトさん曰く、指示には幾らか従順ではあるそうですが、サキエル戦で見せた残虐性、シャムシエル戦で見せた冷酷さは、彼女が何事も無く碇シンジの記憶と同じように、使徒を殲滅する筈が無い……と、一抹の不安を残すのです。

 

「ねえ。レンちゃん」

 

 思考を断つ、不意の声。

 わたしは思わずハッとする心地で、洗い物をする手を止め、やおら振り返ります。

 

 ミサトさんは相変わらず片手でえびちゅを弄んでいて、退屈そうにそれを見詰めています。しかし、仄かに赤みが差した頬は、何処か強張って見え、笑みを浮かべてもいませんでした。

 静かに酒を嗜んでいるようなその姿。何か含むものを感じて、わたしは思わず改まります。洗剤まみれの手を洗い、蛇口を閉め、身体ごと向き直りました。

 

 エプロンで手を拭いていると、ミサトさんが小さな溜め息をつきます。

 身じろぎをする音に、今一度視線をやれば、彼女は机に突っ伏していて、えびちゅを持たない手で髪を無造作にかきあげていました。一見すると、飲んだくれて酔い潰れたようにも見え、愚痴っぽさが発揮されがちな姿だったと思い起こします。

 

「明日……もしかして、使徒が来る日なの?」

 

 出て来た言葉は、愚痴でこそないものの、愚痴に繋がりそうなもの。

 億劫にも見える表情は、先程まで呑気に戯けていた自分を自嘲しているのか。はたまた何かを思案しているのか。まあ、ともあれ……普段は返す言葉を幾つも呑んでいると、やはり様子が可笑しく見えたようです。わたしをちらりと見やる視線は、まるで訝しむようでした。

 

 ミサトさんの問いに、わたしはこくりと頷きます。

 しかし、返答こそ是ではあるのですが、頭に過ぎるのは疑問に対する疑問。小首を傾げて、わたしはそれを言葉に直します。

 

「そう書いてませんでしたっけ?」

 

 ミサトさんに渡した『碇シンジ・THE・激動の一年』。

 名称こそふざけてつけましたが、中身はかなり事細やかに書いています。当然ながら、第五使徒が襲来した日に起きたことは全部書いていて、シンジくんが綾波ちゃんにカードを届けに行った事や、零号機の起動実験があった事も、ちゃんと載っている筈でした。

 先程、如何にふざけていたとはいえ、リツコさんから綾波ちゃんの更新カードを預かっていたわたし。起動実験の有無も、言葉に出して確認していました。故に、改まって確認するまでもなく、分かっていると思っていましたが……。

 

「日付まで書いてなかったじゃない」

 

 ミサトさんは溜め息混じりにそう零します。

 確かに、シンジくん主観の記憶では、態々日付を確認する機会が少なく……と言うか、それを夢物語だと思っていたわたしにとっては、『時系列』こそ重要であって、『日付』は印象に薄かったのです。今となっては、それが重要である事は言わずもがなですが、夢物語だと思っていた頃のわたしも、そうでないと悟った頃のわたしも、人類補完計画、サードインパクト、といった重要過ぎる案件にばかり視線をやって、こういった細々とした情報を軽視していました。

 つまるところ、最終的に人類が滅亡しかねないという事が大きすぎて、それまでの過程で『敗北』する危機があるだなんて、思っちゃいなかったのです。

 

 とまあ、言い訳はそんな感じ。

 ミサトさんの言い分も、それはそれでご尤もです。

 

 ふうと息をつくミサトさん。

 えびちゅから手を離し、ゆっくりと身体を起こします。背凭れに深く腰を掛け、腕を組むのに合わせて、顔付きが微妙に変化。つい先程まで下がりがちだった目尻は上がり、唇はきゅっと結ばれ、眉も凛々しい角度につりあがっています。酩酊間際だった筈の顔に、一転して極々真面目な表情が表れました。

 一介の市民である葛城ミサトから、特務機関ネルフの作戦部長を務める葛城ミサトへ。その変化は、この家にある筈の団欒とした雰囲気をも侵し、一変させるようでした。

 

 ちらりとわたしを見上げ、彼女は重たそうな唇を開きます。

 

「シンジくんの時と同じ手法じゃダメなの?」

 

 それは『使えないのか?』という質問ではなく、『出来ないのね?』という確認。

 

 わたしはこくりと頷いて、先程まで思案していた事を素直に打ち明けます。

 特出すべき点として、『二重人格』と思わしき裏のわたしの感性。それを加味しないだろうMAGIの作戦成功率の算出。それらが全て悪手に繋がってしまうのではという懸念。

 裏のわたしも『使徒を倒す』という点では、わたしと同じ意志を持っているようですが、だからと言って素直にポジトロンライフルを撃つとも思えない。過去二戦を思い起こせば、決して楽観視出来た状況ではない。彼女の残虐性を思い起こせば、思い起こす程、取り返しのつかないミスを犯す可能性だってあると思えてしまう。それが許されない相手だと知っているかどうかさえ、わたしは彼女の事を知らない。

 

 言い並べていく内、ミサトさんの眉間に皺が寄っていきます。

 それは決して怒っているようではなく、思案を深めているようでした。

 

「そう……。確かにそうね」

 

 やがて言葉でも肯定。

 しかし彼女はすぐに顔を上げ、肩を竦めて、呆れたように笑いました。

 

「でも、もう悩んだって仕方無い事じゃない。今から打てる手は、貴女には無いでしょう?」

 

 まるで思考を放棄したような言葉に、わたしは思わず見目を開きます。

 でも――と、更に否定を返しそうになれば、彼女はわたしへ人差し指を突きつけて、にやりと笑いました。

 

「悩んでも仕方無い事に気を取られてると、足を掬われるわよ?」

 

 思わず突きつけられた指先を見詰め、わたしは言葉を呑みます。

 ミサトさんの言うことが、分かるようで分からず、目をぱちぱちと瞬かせました。

 

 しかしながら、ふとすれば視界が開けていくような感覚を覚えます。

 不意の内に思考がどん詰まりへ突き進んでいたのでしょう。後ろを振り返ってみれば開けていたと言わんばかりに、唐突に関係の無い事を言われた気になって、すっと抜けるような爽快感を得ます。

 

 確かに、ミサトさんの言う通り、考えたところで打つ手は無いのです。

 何かを思いついたとしても、行動を起こすにはあまりに時間が無い。出たとこ勝負にならざるを得ないのは、誰の目にも明らかです。それこそつい最近、『二重人格』をすぐに何とか出来ないからこそ、『使徒戦』や『人類補完計画』への対抗策をミサトさんに任せたのと、良く似ています。

 どだい考えたところで、第四使徒戦からこちら、何かをする時間は無かった。それが事実なのですから、今更思い詰めたところで、仕方が無い。ミサトさんにノートを渡した時点で、わたしに出来る事は終わっていたのです。

 

 ハッとする心地で言葉を呑み、俯くわたし。

 するとわたしの心境を悟ったのか、ミサトさんは満足したように笑って、ゆっくりと席を立ちました。「ちょっち待ってて」と、自室へ向かって行きます。

 その背を見送れば、「あっれー? 何処やったかしらぁ」と間抜けな声が聞こえてきて、思わず後を追います。ダイニングを出て、リビングへ。丁度その頃を見計らったように「あったあった」と、満足げな声が聞こえてきて、不意に足を止めます。

 

 一体何だろう?

 そう思って待っていれば、部屋から出て来たミサトさんは、手に見慣れぬ端末を持っていました。それを「はい」と手渡され、促されるまま受け取ります。

 黒い端末は、あまり見慣れない一昔前に流行っていた折り畳み式の携帯電話。今ではあまり見ないものですが、義父母のところに預けられていた際に、所持していた事があります。機種が違うので勝手こそ異なるでしょうが、どう見ても携帯電話で間違いは無さそう。

 開いてみると、電源は落ちていました。しかし、ボタンの所には大きなショートカットボタンがあり、老人向けに販売されていた『らくらくフォン』と呼ばれる部類のもののようです。

 

 はて? 何だこれ。

 

 わたしが訝しげにミサトさんを見やれば、彼女は満足げに頷きました。

 

「足がつかないよう、仲介会社を挟んだ端末よ。それ、加持くんにも番号伝えてあるから。流石にネルフが用意した端末で連絡をとるのは……ね?」

 

 ああ、成る程。

 ミサトさんの雑過ぎる説明を聞いて、わたしは目から鱗の心地でした。……いや、違う。目から鱗じゃない。え? いや、ええっ!?

 

 わたしは思わず顔を上げて、「加持さん!?」と、問い返します。

 そりゃあもう、当然の反応でしょう。彼はわたしにとって、碇シンジの記憶における絶対の味方。人類補完計画を止めようとするにあたって、言わば『切り札』のような人です。

 

 わたしのオーバーな反応を見てか、ミサトさんはくすりと笑います。

 

「ま、あいつの名前も挙がってたしね? 色々怪しい奴だけど、レンちゃんがくれたノートには、あいつを信用してるって節があったから……さっさと連絡を取ることにしたのよ」

 

 得意げに語るミサトさん。

 

 ネルフが用意した端末――つまるところ、わたしが常用しているスマートフォンは、危険思想だと判断された場合、監視されるものです。それでなくとも、大事なエヴァパイロットの思想が漏れるものなのですから、普段から監視されていたとしても不思議ではありません。

 だから、秘密裏に相談を行う為の端末。

 仲介会社を挟んだのは、もしもミサトさんが怪しまれた時の為。簡単な身辺調査では足がつかず、加えて古くアナログチックな機種だからこそ、盗聴される危険性も少ない。物は通話とメールさえ出来たら問題が無いので、これになったそうです。

 

 一通り説明を終えると、ミサトさんは大人びた笑顔を浮かべ、わたしの頭を撫でてきました。

 思わず「ひゃっ」と声を上げますが、彼女は気にした風もなく、唇を開きます。

 

「第五使徒に関しては……そうね。ごめんなさい。前回から期間が短すぎて、あまり有利に立てる対策は出来てない。けれど、わたしも行動してる……もうちょっとだけ、信用なさいな」

 

 温かみのある笑顔に、温かみのある言葉。

 シンジくんの記憶では、割りと『大人になりきれていない大人』という感情任せな一面が多くて、普段はそういう側面ばかりが目立つ人。だけど、今わたしを慈愛深く見詰める彼女は、何処かそれっぽく映ります。

 

 何がどうして、シンジくんの時より、そう見えてしまうのか。

 そんな事を考えながら、わたしは心が安堵するのを何となく感じました。

 

「うん。ごめんなさい」

 

 そう言って返せば、頭に乗せられたミサトさんの手が、僅かに浮いて、諭すようにぽんと改めて置き直されます。そのまま優しく撫でられたかと思えば、やはり彼女は優しげな顔をしていました。

 

「馬鹿。そこはありがとうって言うのよ」

 

 果たして、姉のようにも、母のようにも、見えるのでした。




先日書いたスランプ的なお話ですが、大分調整したので多分大丈夫ではないかと……(´・ω・`)

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