新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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2.She vomited lie.

 わたしの趣味は料理。

 得意科目が家庭科なら、特技にだってそう書いちゃいます。

 それこそ、親友に女の子らしさを説かれるより前からやっていて、齢一〇の頃には和食の殆んどを一人で作れるようになっていました。切っ掛けこそ『義父母に世話をかけたくなかったから』という、ある種の強迫観念から始まったものではあったのですが……惨たらしいばかりで、己を苦しめる碇シンジの記憶の内、初めて目に見える形で役に立った知識。シンジくんの記憶を基に、見よう見真似でお味噌汁を作った時、その味が夢の中で味わうそれと遜色が無く、いたく感動してしまったものです。

 

 時を経て、その喜びは作る喜びに。

 更に時を経て、作る喜びは喜ばせる喜びに。

 

 きっと、料理の道を志す誰もが通る道でしょう。

 わたしのそれは『別人の記憶』という、少々ずるい過程を辿っていますが、『かける情熱は?』と問われれば、『己のプライドと同義』と答えましょう。

 今や和食以外にも手を出し、セカンドインパクト前にあった様々な料理を作れるのです。スープの不出来を理由に休業する中華料理店や、喫煙席に決して座らないソムリエ等、幼いながらも彼等の気持ちを理解する事が出来ます。

 

 わたしにとって、料理とは即ち生の象徴。

 碇シンジの記憶を『夢ではない』と悟った理由の一つであり、彼の生きた証を『悪意』にしてしまわない為の術であり、何よりわたしがわたしを生かす為、死なないから生きている人間にならない為の術です。

 

 さあ、ご覧あれ。

 これが碇レンの生きてきた理由だ――。

 

 

 調理開始から二時間四二分。

 予定時間の一八分前に、葛城家の玄関が開きました。極々平和的な談笑を交え、帰宅を示す挨拶と共に、ミサトさんがリビングへ。そこでわたしが「おかえりなさい」と返すや否や、ごとりと鈍い音が響きます。

 くしゃりとコンビニの袋がへしゃげる音。からからからと音を立てて転がるビールの缶の、なんと間抜けな事か。その後ろに続いたリツコさんも、制止したミサトさんの視線を追って、同じく硬直。ネルフ本部ではあまり見ないような驚いた表情を浮かべ、息を呑んでいました。

 

「……レン、ちゃん?」

 

 ぽつり。

 ミサトさんが零す言葉に、既に食卓の傍らで待機していたわたしは、「はい」と短く返事をします。浮かべる表情は、客人をもてなす高級料理店のウェイターを意識。自信ありげに微笑んでやるのです。

 

「なに? これ……」

 

 何が起きているのか分からない。

 まるでそう言うかのように、ミサトさんは唖然とした表情を浮かべていました。隣に立つリツコさんも、「凄いわね。これ、全部レンさんが?」と、目の前の光景を信じ難いと言いたげです。

 

 こくりと一度頷き、わたしはワンピースの裾を摘まんで、それっぽく会釈を返します。

 

「失礼。折角だから、全力の八割を出してみました」

 

 にやり。わたしはどうだ見たかと挑発的に笑って見せます。

 

 食卓の大皿は三枚。

 掻き揚げを中心としたフライの盛り合わせは、脇に添えた餃子、白身魚のフライの切れ目、ミニトマトで彩りを演出。それに合わせて、ローストビーフは花のように巻いておき、全ての塊の上にわさびを一つまみ乗せることによって、和風仕立てに。最後の一皿には刺身の盛り合わせ……まあ、流石に魚を捌く時間は無かったので、こればっかりはスーパーで買ったものを盛り付けただけです。

 七種の小鉢にはそれぞれの大皿に合い、それでいて酒の席となる事を予期して、程好いつまみをチョイス。煮物からナムルまで、ジャンルは実に様々です。但し、そのどれもが『和食』に合うようアレンジを加えていて、ローストビーフをわさびと醤油で食べるコンセプトに見合った出来栄えでしょう。

 そして四人分の席の前には、伏せた茶碗と汁碗。これらはまだ盛っていませんが、鶏肉をメインにした炊き込みご飯と、豚汁を用意してあります。気分に合わせて、牛、鳥、豚、魚から選べるようにしてあるのも、わたしの中でのポイントです。

 

 食卓を埋め尽くす皿の数々。

 そのどれもが、きっと一目見ただけで『美味しい』と思えるだろう出来栄え。過ぎた贅沢と言われても仕方無い。けれど、葛城家の食卓を預かるものとして、誇らしいものを。

 

「素材は急ごしらえですが、多分満足して貰えると思います。普段お世話になってるから……って言うと、ちょっと仰々しいけど、是非とも堪能して下さいな」

 

 そう言って、わたしは悠々とした足並みで台所へ。

 猫好きなリツコさんの為に、態々人参を猫型にカットした豚汁と、きちんと蒸らしを済ませた炊き込みご飯を用意しましょう。

 

「た、食べきれるの? これ……」

「さ、さあ?」

「大丈夫です。いざとなったら大皿はわたしが……」

 

 後ろからそんな声を聞いて、流石にやり過ぎたと反省――しませんけどね! わたしは作る事が楽しくって仕方無いんだから、食べる側も喜んで食べやがれってんです。今から食べきれるか心配しているようじゃ、偉大なる食文化に対して失礼極まりないってんですよ。残ったら朝食とお弁当行きになるだけ。食卓を預かる者として、そこはきっちり考えてますとも。

 そんな事より早く食卓について欲しいものです。

 行儀の悪いお客様はマナー違反で叩きだしますよ?

 

 

 そんなこんなで始まった大宴会。

 頭数こそ少ないものの、止まらぬ箸と、止まぬ談笑は、わたしへの賛美のようでした。事実、木崎さんは口々に「美味しい」と言ってくれ、リツコさんも「これは癖になるわね」と彼に倣います。唯一、微妙な顔付きをしているミサトさんは、「この料理でえびちゅが何本買えるんだろう」って言っていて、リツコさんに大顰蹙(ひんしゅく)を買っていました。

 

「こんな無能亭主に付き合うより、わたしの家に来ない? こんな料理を作ってくれるのなら、サービスするわ?」

 

 肩を竦め、呆れ混じりな顔付きで零すリツコさん。

 無能亭主とは良く言ったもの。「ちょっとぉ」と、彼女を横目で睨んでいる当人をちらりと見やり、わたしも肩を竦めて苦笑します。

 

「それも良いですね。馬鹿舌な人に付き合うと、わたしまで鈍りそうですし」

「ちょ、レンちゃん!?」

 

 思わぬ裏切りと思ったのでしょうか。

 ミサトさんがえびちゅの底で机を打ち、身を乗り出してきます。

 と、そこでわたしの隣に座る木崎さんが、「ごほん」と態とらしい咳払いを一つ。食事中には不躾な行いでしたが、横目に見やればきちんと口元を手で押さえています。ふと一同が改まるや否や、彼はミサトさんをちらりと見やって、「な、何よぅ」と口ごもる彼女に向け、小さく溜め息。

 

 木崎さんは箸を置くと、サングラスを外し、机の脇に置きました。

 あまり見たことが無い彼の素顔は、目尻に実年齢相応の小皺があり、少しばかり印象が変化します。厳格さが細かな皺によって軽減され、何処か温かみのある顔付きです。表情こそ動いてはいないものの、今にふっと微笑みそうな雰囲気をしていました。

 

「無礼講の席と信じて発言します」

 

 しかし、声色は低め。

 誰がどう見て、どう聞いても、叱責が飛ぶ気配のするものでした。

 

 木崎さんは真っ直ぐミサトさんを見据え、ふうと息を一つ。

 改まった様子でわたしをちらりと見て、再度視線をミサトさんへ。

 

「学業と職務をこなす一四の子供に家事の一切を任せ、己の職務を怠惰の言い訳にする大人がありましょうか。いずれレンさんに見限られたとして、何処に疑問点も出ないのが正直なところです。悔しければ己の味覚を狂わせる酒を適量まで減らし、有意義な楽しみ方をするべきだと思われますが?」

 

 そして、ド正論が放たれました。

 それを真正面から食らったミサトさんは、「ぐふっ」とても痛そうに胸を押さえ、「本当に家事まで任せてるの? 信じられない」というリツコさんからの追い討ちで、「ぺんぺぇぇん!」と、机の傍らでえびちゅを飲んでいるペンペンへと縋り付き――「くわっ」と、ペンペンは一鳴き。大事そうに缶ビールを両手で抱いて、ミサトさんの抱擁をするりと回避し、わたしの傍らへ。

 

 ミサトさん。

 まさかのペットにまで裏切られる始末。

 

 こればっかりは本当にショックだったらしく、唖然とした表情で固まってしまいました。

 オイルが切れたブリキのように、固い動作でわたしへ向き直ってきて、強張った表情を徐々に悲しげに変えていきます。目尻には涙も見えました。

 

「出て行かないわよね? レンちゃん」

「さあ? どうですかね?」

 

 縋るようなミサトさんを、すまし顔でけんもほろろに突っぱねるわたし。

 途端にわあと声を上げて、ミサトさんはビールを一気に飲み干しました。そのままやけ食い宜しく、ご飯を掻き込んで、お味噌汁を一気飲みし、おかずを口一杯に頬張って、更に次のえびちゅを開けました。「今夜は自棄酒よぉ!」ダメだこいつ。分かってねえ。

 

 まあ、実際のところ、人類補完計画の件を抜きにしたとしても、この家を出るつもりはありませんけどね。それこそミサトさんが結婚したり、わたしが自立したりしない限りは。

 あくまでも冗談です。ビールは少し控えて欲しいけど。それこそ木崎さんの言う『適量』っていうところまで。

 

「ああ、それはそうと……」

 

 すっかり出来上がってしまったミサトさんを他所に、リツコさんは不意に改まった様子で、ハンドバッグを取り上げます。その中から一枚のカードを取り出して、わたしに差し出してきます。

 それを特に意を介さず受け取ると、申し訳なさそうな表情と共に、続けて説明してくれました。

 

「ごめんなさい。綾波レイのセキュリティーの更新カードなのだけど、返しそびれたままになっちゃって。悪いんだけど、本部に行く前に渡しておいてくれないかしら?」

「ああ、はい。分かりました」

 

 受け取ったカードには、空色の髪をした少女の写真。

 何時もの表情と言いますか、やはり無表情で写っています。まあ、証明写真で可笑しな表情をしているなんて、有り得ない訳ですが……人物的にも、常識的にも。

 

 と、そこでふと思い出して、わたしはリツコさんへ改まります。

 

「そう言えば明日って、零号機の起動実験でしたっけ?」

 

 彼女はこくりと頷きました。

 肩を竦めて、何処か溜め息混じりな様子で唇を開きます。

 

「大事な日なのにね。渡し忘れるだなんて、どうかしてるわ……疲れてるのかしら? わたし」

 

 そう言って自嘲の笑みを浮かべるリツコさん。

 多忙の原因は説明されなくても分かります。というか、わたしが原因です。

 

 思わず頭を下げて、短く詫びます。

 すると首を横に振って、彼女は「顔を上げて頂戴」と一言。

 

「貴女のおかげで、使徒の生態が多く分かったわ。大半が人智を超えていた……っていう不名誉な結果だったけれど、貴女が第四使徒をあの形で倒してくれなければ、それすら得られなかった結果だわ」

 

 それはつい昨日の話。

 わたしではないわたしがもたらした戦闘結果は、シンジくんの時とほぼ変わらずのものでした。とは言っても、第三使徒もバラバラとは言え肉体は大半が残っていましたし、強いて言うなれば、前回は粉々に砕けてしまっていた使徒のコアが、殆んど完全な形で残っていて、それを解析する事が出来たくらい。まあ、つまるところ、先日、シンジくんの時にも体験した使徒の解体ショーを見物した訳です。

 結果、使徒は光のようなもので構成され、遺伝子上は九九・八九パーセント人類と酷似した生物である事が分かったのです。まあ、そのあたりもシンジくんの時と変わらず。当然ですね。

 

 故に、リツコさんはお疲れのご様子。明日には大事な実験が控えている所為か、ミサトさんとは違って出来た大人だからか、それを嘆く様子は見せませんが。

 しかしながら、今手渡された更新カードこそ、シンジくんの時と同じ展開ではあるのですが、わたしの精神状態がリツコさんの多忙に拍車を掛けていたのは疑いようもない事でしょう。わたしはシンジくん程、扱い易い人間ではない筈です。その点を考慮すると、彼女はシンジくんの記憶にあるより、ずっと疲弊している筈です。

 口に出した僅かな自嘲は、その表れなのかもしれませんね。

 

 ともあれ、無下に断る理由はありません。

 わたしは二つ返事で了解しました。

 

 その後、他愛の無い話へと戻り、ささやかな宴会は、空いていく皿と同様にゆっくりと終わりへ向かっていきます。

 わたしはにこやかな笑顔を浮かべつつも、誰にも悟られないよう、机の下で拳を握り締めていました。

 

 綾波レイとの改まった邂逅。

 それは同時に、第五使徒の襲来を意味するのです。

 そしてその使徒は、碇シンジに最もダメージを負わせ、初めて敗北の二文字を与えた強敵でした。

 

――ラミエル。

 

 果たして、自分の制御さえ儘ならないわたしが、あの強力な使徒をどう突破すれば良いのか、見当もつかないのです。準備を怠ったと思うには、わたしが出来るような事に当ても無く、万全に準備したと思うには、大した事をしていない。唯一、ミサトさんに渡した『碇シンジ・THE・激動の一年』だけが、わたしの成したこと。

 それが何処まで状況を好転させてくれるか――なんて、他人事も良いところでした。




『いたく感動してしまった』
いたく≒酷く
である為、『酷く感動した』とは書き辛く、(不意に)とても感動してしまったという意味合いで『してしまった』と書きました。用法的にどうなのかな? というのが正直なところです。詳しい方がいらっしゃれば、ご教授頂けると幸いです。

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